黒い闘争と黒い混沌に絡まれた件   作:とりゃあああ

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五話   温泉炎上

 

 

 

 

七耀暦1204年11月29日。

未来の英雄、未完の大器が目を覚ました。

昏睡状態に陥ってから1ヶ月も経過している。

やっとである。漸く目覚めてくれた。

セリーヌも訝しんでいた。初めて騎神を動かした反動、起動者にもフィードバックする損傷、親友だと思っていた男の裏切り。様々な要因が重なったとしても、果たして回復に1ヶ月も掛かるモノだろうかと。

詳しく知らない俺は首を傾げるだけ。黒猫から使えないわねと罵倒された。理不尽である。その夜、セリーヌの背中を縦横無尽に撫で回した。猫の悲鳴が響き渡ったが完全に無視する。毛並み良すぎ。手が止まらなかった。

何にせよ未来の英雄は覚醒した。多少なり衰弱しているが、数日もすれば勘を取り戻せる筈だ。刀捌き、歩行状態、全ての身動きに異常は見当たらない。ホッと一安心である。

アイゼンガルド連峰の山奥で意識を取り戻したリィンは当初酷く混乱していた。苛立ちから灰の騎神を何度も叩く姿は見ていて痛々しかった。未来で英雄扱いされる彼も、今はまだ士官学院の一年生。発狂していないだけマシだと思った。

簡単に現状を説明するセリーヌ。どうやら1ヶ月前の戦闘時に一悶着あったようで、言葉自体を交わすものの、彼らの仲は冷え切っていた。

俺は口を挟まなかった。騎神関連を詳しく知らないからだ。機甲兵なら得意である。長い輪廻の中で何度も乗り回した。最初は雑魚で、今ならオーレリアにも届くと思う。先に機体が壊れるけど。

 

「あー。足湯って最高だわ」

 

七耀暦1204年11月30日。

朝日も昇り切っていない早朝。

俺は足湯を堪能している。独占状態。最高だ。

昨日はまさしく激動。中々の強行軍だった。

アイゼンガルド連峰の山奥を発ったのは朝早くだったのにも拘らず、温泉郷ユミルの建物が見え始めたのは夕暮れ前。一息ついた瞬間に現れた二体の魔煌兵と戦闘開始。お世辞にも本調子と云えないリィンを庇いながら戦うこと数十分、ユミルから助太刀に来た遊撃士トヴァル・ランドナーの導力魔法によって窮地を脱した。

幻獣と戦った時の負傷が無ければ。猛毒ガスに肺を犯されていなければ。魔煌兵如きに遅れを取ることは無かったのに。まだまだ修業が足りていない。師に追い付かなくてはならない。

 

「隣いいか?」

「構いませんよ」

「じゃあ失礼して」

 

トヴァル・ランドナー。

遊撃士協会随一の導力魔法使い。

何度か敵対した。共闘した事もある。苦手な人間だ。本人の強さはいざ知らず、背後にいる聖杯騎士が強過ぎる。化物である。反則だ。何も出来ずに殺された世界線すら存在した。

同じ足湯を堪能する。二人分、間を空けて。

人付き合いの良さそうな笑みを浮かべている。

本心は違うな。俺を激しく警戒している。

目付きが鋭い。一挙手一投足を見逃さない眼光である。気持ちはわかる。客観的に判断すれば当然の行いだろう。

だから気に食わない。

 

「お前さん、何歳だ?」

「来月で21歳ですね」

「へぇ。結構若いんだな」

「トヴァルさんもお若いですよね」

「俺は今年で27だ。もうおっさんだな」

「27歳には見えませんね」

「口が上手いねぇ。煽てても何も出ないぞ」

「本心ですよ」

「そうかい。ありがとよ」

 

目も合わせず。身体も向けず。

言葉の応酬は気温に負けないほど寒々しい。

お互いに思ってもいないことを口走っている。

 

「リィンを助けてくれたんだってな」

「あの黒猫に頼まれましたから。仕方なくです」

「仕方なく、ね」

 

俺を一瞥するトヴァルさん。

流し目で。疑わしそうに。嫌悪感を滲ませて。

今回の世界線では初対面である。此処まで警戒される謂れなどない。確かに怪しい男だろうが、トヴァルさんほどの遊撃士なら表面上は友好的な態度を取りながら接するだろうに。

俺の知らない所で何かがあったらしい。

 

「どうも含みがありますね」

「仕方なく幻獣とも戦ったのか?」

「一度だけです。二度目は御免です」

「何でアイゼンガルド連峰にいたんだ?」

「修業の為です。世間は煩わしかったので」

「流派は?」

「アルゼイド流を嗜んでます。中伝です」

「仕事はしてないのか?」

「正規軍に勤めてましたが、内戦が始まりそうだったので辞めましたよ。下らない争いに参加するつもりなどありません」

「よくわかったな、内戦が始まるって」

 

