※
※
男は人間でありたかった。
自分の人生に悔いもあれば、未練だってある。
やりたいこと、会いたいひと、やらなければならなかった事、山程あった。
すべて叶わないと知った男は世の理不尽に怒り、暴れ、やがて虚しくなった男は開き直って自重することをやめた。
※
この世界において、ゴブリンに捕まった女性の運命は、殆どの場合死ぬより悲惨だ。
駆け出し冒険者の一党に属していた魔術師少女もまた、気軽に受けた依頼の末に仲間が惨たらしく殺される横で、故郷の学院を卒業した記念に親から貰った大切なローブを含め、すべての衣服を破かれた。
先に、運良く恥辱を味わう前に毒で絶命した女剣士の死体を弄んでいたゴブリンが、今まさに魔術師少女を貫かんとしていた別のゴブリンを殴り飛ばし、裸にされた魔術師少女に覆い被さる。
いよいよ、汚されてしまうという絶望に気をやりたくなる魔術師少女だが、身体中に食い込むゴブリンの指爪や、戯れに振るわれる棍棒の痛みがそれを許さない。
最早助けなど望んではいなかった。
ただ、魔術師少女は死にたかった。
できることなら、あてがわれた汚いモノが侵入する前に。
「……え?」
時が止まったようだった。
およそ全てのゴブリンがピタリと動きを止めた。
かと思えば醜悪な鳴き声を響かせ、一目散に巣穴の奥へと駆け出していく。
捨て置かれた魔術師少女は、困惑と、得体の知れない恐怖を抱き、恐る恐る体をおこして後ろを見た。
「あっ」
なるほど小鬼どもが逃げ出すわけである、魔術師少女は其の堂々たる佇まいを見て心底納得した。
暗い巣穴を自らの纏った炎で照らし出す、厳めしくもどことなく猫めいた顔立ちが印象的な、四足歩行の赤き竜。
炎王竜テオ・テスカトルがそこにいた。
「これが、噂の…」
故郷の男たちがよく話していた、炎や爆発を自在におこし、時には空を飛び回る、竜の中でも独特な身体の小鬼喰らい。
魔術師少女は安堵した。
おぞましい小鬼どもに犯され、汚ならしく死ぬよりも、この畏怖すら感じる力強い竜に食われるか、あるいは燃やされてしまう方が余程マシである、と。
ところが炎王竜は纏っていた炎を明らかに弱め、呆然と座っている魔術師少女を、その大きな舌で優しくなめたあと、奥へ走り去ってしまった。
「……え?」
なぜ、食べてくれなかったのか?
自分には、そんな価値もないというのか?
とりのこされたら、また小鬼どもの餌食になるのではないか?
先とはひと味違う絶望に、魔術師少女は気をやった。
そのために、巣穴の奥から響き渡る爆音と咆哮、ゴブリンの悲鳴を聞くことはなかった。
※
「起きたわね。安心しなさい、もう大丈夫よ。傷は治したし毒もないわ」
目を覚ました魔術師少女は、テントのなかで簡易な衣類を着せられ簡素な寝袋に入れられていること、傍に見知らぬ森人の女性がいることに気付き、声を発する前に涙した。
慰められながら、徐々に痛め付けられた感覚が蘇り、しかしそれを上書きするかのように炎王竜の舌の感触が鮮明に思い出される。
「結局、食べてはくれなかったんですね」
いっそ楽になれたのに、思いながらも生きている喜びに涙が止まらない魔術師少女を、慰めてくれている森人女性が外へと連れ出す。
「……綺麗……」
遠く山並みが見える平原で、満点の星空を見上げながら、静かに佇む炎王竜。
絵に命を燃やす画家たちの情熱を、少しだけ理解した魔術師少女は、肩を借りながら歩み寄る。
あと数歩の距離で、炎王竜は少女らへと顔を向けた。
炎を纏ってはいないのに、焚き火のような心地好い熱を感じる。
「ありがとうございました」
内心で竜を相手に、只人の言葉で何を言っているのかと自嘲しながらも、言わずにはいれなかった。
深々と頭を下げる魔術師少女に、当然返された言葉は無く、ただ少し唸るだけ。
「明日の日の出前には町へ出発よ、今夜はしっかりと休みましょう」
