シルバー・ブレット   作:ダイコンハム・レンコーン

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相変わらず人物の内面を描くのがえげつないほど下手くそな作者が遂にあの子たちに手を出す時が来てしまった……。

ちょっとだけ独自解釈あり、キャラの解釈違いや設定の齟齬はしばき倒してね。

後、にわかの法知識あり、間違ってたらしばき倒してね。


屍山血河の人魚姫

 耳を劈くエンジンの轟音、人並み以上まで強化された五感を持つ呪われた子供たちにとってはいささかキツいものではなかろうか。俺は頭を締め付けられる様な頭痛にこめかみを抑えながら周りを見回す。

 

 一人残らず澄まし顔、誰一人として俺みたいなザマを晒す子供たちは居ない。

 

「流石……東京エリアの序列上位陣、慣れている訳ですか」

 

「すまん、俺の配慮不足だ。耳当ての一つ位は用意しておくべきだったな」

 

「安心してください多田島警部、すぐ慣れます、慣れなきゃいけませんから」

 

「……いいか? 無理はするな、アイゼン。お前さんは俺とペアを組んで今日まで傷をこさえてばかりなんだからな」

 

 太陽が完全に地平線に隠れた頃合い、俺と多田島警部はエンジンを温めている最中の軍用ヘリコプター群の内の一機、その中の座席に腰掛けていた。

 

 家に帰って数時間後、蛭子影胤が七星の遺産を対象ガストレアから奪取したとの報告が入った事で、俺達は飛行場まで足を運ぶ事となった。

 

 持って来たのは武装満載の楽器ケースとAGV試験薬と侵食抑制剤、衣服は荒事用に先程までのワンピースから多田島警部が買ってくれていた如何にも子供らしいデザインの入ったTシャツに、手錠、リボルバー、警棒を装備する為のショルダーハーネスの上から制服のブレザーに袖だけ通し、下はシンプルなカーゴパンツに着替えている。

 

 そして、今回の蛭子影胤追撃作戦の内容は至ってシンプル、蛭子影胤が入手した七星の遺産は世界を滅亡させしステージⅤガストレア、十二星座になぞらえた名前を持つゾディアックガストレアを呼び出す代物で、今、蛭子影胤はそのガストレアを呼び出す儀式か何かの真っ最中らしく、その妨害と七星の遺産を取り戻す事がこの作戦の最終目標、だそうだ。

 

 因みに、ステージⅤのガストレアにバラニウムは殆ど効果がなく、その肉体強度は現在の並の兵器群を凌駕する程らしい、そいつは本当に生物と呼んで良いものなのだろうか。

 

 しかし『儀式』とは……比喩的な話とは分かっていても、昔を思い出してか、ただ事でないと、狩人の血が騒ぎ立てる。

 それもまあ、呼び出すのは黄道十二宮の星座の名を冠したガストレアか……俺としては『スコーピオン(さそり座)』と対面するのは避けたい所だ。

 

 化け物に対抗する力を得る為、神秘を頼りとする狩人にとってサソリはそれはもう縁起のよろしく無い存在だ、何せ、あの伝説の狩人、オリオンを死に至らしめたと言う伝説もあるのだから。

 

 伝説や伝承と言うものは不明瞭かつ幾つも枝分かれしているもので、その不可侵のミステリーは未知なる神秘へと繋がる重要な要素になる。

 

 ただ、それ故に不便な所なのが、良くも悪くも関係性の成立がトリガーとなり神秘が働く場合がある事だ。

 

 例えば、狩人はサソリに遭うと大概ロクな目に合わない、サソリ座の見える夜に外を出歩くなんてのはもってのほか、ここ(日本)では、運勢の事をツキと呼ぶ事もあるらしいが、ツキに見放された狩人など……余りにも縁起が悪いではないか。

 

 こうして考えれば分かる事だが、未知と宇宙(そら)との間柄に何かしらの関連性を求めるのは神秘的な考えに近い所がある、例えば星座占いや占星術はもっぱらその類。

 

 ……そう言えば、黄道十二宮と占星術という言葉で思い出したが、本来黄道、太陽の通り道には十三番目の星座が存在する。

 

 かの医術の神と所縁のある星座なのだが、この時代でも十二星座と呼ばれているという事は、結局の所、有名にはなれずじまいだったらしい。

 ガストレアが有する一種の『不死性』はあの星座にさぞぴったりだろうに。

 

 ガストレアウイルスが持つその高い再生能力、肉体の強化と恒常性の強化……ガストレアウイルスも始めは人間にとって希望となる可能性だってあったのかもしれない、しかし蓋を開けてみればそれは人間の存続を脅かす絶望だった。

