黒い闘争と黒い混沌に絡まれた件   作:とりゃあああ

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五十九話 鎧袖一触

 

 

 

 

 

 

噛み付いてきた魔獣の大群を道すがら全て一撃で屠りつつ、3セルジュ強を数分で走り終えた俺の目に飛び込んできたのは、絨毯を彷彿させる大量の紅い華だった。

既視感のある光景。火炎魔人に焼かれた記憶が蘇った。

巨イナル黄昏が発生すると、何故かエレボニア帝国の各地で咲き乱れる紅蓮の華。名前をプレロマ草という。幻の至宝に接続する端末のような物だとケビンから教わった。

 

「これは、多すぎるな」

 

プレロマ草の厄介な部分は霊的な結びつきから空間を歪める働きを持ち、上位三属性の発現だけでなく、幻獣や悪魔などの高位次元の存在を現界させてしまう点に尽きる。

一つ生えているだけでも不吉なのに。

辺り一面を覆い尽くす量に顔を顰める。

幸いなことに上位三属性が働いているだけで、今のところ幻獣や悪魔は顕現していない。放置すれば必ず厄介事に繋がるだろうが、群生するプレロマ草は一旦棚上げする。

 

「クレアさんは——洞窟の奥か」

 

洞窟の奥へ探知を伸ばす。

プレロマ草による影響なのか普段よりも気配を感じ取りにくい。僅かに『視える』のは倒れ伏している女性と黒く蠢く何かのみ。

白銀の宝剣に付着した魔獣の血糊を振り払い、洞窟へ足を踏み入れる。

壁にびっしりと咲いているプレロマ草が光源となっている為、洞窟内部の視界は決して悪くない。煌々と輝く紅い光は不気味だが、これは好都合だった。

ヴァンダール流やアルゼイド流だけでなく、高名な流派なら中伝に至る過程に於いて、視覚だけに頼らない戦闘方法を学ぶ。リィンが言うには、八葉一刀流は特に『眼』を大事にしているらしい。

八葉の剣聖に届かないにしても、俺とて帝国の二大流派を修得した身。たとえ暗黒の世界に身を置いても澱みなく歩けるだろう。

だが、黒く蠢く何かの正体が判明しない以上、視野を確保できるに越したことはない。

宝剣ヴァニタスを握る手に力を込める。

地面に生えたプレロマ草を踏み潰しながら駆け抜ける。時間にして一分足らずで1セルジュ弱を踏破した。

そして、二つの影が目に映った。

 

「クレアさんと、アレはまさか——」

 

クレアさんは俯せに倒れている。

遠目から確認するだけでも、彼女の服装に乱れは見当たらない。

目の届く範囲で血痕一つ視認できない事から、クレアさんが昏倒した原因はやはり外傷ではなく内側から何かされたと推察するべきか。

微小ながらも肩が動いている。生きている筈だ。

胸を撫で下ろす。未だ安心できないものの、生存を確認できただけで身体の強張りが解けていく。

吐息を一つ溢して、クレアさんの奥で咆哮する化物に視線を移した。

 

『ァァァァアアアアッ!!』

 

それは俺にとって見慣れた怪物だった。

ヨルムンガンド作戦が発令され、ゼムリア大陸西部を中心とした世界大戦が佳境に入ると、必ずオスギリアス盆地の上空に出現する破壊の権化。全長にして百アージュを軽く超える。

騎神を連想させる上半身に、蛇に似た巨大な軟体生物が何匹も犇めき合う下半身。全身には赤黒い焔を纏い、200万人に及ぶ帝国と共和国の軍勢を一撃で焼失せしめ、クロスベル全土を融解させていた。

この怪物の出現こそ、俺のループに於ける事実上のタイムリミット。

この化物が顕れてしまえば最期、大陸に安寧の場所などなくなる。

実際、ゼムリア大陸東部に逃げた俺も呆気なく殺された。まるで子供が遊び半分で小虫を潰すように。純粋な悪意と無邪気な行動。絶対者に相応しい身勝手な力の行使は、ゼムリア大陸に住む人間を瞬く間に滅ぼした。

 

『何故ダ、何故貴様ガ此処ニ居ル!』

 

