黒い闘争と黒い混沌に絡まれた件   作:とりゃあああ

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四十六話 比翼連理

 

 

 

 

 

黒キ聖杯へと変容したカレル離宮。

皇族専用の別荘地に相応しい風光明媚な光景は、訪れる者全てに嫌悪と吐き気を齎らす禍々しい大地へ変わり果てた。

中心に聳え立つのは巨大な黒い繭。孵化を待ち望む卵。鉄血宰相の言葉を借りるならば、巨イナル力を永劫のものとする為に用意された斎場か。

敵対勢力の大部分は黒キ聖杯内部にいる。連れ去られたミリアム・オライオンも。鉄血の子ども達だろうが関係なかった。仲間だから助ける。救い出してみせる。

時間的猶予など無かった。

一刻も早く突入しなければならない。

なのに――。

三桁に及ぶ結社の人形兵器群を相手取る黄金の羅刹と黒旋風。西ゼムリア大陸に於いて最強の猟兵団と名高い『西風の旅団』を、聖杯騎士団の誇る守護騎士二名が抑え込んでいる。

更に、鉄機隊三名。そして、彼女たちを指揮する伝説にして至高の武人が、リィン達の前に最後の門番として立ち塞がった。

ローゼリア曰く、銀の騎神の起動者は、紛れもなく槍の聖女リアンヌ・サンドロット本人だとのこと。

 

『――クソ』

「これが、槍の聖女」

 

銀の騎神が仁王立ちしている。

傷一つない造形に神々しさすら感じた。

右手に翳す巨大な騎兵鎗からは大瀑布にも似た脅威を。背中に生えた白銀の両翼からは御伽話に出てくる大天使を彷彿させた。

リィン・シュバルツァーは奥歯を噛み締める。

膝付いていた灰の騎神を立ち上がらせた。大丈夫だ。霊力は足りている。まだ戦える。特殊な鉱石で造られた太刀を構え、勝負はこれからだと気を張り巡らせた。

強敵だとわかっていた。

勝てるのだと自惚れていなかった。

それでも多対一。多勢に無勢である。加えて、蒼の騎神を駆るクロウ・アームブラストと共闘するなら、せめて互角に渡り合えるのだと信じていたのに。

 

『まだ戦うのですか?』

 

清廉な声には覇気と聖気が混在している。

いい加減諦めなさいと催促しているようにも、これ以上頑張らなくていいのだと心配しているようにも感じ取れる声音だった。

リィンは差し出された甘い蜜を振り払う。

 

「当たり前だ」

『このまま終われるかよッ』

 

意気軒昂なクロウと共に突撃する。

間合いを詰めるのに数秒と掛からない。

飛翔能力に優れる蒼の騎神が先行する。双刃剣を両手で振り被る。機甲兵すら膾斬りにしてしまう斬撃に対し、銀の騎神は騎兵鎗を薙ぎ払うだけで対応した。

鋭く重い一撃に弾き飛ばされる蒼の騎神。

クロウを受け止めている時間など無かった。

銀の騎神が刺突の構えへ移行してしまう前に、苛烈に攻め込むのみ。威力は度外視。ひたすらに速度を求める。選ぶべき型は明白。八葉一刀流、弐ノ型『疾風』。風の如き機動力を以て、対象に気付かれず斬り刻む。

槍の聖女は体勢を整えていない。

がら空きの胴体。致命的な隙。届く。斬れるッ。

 

『遅い』

 

刹那の夢想。

現実に引き戻される。

銀の騎神は、眼前へ突き出した自由な左手で神速の太刀を掴み取った。片手で成した白刃取り。厳密に表現するなら三本の指で太刀を受け止めていた。

斬撃の勢いを完全に殺して、全身へ伝播する衝撃を受け流す超高等技術だ。

有り得ない光景に目を疑うリィン。これは木刀ではない。鍛錬の最中ではない。これは真剣だ。死闘の最中だ。一歩間違えれば絶命するかもしれない状況なのに。

只人の域を超越した武神だからこそ可能な絶技に打ち震える。万里ほどに隔たる力量の差。圧倒的な経験値に裏打ちされた実力。

銀の騎神と槍の聖女に勝てるイメージが欠片も思い浮かばない。

 

『さぁ。お眠りなさい』

 

