シルバー・ブレット   作:ダイコンハム・レンコーン

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結局小難しく考え、長期間空けた挙句、勢いで書いてしまった最新話、相変わらずアニメを見ながら書いてるので話が進んでいる実感が一切ありません。


銃口は何処に

 俺は最初、人の為に化け物を狩っていた。

 

 それこそ最初は、感謝を受けるのは最高の気分だった。

 

 だが、あの魔女狩りもどきを見た時、俺は知っちまった。

 

 他人の為に何かの命を奪う存在は多く居る、しかしだ。

 

 結局は、自分のエゴに基づく物なんだ、それはきっと、間違いなく。

 

 だから、命を奪う事を正当化なんてしようもないし、出来やしない、俺の手は血に塗れている。

 

 常に何かの命を奪う事を前提としている狩人だからこそ、見極める目が必要だ。

 

 背負う覚悟が必要だ。

 

 そして何より、生命を慈しむ心が必要だ。

 

 でなけりゃ、最後に打ち抜かれるのは、本当の化け物(自分自身)でしかない。

 

 

 

 ✳︎

 

 

 

 辺りを見回せば、賑やかな人、人、人。

 

 買い物を楽しむ人も居れば食べ歩きを楽しむ人もいる、多種多様、その一言に尽きる。

 

 黒い首輪を手慰みに撫でながら商店街をポテポテと歩いていると、美味しそうな匂いがする。

 

「お嬢ちゃん、何か買っていくかい?」

 

 店先に寄れば、当たり前だが店員が声をかけて来る、看板に貼られたメニュー代わりの写真には美味しそうな手羽先が照り輝いていた。

 

「これ、十個下さい」

 

 金の価値についてはある程度俺の世界の通貨感覚でやりくりしているが、やはり違う物は違う、値段と睨み合いながら札を数枚差し出し、あまりにも大雑把に会計を済ます。

 

「はい、どうぞ」

 

「ありがとう、お店の人」

 

 いつものふざけた口調は押さえ、今回はほぼ一般人として動いているのだが、案外印象は良いのかもしれない。

 

 手羽先の入った紙袋を片手に街を彷徨く、元々これは俺がこの街の立地を把握する為の偵察活動も兼ねている、が、観光目的でもある事は否定しない。何せ俺にとってここは遥か未来の世界だ、興味は尽きない。

 

「これは、中々おいひいでふね」

 

 セットで付いてきたナフキンで手羽先の持ち手を包み、口に突っ込みながらモゴモゴ独り言ち、視界を流れていく店先を横目に見ていると……往来の奥から二人の影が現れる。

 

「今日は蓮太郎とデートなのだ!」

 

 揺れるオレンジ色のポニーテール、濃紺の襟が目立つ白いジャケット、空色のTシャツに同色のスカート。

 

 少女とはかくも可憐なものだっただろうか、少なくとも俺の時代は泥臭いものだった。

 

 頭の中にはもう一人、オレンジ色の髪の少女が思い起こされる。

 

 

 

 ……ピー……彼女らにも早く会わなければ、随分と心配を掛けてしまっている筈だ、まだまともに返礼すら出来てはいない、……農業は出来ているのだろうか、大事はないだろうか。

 

 

 

「ちげぇよ、ただの買い物だろ?」

 

 年頃の少女らしくお洒落を嗜む彼女に対して昨日と全く代わり映えの無い黒いスーツに身を包んで……いや、一つだけ違う箇所があった。彼女と少年はペアルックの腕輪をしている、なかなか奇抜なそのデザインを見ると昨日見た『天誅ガールズ』を思い出してしまった。何故だろうか。

 

 ……と言うより、彼のあのスーツに替えはあるのだろうか、と言う疑問に頭が支配される前に視線を外す。

 

「ふふん、照れなくてもよいではないか、妾と蓮太郎の仲だ、遠慮も必要ないであろう? 蓮太郎!」

 

 あの二人は……里見君と藍原君か、昨日今日でこうも偶然に会ってしまうと、世界は狭いものだとつくづく思う、人間の生存圏が物理的に狭いからなんだが、と言うジョークはあまりにも不謹慎だろう。

 

