黒い闘争と黒い混沌に絡まれた件   作:とりゃあああ

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三十九話 邪神策略

 

 

 

 

 

帝都ヘイムダルは活気に満ちている。

煌魔城の顕現、暗黒竜の再臨、眷族と化した住民による暴走。十月戦役に於ける狂乱を一身に引き受けながらも、併合したクロスベルから収奪した莫大な税金を投入して、日々喧騒に包まれながら復興に勤しんでいた。

カンパネルラはヴァンクール大通りに面するビルの屋上にぼんやりと佇んでいる。導力車や導力トラムの行き交う道路、未来を不安視しない無垢な民草、颯爽と歩きながらも嘲笑を浴びる貴族らしい派手な男女。エレボニア帝国の縮図らしい光景に、カンパネルラは微かに眉をひそめた。

 

「おい」

 

マクバーンは背後から声を掛ける。

火炎魔人の呼び掛けに、道化師は振り返らない。視線を下層世界に向けたまま、ゆっくりと口角を吊り上げてから答えた。

 

「おや。珍しいね、帝国に来るなんて」

 

踵を鳴らすマクバーン。

ポケットに手を突っ込みながら舌打ちした。

 

「惚けたこと口にすんな。俺をわざわざ呼びやがったのはお前だろうが。一体何のつもりだ?」

「そう殺気立たないで欲しいなぁ」

「俺の台詞だな、そりゃ。星辰の間で使徒に喧嘩売ったんだろ。お前らしくもない」

「君も気付いてるだろ。ボクと彼らは違うんだ」

「察しは付くけどな。敢えて訊いてやるよ。何がだ?」

「決まってるよ」

 

カンパネルラは普段と同じ表情で振り返った。

反転した身体は少年みたいで。中性的な顔に貼り付けた仮面はいつも通りで。なのに、背中に蠢いている漆黒の覇気は敵愾心を煽ってくる。

まるで帝国を蝕む呪いのように。

或いは玩具を弄る外なる神のように。

道化師は考える。そろそろ抑えられなくなってきたと。

 

 

「全部さ」

 

 

マクバーンが小さく目尻を下げた。

 

「ようやく認めやがったな」

「先に言っとくけど、君と殺し合うつもりなんて無いよ」

「はっ。お前自身の目的を達する為か」

「勘違いしてほしくないかな。ボクに明確な目的なんてないんだよ、君と違ってね。監視するべき対象と絶対に許せない対象が存在するだけさ」

 

要領を得ない台詞。其処に含まれる有無を言わせない感情の発露。飄々とした態度を溝に棄て、世界すら呪い殺しそうな憎悪を双眸に宿す。

別世界の存在と云えど。

結社最強の執行者と云えど。

塩の杭同様に世界を壊す特異点と云えど。

邪魔をするなら鎧袖一触にしてしまうぞと視線が訴える。

 

「大概おかしな奴だと思ってたが、此処まで異次元だとはな。お前も特異点って呼ばれる奴じゃねぇのか?」

「どうかな。ソレは昔に捨てたかもしれないね」

 

火炎魔人は思考を加速させる。

カンパネルラは『黒』くなっている。時折見せていた部分的な物でなく。マクバーンの性根を底冷えさせる程に。

判断材料は酷く少ない。そうだとしても、理解している事柄から取捨選択してしまえば、フェア・ヴィルングと盟主に関係していると容易に想像ついた。

内戦終結の夜、道化師はこう言った。

 

『彼を救えるのは君だよ、マクバーン。どうか助けてあげて』

 

本心だろう。願望に違いない。

フェアが救われる事を心から願っている。

此処までは考えた。一歩ずつ先に進もうか。

本性を見せた道化師。憐憫の視線を帝都市民に向けている。数日前に行われた使徒の会合。結社の行く末は遂に決定された。

ならば、己の希望が思考を曇らせていなければ。

 

「始まるのか?」

「よく気付いたね。少し驚いたよ」

「いい気味だ。見下しすぎだぞ、お前」

「こうなってしまうと、人間たちが虫螻に見えてしまうんだ。注意するよ。ありがとうね、マクバーン」

 

気安いながらも隔絶した意識。

そういえば、と根も葉もない噂を思い出した。

福音計画を主導した使徒第三柱、白面の異名を持つゲオルグ・ワイスマンを殺害したのは、教会の外法狩りではなく、カンパネルラなのではないかという流言である。

鼻で笑った巷説だったけれど、もしかしたら真実なのかもしれない。たとえ事実だとしても、マクバーンは道化師を責める気などなかった。

 

