黒い闘争と黒い混沌に絡まれた件   作:とりゃあああ

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三十四話 混沌終局

 

 

 

 

特務支援課を知っている。

数多の世界線で知り合った。

仲間として胸を張れる存在ではなかったが、出逢えば夕飯を共にする程度の仲にまで発展した事もある。

気の良い人達だ。クロスベルの未来を真摯に考える様子は、帝国人である俺でさえ応援したくなるぐらい懸命だった。

一向に恋仲へ発展しないロイドとエリィさんの仲を受け持った世界線も存在する。ランドルフさんに付き合って、二人でハイタッチした記憶を何故か未だに覚えていた。

だからなのか。

憎悪に囚われた復讐鬼を前にしても、全く危機感が湧いてこない。相手は元猟兵。闘神の息子。高位遊撃士を圧倒する可能性を秘めた男なのに。

俺は右手を使えない。明らかに筋繊維が千切れている。回復を待っている時間など存在しない。苦手な左手で宝剣を握り直す。致命的なハンデだと思った。

 

「どうしてミレイユを殺したッ!」

 

確かに当初は殺すつもりだった。

クロスベル全土の混乱を終わらせる為に。万が一にでも、オルキスタワーにいる皇女殿下やクレアさんを傷付けさせない為にも。

慈悲なく。速やかに。容赦無く。

邪神に見染められた贄を殺害する予定だった。

だが、彼女は僅かながら自意識を保持していた。助けてと懇願した。胸に響いた。だから宝剣を止めたのに。確かに斬撃は届いていなかったのに。

 

「必要だから殺した。それだけだ」

 

ランドルフさんの武器を受け止める。

名称はベルゼルガー。一言で表現するなら巨大な銃剣である。猟兵時代に扱っていた鉄の塊が獰猛な唸り声を上げた。憎い相手を断罪しようと獣牙を尖らせる。

左腕が痺れた。結構キツイな。

利き腕ではなく。体力も限界に近い。宝剣を覆っていた焔もいつの間にか鎮火している。この状況で闘神の息子と相対するのは自殺行為に他ならない。

でも理解できる。

どんなに言葉を尽くしても相手は止まらないと。憎しみが晴れることはないと。だからこそ淡々と伝える。必要な事だけ。己が成した行いだけを言葉少なめに。

 

「誰かに操られていようが、ミレイユを殺す必要なんて無かっただろうが!」

「彼女が核だった」

「だからどうしたってんだッ!!」

「今頃はクロスベルの混乱も収まっている筈だ」

 

ベルゼルガーを弾く。

さりとて縦横無尽に刻まれる斬線。

並の人間なら満足に振る事すら叶わない巨大な武器を、特務支援課随一の恵体は手足のように操ってみせる。

対して――。

俺は防戦一方。刻一刻と体力も削られている。現時点なら問題なく捌ける。だが、これ以上身体に負担を強いた場合、いつ迄この接戦が持つことやら。

 

「ふざけんなッ!」

 

銃弾が空中を奔る。

正確無比。一発一発が致命傷になる一撃だった。

ならば全て無に還すだけの事。

宝剣を正眼に構える。体内の気を練成する。

途端、足がぐらついた。貧血気味な身体が悲鳴を上げる。横になれ。休憩しろ。貴様に戦技を出す余力など無いのだとわざわざ警告してくる。

余計なお世話。ありがた迷惑であると鎧袖一触。

 

「穿て」

 

戦技、瓏霞楼。

幾重にも振り下ろされた刃。宝剣から発せられる重厚な斬撃の波が、赤黒い弾丸を文字通り弾き飛ばした。

二大流派剣術を昇華した先に見出した独自の戦技である。鍛錬以外に使っていなかったが、こうして実戦でも無事に扱えた事に人知れず胸を撫で下ろした。

 

「ッ!」

 

ランドルフさんが舌打ちした。

苦虫を噛み潰したような表情を浮かべる。

無理もない。傍目から見れば、今にも卒倒しそうな男が無表情で奮闘しているのだ。その男が大事な人を殺害した犯人ともなれば、ランドルフさんの心境も凡そ把握できると云うモノ。

だからと云って、倒される訳にいかない。

やっと突破口が出来たんだ。この地獄から抜け出せる手掛かりを掴んだ。ループを終わらせられるかもしれないんだ。

自分勝手な願いだとわかっている。

私利私欲に塗れた想いだと重々承知している。

でも、それだけが俺の原動力だった。那由多の世界線を駆け抜けてきた俺が、自我を保ちながら今此処に存在する唯一のエネルギーだった。

 

「ロイド・バニングス」

 

故に謝らない。

 

 

「キーアは、元気にしているのかな?」

 

 

正直、時間がない。

風の剣聖が訪れたら万事休す。

万全の状態なら相対できると思うが、この状況で八葉一刀流の奥義皆伝者と斬り結べば確実に斬殺される。

ランドルフさんだけで手一杯なのだ。火を見るより明らかな未来。わかっているなら回避すればいいだけの事。単純明快な道理。それに必要な言霊も、世界線漂流の旅で頭に叩き込まれていた。