温泉郷の中心で始まる尋問。

燦燦と煌く朝日。朝を告げる鶏の鳴き声。それらに呼応したのか、彼方此方で人の動く気配が活発化した。どうやらユミルの人々が起き始めたようだ。

1時間も経たない内に郷全体が賑やかになる。のらりくらりと答えるのも飽きてきた。そろそろ本題に入ってもらおう。

トヴァルさんを睨む。不機嫌そうに問いかける。

 

「先程から何なんですか?」

「結社の一員じゃねぇかって疑ってるんだよ」

 

眼光鋭く言い放つB級遊撃士。

視線には嫌悪と恐怖が混ざっている。

嫌悪は仕方ない。でも恐怖は何だろうか。

俺は首筋を撫でながら苦笑した。演技は得意だ。

 

「そんなに怪しいですか?」

「当たり前だ」

「残念ながら結社の一員ではありませんよ」

「一般人は結社の事を知らねぇんだが」

「これでも耳聡いもので」

 

素っ気なく言い返す。

実際、秘密結社と呼ばれるだけあって、水面下で暗躍する組織だ。一般人は存在を知り得ない。七耀暦1204年だと『身喰らう蛇』を認知しているのは七耀協会を筆頭に、高位遊撃士、将軍以上の軍人、各国のお偉方ぐらいだろう。クロスベルの独立騒ぎが終了してから大規模に動き始める組織だからな、アレは。

 

「ならどうしてレグラムから姿を消した?」

 

クラウスさんから聞いたな。

舌打ちしたくなるのを堪える。

 

「内戦に巻き込まれると思ったからです。人里離れた場所で静かに剣を振るう。アルゼイド流を極める為に必要な行いでした」

「子爵閣下から必要な情報を盗んだから、じゃないのか」

「例えば?」

「カレイジャスの艦長就任とかな」

「光の剣匠が高速巡洋艦に乗っていたとしても、貴族派には黄金の羅刹がいます。正規軍には紅毛や隻眼も。絶対的な抑止力にはなりません。盗む価値のある情報ではないですね」

「――――」

 

ヴィクターさんは紛れもなく強者である。人格者としても名高い。エレボニア帝国の誇る最高峰の剣士だ。対人戦なら最強に近い。

されど相手は軍そのもの。領邦軍にしろ正規軍にしろ。飛行艇、戦車、機甲兵。一対一なら勝てるかもしれない。だが絶え間無く攻撃されれば光の剣匠も敗北せざるを得ない。

機甲兵を操れば一騎当千しそうだけど、どの世界線でも断固として乗らなかった。尋ねても要領得ない答えばかりだった。

 

「トヴァルさん、俺はリィンに危害を加えるつもりなんてありませんよ」

「信用できないな。自覚あるだろ?」

「多少は」

「危害を加えるつもりはないって言ったな」

「はい」

「利用するつもりはあるのか?」

 

当然だ。利用させてもらう。

セリーヌから話を聞いて確信した。

恐らく鍵だ。リィンは一つの鍵だと思う。

騎神に選ばれ、内戦を駆け抜け、英雄となる士官学院生。何かに導かれなければ無理な偉業だ。

前々からヨルムンガンド作戦の裏で何かが起きていると噂されていた。今回の世界線で英雄の座から陥落したリィン・シュバルツァーが何を成そうとしていたのか見届ける事にした。

俺の輪廻を破壊する為に精々利用させて貰う。

いけないだろうか。鬼畜の所業だろうか。

知るか。構うか。気にしていられるか。

聖人君子を気取るつもりなどない。リィンを殺すことでループを断ち切れるなら、狂乱の雄叫びを挙げながら抹殺してやろう。非難されても関係ないと開き直りながら。俺が助かる為だと免罪符を掲げながら。

 

「まぁ、無償で人助けするほどお人好しでもないので。聖杯騎士の総長さんと仲の良い遊撃士さんと違って」

 

冷笑を浮かべて反撃する。

 

「――テメェ」

 

トヴァルさんが立ち上がる。

左手に掴んだ導力器が俄かに輝いた。

導力魔法を繰り出そうとしている。それも強大な分類の導力魔法を。温泉郷の中心で。やはりおかしいな。この程度の挑発で我を見失うなどトヴァルさんらしくない。

 

「止めましょう。不毛です。隠し事ぐらい誰にでも一つや二つある。そうでしょう?」

 

導力魔法は確かに便利だ。

特に遠距離戦闘なら。

それでも近接戦闘では隙だらけ。

傍らに置いていた白い大剣を片手で持ち上げる。冷水を浴びせるように、遊撃士の首元へ切っ先を突き付けた。

 

「喧嘩両成敗でどうですか?」

 

リィンも起きた事ですしね、と微笑んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

最悪だ、とトヴァルは顔を顰める。

昨日現れた魔煌兵の再出現。温泉郷へ近付く前に討伐すると決まり、トヴァルはリィン、エリゼ、フェアの三人を引き連れて山岳を登った。

当初、フェア・ヴィルングはユミルに残ると口にした。嫌な予感がすると嘘を吐いてまで。何か企んでいるなと判断したトヴァルは、お前も来いと首根っこを引っ張る。結社の構成員という疑いのある人物を一人にしていられない。妥当な判断だったと思う。

