黒い闘争と黒い混沌に絡まれた件   作:とりゃあああ

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七話   黄金哄笑

 

 

 

 

 

「皇女殿下を誑かした愚か者が!」

 

ノルド高原と帝国の国境門である『ゼンダー門』の地下深くにて、第三機甲師団を預かる隻眼のゼクスが大喝した。

終わらない輪廻を繰り返す俺からしたら見知った顔だ。特に恐怖を感じない。ヴァンダール流の修業だと毎日怒鳴られた。今更である。一喝された所でそよ風にも劣る。涼しい顔で応えた。

 

「皇女殿下の意思を尊重したまで」

 

手足に嵌められた枷が鬱陶しい。

地下牢へ幽閉された際に導力器は没収された。枷と壁を繋いである鎖は特注品らしい。どんなに力を込めて暴れても不愉快な金属音を撒き散らすだけ。捕まった経験は数多くある。未だ慣れない。面倒だなと辟易する。

そもそもどうしてこんな事になったのか。

アルフィン皇女殿下が内戦に介入すると決意した日の夜、リィン・シュバルツァーがユミルに帰還した。元猟兵の少女に紅毛の息子、更に帝都知事の息子を引き連れてだ。面子が豪華すぎないか。

ガレリア要塞でクレアさんと出会ったらしい。元気だったと聞く。クレイグ中将の薦めもあったようだが、フェア・ヴィルングの存在を忌避したのか、ユミルに来訪する事はなかった。第四機甲師団の立て直しに尽力するとの事。鉄道憲兵隊も同様である。

妥当だなと肩を竦め、助かると喜んだ。クレア・リーヴェルトの導力演算器並みの頭脳があれば、第四機甲師団は他の世界線同様に双龍橋を攻略するだろう。俺は必要ない。むしろノルド高原に展開している第三機甲師団へ参加するべきだ。数多の世界線で帝都近郊まで侵攻した第三師団でも目的は達成できる。

皇女殿下が内戦に介入する。全員が反対した。危険を犯す必要などない。内戦が終わるまで温泉郷に隠れていればいいのだと。エリゼも、リィンすら声を大にして。何時間も掛けて。ユミルで安全に過ごしてもらう為に。それでも皇女殿下の決意は変わらず、七耀暦1206年12月2日にノルド高原へ赴く事になった。

 

「君側の奸め。殿下の意思を曲解したのだろう」

 

七耀暦1204年12月3日。

石造りの牢屋は凍えるほど肌寒い。

鉄格子の向こう側で仁王立ちする帝国軍人、ゼクス将軍は唾棄するように吐き捨てた。

君側の奸か。主君を惑わす悪。事実だな。そういう面は多分にある。アルフィン皇女殿下を内戦に介入させてしまった。本意ではない。危険が増すだけだ。わかっているとも。これでも皇族の方々に対する敬愛は持ち合わせているのだから。

皇女殿下が正規軍に味方すると決めた時、歪な気配を感じた。存在X、もしくは存在Yか。意図は不明である。嘲笑っていたのか。感心していたのか。きっと前者だ。侮蔑している雰囲気だった。

だが、とゼクス将軍を睨む。

自らの手で囚われの家族を救いたい。皇女殿下の願いは本物だ。どこまでも純粋だった。脆く儚い願望を叶えてやりたいと思った。

 

「曲解しているのは貴方です、ゼクス将軍」

 

元々は貴族派と革新派による政争。互いの軍事力を行使した結果、内戦という業火は帝国中に燃え広がった。利権を争う醜悪な戦い。国力を低下させるだけ。無意味な争いだ。皇族を巻き込むだけでも心苦しいのだと思う。

特にゼクス将軍はヴァンダール姓を持つ。アルノール家の守護者と呼ばれる一族の一人だ。心境は察する。理解できる。納得しないけど。

 

「堂々巡りだな。時間の無駄だ」

 

隻眼の覇気。鋭利さを増した。

苦虫を噛み潰したような表情を浮かべる。

 