うながされ、テントに戻る。
「周りは私の仲間が固めているわ。全員女よ、安心しておやすみ」
戻る途中、使い込まれた鎧に身を包んだ女性たちに気付き、ようやく彼女たちが何者なのか気になり出したものの、なにより今は眠りたい魔術師少女であった。
魔術師少女と、看護する森人女性がテントに戻ってすぐ、炎王竜は眠った。
周囲を警戒している女たちは、交代で仮眠をとりながら夜を過ごした。
※
魔術師少女は、ひとまず今回の依頼をうけた町へ戻ることになった。
日の出近く、キャンプと町は近いが安全とはいえないため、森人女性を含め昨晩の武装した女性たちの馬車に乗せてもらう道中、魔術師少女は恐る恐る質問を重ねる。
「あなた方も、冒険者なんですよね、一党の名は何というのでしょう?」
「名は無いわ。冒険者ではあるし、まとまって動いているけれどね」
「なんだか珍しいですね…あの町を拠点に?」
「いいえ、あちらへ行ったりこちらへ行ったり。炎王竜の行く先が私たちの行く先だもの」
思わず魔術師少女は振り替える。
まだ暗いなか、キャンプに残る組とは別に出発の準備を整えた彼女たちは、まるで敬虔な信徒のように整列して炎王竜へ出立の挨拶を行っていた。
炎王竜は僅かに唸るだけだったが。
「……あの、あなた方は、かの竜とはどのような関係なのでしょう?」
恐る恐る訊ねた魔術師少女に対して、森人女性は苦笑い。
「皆あなたと同じように、助けられたのよ。ゴブリンの巣穴でね」
魔術師少女はそれ以上訊くことなどできなかった。し、実際それだけで十分だった。
※
町につく頃には日の出を迎え、忙しそうに朝の仕事をしていた町の婦人たちに好奇の視線を向けられながら、冒険者ギルドと酒場が併設された集会所の扉を潜る。
既に屯していた荒っぽい男たちの視線が、猛烈に不快だと魔術師少女は感じた。
※
「……ふむ、彼女だけがね」
朝一番に依頼を貼り出しながら、森人女性から事情説明を受けたギルド職員の女性は、無機質な視線で魔術師少女を見やる。
「災難だったね……しかしながら、これは君の選択の結果でもある。そして今の君はさらなる選択をしなければならない」
「なんでしょう」
「君は、冒険者を続けるかい?」
職員の女性、森人女性と仲間たち、朝食を取りながら聞き耳を立てていた冒険者や他の職員など……この場にいる者の視線が一身に注がれる。
「なにも今すぐ結論を出せ、とは言わないさ。ただ期限はあるし、個人的には故郷へ帰ることをおすすめするがね」
「……考えさせてください」
「まだ辞めるとは言わないか。では3日後の受け付け終了時間までに答えを持ってきなさい、間に合わなければ継続の意思無しとみなし冒険者ではなくなる。いいね?」
「はい」
「……宿に泊まれるだけの金はあるのかい?」
「3日分くらいは……」
「金がなくなったら言いたまえ、施設の寝床くらいなら貸してあげる」
「あ、ありがとうございます」
森人女性に促され、酒場の隅の席に腰を落ち着けた魔術師少女は、俯いたまま湯を啜る。
森人女性の仲間も座り、周囲からの視線が遮られているせいか、少し落ち着いた魔術師少女はポツリと口を開いた。
「…あなたは」
「え?」
「あなたは、いまの生き方を、どう思っているのですか?」
「幸せよ」
即答である。魔術師少女は思わず彼女の顔を見た。真っ直ぐで力強い視線、誇りある者の瞳だった。
「彼は、私を救いだしてくれた。それが偶然でも、どんな理由であっても、とにかくあそこから出してくれたわ。そして……そして、優しくしてくれた」
「優しく、なんて」
竜なのに。
「事実よ。彼とは喋ることができないけれど、接していれば解るわ」
それこそ思い込みだろうと思う魔術師少女だが、同時に納得しかけている自分に気付く。
「助けてくれ!!」
そんな時、蹴破らんばかりの勢いで、突如として酒場に入ってきた只人の男が叫んだ。
