シルバー・ブレット   作:ダイコンハム・レンコーン

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蓮とボウフラ

「お前は周りに気を遣い過ぎだ、いいか、狩場において戦うのは小僧一人だ。周りを観察するのは良いが、我を押しださなければ。何も出来なくなるぞ?」

 

 昔、師匠が言っていた。

 

「たまには自分の為だけに戦ってみろ、生き延びる為とかでも何でも良い、それが無ければ遅かれ早かれお前は死ぬ」

 

 その通りだった。二度の大戦を経て、歳をとっていく内に、俺は生きたいと思える若さを切り捨てて行った。その結果、死んだ。

 

 生きようと思えなくなったのか……いや、これは違うな。

 

 

 

 尽きない人の悪意に、絶望していたんだ。流れ行く川が果てなき地平に敗れ、海へと至る前に足を止めて池になる様に、緩やかに……かつ静かに。

 

 

 

 だが、死に際にあの走馬灯に映った影を思い起こした途端、それは燃え上がり出した、まだ成せてない事がある、と。

 

 俺は亡霊だ。

 

 未練を抱えて、再び世界に生まれ落ちた。

 

 それは更に増えた。

 

 また会いたい奴らが居る、見ていて危なっかしい奴が居る、世界を超えても追い求めた正義の在り方がある。

 

 一つ一つ増えていく度に、何かが大きくなっていく。

 

 それは繋ぎ止める楔か、はたまた押し止める柵か。

 

 

 

 ✳︎

 

 

 

「……申し訳ねぇ、お前の相棒のイニシエーターが学校を裏口から抜け出すのを想定してなかった俺の不手際だ」

 

 小学校の校門の前で頭を下げる茂徳、彼は延珠を見送り、蓮太郎が別件で動いている間、校門付近を見張っていた、が。

 

「いや、あんたが謝る事じゃねぇ、俺の携帯に連絡が入るまであんたが知れる情報は0だったんだからな」

 

 そう言う蓮太郎であったが、その表情には影が射している、どうやっても拭きれない不安が彼の胸中を埋め尽くしていたのだ。

 

「多田島さんは内地の方を探して欲しい、頼めるか?」

 

 何とか心中の焦りを握りつぶし、冷静さの仮面を被る、それは年頃の少年にしてはあまりにも大人びたやり口だ。

 

「……お前さんは外周区を当たる気か?」

 

「あぁ、そのつもりだ。その……多田島さんが悪い訳じゃないが、外周区の子供の中には警察を嫌う奴も居るからな」

 

 当然ながら外周区の子供達は裕福ではない、故に犯罪にも染まり易く、公権力を嫌う子供たちのグループもあるのだから仕方ない。

 

「……分かった、お前さんが納得行くまで探してこい、ただし、もし奴に遭ったなら、こっちに連絡を寄越せ、いいな?」

 

「あぁ、分かってる」

 

 蓮太郎は反転してママチャリに跨り、力一杯にペダルを踏みつける。

 そして、多田島が瞬きを数度する間に視界からすっかり消え去った。

 

 

 

 ✳︎

 

 

 

 少ししてその逆方向から二つの影、連絡を受け、ショッピングモールから直行したアイゼンと木更が現れた。

 

「多田島警部、藍原君が行方不明とはどう言う事ですか?」

 

 一つ目の影、アイゼンが茂徳に問うと、彼は渋面を作りながら、ガードレールに腰掛け、話し出した。

 

「どうやら、里見蓮太郎は藍原延珠の事を普通の子供として小学校に入れていたらしいな、そこの所はお前さんも知っていたのか?」

 

 茂徳はそのグリズリーにも似た強面のまま木更へと視線を飛ばす。しかし、微動だにしない木更のその姿はやはり武人と言った所だろうか。

 

「えぇ、それは知っていたけど……」

 

 木更はそう言いかけた所で、ハッと息を飲み、目の前の茂徳と同じ様に渋面を示す。

 

「あぁ、バレた、藍原延珠が『呪われた子供たち』だと。クラスどころか学校全体にな」

 

 木更の肩は僅かに震える。アイゼンは校舎へと視線を向け、そのまま口を開く。

 

 

 

「……誰が彼女を追い出したんですか?」

 

 

 

「──少なくとも、今お前が想定しているだろう『最悪』通りだな」

 

 

 

 あまりにも行間を飛ばしたアイゼンと茂徳の会話であったが、木更は即座に理解した。

 

「教師も、他の子も……延珠ちゃんの事を……」

 

 それ以上を言うのは憚られたか、木更は言い切らずに閉口する。

 

 内に秘めたるは瑞々しい義憤、握り締められた拳は白んでいる。

 

「……昨日まで普通の人間だと思っていた子供が呪われた子供たちだと分かれば、そうもなるだろうよ」

 

「だからと言って、そんな事をしていい理由にはならないわ。それをして何の得になるの?」

 

「そこまで先を見据えて行動出来るのが人間なら、過去の過ちは全て手の込んだ喜劇に出来るんですがね、でもそうじゃない、怖いものは遠ざけようとする、それは本能なんですよ」

 

 当然ながら、今この場に居る者は皆、延珠を化け物として排斥した事を唯一の正義だったとは思っていない。

 

 仕方ない事だと言えども、そこには少なからずの憤懣があった。

 

 それでもこの世界はそうして回っている、ありとあらゆる怒りの矛先をガストレアに与する物全てに向ける事によって。そうする他に恐怖に勝つ方法は無いと盲信して。

 

「こうして駄弁っていてもキリがありません、この後は藍原君を見つけた後にでもすれば良いですよね? さぁ、とっとと行きましょう」

 

 沸き立つ行き場の無い感情を各々の心の底に沈め、パンと手を叩いたアイゼンを筆頭に彼らは彼女の捜索に足を向けた。

 

 

 

 

 

 ✳︎

 

 

 

 

 

 ──結論から言えば、彼等は藍原延珠を見つけ出せなかった。

 

 土地勘のある茂徳の力を借りて内地に聞き込み調査を敢行した彼女らだったが、延珠の目撃情報は全くと言っていい程出なかった。

 

