異世界でも女装して『ですわよ!』って言えば何とかなる。【完結】   作:イーベル

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聖戦終幕

「悪いなアイザック。水を差したくはなかったが、こっちにも事情があるんだ。君に生き残ってもらう訳にはいかなかった」

 

 炎の剣が引き抜かれる。ぽっかりと腹に穴を開けられてしまったアイザックさんは力なく、重力に従って地面へと落ちてゆく。誰もがその展開に目を奪われていた。ただ一人の例外を除いて。

 

「お前、ザックに何しやがる!」

 

 主人の窮地に駆け付けるべく、エマさんは動き出していた。地面に衝突する寸前で自分の体をクッションに主人の墜落を阻止した。

 文字通り敵を見るような目で、エリオットさんを睨む。その目線に応えるために彼は口を動かす。

 

「何って、見てわかるだろう。彼はこの場にいる唯一の水属性の使い手だ。我々にとっての障害。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

「何を訳の分からないことをぬかしやがる!」

 

 エマさんが空中に飛び上がった。空中浮遊の魔法『飛翔せよ(フライ)』を用いて、縦横無尽に駆け上がる。的を一定に絞らせず、虎視眈々と攻撃のチャンスを狙う。血が上っているようで、彼女は冷静だった。

 彼の剣から放たれる炎の弾丸をかわし、その距離をほぼゼロ距離にする。振りかぶった拳。そこには彼女の切札がまだ発動中だ。まともに触れればひとたまりもない一撃それを彼は炎を纏った剣で受け止める。

 

「君の魔法はオレと相性が悪い。送り込まれる風は全てオレの力になる」

 

 言葉通り彼の剣は彼女の攻撃を受けて巨大化し、ついにはその拳を完全に吸収してしまう。ここは完全にエリオットさんの独壇場だった。

 剣は振るわれ、エマさんはなすすべもなくそれを受けるしかなかった。彼女の体が僕の真横を通って、後ろの壁に叩きつけられる。

 

「これで水属性は潰した。風魔法を使える者ももういない!」

 

 エリオットさんはミツレさんに視線を向けた。その理由は残った唯一の魔法使いだからなのか、最後の敵だからなのか。

 いや、そのどれでもない。彼の振る舞いは目的を達成した時のようだった。それはたぶん当たっている。彼の目的はここで勝ち抜く事ことなんかじゃない。

 ミツレさんはそんな彼を忌々しいものを見るように睨んだ。

 

「これで君の目的は排除された。()()()()()()()()()! 終わりだ、ミツレ・スカーレット!」

「……そうだね。見事だよ、エリオット。私の計画はご破算だ。正攻法ではもう諦めるしかないね。この方法はあまり使いたくなかったんだけど、致し方あるまい」

 

 彼女が杖を振るう。宣言されたのは『蜘蛛の巣(スパイダー・ウェブ)』という魔法。先端からこの空間に意図がばら撒かれていく。誰一人例外なくその糸に絡めとられていく。

 それはさっきまでこの戦況を荒しに荒らした彼、エリオットさんも例外ではない。

 

「これがどうかした。子供だましの初級魔術で俺を捕縛できたとでも? すぐに焼き切って──」

「いいや、触れるだけでいい。後は……」

「ああ、ワシが何とかするからの」

 

 思わぬ人が返事をする。この戦いに最初からいて、唯一の不可侵領域。学園長さんが糸に触れ、杖に力を込めて言霊を放つ。

 

糸よ(サーヴァント)、『絡み付け(インテュアイン)』『掌握せよ(シージィング)』『意思を奪え(マニュピュレイト)』──複合魔法『全て魔女の掌の上(アラクネ・ウェブ)』!」

 

 ばら撒かれただけだった糸はピアノ線の様にピンと張って、操り人形の如くこの場にいる人間を操った。倒れていたアイザックさんも、壁にめり込んでいたエマさんも、そしてエリオットさんが強引に動かされる。