 

 これがヨーロッパやアメリカならば、縋るべき宗教の柱がある事からも鑑みて、この絶望を試練と受け取るだろう。

 逆に、ここではどうだろうか、この絶望は抗いようのない災いとなるのだろうか。

 

「ガストレアウイルスは試練か災いか、天使か悪魔か……」

 

「何言ってるんだ?」

 

「独り言ですよ、気にせずどうぞ」

 

 そう言って俺は家から持って来たビニール袋を取り出し、ラップで包んだシュガーラスクを多田島警部にプレゼントする。

 

「……てっきりそれに吐くのかと思ったんだが」

 

「はぁ……デリカシーがありませんね」

 

「おい、今本気で呆れてなかったか?」

 

 暇があれば俺はシュガーラスクを作っている、こうしてセロファン(ラップ)に巻いておけば手を汚す事もなく持ち運びが出来て便利に食える。

 昔は疲れたらこうして自分でこさえた甘味の味で疲れを癒していたものだ。

 

「お前なあ、こんなものわざわざ……」

 

「多田島警部、これ、他の人に渡しても良いでしょうかね?」

 

俺はシュガーラスクを眼前で振る。

 

「……警察官は公務員、つまり公正さが問われる職業だ。公務員ではない民警に菓子一つ贈っても賄賂(わいろ)扱いとまでは行かないが、逆は収賄(しゅうわい)の罪に問われる可能性がある。公務員以外に贈り物をするならそう咎めやしないが……警察官として動く時も、そうで無い時も、例え善意からの物であっても、貰い物は基本的に全て断れ、金銭に直結するものは特にだ。いいな?」

 

「確かに、公正さを求められる職で貰い物は不味いですね。それに、贈る分には問題無いのであれば、勿論遵守しますよ」

 

 まだまだ数はあるので、暇そうに座っている他のプロモーターやイニシエーターにもお裾分けしていく。

 

 わざわざ他の民警(商売敵)にこんな事をするのが余程珍しく見えたのか、大概の人は驚きを顔に表す。

 後で俺が警察だと説明すると露骨に嫌な顔を見せるのと余計に困惑していたので半々に分かれる、やはり民警と警察との仲はのっぴきならない事になっているらしい。

 

 冷ややかな視線を集めるのには慣れている。

 

 俺がやっていた狩人の実態を包み隠さず言ってしまえば、戦時中に国境線を跨いでやって来て化け物を殺すだけ殺して帰って行く謎の武装組織だ、不気味に思われても仕方ない。

 敵兵は自分達から全てを奪う化け物なのだから、お前が殺してくれ、と言われたりもした。

 今の俺なら穏当に事が運ぶように口先位は貸していたかもしれないが、昔の俺は仕事馬鹿だ。当然聞き入れる事もなく、怒らせてしまった住人に石を投げられながら帰ったものだ。

 

 それに比べれば、立ち位置が比較的はっきりしている警察は、俺には丁度いい。

 警察の元で働く俺にはきちんと給金も出るそうだし、警察にとって、同じ市民に手を出さない限りは彼ら(民警)もまた、守るべき市民の一人でもあると胸を張って言える。

 

「……大阪のおばちゃんみたいだな」

 

「オーサカ? それは地名の事ですか?」

 

「日本の大都市の一つだ、今も大阪エリアとしてその名を残している。昔は食い倒れの街って呼ばれててな、美味い食い物が沢山あったのさ、で、そこではな、おばちゃんが飴を配り歩いてたんだよ」

 

 オバチャン……なんとも興味深い、美味いものだらけの街で飴を配り歩く謎の存在か。

 

「……それは、聞き捨てなりませんね。飴の配り歩き、美味しい食い物、そんなのがあると聞いて、黙っていられる人はいませんよ」

 

「なんだ、カップラーメンじゃ不満か?」

 

「あれはあれで美味しいですが、また別口の物です」

 

「へいへい、随分と肥えた舌のようで」

 

「おっと、美食家と言って下さいよ」

 

 気の抜けた会話をしているのは何も俺達だけではなく、周りもまた同じように雑談で気を紛らわしている。

 

 今から向かう森林地帯は、未踏査領域と呼ばれるガストレア大戦以後まともに人類の手が入れられて来なかった場所だ。

 

 蛭子影胤と言う障害を抜きにしても、そこを闊歩するガストレアの大群により見事な殺し間(キルゾーン)となったその場所に向かう覚悟とは相応に必要なもの、語らいの一つや二つで気を紛らわせたいのは当然だ。