 雨も降り始め、それが酷くなるにつれ人が少なくなったのも災いし、内地での聞き込みは頓挫してしまった。

 

 最後の希望となった外周区に向かった蓮太郎の空いた手には開かれていない黄色い傘が握られていたのを見た彼女らに、取れる手段はなかった。

 

 

 

 

 

 ✳︎

 

 

 

 

 

 ──東京エリア 内地 

 

 

 

「で、何で木更さんが俺の家に泊まるなんて事になるんだよ?」

 

 疲れ切った様子の蓮太郎は、草臥れたTシャツ姿で座布団に胡座をかいていた。声にはやや投げやりな不満の感情も見え隠れしている。

 

「それは里見君が今にも首を吊りそうな顔で帰ってきたからでしょう?」

 

「今の俺、そんなにも酷い顔か?」

 

 皮肉か天然か、もはや空元気以外に出せる物もない様で、自身への嘲りにも聞こえるその冗談染みた台詞は、狭い部屋に響いて消える。

 

「多田島さん曰く、『笑う気にもなれん不幸面』だそうよ」

 

 木更は台所に向かったまま、その台詞を流す事も無く拾う。せめて、ただこの一時だけでも、日常を取り戻す為に。

 

 しかし、そんな日常は余りにも、悪意には脆い。

 

「……」

 

 不貞腐れた子供の様に、蓮太郎はそっぽを向く。

 

 二人の居る寂れた外見の二階建てアパートの中はひび割れた壁と言う外見に恥じぬ寂れ具合で、室内には確かな生活感の染み込んだ家具がとぼとぼと並ぶ。

 

 そして、それらは寂しさの満ちた室内に微かな温かみを齎していた。

 

「外ではアイゼンちゃん達が車の中に待機してるから、黙って抜け出したりしても直ぐにバレるわよ」

 

 その声には、やんちゃな子供を嗜める母の様な優しさが篭っていた。

 

「……しねぇよ」

 

 それに釣られてか、蓮太郎の口調も当人らの知らぬ間にそうなって行く。

 

 そして、露骨なまでに口数を減らして行く蓮太郎の側に、エプロンを付けた木更が台所から語りかける。

 

「延珠ちゃんは強い子よ。……きっと無事に戻ってくるわ」

 

 その言霊は、自身に言い聞かせる様に、深く重く響く。

 

「……確かに、延珠は強い。でも延珠は人間だ、強くても、無理をすればどんどん削れて行く。そんな事を『でも仕方ありませんよね』なんて曖昧な言葉で蓋したくねぇんだよ」

 

 まるで世界への訴えのようなその言霊は、何時もより静かな部屋にしんと響く。

 

 やがて、二人の言葉の出がぶつかり、部屋には僅かな静謐が訪れた。

 

 油の弾ける音と香ばしい香りが部屋に満ちる。沈黙は二人の心をジリジリと焦がしていく。

 

「木更さん、俺達は延珠たちだけじゃない、彼女たちの強さに頼り切り過ぎたんだ、なのに俺達は彼女たちに何も出来てない……んなの、おかしいじゃねぇか……いっそ、延珠の幸せの為には……」

 

 その先に何があるか、木更は聞きたくなかった、いや、言わせたくなかった、他ならぬ蓮太郎の口からは。

 

「里見君、それ以上は言わないの」

 

 静かな怒声と共に大皿がテーブルの上に差し出される。

 

 皿の上には湯気か登り立つ木更謹製の山盛りもやし炒め。

 

 黒焦げのもやしが散見されるそれを、間髪入れず「いただきます」と言って木更は口へと運ぶ。

 

「えほっ!」

 

「木更さん!?」

 

 むせ返りながら、蓮太郎に差し出された茶を呷った木更は、ポツリと口を開く。

 

「こほっ! んん、里見君の料理の美味しさが身に染みるわね……」

 

 先程の粗相を恥ずかしく思ったか、咳ひとつ、空気を切り替えても尚木更の頬はほんのり赤く染まっている。

 

「何やってんだよ木更さん……」

 

 呆れる蓮太郎を他所に、木更は大きく息を吸い込み、頭の中で整理してからつらつらと言霊を述べ上げる。

 

 

「里見君は……延珠ちゃんに、これよりもずっと美味しい、もやし料理を作ってきた……」

 

 

 始めに紡いだ言葉は、美味しい料理。

 

 出来立ての料理は、身も、心も温める、それだけでも、木更の中では彼をヒーローと呼ぶに相応しい尊い行いなのだ。

 

 木更の目には確固たる意志が宿っている。それは、蓮太郎の紡ぎ上げた物を、彼自身に否定させるものかと言う意思である。

 

 

「延珠ちゃんが笑顔で小学校に通えたのも、お金だけの話じゃないわ。里見君、君が毎日送り迎えして来たからよ……」

 

 

 二言目には送り迎え、この言葉は言外に、蓮太郎は延珠に外の世界への繋がりを与えたと言う事を示していた。

 

 学校に呪われた子供、結果はこうだったとしても、友達が出来た事を誇らしげに語っていた延珠の笑顔には、きっと毎日送り迎えしてくれている蓮太郎への感謝もあった筈だと、木更は考えていた。

 

 一言一言に力を込める。肺に込めた空気を押し出す様に、皿から蓮太郎へ視線を移した木更は胸に手を当てる。

 

 

「それに……里見君、君は延珠ちゃんと言う存在をとても、とっても大切に思ってるじゃないの」

 

 最早、言うまでもない事だ、蓮太郎が今、胸に抱く無力感も怒りも、全てはどこかで悲しみに暮れているだろう延珠を思うが故なのだから。

 

 その思いは、父子にも、兄妹にも、友人にも、恋人との間にも似た物だ。里見蓮太郎だけでない、藍原延珠にとっても彼は、父であり、兄であり、友であり、無二の『ふぃあんせ』でもある。

 

 彼らの思いは繋がっている、それは、間違いなく救いなのだ、お互いにとって。

 

 

「……!」

 

 

 対面に座す蓮太郎は瞠目する。

 

 

「……里見君が何も出来てないなんて、延珠ちゃんも……私も、思ってないのよ?」

 

 

 思いの丈を語り上げた木更は、少し息を荒げながら席に着く。

 

