黒い闘争と黒い混沌に絡まれた件   作:とりゃあああ

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六話   皇女混沌

 

 

 

 

ふと目が覚めた。

自然に起きた感じがしない。

何者かに強制的に覚醒させられた。

目だけで周囲を見渡す。人影無し。気配無し。明確な殺意、敵意、戦意を探索。いずれも周囲五百アージュ圏内から感知できない。

気のせいか。頭を振り、再び目を閉じる。

意図せずに感覚が昂っているのかもしれない。

無理もない。ため息を溢す。

今現在、温泉郷ユミルでまともに戦える人材は俺だけだ。猟兵もしくは結社の人間が攻め込んできた場合、最悪でもアルフィン皇女殿下を逃さなければならないという重責。これまでの輪廻で、初めて体験する皇族守護の任務。ドキドキ。心臓が煩い。久し振りに緊張している。

それでも。この緊張感は好ましかった。

地獄のような輪廻を体験しても、畜生に成り下がったのだとしても、俺はエレボニア帝国の珠玉たる皇族の方々に敬愛の念を未だ持ち続けているのだと確信できたのだから。

 

「ヨコセ、ヨコセ」

「我ノモノダ、スベテ」

「アァ、心地ヨイ」

 

喧しい声だ、相変わらず。

二ヶ月間、ひたすら鳴り響いている。

もう慣れた。人間とは慣れる生き物だと誰かが言っていた。アレは何回目の輪廻だったか。忘れたな。誰が口にしていたのかも。記憶の摩耗を意識すると酷く憂鬱になる。俺はいつまで自我を保っていられるのか。

集中しよう。座禅を組み直す。東方剣術、八葉一刀流の基礎にして真髄と呼べる『無念無想』の境地へ至る為に。高みを目指す為に。リィンから学べる所を学び尽くさないと。次のループでもきっと役に立つだろう。

早朝、リィンとトヴァルさんは灰の騎神と共にケルディック方面へ飛び立った。セリーヌ曰く『精霊の道』とやらを開いて。トリスタで離れ離れになってしまったⅦ組の仲間たちと再会する為に。

何もかもがスムーズだった訳ではない。俺とトヴァルさん、どちらがユミルに残るか。議論に議論を重ねた。勿論、家族を残していくリィンの意見も参考にしながら。皇女殿下の存在、北の猟兵という敵、結社の出方、ユミルの地理的条件。様々な要因を考慮して、アルゼイド流の剣士である俺に決まった。

トヴァルさんは悔しそうだった。

最終的に、リィン・シュバルツァーが俺の味方をしたからだと思う。1ヶ月もの間、アイゼンガルド連峰で魔獣と戦い続けた甲斐があったな。

 

「お腹すいたな」

 

瞑想すること約2時間。

太陽が中天へ差し掛かった。

昼飯時か。本能が空腹を訴える。

ゆっくりと瞼を開いた。眼下に広がる雪景色。温泉郷独特の匂い。好きだなと思った。永住したいという願望を抱かせる風景に一筋の煌めきが走った。目を凝らす。麗しい金髪を靡かせながら、帝国の至宝たるアルフィン皇女殿下が歩いていた。

この時間に何処へ?

まさか何者かに操られているのか。

畏れ多くも後ろ姿を凝視する。歩く姿に異常は見当たらない。ならば自らの意志で足を動かしているという事である。

何処に向かうのか。疑問が浮かぶ。

さりとて護衛対象を見失う訳にいかない。

座禅を解き、大剣を携え、跳び降りる。見晴らしの良い屋敷の屋根から雪の降り積もった白い地面へ難なく着地。10アージュからの高さでも怪我なく降りられた。順調に足腰が鍛えられている。満足げに肯く。この調子で鍛え続ければ、来年にも光の剣匠と肩を並べそうだ。

 

「皇女殿下?」

 

