黒い闘争と黒い混沌に絡まれた件   作:とりゃあああ

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三十八話 深淵再誕

 

 

 

 

 

「これって理不尽ですよね、ロゼ」

「止せ。エマの説教は天災じゃ。嵐じゃ。通り過ぎるのを静かに待つ他あるまい。言い訳でもしよう物なら破滅よな」

「ご家族なんですから」

「無理じゃ。後で野菜の盛り合わせを食わされてしまうのでな。妾は既に諦めた。お主も諦めてしまえ。楽になれるぞ」

「そんな殺生な」

「そもそも何故あんな事態になったのじゃ?」

「朝起きたらあんな感じで」

「妾の孫娘は夜這いに行くような痴女とでも?」

「俺の方からは何とも。後でロゼから聞いて下さいよ」

「阿呆。男なら自分で対処してみせい」

「ヴィータさん、顔を真っ赤にして何処かに行きましたから」

「追いかけんかッ」

「追いかける前に捕まったんです」

「むむむ。エマは石頭じゃからのう」

「リィンと仲良さげだったような――」

「灰の起動者か。セリーヌに訊いても要領を得ないのでな。その辺も詳しく聞きたいのう。一体何処まで進んで――」

「おばあちゃん?」

「ひぃぃ!」

 

 

 

 

 

エリンの里には露天風呂が完備されている。

見上げる先に燦燦と輝く真円の月。身体を包み込む程良い温かさ。今朝の騒動にて疲れ果てた心身を癒してくれる。

ほう、と吐息を漏らした。力が抜けていく。

何故か混浴になっているが、今更恥ずかしがるような事でもなかった。

 

「へ、平然とし過ぎじゃないかしら?」

 

彼女は顔を紅潮させて、身体をタオルで隠しているけど。妬ましげに此方を睨んでいるけど。経験豊富そうに見えて、もしかして生娘だったりするのか。

 

「後から入ってきたのはヴィータさんですよ」

「少しぐらい動揺しなさい!」

「これでも緊張してます、少しだけ」

「――嘘でしょ。自信を無くすわね、全く」

 

これ見よがしに嘆息するヴィータさん。

本当だって。嘘ではない。数多くの世界線だと彼女と深く関わっていない。今回が初めてだ。少なからず緊張してしまうのも仕方ないだろうに。羞恥心は一切生まれてこないけども。動揺も顔に出ないだけだ。

 

「でも、考えてみればそうよね」

 

睥睨するヴィータさん。

豊満な胸元を華奢な腕で隠しながら呟く。

 

「貴方、経験豊富だもの」

 

下手なことを口走れば地雷を踏み抜くだろう。

正解などない。時と場合、状況と感情を考慮して判断しなければ。こんな事に頭を悩ませるのも久し振りだった。

 

「慣れているだけです」

 

普段から飄々としたヴィータさんを意気消沈させるなら素直一択。粛々と返答する。顔を赤くしたら負け。言葉を詰まらせても終了。堂々と言の葉を紡ぐ。そうすれば、相手も簡単に詮索してこない。

深淵の魔女は頬を軽く膨らませながら、俺の方へ忍び寄る。水面が波打った。彼女の心模様を表しているようだと思った。

 

「今朝のこと驚いた?」

「勿論です。エマからお叱りを受けましたよ」

 

文字通り仰天した。

いつも通り目覚めた瞬間、歌姫の美貌が目の前に有ったのだから。鼻と鼻が触れ合う距離。少しでも身動ぎすれば口付けを交わせる位置にあった。

まさしく同衾。数秒の間、意識が飛ぶ。思考を回復させて、とにかく離れようと背中を仰け反らせた。今の俺では責任も取れないというのに、何か間違いでも起きたら面倒だからだ。

ベッドが軋む。振動が伝わる。秘密結社の最高幹部にまで登り詰めた女傑。当然ながらヴィータさんは目を覚ました。途端、頬から耳まで赤く染めて部屋から出て行った。

朝食の用意が完了したと呼びにきたエマ・ミルスティンに見られた結果、今朝の騒動に繋がったという訳だ。

 

「ふふ、ごめんなさい」

 