「お互いの認識に齟齬があるようですね」

「黙れ。事実は一つだ。貴様は殿下を戦場にお連れした。危険に晒した。故に処刑されねばならない。わかっておるのか?」

 

超法規的措置による極刑か。

皇族を誑かした愚か者。末路としては悪くない。時期も許容範囲内だ。死んで目覚める。同じ流れを繰り返そう。アルゼイド流の門を叩き、アイゼンガルド連峰でリィンを待ち、セリーヌと契約を交わそう。

――ふざけるな。

俺自身を罵倒する。

下らない。心底詰まらない。

今回の輪廻は何処か楽しかった。初めての体験だらけだったから。地獄を終わらせる契機に繋がると期待していたから。結局この様だ。次のループは退屈な物になる。未来を知っている。この世で最も下らない。口の端を吊り上げる。

 

「お言葉を返すようですが。皇女殿下を護る為に私は此処にいます。わかっているのですか?」

 

無知を嘲笑。わざと挑発した。

目を細めるゼクス将軍。腰に携えてある剣に手が伸びそうになった。行けるか。力を試す流れに持ち込めばこっちの物だ。実力は負けている。奇策を用いても勝てない。だが持ち堪えられる。利用するだけの価値があると認めさせる。

 

「――ほう。腕に自信があるようだな」

「試してみますか?」

「下らぬ挑発だ。必要なかろう」

「そう、ですか」

 

無理か。ダメだった。内心で肩を落とす。

諦めよう。今回の輪廻は此処までだ。

やり直す。繰り返す。憂鬱だ。面倒だ。それでも走り続けると決めている。自我を保て。目的を忘れるな。次だ。次こそ鍵を探し出す。鼓舞した心に灯る炎は、今にも消えそうな緩火だった。

 

「恐ろしくないのか?」

「何がです」

「処刑される事だ」

「特に恐怖は感じません」

 

処刑など慣れている。

劇薬で溶かされた。炎で炙られた。生き埋めにされた。首を絞められた。引き裂かれた。杭を打たれた。溺死させられた。脳みそを掻き回された。

これまで駆け抜けたループにて、何度も何度も多種多様な方法で殺されている。今更な話だ。興味も湧かない。何も考えず受け入れる。

ゼクス将軍が息を呑んだ。

憤怒から憐憫に切り替わった。

 

「狂っているな」

「否定しませんよ」

「何があった?」

「答えても無意味です」

「無意味かどうかは此方で判断する」

「――――」

 

黙秘権を行使する。

事実を伝えても変わらない。意味などない。信頼に足る仲間に教えても気が狂ったのだと蔑まれるだけだった。憐まれた。嫌悪された。良い医者を紹介すると突き放された。もう諦めた。

味方はいない。理解者もいない。俺は独りだ。

数秒間、静寂に包まれた。

ポツリ。ポツリ。水の滴る音だけ響いた。

 

「まぁ良い。貴様の末路は変わらぬ」

 

ゼクス将軍は嘆息した。

踵を返す。見慣れた軍服が視界を踊った。

地下牢から出る間際、後ろ姿に声を掛ける。

 

「殺す時は一思いにお願いします」

 

予想外の言葉だったらしい。

ゼクス将軍が足を止めた。ドアノブから手を離した。ゆっくりと振り返る。呆れた様子だった。顔を顰める。重々しく口を開いた。

 

「安心しろ。銃殺刑だ。即死だろうな」

「感謝します」

 

素直に頭を下げる。有り難い。銃殺が最も好ましかった。痛くない。苦しくない。無駄に長い走馬灯も体験せずに済む。

鼻で笑われた。面白そうに微笑んだ。

 

「処刑される人間から感謝されるのは初めてだ」

「貴重な体験ですね」

「笑わせるな、痴れ者が」

 

地下牢に笑い声が響く。

滅多に笑わない寡黙な男。武術と兵法の申し子。皇族に絶対の忠誠を誓う武人。剛毅さの象徴であるゼクス将軍の哄笑は楽しくも悲しげだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ゼクス・ヴァンダールは紛れもない名将だ。