ユミルは小さな郷だ。

帝都ヘイムダルと比べれば尚更である。

故に見付けるのは簡単だった。

温泉郷の隅で佇む皇女殿下へ声をかける。

アルフィン・ライゼ・アルノール。皇帝陛下の息女はゆっくりと振り返り、まるで天使のように微笑んだ。

 

「あら、フェアさん」

 

痛々しい笑みだ。

思わず目を背けてしまう。

皇女殿下の気持ちは察するに余りある。

家族を置いて女学院から脱出。友人の親が治める領地に逃げ込み、無力感に苛まれながら内戦に振り回される祖国と民草を憂う。1ヶ月以上も。

皇女殿下に出来ることは少ない。貴女のせいではないと誰もが気遣う。だからこそ限界に近かったのだと推測する。

間の悪いことに先日の襲撃が重なった。

テオ・シュバルツァー殿は意識不明の重体。皇族所縁の地である温泉郷ユミルには火を放たれた。今も片付け作業に勤しむユミルの人々。表情に笑顔は有るものの、空元気なのは明白だった。

皇女殿下の心労は限界に達している。

それでも気丈に振る舞う。見事だと感心した。

皇族としての責任感からか。大器の片鱗からか。

俺は気付かない振りをした。

俺だけは普通に相対しようと思った。

 

「そろそろお昼時です。屋敷へ戻りましょう」

「ごめんなさい。どうやら探させてしまったようですね。お祈りを済ませたら直ぐに屋敷へ戻りますから」

「お祈り?」

 

問い掛けると、皇女殿下は弱々しく答える。

 

「はい。家族へ向けて」

 

なるほど。一人納得する。

皇女殿下が南方を眺めていた訳を。

内戦時、皇族の方々は皇城から追い出された。治安悪化の為と嘯き、別荘地の一つであるカレル離宮に幽閉されてしまった。今も貴族連合軍によって軟禁生活を送る日々。心配なのだろう。一心不乱に祈りを捧げている。

空の女神へ家族の無事を祈る。

自然な光景だ。教会に赴けば幾らでも見られる。

それでも皇女殿下が行うだけで、こんなにも静謐で、神秘的で、悲嘆に満ち溢れているものなのかと哀れんだ。

 

「ご安心を。皇族の方々はご無事です」

 

俺は力強く断言した。

何度も輪廻を繰り返したからこそ。どの世界線でも皇族の方々は内戦を乗り越えた。特にオリヴァルト皇子とアルフィン皇女は、絶望に項垂れる民草を勇気付ける希望の象徴として内戦を駆け抜けた。

皇女殿下は目を見開き、クスクスと笑った。

 

「ふふ、フェアさんは不思議な方ですね。まるで未来でも見ているかのように断言するなんて。少しだけ安心しました」

 

嬉しそうな表情に胸が痛む。

不十分な発言だった。訂正しなければならない。

 

「申し訳ありません、殿下」

「?」

「不確かな言葉でした」

「不確か、とは?」

「皇帝陛下、皇后陛下に手を掛ける不埒者はおられますまい。但し、セドリック皇太子殿下を利用する者が現れない、とは断言致しかねます」

「どうして、セドリックを?」

「皇女殿下、よくお聴きください」

 

基本的に帝国の内戦は2ヶ月で終了する。

驚くほど短期間で。泥沼の様相を見せずに。必要最小限の犠牲だけで決着を見る。短期決着に於ける重要な要素は、クロワール・ド・カイエン公爵の暴走である。

新兵器に対処できなかった正規軍の復活。対機甲兵用戦術の確立と各地に点在する重要拠点の奪取は、内戦が始まって以来優勢を保ち続けた貴族連合軍を劣勢に陥らせた。

帝都近郊まで攻められたカイエン公爵は、セドリック皇太子を人質に取ろうとする。未来の皇帝陛下に対して有り得ない愚行。そんなカイエン公爵を止めたのがリィン・シュバルツァーである。故にリィンは内戦を早期終結に導いた英雄であり、皇族の方々からも絶大な信頼を得るに至る訳だ。