容易に想像できるのだろう。

クスクスと心から面白そうに笑う。

 

「ヴィータさんの事も探してましたけど」

「あの娘のことは何でも知ってるわ。口八丁手八丁で丸め込むのも簡単よ。今頃、婆様がまた説教を食らっているでしょうね」

「ロゼも可哀想に」

 

心中で合掌した。

申し訳ない。俺にできることはこのぐらいだ。

 

「泣きながら野菜を食べているわね、きっと」

「罪悪感を覚えてください、少しは」

「これぐらいの距離感で良いのよ、私たちは」

「仲良いですよね、三人とも」

 

ヴィータさんとエマは実の姉妹ではなく、ロゼと義姉妹も血縁関係など存在しないと聞く。それでも本物の家族のように、もしかしたらそれ以上に良好な仲である。

遠慮のないやり取りは、お互いを信頼しているからこそ可能なコミニュケーション。どうやって家族間の信頼を回復したのか疑問だった。

 

「あら、嫉妬?」

「どちらかと言えば疑問でしょうか」

 

答えてから後悔した。

俺が謝る前に、ヴィータさんは苦笑する。

胸元を隠していた腕を正面に伸ばして、手持ち無沙汰を解消するように水面をペチペチと叩きながら言葉を発した。

 

「謝ったわ、ちゃんと。何も言わずに姿を消した事。結社に身を置いた事。平然と魔女の禁忌を破った事も」

「申し訳ないです、俺の為に」

 

自惚れでも、自意識過剰でもなく。

歴代でも随一の魔女が蒼の深淵に堕ちた理由の一つに、フェア・ヴィルングという存在が関与していた。

だからこそ俺は口にした。貴女が気に病むことは何一つ無いのだと。ループ脱却の助力を願うけれど、必要以上に責任や心痛を感じる必要なんて無いのだと。

ヴィータさんは気にしなくて大丈夫よと大人の対応を取ってくれていたけれど――。

 

 

 

「謝らないで。貴方にだけは、謝られたくないわ」

 

 

 

今回だけは違った。

優しく頬を撫でられた。

 

「私が勝手に貴方を護りたいと思ったの。囚われの貴方を助けたいと。挙句、男性として好きになってしまった」

 

静かに相手の眼を見詰める。何者にも縛られていない紫紺の双眸は情愛と慈愛に溢れていた。視線を外すのは失礼に値する。淡く白い湯気が立ち込める中で互いの瞳に感情を反映させた。

 

「見返りなんて求めていない。そうしたいから行動に移しただけ。貴方に謝られてしまったら、私の立つ瀬が無くなってしまうわ」

 

矜持と信念。覚悟と行動。

不用意な謝罪はヴィータさんを苦しめているだけか。覚悟を決めた女性は恐ろしく強い。手強い。手に負えない。何度もクレアさんで体験済みなのに、忘れてしまっていた己の不明さを人知れず恥じる。

 

「ありがとうございます、ヴィータさん」

「ふふ、どういたしまして。でも残念だわ。本来なら煌魔城が出現した時に助けてあげられた筈だったのに」

 

ぽんぽん、と頭を撫でられた。

ループの記憶を一部共有されているからか、ヴィータさんの前だと強気になれない。子供扱いするなと手を払い退けられない。為されるがままになってしまう。

ヴィータさんの気が済むまで愛撫された後、俺は話を戻した。煌魔城の件である。緋の騎神。暗黒竜。カイエン公。様々な結末を生んだ場所で、結社と蒼の深淵が何を企んでいたのか、既に本人の口から聞き及んでいる。

だからこそ改めて確認したかった。初代ローゼリアも口にしていたように、俺に大地の聖獣までもが憑依しているのかと。

 

「大地の聖獣の件、本当なんですか?」

「事実よ。貴方の深層にて別離不可能な程に混ざり合っているわ。彼が遺したであろう大地の檻も観測できていたわね、暗黒竜が受肉してしまうまでは」

「テスタ=ロッサが口にしていました。俺たちを蝕んでいた呪い、その大部分を檻に閉じ込めたとか何とか」

「緋の騎神を恨むのも筋違いかしら。クロスベルの混乱とエレボニアの内戦を掛け合わせても、第一相克すら起きなかった。大地の檻で黒の思念体を高位次元から下層世界に現界させるなんて不可能だったんだから」