 何故、学園長さんがこの段階で介入してくるのか。理由は分からない。けれどもう戦いが終わった事は理解できた。こうなった以上、これは正規の戦いではない。

 

「学園長、貴方までもが……!? 何故です! 国の英雄である貴方がこの悪事に手を貸すのですか!?」

「ああ、勿論だとも。この時の為にワシは生き残った。実に長い、長い待ち時間だったよ」

 

 悪事、それを堂々と認めた。対照的にそれを認め切れていないエリオットさんは動揺を隠しきれていない。どこか常に余裕がありそうだった彼はもういない。

 そんなエリオットさんの精神に畳みかけるように、学園長は彼の目の前に立ち、話を続けた。

 

「エリオット君、君は一人でよくやった。君は我々の計画の脅威だった。属性を排除し、儀式を成り立たなくするというのは王様あたりの入れ知恵かな? でも、そのような策、専門家の私が対策を打っていない訳無いじゃないか」

 

 にやりと邪悪な笑みを浮かべる。これまでの優しそうな表情はもうなかった。

 学園長さんが杖を振るう。糸を張られた人間が動かされる。胴に穴が開いたアイザックさん、やけどを負っていた風属性代表の人。そして唯一、意識を保っているエリオットさんも。

 

「クソッ……体が、勝手に!」

「あれだけ大規模な戦闘が繰り広げられる中、君だけが特級魔法を使おうとしなかった。それもまた対策なんじゃろう。だが、ワシにかかればそんなものは無意味じゃよ」

 

 学園長さんの言葉のすぐ後だった。覇気のない声が聞こえた。

 

我が眷属よ(サーヴァント)、『被え(ベール)』、『増大せよ(ヒュージ)』、『すべてを切り裂く剣となれ(シャープネス)』……複合魔法──『斯の一閃は勝利の為に(エクス・カリバー)』」

 

 僕の主人に襲い掛かった剣が展開される。彼の信念、努力の結晶がいとも簡単にその肉体を通して発動された。限界を超え、もう二度と発動されることはないはずの物。それが、操られることで発動されてしまった。

 

我が眷属よ(サーヴァント)、『風の刃よ(スプリット)』、『回転せよ(スピン)』、『加速せよ(アクセル)』複合魔法『嵐は無常なりて(プロミネント・テンペスト)

 

 痛々しく焼かれた体。一瞬誰だかわからなかったけれど、わずかに残っていたとんがり帽子がその正体を知らせてくれた。風属性代表、この場で最も実力の劣る魔法使いが行使できないはずの物を使わされる。

 暴風が吹き荒れ、環境を無茶苦茶にするだろう嵐が、この場に再現された。

 

「……我が眷属よ(サーヴァント)、『燃えろ(バーン)』やめろ……『融けろ(メルト)』『纏え(ベール)』止まれ! 複合魔法、やめろぉ! 『融解せよ無敗の剣(バルムンク)』」

 

 反抗する意思を見せながらも、それをあざ笑うように操って見せる。彼の切札にしてこの場の誰よりも強力な特級魔法。その威圧感に自分は身をすくませてしまう。

 現れたのはマグマで形作られた大剣。その膨大な熱が空気を歪める。

 

 そんな中でただ一人、動く人間がいた。

 

戦闘人形(バトルドール)

 

 血にまみれた両足、それを彼女は強引に動かす。強化された肉体で壁を蹴り、宙を舞う。ただ愚直に真っすぐに。主人のピンチを打破するために。

 ミラ・バトラー。彼女はまだこの場で健在だった。

 

 向かう先はこの事態を産みだしている元凶。学園長さんだ。しかし、彼女は他の魔法使いの様に飛行できているわけではない。ただ単純にジャンプしているだけだ。規模こそ大きいが、空中で動けるわけではない。魔法使いにとって的同然だ。彼女の持つ短剣が届く前に撃ち落されてしまう。

 

 でも、彼女が取り出したのはナイフではなかった。黒く、直線的な四角形で構成された物体。この世界では見ることが無いと思っていた。だからそれが何なのか、自分には判別ができなかった。手元が光る。乾いた音と煙がその正体を知らせた。