 自分を卑下する事の是非は、当人には分からないもの、だから、木更は気付いた。

 木更は昨日、それに陥った時、自分を諫めてくれた存在に会ったばかりだったのだから。

 

 過小評価と自己嫌悪の化け物に木更が気付く、これはアイゼンも想像だにしていない、まったく偶然の産物であった。

 

 そして、その一皮剥けた様な木更を眺めていた蓮太郎は、観念した様な……納得した様な風に、黒焦げのもやしを箸にとり──

 

「──いただきます」

 

 そう言って口に入れると、蓮太郎は先の木更の様に勢いよくむせ返った。

 

 蓮太郎の口の中に広がった苦味と焦げの匂いは、初めて延珠が家に来た時の記憶を鮮烈に思い起こさせた。

 

 まだ料理に不慣れだったその時の蓮太郎は、黒焦げのもやし炒めを作ってしまい、イニシエーターになったばかりの延珠にまともに手も付けてもらえなかった。

 それから料理の腕を磨いて行きながら、蓮太郎は延珠の信頼を勝ち取っていったのだ。

 

 そんな懐かしい日々が、蓮太郎の視界の中、延珠の姿を象りながら陽炎の様に揺らめき立つ。

 

 

 

 どれだけ遅くとも、前に進んでいる、それは事実であり、確かな現実である。

 

 

 

「──木更さん、俺は、延珠に何か返せてるのかな」

 

 

 

 翳りを帯びた漆黒の瞳に光が宿る。

 

 燻る火種は燃え上がる、彼女の、延珠の救い(ヒーロー)になるのだと、己を鼓舞するように。

 

 

 

「えぇ、私が保証するわ……だから、しゃんとしなさい、そんな情けない姿を延珠ちゃんに見せる気?」

 

 

 

 木更は、翳りを照らすように、日の光の様な微笑で蓮太郎を見つめた。

 

 

 

「あぁ……俺が延珠に心配かけてたら世話ねぇしな」

 

 ここで少年は、己を締め直す。

 

 湿気た不幸面は、僅かに乾いていた。

 

 

 

 ✳︎

 

 

 

 街灯に照らされても尚仄暗い夜。

 

 少し遠くのアパートの二階の角の一室からは白い光と微かに耳に入る団欒の声が漏れていた

 

「若い衆で宜しくやってるんでしょうかね?」

 

「いや、お前もガキだろうがよ」

 

 住宅街の路地に堂々と駐車を決めこむセダンの中、俺と多田島警部は彼らの住むアパートの部屋をジッと観察していた。

 

 これは、1箇所に集まるよりも、こうして分かれて過ごす事で、夜半にどちらかが例の奴(蛭子影胤)の奇襲を受けたとしても、最悪、被害を半分に抑えられるだろうと言う考えから俺が提案した事だ。彼女の背を押そうと言う下世話な考えもない事はない。

 

 冷めた弁当を黙々と食べ続けていると、警部が俺が座る助手席の前の空いたスペースに携帯電話を置いた。

 

「これは?」

 

「新しいスマートフォンだ。お前が電流を体に通すなんて無茶したお陰でぶっ壊れた事をだな、マークスマンの奴に伝えたらこれを渡されたんだよ」

 

 一見すると、前のスマートフォンに似たような姿だが、触ってみると、全体がゴムの様な物で覆われていた。この世界で一週間ほどしか生活していない俺はまだ、この世界の科学技術に明るくない、だから、この中には他に仕掛けがあるのかもしれないが、使ってみれば分かることだろう。

 

「……少し重くなってますね」

 

「んで、こっちは代えのハープーンガン用のバッテリーだ、こっちも壊れてたからな」

 

「ありがとうございます、警部」

 

 俺は後部座席を占領する楽器ケースの中に受け取った物を詰め込んだ。後部座席には、一応必要になる可能性を考えて、こうして観察に移る前に、一旦警部のアパートに戻り、制服やAGV試験薬などの道具類を全てこの車には積み込んである。……はっきり言ってしまうと、再三不意を突かれた後の対策がたったこれだけと言うのは、後手に回っていると言わざるを得ないが。

 

「そしてしげとくん、ありがとうございます」

 

「何で二回言ったんだ?」

 

「木更君に私と一緒に休暇を過ごせと言ったのはしげとくんでしょう? 木更君から聞きましたよ」

 

「……俺は何も思いつかずに丸投げしただけだ」

 

 ハンドルに両腕を預けた彼はだらしなく身体を倒す。草臥れたモスグリーンのジャンパーと合わせて、まるで岩に張り付く湿った苔の様だ。

 

「もしかして、私が警察官に撃たれた事、気にしてますか?」

 

 彼は優れない顔色のまま口籠っていた。

 

 俺は彼等に銃を撃たれた事よりも、彼等が殺された事の方が気掛かりだった、目の前に奴が居て、それでいて何も手を出せなかったのは、俺の手落ちだ。

 

「……警察官に撃たれた事より、彼等を助けられなかった事の方が、私としては重いですね。実のところ、警部もそう思っているんじゃないですか?」

 

「馬鹿野郎、優劣なんかつけられるモンかよ、お前が同僚に撃たれた事も、奴等に()()同僚を殺された事もな」

 

 若干の怒気と無力を表したかの様な脱力感を孕んだその返答には、彼の鬱憤の様な物を感じる、彼の方が、この世界で生きてきた年数は長い、この世界では若輩者の俺よりも、遥かにこの世界の事を詳しく知っているのだろう。

 

 所で()()とは何だろうか、俺と会う前にそんな事が……そう言えば、会議の時にも、奴を知っている様な素振りを見せていたが──

 

「まさか、面識があるんですか、影胤に?」

 

「そういえば、お前さんにはまだ言ってなかったな。お前さんと会う少しばかり前に遭遇してたんだよ。その時、里見蓮太郎も居た」

 

「いやはや、それは……とても面白い偶然ですね」

 

「俺はその時、五人の警官隊に指示を出す立場にあった。俺はガストレア絡みの事件である可能性が高かった為に、民警が来るまで待機する様に指示を出した……だが、俺が目を離している内に、警官隊の内二人が痺れを切らして突入しちまった」

