黒い闘争と黒い混沌に絡まれた件   作:とりゃあああ

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一話で納め切れませんでした。
次回もこの会談が続きます。すみません。


五十三話 談虎色変

 

 

 

 

 

 

白銀の巨船『パンタグリュエル』。

全長約250アージュにも及ぶ超弩級飛行戦艦。

内戦時には貴族連合軍の旗艦として活躍。内戦終結後は帝国政府によってラマール領邦軍から没収され、皇室に御座艦として献上された。

エレボニア帝国最大の貴族が建造した飛行戦艦だからか、艦橋や貴賓区画は戦艦内部だと思えない程に豪華な内装で飾られている。

正直やり過ぎだと思った。

金の使い所を間違ってるだろと嘲笑していた。

だが、俺は即座に掌を返す。

クロワール・ド・カイエンに感謝しよう。

『空飛ぶ宮殿』の異名を誇るこの戦艦こそ、アルフィン殿下を迎い入れるに相応しい。

 

「アルフィン殿下、あまり無理をなさらず」

 

会議室と命名された部屋に集う要人たち。

それぞれの勢力、その代表者が多種多様な表情を浮かべたまま顔を突き合わせている。

魔女からはロゼとヴィータさん。

地精からはギリアス・オズボーン。

結社からはリアンヌ・サンドロット。

教会からはアイン・セルナートとトマス。

決起軍からはオーレリア・ルグィン。

帝国の今後を左右する会合らしく、鉄血宰相の強い要望でアルフィン殿下も参加する事になった。

当然ながら俺は反対した。

アルフィン殿下の体調が心配だったからだ。

セドリック皇太子殿下による毒漬けの日々。一ヶ月にも及ぶ寝たきりの生活。双子の弟から受けた仕打ち。どれほど楽観的に判断しても、アルフィン殿下は心身共に衰弱している筈だ。深く傷付いている筈だ、

だが、この御方は微笑みながら了承した。

 

「心配性ね。私は大丈夫よ、フェア。貴方がこうして近くに居るのだから」

 

アルフィン殿下の背後に立つ。

いざという時は主君の盾になれるように。

治療したばかりの背中がズキズキと痛んだ。

会合が始まる直前にガラスの破片を抜き取り、応急処置として包帯を巻いた。軍医からしこたま怒られた。頼むから安静にしてくれと。普通の人間なら気絶する怪我だぞと。

アルフィン殿下はそんな俺の右手をずっと握ってくる。治療中も、今も。実在を確認するように何度も力を込めて。

 

「体調に異変が生じましたら直ぐにご報告を。医者を用意させております。そうだな、将軍?」

 

左側に視線を遣ると、オーレリアが首肯した。

 

「勿論だとも。凄腕の医者を連れ込んでいる。皇女殿下の容態についても、既に部下を通して伝えてあるさ」

「感謝します、オーレリア将軍」

「勿体なきお言葉」

 

アルフィン殿下に恭しく頭を下げる黄金の羅刹。どんなに傍若無人な化物であっても、ルグィン伯爵家の歴とした現当主である。

皇族の方々に対する忠誠心は人並み以上に持っている。エレボニア帝国の行く末を誰よりも案じている。

この戦闘狂と交わせる話題なんてそれぐらいしかないけど。

 

「にしても、フェア殿は皇女殿下の心配ばかりだな。黒キ聖杯で火炎魔人と一戦交えた私に労いの言葉など有ってもいいだろうに」

「貴女には必要ないだろ。焔も吸い込んでないようだしな」

 

火炎魔人と初めて干戈を交えて五体満足。更に後遺症無し。火傷の痕はちらほら視認できるのの、それさえも医療系の魔法で綺麗に消せる程度の代物だ。

改めて化物だと認識する。

オーレリアは顎に手を当てて口を尖らした。

 

「ふむ。信頼の証と受け取るべきか、もう少しか弱い女を演じるべきか。悩みどころだな」

「まだ諦めてないのか」

「無論だ。そなたを私の婿とする。これは決定事項だぞ」

「フェア?」

 

アルフィン殿下が振り返る。

繋がったままの右手がメチャクチャ痛い。

 