騎兵鎗が唸り声を上げた。

穂先が煌く。雨粒の隙間を貫くように迫る。

速い。疾い。躱せない。右腕を抉られてしまう。

空中で身体を捻るか。それとも右腕を失う事と引き換えに蹴撃を与えるか。時間稼ぎを主とするなら前者。一矢報いるなら後者だ。一瞬の思考。前者を選択。致命傷を避けて、フェア・ヴィルングの到着を信じて待とう。

回避できる可能性は一割弱。それでも決行する。

 

『させるかよッ!』

 

相棒が声高に叫んだ。

双刃剣を投擲。回転しながら闇夜を裂いていく。

完全な死角から放たれた一撃。如何なる強者でも躱せずに傷を負う、或いは回避に専念して大きな隙を生んでしまうだろう。

しかし、当然の如く騎兵鎗で弾かれた。最早驚かない。驚愕に値しない。相手は戦姫。長年の研鑽が生んだ戦の申し子。だからこそ、蒼の騎神は予想していたように追撃を仕掛ける。

担い手を失って上空で乱舞する双刃剣を掴み直した。刺突の構え。重力に逆らわない。新たに創造した奥義を解き放つ。

ヴォーパル・スレイヤー。

たとえ勝てなくても。

継戦能力を僅かでも奪えれば。

互角に持ち込めるほど弱体化してくれるなら。

 

『良い技です』

 

鋼の聖女は褒め称えた。

蒼の騎士が届いた高みを素直に称賛した。

ならば、此方も相応の力で応じましょうと。

太刀から離した左手で間合いを計る。騎兵鎗を握る右手に力を込める。黄金の羅刹を超える膨大な闘気が溢れ出した。

クロウは空中。既に奥義を繰り出す直前。一秒後に炸裂する。その未来を打ち消すように、銀の騎神は戦技にまで昇華した刺突を繰り出した。

シュトルムランツァー。

一瞬の交錯。なれど勝敗は決した。

蒼の騎神は吹き飛んだ。

銀の騎神は威風堂々と立っている。

 

『貴方たちでは届きませんよ』

 

静かに断言する鋼の聖女。

驕心か。それとも別の理由でもあるのか。

追撃を仕掛けない。敵を殺そうとしていない。

その証拠に、二体の騎神は満身創痍ながらも致命傷を負っていなかった。五体満足のままだ。無理すれば戦闘可能な状態に在る。

どうする。どうしたらいい。

今取るべき最善の行動を模索する。

無闇に攻め込んだとしても突破できない。霊力を無駄に消費するだけ。仕掛けるにしても何かしら策を用意しないと返り討ちに遭うのは明白だ。

黄金の羅刹と黒旋風が人形兵器群を駆逐するまで待つか。残りは凡そ半数。この速度なら十数分足らずで殲滅できるだろうが、生身の人間に騎神戦へ割り込めというのは――。

 

 

 

『いえ、どうやら私の負けですね』

 

 

 

槍の聖女は自戒するように呟いた。

嘆息して。肩を落として。忌々しそうに夜空を見上げた。

釣られるように、リィンも頭上へ視線を向ける。其処には太陽が有った。

 

『宰相殿の仰る通り、緋の騎神を完全に掌握しましたか』

 

闇夜に君臨する覇王。

カレル離宮一帯の温度を上昇させる絶大な熱量。

天高く戦場を見下ろす緋の騎神は、全身から迸発する黒い焔を纏いながら『黒キ聖杯』へと疾走した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

全身を駆け巡る地獄の業火。

気絶してしまえと囁く魂魄に怒鳴り返す。

激痛だけでは消し炭にならない。みくびるな。

我慢しろ。辛抱しろ。平常心を保て。

目を閉じる。荒い呼吸を繰り返す。折れそうな心を、挫けそうな肉体を、炎熱の重苦に負けないように変質させていく。

時間にして数秒。

徐々に痛覚が麻痺してきた。

これで平気だ。戦闘に差し支えない。行ける。

 

「――――」

 

アルフィン殿下は言葉を発さない。

我々に言語など不要だと証明するように、先程よりも力強く抱き締めてきた。俺の胸に可憐な顔を押し付ける。

黄金の美姫は止めてと静止しない。頑張ってと応援しない。無理しないでと進言しない。

それでも――。

幾万の言葉を費やすよりも遥かに伝わった。

アルフィン殿下の強い想いに当てられたのか、不敬と知りながらも主君の頭を優しく撫でる。目が合った。互いに微笑む。この方に祝福あれと切に願う。

 

「行きます」

 

