黒い闘争と黒い混沌に絡まれた件   作:とりゃあああ

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三十五話 騎士放棄

 

 

 

 

 

七耀暦1205年3月2日。

一月半も続いたカルバード共和国との鬩ぎ合いは、黒緋の騎士による活躍からエレボニア帝国の勝利に終わる。

フェア・ヴィルングの駆る赫く彩られた機甲兵部隊は数百台の戦車を破壊した上、幾重にも敷き詰められた防衛線を容易く突破。タングラム丘陵を越えて、アルタイル市近郊にまで攻め込んだ。

都市付近にて一進一退の攻防が繰り広げられる中、援軍として差し向けられた『灰色の騎士』の活躍により、最精鋭と謳われる空挺機甲師団も半ば壊滅状態にまで追い込む。

これ以上の継戦は周辺諸国を巻き込む大戦争へ繋がると危惧した共和国首脳部の判断により、七耀暦1206年2月26日を以って停戦へ至る。

アルテリア法国の仲介により、両国とも矛を収めた。共和国に譲歩を強いる形で、クロスベル自治州は正式にエレボニア帝国の属州として認められる結果に。一週間後に行われた併合宣言にも、大陸諸国からの大きな反発は見受けられず、黒緋の騎士は五体満足な姿で帝都ヘイムダルへと帰還した。

何故、対共和国戦に於いて『緋の騎神』を操らなかったのか。その疑問に黒緋の騎士は答えを濁した。だが、読者の皆様には安心して欲しい。彼は機甲兵だけで信じられない大戦果を挙げたのだから。

空の女神もご照覧あれ。

我らの英雄が築き上げる帝国の華々しい未来を!

 

 

 

 

 

 

 

「君の人気は熱狂的なモノになりつつあるな」

 

3日前に発行された帝都時報の一面。

字面を目に入れるだけで背筋に嫌な汗が伝う。

鉄血宰相は柄にもなく苦笑した。初めて見たかもしれない。普段なら冷笑を浮かべる一幕だと思うのだけど。

久し振りに脚を踏み入れた皇城。バルフレイム宮の一角に用意された宰相執務室。オズボーン宰相と机を挟んで対峙する。直立不動の状態を保ちながら、確かに張り切り過ぎたかなと振り返る。

特に反論しない。事実その通りだから。故に恭しく頭を下げるだけに留めた。

 

「恐縮です、閣下」

 

さりとて心中で言い訳する。

対共和国戦に於ける総作戦指揮を執ったのは『ルーファス・アルバレア』であった。共和国軍の戦車を軒並み殲滅しろと指示したのも。タングラム丘陵を越えろと命令したのも。アルタイル市近郊でリィンと共に撃滅作戦へ移行しろと下知したのも。

須くルーファス・アルバレアの要請だった。

本来であれば、タングラム丘陵にて待ち構える戦術を取る予定だったらしい。確かに殆どの世界線だと防衛に徹している。

総指揮官による鶴の一声でカルバード共和国侵攻作戦に切り替わったのは、一月中旬に勃発した第二次クロスベル騒乱が原因であった。

帝国正規軍クロスベル方面隊に組み込まれた元警備隊員が多数暴れ出す。様々な破壊工作に従事する。更に主力戦車でクロスベル市内を暴走する者も現れたと聞く。

混乱が終結しても尚、クロスベル州の動乱は収まらなかった。間髪入れず攻め込んできたカルバード共和国と呼応して、少なくないレジスタンスも出没する有様。帝国統治に支障を来す。故に攻め込んだ。事態の収拾を図るには、反乱部隊の希望を摘む事が先決。帝国に歯向かった輩に絶望を教えてやりたまえと、クロスベル総督は何かを嫉妬するように微笑んだ。

 

「この戦果なら仕方ないかもしれないがね」

「恐れ入ります」

 

何を白々しい。

帝国の英雄に仕立てあげたのは貴方だろうに。

意味はわかる。意図も理解できる。内戦で疲弊した帝国民の気持ちを盛り上げる為。相対的に下がった国力を誤魔化す為。広告塔として利用できる新たな英雄を、帝国の新たなシンボルを鉄血宰相の手で作り上げたに過ぎない。