ボロボロの彼は、唖然とする冒険者たちへすがる。
夜明け直前、この町に近い彼の村が数十のゴブリンからなる集団に襲われたらしい。
辛うじて撃退したものの少なくない数の村人が殺され、埋葬もできていない。女子供は作物の貯蔵庫に避難させたが、間に合わずさらわれてしまった者もいるという。
ゴブリンが遠巻きにこちらを監視しているため、助けを呼ぼうと生き残りから彼を含めて幾人かを選抜し、馬で町へ急いだが、道中ゴブリンらの待ち伏せにあい彼以外は殺されてしまったらしい。
「やつら、村の周りをウロチョロして……冒険者が来る前に、また襲うつもりなんだ……たのむ、今すぐ村へ来てくれ……頼むよ、なあ!!」
必死ですがる彼に、しかし周囲は冷ややかだった。
単純な話である。
「なあ、あんた」
「来てくれるのか!?」
「報酬は?」
「……え?」
「心情でいえば、勿論の事助けてやりたいさ。けど、話を聞くに今頃全滅しててもおかしくない村へ行って、しかもゴブリンなんかを掃き捨てる勢いで追っ払って……それで、いくらくれるんだよ」
「村の蓄えが…」
大まかな金額を伝えた彼に、冒険者は首をふる。
「足りない。駆逐した後のアンタらが使う分が残らないくらい出さないと無理だ」
「…なんで」
「アンタ、冒険者の報酬の相場を知らないだろ。今まで大過なかったのか、あの村からの依頼みたことないぜ」
冒険者とて人間で、リスクとコストに見合うだけの報酬を得られなければ軽率に動くわけに行かない。
ゴブリン集団を追い払い、村に安全をもたらそうとすればどうしても人手がいるし、ハイリスクローリターンになる。
しかも集団とはいえ、この町の冒険者の多くからすれば村の男衆だけでも一度退けられる程度の戦力しかないゴブリン集団なのだ。
話を聞く限り組織としては未熟で、まだ大半の冒険者が拠点とするこの町は襲わないだろうし、あとで正式に然るべき所を通して最低限報酬の保証された依頼が出たら、新人冒険者たちが間引いて、脅威度が上がり報酬金も上がったら本気で潰しに行けば良い……というのが、この場にいる冒険者の多数意見なのだ。
仮に腕利きの冒険者が動くにしても、村のようなそれなりに広い範囲をゴブリンから守るとなればそれなりの質の人手がいる。
普段と違い、数十人の非戦闘員を抱えるとすれば尚更だ、金額は跳ね上がる。
「あ…あき、あきらめろっていうのかよ!!」
フラフラと、目の前の冒険者胸ぐらを掴もうとした彼を押さえ付けながら、冒険者は言う。
「そうは言ってない」
彼の目が点になった。
「たまたま物好きな連中がいてな……あそこの森人に頼んでみろ」
※
母も父も、実は愚かなんじゃないかと思う。
村の外れに住んでいて、逃げ遅れたアタシたち家族は、ゴブリンによって引き裂かれた。
最期までアタシたちの為に鍬で戦った父。
アタシを先に行かせたせいで、ゴブリンに引き摺られていった母。
他の大人の力も借りて無事に倉庫へ逃げ込めたアタシ。
一人娘で、不出来で、あまり畑仕事の役に立たないアタシを庇うくらいなら、アタシを囮にすればよかったのに。
生き延びて、また子供をつくればよかったのに。
蓋や資材や保存していた野菜なんかで覆い隠した、暗い暗い倉庫の地下で、村の人達と身を寄せ震えるなか、アタシは無力な自分に吐き気がするほど腹を立てていた。
どれくらいの時間そうしているのか、もうすっかり解らない。
不意に、微かに、男の人達の怒声が聞こえ始めた。
たぶん、きたぞー、とか言ってる。
男の人達は大丈夫だと言っていたけど、でも正直みんなわかってる。
勝てるなら、最初の戦いで終わってる、とっくにみんな倉庫から出てるんだ。
でなきゃ、蓋をしてくれたおじさん達が、あんな辛そうな眼をしない。
※
テオ・テスカトルは激怒した。
