黒い闘争と黒い混沌に絡まれた件   作:とりゃあああ

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四十一話 盤上反則

 

 

 

 

 

七耀暦1205年6月15日。

エリンの里を出奔してから十日経過した。帝国内外に複数の拠点を構えたり、結社と宰相へ対抗できるように協力者を確保したり、黄金の羅刹と引き分けた反省から鍛錬に勤しんだりと忙しない毎日を送っている。

宿場町ミルサンテに作った拠点内で、俺とヴィータさんは例の少女と対面した。クロワール・ド・カイエンの姪にして、正統なカイエンの血筋を引く『盤上の指し手』である。

 

「改めまして。ミルディーヌ・ユーゼリス・ド・カイエンと申します。軟禁状態から助けていただき大変感謝しております」

 

清楚な顔付き。絹のような薄青の長髪。

敵の一挙手一投足を見逃さないと云う鋭利な雰囲気を醸し出しながらも、同性異性問わずに容易く心へ侵入するような蠱惑的な言動で周囲を惑わしていく。そんな少女。精神面さえ一般人でなければ、鉄血宰相と互角に渡り合える智慧の持ち主。

形式上の感謝を軽く流す。何しろ相手の言い分を全て無視して連れてきたのだから。ほとんど誘拐である。

 

「カイエン公に連なる者として軟禁されていたのは把握しているわ。いつ頃からなの?」

「約十日前からです。時間に換算すれば230時間前から。それまでは皇女殿下が庇ってくださっていたのですが――」

「皇女殿下に何か遭ったのか?」

「やはり貴方も知らないのですね。これは当てが外れました。三ヶ月前に喧嘩別れしたと云う風説は本当なのでしょうか?」

 

相変わらず、人の神経を逆撫でる女だな。

今回の世界線だと初対面だが、どうやら既に嫌われているようだと理解した。皇女殿下を誑かした不忠者としてか。それとも肌に合わないと一目で看破したからか。

安心してほしい。俺も苦手だから。気が迷っても手を出そうとか思わないから。

 

「――――」

 

右のこめかみが少しだけ痙攣した。

気を利かしてくれたのか、ヴィータさんが再度追及する。

 

「いいから答えなさい」

 

チラリと此方を一瞥したミルディーヌ。

双眸の奥に潜むのは不満か、或いは憤怒か。

それでも顔色一つ変えず、首を静かに振った。

 

「いえ、詳しい事は何も。特に理由もなく休学する事になりましたから。その後直ぐに帝国政府の役人を名乗る方々が女学院に訪れたのです」

「成る程。そのまま軟禁されたと」

「皇女殿下は、具合が悪かったりしたのか?」

 

そうであって欲しい。

病気や風邪なら医者に任せておける。

 

「春頃からでしょうか。少しでも時間が出来たらカレル離宮を訪れてましたよ」

 

帝都近郊にある皇族の別荘地か。

何故だ。何かあるのか。顎に手を当てて考える。

可能性の一つとして、御家族と仲が悪くなったとか。いや、無いな。直接お会いした時の印象からして、両陛下とアルフィン殿下の親子関係は良好そのもの。なら皇太子殿下と一悶着あったか。不仲を焚き付ける貴族たちは、三ヶ月前に粛清してきた筈なんだが。

 

「理由はわかるかしら?」

「帝都にいたくないと呟いていました。クロチルダさんなら、皇女殿下のお気持ちを理解できるのでは?」

「――嗚呼、そういう事」

「だからこそ信じられません。貴方と皇女殿下が喧嘩別れしたという風説なんて。クロスベルで何か遭ったのでは?」

 

質問という体を成しているだけだ。

険しい双眸と表情から確信していると判断する。

勿論、初代ローゼリアと交わした契約や皇女殿下に心底から嫌悪された件、邪神に囚われた女性を殺害した事は把握していない筈だろうけど。

俺はソファの背凭れに体重を預け、ミルディーヌを睥睨する。

 

「訊いてどうする。君に関係ないだろ。皇女殿下に愛想尽かされたのは紛れもなく事実だよ」

「知らないでしょうね。貴方の活躍を耳にする度に嬉しそうな表情をしていたなんて。貴方が雲隠れした後、人が変わったように物静かになってしまったなんて」

「君こそ知らないみたいだな。俺は平民だ。どんなに功績を積み上げようとも平民なんだよ。皇女殿下の傍にいるだけで迷惑を掛けてしまう」

 