 ……むう、俺は一体どうするべきか、このまま他人のフリをしながらやり過ごすか、それとも……いや、彼女もこの外出を二人きりで楽しみたい筈。俺だってもう良い歳なんだ、そんな野暮はナンセンスだろう。

 

 店先に寄った俺は背負った楽器ケースを隠蓑に、商品を眺めるフリをしてやり過ごそうとした、が。

 

 

 

「誰かそいつを捕まえてくれ!」

 

 

 

 商店街の誰かが言ったのだろう、その声により、彼等も含めたその視線が、ある一点に集中する。

 

 

 往来を疾走するその人影に。

 

 

 やや薄汚れた衣服とキャップ、浅黒い肌とは対照的な真っ赤な瞳、……間違いない、彼女は"呪われた子供"だ。恐らく俺の知らない外周区の出ではないだろうか、少なくともピー達の中にあの顔をした少女は居なかった。だが、彼女達と同じように生活に困窮し、盗みを働いていると言うのは概ね察せた。

 

 どうすべきか……このまま彼女が誰にも危害を加えず逃げおおせてみせると言うならば、見逃す事も考えられるが、この状態で誰にも手を出さずに逃げ切るのは子供たちであっても難しいだろう、ならばいっそ罪状を積み上げる前にここで止めるべきか。

 

 楽器ケースを置き、走る彼女の前に立ち塞がろうとする前に……彼女は何故か里見君達の前で立ち止まってしまった。

 

 店の店員だろうか、エプロンを身に付けた男二人が彼女を抑え付けた。

 

「おい、そいつが何やったってんだよ」

 

「こいつは店から缶詰を盗んだ挙句、止めに入った店員を半殺しにしやがったんだ!」

 

 里見君と店員らしき人物がやりとりしていたが、押さえつけられた彼女の目線は一人の少女に向けられていた。

 

 

 

 しんと静まり返ったこの商店街はさっきまでの活気を裏返した様だ、行き交う人々は彼女に向けてありったけの憎悪と恐れを向けている。

 

 彼らが取るべき行動は本来"逃げる事"だろう。だが、彼等は憎しみか恐怖に縛り付けられているのだろうか、……一歩も動かない。

 

 そんな光景はありふれたものだろう、いつの時代でもそう珍しくはないものだった。憎悪と怯懦から来る差別や迫害など腐るほど見てきた、だからと言って同調する気は起きない。

 

 だからこそか、この世界の"部外者"でしかない俺は今、哀れみを感じているのだろう。

 

 これは災害や事故とは訳が違う、この世界にかつて齎されたのは絶滅だ、ここに居る者のほぼ全てがその絶滅を経験している、忘れられない、きっと、忘れられる筈が無いのだ。かくいう俺もかつての大戦は記憶に焼き付いている、割り切るにも時間がかかった。

 

 ガストレア大戦、そこから始まった絶滅との対面、彼等はそれに怯え続けなければならない、この東京エリアで生きている、生かされているその間は。

 

 何より、彼等の生活の側にいる"呪われた子供たち"はガストレアになるかもしれない可能性を秘めている、例えるなら、隣人が血に飢えた吸血鬼であるという事だ、いつ牙を剥くのか分からない、だから排除しようとする、これは差別や迫害と生存競争が最大の重なりを持っている状態なのだ。

 

 そんな中、ただの十年、そんな歳月は道に横たえた側溝程度の幅でしかなかったのだろう。先程までの平穏はつゆ程も残っていない。

 

「ぐっ……離せッ!」

 

 二人の大人の拘束に彼女は身を捩らせるが、それでも拘束は解けない。子供たちとしての力の制御に不慣れなのか、それとも彼等を殺すまいとしているのか、それは分からなかった。

 

 盗んだ物であろう缶詰が藍原君の足元に転がる。どれに手を伸ばしたのか、彼女のその伸ばした手を取ろうとした藍原君の手を里見君が押さえた。

 

 先程から押さえつけられた彼女と藍原君との間に視線が交わされたのが度々見えた。里見君達の表情はその背中からしか悟ることは出来なかったが、それであってもなお、明らかな驚きが、特に藍原君の背中から溢れていた。彼女等は知り合いだったのだろうか。

 