今ならわかる。

アレは焔の厄災と巨イナル一、そして黒の思念体が融合を果たした姿だったのだと。外なる神と鋼の至宝が統合されたなら、世界を容易く滅ぼすのも納得である。

さりとて。

眼前で吼える怪物は実に矮小だった。

姿形こそ顕現したイシュメルガそのものだが、その規模は百分の一にも満たない。全長も3アージュ弱だろう。

この程度なら騎神がいなくてもどうにかなるな。

 

『■■■■■、貴様ハ死ンダ筈ダ!』

 

怪物は何かに大喝している。

どうも俺に気付いた様子はない。

只の誘いか。それとも罠か。

刹那の間に迷い、考え、決断する。

今が好奇。躊躇わず踏み込むべきだ。

右足に力を宿す。皮靴が地面を掻いた。

 

『残滓ニ過ギヌ貴様ガ、何故コノ檻ヲ扱エル!』

 

怪物が洞窟の深部へ焔を放った。

今だ。己の背中を押す。

地面を右足の裏で蹴った。

疾駆する。己の出せる最速に至る。

一秒も経たずに怪物の間合いへと踏み込んだ。

顔を背けたくなるような焔の熱量を無視して、最高速を保ったまま流れるように宝剣ヴァニタスを袈裟斬りに振るう。

甲殻を穿ち、無機質な肉を断つ。

斬撃は入った。このまま振り抜く。

 

『人如キガァァアアアッ!』

 

だが、甘くない。

肉質が一瞬で変化した。

硬い。重い。

このままでは振り抜けない。

退け。無理は禁物。仕切り直す。

肩口を斬り裂いた宝剣を抜くと、赤黒い焔が苛烈さを増した。

伝わる熱量に眉を寄せる間も無く、イシュメルガの下半身を支える蛇が鞭のようにしなる。五匹の内、二匹が大口を開けて接近する。

 

「舐めるな」

 

肉薄する蛇の首を一太刀で斬り落とし、後方へと跳ぶ。クレアさんを左腕で抱きかかえ、猛追してくるもう一匹の蛇を両断した。

 

『人ガ、傀儡如キガ調子ニ乗ルナ!』

 

焔が指向性をもって襲い掛かる。

一つ、二つ、三つ、四つ、五つ、六つ。

数こそ脅威。だが、その速度は緩慢の一言。

オーレリアの戦技、ヴィータさんの魔法、ロゼの放つ終局魔法の方が何倍も恐ろしかった。

焔の塊を白銀の宝剣で一つずつ捌いていく。

その度にプレロマ草へ火の粉が飛び散り、燃え移った焔が舐めるように別の華へ這っていく。

プレロマ草が猛火に晒されるのは一向に構わないのだが、イシュメルガの放つ焔を全て捌き終えてから頭を悩ませる問題が浮上した。

クレアさんをどうしようか。

気絶したままの彼女を放り出せば果たしてどうなるのか。考えるまでもない。焼死、もしくは大火傷を負う。その前に起きたとしても身軽に動けるかどうか未知数。危ない賭けだ。実行に移そうとさえ考えられない。

やはり抱え続けるしかないな。

戦闘に支障は出るだろうが、今のイシュメルガは結社の執行者レベル。凡そ『痩せ狼』と同等か。この程度のハンデが有ったとしても敗北は有り得ない。

 

『コノ檻サエ無ケレバッ』

 

悠長に時間を掛けていられない。

生きていると分かっていても、クレアさんの容態が心配だ。一刻も早くロゼに診せないと。

イシュメルガが何を企んでいたのか。

どうして此処で実体化しているのか。

訊きたい事は山程あるが、それは置いておく。

 

「我慢してくださいね、クレアさん」

 

先に謝っておこう。

胸などを触らないように抱え直す。

直後——。

三つの焔が接近した。

一つでも掠ってしまえば人間を炭化させる熱量を秘めているが、俺には通用しない。黄金の羅刹や光の剣匠、雷神にも届かないだろう。

一閃して払い除け、そのまま返す刀で、焔を隠れ蓑に強襲してきた三匹の蛇を斬り伏せる。これで全ての蛇の首を刎ね飛ばした。

イシュメルガを視認する。

下半身を支える二匹の蛇は活発に動き、蛇らしく長い舌を出して挑発してくる。

どうやら切断しても時間経過で復活するらしい。

やはり長期戦は面倒だ。

一刀の下に沈めるほかない。

 

『我ヲ滅セルト思ウカ、傀儡如キガ』

「悪いが、お前なんかと話している時間は無いんだ」

 