多くの世界線でセドリック皇太子殿下は悲惨な目に遭う。一度だけ助けようとした。公爵の手から救い出そうと。結果として火炎魔人と遭遇。性根を焼き尽くすほどの焔で瞬く間に消し炭にされてしまった。

俺は皇女殿下へ説明する。

内戦に勝つ為の秘策。それは皇族を味方に付けることだと。特に、次代の皇帝と目されるセドリック皇太子を担ぎ上げれば勝利は約束される。貴族派が優勢を保てば、日和見を決め込む皇族周辺の人々もいずれ屈服する。皇帝陛下は聡明で屈強な方だが、セドリック皇太子は反発できないかもしれない。最悪の場合、セドリック皇太子を洗脳してでも神輿にしてしまうかもしれない。

現に内戦が1年以上続いた世界線。とある理由から、俺がルーファス・アルバレアを殺害した世界線だとセドリック皇太子の声明によって内戦は終結した。帝国中に流れる映像には、虚ろな眼を携えたセドリック皇太子の姿があった。

更に危惧すべき展開はもう一つ存在する。

 

「そんな――」

「帝国全土に散らばる正規軍が息を吹き返し、貴族連合軍が追い詰められてしまえば。貴族派の中心に座すカイエン公爵とアルバレア公爵、彼らに魔が差してしまえば」

「――セドリックは洗脳されてしまう、と」

 

首を縦に振る。

自信を持って肯定する。

皇女殿下は目を伏せる。顔面蒼白だ。スカートの縁を握り締めている。悔しそうに。悲しそうに。多少なりとも言葉を選んだ。語彙力の無さが恨めしかった。

皇女殿下には洗脳されるかもと言葉を濁したが、内戦終盤にセドリック皇太子が殺されてしまう世界線も実在した。アルバレア公爵の暴走である。どうしてそうなったのか、今でもわからない。大体の世界線だと、ケルディック焼き討ちを主導した罪でアルバレア公爵は捕まってしまうのだが。

 

「フェアさん」

 

名前を呼ばれた。

声音に覚悟が篭っていた。

力強い眼差し。蒼穹の瞳に決意が灯った。

思わず片膝を付く。首を垂れる。まるで騎士のように。

 

「はっ」

「どうすればセドリックを救えますか?」

 

難しい問いだ。

セドリック皇太子が最も救われる世界線。最も大事に至らない展開。それは内戦の短期決着以外に有り得ない。内戦終了後、長期間に及ぶ療養を強いられてしまうものの、七耀暦1206年にはトールズ本校に主席入学を果たすまでに回復なされる。可愛らしさから逞しさに変貌を遂げる。まるで別人のように。覇気に目覚めたように。

視線を上に向ける。皇女殿下の表情を視認した。

駄目だ。そんなもの慰めにならない。なり得ない。

皇太子殿下が壮健のまま内戦を終える。有っただろうか。有り得るのだろうか。少なくとも俺は経験したことが無い。セドリック皇太子の悲惨な結末を回避したことが一度たりとてなかった。

 

「ならば」

 

質問を変えます、と皇女殿下は告げる。

 

「私は、どう動けばいいですか?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

アルフィンは静かに待った。

眼前に跪くフェア・ヴィルングの答えを。

どのようにすれば。どのように動けば。双子の弟であるセドリック・ライゼ・アルノールを救えるのか。

何故か尋ねてしまった。

どうしてだろう。ふと疑問に思った。

彼とは先日会ったばかり。碌に会話もしていないのに。目は虚ろで、口数は少なく、達観した雰囲気から近寄り難い印象を持っていた。

アルティナと呼ばれる少女から助けてもらった。誘拐を防いでもらった恩がある。それでも親しみやすいリィンに問い掛けるべきだった。

親友であるエリゼの兄君。誠実で、格好良く、笑顔の眩しい殿方。初対面の時から惹かれた。心臓がギュッと締め付けられた。

初恋なのかもしれない。

そんな殿方を差し置いて、アルフィンはフェア・ヴィルングに問い掛けた。今後の進退に関わる重要事案を。皇女としての振る舞いを。貴族派に幽閉された家族の助け方を。

更に数秒待つ。

遂にフェアは視線を上げて、重い口を開いた。

 