「将軍の妄言です。無視で構いません」

 

右側の椅子に腰掛けているヴィータさんが便乗する。揶揄するような笑みは、まさしく誰もが想像するような悪女そのものであった。

 

「三十路を越えているのだもの。将軍閣下が焦るのも仕方ないわよねぇ」

「幾度となく混浴しておきながら手も出せない生娘らしい挑発だ。可哀想にな。魔女とは自己を省みない生き物なのか?」

「フェア?」

 

アルフィン殿下が振り返る。

新しく握り締めた左手が痙攣していた。

 

「ヴィータさんはタオルを巻いておりました。裸など見ておりませんとも。誓って本当です」

「混浴したのは事実なの?」

「嘘か本当かを問われるなら事実です」

「へぇ。ふーん。そう。そうなんだ」

 

痛い痛い痛い。

冷たい視線が何よりも痛い。

心をグサグサと抉ってくるんだが。

 

「奥ゆかしいと表現してもらえるかしら。ほとんど初対面の人間に、私の婿になれと強要する女性と根本から違うのよ」

「善意から忠告しておこうか、魔女殿。恋愛とは先手必勝だぞ」

「嫁に行き遅れた貴女が言うの、それ!」

「私に相応しい男がいなかっただけだ。フェア殿を婿に迎えればそれで良い」

「歳の差を考えなさい!」

「たった10歳の差だ。これでも嫁入り修行は済ませてあるとも。料理も得意だ。魔法薬ばかり作ってある魔女殿と違ってな」

「料理ぐらい作れるわよ。それもフェアが好みそうな庶民的な物をね」

「なるほど、それもそうだ。フェア殿は平民だからな。貴族派よりも庶民派な食べ物を好むのは必然か。感謝するぞ、魔女殿」

「あれ。敵に塩を送ったの、私!」

 

口論を交わすオーレリアとヴィータさん。

本当にやめて欲しい。

羅刹の婿になるつもりなんて欠片も無い。

ヴィータさんの想いに応える権利もない。

フェア・ヴィルングという男は『俺だけの義務』として、焔の厄災を齎した神を殺さないといけないのだから。

 

「宰相閣下、そろそろ始めましょう」

 

鋼の聖女が口火を切る。

俺を射抜く視線の中に、特大の侮蔑が含まれているのは気のせいじゃないんだろうなぁ。

 

「鋼の聖女に同意する。我々が会合に参加したのは人質を取られていたからだ。二人が解放された今、時間を無駄にするつもりなどない」

 

誰よりも早く賛同するアイン・セルナート。

彼女たちが会談に参加した理由は『千の護り手』ケビン・グラハムと『吼天獅子』バルクホルンが人質に取られたからであった。

どうやら『猟兵王』ルトガー・クラウゼルたちに敗北したらしい。リィンとクロウを最下層に送り届けなければならなかったとはいえ、中々に無茶をしたようだ。流血こそ少ないものの、聖痕の発動によって体力を著しく消耗していた。

 

「貴様は黙っておれ、紅耀石。妾たちを裏切っておいて」

 

ロゼが吐き捨てるも、紅耀石は鼻で笑った。

 

「長殿、貴女の無知を責めるつもりなどないが、聖杯騎士団とは実働部隊に過ぎないんだよ。もしも、万が一、八百年で培われたという古臭い文句でも言うつもりなら封聖省のお偉方に直接伝えてくれ。迷惑だ」

「――ようほざいたな、狗如きが」

「婆様、落ち着いて」

「安心せい、妾は落ち着いておる。冷静でなければ、教会の狗など殺しておる。平静でなければ、この席に腰掛けておらぬ」

 

今にも終極魔法を放ちそうだ。

瞳孔は猫のように細くなり、全身から漂う魔力には雷と炎が迸っている。たとえ紅杖を使用せずとも、パンタグリュエルを内側から破壊できるのだと言外に叫んでいる。

ヤバいな、これ。

憤怒は収まっていない。

むしろ時間が経過するに連れて、憤激は加速しているように思える。

俺は気にしていないと告げた。

むしろ匣に囚われたお蔭で、輪廻を脱却できるかもしれない方法の一つを知れたのだから。トマスの手を握って感謝したいぐらいだ。

しかし、ロゼは油断していた己自身が赦せないのだと奥歯を噛み締めた。ヴィータさんも激怒していたが、祖母の様子を見て、逆に落ち着いたと嘆息していた。

 