数多の世界戦ならリィン・シュバルツァーがその役を担う筈だった。今でも彼は『灰色の騎士』と云う若き英雄だが、皇女殿下との仲も噂される俺よりは世間の荒波に飲まれていない。

 

「改めて聞かせてもらおう。どうして緋の騎神に乗らなかったのか。まさか出し惜しみした訳ではあるまい」

 

駒の心情など知る必要もないと云わんばかりに、鉄血宰相は唐突に話を変えた。グルリと。双眼の奥に智謀者の煌めきを滲ませる。

おかしいな。

報告済みの案件だろ。

鉄血宰相が忘れるなど考え難い。

探りを入れているのか。それとも何かの試しなのだろうか。カルバード共和国に寝返ったと思われているなら些か以上に心外である。

 

「宰相閣下、その件につきましてはアルバレア総督にお伝えしておりますが」

「勿論知っているとも。だからこそ改めて聞かせてもらおうと前置きしたのだ。この意味がわからないとは言わせないぞ」

 

伝言など許さない。

己の口で説明しろと云う事か。

多分、俺の感覚を信じるならの話だが。

鉄血宰相と腹の内を探り合うなど不可能。負けるに決まっている。全財産賭けてもいい。変な対抗心など見せずに本質部分だけ開示しよう。余計な脚色を取り除いてしまえば、理由など僅か数行で説明できる。

 

「私がテスタ=ロッサの起動者となれたのは、契約者である皇女殿下の騎士として認められたからです」

「らしいな」

「ですが、とある理由から私はアルノールの騎士では無くなりました。起動者としての資格を剥奪されたと言えましょう」

「とある理由とやらを聞きたいのだ」

 

皇女殿下から凡その話を伺っているだろうに。

あの御方は一月下旬に帰国している。一ヶ月の時間的猶予だ。幾らでも問い質す機会は有ったに違いない。

帝都空港に着陸するカレイジャス。クロスベル戦役に投入された起動者を差し置いて、代名詞である緋の騎神が格納庫に大人しく載っている。何故だ。どうして。誰もが疑問に思った筈だから。

 

「簡潔に申し上げますと、私が皇女殿下の御不満を買ってしまったのです」

「ほう。皇女殿下から嫌われてしまったと?」

「御明察であります」

「辻褄は合っている。皇女殿下も似たような事を仰られていたな」

 

ズキリ。

痛む胸を嘲笑する。

前へ進め。過去に囚われるな。

その為に今日、此処を訪れたのだから。

 

「皇女殿下は未だ15歳の身。恋に恋する年齢でありましょう。私への想いも一過性の物だったと考えれば、左程おかしなことではありますまい」

 

素知らぬ顔で口ずさむ。

まさに不敬。新設された衛士隊に惨殺されそう。

だが言わなければならない。

皇女殿下をループに巻き込むなど不忠の極み。

鉄血宰相は胡乱な目付きだった。何処となく同情しているような。屠殺場へ送られる家畜を眺めるような。兎にも角にも表現し難い表情だった。

 

「皇女殿下の恋心は冷めてしまったと」

「恐らく」

「成る程な」

「故に宰相閣下」

「何だ?」

 

一拍。

目に力を宿した。

引き返せない道を行く。

 

「皇女殿下専属の騎士就任の件、誠に名誉な話ではありますが、謹んで辞退させてもらいたく思います」

 

口にしてしまえばなんて事はない。

想像していたよりも落ち着いている自分がいた。

一月半に及ぶ猶予が有ったんだ。十二分に覚悟できていた。だからこそ涼しげな顔を保っていられる。もしも今が一月下旬なら、表情筋の死んでいる鉄面皮も見事に歪んでいたかもしれない。

 

「皇帝陛下の赦しは得ているのか?」

「はっ。先日の戦勝記念パーティーの際、畏れ多くも上奏致しました。残念であると仰られながらも、お互いに納得していないなら破棄も止む無しと」

 