 しかし、今こそは力の均衡が見られたが、彼女が捨て身になれば何が起きるか分からない、それに、警察と言う公権力が介入しなければ下手すればここがリンチ、もしくは私刑の会場になってしまう。

 

 が、今の俺にどうにか出来る権利はあるのだろうか、携帯を取り出し、彼に電話を繋げる。

 

 プルル

 

 プルル

 

 プルル

 

「もしもし、茂徳君」

 

『何かあったのか?」

 

「今私は犯罪者の前に居るのですけど、その扱いに困りまして」

 

『あぁ!? お前一体どこで何やってんだ!?』

 

「ッ……鼓膜に響きましたよ、今のは。私は今商店街に居て、そこで逃走中の呪われた子供と遭遇したんですよ」

 

『……相手が子供なら、保護を考えるべきだが、今のお前の扱いは週休だ、現行犯逮捕だとしても一般人と同じように勤務中の警察官に引き渡す必要がある』

 

「分かりました、ありがとうございます、しげとくん」

 

 なるほどこれは面倒だ、今の俺は警察ではない、ならば何をすべきか。無闇に権利を行使する行動は彼に迷惑をかけるだけだ。

 

 

 

 ……男の尊厳を捨てるべき、か。

 

 

 

 ✳︎

 

 

 

 黒の少年とオレンジの少女、その二人組の脇を擦り抜け、まるで幽霊の様な静けさを帯び、彼らの前へと躍り出るモノクロの少女が一人。

 

「……どうして、どうしてお兄さんはその子をイジメてるの?」

 

 突然の幼い来訪者に少女を押さえつけていた彼らは動揺する。

 

「見たら分かるだろ! こいつは泥棒なんだよ、店員も半殺しにされた、これだから呪われた子供ってのは」

 

「そんなの、あんまりだよ、わたしと同じくらいの子が、なんでこんなことをされないといけないの?」

 

「犯罪者だからだよ」

 

「じゃあ、どうしてその子は、はんざいしゃになったの?」

 

「こいつらが呪われた子供たちだからに決まってんだろ、まともな頭も無いくせに、人のフリをしやがって!」

 

「……それなら、どうして、その子はのろわれた子どもたちになっちゃったの?」

 

「そんなの、ガストレアの所為で……」

 

「それなら、ぜんぶぜんぶガストレアが悪いはずだよ! なのに、こんなこと、ひどい、ひどいよ!」

 

 少女は押さえられた彼女の前で大泣きした、それを見てか、彼らの手が少し緩んだ。

 

 その時、その彼女は手を振り解き、走り出す。

 

「……これを持っていってください、金は払ってますから」

 

 先程の少女の物とは思えない程落ち着いた、小さな声で彼女に手羽先の入った紙袋を手渡し、そのまま少女は彼女を泣きながら見送った。

 

 そして……彼女の姿は路地裏に消えていった。

 

 

 

 ✳︎

 

 

 

 何とか彼女を逃がせたが、そこに入れ替わる様にパトカーがやって来た、なんとも間の悪い仕事だ。

 

「通報にあった呪われた子供は?」

 

 やや小太りの中年警官と痩せた若い警察の二人組がパトカーから降り、関係者に話を聞き始める。

 

 俺は黙って退散しようとしたが、時すでに遅し、顔を見られてしまう。次に俺の首輪に視線を移すと、中年警官は下卑た笑顔で言った。

 

「そこの君、話を聞きたいんだが、立ち話もなんだし、署までパトカーで送ってあげようじゃないか」

 

 ……ついて行くべきだろう、逃亡犯になるのは御免だ、もし警察官が彼女を取り押さえなかった理由を聞かれれば周囲の民間人に危害が加わる事を警戒したとでも言い訳しよう。

 

 そう言えば、こうして里見君と藍原君の前で連行されるのは二度目である、また唖然として彼らは俺を見送ってくれていた、楽器ケースをパトカーに放り込み、手を振る。

 

 

 

 ✳︎

 

 

 

 アイゼンがパトカーに乗ると、パトカーはそのまま走り出した。

 