白銀の宝剣を構え直す。

呼吸を整え、意識を切り換えた。

血を活性化させる。

全身を闘気で覆った。

意図的にリミッターを外す。

——武神功。

さらにもう一度。

——武神功。

身体強化の重ね掛けは推奨されない。

寿命を縮めるとオーレリアは苦言を呈した。

そのようなリスク、死を希求する俺には関係なかった。二重武神功により荒れ狂う身体を無理に押さえ付け、イシュメルガへ狙いを定める。

 

『ヨコセ、ヨコセ』

 

『我ノモノダ、スベテ』

 

『貴様ガ持ツ権能モ、スベテ我ノモノダ!』

 

甲殻の硬さは覚えている。

肉質の変化も織り込み済み。

焔と蛇の妨害を踏まえた上で宝剣を振るう。

 

——皇技、冥神剣。

 

神速を以って間合いを詰める。

蠢く蛇を断ち切り、激昂する焔を弾く。

一呼吸の間に白銀の斬線が四回刻まれる。

横に一閃。縦に一刀。斜めに二振り。

瞬く間に、イシュメルガを八等分する。

まだ安心できない。

ここから蛇のように再生する可能性もある。

斜めに斬り下ろした宝剣の切っ先を地面へ向け、手首を返し、黒い靄を纏いながら裂帛の気合いと共に振り上げた。

漆黒の光線を放射する。長大で極太。八個に分割されていたイシュメルガの肉体を、欠片の一つとて残さずに消し飛ばした。

 

「ハァ、ハァ、ハァ——ッ」

 

二重掛けした武神功を解く。

無理した反動からか肩で息をしてしまう。

左腕に抱えたクレアさんへ負担が及ばないよう配慮したとはいえ、数秒の多重武神功と一回の皇技で息を荒げるなど修練不足だな。

呼吸を整えながら、付近を見渡す。

天に伸びる黒い光柱、洞窟の至る所に生い茂っていた紅いプレロマ草、イシュメルガの放出していた禍々しい気配、そのどれもが確実に消滅していた。

疑問は多く残っているが、クレアさんを無事に救出できただけでも良しとするか。

身の危険は去ったと断定。宝剣を背中に戻す。

 

「洞窟を出て、テスタ=ロッサを呼ばないとな」

 

大地の聖獣を訪ねるのは後日だ。

一日ぐらい遅れても問題ないだろう。

ミルディーヌの予想だと『七の相克』と『大地の竜』作戦が開始されるのは約四ヶ月後。帝都の復興、ノーザンブリア侵攻、軍事力の増強、クロスベル領の安定など。それら全て解決するのが年末になると計算したらしい。

 

「さてと」

 

クレアさんを両腕で抱き上げる。

四肢に異常なし。胸の動きも穏やか。

どうやら皇技の負担は最小限で済んだようだ。

プレロマ草が消えたことで折角の光源は失われてしまったが、凸凹の足場に気を付けさえすれば特に問題ないだろう。

踵を返して一歩踏み出す。

直後、背後に妙な気配を感じた。

 

 

【良くぞ来たな、アルスカリ】

 

 

荘厳な声に敵意は無い。

クレアさんを揺らさないように振り返る。

 

「アンタが——大地の聖獣か?」

 

質問の体裁を成していたが、確信していた。

眼前に佇む四足歩行の獣こそ大地の聖獣だと。

全身を覆い隠すような緑色の霞を帯同し、外敵から身を守る為なのか、身体のあちこちに金色の角が生えている。最も目を引くのは背中の円盤だ。不思議な紋様の刻まれたそれは、あくまでも目測に過ぎないが直径5アージュを軽く超えているだろう。

全長10アージュにも及びそうな巨体を俯せにして、大地の聖獣はまるで日向ぼっこする猫のように寝そべっていた。

 

【如何にも。我が名は■■■■■。——ふむ、アルスカリにも通じぬとはな。やはり喪われているのか】

 

大地の聖獣は残念そうに笑う。

元より期待していなかったようで、悲嘆の色は些かも感じられなかった。

見た目に反して人間らしい感情の発露だ。

初代ローゼリアよりも親しくなれそうだと好印象を抱いた瞬間、気を失っているクレアさんを抱擁したままだと思い出した。

 

