異世界でも女装して『ですわよ!』って言えば何とかなる。【完結】   作:イーベル

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ブレークタイム

 戦いまで一週間前。その事実が判明してからというものの、僕は気が気ではなかった。いや、だってほら、フィクションであれば決戦の前って修行パートとか挟むじゃないか。でも、僕にはそんなイベントは発生していなかったからだ。それが不安を煽っていた。

 まああれはそうしないと主人公が勝った時の説得力が増せないとか、メタ的な概念はあるけれど、自分自身が初めて臨む本格的な戦いには準備万端で挑みたかった。それこそ、殺し合いになるのかもしれないのだから。『努力は実るとも限らない、だが成功した人間は努力している』そういった台詞もあることだし。殺されないためには殺されないための努力をすべきなのだ。僕は初心者(ビギナー)だから尚更だ。

 

 まあ、そんな前置きはともかく、僕は自分自身に対して戦いに勝つだけの理由付けが欲しいのだ。そうしないと戦いに臨んだ時不安になってしまう。そういった節が、かつて自分にも見られた。今回だって例外ではない。僕のメンタルはミツレさんほど図太くないのだ。

 だから僕は彼女に頼んで、一週間という短い期間ながら、修行に励むことになっていた。

 

「よし、休憩にしようか」

 

 丘の上、どこまでも続くように思える草原の中でミツレさんはそう言った。今日はほどほどに温かい気候で、肌を撫でる風は生ぬるい。もしも僕がこのメイド服を着ていないのであればうっすらと服が湿っていただろうなと思う。

 

「休むって、まだ歩いただけじゃないですか。修行も何もしてないじゃないですか」

「いや、だって歩くことが修行だからね。今も魔法を使いっぱなしだろう?」

 

 確かに今僕は彼女の指示を受けて身体能力を高める魔法を重ね掛けしたままだ。しかし、これだけで修行しているという実感は湧いてこなかった。

 

「こんな低レベルな修行があってたまりますか」

 

 冗談交じりにそう言った。何気ない一言だったけれど、彼女にとっては不満だったらしくムッと眉間にシワを寄せた。

 

「じゃあ聞くけれど、君はどんな修行をするつもりだったんだい?」

「それは、ほら必殺技の訓練とか。エマさんだってすごい技持ってたし、僕もそれらしいのを──」

「甘く見ないで」

 

 声色が一段と厳しいものへと変わる。冷たい目が僕の口をこれ以上動かないように引き留めた。その気迫に一瞬だけ気圧される。

 

「あれは長年の鍛錬のたまものだよ。君みたいな魔法を使い始めて数日の人間がマネできる物じゃないんだ」

 

 彼女の言葉は間違ってはいない。しかし、それだけでは納得ができない。僕は不安のままだ。それを少しでも払拭するだけの何かが欲しかったのだ。だから負けじと彼女を睨む。

 

「で、でも、聖戦にはたくさんの魔法使いが出てくるんでしょう。そうなると付け焼刃でもいいから、何かしらの対抗策を持っておかないと不安じゃないですか」

「そうやって君が不安になる気持ちも分からなくはないんだけれどね」

 

 ミツレさんが「はー」とため息をついて見せる。

 

「君はできることだけやればいい。ダメな所は私がカバーするさ。安心していい。私は伊達に長いこと魔法使いをしている訳じゃないからね」

「じゃあ、僕は何をすればいいんですか? こう言っちゃなんですけど本当に役に立ちませんよ。魔法も初級の物を数個だけ、頭だって、たいして良くないし……」

「いや、そこまで卑下しなくてもいいじゃないか。君にしかできないことある」

「本当ですか!?」

「ああ、勿論。出場するための人数稼ぎだ

 

 人数、稼ぎ……? 人数稼ぎって言ったのか今。人数を埋めてくれれば誰でも良かったってこと? 俺ホント頼りにされてないんだな。今更ながらショックだ。

 自然と(うつむ)いて、落ち込み具合が態度として漏れ出てしまう。

 

「冗談! 冗談だから! ゴメンよ。さっきのことでちょっと腹が立っていたからつい、ね」

「危うく本気にするところでしたよ」

 

