現代に蘇った騎士人形がぶつかり合う。
黄金の輝きに彩られた専用機。片や裂傷痕すら残る薄緑色の汎用機。機体性能は歴然。黄金の機甲兵が勝っている。だが、押し切れない。
オーレリアは舌打ちする。
己の不甲斐なさに。慢心していた心に。
苛立ちから操縦桿を強く握る。ミシミシと凹ませる音がコックピット内に響いた。これ以上は駄目だとわかっている。
一呼吸する。目を閉じた。
冷静になれ。理性が忠告する。
激昂しろ。本能が背中を押した。
一拍。勝負はついた。
理性を優先。一軍の将である事を思い出す。
「ふぅ」
視界が広がった。辺りを見渡す余裕が生まれる。二機を中心として半径250アージュ圏内は空白地帯になったようだ。戦闘に巻き込まれたらしい機甲兵と戦車の残骸が、法則性など無視して彼方此方に散乱している。
いつの間にか両軍とも固唾を呑んで二機の戦いを見守っていた。気持ちはわかる。特に貴族連合軍の将兵は信じられないと目を見張っていることだろう。
突如現れたドラッケン。黄金の羅刹と互角に斬り結ぶ異端者。有り得ない光景だが、既に10分以上も単機で黄金の機甲兵を食い止めている。
戦場の空気は一変した。貴族連合軍の優勢は変わらずとも、勝利を確信する雰囲気は見事に一蹴されてしまった。
全ては謎の兵士によって。
「黄金の羅刹が命ずる。名乗れ」
一旦、距離を置く。仕切り直しだ。
久し振りの緊張感。溢れ出た額の汗を片手で拭う。
改めてドラッケンを観察する。
様々な場所が痛んでいた。見るからに整備不十分だ。鹵獲された際に出来たと予想する裂傷痕も直っていない。継ぎ接ぎだらけである。
心底から感嘆する。未だ知らぬ猛者の技量に敬意を示した。故に許す。黄金の羅刹に名乗る事を。
「――――」
無視である。
片手を用いて挑発してくる有様だ。
クイクイと。攻めてこいと手招きする。
空気が凍り付く。数秒、戦場は沈黙に包まれた。
此処まで露骨に挑発されたのは久し振りである。さりとて憤りなど湧いてこない。怖いもの知らずめ。思わず破顔した。
「戯け。何故名乗らぬ。何が不満だ?」
「貴女に目を付けられない為だ」
聞き覚えのない男の声。
適当で。抑揚なく。平坦な声音だった。
該当する人物を探してみる。強者を限定して検索を開始。駄目だ。見つからない。黄金の羅刹と互角に斬り結べる帝国人など片手の指で数える程度しか存在しない。機甲兵の操作にも精通しているとなれば更に対象は限られる。
謎の男。凄腕の剣士。童女のように心躍った。
「ほう、面白い男だ。このオーレリア・ルグィンに名前を覚えてもらう良い機会だぞ。捨てるには勿体なかろう」
「戦闘狂に付き合う義理など持っていない」
想像していなかった返事に大笑する。
「気付いておらぬのか?」
「何がだ」
「貴様も同じ穴の狢であろうに」
「――――」
「自覚済みか。当然だな。私と貴様は同じだ」
オーレリアは最強を目指している。
故に帝国剣術の二大流派を極めた。
槍の聖女を超えるのは一種の通過点だ。
ひたすら高く。どこまでも遠く。終わりのない高峰を登り続ける。身体が動かなくなるまで。死する時まで。自らの限界に諍うと決めている。
そんなオーレリア・ルグィンを戦闘狂と称するなら、彼女と互角に斬り結んだ男も同じく戦闘狂と呼べるだろう。
アルゼイド流とヴァンダール流を修めたという共通点も存在する。似た物同士だ。理由は異なるとしても最強を求め続ける求道者と云えよう。
「一緒にするな」
「アルゼイドとヴァンダール。二大流派を修めているだろうに。食えない男め。ヴァンダール流の師は誰だ?」