「何が原因だ?」

「ん?」

「来年から動く予定だった筈だ」

「あぁ、幻焔計画を奪取する事か。そうだね、ボクと盟主は最初から直ぐに始めないといけないってわかってたよ」

「最初?」

「内戦終結の夜に暗黒竜が再臨したよね。霊的な感染爆発も起きた。傍流ながら皇族の血を引くクロワール・ド・カイエンも極刑に処される。『黒キ聖杯』の出現条件は満たされた、満たされてしまったんだよ」

「ソイツは『黄昏』に必要な物だったな」

「鉄血宰相と地精による黄昏を食い止められないなら、ボクたちも幻焔計画の為に乗っかるしかないんだ」

 

道化師は忌々しげに呟く。

幻焔計画を主導できない苛立ちか。それとも、世界の終わりに手を貸す事か。多分だけど、どちらでもない。

誰の為の筋書きなのか。

誰の為に物語を早めたのか。

因果の書き手を冒涜するように吐き捨てる。

 

 

「誰も彼もが振り回されてる。吐き気がするよ」

 

 

カンパネルラでも届かない書き手なのか。

興味を唆られたが、それも一瞬の出来事だった。

 

「此処で何をしてるんだ!」

「大人しく手を上げなさい!」

 

ビルの屋上。唯一の出入り口。

錆び付いた蝶番から発せられる鈍い音に加え、約半年振りに聞いた声が執行者二人の鼓膜を揺らした。

見覚えのある黒髪。トールズ士官学院の制服。八葉一刀流中伝に相応しい太刀。既に鯉口は切られている。臨戦態勢。学生の領分を超えている実力の持ち主だが、マクバーンは自然体のままで『灰色の騎士』と『氷の乙女』に対峙した。

 

「久しぶりだな、灰の小僧。それに、ヴィルングの姉貴分だったか。お前らが束になっても意味ねぇよ」

 

二人は帝国でも有数の実力者だろう。一般人からしたら巨大な魔獣を容易く屠る『化け物』と定義できるかもしれない。

されど、火炎魔人とは天と地の差が存在する。カンパネルラを加えたら巨人と蟻だろうか。敵う訳がない。勝負にならない。それでも、正義感の塊であるリィンとクレアは、二人の執行者に歯向かうと確信できるけど。

 

「また、帝国で暗躍するつもりなのか!」

 

リィンは太刀を抜き放ち、一歩踏み込む。

何故かクレアは導力銃を構えたまま硬直している。

対照的な二人を前にして、マクバーンは表情を緩めた。

 

「さぁな。にしてもお前、いい感じに全身へ混じってきたな」

「早急に『贄』として覚醒させる為だろうね。黒の思念体も形振り構わなくなってきたか」

「答えろ。アンタたちが暗躍するつもりなら、俺は見過ごせない。ヴィルングさんの代わりに、帝国を護らないといけないんだから」

 

正義感だけではない。

使命感と義務感の板挟みにあっている。

尊敬する男から渡された『英雄』という肩書に囚われている。痛ましい。この後にも更なる苦痛と絶望が襲い掛かるというのに。

 

「俺たちに尋ねるのはお門違いだぞ」

「君が訊くべきは、隣にいる乙女さんだろうね」

「――何を言ってる?」

「慌てるなよ、灰の小僧。今は精々鍛えとくこった。否が応でも巻き込まれるんだからな」

「じゃあね。次に会う時までご機嫌よう」

 

余計な邪魔が入ってしまった。

無駄な騒動に乗じて、カンパネルラもいつの間にか元に戻っている。これ以上尋ねたとしても、適当にはぐらかされるだけだろう。

ならば最早、此処にいる意味など無かった。

焔と幻術の転移陣を起動する。足元に出現した紅い幾何学模様が、淡い閃光を発しながら乱舞していく。

 

「待って、ください――ッ」

 

硬直していたクレアが咄嗟に手を伸ばした。

導力銃を投げ捨て、縋るような面持ちで口を開いた。

 

「ヴィルングとは――。ヴィルングとは、誰なんですかッ!」

 

台詞の意味を理解できないマクバーン。

レクターから相談を受けていたリィン。

二人は双眼を見開き、氷の乙女を視界に収めた。

カンパネルラはその心中を察する。

全身をズタズタに引き裂かれながら。心魂を真っ二つに割断されながら。大切な思い出と記憶を土足で犯されながら、クレアはヴィルングという存在を手繰り寄せようとしている。

 

「恨むのなら、違う自分を恨むんだね」

 