そうだ。迷惑を掛ける。

隣にいるだけで罪深いのだ。

輪廻に巻き込む。危険な目に遭わせる。

だから離れる。忘れてもらう。嫌ってもらう。

アルフィン殿下が幸せに過ごせるなら、緋の騎神すら惜しくない。

ミルディーヌは眉間に皺を寄せた。口許がピクピクと痙攣している。何か言おうと口を開き、これ見よがしに嘆息した。

 

「切り口を変えましょうか。どうして私が近い内に殺害されるかもしれないという出鱈目を吐いたんですか?」

「なに?」

「カイエンの血筋を抹殺する可能性があるから保護するなんて詭弁も良いとこ。確かに一ヶ月ほど軟禁されるでしょうが、叔父の極刑さえ終われば無事に解放された筈です。どのような未来を予測した所で、一族郎党皆殺しという結果に辿り着かない」

 

そう、と平坦な声で続ける。

俺という存在を赦さないように睨み付けながら。

 

「フェア・ヴィルングという極大の特異点を考慮しなければ」

 

ヴィータさんが息を飲む。

俺は聞き飽きた物騒な単語を無視した。

簡潔に、端的に、ミルディーヌへ尋ねる。

 

「辻褄が合わなくなるのか?」

「えぇ。貴方さえ存在しなければ、計算に含めなければ、クロチルダさんの仰っていた世界大戦まで未来予測できます。それに、十月戦役の結末も大きく変わっていましたよ」

「黒の騎士は存在せず、オーレリア・ルグィンは帝国西部で暴れ回り、暗黒竜も復活せず、緋の騎神による活躍劇すら無かったと言いたいんだろ」

 

これぐらいで充分だろう。

数多の輪廻に於いて、九分九厘の確率で辿る内戦の過程を思い出す。自力で立て直した第三機甲師団と第四機甲師団による巻き返し。アルフィン殿下を擁立したカレイジャスとトールズ士官学院生徒の活躍。皇太子殿下を人質に取ったカイエン公の逮捕。ルーファス・アルバレアとギリアス・オズボーンによる電撃的な和解。クロワール・ド・カイエンの極刑も存在しない。終身刑で済んでいる。

ミルディーヌは口許に手を当てる。驚愕と納得を含んだ表情を浮かべる。まるで化け物でもいるかのような眼で凝視した。

 

 

 

「貴方、ループしてますね。それも一度なんかじゃない。同じ時間帯を何度も」

 

 

 

ヴィータさんの右人差し指が微かに動いた。魔力を高めている。眼前の少女を排除すべき脅威だと認めたらしい。

 

「フェアから事前に教えてもらっていたけど、正直信じられないわね。どうして彼の秘密に気付いたのかしら?」

「必要な情報と周囲の環境を数値化して、世界という方程式に代入した結果、唯一当て嵌まるであろう事実を導き出しただけです」

「――貴女、私の代わりに使徒も務まるかもしれないわね」

 

驚嘆した様子で呟く深淵の魔女。

高まっていた魔力は霧散していた。

ホッと一安心する。今殺されると困るんだ。

 

「去年から出現していたバグは、やはり貴方でしたか。ループする存在なんて反則もいい所です」

「俺たちの持つ情報を全て教える。その上で未来を予測してほしい」

「クロスベルの件も教えてくださると?」

「必要ないだろ」

 

淡々と断る。

何も悩まずに一蹴した。

ロゼやヴィータさんに話した。それは必要だったからだ。彼女たちと協力関係を構築するのに必須な対価だったからだ。

あの時の判断を間違っていたと思わない。

アルフィン殿下にはありふれた日常の中にいて欲しい。それが俺の我儘だとしても。傲慢な願いだったとしても。

いざとなれば簡単に棄てられる俺の命よりも、アルフィン殿下の命は重たいのだから。比較すらできないほどに大事な命なのだから。

 

「お願いします」

 

ミルディーヌは頭を下げた。

お調子者の声音ではない。慇懃な態度。心の底から頼んでいる。それでも答えない俺を見て、ソファから腰を上げる。テーブルの横に移動して、徐ろに膝を着いた。

 

「どうか、お願いします」

 

