黒い闘争と黒い混沌に絡まれた件   作:とりゃあああ

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四十五話 霊魂不滅

 

 

 

「殿下の保護を終えました」

「ご苦労。彼は無事なのかね?」

「えぇ。特に怪我も負っていません」

「私が尋ねているのは、フェア・ヴィルングの方だが」

「そちらでしたか。脱出時に半身火傷、背中に硝子の破片が数十個突き刺さっているぐらいでしょうか」

「良かろう。その程度ならば誤差の範囲内に過ぎぬ」

「しかし、閣下」

「何かね?」

「黄金の羅刹と肩を並べる、帝国最強の剣士に成長したフェア・ヴィルングに緋の騎神を渡しても良かったのですか?」

「無論だ。彼が起動者でなければ『巨イナル一』の再錬成は不十分な物となるだろう。聖杯の障壁すら突破できん。嘆かわしい事だが、セドリック殿下はスペアでしかない」

「我々の技術力を使っても、未だに半人前。躍り狂うだけの存在。古の血を覚醒させるしかありませんな」

「彼へ緋の騎神を渡したのだ。最早セドリック殿下の役割は半減している。性急に事を運ぶな」

「閣下、その件についてお耳に入れたい事が」

「皆まで言わずともわかっている。左手の件だろう。やはり外の理に通じているのか?」

「いえ。それが――」

「どうした?」

「我らが主の干渉だけです。外の理へ全く通じておりません」

「ほう」

「この件が終わり次第、急いで解析を進めようと考えております」

「好きにしろ。だが、セドリック殿下を壊すな。アレでも皇太子の地位を持つお方だ。皇帝陛下の頼みを無碍にできん」

「かしこまりました」

「後は楽しみに待つとするか、英雄の到着を」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

緋の騎神に搭乗するのは約半年振りだろうか。

片手の指でも数えられる回数しか乗っていないのに不思議と落ち着く。充満する独特の空気か。アルフィン殿下と共にいるからか。昂揚した意識が刻々と冷やされていった。

何から始めようかと考えて、複座である意味を思い浮かべた。

 

「アルフィン殿下、後ろの座席へお移り下さい」

 

俺に抱き付いたままのアルフィン殿下。

表現するなら対面座位か。冗談でもヤバいだろ。

俺はズボン。相手はスカート。

誰かに見られたら誤魔化せない状態である。騎神の中でも安心できない。何故か。搭乗者の姿は通信相手に映るからだ。要らない機能だろ、これ。

アルフィン殿下は首を横に振った。

 

「ううん。私はこのままで構わないわ」

「私が構います」

「大丈夫よ。フェアの邪魔はしないから」

 

確かに邪魔ではない。

騎神とは概念兵器の一種だ。機械の塊である機甲兵と異なり、両手両足を用いて忙しなく操縦せずとも、宝珠に翳した掌から起動者の意図を正確に読み取って動いてくれる。

アルフィン殿下に抱き締められていても、確かに動作や戦闘に支障は出ないけど、折角複座を用意してくれた過去の技術者を無視するのは如何な物かと。

アルフィン殿下は悲しげに微笑む。

 

「それとも、嫌だった?」

 

今更、降りろと言わない。

危ないとも、手伝うなとも。

アルフィン殿下も輪廻の渦に巻き込まれる可能性を孕んでいるのなら、まさしく俺たちは一蓮托生の存在なのだから。

 

「わかりました。戦闘になった際、振り落とされないように気をつけてください」

「ふふ。遠慮なくしがみ付くから安心して」

 

楽しそうだ。愉快そうだ。

双子の弟から一ヶ月間も毒を盛られ、短剣で殺されそうになったばかりなのに。世間の荒波に飲まれた大人ですら、一生引きずるかもしれない殺意と敵意を浴びたというのに。

どうも存在Xや存在Yの干渉を食らっていなさそうだから、純粋に精神面の成長を喜べばいいのだろうか。

 

『マァ、良イノデハナイカ』

 

搭乗席に鳴り響く厳粛な声。

最初よりも人間らしさを帯びた機械音声。

両手の宝珠を強く握る。言外に謝罪の意を込めながら再会を喜んだ。

 