どうしようもない。どうする事もできない。

忘れた方が幸せだ。

存在を認識しない方が幸福だ。

今、無理に嵌め込まれた世界の枷から抜け出した所で、フェアとクレアは敵対してしまう関係性なのだから。

 

「聖杯で待ってるよ、氷の乙女」

 

タイムリミットは残り一ヶ月。

誰もが『ニャラルトホテプ』の操り人形として、因果を書き換えられる地獄にて、三流の道化を演じるしかない。

起動した転移陣に包まれながら呟く。

 

「――今はまだ、演じるしかないんだ」

 

過ぎ去った結末に拘泥してしまう。

それでも『道化師』は前を向いていく。

約束だから。契約したから。借りがあるから。

 

「そうだよね、ゼーレ・デァ・ライヒナム」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

皇族の別荘であるカレル離宮。

帝都から僅か三十分の距離に聳え立つ。

都会の喧騒を忘れさせる風光明媚な場所だ。

五人の皇族の中で、アルフィン・ライゼ・アルノールは誰よりも好んで足を運んでいる。サンクト地区に所在する聖アストライア女学院の放課後にも、予定の詰まっていない休みの日でも、親友であるエリゼ・シュバルツァーすら連れずに、オリヴァルトが用意した数人の護衛と共に、飽きもせずにカレル離宮へ入り浸る。

 

「――――」

 

プリシラ皇妃は咎めた。

セドリック皇太子は邪推した。

オリヴァルト皇子は惻隠の情を示した。

 

「――――」

 

わかっている。理解している。

帝国の至宝と賛美されていても。

救国の皇女と尊崇されていても。

迷惑なのだと。面倒なのだと。煩わしいのだと。

それでも皇城に居たくなかった。帝都の光景を見たくなかった。緋の騎神から少しでも離れたかった。

思い出すから。連想してしまうから。

どうしようもない恋慕。抑えきれない寂寥感。彼とのやり取りを反芻するだけで涙が溢れる。胸に疼痛が走る。どうしよう。どうすれば。わからないなら逃げ出すしかない。遁走するしかない。許してほしい。心の弱い自分から逃げ場を奪わないでほしい。

 

「いつまで私を――」

 

ユミルで助力を願った。

月夜の草原で語り合った。

鋼都で騎士になって欲しいと懇願した。

帝都の上空で暗黒竜の討伐を成し遂げた。

交わる視線、紡ぐ会話、秘密を共有する悦び。

 

「いつまで、私は――」

 

囚われているのだろうか。

嫌悪を抱いている筈なのに。騙されていた筈なのに。それが正しい筈なのに。フェア・ヴィルングを愛したら絶対に赦されない筈なのに。

オルキスタワーで己を取り戻した時、彼のことを忘れようと思った。日常に戻れば忘却できるのだと信じた。無知な少女の盲信を嘲笑うように、いつまで経っても愛憎を繰り返してしまう。

 

 

「アルフィン」

 

 

背中に突き刺さる男性の声。

優しく、厳かで、尊敬している人の声だった。

一瞬で誰なのか理解した。エレボニア帝国内に於いて、彼女の名前を尊称無しで呼べる人物など極一部しかいない。振り返る。至尊の座に君臨する男が微笑みながら立っていた。

 

「お父様、どうして此処に?」

「決まっているだろう。そなたと話をする為だ」

 

ユーゲント・ライゼ・アルノールⅢ世。

母親や双子の諫言を拒絶できたとしても、実父であり皇帝でもあるユーゲントの言葉を無視するなど不可能である。

思わず目付きが鋭くなった。

護衛を下がらせた皇帝は苦笑する。

 

「そう心配するでない。そなたの拠り所を奪おうと思っておらぬ」

「お母様から頼まれたのでは?」

「プリシラから説得してくれと頼まれたのは事実だが、余にそのような意図は無い。そなたの気持ちも理解できる故な」

 

一拍。

 

「アルフィン、そなたも知っていよう。オリヴァルトの母親の事を」

「ええ。噂好きの侍女から聞きましたわ」

「――当時、余はアリエルを愛していた。帝都で共に暮らそうと結婚を申し込んだ。だが、アリエルは余の皇太子という立場を慮り、反発するであろう大貴族の暴走を予想して、アルスターでオリヴァルトと共に暮らす事を選んだ」

 

結果としてアリエル・レンハイムは死去する。

先帝の崩御が差し迫った頃、ユーゲントは結婚していなかった。宮廷では彼のアリエルへの想いと息子の存在は知れ渡っていた。

確実に次代のエレボニア皇帝となるであろう男の皇妃に、数多の貴族を差し置いて平民出身の女性が選ばれる。それは四大名門を始めとする大貴族にとって地べたを這いずる様な屈辱だった。

