黒い闘争と黒い混沌に絡まれた件   作:とりゃあああ

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五十六話 千客万来

 

 

 

 

 

七耀暦1205年8月20日。

エレボニア帝国のみならず、ゼムリア大陸西部全ての国家と組織が忙しなく蠢めく最中、『身食らう蛇』にて道化師の名を冠する美少年——カンパネルラはレマン自治州を単身訪れていた。

大陸中央部に位置する其処には『遊撃士協会』の総本部が存在しており、また、導力革命の父であるC.エプスタイン博士の名を有する導力器関連の研究開発機関『エプスタイン財団』本部も所在する。近隣には七耀教会の総本山であるアルテリア法国という都市国家まで有する。たとえ著名な猟兵団や暗部組織といえども手を出せない聖域と化していた。

ゼムリア大陸の中でも一際異質な自治州にて、カンパネルラはとある人物と待ち合わせ中だった。約束の時間まで残り一分と少し。周囲を見渡す。昼間だというのに酷く暗い。会合場所を間違えたかなと自嘲する。

遊撃士協会の保有する訓練場、その最奥に広がる人の手も及ばない原初の森。鬱蒼と生い茂る樹々は、中天に差し掛かる太陽の光さえ悉く遮断していた。

 

 

「ほう。本当に来ていたとはな」

 

 

誰もいない筈の森林に女性の声が響いた。

オーレリア・ルグィンに比肩する濃密な戦気。芳醇な血の匂いを放出する法剣。火を付けたばかりの真新しい煙草。七耀教会の狗として有名な聖杯騎士団の総長、アイン・セルナートが無造作に近寄ってくる。

聖杯騎士団の総長と人知れず密会していると結社の面々に知られたら、確実に使徒や執行者から糾弾される。星辰の間で弾劾裁判が開始されるだろう。それでも盟主のお願いなら仕方ない。盟主の願いとは、それだけで危ない橋を渡る理由となる。

 

「ボクは約束を守ることを信条としていてね」

 

カンパネルラは巨木に背中を預けながら、悠然とした体勢で結社の宿敵を出迎えた。

アインに対する敵意は存在しない。当然だ。カンパネルラにとって、敵とは外なる神以外にいないのだから。

 

「戯れ言を。道化師が一丁前に信条を語るなよ」

 

鼻で笑われる。

アインの口から吐き出された紫煙が樹々の隙間を昇っていき、やがて空気の中へ消えていく。

 

「おや、ご挨拶じゃないか。ふむふむ、目の下に隈ができてるね。寝不足かい?」

「人を見る目は無いようだな。人々の嗤いを取る道化師として致命的だと思うが」

「寝不足じゃないなら欲求不満なのかな」

「下らない。死にたいのか?」

「怖い怖い。そんなに周囲へ当たり散らしていたら、大事な遊撃士さんもいつか愛想尽かすんじゃない?」

「アレに手を出したら『本気を出す』と伝えてある筈だ」

「はいはい。別に興味無いから安心していいよ。ボクは君の恋路を応援してるんだ」

 

感情を込めてそう嘯く。

さも恋のキューピッドのように。

正直な話、アインとトヴァルが晴れて恋仲になろうと、無様に破局しようとどうでも良かった。トヴァルの人脈を警戒する結社の人間は一定数いるものの、盟主と道化師が推し進める計画に影響を及ぼすとは考えられない。

カンパネルラの捉えどころのない言動に対し、アインはコキッと首を慣らした。

 

「一々癪に触る奴だな」

「それが道化師ってものだからね」

「その道化師さんが、私に何の用だ?」

 

アポイントを取るのは簡単だった。

私欲を抱かない聖人君子だけで組織を構成するなど不可能だ。聖杯騎士団とて例外ではない。絶対の教義で団結を保つ組織にも穴は必ず存在する。

とある従騎士を洗脳して、その上司である正騎士を傀儡にして、目当ての人物に手紙を届けるだけでいい。結社の人間はおろか、七耀教会の人間さえも知らないような聖杯騎士団総長に関する機密事項を記しておけば、こうやってのこのこと現れるのだから。

カンパネルラは巨木から背中を離して、アインと正面から向き合う。その双眸は『黒く』輝いていた。

 

「七耀教会に忠告するよ。フェア・ヴィルングを決して異端審問に掛けるな。盟主を『本気』にさせたくないなら」

「笑止だな。アレを野放しにしていたら世界が終わるんだぞ」

 

アインは吸い終わった煙草を放り投げた。

道化師の物言いに苛立ちを覚えたらしい。

カンパネルラの想定よりも幾分か早い。只の演技か、それとも鬱憤が溜まっているのか。黄昏の起きた夜、鉄血宰相に言い負かされたと聞くが、もしかしたらその一件が尾を引いているのかもしれない。