 少年、里見蓮太郎の脳裏にはこの前の事が頭を過ぎる、そう、彼女が警察になるまでにあったあの事件だ、あの時、パトカーに乗せられた彼女を追って勾田署に出向いた里見蓮太郎は受付に訴えたが、まともに取り合ってはくれなかった。

 

 その後、警察として身分が確保されたアイゼンを見て安堵したものの、彼の心中には不安も当然存在していた、警察は大人達を中心に構成された組織、つまりその構成員はほぼ全てガストレア大戦を経験し、大切な者を失っている"奪われた世代"であると言う事だ、そんな中、呪われた子供である彼女がまともに受け入れられるか、そんな不安もあった、しかし、それらを上回るものが間も無く吹き出した。

 

 あの時の会議、蛭子親子を認識した彼女は、誰よりも先に攻撃に打って出た、そして蛭子小比奈に腹を穿たれた時、彼女は躊躇う事なく自身に銃口を向け、背後の小比奈に一矢報いた。そして気を失う最後の時まで彼女は彼等を追いかけようとしていた。

 

 里見蓮太郎、彼の目にはそんな彼女が到底十代の精神性をしているとは思えなかった、戦闘に際して力や技術に頼りきるのではなく、その場で戦略によって立ち振る舞おうとする、ある種の"慣れ"、言葉遣いからも伺える、その子供離れした"性格"、そして何より、そんな彼女ではあるが、小比奈の様に狂っている訳では無い、と言うのが彼にとって最も歪に見えた。

 

 死にかけた筈の彼女は驚く程飄々としていた、まるでそんな事は当たり前だと言う風に。

 

 だからこそだろう、里見蓮太郎、優しい心を持った少年は、必要とあれば捨て身になろうとしかねない彼女の事がどうしても気に入らなかったのだ。何よりそんな彼女は渋面を一切見せず、もはや生を楽しんでいる様にも見えたのが、尚更彼を困惑させていた。彼は一度触れ合ってしまった人間の事を一切考えない、そんな割り切り方は出来ないのだ。

 

「……ふざけんじゃねぇよ!」

 

 今回も一緒だ、あの呪われた子供を逃す為に自分を囮に使っていた、そして彼女は代わりに連れて行かれた、嫌な予感がする、そんなのはいつもの事かもしれない、彼女が自力でどうにかするかもしれない。

 

 だからこそ、今までの様な傍観者であってたまるか、さっきだって何も出来なかった、まだ自分に嘘をつき続けるのか、そう彼は自問する。

 

 

 

「俺は民警だ、このスクーターは後で返す、天童民間警備会社に後で連絡してくれ!」

 

 

 

 跳ねる様に踏み出した彼は商店街を通りかかったスクーターを強盗紛いに乗っ取り、パトカーを追う様に走り出す。

 

「蓮太郎!?」

 

「延珠! 先に家に帰っててくれ、すぐに戻る!」

 

 奔り出した少年は、何を見るのだろうか。

 

 

 

 ✳︎

 

 

 

 薄暗い廃墟、学校だったものだろうか、人の気配を一切感じないその場所でパトカーは停止した。私は気付かれないよう後部座席のドアを僅かに開けたまま外に出た。もしもの時の為、楽器ケースを回収する為だ。

 

「……こんな所で事情聴取ですか」

 

 その言葉を返した時には、既に中年警官はこちらに銃口を向けていた。

 

 バラニウム弾で無ければ、そこまでの負傷にはならない筈だが、一応彼等に従い、廃墟の奥へと進む。

 

 コンクリートの色が剥き出しになっている広間に差し掛かった所で銃口に背中を突き飛ばされ、壁にぶつかりそうになるが、踏み止まり、身体の軸をずらしながら反転する。

 

 

 

 バン! 