 

 悔恨する様に語る彼、この話の起こりから察するに、この先は……

 

「──そして、何故か部屋に居た影胤に殺された、と」

 

「そう、それで後から里見蓮太郎と共に突入した残る三人も奴に撃たれた。病院には運ばれたが、結局死んじまった」

 

 俯く彼のその姿に、俺の脳裏には無力と言う言葉が過った、俺の生きた時代に何度も見た姿だ。

 

「なるほど……そういえば、ガストレア絡みの事件と言いましたが、まさか、私があの時戦ったガストレア、関係していたんですか?」

 

 俺の頭の中には住宅街で狩ったあのクモのガストレア、俺が警察になる遠因となった存在が思い浮かぶ。

 

「……お前と戦った被害者がガストレア化した原因、つまり『感染源』となったガストレアは恐らくだが、聖天子様の依頼にあった例の箱を取り込んでいると言うガストレアだ」

 

 なるほどどうして、こうも奇妙に道筋が繋がって来ているのか、こうもあらゆる点と線が繋がって来るならば、影胤ですらない誰かが裏で糸を引いていても驚きはしないな。いや、むしろそう考えるべきなのだろうか。

 

「その根拠は?」

 

「あの日の事件の感染源ガストレアは未だに行方知れず、更に事件の翌日、例の会議で取り上げられた逃亡中のガストレアの話、そして取り込まれているそのブツ、『七星の遺産』を狙っている影胤、感染源ガストレアが七星の遺産を取り込んだガストレアと同一個体ならば、あの日、影胤が事件の現場に居た事も納得出来る」

 

 彼は推察を言っているだけだ、しかし、その確かな物言いには確信めいた物が宿っていた。

 

 なるほど確かに、彼の言い分には筋が通っている。そもそも内地で騒ぎにもならずに暴れられるガストレアが複数体もいれば、とっくにここ(東京エリア)は滅んでいる。彼の仮説に致命的なミスは無さそうだ。

 

「……特に(仮説には)問題は無さそうですね」

 

「いや、問題大アリだろうが」

 

 ──────

 

 ────

 

 ──

 

 俺は弁当を食べ終え、箸を置くと同時に口を開く。

 

「それにしても、藍原君は無事でしょうか」

 

「……並大抵の事じゃ死にやしねぇだろうさ」

 

()()()には、そうでしょうね」

 

 少し彼の言葉を皮肉った台詞を言うと、彼は呆れた様に首を縦に振った。彼は懐を弄り小箱を取り出すと、その中から錠剤の様な物を数錠手に取り、口の中に放り込んだ。

 

 俺が眺めていると、彼はその小箱を差し出す。掌を出し錠剤を受け取り、口に入れて噛めば、口の中にハーブの様な匂いが広がり、スーッとする。……いや、弁当に合わないな、これは。

 

 恐らく、これは彼が辞めたタバコ代わりの代物なのだろう。

 

 彼もまた、今の状況に少なからず苛立っていると言う事だ。

 

「……全く、誰があんな美少女をよって集って追い出そうとするんでしょうかね」

 

 俺がそう言うと、彼は大きなため息を吐き、窓の外を眺めながら呟いた。

 

「忘れるには、真新し過ぎたんだよ、ガストレア大戦ってのは」

 

「……」

 

「ガストレアとの大規模な戦闘はこの東京エリアではガストレア大戦含め過去に二度あったが、後者は自衛隊とバラニウム弾頭の開発によって犠牲はほぼ出なかった」

 

「ガストレアを打ち倒した前例はあれど、初対面(ファーストコンタクト)の傷が癒える訳ではないと言う事ですか」

 

「……十年前のガストレア大戦を区切りに、大戦前に生まれていた人間は『奪われた世代』と呼ばれ、大戦後に生まれた子供たちは『無垢の世代』と呼ばれた……呪われた子供たちはここに入る。藍原延珠と同学年の子供たちもほとんどが無垢の世代の筈だ」

 

「なるほど、何も知らない存在だったから、無垢。しかし、藍原君のクラスメイト達が彼女を追い出したと言う事は、ガストレアへの恨みはしっかり受け継がれているんですよね、無垢な子供の心を、一体誰が黒く染め上げたんでしょうかねえ」

 

「それもそうだろうな、あれからまだ十年しか経っていねぇ、家族をガストレアに殺された親世代も当然いる。……その恨みと恐怖に囚われた親が子を育てれば、ガストレアへの恨みと恐怖は子供へ受け継がれるだろうさ」

 

「親から子へ受け継がれる物は決して良い物だけではないと言う事ですか……いやまあ、ガストレアを脅威とする社会で、ガストレアに関連する物を排他する人間が生まれるのは正常な事ですよ。ガストレアがウイルス、病気の様な存在と広く認知されているなら、尚更にそれは真っ当な反応だと言えます」

 

 彼はこの言葉に何も返す事は無く、アパートの方を眺め続けている。

 

「ですが、もしそれが続けば、ガストレアと戦争する前に呪われた子供たちと戦争する事になるでしょうね。それから、私みたいな外周区からの出のイニシエーター達からの信用は完全に失われ、民警と言うシステムも成り立たなくなる、今そんな状態になっていないのは、偏に彼女達もまた何も知らない『無垢』だからこそ。皮肉なものですね、どんな子供も無垢だからこそ、より状況は悪化する」

 

 座席に背を預ける、少しばかり、昔を思い出す。

 

 子供の頃、俺に化け物に対する恨み辛みなんて感情は無かった。だが、周りはそうじゃなかった、自分がそう認識していなくても、周囲の人間と言う狭い世界の常識ってもんが化け物への恨み辛みでごった返してたんだ。そして、愚かな俺は、そんな感情を持った村民の考えすら理解出来ないまま流され続けた。その結果が、友人の死だ。

 

 だからこそ、俺は言う、ありふれた言葉でも、それを誰もが心の中に抱いていても、口に出さなければ忘れてしまうものだから、ヒトって生き物は。

 

 ──『憎しみに目を曇らせてはいけない』

 

「……月並みな言葉ですが、それ程繰り返し語られたと言う実績があると言う事です。憎しみのあまり、親の宿業を子に背負わせるなんてのはその最たる過ちですよ」

 

