「……みつけた」
俺の足を挟む横転したパトカーの上に彼女が飛び出した、潰れた足はそんな振動すら感じれなくなっていた。
真っ白な月に映える見事な赤が彼女の目に宿っている、また、俺の血を纏っているその姿は吸血鬼と言われても納得してしまうだろう、少なくとも俺はその類に思えた。
「また貴女に酷い目に遭わされましたね、貴女の保護者に治療費でも請求出来ませんか?」
「ちりょうひ? せいきゅう?」
「……十代とは言え、知識に偏りがありますね、私が言えた事でも無いですけど」
パトカーに乗り上げた彼女はそのまま俺の腹の上に降りて来た、余りにも軽い、しかし、なんとも言えない圧迫感があった。
黒く煌く刀が一対、あの時の様に刃で挟み込む形で俺の首にかけられる。勿論、死ぬ気は毛頭無いが、それよりもまず、知りたい事が一つあった。
「そう言えば、貴女はさっき、ゴミ袋を身代わりに使いましたよね、あれは自分で考えたんですか?」
スモークをばら撒かれた瞬間、彼女は咄嗟にゴミ袋を身代わりに使って俺の視線を逸らした、だが、これは蛭子影胤の入れ知恵とは思えない、少なくとも俺が初めて彼女と戦った……と言うのは誇大表現か、とにかくその時の彼女は、力と速さを存分に振るうパワープレイヤーであったのは間違いない。速さで視線を切るならばともかく、前の彼女ならば少なくとも先の小細工などはしないだろう。
「あなたのマネ、してみたの」
……あぁ、なるほど、あの時のテーブルの木片を盾にして奇襲する方法か。
畜生、小柄ですばしっこくて力がある、おまけに戦闘センスまで一級品と来た、なんだそのワンマンアーミーは、奴の英才教育が過ぎるぞ。
「全く、呆れましたよ。戦闘に……いや、殺し合い関して言えば貴女の才能は一級品ですよ」
思わず皮肉めいた言葉が口から飛び出す。その瞬間、彼女の刀はピタリと息を止めた。
「…………」
伸ばした片手は、既にショットガンのトリガーに掛かっている、これを引けば、俺ごと彼女はドカンだ。恐らく、彼女は死ぬ。……だが、まだ、見極め切れていない、勝ち筋はある、ならば限界まで見定めよう。
「……貴女はどうして、蛭子影胤と共に居るのですか?」
「私のパパだから」
彼女は間を置かず即答する、それだけ彼女にとって、父親とは重要な物なのだろう。
「ならば、蛭子影胤が父親でなければ貴女はどうしていたのですか?」
「パパがパパじゃなくても、私はパパが好きだから一緒にいる」
血の似合う笑顔から、子供の様な笑顔へと彼女の表情が移っていく。……もし、ガストレアなんて物が居なければ、奴と彼女は、お互いに信じ合う理想の家族になっていたのだろうか。
──違う。
俺の直感がそう囁く。彼等の出で立ちはさっぱりだが、きっとガストレアが居なければ、奴と彼女は出逢ってはいない、そんな気がする。それこそ、里見君や藍原君、それに警部と俺も。
考えを巡らせて行くと、彼女の存在は、蛭子影胤に遣わされた殺戮の天使にも思える。そう思うくらいに運命とは楽観的かつ刹那的で神は恣意によって動く享楽主義なのだ。
──そうか、そう生きれば良い、思いのままに、天上の奴らにそれを咎められる義理はない。……折角やり直したばかりの命、それに費やさずしてどうするか。
「ふふ、ふはははっ!」
「何がおかしいの?」
「いや、ただ考え過ぎただけです。そうですよ、貴女みたいに……子供の様に、思いの丈をそのままぶつければ良いんです」
彼女の顔が、月明かりに照らされていた。
その困惑の姿は、天使と呼ぶには普通過ぎる、当たり前にあるべき筈の少女の姿、そう、目の前に居るのはただ力が強くて目が赤い子供だ。
……そう言えば、警部は言っていたな、普通子供は保護すると。
ショットガンのトリガーに吸い付いていた指をゆっくり離す。
彼女の事は全く知らない、まだ見極めれない。ならば保護すれば良い。それに、彼女によって奪われた命がある、それを償わせる事もなく先に逝かれるのも、警察として、いや、"俺個人"として許せない。
……我儘にも程があるが、今はそれを押し通したい。