戦場がどよめいた。
それ程までに信じられないのだ。
二大流派を修めたとされる人物は、長い帝国史に於いてもオーレリア・ルグィンのみ。同じ大剣を扱う流派でも『根本』が異なる。水と油に近い。
アルゼイド流を極めながら、ヴァンダール流を研鑽する。ほぼ不可能な所業。だからこそオーレリアは鬼才と呼ばれ、槍の聖女を超えると嘯いたとしても誰も非難しない。最強へ至れる可能性が高いのだから。誰も為し得なかった結果を残しているのだから。
「いない。今生では独学だな」
男は皮肉げに答える。
全てを理解した訳ではない。
戦場でなければ問い質していた。今生とはいかなる意味か。ヴァンダール流を独学で修得したとはいかなる了見か。知りたい。聞かせろ。求道者の仲間として朝まで語り合いたい。
「気に入ったぞ。貴様を私の物にする!」
「俺は貴女が嫌いだ」
「そう言うな。とことん付き合ってもらうぞ!」
直向きな想いは機甲兵を走らせた。
胸に湧く純粋な興味。同族と相対した高揚感。
黄金の機甲兵が輝いた。
比喩ではない。
オーレリアの想いと呼応するように。闘争の理念に埋没するように。大いなる呪詛を寿ぐように。
何者かが『戦え』と囁く。
何者かが『奪え』と紡ぐ。
剣撃が衝突する。鈍い音が轟いた。
鍔競り合いは一瞬だけ。受け流された。機体が交錯。右足を軸に振り返る。剣先で地面を削りながら振り上げる。
狙いは一緒だった。タイミングも同様である。
謎の男はオーレリアの剣筋を見極めている。機体を壊さないように受け流す。やはりか。謎の男はオーレリアよりも機甲兵の扱いに長けている。
このまま続けたとしても勝てない。
負けないだろう。だが勝ち切れないのも確かだ。
「あぁ、邪魔だ!」
それよりも腹立たしい。
何者かに干渉されている。
誰だ。邪魔だ。何処かに行け。
気合一喝。羅刹の本性を知るがいい。
オーレリアは胸を締め付ける『何か』を容易く振り払った。驚愕に揺れる昏い気配。この羅刹を思い通りに動かそうなどと調子に乗るな。
黄金の輝きが止んだ。
闘争に塗れた視界が開ける。
消耗戦を続けるか。それとも出直すか。
「貴様、第三機甲師団に属しているのか?」
「明日には処刑される身だ」
涼しげな声で答える男。
他人事である。明日までの命だというのに。
剛毅なのか。それとも命に頓着しない質なのか。
どちらにしてもオーレリア好みだ。是が非でも手に入れたい。将来の婿候補でもある。機甲兵の片腕を差し出す。本気で勧誘する。
「私と来い。我が片腕として貴様を厚遇しよう」
「断る」
「何故だ」
「貴族派と馴れ合うつもりはない」
謎の男はオーレリアの勧誘を撥ね除けた。
明日死ぬとしても、正規軍から嫌われているとしても揺るぎない鉄血の意志。初志貫徹する気概は大変好ましい。
ならば答えは決まった。
覚悟を決めた男に同情も憐憫も必要ない。
薄緑色の機体から溢れ出る『黒色の靄』を見据えて、オーレリア・ルグィンは大剣の切っ先を突き付けた。
「私と再び剣を交わすまで生き残るが良い、黒の騎士よ」
「黒の騎士?」
頓狂な声を出す謎の男。
オーレリアは快活に笑った。
「そなたの渾名だ。幾ら名前を尋ねても教えてくれぬのだ。私自ら名付けようと思ってな。喜ぶが良い」
「やめてくれ」
「ではな、黒の騎士よ」
「おい!」
皇女殿下を奪取する。
貴族連合軍主宰であるカイエン公爵の目論見だ。
アルバレア公爵との主導権争いに終止符を打つために。正規軍が皇族を担ぎ上げる可能性を完全に消すために。万が一にも失敗しないように常勝不敗の軍神を派兵した。