「総長殿、何故あのタイミングで裏切ったのでしょう。魔女殿や羅刹殿を敵に回して、貴女たちに利益など無さそうですが」

 

聖女の問いを、紫煙を吐き出しながら答える。

 

「はっ。蛇の人間に教えると思うか?」

 

結社と教会は不倶戴天の仇敵。

どんなに好意的に解釈しても好敵手止まり。

一蹴された鋼の聖女を守るように、鉄血宰相が口を挟んだ。

 

「おおよそ見当が付く。特異点の排除だろう。黄昏による世界の崩壊よりも、フェア・ヴィルングという特異点の切除を重んじた。それだけだ。違うかね、騎士団総長」

「さてな」

「将軍に倣い、私も善意から忠告しておこうか。フェア・ヴィルングに手を出すのはやめておきたまえ。誰も幸せにならん」

「善意の忠告、感謝する。法王猊下に伝えておこう。だがな、鉄血。お前たちこそ何もわかっていない。何一つ理解していない。その男を放置したら後悔するぞ」

 

俺を指差すアイン・セルナート。

異端審問を思い出して、身体が少し震えた。

確かになぁ。

黒の分体や初代ローゼリアの言葉が事実その通りなら、俺はアルスカリ・ライゼ・アルノールの生まれ変わりであり、焔の厄災を齎した神を殺さなければならず、尚且つ邪神に赦しを乞わないといけない男なのだから。

誰がどう見てもヤバい。

唯の軍人として生きていた俺なら、絶対に関わらない類の人物だな。可哀想に。ひどい目に遭って。そんな同情と憐憫で記憶に蓋をして、まさに他人事として、その存在を人生の隅っこに追いやっていたに違いない。

 

「フェアは私の騎士です。排除などさせません」

「話を聞く分に、どうも貴様らはフェア殿を何処かへ連れて行こうとしたらしいな。排除とは単なる殺害ではなく、異端審問に掛けようとしたのだろう?」

 

アルフィン殿下は聖杯騎士団の総長を睨み返す。

オーレリア・ルグィンは莫大な闘気を一点に集中させ、アインへ放射した。

常人なら泡を吹いて気絶する裂帛の気合だが、紅耀石は涼しい顔で受け流している。吸い切った煙草を灰皿に捨て、珈琲を口に含む様子は目を奪われるほど様になっていた。

 

「死刑確定の拷問裁判か。悪趣味この上ない所業じゃな。空の女神が知ったら嘆くじゃろう」

「悪趣味なのは同意するがね。今回は正当性を有している。実際にその男は異端だからな。そうだろう、フェア・ヴィルング。貴様は空の女神を信じていない筈だ」

「嫌悪してるよ。空の女神も、七耀教会も」

 

何を信じるのか。何に好意を持つのか。

どうして七耀教会にそれを決められなければならないのか。

異端審問に掛けられた世界線で、アインは言っていた。フェア・ヴィルングは、ただその場に存在するだけで周囲に不幸を撒き散らす獣なのだと。

自殺防止用の猿轡を嵌められた。

麻酔もなく、四肢を鋸で切り落とされた。切断面に杭を埋め込まれた。去勢された。目をくり抜かれた。鼻を削がれた。耳を燃やされた。内臓を掻き回された。それでも『始まりの地』という特殊な場所と、アイン・セルナートの聖痕による能力で生き続けた。死を賜ることなく、拷問を受け続けた。

その拷問に意味はない。

彼女らは何も訊かなかった。

ただ甚振る為に。苦痛を与える為に。

だから、それは拷問と呼ぶべきかわからない。

恐らくそれは数ヶ月以上続いた。

暗い地の底で。

叫ぶ声すら枯れて。

目の奥から血が流れなくなって。

ふとした瞬間に七耀暦1204年8月へ舞い戻っていた。

 