考えばかり大人ぶっていても仕方ない、子供の様に真っ直ぐに、実直に、それでいて今までの経験を活かして、どんなに泥臭くても構わない、子供なんてのは泥に塗れて成長するものだ。結局、最後に望みを叶えれば良い、今からの戦いは、狩人の狩りではなく、警察の逮捕劇でもない。
「…………上を見てください」
──子供の喧嘩だ……そして、これが本当の子供騙しって奴だ。
……俺は今、こんな子供に、ただ負けたくない、その思いだけで身体を動かしていた。
その隙に腰のワイヤーを手に巻き付け、刀の交差する点に捻じ込む。これで多少なりとも時間を稼げる。
「……!」
引こうとした刀を鷲掴み、僅かに動きを止める。今まで切った奴にそんな馬鹿な奴は居なかったのだろう。
更なる隙、空いた片方の手にバッテリーに繋がったワイヤーを手繰り寄せ、結び付けたままの銛を再び手中に収め、そのまま彼女の大腿に穂先を突き刺し、電流を流す。
「ぁがっぁぁあああっ!」
「ぐぅっぅぁあっ!」
電流は彼女の刀を通り、地面へと流れる、彼女の下敷きになっている俺にも少なからずの激痛と痙攣が走る。最早足から下の痛みなど関係ない。
まともに動けなくても構わない、彼女を気絶させることが出来れば妥協点だ。
……俺は痺れる身体に鞭を打ち、バッテリーの出力を最大にした。
電気が身体に流れれば、筋肉は急激に収縮する、彼女が持つ刀も同じ、握り締めた刀を離せず、電流が彼女の下半身の神経をインターセプトし、活動を停止させていく。
刀の断面は熱を帯び、俺の片腕からは肉の焼ける匂いが漂いだす。
ここからはチキンレースか、望む所だ。
そう思った矢先に、聞き覚えのあるサイレン音が耳朶を打った。
✳︎
交錯するマズルフラッシュと銃声、流れる弾は透明な壁に阻まれ、また一方は灰色のコンクリートの柱に阻まれている。
お互いに様子見、その距離約8メートル間の戦闘空間が形成されつつあった。
「偶には銃撃戦と言うのも悪くないものだ、そうは思わないか里見くん?」
里見蓮太郎のXD拳銃から放たれた弾丸はそんな声すらかき消せず静止している。
余裕を感じさせる足取りで柱から柱の影へと動く蛭子影胤、彼にとってこの銃撃戦とは、まさに遊戯でしかなかった。
「……ッ! ふざけやがって!」
静止した銃弾はベクトルを反転させ、蓮太郎の隠れている柱を擦り下ろして行く。
このまま銃撃戦に付き合えば、ジリ貧でしかない、そう判断した蓮太郎は柱から柱へローリングし、距離を詰めていく。
戦闘開始の際よりも半分になった交戦距離、蓮太郎の意図を把握してか、影胤もそれに迎合するように一気に二人の距離を縮めていく。
「さぁ来たまえ……里見くん!」
天童式戦闘術二の型十六番──
蓮太郎の右脚が鞭のようなしなりを帯び、影胤の頭部を狙い打つ。
「『隠禅・黒天風』ッ!」
掛け声と共に放たれたその黒い鞭は、影胤の頭蓋を破壊する前に、斥力フィールドに押さえられてしまう。
蓮太郎はすぐさまもう片方の足で床を蹴り上げ、距離を取る、が、彼の間合いは既に影胤により支配されていた。
「斥力とは言わば反発力、これはその応用だよ」
蓮太郎の身体は既に後ろへのベクトルを持って移動していた、カウンターには力が足りない、踏み止まらなければ、十分な力を持った拳打を放つ事は出来ない。
ならば、その後ろへの推進力を転用すれば良い。
先に接地した左足を軸に右脚を振り子の様に右回転させ、後ろ、そして前へと回転させる。
常人にはまるで彼の右足が霧のようにかき消え、次の瞬間眼前に現れたように見えるだろう、しかし、蓮太郎の前に居るのは真性の化け物。この一撃必殺の後ろ回し蹴りを潜るように回避する。
──しまった。そう蓮太郎はゆっくりと流れる思考の中で繰り返す。
「私の技も見せようじゃないか、存分に味わいたまえよ、里見くん」
影胤は低い姿勢から更に一歩踏み込む、床はその圧に耐え切れず、既にひび割れ、ギチギチと言う悲鳴すらも上げている、しかし、影胤の手の平が蓮太郎の腹部に添えられた瞬間、それがピタリと収まる。
まるでその力は導線に導かれた電流の様に、行くべき場所を見つけたのだ。
蓮太郎はこの時、回し蹴りを刈られた所為で、両足が宙に浮いてしまっていた。つまり、力を逃す場所は……どこにもない。
「──『マキシマム・ペイン』」