 

 

 

 弾丸が頬を掠めてコンクリート壁に一穴、その弾丸の出所は彼の銃口だ。

 

「……チッ、避けやがって」

 

「何考えてるんですか、私達同僚ですよね?」

 

「何故貴様の様な奴が警部補に成り上がっているのか、まるで意味が分からないんだ、教えてくれよ、身体でも売ったのか? 薄汚いガストレアが」

 

「貴方に使われている銃が可愛そうですね、脂汗のおかげでグリス要らずなのは良いかもしれませんが」

 

「減らず口を、貴様など警察には本来必要無い、貴様の様な不穏分子が人類の分裂を促し、絶滅へと導く、貴様ら呪われた子供は不必要な存在に決まっている!」

 

 彼が感じているのは恐らく、呪われた子供たちへの恨みと言うよりは、俺個人への恨みと言うべきだろうか。それを全体へと押し上げている、そう言う所か。

 

「貴様らは世界の癌だ、とっとと居なくなれば良い!」

 

 彼が更に引き金を引こうとするが、……叶うことは無かった。

 

「確かに、私も君と同感だ、君達の様な安寧の上に胡座をかくような者達全てが滅びれば、世界は確実に良くなるだろうね」

 

 青の狭間に"紅"……奴は、何故ここに。

 

「な、なんだ貴様は……」

 

 彼等はその言葉を言い切れなかった。

 

 二つの球が跳ねる、二人の身体が斃れる。

 

 血のシャワーが俺に降り注ぐ。

 

 不味い、楽器ケースはパトカーの中、手持ちにまともな武器は無い、状況はあの時より遥かに悪い。

 

「……また貴方達ですか」

 

 空の窓辺から差し込む斜陽が奴の燕尾服をより紅く染め上げる。

 

 その隣には真っ赤な液体を振り払う彼女の姿、差し詰め、理詰めの悪魔と本能の天使だろうか。

 

「パパ、切りたい、切らせて、切る」

 

「落ち着きなさい、小比奈、今日は彼女と交渉に来たのだから」

 

「交渉、ですか」

 

 そう言うと奴は軽やかな足取りで俺の前へと踏み出した。

 

「君は今、この世界に巣食う絶望の根源を垣間見た、自身の無力を棚に上げ、都合の良い敵を作り、それを嬲る。この世界の住人はそれらを黙認している。そんな彼等は滅びるべきだとは思わないかね? 君にはそれを成せる力があると思うのだが」

 

 

 

「確かに、滅びれば多少は落ち着きますかね、あくまでも一時凌ぎでしょうが」

 

「ほう?」

 

 

 

「結局、滅ぼすのも応急処置でしかない、寧ろ一からやり直した所で同じ事でしょう? 解決と言う結果は未来にしかない、同じ所をやり直す意味はないですね」

 

「なるほど、それが君の考えか」

 

「そうですよ、どんな過ちであれ、タイムマシンでも無い限り、それは過去には活かせません、活かせるのは未来のみ。ならばどうあっても世界は続けないと、今起きている過ちは解決出来ません」

 

 

 

「君は子供でありながら、随分と悠長な事を言うものだね」

 

「貴方は大人なのに生き急ぎ過ぎですよ」

 

 

 

「最後に、君の名前を聞かせてもらおうか」

 

「……アイゼン・バンカー」

 

 

 

「そうか、アイゼンくん、それなら今日でお別れだ……小比奈、行きなさい」

 

「はい、パパ!」

 

 

 

 影から飛び出した一閃を何とか潜り抜けるように回避し、窓枠に身体を滑り込ませ、そのまま身体を外へ放り出す。

 

 身体をパトカーの天井に打ち付けながらも開けていたドアから車内に入り、楽器ケースから武器を装備する、咄嗟に手に取れた武器はハープーンガン、ワイヤー、そしてスモークグレネード。

 

 腰にスモークグレネードとバッテリーをワイヤーで括り付け、車外へと飛び出そうとした瞬間、車両の天井から黒い柱が下向きに生え、俺の身体を掠めた。

 

 彼女はパトカーの真上に居る、そう確信し、ハープーンガンと繋がっている銛を天井に突き刺し、電気を通す。

 

 小さな悲鳴と飛び退く音が聞こえた後、俺は車から飛び出した。

 

 AGV試験薬は家に保管したままだ、畜生、俺は馬鹿だ、こんな事になるなら持っておくべきだった。そんな代物を持ち歩くのは危険ではあるが。

 

 パトカーの影に身を隠していると、その上の廃墟のあの部屋から微かな話し声が聞こえた、奴と、もう一人は里見君だ。……彼には申し訳ない事をした、こんな事になるならばもっと穏便に事を済ませるべきだった。だが、起きてしまった事は仕方ない、彼女をなんとか片付け、彼の支援に向かおう。