「久し振りだな、テスタ=ロッサ」

『起動者ト再ビ話セル事、大変喜バシク思ウゾ』

「ごめんなさい、テスタ=ロッサ」

『契約者ガ謝ル必要ナド無い。全テハ狂ッタ因果ノ結果ダ。シカシ、ヤハリ落チ着クナ。我ノ契約者ト起動者ガ貴方達デ良カッタ』

 

再会の挨拶はこれで充分だろう。

詳しく話すのは現状を乗り越えてからだ。

眼下に広がる紅の帝都ヘイムダル。軽く視認しただけで三桁に及ぶ幻獣が至る所で猛威を奮っている。鉄血宰相が予め駐屯させておいた正規軍の機甲師団によって掃討されつつあるが、空中を漂う黒い靄霞から容易く復活してしまう為、このままだと鼬ごっこに過ぎない。

 

「戦闘に問題あるところは?」

『特二無イナ。限界マデ霊力モ溜マッテイル』

「あの黒い靄霞、何かわかるか?」

「恐ラク暗黒竜ノ遺シタ瘴気ダロウ。黒キ聖杯ト大地ノ聖獣ノ能力二因ッテ、無限ニ幻獣ヲ産ミ出シ続ケル筈ダ』

「聖杯とやらをどうにかするしかない訳だな」

『ウム。解決策ハ、ソレシカ無イダロウナ」

 

これが黄昏の始まりか。

逃げ惑う人々、応戦する軍人。

散乱する瓦礫、蔓延する火災。

大混乱が起きると知っていた。帝都全域を巻き込む事も。まさかこれ程とは。是が非でも世界大戦を起こすなら、少しでも国力を高めなければいけないのに。

七の相克に必要な所業なのか、これが。

鉄血宰相と地精、結社は何を望んでいるんだ。

 

『――――ア。――ェア!』

 

掠れた通信音が届いた。

テスタ=ロッサも気付いたらしい。

 

『起動者ヨ、映像ニ出スカ?』

「頼む。俺の知っている人だ」

 

視界の右端に映し出される深淵の魔女。

 

『――フェアッ。良かった、無事だったのね!」

 

必死に呼び掛けていたのだろう。

俺の顔が見えた瞬間、ヴィータさんの強張っていた表情が緩んだ。意図せずに溢れた安堵のため息は一際大きかった。

深淵の魔女は刺々しく口を開いた。

 

『明白な罠なのに突っ込んでいくし、聖杯が出現したのに連絡も取れないし、皇城付近を飛ばせておいたグリアノスも困り果てて戻ってくるし。無事だったのなら先ずは私に連絡しなさい!』

 

約束したでしょうと。

恐るべき剣幕で捲し立てるヴィータさん。

搭乗席に轟く数多くの文句、もとい正論な言葉に圧倒される。言い訳したい。だが、内容を誤ってしまえば更に傷口を拡げてしまいかねない。

そんな俺を見兼ねたのか、アルフィン殿下が間に割って入る。

 

「ヴィータさん、フェアを責めないでください」

『――ッ。これはこれは。皇女殿下、嫌いだと罵った殿方に抱き付くなんて、些か趣味が悪いのではありませんか?』

「内戦時、私たちと敵対したヴィータさんのお言葉と思えませんわね。簡単に鞍替えしてしまうなんて、大層趣味が悪いのではありませんか?」

『そもそもフェアに抱き付く必要性などありませんよね。後ろに用意してある席が見えないのかしら?』

「フェアが許してくれたのです。こうして抱き付く事も。それに、これは契約者と起動者である私たちの問題ですから、魔女さんにとやかく言われる必要ありませんわ」

 

言葉の応酬は熾烈を極めた。

見えざる剣で鍔迫り合いを行う二人。

片方は絶世の美姫で、もう片方は傾国の魔女だ。

 

「――――」

『――――』

 

最終的に通信越しで睨み合う。

ガンを飛ばす。メンチを切る。

緋の騎神は何も言わない。口を挟まない。静観を決め込んでいる。触らぬ神に祟り無しとでも考えているのだろうか。

俺が何とかするしかないな。

頃合いを見計らい、無理矢理割り込んだ。

 