自然は大事にしようか。

アインの投げ捨てた吸い殻を燃やしながら、カンパネルラはため息を吐く。

 

「これ以上、事態をややこしくしたくないんだ」

「貴様らのふざけた計画を優先しろとでも言うのか?」

「ボクと盟主の計画は君たちにも有益だと思うけどね」

「有益かどうかは私が決める」

 

あくまでも厳格に突き放すアイン。

新しく咥えた煙草に火を付け、美味しそうに煙を吐き出した。

永劫回帰計画の全容を説明しても良いのだが、盟主の許可もなく他人に公言するのは如何な物だろうか。

もしも盟主が拗ねてしまえば厄介至極。世界の管理を放棄したら万事休す。ご機嫌を取ろうとしても無意味だ。その頃には世界は崩壊して、新たな世界線へ移っているのだから。

仕方ない。

カンパネルラは頬を人差し指で掻きながら、聖杯騎士団総長の心を揺さぶる言葉を発した。

 

「暖簾に腕押しか。強情だなぁ。そういうところはゼーレにそっくりだ」

「何を——」

「何をって、君は知っているだろう。聖杯騎士団総長が代々口伝で遺している、忌わしく受け入れられない真実を」

「——何故、貴様がそれを知っている?」

 

煙草の灰がポトリと地面に落ちた。

 

 

「全て知っているとも。君の持つ聖痕は、女神が与えた祝福じゃないことを。聖杯騎士団の歴代総長全員がゼーレ・デァ・ライヒナムの齎した聖痕を得ている異端者だってこともね」

 

 

瞬間、アインは法剣を抜いた。

疾く鋭い斬撃が背後の巨木を切断した。

甲高い風切り音と共に、轟音が鳴り響く。

一般人なら痛みも感じず安らかに。達人と称される強者さえ反応できない速度。まさしく神速と呼んで差し支えない一撃を喰らったにも拘らず、カンパネルラは涼しげな表情で棒立ちしていた。

得意の幻術ではない。視認して回避しただけだ。

今のやり取りで充分だったのだろう。

アインは眉間に皺を寄せながら、法剣を握り締めるだけで動こうとしない。

仕方なく、カンパネルラは笑ってみせた。

 

「いきなり斬り掛かってくるなんて野蛮じゃないかなぁ?」

「黙れ。知られたからには消すのみだ」

「無駄だよ。人間如きじゃボクには敵わない。ゼーレの加護を得ていたとしても、それは彼の権能の一部でしかない。到底及ばないよ、ボクには」

 

冷たく言い放つ。

淡々と事実のみを口にする。

アインが聖痕を全解放したとしても、勝敗は変わらない。

ゼーレの加護を宿していると言っても、人間に耐え得る許容限界量を超える事は有り得ない。女神の聖痕を一だとした時、ゼーレの加護は十を超えているだろう。それでも、人間と外なる神には埋めようのない絶対的な格差が存在する。

 

「貴様は、道化師じゃないな?」

 

生唾を飲み込むアイン。

法剣を握る手は微かに震えている。

 

「道化師だとも」

 

カンパネルラは嗤う。

 

「1200年以上、滑稽に踊り続けているんだ。ボクほど道化師に相応しい存在はいないって自負するぐらいだけどね」

 

聖杯騎士団総長は目を見開く。

唇の端から煙草が地面へ滑り落ちた。

 

「まさか——貴様が『イヴ=ツトゥル』か?」

 

へぇ、と瞠目する。

 

「あれ、その名前は知ってたんだ。予想外だな」

 

己の正式名称を耳にしたのは久方振りだった。

盟主やフェアはともかくとして、只の人間から名前を呼ばれるなど初めての出来事。神の名を口にする非礼に怒るべきなのだろうが、素直に驚嘆してしまった。

 

「堕ちた神が犯罪組織にいるとはな」

「まぁ、堕ちた事は否定しないよ。事実だしね」

 

堕ちたと云うよりも、堕とされたと云うべきか。

——女々しい。

苦しい言い訳だなと冷笑する。どんなに言葉を変えたとしても、邪神に対抗する力を失ってしまったのは事実なのだから。

 

「道化師に名前を変え、犯罪組織で暗躍する目的はなんだ?」

「さっきも言ったろ。フェア・ヴィルングの旅路を見届ける為さ」

「つまり、フェア・ヴィルングがゼーレ・デァ・ライヒナムなのは真実ということか」

「そう、彼が君のご主人様だよ」

「笑わせるな。あんな輩が私を従えるなど誰が認めるものか!」

 