 

「……どこー、どこー? ここかな!」

 

 彼女は俺がパトカーから離れ、別の場所に隠れたと思っている様だ、ゴミ箱などを真っ二つに切り裂いている。彼女の意識の外に居るのは分かるが、この廃墟の入り口前の広場はそれ程広くはない、広場の外周を回る彼女に合わせて、見つからない様にパトカーの四面を這い回る。その間、何とか手持ちの装備で即席の作戦を練る。

 

 手に取っているハープーンガンはバネ仕掛け、音こそほぼ無いが、射程や精度は酷い、銛を力一杯投げた方がマシなレベルであった。次回があれば銛の形状やバネを改善してもらいたいものだ。

 

 そう、だから彼女との高速近接戦闘においてハープーンガンは全く役に立たない。

 

 今回使うのは銛の部分だ。

 

 ハープーンガンから弾となる銛を抜き出し、その尻に付いた電線を外してハープーンガンの中に戻す。

 

 外した銛にワイヤーを括り付け、それをバッテリーに繋ぐ。

 

 後は息を殺し、彼女との距離が最も近くなる瞬間を待つ。

 

 周りを探り終えた彼女はスクーターを蹴り倒し、再びパトカーへと近付く。

 

 

 後五歩

 

 

 後四歩

 

 

 後三歩

 

 

 後二歩

 

 

 後一歩……今だ。

 

 パトカーの影からピンを抜いたスモークグレネードを投げつける、彼女は反射的に切断するが、煙はお構いなしにあたりを埋め尽くす。

 

 煙により視認が難しくなれば、パトカーを飛び越え、今出せる力の全てを使い銛を槍の様に突き立てる。……何かに刺さった感触と共に手を銛から離し、バッテリーを起動する。

 

 電撃を流し数瞬、煙に紛れ炎が見えた、が、違う、これはただ焦げ臭いだけだ、彼女には届いていない。

 

 

 

「ハハハッ、こっちだよ!」

 

 

 

 すると、背後のパトカーがこちらへ向け、きりもみながら飛んできた。

 

 

 

 咄嗟の回避に失敗し、パトカーと廃墟の入り口の階段に挟み込まれた俺の足は裂けて潰れたソーセージの様になっていた。あまりの負傷故か、痛みはまだ感じない。幸運なのは、入り口の両方を支える柱のおかげでパトカーが俺の全身を押しつぶさなかった事だ。

 

 

 

 絶望的か、いや、これはチャンスだ。彼女は油断している、そして……俺は、破損したパトカーから溢れた燃料、窓から溢れた楽器ケースに横たわる奇妙なショットガンと真っ赤なシェルを見て、そう確信した。

 

 

 

 ✳︎

 

 

 

「里見くん、君も見ただろう、この世界にはあまりにも穢れている、あの警察官くんの一人も、我が身可愛さ故に、市民であり、同僚である筈の彼女に銃を向けた。それらの穢れを嫌悪する君は彼等とは根本的に相容れない存在なのだよ」

 

 ワインレッドの燕尾服、マスケラの笑顔は今なお揺るがず、まるで彫刻の様な安定感を持ってそこにあるは人知を逸した怪物。

 

「なら、お前と同じって訳か?」

 

「君と私はよく似ている。だから……取引しようじゃないか、君が私達と協力して東京エリアを滅ぼすならば、私は君たちの生活を最大限にサポートしよう」

 

「言ってることが無茶苦茶だろ、エリアを滅ぼしといて生活がなんだとか、おかしな話だぞ」

 

「つまり、君は、私達を拒絶すると言う事かな」

 

「あぁ、望む所だ、クソ野郎」

 

「そうか、ならば…………死ね」

 

 

 

 里見蓮太郎の放った銃弾、蛭子影胤の放った銃弾が空中で激突する。

 

 

 

 ……ここに、二つの戦いが、本当の意味で、始まったのだ。




この勢いで戦ったらオリ主くんちゃんが四肢損失をコンプリートしそうで怖い、誰かを救おうとしたらその分誰かにしわ寄せが行く謎の釣り合いを取ってしまう。
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