「こうして会えたのに悪いんだが、また後日にしてくれないか」

【その娘が気になるのか。安心するが良い。特に大事ない。直に目を覚ます筈だ】

「わかるのか?」

【無論だ。我は大地の聖獣。肉体と物質を司る大地の至宝を見守ってきた存在。魂と精神を弄るだけしか能の無い『焔』とは違う】

「でも、俺のせいでクレアさんは闘争という物が無くなっている。それをどうにかしないと」

【それも解決した。皮肉にも、黒のお陰でな】

 

大地の聖獣曰く、黒の思念体が操作する『闘争を煽る呪い』には限界が有るらしい。一個人に狙いを定めて呪いを注ぎ込んだとしても、完全に操る事などできない。人だけでなく、生物なら誰しも保有している闘争という感情は『諍う力』でもあるからだ。

故に闘争の概念が欠落している稀有な存在——クレア・リーヴェルトならば容易く操れる。そう考えた黒の騎神は、クレアさんに己の一部と膨大な呪いを注いだ。

 

【呪いの大部分と黒の一部は、我が大地の檻に閉じ込めて実体化させた。アルスカリならば討滅してくれると信じていた故な】

「なら、クレアさんはもう大丈夫なんだな!?」

【うむ。人間が本来持ち得る量の闘争は残したからな。二度と黒に操れる事もあるまい。小さき者故、過信は禁物だが】

 

俺は何度も頭を下げる。

ありがとう、ありがとうと。

俺の馬鹿な過ちを正す機会をくれた大地の聖獣に感謝するも、彼は俯せのまま首を横に振った。

 

【気にせずとも良い。感謝も不要だ。我は切っ掛けを与えたに過ぎぬ。黒の一部を討滅したのはそなた自身。その娘を助けたのもそなたの力あってこそ】

 

それに、と重々しく続ける。

 

【我々が遺した不始末を、そなた一人に押し付けている。出来ることならより多く手助けしたかったのだが、生憎と霊窟から離れられない身の上なのでな】

「離れられないなら、どうして此処にいるんだ?」

 

矛盾してないか。

そう尋ねると、大地の聖獣は小さく嘆息した。

獣らしい長い首を持ち上げ、拒否感を含む視線を地上へ向けた。

 

【我が墓所の近くに多数の人間が現れた故な、避難してきたのだ】

「そういえば、人見知りするとか言ってたな」

【この洞穴は霊窟の奥に繋がっている。霊場も同様に接続されている。地上の人間が立ち去るまでこの奥にいるつもりだったのだが、黒の気配を感じたのでな。こうして入口近くまで足を運んだ次第だ】

「いや、入口まで1セルジュもあるんだけど」

 

洞口と表現するには暗すぎる。

緑色に鈍く輝く大地の聖獣がいるからこそ無明の闇になっていないのだか。

どうも名前の通りに地下深く好むようだ。

人見知りの激しい聖獣は心底嫌そうに表情を歪める。

 

【何を言うか。地上まで1セルジュしかないのだから、此処も入口と呼べるであろう】

「えぇ。どんな暴論だよ」

【暴論か。焔の聖獣と同じ事を言うのだな、アルスカリ】

「やめてくれ。ローゼリアは苦手なんだ」

【我も苦手だ。いや、嫌いだな】

「知ってるよ。黒の分体から聞いた」

【ほう、焔の聖獣は何か言っていたか?】

「口の軽い獣だとかなんとか」

【成る程な、未だにあの件を恨んでいるのか。陰湿な焔らしい。アルスカリよ、感謝するぞ】

 

楽しそうに目を細める大地の聖獣。

俺は何となく気になった事を問い掛けた。

 

「アンタは、俺をアルスカリと呼ぶんだな」

【当然だろう。そなたはアルスカリなのだから】

「俺が初代アルノールの生まれ変わりなのは黒の分体から聞いたよ。でも、今の俺にはフェア・ヴィルングっていう名前があるんだ。そっちで呼んでくれないか」

【ふむ。そなたの言い分は尤もだが】

 

大地の聖獣は一度言葉を切り、首を振った。

 

【申し訳ないな。断らせてもらおう】

 

一拍。

 

 

 

【その名前は『外なる神』が付けた忌み名だからな】

 

 

 

 

 

 

 












蒼の騎神「なんか勝手に第一相克が始まったんだが?」


緋の騎神「なんか勝手に灰と蒼が相克を始めたんだが?」


黒の騎神「なんか俺の想定と異なる動きが出てきたんだが!?」







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