周囲に乱立する幾千の刃。

黒い焔で創造した一種の概念兵器。

聖杯を守護するように展開された障壁に対し、一斉掃射しても無意味。障壁の耐久力を削り切る速さより、刻々と回復してしまう速度が上回っているからだ。仮に突破できたとしても第四障壁のみ。挙句、壊れた障壁も直ぐに復活するだろう。

だとすれば実行するべき策は一つ。

右手を挙げる。集え、と命令を下した。

途端、巨大な力の奔流が大気を断絶していく。

幾千の概念兵器を一つに収束させる。半ば無理矢理だ。暴れ馬を乗りこなすよりも難しい制御に悪戦苦闘しながらも、短時間で極大な剣を形成し終えた。

長さにして200アージュ。

幅広な大剣は今か今かと脈動する。

 

『起動者ヨ、準備できたぞ』

「思ったよりも短いんだが、行けるのか?」

『安心シロ。誰ヨリモ我ノ起動者ニ相応シイ貴方ガ作リ出シタ長剣ダ。必ズヤ聖杯ノ障壁ヲ貫クダロウ』

 

テスタ=ロッサのお墨付きも戴いた。

ならば後は予定通りに。迷う必要などない。ヴィータさんとロゼから提案された通りに、黒キ聖杯へ至る道を作ってみせようか。

獄炎の大剣を手に持つ。

熱い。太陽のように熱い。

騎神の掌を徐々に溶かしていく。

持っていられない。触っていられない。

なら、障壁を直接斬れないなら突き破るだけだ。

 

【――――】

 

突如として聖杯が蠢く。

声にならない悲鳴と共に四重の障壁を展開した。

危機感からか。敵愾心からか。

どちらでも構わなかった。

既にやるべき事は決まっているのだから。

覇王へ進化した緋の騎神が持つ膂力に物を言わせて、獄炎の大剣を真下へ向けて放り投げる。音速を軽く超越する速度。溢れ出した爆炎と衝撃の余波だけで、結社の人形兵器群を片っ端から粉砕していく。

 

【――――】

 

第四障壁に直撃する。粉砕した。

第三障壁を食い破る。微塵にした。

第二障壁と衝突する。細かく罅割れした。

 

「チッ!」

 

第二障壁を破壊できない。

暗黒竜の遺した瘴気が想定よりも多かったのか。それとも黒キ聖杯の意志に因るものか。罅割れた瞬間から再生が始まっていく。

第二障壁で一進一退の攻防を展開する。

振り下ろした右手から発する炎熱で、大剣の勢いは常時増しているというのに。その証拠に行き場を失った爆炎と衝撃は、聖杯の根本を炎の海へ変えているというのに。

 

『起動者ヨ、耐エロ』

「こうなったら我慢比べだな!?」

『ウム。此方ノ霊力ガ尽キル前ニ、一瞬デモ瘴気ヲ使イ果タサセテシマエバ我々ノ勝利ダ』

 

簡単に言ってくれるな。

騎神の出力を上げていく事と比例して、全身を蝕む痛みも加速度的に増大していく。如何に痛覚を麻痺させても、その対処療法を上回る勢いで痛撃が与えられてしまえば決壊するのも時間の問題だった。

噛み締めた下唇から血が流れ出す。顎を伝い、ポタリと落ちた。アルフィン殿下の金髪を汚してしまうと気付いた瞬間――。

 

「――――ッッ!!」

 

彼女の四肢が大きく跳ねた。

ビクンと。まな板に置かれた魚のように。

頭を振り回して。

俺の背中に指を立てて。

抑え切れない悲鳴を押し殺して。

まさかと目を開く。もしかしてと懸念する。

 

「アルフィン殿下、もしかして貴女も!?」

 

返事が無かった。

ひたすらに何かを耐えている。

確信した。気付いてしまった。この方も地獄の業火に焼かれてしまっているのだと。何故だ。どうして。俺だけが燃やされるなら問題ないのに。幾らでも眼を瞑ってやるのに。

テスタ=ロッサに覇王状態を解けと命じようとして――。

 

「だ、駄目よ」

 

アルフィン殿下は、笑った。

 

 

 

「――フェア、ちゃんと前を、見て。私は大丈夫だから。貴方と一緒なら、こんな痛み、幾らでも耐えられるから」

 

 

 

焚刑に処されながら笑っていた。

その覚悟と献身に心を打たれた。

俺を苛む煉獄の火など、まさしく微風に過ぎない。

 

「テスタ=ロッサ、全力で霊力を回せ!」

『待テ。銀トノ戦イハ、ドウスルツモリダ?』

「通常状態で何とかしてみせる。俺を信じろッ!」

『了解シタ。貴方ヲ信ジヨウ』

 