 

 そう俺が言い切ると、腕を組みながら、ゆっくりと彼が振り向いた。

 

 

「あのな、子供ってのは精神的にも肉体的にもまっさらな存在だ、ましてや、外周区育ちなら知らない事ばかりの筈。……確かにお前さんは、今の世の中に()()ではあったが、()()な存在には思えない……はっきり言えば──記憶喪失にもな」

 

 驚く程に、熱くて冷めた声。真っ直ぐに向けられた意識に思わず俺は、彼の目から視線を逸らせなくなった。

 

 

「──お前さんは、いったい何なんだ?」

 

 

 俺は、後にも先にも、あそこまで悲しそうな"眼"を見ることはないだろうと、そう確信した。

 

 

 

 

 

 ✳︎

 

 

 

 

 

「多田島さん! もっと飛ばしてくれッ!」

 

「馬鹿野郎! 通学路沿いの道路でこれ以上速度出せるわけねぇだろうが! ガキが飛び出した瞬間終わりだぞ!」

 

 翌日の朝を迎えた蓮太郎達の元へ、学校側から驚くべき一報が入ってきた。

 

 学校へ延珠が戻ってきたと言う情報である。

 

 これを聞いた蓮太郎と木更は急ぎ茂徳達のセダンに乗り込み、こうして学校へ向け車を走らせていた。

 

「延珠ちゃん、どうして学校に……」

 

「分かんねぇ、でもそこに延珠が居るなら行くしかねぇ、そうだろ? 木更さん」

 

「……そうね、考えるのは延珠ちゃんに会えてからにしましょうか」

 

 後部座席には蓮太郎と木更、その様子を眺めるアイゼンはただひたすらに、延珠を逮捕しなくて済む事を祈っていた。

 

 排斥を受けた子供の化け物がその後、復讐に来ると言う事態も、彼の経験から考えられる事だったからだ。

 

 同じく過程こそ違うが、茂徳もまたそう思っていた。

 

「逸るなよ……!」

 

 絶妙な加減でアクセルを踏んでいた茂徳は、無意識に言葉を発していた。

 

 

 

 ✳︎

 

 

 

 俺達が小学校に辿り着き、目撃したのは、オレンジ色の髪の少女が、周りに立つ子供達に石を投げられたり、罵られている様子だった。

 

 それを見て真っ先に降りた里見君は、なりふり構わずに少女の元へ駆け出した、木更君と俺もそれに続く。

 

「多田島警部、もしも何かあった時の為にハンドルは握り続けておいて貰えますか」

 

「分かってる、また逃げられたら流石に困るからな」

 

 俺は降りる前に一言多田島警部にお願いし、運転席で待機してもらう。

 

 そして車を降り、門を抜け、近付けば近付く程に、その光景に混じり合う感情が身体中に染み込んで来た……恐怖、怒り、困惑、まだ幼い子供達は、目の前に立つ存在に、それらの感情をぶつけていた。

 

「オレはガストレアにお母さんを殺されたんだ! お母さんを返せ!」

 

 特に、彼女の前に立つ子供達は、三角形の定規や鋏などを持って威嚇の様な行為をしている。

 

 そんな中、矢面に立つ藍原君の心象は計り知れない、しかしながら、誰もこの状況に異を唱える者は居なかった。

 

 いや、()()()()()()()()のだろう、例えそれが自身の道徳に反する行為であろうと、そこに正しさがあろうと、既に生まれた流れに逆らう事は、少なからずの苦痛を伴う。それを覚悟した上で物を言う子供が居たとすれば、普通の大人と比べても余程人間が出来ている、出来過ぎている。

 

 気付けば、藍原君の側には里見君が居た。一度だけ、たった一度、子供達の顔を見渡し、彼女の肩を叩く。

 

「──帰ろう、延珠」

 

 こちらへ戻る里見君達と合流した木更君は、そのまま学校の門の方へ戻って行く。しかし、俺の足は一向に後ろを向かない。

 

 

「これで、良いんですか?」

 

「……」

 

 

 心の中に潜む化け物を見た、動く理由ならそれだけで良い。

 

 俺は真っ直ぐに子供達を見据えながら、進む。

 

 

「……初めまして、皆さん、私は『呪われた子供』です」

 

 

 僅か10ヤードの距離、更に俺は子供達の方へ踏み出していく、殆どの子供達は退いていたが、武器代わりの三角定規や箒と言った道具を持つ子供達は震える足を堪えていた。

 

 この光景は正に、今この世界に蔓延る闇を表していた。

 

 当たり前に転がる日常すらも、心を切り刻む剥き身の刃として少女達に襲いかかる。

 

 俺は素直にこう思う。

 

 

「糞食らえ」と。

 

 

「な、何だよ、急に出て来て!」

 

「まずは自己紹介を、名前はアイゼン・バンカー、歳は分かりませんが、多分同い年くらいですかね」

 

 更に一歩、対して彼等は手に持った道具類、それらをこちらに向ける、まるでファランクスの様な布陣だ。

 

「アイゼン……」

 

 里見君は俺が矢面に立つ事に対して心配なのだろう、しかしこれでも俺はそれなりにギリギリを生きてきた、今更何という事はない。

 

「里見君、私はやるべき事を見つけたからやっているんですよ」

 

 背後に立つ里見君を振り切り、俺は進む。

 

「──間違った事をしている子供を叱るのは……大人の仕事の筈でしょう?」

 

 誰にも聞こえない位に小さな声で呟いた言葉は、あの世界でまともに果たせなかった役割を自身に問い直す言葉だった。

 

「──大人? アイゼン、そんな見た目のお前がそう言うなら俺はもっと大人だろうが」

 

 そんな俺の言葉に怯まず答え、隣に立ったのは、黒尽くめの少年、振り返れば、木更君が藍原君の両肩に手を置いて此方を見守っていた。

 

「おや、失礼、聞こえてましたか」

 

「……俺だって、良くねぇよ。なのに、昨日までの俺は何もかも諦めてた……延珠の事すらも。情けない話だけどな」

 

 その声は、自罰的な念を含んでいた。己の罪を振り返るにはまだ若いとも思えるが、里見君がそう決めたなら私は何も言う必要はないだろう。

 