「ヴィータさん、此方の詳細は後でお伝えしますから。何が起きたのか、何が起きているのかを教えてください」

 

真面目な口調で要望する。

流石は歴戦の魔女。思考の切り替えもお手の物。なるべく要点だけ掻い摘んで、判り易く説明してくれた。

ヴィータさん曰く、小一時間前から俺へ連絡を取らなくなったらしい。それは唐突で、一瞬の出来事だったと。やはり鉄血宰相の罠だったのかと歯噛みした瞬間、帝都ヘイムダルを包み込むように幻想的な鐘の音が響き渡った。

時同じくして、カレル離宮は黒キ聖杯へ変貌。誰かの差し金で発信された映像には、鉄血宰相を始めとして、彼の子供たちや結社の面々も勢揃いしていたようだ。

 

『私と貴族連合軍の兵士はパンタグリュエルを奪う為に行動しているわ。予定通りね。幻獣も第四機甲師団に任せて大丈夫でしょう、当面の内は』

「カレル離宮の方は?」

『羅刹殿と黒旋風、守護騎士二人、それとリィン君たちが向かっているわ。どうやらミリアム・オライオンが連れ去られているみたいよ』

「――おかしいですね。白兎は鉄血の子ども達では?」

『ええ、その通りよ。でも、確かに気絶した白兎を、いけ好かないレクター・アランドールが運んでいたわ』

 

何が起きているのか。

頭を掻き毟りたくなる。

帝都方面は問題ないと判断する。

深淵の魔女に加えて、機甲兵を操る貴族連合軍の兵士がいれば戦力的に十分。盤上の指し手であるミルディーヌ、十月戦役で紅い翼を指揮したトワがいるなら作戦司令部としても限りなく有効である。

憂慮すべきはカレル離宮方面だ。

如何に協力者の錚々たる面々が揃っていたとしても、鉄血宰相や結社の面子すら勢揃いしているなら苦戦は必至だろう。敗北も有り得る。特に火炎魔人と鋼の聖女がまずい。互角に相対できるとしたら俺とオーレリアぐらいだろうな。

 

『ヴィルングさん、聞こえますか?』

 

ミルディーヌの声だ。

アルフィン殿下の肩がピクンと跳ねる。弾かれたように顔を上げた。何か言おうと開口して、何も発さずに口を閉じる。

帝都の大混乱を終わらせてから話そうと思ったのだろうか。

 

「ああ、聞こえている」

『私の計算によると、この騒動は黒キ聖杯をどうにかしないと終わらないでしょう。帝都の幻獣も無限に出現すると考えて間違いないかと』

「テスタ=ロッサもそう言っていた。聖杯をどうにかするのが最優先事項だ。だから殆どの戦力をカレル離宮へ回したんだろ?」

『はい。オーレリア将軍に加えて、灰と蒼の騎神が肩を並べれば大丈夫だと考えたのですが、どうやら鋼の聖女も騎神を隠し持っていたみたいで』

『婆様曰く、銀の騎神らしいわ。自分で導いた起動者とか自慢してたしね』

 

おーい。何をやらかしてるんだ、ロゼ。

大地の聖獣の力を色濃く受け継ぐ銀の騎神は、二体の騎神を相手取って圧倒しているとか。起動者が鋼の聖女なら仕方ないと嘆息する。まさしく鬼に金棒、駆け馬に鞭、虎に翼といった所だ。

ジュノー海上要塞から極秘裏に転移してきたオーレリアとウォレスさん。彼らの機甲兵は海上要塞に放置されたままだ。魔女の協力者は数多く居るものの、機甲兵の莫大な質量を転移させるとしたらロゼやヴィータさんでもなければ無理らしい。

打開策が見当たらない。

更に、悪い報告は重なっていく。

 

『黒キ聖杯を四重の障壁が覆っているらしく、中へ突入する事さえ困難だと。ローゼリアさんと副長さんが協力しても、一つの障壁を突破するだけで限界らしいです』

 

だから、と続ける。

 

『ヴィルングさん、黒緋の覇王へ成れますか?』

 