戦略的に間違っている。此処で退いてしまったら貴族連合軍は敗北するだろう。刻一刻と腕を上げる目の前の男に蹂躙されてしまう。
だが、オーレリアは『未来』を見た。
内戦の先を。漆黒の先を。黄昏の先を。
闘争という概念を内包する混沌の未来を。
「殿は私が行う。ルーレ市郊外まで退却せよ」
さりとて簡単に勝たせない。
帝都まで進みたいのなら羅刹を倒すのだな。
当然のように追撃する第三機甲師団を単機で押し留めたオーレリア・ルグィンは、機甲兵部隊から一人も落伍者を出さずにルーレ市郊外まで撤退した。
オーレリアと一騎討ちした翌日。
唐突に石造りの地下牢から解放された。
名前も知らない帝国兵に引き摺られ、ゼクス将軍の部屋に赴く。道中は針の筵だった。色々な感情が突き刺さる。嫌悪、恐怖、畏怖、困惑。ネガティブな物ばかり。気付かない振りをした。反論するのも馬鹿らしい。
目的地にはアルフィン皇女殿下もいた。ゼクス将軍の側に佇んでいる。目が合う。皇女殿下が嬉しそうに微笑んだ。胸の前で小さく手を振る仕草に首肯で応える。
「ご苦労だった、ライエル少佐」
「はっ。失礼致します、中将閣下」
一礼後、退室するライエル少佐。
扉が完全に閉まる。密室になった。
「お疲れ様です、フェア」
皇女殿下に近付かれた。
満足にシャワーも浴びていない。汗を掻いていないにしても無臭とはいかない。匂うだろうに。即座に離れようとする。外套を掴まれた。驚くべき早業だった。
「皇女殿下もご機嫌麗しく何よりです」
「フェアのお蔭です。昨日はお手柄でしたね」
オーレリアを単機で止めた事か。
誰も彼もが驚く。有り得ないと慄く。
俺は首を捻る。現時点なら難しい話ではない。
機甲兵は新概念の兵器である。如何に黄金の羅刹でも掌握するには時間が掛かる。特に操縦技術は一朝一夕で身に付く物ではない。
時間が経てば経つ程、オーレリアは強くなる。
あの女の天才性を考慮すれば来年には勝てなくなるだろう。
モタモタしていられない。一刻も早く二大流派の真髄を極めなければ。皇女殿下との契約を果たす為に。
「羅刹殿を討ち取れなかった己の力量を恥じるばかりです」
「常勝不敗の軍神を敗北させたのでしょう?」
「無駄な消耗戦へと陥る前に仕切り直しただけかと」
「また来るのですか?」
「その可能性は高いと思われます」
羅刹の名に相応しい苛烈さ。
護ることよりも攻めることを好む。
皇女殿下の御賢察通りだ。再び押し寄せる可能性は非常に高い。厄介な相手である。攻撃は最大の防御を地で行く武人。勘弁してくれ。
第四機甲師団と共に帝都へ進撃する為にも、短期間でオーレリアを撃破しなくてはならない。難易度が上がってしまった。
「大丈夫ですか?」
小首を傾げる皇女殿下。
青い双眸が不安に揺れる。
俺は鷹揚に頷いた。胸を叩く、
「ご安心を。次こそ羅刹殿を討ち取ります」
「『黒の騎士』の名に懸けて?」
「――お戯れはおよし下さい、皇女殿下」
「カッコいいですよ?」
皇女殿下の流し目は艶やかだった。
悪戯っ子のような笑みも歳相応だった。
俺は嘆息した。頬を指で掻く。皇女殿下相手だと不満を口にする訳にいかない。内心でオーレリアを罵倒した。
名乗らなかった俺が悪いのかもしれない。
偽名でも使えば良かったのかもしれない。
黒の騎士という渾名も付けられなかっただろう。
それでも名前を偽るなど出来なかった。最後まで残るであろう『俺』という証。フェア・ヴィルングという名前を虚ろな物にしてしまう事だけは。