激昂すると同時に、アインの背後に浮かび上がる見慣れた紋様。ゼーレの遺した聖痕だ。大地と深く結び付くソレは、七耀教会に於いて抹殺すべき『異教者』の証であった。

 

「だから、異端審問に掛けると?」

「そうだ。私はアレを否定する。否定しなくてはならない」

 

誰よりも強靭な聖杯の騎士は、空の女神とは異なる神の加護を受けている。

なんとも皮肉めいた話だ。

場末の笑い話にもなりはしない。

同情などしない。自業自得だからだ。

約1200年前、ゼーレ・デァ・ライヒナムを異端審問に掛けなければ、そもそもこんな事態にならなかったのだから。

 

「それが歴代総長の悲願でもある。いずれにしても、フェア・ヴィルングを野放しにしていたら世界は滅びるのだからな」

「それは否定しないけどね。でも、異端審問を断行したらどうなるか、君たちは知らない」

「なに?」

 

約1200年前。

カンパネルラは間違えた。

空の女神も、ゼーレさえも。

誰一人として真実に辿り着けなかった。

しかし——。

外なる神が舞い降りる原因、異端審問という邪神降臨の儀式を行ったのは他ならぬ『七耀教会』である。

 

「太古、君たちはゼーレを『悪魔』であると定義した。七十七柱の悪魔を束ねる『魔王』だと。女神を冒涜する存在として異端審問に掛けた」

「法王猊下しか知らない御伽噺な筈だがな。いや、イヴ=ツトゥルなら知っていて当然か」

「その結果がこの有様だよ。荒野と化した箱庭、閉ざされた未来、終わらない輪廻。あまつさえ君たちは異なる世界線で異端審問を行った。これ以上は『彼ら』を呼んでほしくないんだ」

「彼らだと?」

「気付いたかな?」

「待て。貴様の言葉が真実なら、このゼムリア大陸には——」

 

その通りだと首肯する。

 

「そうだよ、やっと気付いたのかい?」

 

一拍。

 

 

「この箱庭の世界には、君たちの教義を塗り潰す『来訪者』が『六体』も存在しているということに」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

七耀暦1205年8月20日。

リィン・シュバルツァーを奪還してから約二週間が経過した。

鉄血宰相から譲り受けたリィンの姿は、控えめに表現しても人間だと思えなかった。学生服はボロボロに朽ちて、白髪は逆立ち、紅い瞳は爛々と輝きながら昏かった。発する声は動物のようで、以前のリィン・シュバルツァーを連想させる部分は何一つ無かった。

黄昏の贄として蝕まれていたリィンの自我を取り戻したのは他でもない、彼と絆を育んできたトールズ士官学院Ⅶ組の面々だった。

俺は何もしなかった。

ただ遠くで眺めているだけだった。

彼らの諦めない心、希望を抱いて前に進む活力に終始圧倒されていた。

リィンを連れ戻してくれてありがとうございますと感謝されたが、俺の行ったことなど皇帝陛下と会談しただけである為、胸を張って誇ることもできない。

彼らは魔女の里にいる。

休養を終えた後、どうするのか。

それはトールズ士官学院のⅦ組次第だ。

オリヴァルト殿下とヴィクターさんがいるなら道を踏み外す事も無いだろう。俺たちに協力してくれるなら心強いが、たとえ敵対しても文句は言わない。

 

 

「早く出てこいよ、占い師」

 

 

白銀の巨船パンタグリュエル。

全長250アージュに及ぶ超弩級飛行戦艦。

巨イナル黄昏に対抗する連合軍の旗艦として、エレボニア帝国南部に広がるリベール王国との交渉を控えた今、国境沿いで待機している。

アルフィン殿下が就寝した事を確認してから、俺は甲板に上がった。手すりに腰掛け、夜風にあたる。何も考えずに夜空を見上げていると、忘れられない気配を近くに感じた。

視線を下ろす。

一秒前まで誰もいなかった場所に、黒を基調としたドレスに身を包んだ黒髪の女が立っていた。悪くいえば胡散臭そうで、良くいえばミステリアスだろうか。この独特な雰囲気は忘れようもない。約二ヶ月前に遭遇した旅の占い師だ。確か、ベリルと名乗っていた。

 

「あら、気付いていたの?」

 

占い師は楽しそうに微笑んだ。

クスクスと、まるで幼い子供のように。

 

「アンタの気配は分かり易いんだよ」

「わざわざ甲板に来てくれるなんてね。皇女様の傍でも良かったのに」

「冗談は止せ」

 

論外だと吐き捨てる。

 

「アルフィン殿下をアンタに会わせるなんて不忠の極みだ」

「酷い言い草だわ」

「事実だろう」

「辛辣だけど、否定できないわね」

 