「……」

 

「でも、思い出したんだよ、俺は何をしたいのか」

 

 昨日の死にそうな顔付きとは全く違う、ギラついた、未来に突き進む少年の目だ。俺には眩し過ぎる位の。

 

「それで、私に何を?」

 

「ここは、俺に任せてくれないか?」

 

 頼もしさ、その一言が頭を過ぎる。

 

 東洋には確かこんな言葉があった筈だ。

 

『男子、三日あわざれば刮目して見よ』……里見君の目は随分と良いものになった。きっと木更君が発破をかけてくれたのだろう、何となく判る。

 

 会って僅か数日、しかしながら確かに二人の成長を開幕見た俺はすっかりおかしくなって笑ってしまった。全く、コレだから若者と言うのは面白い。

 

「ふふっ、えぇ、子供を見守るのも大人の仕事ですからね」

 

「ったく、釈然としねぇ」

 

 里見君から溢れる年相応の若い生意気さを含んだ愚痴に更に俺の口端が上がってしまう。石油色の瞳に赫赫と燃える火の姿が見える様だ。

 

 俺は踵を返し後ろへ下がる。特等席から彼の独擅場を眺める為に。

 

 車の側面に背を預ける多田島警部の隣に立ったとき、丁度里見君も喋り始めた。

 

「俺の名前は里見蓮太郎、分かってはいると思うが、ここにいる藍原延珠の保護者代わりで、プロモーターだ」

 

 里見君がまず口にしたのは、自己紹介。何をしでかすかと困惑していた子供達が更に困惑し始めた。

 

「皆、ここに居る皆に聞いてほしい事がある」

 

 不意打ち染みた先手を打ってその先に繋げる、なるほどどうして、中々見事な手腕だ。

 その証拠に、不意打ちをモロに受けた子供達は唖然としたまま里見君の言葉に耳を傾けざるを得ない。

 

「俺達は戦っている、ガストレアと」

 

 ……話の流れが読めて来た、まだ俺は里見君の事を詳しくは知らないが、俺を追って署にやって来たり、警察に連れて行かれた俺を追って来たり、妙な所で踏ん切りが良い若者なのはよく分かる、きっとコレもそうなのだろう。

 

「ここに居る延珠も同じだ。でも、彼女達(呪われた子供たち)にはもう一つ、戦っている『敵』が居る。見えも触れもしない、ある意味で言えばガストレアと同じ位に恐ろしいもの……」

 

 真に迫る里見君の物言いに、場の空気は静まり返る。

 

「……それは、世界からの『偏見』だ」

 

「へん、けん?」

 

 里見君の言葉に頭を傾げる子供。

 

「偏見って言うのは、アレはこう、コレはこうって一方的に決め付けていく考えだ。……彼女達はガストレアと同じ、そんな偏見で多くの子供たちが、今も苦しんでる」

 

 ……生き残る為に異物を排除する、何処の世界にも似通った思想は転がっているが、結局は過度なファシズムや全体主義を生み出し、戦火を熾した。

 しかし、その事実は、団結力と言う物の力が時に戦争すら巻き起こすと言う力の証左でもある。

 

「だから、頼みがある」

 

 なればこそ、その力は向けるべき所へ向けるべきだ、例えそれが吹けば飛ぶ様な理想論であっても。

 

「……全部を受け入れてくれとは言わない、関わりを持とうとしなくても良い、ただ──

 

 ──ただ、見守って欲しいんだ」

 

 泥の様な世界の暗い現実に、腹に美しくも脆い硝子の理想論をくくり付けて毅然と挑むその姿。

 

「彼女達が産まれて十年、まだ分からない事だらけ、怖いのは分かる、でも、それでもまだ決め付けるには早過ぎる……だから、何も言わなくても良い、ただ、静かに見ていて欲しいんだ。きっとそこからでも遅くはない、だろう?」

 

 泥の中に咲く(Lotus)の様な在り方は、俺の心に確かな熱を生む。

 

 子供達はただ、里見君の言葉を黙って聞いていた。

 

 しかし、その内の一人は違う様だ。

 

「じゃあ、じゃあオレはどうすりゃ良いんだよ!」

 

 ガストレアに母を殺された子の心の奥からの慟哭。

 

 ……どちらが残酷だろうか、理不尽に奪われ、抗う力も無く、ただ無力さを噛み締めて生きる幼年期か、無双の力を手に入れ、周りに畏怖や憎悪を向けられながら過ごす幼年期か。

 

 どちらがマシか、なんて考えではきっと心の化け物を殺す『理想(銀の弾丸)』にはならない。

 

 俺もどうやらまだまだ青いようで、微かに顔を覗かせた激情のままに彼らの言葉を間違いだと断じようとしたが、それすらも間違いだった事に今更に気付いた。

 

 ……少しくらいは欲張ってしまっても構わないだろうか。

 

 見守ると言ったそばからこうするのは無粋の極みだろうが……

 

「言ったそばから出しゃばるのは許して下さいね、里見君?」

 

 顔を僅かに歪ませていた里見君の脇から俺は顔を出す。

 

「なっ……見守るって言ったじゃ……」

 

「確かに、子供を見守り諭すのは大人の仕事ですが、里見君が私を子供扱いするのであれば話は別です、子供が子供と仲良く語り合おうが文句はありませんよね?」

 

「っ……本当に子供かお前?」

 

 そんな捨て台詞を吐く里見君の隣を通り抜け、俺は泣きそうな表情を見せている先の少年の前に立つ。

 

「さて……自己紹介はもういいですね、私が『呪われた子供たち』なのも知っている、貴方は普通の男の子、ガストレアを捻り潰せる程の力など無い、ただの人」

 

「……」

 

 ぐっと口端を巻き込む彼の表情はただ一言、悔恨。

 

 無力な自分への、力を持つ子供たちへのそれだと言う事は言わなくても分かった。

 

 そう、(はな)から考えるべきだった。

 

 呪われた子供たちは多数の一般人には恐怖の対象であり、憎悪の対象だ。

 

 しかし、『率先して戦う対象』ではない。現に商店街の事件では周りの人々が彼女をリンチにかけたりしなかった様に。

 