 

 しかし、時間とは冷徹なもの。

 

 ──現時刻、◯◯三◯(マルマルサンマル)を以て、『蛭子影胤追撃作戦』を開始する。各員、健闘を祈る。

 

 

 多田島警部と談笑を交わしていたその時、ヘリの中に響く不意のアナウンス。

 

 誰とも知れない男の一声、それが、俺達の命をチップにしたファイナルラウンドのゴングだった。

 

 

 

 ✳︎

 

 

 

 周囲を見渡せば森、森、森、砕けたコンクリートを足蹴にする木々を見れば、人類が地球の支配者などと言う傲りは過ちと知る。

 真の支配者たる自然は、いとも容易く街を丸呑みにしてしまったらしい。

 トーチカの様に一階だけにその身を残したかつての文明の骸からは、ただならぬ哀愁が漂っている。

 

 他の民警は、そんな物に目もくれず一目散に森の奥を目掛けてひた走っていく、早い者勝ちである以上、仕方のない事だが。

 しかし、こう言うのは焦って獲りにいくよりかは、じっくりと押さえていく方が却って早く終わるもの、急がば回れと言うやつだ。

 

「アイゼン、俺達は事前に決めたルートに従って、この山を超えて旧市街地に向かう、良いな?」

 

「はい、遠回りな旧国道ルートではなく、山を超えて一直線に向かうルートですね」

 

 ならなぜ、俺達も急ぎのルートを使うのか。

 

 それは簡単な事で、今ここに居ても尚、俺達が単なる民警ではない『警察』と言う立場も持つ存在だからだ。

 

 障害物の少ない旧国道で遠回りする奴は基本的には理性的、まあ、それでも遅く来てから後から横取りを考える奴が居ないとは言わないが、急ぎの用だと考えると、視界不良などのリスクがある代わりに現地へ一直線に進む事の出来るメリットがある山ルートについては話が別。

 

 蛭子影胤をとっ捕まえがっぽりと稼ぎたい奴らならその程度のリスクなど採算には入れない、おまけに、そう言った奴らに限って荒くれ者も多い。

 

 これから起きるのはゴロツキだらけの障害物競走──当然、民警同士での刃傷沙汰が起こり得る、と言う訳だ。

 

「しかし、幾ら稼ぎが掛かっているとは言え、他者を殺すのは問題ですね」

 

「しかし現実問題、街中ですら民警同士の発砲事件なんてのも起こってるからな。民警の奴らにはゴロツキ上がりや元組員なんて奴らも多い。銃の扱いをこれまで禁じられていた日本で、何の躊躇いもなくそれを扱える奴らと言えば、そうなるのも必然かもしれないが」

 

「アウトローの受け皿と呼ぶには、些かザルでは?」

 

「だがまあ、ガストレア大戦で何もかも小さくなっちまったからな、使えるものは全て使うつもりだろうさ、不発弾でもな」

 

「で、その不発弾の処理をするのが……」

 

「ああ……俺達(警察)だな」

 

「ですね」

 

 俺は多田島警部と目配せして、丘を進むペースを少し上げた。

 

 

 

 ✳︎

 

 

 

 ガストレアウイルスにより強化された五感のおかげで周りの気配も手に取るように分かるのだが、俺は昔の癖で、獣道や分泌物などの有無や、枝の折れた方向などをついつい確認し、多田島警部に不思議がられたりしながらも、山の稜線にあと一歩、と言う所まで辿り着いた。

 

 ガストレアとは何度かすれ違ったものの、何とかやり過ごしつつ、弾薬や道具類も温存する事が出来た。

 

 民警同士の諍いの気配も無く、これは喜ばしい事だ。

 

「今の所、検挙者0、平和過ぎて嬉しくなりますね」

 

「全く、普段もこれくらいお行儀良くしてほしいもんだがな」

 

「そうですね。出来れば……誰にも死んで欲しくはありませんし」

 

 俺は心の底からそう思う。

 

 狩人の本懐は獣、化け物を狩る事に違いないが、何のためにそうするかと言えば、そりゃあ、人を守る為だ。

 

 少なくともこの世界では化け物(ガストレア)に向けられるべき弾丸(バラニウム)を人に向ける、と言うのは些か気分が宜しくない。

 

「……」

 

「何ですか?」

 

「いや、中々可愛げのある事を言うもんだなとな」

 

 突然吐かれた浮ついた言葉に、俺は唖然とした。なんたって泣く子も発狂するような強面の多田島警部から、可愛げ、なんて(オーガ)が大人しく渦巻きキャンディを舐めてる位似合わない。