ゴム毬の様に弾んだ身体はコンクリートの窓枠を発泡スチロールの如く打ち砕き、サイレン音の真っ只中へと飛んでいく。
蓮太郎は体全体がプレスされ、内蔵を破壊し尽くされ、息すらままならない、しかし、常人では絶命必至のこの攻撃を喰らっても生き延びているのは、彼の持つタフネスが尋常ならざる物である事を証明していた。
「──蓮太郎ッ!」
彼の鼻と目が、柔らかな匂いと、オレンジ色の羽衣の様な絹の髪を捉えた瞬間、彼の意識はプツリと途絶えた。
✳︎
──しまった。間に合わなかったのか。
頭上の廃墟の壁面が炸裂し、瓦礫が降り注ぐ。その中に垣間見た黒いスーツを見た瞬間、最悪が頭の中を
不味い、このままだと
俺は残る力で身体を起こし、彼女を横へと押し除ける。
最悪俺なら潰されても再生出来るかもしれない。淡い望みではあるが十二分、一握の望みさえ有ればそれで良い、そう己を誤魔化す。
全身の激痛を押し除け、降り注ぐ瓦礫から少しでも逃れようとする。足は流れた血が潤滑剤となってか、引き抜く事は出来ていた。だが、駄目だ、これでは逃げ切れない。
全身を潰される感覚はどうなのか、などと益体もない事が頭に浮かんでは消える。これが走馬灯と言う物だろうか、あまりにもこの世界で暮らした日々が浅い物だからまともに思いつかない。
「──ピー、警部、すまない」
さんざ事を引っ掻き回した挙句ここで果てるとは、情けない。
『おい小僧、生きたいなら、どれだけ無様だろうと足掻いてみせろ』
……走馬灯の中を"師匠"の言葉が流れる。すると、不思議な事に脱力していた筈の手に力が戻った。
ここに至るまでの経過時間は一秒にも満たない、しかし、それは俺にとってはこの魂に流れる歴史を省み、前に進ませるには十分だった。
「──アイゼンッ!」
多田島警部……彼の伸ばした手をなんとか掴むと身体が容易く浮き上がる。景色は既に一面の瓦礫から、雲一つない夜空であった。バッテリーに繋がっていたワイヤーは瓦礫に押し潰され、もはや先の機能を果たす事は出来ないだろう。
身体は警部に抱き抱えられたまま、仰向けの顔を下に向ければ、そこには今日の朝見たばかりなのに、妙に懐かしく思える強面があった。
「警部、感謝します、流石に今のは死ぬ所でした、でも、どうしてここが?」
「馬鹿野郎、忘れたのか? 首輪の事をよ」
「──あぁ、なるほど」
「それにしても、また無茶しやがったな」
「お叱りは後でいくらでも受けます、それより今は」
「あぁ、分かってるよ」
✳︎
藍原延珠は落下する里見蓮太郎を受け止めて、何とか無傷で着地させたものの、蓮太郎が負っていたダメージは凄まじい物で、口から溢れ出る血が止まらない。
「──蓮太郎……蓮太郎ッ!」
血臭でむせ返りそうな広場に真っ赤な影が降り立つ。……影胤だ。
「ほう、君が里見くんのイニシエーターか……アイゼンくんの方は……」
影胤が辺りを見回すと、奇妙な形をしたショットガンを向ける少女とハンドガンを向ける男が目に入る。
「その二人にこれ以上手を出せば、容赦しませんよ」
その言葉を聞いているのかいないのか、更に周りを見回した影胤はゆっくりとした、それでいて確かな足取りで蒼と紅に染まった少女の元へ向かった。
大腿に突き刺さる銛の先を貫通させ、その穂先を斥力フィールドで切り取ると柄を掴み、引き抜く。すると彼女の傷は見る見るうちに癒えていった。
影胤は少女の細い身体にも引けを取らない細腕で少女を抱える。
「──まさか、小比奈に勝つとはね」
「勝ちと呼ぶにはあまりにも泥臭い物ですが……それでも勝ちは勝ちです」
彼女に刺さった銛に繋がったワイヤーを目で追い、それが瓦礫に押し潰されているのを見た影胤はグルリと振り向き、アイゼンに語りかける。
「小比奈を助けてくれた理由には興味があるが、私は貸しを作るのは苦手でね、ここは君に免じて大人しく引くとしよう」
「……正気ですか、今なら私達全員殺せそうなものですが」
「約束は違えない、これで貸し借りは無しとしよう」
──だが、覚えておくと良い、これは絶望と言う舞台の序章だと。
その一言をお辞儀と共に述べた影胤は斥力フィールドを地面に張り、その反発力を活かした跳躍により、瞬時にアイゼン達の目の前から消えた。
救急車のサイレンが響いたのはそれから僅か数分後だった。