 いや、冗談にしては条件が揃い過ぎている。その目的もあるのだろう。

 

「真面目な話をしようか。端的に言えば君の役割は私の盾だ」

「盾、ですか」

「ああ、君の防御力は他者と比べても頭一つ抜けているだろう? だから、私が危険な目に会いそうなときは守って欲しいんだ」

 

 確かに僕の防御力は高い。この間のエマさんとの戦いでも実証済みだ。でもあれは自分の力じゃない。メイド服さえ着れてしまえば僕の代わりになれる人間は幾らでもいる。その事実がより自分を面倒で、憂鬱な方向の思考へ導く。──それを遮る様に自分以外の熱が手を包み込んだ。熱源は彼女の手の平で、存在感のある緋色の髪がすぐ近くに迫っているのを理解する。僕の心臓が脈打つサイクルが早まっていく。

 

「返事は?」

「わ……分かりました」

「よし。じゃあ、お昼にしよう。今日は君が料理を作ってくれたんだろう?」

 

 ミツレさんが僕から離れる。背中を見せて軽やかにステップを踏んだ。合わせて揺れるスカートが綺麗で、印象に残った。手の平にはまだ彼女の熱が残っていて、何度か握ってそれを確かめてしまう。

 

「……楽しみって、そんなにハードルを上げないで下さい。たかだかサンドイッチですよ」

「それでも、楽しみな物は楽しみなんだから別にいいだろう?」

 

 背負っていたリュックから風呂敷を取り出して敷く。彼女は持っていたバスケットからサンドイッチを取り出した。並んで腰を下ろして、一足先に彼女がサンドイッチを口に運ぶのをじっと見る。

 

「どうですか?」

「美味しいよ、とっても。いい腕前してる」

「嬉しいですけれど、サンドイッチを料理の腕前にカウントしたくないですね」

「……それすらもできない私を遠回しに馬鹿にしてる?」

「え!? あ、その……そんなつもりは……」

 

 地雷を踏んでしまっただろうか。また不機嫌な彼女の相手をするのは嫌だった。どうした物かと頭を悩ましていると、クスクスと彼女の笑い声が聞こえた。

 

「そんなつもりが無いのは分かってるって。ホント良い顔するなぁ、シオン君は」

 

 彼女のからかい癖に振り回されて数日になるが、未だに慣れない。ちょっと呆れが出て来た気がするが、どうにも心臓に悪い。

 しかしまあ、今回は回避が難しかった。普段から料理を振る舞われているし、料理ができると思っていても仕方がないだろう。

 

「いや、ちょっと待って下さい。じゃあ普段食べているご飯は?」

「そう言う魔道具があるんだ。材料を入れて、ランダムに数品作ってくれる。最近は便利になったよ。それ以前は……あまり思い出したくないな」

 

 料理ではない料理を思い出したのか、苦虫を噛み潰したような顔をする。

 

「しかし、君といると自然と昔のことを思い出してしまうな。そういえばここにピクニックに来たのも、両親と一緒に来たとき以来だ」

「どんなご両親だったんですか?」

 

 思い返す彼女に食いつく。ミツレさんのそういったパーソナルな事を聞いた事があまり無かったから、がっついてしまった。

 そんな僕のアプローチを受けて、ミツレさんは「うーん」と思考をまとめ始める。

 

「まあ、厳しかったよ。でも自分の為になっている実感はあったし、苦では無かった。だから厳格な両親を尊敬していたよ」

「尊敬、ですか」

「ああ。父も母も他人に誇れる人間だった。こうやって家を支える側に回ってからは余計にそう思うようになった」

 

 ミツレさんの瞳が潤いを増す。その事を僕は気が付いていた。彼女は人差し指で目を拭い、僕がハンカチを差し出す。

 

「ごめん。改めて思い返すと、何だか感傷的になってしまうね」

「……なんか、羨ましいです。そういうの。僕の両親はあまりそう思えなかったですから」

 