 

「……なんですかそれ、個人的には昨日の言葉の方が子供らしくてそれっぽいじゃないですか」

 

「分かってねぇな、お前さんみたいな気取った奴がふっと本音を溢すのが良いんだろうがよ」

 

 一瞬、多田島警部に幼い子供を手籠にする趣味でもあるのかと思ったが、これは違う、純粋に揶揄われているのだ。

 

 正直、昨日まではまだ俺との間に壁が残っているような様子だった。

 

 だが今日になって、いや、正確には昨日の昼から、多田島警部の様子が変わっていた。具体的に言うのは難しいが、檻の中の虎を見るような様子から部屋飼いの猫を見るような感じに……そう、俺は、一種の親しみを感じている。

 

「ああ……ええ油断してましたよ。男は狼だって事をすっかり忘れてました」

 

「はは、言っとけ」

 

 そして、出来ればこのまま何事も……とは行かないのが、無慈悲な現実だ。

 

 唐突に俺達の舞台の幕は上がる、こっちから求めても居ないのに。

 

 

 ──バシュン……

 

 

 談笑の中、刹那の隙間を縫う様に森中を駆け抜けた軽い空気の抜ける様な撃発の音。

 

「銃声です」

 

 今にも消えそうなこの音は、恐らく消音器(サイレンサー)付きの銃の発砲音……蝙蝠の因子無くしては聞き取れなかっただろう。

 

「銃声……辺りにガストレアは!」

 

「居ません、代わりに、複数人の気配が先頭に……これは恐らく……」

 

 蝙蝠の因子に齎された聴覚が捉えたのは、どろりとした水が弾けるような音、走りだけ強く、後は弱まるばかりの呻き声、いやに耳に残る、俺にとっては、あまりにも慣れ過ぎた音。

 

 

 ──バシュン……バシュン……

 

 

 状況確認の最中にも鳴り響くこの音が、著しい事態の悪化を物語る。

 

 その二撃目の音がスイッチとなり、俺と多田島警部は即座に仕事の準備に入る。

 

 多田島警部は、ジャンパーの下の防弾服の上から身に付けたショルダーホルスターから銃を一丁引き抜き、俺は楽器ケースから銃口の両サイドにストック代わりのハンドガンが二丁取り付けられた一本のショットガンを楽器ケースから引き抜き、二丁のハンドガンにはバラニウム弾を、ショットガンにはビーンバッグ弾を装填。

 

「……やってくれたな、こん畜生!」

 

 若干の怒気を滲ませる多田島警部に内心同調しながらも、俺は素面を保ちながら銃声の寝床へ向かって走る。

 

 もし、刃傷沙汰が起きるとすれば、この蛭子影胤を追っている民警の内の先頭グループではなく、後方グループの中で足の引っ張り合い、と言った風に事件が起きるものとした多田島警部の考えに賛同し、後方グループの後ろに居たのが失敗だった。多田島警部は悪くないのだが。

 

 俺が多田島警部に同調したのも、わざわざ蛭子影胤を倒す前に裏切るよりかは、蛭子影胤に嗾けるなり、協力して倒したりした後なりに、消耗した対象か討伐者を裏切って報酬を独り占めにした方がまだ分からなくもない、と言ったところからだ。

 

 先頭グループは少なくとも先に蛭子影胤に遭遇する筈、当然、欲深な奴が居たとすればそこが落とし所。だからこそ、誰も蛭子影胤と衝突していない()事件が起きるとすれば、後方グループの筈、だったのだが。

 

「まさか、最前線でやらかしてくれるとは……理性を捨てているとしか思えませんね」

 

「起きちまったもんは仕方がねえ、とにかく走るぞ!」

 

 走り出した俺の鼻腔を、夥しい血と硝煙の臭いが埋め尽くしたのは、それから少ししてからだ。

 

 

 

 ✳︎

 

 

 

「これで、邪魔者は居なくなったな」

 

「……将監さん」

 

「ん? なんだ、夏世(かよ)

 

 辺りに散らばっているのは、私の銃弾と将監さんの大剣に命を絶たれた1組のペア。

 

「いえ、なんでもありません」

 

 将監さんは、きっと、これが当たり前だと思っている。

 

 弱い者は全て失い、強い者は全てを得る。

 

 そんな価値観を将監さんは遵守しているに過ぎないのだと。

 

「これで、蛭子影胤を倒す名誉は俺のもんだ」

 

「……」

 

 そして、私はその為の道具。

 

 将監さんに従い、全てを将監さんに捧げる。

 