 なのに、彼はガストレアと呪われた子供たちを同一視しているにも関わらず、延珠や俺にも怯えこそ見せたものの、三角定規を片手に一歩も退かなかった。

 

 虚勢とは言い難い闘志のようなもの、狩人としての俺が感じた物はそれだ。

 

 そこで俺は気付いた。彼の心中を占めていたのは恐怖や憎悪だけじゃ無い。

 

 無力感と怒りだ、母をガストレアに殺されても尚、何もできない自身への。

 

 何もかも、歪んでいたのだ。

 

 社会が、世界が、歪ませていたのだ。

 

 俺は、ただその少年の元まで歩き、グッと両手で彼の頭を胸元に抱き込む。

 

 昨日今日と、続けてこの手を使うとは思いもしなかった。

 

 俺が昔の姿だったらただむさ苦しいだけだが、幸いにもこの見た目だ、敵意を削ぎ落とすのは簡単だ。化け物なんかには程遠い、この身体は殆ど人間と変わりやしない身体なのだから。

 

「何も出来ないのは……悔しいですよね」

 

「……」

 

 俺の胸にすっぽりと収まった彼からは先程までビシビシと此方に向けられていた敵意は感じられない。

 怒りを支えに張ったであろう、先程までの威勢はすっかり消え失せていた。

 きっと、怒りの矛先を失ってしまったからなのだろう、そして、これが彼の本当の姿だ。

 

 ……呪われた子供たちは、救われるべきだ、報われるべきだ。生まれなど選べないのだから、だが、無垢の世代や奪われた世代はどうなのか、俺はと言えば、ここに来て数日の旅人どころか唯の通りすがりも同然、それでも、何かと思う所はある。

 多田島警部の様に、ガストレア大戦を過ぎた事だと割り切れる人間はどれだけ居るか、喪ったものを抱えて先の見えない旅路を歩く人間の方が遥かに多い筈だ。

 

 しかし、誰もそれを尊ぶ事はない。

 

 何故なら皆、同じ目に遭ったからだ、周りにかける余裕も情けも持てやしない。

 背中で口を開いて待っている絶望から逃げおおせるために、誰かの荷を分け持つ事もなく。

 そうして抱え切れなくなった重荷は何処へ行くか……そう、無垢の世代(弱者たち)へだ。

 

 ……思えば、何処も彼処もそうだ。

 戦火に焼かれ、朽ちた土地に起きるのは必ずしも希望への萌芽だけではなかった。

 弱い者は心を無くした化け物達に真っ先に蹂躙され、消耗して行くだけ。

 

 俺は見て聞いてその時代の中で生きて来た────だから、諦めたくない。硝煙の匂いと共に訪れる見えない化け物どもに、彼らが蹂躙される未来などにさせてたまるか。

 

()から来たからこそ、俺が戦う者であるからこそ、掛けられる言葉がある筈だ、絞り出せ。

 

「──だったのなら、その恨み辛み全部私にぶつけて下さい。それ全部、ガストレアの奴らにぶち込んで来ますから」

 

「そ、それって……」

 

 里見君の見守って欲しいと言う言葉は、解釈次第では魅力的だ、恐怖することなく、恨むことなく生きれるのなら、そっちの方が遥かに楽なんだから。

 

 しかし、それこそが生きる理由となる場合もある、ならば運ぼう、俺がメッセンジャーとして、全ての苦しみと共に歩み、奴らの眉間と心臓に撃ち出してやろう。

 

「私はやると言ったらやる奴ですから」

 

『呪われた子供たち』も『奪われた世代』も『無垢の世代』も、全員が心の中に飼っている化け物を撃ち抜く、やってやるさ。

 

「貴方の全てを私に預けて下さい、胸に詰まったその泥の様な言葉を全部吐き出したら、今度は私の言葉を飲み込んで貰いますからね」

 

 刹那の静謐、俺の意図を理解したのか、すぅと息を吸い込んだ彼が口を開く。

 何時もの癖で回りくどく言ってしまった台詞だが、彼が聡くて助かった。

 

「……っ、悔しいッ! 悔しい悔しい悔しいッ! ガストレアが憎いッ! でも何も出来ないオレが一番悔しくて憎いッ!」

 

 堰を切った様に溢れ出す言葉と涙は、彼だけの物ではない、ガストレアに何かを奪われた者達皆の言葉だ。

 

 きっと、彼だけじゃない。

 

 微かに振り返れば、里見君を始めとした比較的年長者達も、俯き何かを考えている。

 

 同じ言葉の連呼、しかし一つ一つの言葉には子供の言葉とは思えない重さが宿っている。

 

 そうして暫く叫び通した彼は息も絶え絶えになっていた。

 

「……よく分かりました、後は私に任せて下さい。次は私が伝える番ですね」

 

 そう言って俺は、もう一度彼の背に手をかけ、思い切り抱きしめた。

 

 俺の肋骨と彼の頭蓋骨がドンと鈍い振動を起こす。

 

 今着ている服は薄手のワンピース、きっと聞こえる筈だ。

 

「聞こえますか? 私の鼓動が」

 

 胸に抱いた彼の方からくぐもった声がする。

 

「……聞こえる」

 

「まず一つ、忘れないで下さい。『彼女たち』はここに生きているって事を」

 

「うん……」

 

「約束ですよ? ほらもう泣かない泣かない……よし、もう大丈夫ですね」

 

 泣き止んですっかりしおらしくなった彼を離し、俺は未だに静まり返ったままの周りへ視線を向ける。

 

 理不尽な排他と言うのは褒められた事じゃない。だがそれを行った側にも理不尽な排他があったのなら話は別だ。

 

 単純で困難だが、その根本を取り除かなければならない。

 

「皆さん、私と約束してくれませんか」

 

 少し間を起きながら、一言一言を噛み締めるように放つ。

 

「私が、戦う事が叶わない皆さんの思いを受け継いでガストレアを討つ

 

 ──その代わり、皆さんは、私と同じようにガストレアと戦う人達を『応援』してくれませんか」

 