 

結社の目的は既に教えてもらっている。

ヴィータさんは更に一歩踏み込んでいたらしいけれど。何しろ第一相克によって多少なり錬成された『巨イナル一』の欠片と、フェア・ヴィルングに取り憑いている黒の思念体を融合させた上で大地の檻へ閉じ籠める事により、幻焔計画の完遂と俺を蝕むイシュメルガの分体を滅ぼそうと考えていたのだから。

 

「こうなってしまった以上、結社と鉄血宰相は世界大戦を起こすでしょう。貴方が幾度も経験している通りに」

「――背後で七の相克を完遂させて、鋼の至宝を完全に錬成させる為に。巫山戯てる」

「計画に存在しないのは『焔を纏った怪物』ね。黒の思念体と融合したとしても、概念生物だからこそ『焔を纏えると思えない』もの。マクバーンでも取り込むのかしら?」

「困りましたね。不確定要因ですか」

「黄昏が起きる前に、その辺を解明しておかないと後手に回ってしまうわ」

 

ヴィータさんは顎に手を当てた。

解明できない事実を突き付けられた研究者の如く不満気に唸る。

真面目な会話によって、羞恥心など何処かへ消え去ったようだ。互いの肩と肩が触れ合う。視線を横に移動したら火照った美貌が。下げれば大胆に開放された谷間が。ヴィータさんの思考を邪魔させない為に、俺はぼんやりと正面を向き続ける。

 

「黄昏、ね」

 

この世界の事情は大まかながらに把握した。

帝国に与えられた二つの至宝と結末。騎神の存在と聖獣の現在位置。内戦の起きた意味と、世界大戦の裏で起こる熾烈な暗闘。たとえ今回の世界線でループを脱却できなくても、知り得た情報は次の輪廻で大いに役立つ。

魔女たちの献身さに感謝しつつも、何処までも利己的な思考をしてしまうフェア・ヴィルングに吐き気を催した。

 

 

「――――」

 

 

魔女が心配そうに見詰めているのを、俺は終ぞ気付かなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「またせたわね、婆様」

「うむ。時間通りじゃな」

 

魔獣たちも寝静まる深夜。大森林に囲まれた魔女の里も例外ではない。誰もが朝日を待ち侘びる時間に、深淵の魔女は人知れずエリンの郊外を訪れた。

親しげに先客へ声を掛ける。

腕組みして待っていた魔女の長は肩を竦めた。

 

「あ奴が絡むとなると律儀になるのう、お主は」

「否定しないわ。でも、婆様も同じでしょ。『外なる神』もそんな婆様だから姿を現したと思うわよ」

「欠片も嬉しくないわ。そもそもお主、エマに余計な事を吹き込みおって。今日だけでどれだけ野菜を食べたと思っとる!」

「普段食べてないのだから足りてないぐらいね。好き嫌いはダメだって幼い頃に婆様から習ったのだけど?」

「妾は聖獣じゃからな。野菜など必要ないわ」

「屁理屈も年々増してきたわね。エマやフェアに迷惑かけないでよ?」

「お主にだけは言われとうないッ!」

 

子供みたいに地団駄を踏むローゼリア。

姿格好だけで判断するなら年相応の少女なのだけど、実際は八百歳を超える焔の聖獣なのだから常識など有って無いようなモノだと思う。

外なる神という怪物の存在を信じるぐらいに、この世は元来壊れているのだと確信できる。

 

「それで、フェアの睡眠深度はどうなっておったのじゃ?」

「極々微量だけど日々深くなってるわね。婆様の懸念通りよ」

「当たって欲しくなかったが、やはりそうか」

「外なる神の影響かしら?」

「さてな。邪神の考える事など妾たちに分かるはずもなかろう」

「悔しいけど正論ね」

「お主が傍におれば易々と乗っ取られる事もなかろう。エマとフェアには妾から誤魔化しておく」

「役得だと思って堪能するわ」

「同衾しただけで顔を真っ赤にするような生娘が強がるでないわ」

「ば、婆様も経験ない癖に!」

「露天風呂の光景は爆笑してしまったぞ」

「なッ。み、見てたの?」

「うむ。告白する瞬間もバッチリのう」

「婆様の記憶を抹消するしかないわねッ!」

 