土下座だった。

泣きそうな声で教えてほしいと懇願する。

正直、困惑した。人物像が合致しないからだ。以前の輪廻で、リィンやオーレリアから聞いた飄々とした少女と考えられない必死さだった。

何がそこまで駆り立てるのか。

真実を知りたいだけか。それとも叔父の犯した出来事から罪悪感を覚えているのか。もしくは、庇ってくれたというアルフィン殿下に恩義を感じているのか。

 

「――――」

 

只の探究心なら相手にしなくていい。

罪悪感に苛まれているなら利用するだけ。

しかし――。

アルフィン殿下が関わっているなら無碍にできない。

 

「フェア、貴方は散歩してきなさいな」

 

助け舟を出してくれたヴィータさん。

悪いようにしないからと耳許で囁かれた。

数秒だけ悩み、此処にいても仕方がないかと立ち上がる。

 

「任せます」

「任されたわ。遅くならない内に帰ってくるのよ」

「はい」

 

まるでお母さんだなと考えて――。

お母さんって何だっけと頭を捻りながら。

俺は湖畔の畔に建てられた拠点から外へ出た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一悶着有ったものの、ミルディーヌは土下座を解いた。スカートに付着した汚れを手で払う。お騒がせしましたと深く謝罪。流石は良家の娘と納得する優雅な動作でソファへ腰掛ける。

 

「皇女殿下への恩義かしら?」

「勿論、あの方への恩義もあります」

 

含みのある回答だった。

誘導尋問かと疑いながらも問い掛ける。

 

「他にも何かあるの?」

「私の推測ですが、構いませんか?」

「ええ。それを聞いてから私たちの情報も教えるわ」

「ヴィルングさんを特異点とするなら、アルフィン殿下も特異点ですよ。畏れ多い話ですが、私の盤上に含まれない、バグに似た存在へと変貌しています」

 

塩の杭、火炎魔人、黒緋の騎士。

いずれも外の理に通ずる例外中の例外。

結社でも、教会でも、魔女の里でも、彼らを『特異点』と呼称している。世界の常識や法則を逸脱した存在として。女神の創造した世界に対する脅威として。

神羅万象を操る『外なる神』に対抗できるとしたら彼らだろうが、どうして只の皇族まで特異点化してしまうのか。

 

「変貌したのは、いつ?」

「明確になったのは内戦終結の夜ですね」

「兆しはあったの?」

「内戦から一ヶ月ほど経った時ぐらいからです」

「だからこそ聞き出したかったのね。フェアと皇女殿下が仲違いしたであろうクロスベルの出来事を」

 

その通りです、と首肯するミルディーヌ。

 

「フェアは、あの子は皇女殿下を巻き込みたくないと考えているわ」

「酷く不器用な方だってわかってます」

「――そう。なら良いわ。教えてあげる」

 

胸が痛むけど。

嫉妬から腹立たしくなるけど。

アルフィンの無事に関係するなら、ミルディーヌに教えても問題ないだろう。フェア・ヴィルングにとって、アルフィン・ライゼ・アルノールという少女は誰よりも大事な存在だろうから。

1200年前に起こった至宝の激突、魔女と地精の亀裂、結社の目的、鉄血宰相が齎そうとしている黄昏、世界大戦の裏で行われるであろう七の相克。そして『外なる神』の存在。なるべく要点を絞って説明した。

ミルディーヌも心得ているのか、説明の途中で疑問を挟まず、常人なら到底信じられないような情報を頭蓋の中に叩き込んだ。

一通りの情報を開示した後、質問と返答を繰り返して、ミルディーヌは閉じていた双眸をゆっくりと開いた。

 

「クロチルダさんは、ヴィルングさんのループを追体験しているんですよね?」

「あくまで数千回、それも大事な部分だけね」

「御本人は最低でも一万回以上、二年間を繰り返してるなんて。自我を保ってられるなんて信じられない」

「恐らくだけど、全ての記憶を保有している訳じゃないと思うわ。次の輪廻に必要な情報を取捨選択しているんじゃないかしら」

「意図的か、それとも誰かの介入に因るモノか」

「婆様と私は『外なる神』が妖しいと踏んでいるけど」

「可能性は最も高いと思います。どこか釈然としませんが」

 