 彼女の感覚は僕が感じた事のないものだった。僕の両親は……厳しくもないが優しくもない。放任主義というか「なるようになる」精神だったのもある。でも、主な原因は優秀な姉に手一杯だったからだ。姉のおまけの自分には手は回って来なかった。だから、両親に対してあまりいい感情を持っていない。

 

「きっと素晴らしい両親だったんでしょうね。ミツレさんがこれだけ立派になってますから」

「立派、か。どうだろうね。私は昔からそう進歩しちゃいないさ。可能ならば両親にずっと甘やかされていたかったよ」

 

 彼女は草原からどこか遠くへと思いを馳せる。それは遠くの景色なのか、それとも過去の記憶なのか僕には判断が付かない。

 

「……意外ですね。もっと前を向いていると思ってました。ミツレさんは強い人だから」

「そんな事はない。私は、弱い人間だ。弱い人間だからこそ、「願いを叶える」なんて物にすがっている。すがることに全力になっている。後ろ向きに全力なのさ。……失望したかな?」

 

 彼女の言葉。それは僕が今まで知る事のなかった彼女の核心に至るものだった。完全無欠に見えた彼女の泥臭さを垣間見た気がする。でも、失望することはない。彼女も自分と同じなのだと思ったからだ。

 

「いいえ、そんな事はないです。ちょっと安心しました」

「安心?」

「ミツレさんも卑屈になる事もあるんだなって。……ちゃんと人間なんだ

今すぐクビにしようか?

「あ、いや、そのごめんなさい! 貶す目的で言った訳じゃないんです!」

 

 やめて。微笑みながら言われると、とても怖い。

 

「分かってる。でも、シオン君は時々口を滑らすよね。アイザックの時もそうだっただろう?」

「いや、あれはミツレさんが言えって言ったんでしょう!」

 

 あれは今思い出しても冷や汗が出てくる程度に嫌な体験だった。そんな事を気にせずに彼女は話を仕切り直す。

 

「へぇ。じゃあ今回はどんなつもりで言ったんだい?」

「それは、何というか……ミツレさんってどうにも他を寄せ付けがたい雰囲気だったりするじゃないですか。自分とは違う人種に見えていたというか。ようやく共感できる部分を見つけたって感じの意味で……伝わってます?」

 

「うん、平気だよ。でも君の言葉は誤解を招きやすいよね。そのうち致命的な所で地雷を踏み抜きそうだ」

 

 全くもって反論できない。ここは僕がいた場所とは文化も違うし、分からないことも多い。ミツレさんが言った自分の悪癖もあることだし、不安になる。

 

「でも、今回は割と救われたかな。ありがとう、元気が出た」

「思ったことを言っただけですけどね」

 

 彼女の言葉に安堵して高まった緊張感が元通りになる。自分のサンドイッチを口にして一息ついた。ベーコンとトマトとレタスのBLTサンドが口の中で解けていく。風が吹いた。心なしか温かくなっている気がする。それを合図に彼女がこちらを見た。

 

「……聖戦が終わって、落ち着いたら、改めて君の故郷を探そう」

「え? いいんですか?」

「ああ、勿論。いつまでもこのままって言う訳にもいかないだろう」

 

 僕は流されるがままここにいる。でもいつまでもこのままではいられない。彼女にも迷惑をかけっぱなしだし、いつかは日本に帰りたい。

 だからこの関係にもいつしかピリオドを打つべきなのだ。

 

「ありがたいですけれど、ミツレさんは大丈夫ですか」

「大丈夫って?」

「あの広い屋敷に一人は寂しいでしょう?」

「それなら大丈夫だよ。これまでもそうしてきたんだから、問題ない。逆に君が辞めないと、帰る時にもメイド服のままだけど良いのかな?」

「それは……嫌ですね」

 

 流石にこの格好のまま帰るのは勘弁してもらいたかった。姉や両親にも友人にもこのような姿を見られたらそれから先の人生を送れる気がしない。

 

「だから、君が帰るその日まで、よろしく頼むよ」

 

 彼女の言葉に「はい」と頷いて、僕はまたサンドイッチを頬張る。彼女の考えを知って、過去を知って、まだ少し空いていた距離が縮まる。そんな昼食の時間。『聖戦』まではあと三日に迫っていた。


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