 拳銃。この世界では馴染みの無い武器が牙を剥く。学園長さんは不意を突かれて、傷を負う。肩を抑え、弾丸によって発生した痛みに表情を歪めた。

 

古代遺産(オーパーツ)とは小癪な真似をっ……」

 

 杖がミラさんに向けられた。目にも留められていなかった彼女が、今、標的として認知される。

 

「ミラ、下がれ!」

「遅い──『雷よ、射抜け(ライトニング)』」

 

 エリオットさんが叫ぶ。己の従者の身を案じたそれは、役に立つことはなかった。雷が彼女の心臓を貫く。力なく自由落下に従って、墜落していく。

 彼女の主人が顔を歪め、彼女の名前を叫び、俯いてしまう。

 

「余計な事を……ミツレ!」

「はい。おじい様」

 

 いつの間にか近くに来ていたミツレさんが僕の肩に手を置く。『静止せよ(フリーズ)』の魔法を使って僕の身動きを封じた。大規模な魔法が展開される中、無防備に磔にされる。

 

「悪いね、シオン君」

 

 申し訳なさそうな、今にも消えてしまいそうな表情だった。彼女の行動、言葉が理解できなくて、問う。

 

「ミツレさん……!? 何を」

「言っただろう。私は君を目的なく助けた訳じゃない。目的があったからこそ、()()()()()()()()()()。許してくれなくてもいい。恨んでくれてもいい」

 

 僕が言葉を返す暇もなかった。すぐさま彼女は魔法を使ったからだ。「再起動(リブート)」で限界を超えた魔法を行使する。口元に朱が滲んで、彼女の無理が素人でも分かってしまう。

 

降り注げ、必殺の槍(ゲイボルグ)

 

 振り上げた手の先に展開される宝石の槍。彼女の切札にして、この場の誰よりも美しい魔法。それに見蕩れる間もなく、一斉に攻撃される。

 四属性の魔法。その全てが山すら吹き飛ばす大規模な一撃。いくら痛みを感じない、ダメージを喰らわない体でも強張ってしまう。

 許容量を超え、黒く染まるメイド服。その変化を一度見たことがあった。そのときの様に黒の浸食は自分にはどうにもできず、肌に浸食する。

 自分の中に何かが入ってくるような感覚。自分が塗りつぶされそうになる不快感がただただ気持ちが悪い。それを吐き出すために悲鳴を上げた。改善は見られない。

 

 攻撃が収まる。純白に近かったメイド服はその全てを黒く塗りつぶされていた。肌も浅黒く染まっている。視界が、ぼんやりとしていて本調子でないことが理解できた。キャパシティの限界を迎えている。膝を崩し、地面に倒れ込む。呼吸がやけに重く、息苦しい。

 

「儀式は成った。予定外の事もあったが……」

 

 足音が二つ近づいてくる。台詞がエコーをかけたみたいに聞こえた。体に手が触れる。自分の中から何かを吸い出されるような感覚がした。それにつれて意識が、遠のいていく……。

 

「これで必要な魔力は用意できた。扉を開くには十分じゃろう」

「ええ、計画通りです。これでお父様とお母様に……」

「ああ、死者と生者の境界線を消すことができるはずじゃ。行くぞい、ミツレ。我々の望む世界はもう少しじゃ」

 

 ミツレさんが返事をする。先導する学園長さんの後ろをついて行く彼女は、途中で振り返って僕を見た。表情はピントが合わなくて、確認できない。

 彼女の目的は果たしたのだろう。悲願を達成したのだろう。それでも、喜んでいるようには見えなかった。

 彼女の助けになる。それが微々たるものだったとしても、裏切られたとしても構わない。それで彼女が心から笑ってくれるのなら、それでいい。僕はそう決心して彼女について来た。でも……今の彼女は──

 思考が纏まらない。その前に、意識が途絶える。目を覚ましたとき、彼女の姿は無かった。

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