「殿下、彼も困っておりましょう」
ゼクス将軍が苦笑いを浮かべる。
助け舟に感謝する。
皇女殿下は反論せずに一歩下がった。
「四日振りだな、フェア・ヴィルング」
昨日の件は含めていないのか。
皇女殿下に知られたくない。そんな所だな。
敢えて蒸し返す必要もない。
それよりも、尋ねたいことがあった。
「昨日の戦闘で傷を負われたと聞きました」
「擦り傷だ。気にするな」
「将軍閣下は第三機甲師団の支柱。ご自愛すべきかと」
オーレリアの強襲にて、第三機甲師団の装備は一層乏しくなった。笑えないほど。現に今も整備班が死に物狂いで共食い整備を敢行している。
性能通りに動かせる戦車は二桁を切った。装甲車も似たような状況だ。鹵獲した数機の機甲兵も操縦者が居なくては宝の持ち腐れ。何処かで機甲兵機と武器弾薬を補充しなくてはならない。
「オーレリア将軍と戦うことになったのだ。無理もする。いや、無理できる現状を幸運に思うべきだろうな」
「私は皇女殿下の意志に応えたまでです」
「お主を地下牢から解き放ち、鹵獲していた機甲兵を与えたのが皇女殿下の御意志だと聞き及んでいる」
「ゼクス将軍、その件に関してフェアを責めるのは筋違いですよ」
ゼクス将軍を睨む皇女殿下。
醸し出される覇気は武人にも劣らない。
「勿論です。フェア・ヴィルングを責めるつもりはありませぬ。我々が彼に助けられたのは事実ですからな。しかしお咎め無しとは行きますまい」
「処刑は撤回された筈です!」
皇女殿下が机を叩く。
見開かれた瞳は闘争を秘めていた。
ゼクス将軍は立ち上がる。主君である皇女殿下を押し退けた。尚も詰め寄ろうとした彼女を片手で留める。眉間に皺を寄せて、俺の眼前に仁王立ちした。
「黄金の羅刹を食い止めた功績を以って、機甲兵を無断で操った事を不問とする。構わぬな?」
腹の底に響く低い声で沙汰を言い渡した。
「寛大なる処置に感謝します」
恭しく頭を下げる。
此処はゼクス将軍を立てる一手だ。
皇女殿下との約束を果たすためにも。
「改めて問おう。お主は共和国の間者ではないのだな?」
「ええ」
「貴族連合軍のスパイでもないな?」
「はい」
「帝国と皇族に忠誠を誓うか?」
「無論。アルフィン皇女殿下の名に懸けて」
ゼクス将軍の抱いた危惧は理解していた。
唐突に始まった内戦という有事。帝国各地の正規軍は劣勢で、主敵である貴族連合軍は共和国と手を結んでいる。其処に行方不明だった皇女殿下を連れてきた見るからに怪しい風貌の男。調べてみれば内戦直前に第六機甲師団も辞めている。
民間人と云えども処刑を断行する余地は十二分に存在した。戦後に非難されたとしても後顧の憂いを断つべく、ゼクス将軍は相当の覚悟で処刑という判断を下したのだ。例え皇女殿下の意志に背くとしても。フェア・ヴィルングの命を断つことが皇族の未来に繋がると考えたから。
今でも怪しく思っている筈だ。
それでも皇女殿下の強い意志に加えて、羅刹と互角に戦える存在として明日も生きることを安堵された。
「ならば過去を問わぬ。お主を第三機甲師団に迎え入れよう。鹵獲した機甲兵も預ける。その卓越した技量、期待しているぞ」
肩を優しく叩かれた。
右手から伝わる期待の色。
嫌悪の視線で見られないだけ救われるな。
「承知致しました。必ずやご期待に添いましょう」
うんうんと皇女殿下が嬉しそうに頷いていた。
灰色の騎士←灰の騎神ヴァリマール(カッコいい)
蒼の騎士←蒼の騎神オルディーネ(カッコいい)
黒の騎士←黒い闘争と黒い混沌(白い目)