 

「テメェ――!」

「あの子に何かするつもりなのかッ!」

 

ローゼリアと押し問答を繰り返すロイドも、目を剥いて怒鳴った。さも有らん。彼らにとって絶対に護るべき少女の安否を、得体の知れない男が尋ねたのだから。

 

「何かするつもり?」

 

小馬鹿にするように首を傾げる。

さぁ、演技の見せ所だぞ、フェア・ヴィルング。

 

 

「呆れるな。今、あの娘がどうなっているのかも知らずに、こうしてお前たちは時間を浪費しているのか」

 

 

二人の顔が絶望に歪む。

最悪の想像が脳裏に映し出されたに違いない。

 

「ミレイユだけじゃなく、キー坊まで――!」

「落ち着け、ランディ。キーアはアリオスさんに任せてあるッ。余程の手練れでもキーアに手出し出来るはずがない!」

 

細かく追求しないでおこう。ボロが出る。相手は元上級捜査官だ。無闇に口を開けば、嘘特有の矛盾点を容赦無く突っ込まれるだけ。

やれやれと肩を竦ませる。想像力がまるで足りてないと云わんばかりに。大根役者顔負けの演技だったが、余裕のない二人にとって、最悪の想像を後押しするような動作だったらしい。

 

「絶対に赦さねぇッ!」

 

闘神の息子はベルゼルガーを肩に担ぐ。

重厚な前傾姿勢を取る。瞳が赫く染まった。

彷彿するのは猛毒を持つ蠍である。一撃で相手を刺し殺す尾を、眉間に突き付けられているような錯覚を覚えた。

最強の猟兵となるべく育てられた男の、本気の殺意を一身に受けながら、俺はロイドの位置も視認してから技の準備動作に入る。

この身体だ。左腕なのも致命的。完成した絶技は放てない。例え最後まで繰り出せても、威力は往来の半分以下だろう。無理に放つ必要性は皆無と考えていい。

ランドルフさんとロイドの距離も離れている。一撃で巻き込むには広範囲の戦技を使わなければならない。該当する条件を満たすのは一つのみ。鍛錬に付き合ってくれた聖女から託された俺だけの技を選択する。

 

 

 

――――何をしている、と誰かが嘲笑した。

 

 

 

今、この状況で、話し掛けるな。

頭の中で何重にも木霊する存在Xの声。

男のようで。女のようで。

老人のようで。幼子のようで。

声は高く。声は低く。陽気で、陰気で。

様々な人間の特徴を重ね合わせた声に包まれる。

 

 

――――艶羨すれば良い、と誰かが蔑んだ。

 

 

嫉妬しろと。羨望しろと。

悍しくもお前がそう言うのか。

ふざけるな。馬鹿にするな。引っ込んでろ。

羨ましくなんてない。

眩しく見えたりしていない。

俺は俺で。彼らは彼らで。

其処に艶羨の気持ちを抱いた所で、世界は何も変わらないのだから。

 

 

――――愚か者め、と誰かが泣いた。

 

 

意識が薄れる。

深淵に引き込まれる感覚に苛まれる。

下手人は明確。元凶は存在X。理由は不明だ。

なけなしの精神力で抗おうとする。

 

 

――――眠れ、と誰かが突き放した。

 

 

だが、結果はわかりきっていた。

存在Xの力に抵抗など出来よう筈もなく、俺は最後に準備しておいた戦技を放ち、無様にも意識を手放した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ローゼリアは見た。

哀しくも清廉な一撃を。

宝剣を真横に一閃させただけ。無造作に。それでいて精魂込められた絶技のように。ツァイトの自慢していた特務支援課の二人は枯れ葉のように吹き飛ばされた。石柱に頭を打つけ、気絶してしまっている。

一瞬の出来事に驚愕する。

確かに二人は隙だらけだった。

精神を大きく揺さぶられ、動作にキレは無くなっており、確認できようもない心配事を心に植え付けられていた。

さりとて一撃。さりとて一瞬。

これがフェア本来の実力なのかと目を見張る。

 

「リアンヌ、コレはお主に匹敵するぞ」

 

贄を殺した動揺を鑑みて、万が一にもフェアが殺されそうであれば、揺り籠の封印を解いて加勢しようと考えていたローゼリアを嘲笑うような逆転劇だった。

フェアが残心の構えを解く。流れるような動作で宝剣を背中に仕舞い込む。スタスタと足早に此方へ歩み寄る。

そして――気付いた。

フェアの双眸がドス黒く濁っている事を。

どうしたと問い掛けるよりも早く、彼の口が開いた。

 

 

「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■」

 

 