そんな中、四大名門の歓心を得ようとした貴族が猟兵を雇う。背筋を凍らせるような愚行を思い付き、そして容赦なく実行した。護衛として派遣していたミュラー・ヴァンダールの働きで息子は九死に一生を得るものの、アリエル・レンハイムは亡き人となった。

アルフィンはその血生臭い話を知っている。噂好きの侍女だけでなく、有象無象の貴族すら口に出さないだけで小馬鹿にする実話だからこそ、自然と耳に入ってきた。

 

「それが、どうなさいましたか?」

 

それは父親の隠すべき過去だろう。

実の娘に教えるような誇らしい事実でもない。

 

「フェア・ヴィルングは、アリエルに似ている」

 

ユーゲントは遠い過去を覗くように目を細めた。

 

「幾ら愛していても。一緒に居たいと願っても。時代、状況、環境、立場。離別しなければならない時も、遠くに離れた方が相手の幸せになる時だって有るのだ」

 

父親の言いたい事は把握した。

アルフィンを想っているからこそ遠くに追いやったのだと。黒緋の騎士は誰よりもアルフィンの幸せを願っているのだと。

首を横に振る。違う。違うのだ。

アルフィンは騙された。穢されたのだ。

 

「なるほど」

 

アルフィンの決壊した言葉の波濤を、ユーゲントは泰然と受け止めた。身体を掻き毟るような動作を繰り返す愛娘の肩に手を置いて、蒼穹の如き瞳を正面から見詰める。

 

「アルフィン、良く聞きなさい」

 

ユーゲント曰く、自分は今、愛憎を反転させられているらしい。彼の記憶を悪い方向に書き換えられているらしい。

信じられない。信じたくない。精神や記憶に干渉するなんて。理性の下す憎悪が虚偽で、本能の齎す愛念が真正だなんて。おかしくなりそうだ。いや、既におかしいのかもしれない。自分も、家族も、周囲の人々も、国民も、世界すらも。正常なモノなんて何一つ存在しない。

 

「三ヶ月前、魔女の長から聞いたのだ」

 

皇帝は囁く。

魔女の長から託された単語を。

別次元の法則すら掻き消す一言を。

 

 

『レウェルティ』

 

 

元に戻れと。

正常な思考へ回帰しろと。

ヴィータの解析した外の理。初代ローゼリアを凌駕する二代目だからこそ可能な術式。フェア・ヴィルングの希望と真逆の行為だとしても、ユーゲント・ライゼ・アルノールは余りにも救われない二人を幸福にしたかった。只でさえ苛烈な道を歩む皇女と騎士の手を繋がせたかった。

 

 

「あ、あ――」

 

 

アルフィンは膝を着いた。

両手で頭を抱える。口から嗚咽が漏れる。

思い出した。全ての記憶が蘇った。

そう、意図的に忘れていた記憶すら鎌首をもたげた。

 

「い、いや――ッ」

 

どうして。

どうしてなのか。

どうしてこうなったのか。

 

「イヤぁぁァァァァッッ!!」

 

忘れていたかった。

忘れていなければならなかった。

私はフェア・ヴィルングを憎んでいなければならなかった。

外なる神は言った。

フェア・ヴィルングを憎悪するようになれば、奴の輪廻を解いてやると。この世界線で本当の死を与えてやると。

 

「アルフィン、どうした!?」

 

ユーゲントが走り寄る。

大丈夫とも、心配しないでとも言えない。

今はとにかく襲い掛かる絶望に浸らせて欲しい。

アルフィンは想起した。

黒緋の騎士を愛していると自覚した。

暖かくて、幸せで、心の拠り所だった記憶を取り戻した。

つまり、それは――――。

外なる神は言った。

奴を思い出した時が最後、あの者は永遠に輪廻を繰り返すだろうと。永遠に原罪を償っていくのだと。

 

 

 

 

 

くとぅるふ・ふたぐん にゃるらとてっぷ・つがー

しゃめっしゅ しゃめっしゅ

にゃるらとてっぷ・つがー くとぅるふ・ふたぐん

 

 

 

 

皇女の慟哭を眺めながら、深い絶望を吟味しながら、外なる神は人間の愚かさを嘲笑った。

 

 

 

 










ニャル「やっぱり人間って面白(リューク並感)」


二代目ローゼリア「予想していた展開と違うんじゃが!(白目)」











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