第三機甲師団の誰もが信頼する師団長である。

内戦が始まって以来、1ヶ月以上に及ぶ挟撃を耐え忍んだ。とある理由から導力通信が扱えない危機的状況に於いても防衛戦を完遂した。

監視塔に設置されていた通信妨害装置を停止させたリィン・シュバルツァーたちの活躍もあり、帝国本土から侵攻するノルティア領邦軍を撃退。最大の窮地を打破する。軍人の士気は高く。対機甲兵用戦術も確立。帝都へ向けて進軍を開始しようとした矢先、見たことのない金色の機甲兵と大規模な領邦軍が現れた。

即座に指示を下す。防衛戦で使い倒した戦車を無理に稼働させる。エンジンの焦げ付いた臭い。砲身は限界。歪な音も響いている。性能は格段に落ちているだろう。どこまで戦えるか。

ゼクスはアハツェンの上に仁王立ち。黄金の機甲兵と真正面から対峙する。勝てるか。難しい。地の利を活かす。それでも防衛に徹するのが精一杯だと判断。何故なら相手は『黄金の羅刹』なのだから。

 

「我が師よ、久しいな」

 

懐かしい声音が戦場に轟いた。

オーレリア・ルグィン。ルグィン伯爵家当主にして、帝国剣術二大流派を若くして極めた鬼才。向上心の塊で、槍の聖女リアンヌ・サンドロットを超えると常日頃から宣言する猛者である。

以前はゼクスの弟子。そして現在、貴族連合軍に於いて常勝無敗の軍神と化していた。難敵だ。手の内を知り尽くされている。

何故やって来たか。意図は察した。

敵味方全員に聞こえるような大音量で、オーレリアは快活に笑う。女傑に相応しい猛々しさだと思った。

 

「ご壮健なようで何よりだ」

「帝国西部で暴れていると聞いていた」

「西部はウォレスに任せてある」

「『黒旋風』か。貴女の片腕だったな」

「頼りになる男とだけ称しておこう」

 

打てば響く言葉の応酬。

敵対していると思えない気安い口調。

多数の機甲兵部隊と戦車部隊が真正面から睨み合う一触即発の事態にも拘らず、互いの司令官は久闊を叙する師弟のように粛々と言葉を交わし合った。

それも此処まで。

ゼクスは丹田に力を込める。口火を切った。

 

「――。して、再会の挨拶に来られたのかな?」

「無論、違う。我が師ならば察しておられよう」

「カイエン公が痺れを切らしたか」

「音に聞こえし第三師団を壊滅させる。抵抗を続ける正規軍の心を折るだろう。だが、それだけではない」

「ほう」

「とある筋から信じられない情報が飛び込んだのだ。我が師よ、アルフィン皇女殿下を匿われているそうだな」

 

戦場に緊張感が走った。

やはりか。舌打ちしたくなる。

オーレリアの声質には絶対の自信があった。ゼンダー門にアルフィン皇女がいると確信している。

何処から漏れたのか。該当する人物は一人しかいない。フェア・ヴィルングなる男。皇女殿下を誑かした不埒者。明日処刑される予定の大罪人だ。

当然ながらアルフィンは激怒した。フェア・ヴィルングを解放しろと。彼は私の為に道を示してくれたのだと。以前の可憐さは消えていた。ゼクスへと詰め寄ると声高に非難した。

それでもゼクスは処刑を強行する。

アレは異常だ。此処で芽を摘むと決めた。アルフィン皇女の反感を買おうとも。何よりも剣士としての勘を信じた。

 

「保護させて貰っている」

 

誤魔化せない。否定できない。

ゼクスは神妙な表情で頷き、簡潔に答えた。

 

「無理に担ぎ上げようとでも?」

「戯言を。私を侮辱するのか!」

 

思わず唸るような声が漏れた。

皇族を利用する。有り得ない。ヴァンダール家はアルノール家を護る為に存在する。危険に晒すなど言語道断。唾棄して然るべき愚行だ。

指向性を持った敵意に、オーレリアは苦笑する。

 