 我慢は体に毒だと言う、良い年した俺には今更応援なんて言葉はこそばゆい物だが、本来貰いたい声位、貰ったっていい筈だ、若い頑張り屋達なんかは特に。

 

「それだけ、それだけです」

 

 やっと満足した俺は再び元来た道を戻る。

 

 周りの反応は見ない、言いたい事は言った、それが届かなければ次にどう釈明しようが今ここで語り続ける事に意味はない。

 

 自身が警察官だと言う事もあえて言う必要は無い、権力で言葉を通すべき時とそうじゃない時があるが、今は後者だ。

 

 ただ、背に感じる言い表し難い感情の塊に無反応を貫くのはいささかむず痒いが、何とか表情を崩さずに校門まで辿り着く。

 

 目の前にある車の前には呆れた顔をした多田島警部、微笑を浮かべる木更君と里見君、そして満面の笑みの藍原君が居た。

 

 少し待たせ過ぎただろうか、だけども俺にとっては貴重な時間だった、だから切り捨てろと言われて捨てられる物ではないが……

 

「アイゼンちゃん」

 

 と、門を出た所で、里見君に謝っていた藍原君が近付くこちらに気付き、声をかけてきた。

 

「ん、何です……」

 

「ありがとう」

 

 この時の俺の様子を東国に伝わる諺で言い表すならば、きっとこうだ、『鳩が豆鉄砲でも食らった様だ』と。

 

「あの、何故ですか」

 

「どう言うことなのだ?」

 

「私は、どちらかと言えば藍原君を追い出した彼の側に立って物を言ったんですよ? 私は呪われた子供なのに。ですから蝙蝠野郎と言われても文句は言えないと思っていたのですが」

 

 それに、何となく判る事もある。

 

 藍原君は、人間である事を望んでいる、信じている、平和の中にいたい事も。

 

 なのに俺はあろう事かそんな藍原君の前で呪われた子供が化け物染みた力を持つ事を肯定し、戦う事を宿命であるかの様に受け入れた。

 

 それは藍原君にとって、心穏やかに眺められるものでもないだろうに。

 

「……でも、それこそが『ヒーロー』ではないのか?」

 

「ヒーロー……ですか」

 

「『みんな』を守るために戦う、それが妾の憧れたヒーローの姿! 天誅ガールズは人生の教科書なのじゃ!」

 

 あまりに心が純粋過ぎて汚れた俺には眩し過ぎる、目が痛くなりそうだ。

 

「……どうしたのだ、目でも痛いのか?」

 

「いや、綺麗だと思っただけです、オマケにとても格好良くて、惚れてしまいそうですよ」

 

 あれだけの暗い感情の渦に晒されても尚、輝きを絶やさない心。

 

 その心根は尊ばれるべきだろう。

 

「あ、アイゼンちゃん?!」

 

 横で木更君が顔を赤くして驚き、里見君に白い目で見られている。

 

「ま、待つのだ! 気持ちは嬉しいが、妾には既に将来を誓い合ったふぃあんせが……」

 

 こちらでも顔を赤くしてしどろもどろになる藍原君を横目に里見君が俺の言葉を注釈する。

 

「なぁ延珠、多分こいつの言ってる事、そう言うんじゃないと思うんだが……」

 

「ああ、またアイツの悪い癖が出てるな」

 

「ええ……ただただ、綺麗と思ったんです……心のありようが」

 

 心を曝け出すのが恥ずかしくて、とぼけた言葉を繋げた俺は、頬が熱くなるのを感じて、最後に本音を小さく呟いてそっぽを向いた。

 

 

 ✳︎

 

 

 藍原君を無事に保護した後、多田島警部のセダンで里見君、木更君、藍原君の三人はアパートと自宅に送り、警部と二人きりの車内。

 

 俺は窓に肘をつき、青空の下に広がる人の営みを眺めていた。

 

「アイゼン、昨日の言葉の答え、聞かせて貰えるよな?」

 

「遠回しなプロポーズですか?」

 

「違う、お前は何者かって事だよ。お前結局、明日まで保留するって言ってきたよな?」

 

「ああ、そう言えば!」

 

「最近、お前さんがふざけてるのかどうかが分かってくる様になってきたぞ」

 

 一切間を置かずに切り返す多田島警部に、俺は旧い友人の面影を無意識に重ねる。

 

 アイツは随分真面目な奴だった、俺はふざけ倒してばかり。

 

「それで結局……私は何者なんでしょうね」

 

「そこで悩むのか? お前さんなら魔王の娘とか言うと思ってたが」

 

 それでもって俺が真面目になった時はふざけた答えを返してくれる。

 

「心の中に化け物が居る」なんて本当にふざけてる。

 

「ただ、一つわかる事はありますよ」

 

「なんだ? 美少女イニシエーターとかは無しだぞ?」

 

「警部、私の事何だと思ってるんですか……でもまぁ、ある意味それっぽい言葉ですけど……」

 

 窓の外では道行く人が様々な顔をして歩いている。

 

 そこにあるのは悲しみだけだろうか、怒りだけだろうか。

 

 いや、そんな事は無い。

 

 彼らにもきっと、心の底から笑顔になる事を許される日が来るはずだ。

 

 だから、その為に俺は……

 

 

「──みんなの平和を望み戦う街角のヒーローってのはどうですか?」

 

 

「それは……くっ……ぷふっ。ああ全く、お前らしいな、何故かヒーローって柄でもない癖に……ぷっ、あのアニメに影響されでもしたか?」

 

「ふふっ、すいません、今のは流石に私自身でもアレな発言だと思いますね……と言うか天誅ガールズの内容は物騒な感じだったと思うんですけど、あんなに真っ直ぐな藍原君が見ても良いものなのでしょうか」

 

 お互いにクスクスと笑いながら、警部は俺達の家へと車を走らせる。

 

 

 ✳︎

 

 

 そして、俺達の元へ「蛭子影胤追撃戦」の情報が入ったのは、その日の夜の事だった。




自分のノリと勢いで書いた文を見直して拙さに悶絶して半年間失踪していた愚かな私です(自己紹介)

オリ主のアイゼン君と原作主人公の里見君のバランスに悩んだ挙句色々突っ込んで原作の流れを破壊しかけてしまった愚かな私です(自己紹介)
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