「二つ、方法があります」

「お聞きします」

 

頷いて催促する。

 

「一つは、皇女殿下が貴族派に味方する事です」

「カイエン公爵を支持しろと?」

「はっ。貴族連合軍の威勢が轟いている今、皇女殿下が貴族派に付けば、抵抗を続ける正規軍の士気を一気に挫く事が可能でしょう。正規軍さえ降伏すれば内戦は終わります。皇族の方々も幽閉から解き放たれましょう」

「北の猟兵を雇い、この地を襲撃したアルバレア公爵の愚行すら肯定することになりませんか?」

「ご賢察の通りかと」

「それは私を匿ってくれる彼らへの冒涜です!」

 

帝国を二分する内戦が早期に終わる。

それは戦乱に喘ぐ民草にとって救いとなる。平和が訪れ、愛する人を失う悲しみから解放される。良い話だ。おそらく大多数の国民から支持される選択肢だろう。

だが、代わりにユミルの人々を失望させる。単身で北の猟兵を相手に奮戦し、今も目を醒さないテオ・シュバルツァーの忠義に泥を塗ることになる。

許されない。

アルバレア公爵には罪を償ってもらう。

 

「もう一つは、茨の道となります」

「茨の道、とは?」

 

不吉な単語に眉をひそめる。

一礼したフェアは、簡潔に案を述べた。

ガレリア要塞にて抵抗を続けているであろう第四機甲師団に合流。つまり正規軍に味方する。皇女殿下自ら旗頭となり、第四機甲師団を中心とした正規軍で帝都を奪還。皇族を解放する。貴族連合軍を打ち倒す。

言葉にすれば簡単である。当然ながら幾つもの不安要素がある、とフェアは付け加えた。

果たして第四機甲師団が持ち堪えているのか。反攻を開始できるほど戦力が足りているのか。順調に進んだとしても、貴族派がセドリック皇太子を担ぎ上げる可能性も必然的に高まる。その前に帝都を奪還できるのか。アルバレア公爵とカイエン公爵の影響力を小さくできるのか。

 

「皇女殿下が自ら動かずとも、あと一月で内戦は終わりましょう。ご家族が心配だとしても、ご辛抱なされるのが最善かと思われます」

 

恭しく頭を下げるフェア。

確信を持って口にする驚愕の言葉。

あと一月で内戦が終わる。今にも泥沼に陥りそうな戦乱が。僅か一月足らずで終焉する。信じられない。一体どのような根拠があるのか。証拠を見せてみろ。

罵声は喉元までこみ上げた。

だが、アルフィンはふと気付いた。

フェア・ヴィルングは逃げ道を用意したのだと。

アルフィンは動かなくていい。温泉郷で匿われていればいい。帝国の民草に祈りを捧げるだけでいい。何故なら彼女は未だ15歳なのだから。

馬鹿にされた、と思ったのは何故なのだろうか。

 

 

「フェア・ヴィルング」

 

 

気付けば彼の名前を呼んでいた。

内戦の終わりを待ち続けるなんて御免だ。

家族の無事を祈り続けるなんて不毛すぎる。

頭は『混沌』と化していた。

心は『闘争』で満ちていた。

アルフィンはフェアの肩に手を置いた。

 

「私は内戦に介入します」

 

だからと一拍。

 

 

 

「貴方も手伝ってくださいますね」

 

 

 

疑問形ではなかった。

肯定以外を認めない断固とした強さがあった。

 

 

 

 








分岐その二。
イシュメルガとニャル様が絶賛応援中。
何故かアルフィン皇女がヒロインみたいになってしまった(お目目グルグル)






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