ヴィータの持つ蒼い魔杖が火花を散らす。

大陸でも有数な強者の猛りを前にしても、ローゼリアは落ち着いた様子で嘆息した。紅い魔杖で地面を叩く。

 

「お主の猛りは昼間にでも受けてやる。その前に確認しておこうか。初代様の干渉はどうなっておる?」

「外の理も含めて解析したわよ。記憶を封じ込められるなんて失態、もう経験したくないもの」

「末恐ろしいの。僅か一週間足らずで、外の理を含んだ聖獣の精神操作を跳ね除けるとは。これで素直なら妾も安心できるというのに」

「そこまで難しくなかったわ。これから一年修行すれば、エマもできると思う。あの娘、才能だけなら私よりも上でしょうから」

「得意分野が異なるだけじゃろ。己を卑下する必要などない。フェアも気にしてないと言っておったぞ」

 

他でもない自分自身が許せない。

フェアに慰められても過去は変わらない。貴重な時間を無為に浪費してしまった。故に結社を辞める際、盟主へ絶縁状を叩き付けて、一目散にエリンの里へ戻ってきた。

一刻も早く彼の力となる為に。

一秒でも長く彼の傍にいられるように。

 

「で、そろそろ本題に移ろうかの」

 

ローゼリアは先を促すように目を細めた。

露天風呂の会話、湯船の中で震える掌、揺れ動く双眸。ヴィータは触れ合った指先の感触を思い出しながら口を開いた。

 

「婆様も気付いてる通り、限界に近いわよ」

「困ったものじゃな。フェアが彼処まで優しくされることに慣れておらぬとは。いや、他者の善意に拒否反応を覚えるとは。惨いとはこの事よ」

「それに、ループを脱却する為に周囲を利用する己の醜さに嫌悪感を抱いてる。このまま罪悪感との板挟みに合えば、取り返しが付かなくなるわ」

「此処から逃亡する日も遠くない、か。呪詛では生温い。最早冒涜じゃな」

「ええ。結社の目的、魔女の住処、帝国の過去を知れたのよ。後は自分一人でどうにかしようと思い至っても不思議じゃないわ」

 

フェアの心を縛り付ける盟主の呪詛を反芻し、ヴィータは奥歯を強く噛み締めた。

原初の女、原初の男。二千年前から続く宿命。永遠にフェア・ヴィルングを『茨の揺り籠』に封じ込めている。世界の為と、外の理から護る為と下らない理由で覆い隠して。

 

「なら、どうする?」

「エリンの里に留めておくのは愚策かしら」

「外に出すしかない、か」

 

喫緊の問題は二つだ。

未だに帝国の英雄であるフェアをどうやって隠すか。誰が付き添うか。他にも色々と考慮すべき事項は存在するものの、先の事柄をクリアできるなら無視しても問題ない。

 

「妾とお主しか初代様の干渉を防げないとするなら――」

「私が付き添うわ。婆様はエマへ修行を付けてあげないといけないし、エリンの里を長期間も空ける訳にいかないでしょ」

「仕方ないのう。選択肢など有って無いようなものか」

 

ローゼリアは苦虫を噛み潰したような表情で渋々ながら納得した。八百年待ち続けた存在を、己の手で護れないことに内心憤慨しているのだろう。

 

「黄昏まで残り約一年じゃ。エリンの里を出立するのは認めるが、遊んでいる暇などないぞ」

「当然よ。協力者を探し出したり、水鏡も確かめないといけないものね」

「ほう。心当たりがあると?」

 

ヴィータは自信満々に首肯した。

 

 

 

「任せて。フェアに負けず劣らずの武人を味方にしてみせるわ」

 

 

 

 

 

 

 

 







い、一体何色の羅刹さんのことを言っているのだろうか??(震え声)

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