ミルディーヌは下唇を噛み締める。

如何に鉄血宰相に比肩するような盤上の指し手である少女でも、邪神に関連する事柄まで捌き切れないようだ。仕方ない。指先一つで人間を何万回もループさせるような常識外れの存在なのだ。盤上に置こうとした所で、既存のルールを好き勝手に変えられるだけ。

 

「喫緊の問題は、来月に迫った『黄昏』をどうするかですね」

 

あれ、と小首を傾げるヴィータ。

 

「来月?」

「来月でしょう」

「え、と。どうして?」

 

黄昏が起きるのは七耀暦1206年7月。

フェアの経験したループで明らかになっている。

これは不変だ。絶対の目安。だからこそ今、必死に協力者を集めている。世界の破滅を食い止める為に、フェアのループを終わらせる為に。

にも拘らず、ミルディーヌは来月に黄昏が起きるのだと断言した。

 

「黄昏を起こす必要条件として二つの事柄が考えられます。一つは暗黒竜の出現。もう一つは皇帝陛下の暗殺未遂」

 

フェア自身は『何故か』覚えていないようだが、二回ほどトールズ士官学院による暗黒竜の討伐を手伝っていた。

時期として来年の七月。帝都の夏至祭、その最中に。基本的に前後しない。その功績を以て、トールズ士官学院の面々は皇城の祝賀会に呼ばれるのだから。

 

「季節、時期、夏至祭という可能性も考えられますが、大きな事例として暗黒竜の復活と皇帝陛下の暗殺未遂を主軸に置いた際、この世界線だと来月になります」

「確かに暗黒竜は復活したわ。でも、皇帝陛下の暗殺未遂が起きると限らないでしょ。犯人と目されるアッシュ・カーバイドはラクウェルで不良の真っ最中よ」

「皇族、もしくは皇家の血を引く者が死ぬという条件だったら?」

「――カイエン公の極刑」

「ずっと疑問でした。何故、叔父の極刑を伸ばすのか。帝都の夏至祭に合わせる必要なんてありません。獅子戦役の再現かと考えましたが、あの鉄血宰相がそのような姑息な手を使うとも思えませんでしたから」

 

辻褄は合っている。

断言できないが、少なくとも条件は一致する。

 

「急がないといけないわね」

「はい。恐ろしいのは他の世界線と異なり、黄昏とやらが長引いてしまう事でしょうか」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「アンタ、何者だ?」

「私の名前はベリル。旅の占い師よ」

「占い師だと。馬鹿を言うな。アンタは――」

「駄目よ。簡単に口に出したら駄目。誰が見ているか、誰が介入してくるか、私にも見通せなくなってしまうわ」

「なら、どうして『ここ』にいる?」

「貴方を蝕む因果が複雑に絡み始めたから」

「何が言いたい」

「結論を急いでしまうのは貴方の悪い癖ね。安心しなさい。私は味方よ。千載一遇の好機を見逃さないように忠告しに来たの」

「まるで初代ローゼリアみたいな事を言うな」

「あんな聖獣と一緒にされても困るけど。私は違うわ」

「何が違う」

「良くお聴きなさい。貴方は四つの存在を内包している。それは気付いているわね?」

「ヴィータさんから教えてもらったよ。4、4、1、1で混ざり合ってるって」

「大凡の察しは付いてるのかしら?」

「黒の思念体、邪神、大地の聖獣、初代ローゼリアじゃないのか?」

「違うわ。全然違う。黒の思念体と大地の聖獣しか合っていない」

「待て。初代ローゼリアは違うとして、邪神も違うのか!?」

「当然でしょ。『外なる神』が一個人に内包されるわけないわ。大いなる存在は遥か高みから糸を垂らしているだけ」

「なら、何が混ざってるんだ?」

「考えなさい。見つけ出しなさい。約束の刻までに正解へ辿り着かなかったら、貴方に待っているのはバッドエンドよ」

「またループするっていうのか、望む所だ」

「現状維持に過ぎない結末をバッドエンドと呼ぶの?」

「――――」

「因果は巡っている。貴方は進んでいる。成し遂げなさい。『彼女』と『彼』もそれを望んでいるわ」

 

 

 

 

 

 

 

 







裏設定の一つ。


フェアのイメージソング→心よ、原始に戻れ(曲名だから大丈夫ですよね??)



ベリル「皮肉が利いてるわね」









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