下唇を噛み締めて。

賛同を得る為に頭を下げて。

そんな俺の肩を、皇帝陛下は優しく叩いた。

ポンポンと。まるで親族に対する激励のように。

見上げた先に映し出されたのは、一言で表現するなら古い鏡だった。

今なら唯の錯覚だと気付く。

だが――。

あの時、俺には『アレ』が見えたのだ。

 

「根回しのいい事だ」

「褒め言葉と受け取っておきます」

「ならば爵位の件も無かったことにして構わないのだな?」

「ええ。私には過ぎた物かと」

 

名ばかりの爵位。

領地を持たない似非貴族。

肩書きだけでも重苦しい。不必要だ。

特にこれから人里離れた場所に赴くつもりなら。

 

「確かに。正直、君に爵位は似合わん」

 

鉄血宰相が口角を吊り上げた。

不思議と腹立たしくならない。素直に同意する。

 

「全くです」

「騎士就任を辞退。爵位も不要。ならば、君は積み上げた戦果で何を望む?」

「黒緋の騎士という異名を返上させて貰えれば幸いです」

 

呼吸を挟まず。

私情を介入させず。

淡々と希望を口にした。自らの手で最後の綱を断ち切る行為。必要が必要であるが故に。皇女殿下の傍を本当の意味で離れる為に。

 

「自由を望むか。英雄は嫌だと?」

「凡人である私には過ぎたる肩書きでした」

 

頬を人差し指で掻きながら本音を吐露した。

英雄とは舞台装置。観客を楽しませる機械に等しい。国家の奴隷である。荷が重い。息苦しい。憧れる事すら間違っていた。

今後、灰色の騎士として駆け抜けるリィン・シュバルツァーを心の底から尊敬する。何かに悩んでいるようだったが、それでも前を向く力強さは英雄と呼ばれるに相応しい佇まいだった。

視線を右斜め上に向け、そういえばと自嘲する。

存在Xが英雄になれと囃し立てていたのは、俺が英雄と云う本質に対して落胆すると知っていたからなのだろうか。

 

「これについてはどう考える」

 

鉄血宰相が帝都時報を指差した。

マスメディア、第三階級、世間の空気。

俺のような一般人ならいざ知らず、国の運営を任された為政者からしてみれば、彼らこそが最大の味方でもあり最大の敵でもある。厄介至極。特に内戦後、気が立っている民衆をどのように宥めるか。貴族勢力が衰えた今、最も気にすべき事案だった。

その動向を気にするのは当然である。

 

「民衆は熱しやすく冷めやすい。徐々に話題を逸らしていけば、一年も経たずに別の人物に食い付くでしょう」

 

勝手な言い分だ。

素知らぬ顔で答えたものの、内心でリィンに謝る。

まさしく身代わり。或いは生贄。もといスケープゴートだからだ。

親友だと語っていたクロウ・アームブラストと共に頑張ってほしい。互いにしがらみを持つ身だとしても、あの二人なら乗り越えていけると確信していた。

できれば皇女殿下も幸せにしてくれるなら万々歳である。

 

「情報局も忙しいのだがな」

「申し訳ありません」

「まぁ良い。皇女殿下の御様子から察していたからな。君の願いもわかっていた。マスコミへの準備は出来ている。何よりも――」

「?」

「皇帝陛下から、フェア・ヴィルングの好きなようにさせろという勅命を受けているのでな。私が反対意見を口に出来る筈もない」

 

鉄血宰相はやれやれと肩を竦める。

皇帝陛下の言葉に呆れた様子だった。

俺も人の事はとやかく言えない。眼前の怪物と同じく茫然としてしまったから。皇帝陛下から与えられる格別の温情に対し、どうやって報いればいいのかと頭が真っ白になった。

その後、海上要塞に立て籠もったままであるオーレリア・ルグィンや、帝都復興の状況、内戦が終わってから元気を無くしてしまったセドリック皇太子の話題へと移っていった。

 

「それでは閣下、失礼致します」

 

面会は三十分ほどで終了した。

鋭い視線を背中に受けながら退室する。

重い扉をゆっくりと閉めた途端、肺の中に溜まった空気を勢いよく吐き出した。柄にもなく緊張していたらしい。鋼の聖女と比較しても引けを取らない威圧感から解放された喜びに浸る。