急上昇する激痛の波。

全身の血液が沸騰する。

四肢の末端から神経が壊死していく。

だからどうした。この程度で弱音を吐くな。

口内の血を飲み込んで、裂帛の気合いと共に猊下する。

一進一退を許さない。時間を掛けていられない。

膨張する体内時間、融解する自我意識。

その代償として得た力で、紫紺に輝く障壁を突破してみせる。

 

 

「いっけェえええええッッ!!」

 

 

想いは咆哮となる。

咆哮は紅蓮の焔を呼び起こす。

聖杯の雄叫び。死を理解したモノの最後の抵抗。

第二障壁は軋みを上げながら、それでも尚原型を保ち続ける。

言ってしまえばこの勝負、騎神の霊力と聖杯の宿す瘴気の鬩ぎ合いだ。

聖杯にも諍う術は残されている。一発逆転の機会は充分に存在している。

黄昏を孵化させようとする黒キ聖杯。

アルフィン殿下の献身に報いようとするフェア・ヴィルング。

 

【使え】

 

永遠にも似た一秒。

彼方から聞こえる男の声。

誰だか知らないが、有り難く使わせてもらう。

純度の高い霊力。右腕に全集中する。

 

「これで、終わりだッ!」

 

黒緋の覇王は砲台で。

その右腕を砲身として放たれた弾丸は、第二障壁を容易く貫通した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『蒼の深淵、貴様に一つ訊かなければならない事がある』

「聖杯騎士団の総長とあろう方が、このような事態に悠長な。帝都ヘイムダルの大混乱を知らないのですか?」

『無論知っているとも。だからこそ今なのだよ』

「――これだから。それで、フェアのいない内に何を訊きたいのかしら?」

『話が早くて助かる』

「勘違いしないで。取引相手だから許してるだけよ。人道や人権など無視して、己の教義を最優先する七耀教会が決して油断ならない相手だと知っているもの」

『犯罪組織の最高幹部だった貴様に人道を説かれるなど片腹痛い。だがまぁ、些か誤解があるようだな。我々は協力できるはずだ』

「平行線ね。教会と魔女は相容れない。特に、フェアを害そうとしているなら尚更よ」

『なら、貴様も気付いているのだな?』

「――――」

『トマスの言葉なら本当だぞ。約一年前、ゼムリア大陸全土の霊脈が極度に活性化した。リベールの異変、碧の大樹などと比べ物にならない規模の霊子情報も一点に流れ込んだ。どちらも一瞬の出来事だ』

「膨大な霊子情報が、第六機甲師団の駐屯地に収束したのも聞いているわ。それがどうかしたのかしら?」

『惚けるな。貴様も調べた筈だ。そして、気付いたのだろう。その霊脈の活性化は、ノーザンブリアを崩壊させた塩の杭発生時と酷似しているという事に』

「偶然よ」

『歯切れが悪いな。偶然という言葉で片付けていい代物でもあるまい。故郷を塩の大地に変貌させても構わないのか?』

「だから、フェアを連れて行こうというの?」

『封聖省のお偉方は、フェア・ヴィルングを異端審問に掛けるのだと張り切っているよ。法王猊下も同じくな』

「死刑確定の拷問裁判ね」

『是非は問わんさ。それで救われた命も有る』

「――塩の杭発生時と酷似していようと、フェアにその兆候は見られないわよ」

『だが、可能性は内在しているぞ。超大国と化したエレボニア帝国で塩の杭が発生したら、その混乱と被害はノーザンブリア異変を大きく凌ぐ。人的被害、経済規模の縮小、巡り巡って中世の暗黒時代に逆戻りするやもしれん』

「遠回しに言うのね。教会のトップたちはこう考えているのでしょう。これ以上、我々の教義を脅かす存在など赦されないと」

『だろうな』

「あら、認めるの?」

『認めるとも。其処まで狭量ではないさ』

「殊勝ね」

『魔女に褒められるとはな』

「それで、下らない質問も終えたなら――」

『まぁ待て。そう急かすな。私も危ない橋を渡っているのだ』

「危ない橋?」

『気にしなくていい。此方の都合だ』

「だから、いい加減に」

 

 

 

 

『ゼーレ・デァ・ライヒナム。貴様は、これを人名だと思うか?』

 

 

 

 

 

 








ニャル様「聖女とやら、SAN値チェックの時間だオラァ!」







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