途端、意味を為さない言葉が羅列した。

聞くだけで耳を塞ぎたくなる。

唯の人間なら発狂してしまうそうな狂気の音叉。

深淵に引き込もうとする誘惑に、ローゼリアは焔の聖獣と云う誇りを糧にして打ち勝った。魔力を全解放する。猫のように縦へ伸びた瞳孔で、フェア・ヴィルングを見上げる。

 

「何者じゃ!」

 

魔杖を持つ手は震えている。

掌には汗が噴き出し、今にも地面は崩れそう。

永劫とも思える時間の末、フェアらしきモノは再び口を開いた。

 

 

「――――」

 

 

音は耳に届かない。

それでも脳内に届けられた。

不気味な現象からか、頭痛が発生する。

今すぐにでも回線を切れと警告するように。

 

曰く。矮小な存在の中で、貴様は我の声を把握できる。故に聞かせようと。

 

誰なのか。

いや、該当する存在は一つだけ。

2代目ローゼリアは丹田に力を込めた。

 

「お主が、フェアに纏わり付く邪神か?」

 

曰く。そうでもあるしそうでもない。邪神でもあるし邪神でもない。魔王の無聊を慰める為でもあり、この者の罪を裁く為でもあると。

 

脳に刻まれる言の葉。

目眩がする。頭痛が酷くなる。

フェアに同情した。もしもこの声を頻繁に聴いているとしたら、継ぎ接ぎだらけながらも良く自我を保っていられた物だと。

 

「今すぐフェアを解放せいッ。この者はお主の玩具ではないッ!」

 

曰く。不可能だ。この者は自ら今の状況を望んでいる。この者は大罪を犯した。そして『天』を見続けた。故に我は叶えたのだと。

 

意味がわからない。

フェアは何故、ループを望むのか。

フェアはどのような罪を犯したのか。

いや慌てるな。邪神が嘘を吐いている可能性の方が高いのだから。そう己に言い聞かせても、ローゼリアは心の何処かで理解していた。

この惨憺たる神は真実を述べているのだと。

 

「何がしたい。何が望みじゃ!」

 

曰く。我に望みなどない。有るのは愉悦、そして魔王の意志を遂行するまで。この者の罪を僅かな間、裁定しているだけの事だと。

 

答えの順序がバラバラだ。

まさにチグハグ。ならば数を熟すだけ。

 

「魔王とは?」

 

曰く。語る必要のないモノ。万物の創造主だと。

 

「フェアの罪とは?」

 

曰く。我が与えた禁忌の書物を開き、起動させてしまったと。

 

「僅かな間ではない。この者は既に――」

 

曰く。僅か10万年である。この者の罪を拭うには短過ぎるのだと。

 

「何故、フェアは今の状況を望んでおる?」

 

曰く。1170年前、この者は言った。叶うならば自らの手で決着を付けると。絶望した上で立ち上がる者に加護を与えた。それだけだと。

 

待て待て待て。

ローゼリアは視線を落とす。

邪神の述べる『魔王』が何者なのかは考えないようにする。一端でも触れようとした瞬間、根源を司る絶対者に睨まれたと錯覚してしまう程に、背筋が凍ったからだ。

邪神は言った。

禁忌の書物を起動させてしまったフェアの罪を裁定する為に、約10万年も同じ時間を繰り返させているのだと。恐らくフェア本人は10万年と云う膨大な時間を認識していない。記憶の取捨選択をしているのか、それとも無意識の内に自我を護ろうとしているのか。いや、其処は後回しするとしよう。

問題は1170年前と云う時間の方である。

フェアは七耀暦1183年生まれ。肉体年齢だけで云えば先月21歳になったばかり。大崩壊後、直ぐの時代に存在していた訳がない。

 

「冗談は止めるのじゃな。フェアの生まれは21年前。1170年前などこの者は愚か、妾すら存在しておらぬ」

 

曰く。よもや気付いておらぬとは。所詮は愚かな神の愛玩動物。真実に至る眼すら持ち合わせていないとは。愉悦のカケラも見当たらぬと。

 

魔法を放ちそうになった。

この邪神を燃やし尽くしてしまいたいと。

だが踏み留まる。身体はフェア・ヴィルングそのもの。終極魔法を直撃させてしまえば灰すら残らない。

それに――例え邪神にぶつけた処で、この人智を超越した存在を抹消できるとは思えなかった。むしろ片手間で殺されてしまうと確信できる威圧感であった。

 

「ならば答えよ。真実とは何じゃ!」

 

ローゼリアの大喝に、邪神は淡々と告げた。

 

 

 

 

 

曰く。この者は、貴様らが幾度も口にする『初代アルノール』とやらの生まれ変わりだぞと。

 

 

 

曰く。我が与えた『黒の史書』の封印を解き、魔王と繋がってしまった大罪を償う為に、こうして無様に足掻いているのだと。

 

 

 

 

 









ニャル「開くなよ? 絶対に開くなよ? フリじゃないからな?」←フラグ。

調停者「勿論だとも」←フラグ。

ローゼリア「何故与えたし」←正論。








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