結果、魔煌兵は倒した。

リィンが騎神を操り、見事に消滅させた。

代わりに温泉郷ユミルは炎に包まれている。

トヴァルたちの留守を狙った奇襲。シュバルツァー男爵だけでは防げなかった。これは北の猟兵が暴れ回った証だ。

郷の至る所で怪我人が倒れていた。全員、命に別状は無さそうだ。不幸中の幸い。されど下手人を許す事などできない。

北の猟兵たちは暴走したリィンによって無力化された。目にも留まらぬ速さで得物を叩き斬り、昏倒させる早業だった。

血の海に沈んだシュバルツァー男爵。彼を助けようとした矢先、先程も見掛けた蒼い鳥が街灯の上に降り立った。

 

「結社の使徒かッ!」

「グリアノス。なら、ヴィータもいるわね」

「久し振りね、セリーヌ。元気にしてたかしら?」

 

蒼い鳥が一際甲高く鳴いた。

グリアノスと呼ばれた鳥の頭上に、見目麗しい女性が浮かび上がる。半透明で青白い。幻術か。もしくは魔女の秘術か。少なくとも術者は近くにいないなと結論付ける。厄介極まりない。

 

「お陰様で。アンタこそ長年ほっつき歩いて何してたのよ!」

「私には私の役割があるのよ。ねぇ、フェア」

 

ヴィータ・クロチルダ。青の深淵。

結社に於ける最高幹部『使徒』、第二柱。

民間人の保護を最優先とする遊撃士協会からしてみれば、犯罪組織である結社の最高幹部など天敵中の天敵と云える。

そんな女傑に名前を呼ばれた男は、心底不思議そうに首を傾げた。――演技でなければ。計画の内でなければ。

 

「俺を知ってるのか?」

「勿論。貴方は■■■■■だもの」

 

トヴァルは目元をひくつかせた。

ヴィータの声が、不規則に、散らばった。

聞こえた。鼓膜を揺らした。それでも意味が理解できなかった。何が起きたのか。今のも魔女の秘術とやらか。それとも結社特有の術式に因るものなのか。

警戒態勢を取りながら両隣を見る。

セリーヌはおろか、フェアも訝し気に目を細めていた。

 

「この世界から失われた言葉、か」

 

ヴィータだけ納得したように頷く。

妖艶な笑みを浮かべ、徐ろに手を差し出した。

 

「盟主がお会いしたいと仰られていたわ。私と共に来なさい、フェア・ヴィルング。彼らといても貴方の望みは叶わないわ」

「ヴィータ、コイツを連れて行くつもり!?」

「ええ。私も詳しい事情は知らないわ。それでも彼を救えるのは盟主だけよ、多分ね」

 

ヴィータとセリーヌが睨み合う。

フェア・ヴィルングは身動ぎ一つしない。

トヴァルは全員を視界に収めながら考える。ここまで蛇の使徒が勧誘するとは、本当に結社の構成員ではないのか。怪しい風貌、有り得ない出生、異常な実力。結社の執行者だとしても納得できる条件が整っているというのに。

1ヶ月でアルゼイド流の師範に打ち勝った実力は本物だ。その成長率の高さも。結社に導かれてしまえば巨大な敵となって帰ってくるだろう。

その前に始末する。

ヴィータに気を取られて、油断している今なら!

 

「断る」

 

大剣の切っ先はヴィータの影へ。

放たれた言葉は拒絶を示していた。

まさか断られるとは思っていなかったらしい。蛇の使徒は呆然としている。キョトンと。口も半開きである。

 

「理由は?」

「カンパネルラから聞いている。盟主とやらでも俺を救えないと。今更勧誘してきてもお断りだ」

「何ですって。カンパネルラから?」

「道化師か。お前、奴と会った事あるのか?」

「ええ、何回か」

「有り得ない。カンパネルラがそんな事を――」

 

風切音が鳴った。

蒼い鳥が飛び上がる。ヴィータの影が幾多にも揺れ動く。痺れを切らしたフェアが斬撃を飛ばしたらしい。鋭い一撃だった。正体不明の蒼い鳥を斬殺しようとする程に。

ヴィータ・クロチルダも察したようだ。

 

「どうやら交渉は決裂のようね」

「お帰り願おう、ヴィータ・クロチルダ。此方も忙しいんだ。手伝ってくれるなら感謝するが」

 

ヴィータは厳しい視線に晒される。

特にフェアの眼光には殺気が込められていた。

騙すな。邪魔するな。敵対するなら容赦なく斬る。

フェアの視線に気付いた蛇の使徒は、気まずそうに蒼い宝玉の付いた杖を振るった。

 

 

「アルバレア公爵の愚行、その埋め合わせだけしてあげるわ。でも、これで諦めたと思わないことね、フェア。私の計画に貴方は必要不可欠なのだから」

 

 

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