✳︎
──東京エリア 勾玉大学附属病院
病院に運び込まれ緊急手術を受けた蓮太郎は、手術に携わった医者を軒並み驚かせる生命力で既に死の淵から這い戻っていた。
そんな彼がベッドに入れられてから僅か十分後、病室には天童木更が駆け付けた。
蒼白の顔には不安の想いがこれでもかと現れている、彼の静かな寝顔を見ると、死んでしまっているのではないか、そんな心持ちに彼女は駆られてしまう。
「里見君!」
「大丈夫ですよ、寝てるだけです」
普通の病室とは当然個室と言う訳ではない、蓮太郎のベッドの向かい側には一人の少女が居た。アイゼンだ。
「──貴女は、あの時の」
「覚えてくれていましたか、私は、アイゼン、アイゼン・バンカーです、こうしてまた会えたのも、里見君のおかげですね」
「里見君のおかげ……?」
「──私はまた蛭子親子に遭遇しました、その時、彼が影胤の相手をしてくれた事で私は小比奈と一体一の戦いを成立させ、何とか勝つ事が出来たんです」
アイゼンの話を聞いている内に蓮太郎の生存が確かな物であると理解し、心を落ち着かせた木更は、母の様な微笑を湛え、彼の頭を撫で上げる。
「そう──また無茶したのね、里見君らしいけど、心配するこっちの身にもなって欲しいわよ」
その声は安堵か呆れか、少なくとも、アイゼンの目には彼女が彼に何らかの好意を抱いているのは見てとれた。
「……彼は、いつもこうなんですか?」
「そうね、向こう見ずな所があって、危なっかしくて、口が悪くて、甲斐性なしで。でも、眩しいくらいに真っ直ぐで」
「そう聞くと、彼と貴女の惚気話の様に聞こえますね」
「──えっ、いや、べべ、別にそんな事無いわよ!」
「静かに、病室ですよ?」
アイゼンはその悪戯な笑みに人差し指をピンと立てる。
「うぅ……」
「それに、子供が気持ち良く寝ているんですから」
「……それって、まさか」
アイゼンの目線の先、蓮太郎のベッドの布団をペラリとめくると、そこには彼の腕を枕の様にして眠る少女の姿があった、彼が助かった事を知り、安心した少女はそのまま眠ってしまったのだ。
「そう、よね……延珠ちゃんも心配してたのよね」
「後、言っておきたい事が一つ。私達は暫く、貴女方、天童民間警備会社の護衛とサポートに回ります」
「……護衛? どうして」
「蛭子影胤の動向は現在、全くと言っていい程掴めていません、多田島警部曰く、奴の情報も警察には存在せず、幽霊と言っても過言ではない、そんな中でここに居る私と彼は既に数度、奴と接触しています。次が無いとは思えません」
「つまり、狙われているって事?」
アイゼンは首を縦に振る。
「そうです、しかし、警察は積極的には協力しないでしょう……あまり信じたくは無いのですが、私達警察の中ではどうやら蛭子影胤の捜査に対する、"謎の圧力"があると、多田島警部から聞いたんです」
木更は驚愕すると同時に納得もしていた、こんな凶悪犯が東京エリアを彷徨いていると外部に漏れれば、パニックは必至、いっそ見ないフリをして、裏で民警に全てを任せ、責任を押し付ければ良い、そう思う上層部の者が居てもおかしくはない、と。
更に、聖天子による箝口令がそれに拍車をかけている側面もあった、聖天子によってあの会議の場に居た民警達に彼女直々に影胤捜索の命が与えられた以上、この事件に介入しなければ、例外的に動くアイゼンと多田島警部以外の警察は皆、責任を問われても、知らなかったとシラを切れる。だから警察は尚更に首を突っ込まないでいる。そう言う事なのだろう、と木更は結論付けた。
「ですから、彼と彼女、貴女の内誰かが行動する時は、多田島警部か私が付き添います。圧力があるとは言え、他ならぬ蛭子親子の手によって警察官2名が既に殉職しています。警察も面子を保つ為に、私達に多少の力は貸すと思いますから、何かあれば知らせて下さい」
「……えぇ、分かったわ、よろしくね、アイゼンちゃん」
「はい、こちらこそ宜しくお願いします」
握手を交わした二人、その後木更はソファに横たわり、すっかり寝てしまっていた。彼女にも少なからずの心労があったのだ。