顎に手を当てて、小首を傾げる様は年相応の振る舞いだ。陰気そうな目許を除けば、顔立ちは端正と呼んでいい部類に入る。

だが、俺は気を許すことはない。

初めて遭遇した時から気付いていた。

この女は旅の占い師なんかじゃないと。

 

「何の用だ、占い師。また忠告に来てくれたのか?」

 

何か悪い予感がする。

この化け物には一刻も早く御退散願おう。

実力行使は最後に取っておく。何が起きるかわからないからだ。

俺から用件を尋ねると、ベリルは一歩近付いてから口を開いた。

 

「言伝を頼まれてきたのよ。貴方ね、■■■■■の所にいつ行くの?」

「■■■■■?」

「あぁ、コレは失われた言葉だったわね。大地の聖獣の墓所にいつ行くのかしら?」

「どうして知ってると尋ねるのはお門違いか?」

「ええ」

「初代ローゼリアの件が有る。無闇に行くのは危険だ」

 

ロゼも賛同した。

聖獣の墓所を訪れるにしても、時を見計らった方が良いと。呪いによってエレボニア帝国の全てが活性化した現在、幻獣や悪魔の出現しそうな場所に単身で乗り込むなど危険が過ぎると。

テスタ=ロッサは大丈夫だと太鼓判を押していたが、話し合うに連れて、自信無さそうに口数を減らしていった。

曰く、大地の聖獣だから何かヘマをしているかもしれないとのこと。

 

「大丈夫よ。大地の聖獣は貴方の味方だもの」

「言い切るんだな」

「彼、待ち侘びてるわよ」

「それがアンタの罠とも限らないだろうが」

「どうしてそう思うのかしら?」

 

どうしてだと。

理由なんて一つしかない。

また一歩接近するベリルの肩を掴む。

その場に押し留めながら、絶対の自信を持って断言する。

 

 

「アンタ、人間じゃないだろ」

 

 

姿形は紛れもなく人間だ。

恐らく素材も人間と同じだろう。

だが、一目見た時から確信していた。

この女は人間とまるで異なる種族なのだと。

 

「ふふ、正解よ」

 

ベリルは笑う。

満面に喜色を湛える。

俺から二歩離れ、目を細めながら種明かしした。

 

「私は旅の占い師であり、外からの来訪者」

「邪神と同じか」

「心外だわ。私をこの箱庭世界に呼んだのは、貴方なのに」

「俺が?」

「まぁ、無意識でしょうけど」

「記憶にないぞ」

「でしょうね。私が来た時には絶命していたし。でも、安心してちょうだい。私は味方よ。貴方の父親に仕えているようなものだから」

 

ノイズが走った。

酷い耳鳴りがする。

脳を鑢で削がれる感覚を紛らす為に顔を右手で押さえ、よくわからない単語を訊き返した。

 

「ちち、親?」

「どうしたの?」

「ちちおやって、なんだ?」

「ああ、そこからなのね。なら質問、貴方の母親は?」

 

ははおや?

ちちおや?

わかる。理解できる。

それは家族だ。生みの親だ。

家族とはなんだ?

必要か。否、不必要だ。

俺に親はいない。

生まれた時から存在しない。

ちちおやとはなんだ。

ははおやとはなんだ。

いや、遥か昔、俺を抱き上げてくれた人が——

 

 

————頭の奥でブチっと音がした。

 

 

「だから——ちちおやとか、ははおやとか、そんなもの」

「貴方の故郷は?」

「帝都だ。帝都ヘイムダル」

「何地区?」

「は?」

「だから、何地区出身なのかを訊いてるのよ」

「————」

 

あれ?

 

「答えられないわよね。だから言っているのよ。大地の聖獣に会いに行きなさいって。彼が教えてくれるわ」

「俺に、おや、なんていないぞ」

 

ベリルが俺の肩を掴む。

倒れそうになる俺を支えて、占い師はこう言った。

 

 

「えぇ、フェア・ヴィルングに両親は存在しないわ。だって、貴方は————」

 

 

 

 

 

 





 

焔の聖獣は泣きながら哄笑する。
 


くとぅるふ・ふたぐん にゃるらとてっぷ・つがー
しゃめっしゅ しゃめっしゅ
にゃるらとてっぷ・つがー くとぅるふ・ふたぐん
 
 

焔の聖獣は泣きながら手を伸ばす。
 
 

くとぅるふ・ふたぐん にゃるらとてっぷ・つがー
しゃめっしゅ しゃめっしゅ
にゃるらとてっぷ・つがー くとぅるふ・ふたぐん






大地の聖獣「だーから、早く来いって言ってるのに!」



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