深呼吸。一回、二回、三回。

よし、もう大丈夫。先に進もう。

見慣れた通路を足早に歩き出して。

 

「――――」

「――――」

 

蜂蜜色の髪を靡かせる少女と出会った。

蒼穹の如き双眸。憂いを帯びた美貌の持ち主。

一瞬だけ視線が交錯する。

目を見開いて。何かを堪えて。手を握り締めて。

それでも皇女殿下は歩みを止めなかった。真正面だけを見つめながら、まるで赤の他人のように擦れ違う。

 

「――――どうして、此処で」

 

声が聞こえる。

戸惑うような。運命を呪うような。

心配するも、振り返らない。

俺は俺の成すべき事を果たすのみだ。

曲がり角まで到達。知人と出会さない内に皇城から離れようと考えた瞬間、見慣れた幼女が眼前に転移してきた。

 

「遅かったではないか」

 

2代目ローゼリア。魔女の長。

様々な肩書を持つ彼女は唇を尖らした。

どうやら長時間待たせてしまったらしい。

 

「申し訳ありません、ロゼ」

 

いつ頃だったかな。

長殿と呼ぶのを禁止されたのは。

曰く、お主に長殿と畏れるのは申し訳なくなるのじゃと酷く落ち込んでいた。心なしか髪の毛も燻んでみえた。

2代目ローゼリアと呼ぶ。却下された。

クロチルダさんのお婆さんと呼ぶ。却下された。無理だ。埒が明かない。正解を教えてくれ。どのようにお呼びすればいいのか問い掛ける。

ロゼで良いぞと魔女の長は小悪魔的な笑みを浮かべながら提案した。それからだ。彼女をロゼと愛称で呼ぶようになったのは。

 

「大事な話とやらは終わったのか?」

「全て終わりました」

 

コクリと首肯する。

感情を乗せずに答えた。

全て終わった。一つのゴールに辿り着いた。

 

「ならば良い。妾の用事も済んだのでな。そろそろ里の方へ向かうとするかのう。皆も歓迎の準備を進めておる頃じゃ」

 

エリンの里。

魔女と呼ばれる方々が住まう隠れ里。

正直な話をすると心躍る。胸が高鳴る。ループを終わらせる千載一遇の好機、一度も訪れたことのない場所。否が応でも期待してしまう。

さりとて不穏な単語に耳を傾けた。

 

「ロゼの用事とは?」

「少しだけ確認したい事があってのう」

 

ロゼは特徴的な灼眼を細めた。

不機嫌と云うよりも納得していないような面持ち。

残念ながら俺にはこれ以上察せられなかった。聞き出す能力も皆無だ。

刹那の間、眉間に皺を寄せたローゼリアだったものの、直ぐに普段と変わりない穏やかな表情へ切り替わる。

 

「まぁ、直ぐにどうこうなる事柄ではない。安心せい」

「いつか聞かせてくださいね」

「無論じゃ。お主をサポートするのが妾の使命じゃからな」

 

まるで自分自身に言い聞かせるように。

まるで何者かを口汚く罵倒するように。

魔女の転移魔法に身体を包まれながら、俺はロゼの横顔を盗み見る。

 

 

 

罪悪感に押し潰されてしまいそうな面貌だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

見知らぬ幼女をロゼと呼んだ。

見知らぬ幼女と仲睦まじく話していた。

見知らぬ幼女と共に何処かへ去っていった。

通路の柱に隠れながら、アルフィンは高鳴る胸を抑えつける。止まって。鎮まって。もう私を惑わさないで。

 

「――フェアの、バカ」

 

頬を赤く染めながら呟く。

隣に立っていた幼女へ強い嫉妬の念を浮かべながら。

 

 

 

 

 

 

 









レクター「お前さん、ヴィルングの奴と喧嘩でもしたのか?」←最初はお節介と冷やかし。

クレア「ヴィルングとは誰ですか?」←純粋な目。

レクター「――喧嘩じゃねぇな、コレ。一体何が起きてんだ?」←勘で察する。








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