「そう判断されても仕方なかろう。帝国各地の正規軍は劣勢。頑強に抵抗を続ける師団は第三、第四、第七ぐらいだ。皇族の方々を担ぎ上げようと画策してもおかしくない」

「カイエン公に皇女殿下を引き渡せと言うのか」

「カレル離宮にて保護させて頂く」

「堕ちたな。その絶佳の剣、斯様な事に振るうとは」

「何とでも。我々は皇女殿下を護る為に派遣された一軍。我が師、疾く失せよ。これが最後通告となる」

 

黄金の機甲兵が突き付ける大剣。

動きに澱みなく。意志に綻びも見当たらない。

ゼクスは悩んだ。勝てないと気付いたからだ。地の利を活かしても必敗となる。黄金の機甲兵はシュピーゲル。オーレリア専用に調整されている。満身創痍の戦車部隊では太刀打ちできない。第三機甲師団は壊滅するだろう。帝都奪還は儚く散り行く。

歯を食いしばる。

皇女殿下を渡すなどできない。

カイエン公爵に利用されるだけだ。

護らなくては。何としても。帝国軍人の誇りに掛けて。

 

「全軍、双頭竜の陣!」

「是非もなし。良い機会だ。ヴァンダールより学びし剣は、師たる貴方を倒すことで証明させてもらおう」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

両軍がぶつかる事、1時間。

ゼクス・ヴァンダール率いる第三機甲師団は劣勢に陥っていた。無理もない。碌に整備もされていない戦車と装甲車で戦っているのだから。小一時間戦線を維持できただけでも勲章物だとオーレリアは感嘆した。

砲弾を躱す。大剣を振るう。戦車を薙ぎ払い、装甲車を両断した。包囲殲滅を仕掛ける部隊を牽制する。戦車の数は目に見えて減った。士気も落ちた。勝負を仕掛けるなら此処か。オーレリアは単身で突喊する。

気合を入れ直す。操縦桿を強く握り締める。

戦場を駆け抜ける黄金の閃光。立ち塞がる戦車を斬り捨て、装甲車を一蹴する。三方から一斉に放たれた砲弾。視認した。問題ない。大剣を真横一閃。全て斬り落とす。狙い通りに。

 

「化物かッ!」

「これが、黄金の羅刹」

「どうした、貴様ら。それでも音に聞こえし第三師団か。このままではゼクス将軍を討ち取られてしまうぞ?」

 

高らかに哄笑する。戦車部隊が慄いた。

血が滾る。楽しい。楽しいぞ。久し振りに歯応えのある戦場だ。もっとだ。もっと楽しませろ。槍の聖女を超えるのだ。最強へ至る為に。圧倒的な武勲を積み重ねる。

ひたすらに前へ突き進んだ。

ゼクス・ヴァンダールが見えた。眼前にいる。眉間に皺を寄せていた。見慣れた顔だ。これが最後だと目に焼き付ける。

大剣が届く距離。目測で五アージュ。操縦桿を動かす。黄金の機甲兵が操縦者の意志に従った。機械の豪腕が唸り声を挙げる。得物が振り下ろされる。

 

 

「――――」

 

 

獲った。師を討ち取った。

タイミングは完璧だった。手加減もしていない。確実に斬殺した筈だ。本当なら。何者かが干渉していないのなら。ゼクス・ヴァンダールを失った第三機甲師団は壊滅した筈だ。

落ち着け。呼吸を整える。

オーレリアは静かに問い掛けた。

 

「貴様、何者だ?」

 

オーレリアの一撃を受け止めた機甲兵。形状からドラッケンだと判断する。量産された汎用機甲兵。特殊な機能など装備されていない。特徴は扱い易いだけ。見るからに専用のチューニングもされていない。

恐らく第三機甲師団が鹵獲した機体だろう。

此処までは理解した。簡単だった。

だが、どうやって。黄金の羅刹が放った剣撃を受け止めたのか。

機体の性能差は計り知れない。操縦者の技量も天地を隔てている筈だ。

なのに防がれた。いとも容易く。オーレリア・ルグィンをして目を剥く光景だった。

 

 

 








盟主「私は味方です」





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