「聞いたな、皇女殿下。貴女の騎士は空の女神を信じておらず、挙げ句に嫌悪している。このままその男を庇うなら、心苦しい限りだが、七耀教会は貴女も異端認定しなくてはならなくなるぞ」

 

そうだ。

あの時も言っていた。

クレアさんを異端認定するぞと。

彼女のお腹には子供がいた。俺とクレアさんの子供だ。二人を護る為に着いていった。拷問なら慣れていたから。

 

 

「馬鹿にしないで。私たちを、侮辱しないで」

 

 

アルフィン殿下が円卓を叩く。

振動は弱々しくも、ハッキリと対面へ届いた。

深窓の令嬢、可憐なお姫様。

そんな印象を抱いていたのか、紅耀石は目を見開いて固まっていた。それは懐かしい物を思い出すような顔付きだった。

 

「異端認定してもらって構いません。どうぞご勝手に。私の方から法王猊下に手紙を出しても良いですよ」

 

――だから。

 

 

「だから『私たち』の邪魔をしないで」

 

 

誰も言葉を発しない。

呼吸音だけが会議室に木霊する。

異端認定を恐れないアルフィン殿下の醸し出す覇気に呑まれている。

ロゼとヴィータさんは頬を掻き、オーレリアは腕を組んだまま微動だにせず、紅耀石と匣使いは気まずそうに視線を逸らした。

 

「――――」

 

鋼の聖女だけが何かを言い掛けた。

端正な顔立ちを隠す白い兜の奥に、果たしてどのような表情を浮かべていたのかわからない。しかし、その隙間から見える瞳には優しさが溢れていた。

 

「皇族の方を異端認定するなら、黄昏がどういう結末を迎えるにしろ、帝国と教会の協力関係は白紙化する。覚えておくといい」

 

静寂に包まれた会議室に火花が投じられた。

放り込んだのは鉄血宰相である。

リアンヌ・サンドロットの左隣に着席していた鉄血宰相は、アルフィン殿下の口上を吟味するようにピッタリ十秒間、目を瞑っていた。

目を開けた瞬間に口の端を吊り上げる。

俺の勘違いじゃないなら、鉄血宰相は聖杯騎士団を嫌っている。敵対しているからか。邪魔されているからか。有り得る。至極真っ当な理由だ。しかし、生半可な嫌悪感ではない。まるで家族の仇のように忌み嫌っている。

同様にアイン・セルナートも悪意を含んだ笑みを浮かべ、敵意を剥き出しにした。

 

「貴様がそれを言うのか、鉄血。既に有ってないようなものだと思うが。それともこう言いたいのかね、帝国と教会は友邦関係にあると」

「巨イナル黄昏を主導したのはこの鉄血宰相ギリアス・オズボーンである。帝国の総意ではない。勘違いされても困るな」

「詭弁だな」

「事実だとも」

 

一拍。

 

 

「それにな、『詭弁』とは騎士団総長の為に有るような言葉だろう。違うかね、アイン・セルナート」

 

 

空気が凍る。

鉄血宰相は破顔したままだ。

騎士団総長は表情を消した。

 

「ほう?」

 

凍てついた声。

錆びついた感情。

まさに一触即発の雰囲気。

だが、帝国の宰相は淡々と言葉を紡いでいく。

 

「騎士団総長が、誰かを異端と責め立てる。まさしく滑稽だ。実に虚しく、ひどく愚かで、誰も救われない。笑い話にもならん」

「――私を、私たちを憐れむつもりか」

 

 

鉄血宰相は鼻で笑った。

アインがロゼにしてみせたように。

 

 

 

「憐憫を抱いてもらえるとでも思うのか。笑わせないでくれたまえ。騎士団総長が、他者を異端と蔑むなど筋違いだと嘲笑っているのだよ」

 

 

 

 

 

 

 

 












ルトガー「会談なんて興味ねぇなぁ」

ウォレス「艦長代理の仕事があるので」

マクバーン「カンパネルラの野郎、どこに行きやがった?」

地精の長「参加するなと言われた(泣)」



黒の騎神「あれ? 俺の分体、完全に消えてない!?」

リィン以外のⅦ組「ーーーー」←気絶中。


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