アイゼンはその後暫く起きていたが、休暇届を出したばかりの多田島警部が合流し、今日の分の侵食抑制剤を射つと同時に事切れた様に眠りについた。身体は既に再生の為に膨大な体力を消費していたのだ。
✳︎
目が覚めると、頭に響きそうな程の日差しが窓辺から差し込んでいた。
対面の里見君は……居ない。
「なっ、里見君は!」
「大丈夫よ、里見君ならもう回復して、多田島警部と一緒に延珠ちゃんを学校に送ってるわ」
「……そうでしたか」
声の主を探って横を見れば、そこには黒がよく似合う美人、天童木更が居た。……こうして近くでまじまじと見ても、引く手数多の美貌である事は疑いようが無い。
「貴女は学校に行かなくても良いのですか?」
「私は今日は休む事にしたわ、前からちょくちょく透析で休んでたから、不審がられる事もないし、いざと言う時に動ける人は多い方が良いでしょう?」
そう言うと、彼女は病室の隅に立て掛けた楽器ケースの隣にある細長い袋に目をやる、恐らくあれに彼女の武器が入っているのだろう。
「一応、聞いておきたいのですが、彼の回復力……実は呪われた子供なんて事は……?」
彼はあの負傷から丸一日も必要とせず回復したのには驚きを超えて呆れもあったが、俺は何故か理由が気になった。
「ないない、あり得ないわよ、そんな事、確かに昔から丈夫だとは思ったけれど」
彼女は手をひらひらと扇ぐようにはためかせる。これ以上の事は何も得られないだろう。諦めた俺は身支度を始める。
「なら、私がここに居る意味もありませんね、両足も治りましたし」
両足を固定するギブスは既に無く、そこには昨日の傷など忘れてしまった両足があった。侵食率は昨日の戦いでまた下がってしまった筈だが、それでも一晩寝れば十分に回復出来るのは驚異的だ。
「そうね、……それなら、これからアイゼンちゃんは私の警護に就く事になるのかしら」
「はい、里見君達には警部がついていますから、余り物な私達はそうなりますね」
「余り物って……」
「別に女性としてそうなるとは言ってませんよ、それに貴女はすぐ近くに良い人がいるようですし」
「だっ、だからそれは、その……なんて言うか、長く一緒にいればそうなって当たり前と言うか……」
……俺はこの女子の扱い方を理解したのかもしれない、昨日と同じ意地悪な笑みが溢れる。
「応援してますよ、木更君」
「……あれ、私、下の名前で呼んで欲しいって言ったかしら?」
彼女が首を傾げる。やはり、彼女は訳有りらしい、こんな女子が、会社の社長と言う時点で奇妙だとは思っていたが。
今の反応からして"天童"この苗字が一番の問題なのだろう。
「まぁ、これは子供の、と言うよりは狩人の直感ですよ、地雷は勘で避けてきましたし」
これが無ければ、恐らく俺は今の二十倍は死んでいただろう、それでも結局死んだ訳だが、あの最期の時のはほぼ覆しようが無かったので仕方がない。
「……?」
彼女の首が限界を超えて傾こうとし始めたので、揶揄うのはここまでにしておこう。
「さて、冗談はここまでにしておいて、何処へ行くんですか?」
「……それなら、遊びに行きましょう」
「──えぇ?」
俺は酷い馬鹿面を晒してしまう。……しまった、彼女に笑われた、まさかやり返されるとは。
「これは貴女のプロモーターからのお願いなのよ」
──多田島警部が? ……どう言う事だ?
「昨日今日で全く貴女に構えてないから、代わりに構ってやって欲しい、歳も同じくらいの方が良いだろう、ってね。本当、あの人みたいな、呪われた子供たちにも偏見無く接してくれる人が増えたら嬉しいのだけれど」
……どちらかと言えば、中身の年齢は多田島警部の方が近いと思うのだが。全く、見た目の厳つさに似合わない繊細な配慮だ。しかし、そんな警部が俺に気兼ねなく遊んで欲しいと言うならば、俺もその言葉に甘んじよう。
「──分かりましたよ、しげとくん、今日が本当の休暇って事ですね」
誰に言う訳でもなく、ただ思考をそのままポツリとこぼす。
窓の外の曇り空からは、強い日差しが差し込んでいた。
何と言うか、改めて今回のオリ主の戦闘を見ると映画ディープブルーを何故か思い出してしまった。
と言う事で日常回フェイントが終わり、やっと本当の日常回に入ります。
オリ主くんちゃんは果たして何で遊ぶのか、誰と会うのか。