暗黒竜を超越した存在。

騎神を別次元へと昇華した姿。

ロゼ曰く、上位空間に蔓延る神の如き力だと。

契約者であるアルフィン殿下は乗っている。俺も全身を焼かれる程度の痛みなら、わざわざ身構える必要すらない。

問題はテスタ=ロッサ次第だが――。

 

『我ハ問題ナイ。起動者次第ダ』

「大丈夫らしいぞ。いつでも覇王状態へ変化できる」

『有り難うございます』

 

ミルディーヌは嬉しそうに、それでいて恐ろしそうに感謝を述べた。

 

『婆様と私で解析した結果、覇王状態なら第三障壁まで破壊できるはずよ』

「障壁を破壊した後は、銀の騎神を食い止めればいいんですね?」

『そうね。二体の騎神で圧倒される現状、貴方に頼るしかないわ。フェアと聖女殿が戦っている隙を突いて、羅刹殿やリィン君たちを聖杯内部に送り込む予定よ』

 

初陣は暗黒竜だった。

慣れない機体で頑張ったと自画自賛する。

だが、艱難辛苦とは突如として襲い掛かる物だ。

黒キ聖杯の障壁を破壊した後に、結社最強の武人と名高い聖女が駆る、二体の騎神と戦っても優位に立つ銀の騎神を相手に一騎討ちしろとは。

苦境と裏腹に、身体が震える。

武者震いだろうか。浮き立つ想いを抑えきれない。

 

【私と貴様は同じだ】

 

オーレリアは言った。

我々は同じく戦闘狂なのだと。

鍛え上げた剣術を披露したいと思っていると。

 

【そうだろう、愛しき男よ】

 

一度だけ恋仲になった世界線。

俺はオーレリア・ルグィンを斬殺した。

荒れ狂う暴風雨の中、決壊したガラ湖の畔で。

確かに好きだったのに。優しく手を取り合ったのに。愛していると云っても過言ではなかったというのに。

理想と現実。運命と偶然。悪意と善意。

俺は容赦なく剣を振るった。

彼女は笑いながら刃を受け入れた。

死の間際、俺の輪廻を追体験していたヴィータさんに癒されて、壊れる寸前だった心を救ってもらった。

 

『起動者ヨ、行クゾ』

「そうだな、テスタ=ロッサ」

 

僅かに残る未練を振り払う。

テスタ=ロッサの機首をカレル離宮へ向けた。

 

 

「頑張って、フェア」

「はい。勝ちますよ、必ず」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

雨は止まない。

曇天に覆われたまま。

幻獣の雄叫びと人々の悲鳴が繚乱する。

 

「さて。宰相閣下はボクとの約束を守ってくれたみたいだね」

 

比較的被害の少ないサンクト地区。

周辺の避難民を受け入れるヘイムダル大聖堂の屋上に立ち尽くしながら、カンパネルラは上空を見詰めた。

一筋の緋い流星。契約者と起動者を取り戻した緋の騎神は、恐るべき速さで闇夜に緋の軌跡を描いていった。

それは鮮烈な彩りで。それは酷烈な輝きだった。

 

「頑張れ、ゼーレ」

 

応援するのは駄目だろうか。

拍手喝采を浴びせるのは異端だろうか。

運命の歯車は回り出した。因果は巡り出した。

此処から先は一直線だ。全ての苦難と焦燥は終焉を迎える。だからこそ道化師は見届けなければならない。

永劫輪廻の行先を。永劫回帰の未来を。

 

「ボクも頑張るからさ」

 

胸元から取り出した人骨らしき『化石』。

脈打つような異常さに目もくれず、カンパネルラは埃被った表面を袖で優しく拭った。浮かび上がる不思議な文字を愛おしげに見詰める。

良かったと安堵した。

まだ読めるみたいだと胸を撫で下ろす。

 

 

 

 

『魂の心臓』

 

 

 

 

確認するように文字を口ずさんで、カンパネルラは姿を消した。

 

 

 

 

 








ヴィータ「何で対面座位なんですかねぇ(ブチ切れ)」




緋の騎神「複座の意味とは一体」




黒の騎神「あれ、俺の分体って何してるの?」







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