 これが私の汚い生き方。

 

 将監さんの道具となるのを認める事で、罪の意識から逃れようとしているだけ。

 

 将監さんは人として罪を犯し、私は道具として罪を作る。

 

 全ては将監さんがやった事だと。

 

 怖いから、私が血の池に沈んでいくのが。

 

 怖いのに、将監さんに全てを押し付けるのが。

 

 矛盾した感情を押さえ付けて引き金を引いた、その人差し指の震えが止まらない。

 

「私は……私が嫌いです」

 

「はぁ? 何言ってんだ。お前は俺の道具だ、だから黙って従えば良いんだよ」

 

 だから、私は今日も将監さんが背負う罪を作る。

 

 将監さんの、()()として。

 

 

 

「武器を捨てて手を後ろに組め!」

 

 

 

 私と将監さんが先へ進もうとした時、将監さんよりも男臭い声が先程まで死体の山の方向から聞こえて来たので、私はそちらへこのフルオートショットガンを構えようとして……

 

 ……頭の後ろに添えられたひやりとした感触に手を止める。

 

 

 

「お嬢さん、ホールドアップです。そんな物騒な()……多田島警部に向けたら承知しませんよ」

 

 

 

 気配を殺していたのか、私の意識の外から飛び出した……恐らくは、私と同じ存在(呪われた子供)の声に、微かに悲しみを感じたのは、きっと私が銃口を向けようとした相手がこの人にとって大切なものだったから。

 

 ──また、殺すのでしょうか。

 

「その物騒な奴を捨てて、背中で手を組んで下さい。早くしてくだ……って、多田島警部っ」

 

 ──それとも私は、悲しんでいるフリをしているだけなのでしょうか。

 

 私が視線を移した先では、黒色の大剣を盾にして突撃する将監さんと、辛うじてそれを回避した男の人の姿。顔までは見えませんでしたが、将監さんに負けず劣らずの恰幅をしていました。

 

「夏世ッ!」

 

 そうして生まれた隙を将監さんは逃しませんでした。

 

 脳まで筋肉の様な将監さんですが、ここぞと言う時の野生の感にはいつも助けられます。

 

「っと! バラニウム弾を呪われた子供に撃ち込むとは、血も涙もないんですか、全く……」

 

 将監さんはズボンに挟んだハンドガンを引き抜き、私の後ろに立つ人に向かって三連射すると、私の後ろの人はそれを回避する為に後退して距離を取るしかありません。

 

 そうして、私は銃を構えながら反転し、後ろに立っていたその人の顔を正面に捉えた時。

 

「あなたは……」

 

「……奇縁ってやつですかね」

 

 

 ──白髪混じりの黒髪と、深く黒い瞳、そしてこのふざけた口調。

 

 

「……アイゼン、そっちは任せたぞ!」

 

 あの恰幅の良い警察官と共にあの会議に参加していた、あのイニシエーターの名前は、確か……。

 

「……それでは、彼は多田島警部に任せるとして、此方は私が、……その前に、お嬢さんに改めて自己紹介を──

 

 ──勾田署対ガストレア課所属、アイゼン・バンカー警部補です。以後お見知り置きを」

 

 胸ポケットから取り出した警察手帳を私に見せるその人は、私の後ろに横たわる死体を見て何も言わずに警察手帳をしまうと、無言で、私が殺したのか、と問うように目を向けてきた。

 

 

 私は将監さんの道具として、何も返さず、命令を待つ。

 

 将監さんは迷わない。

 

 

「夏世……()()()!」

 

 

 震える指を押さえ付け、銃を構える。

 

 血と硝煙の香りはもうきっと離れない。

 

 だから……私は。

 

 こんな私を必要としてくれる将監さんに、私は付いていく。

 

 

「I P序列1584位……モデル・ドルフィン……千寿(せんじゅ)夏世(かよ)

 

「……やはり、そうなりますか」

 

 少し悲しげに目を伏せたてそう言ったその人は、私に向けて緩く銃を構え直す。

 

「……私は、将監さんの()()として、最期まで戦います」

 

「覚悟は……と聞くのは無粋ですかね」

 

「私は、将監さんの後ろに何処までもついて行きます。それが例え──」

 

 ──地獄の底であったとしても。




個人的に千寿夏世ちゃんの生存ルートある時は、『道具』じゃなくなってから賢い頭と感受性の高さでようやく罪の重さを実感し始めて、でも『将監に従わされていたから』って理由で親しい人からは咎められない苦しみに溺れるように咽び泣いて欲しい(畜生)

サブタイトルはそんなノリで付けました。

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