世話を焼くために残っていた、テオ・テスカトルに同行する一党の女性たちが示した方角には、濃い煙が空にのび、その先端で強い光が星のように発せられていた。
なにか緊急事態……たとえば襲撃にあって救難を求めるだとかの場合に打ち上げられる、この一党独自の信号だ。
テオ・テスカトルはゴブリンを好かぬ。
テオ・テスカトルはゴブリンを殺してまわる。
同行する一党もそれを積極的に手伝う、例えばゴブリンの巣穴を潰すとき事前に突入する以外の穴を手分けして塞ぎ、テオ・テスカトル突入後に突入口すらも塞いで、それでも地上へ逃げ出したゴブリンは一党が残らず殺すなど。
故に一党がこの信号を使うときは十中八九ゴブリンが絡んでいる。
どこへ行っても居てどこであろうと害を成すゴブリンと、そんなモノを産み出し続けるこの世界の理に怒りをこめて、テオ・テスカトルは咆哮をした。
毎度のことになれている一党の女性たちは耳を塞いでいたが、それでも一時動けなくなってしまうほど力強い咆哮に、頼もしさと胸の高鳴りを感じる。
そして咆哮がおさまり動けるようになると、40秒以内で支度を終えて先に飛び立ったテオ・テスカトルを追うのだった。
※
最初に見えたのは近くの森から飛び出した、狼にまたがったゴブリンライダー数体だった。
そして数十のゴブリンが、盛ったような声をあげながら続く。
先の戦いのなかで働き盛りの息子3人を喪った男が、村で一番高い3階建ての風車から、急ごしらえの粗末な柵の中で血のこびりついた農具やら棒やらを握る男衆へ叫びつつ、持っていた鍋を力一杯叩き鳴らす。
「南からだー!南からきたぞー!」
森と村の間の草原をあっという間に駆け抜けてくるゴブリンライダーを目の当たりにしても、女子供が隠れている貯蔵庫……間違いなくバレてしまっているが……を中心とした、あまりにも小さな円陣を組む男衆は血走った目で見据えこそすれど、怯えも動揺もしない。
風車の男も、円陣とゴブリン集団の狭間で孤立無援にも関わらず、早く来いと言わんばかりに眼下を睨む。
皆、息が荒い、鼓動が早い。
後ろで怯える女子供のため、復讐を果たすため、男衆は全身に力をたぎらせる。
先んじて、猟師の息子が父の遺品で矢を射つ。
一矢、慣れない弓でのそれは地面に刺さる。
しかし次からは見事ゴブリンライダーに当てて見せた。
5射中4の命中、素早く駆けるゴブリンライダー相手に、若い息子はよくやったと言えよう。
2体のゴブリンに深傷を負わせたのを除き、粗末な盾で防がれてしまったが。
ほどなく残りのゴブリンライダーと、身軽になった2頭の狼が柵へ到達、躍りかかる。
「死ねえぇー!!」
斧で、鉈で、鎌で、簡易な槍で、ゴブリンライダーは次々と絶命し。
それ以上に、男衆が命を落とす。
さらに、続いていたゴブリン集団が殺到。
戦術も何もない、原始的な数の暴力。
「うがあああっ!!クソッ死ねっクソッ!!」
男衆とてわかっている、皆殺しにされることを。
ただの農民と猟師だけで、劇的な勝利を得られるほど甘くないことを。
だからこそ男衆は、殺された同胞になど目もくれず執拗に貯蔵庫へ走ろうとするゴブリンに、怒りを込めて己の武器を振るう。
――GRRRRRR!!
唐突に震わされた心臓、およそ全てのゴブリンがそちらを見た。
直後、何もなかったはずの場所で起きた爆発によって、猟師の息子の屍を踏み越えたゴブリン数体が、まとめて消し飛んだ。
呆気にとられるゴブリン、これ幸いとばかりにその隙を突き殺す男衆、間髪いれずに地面を走る猛烈な炎。
炎王竜テオ・テスカトルは、瞬く間に10をこえる数のゴブリンを灰にした。
「ウオーーーッ!!」
その光景に興奮した木こりの青年が、雄叫びとともに他より大きな体格のゴブリンに飛び付き、頭をカチ割る。
男衆からしてみれば、このままゴブリンごと焼き尽くされるかもしれない事を恐怖するより、女子供が凌辱の限りを尽くされないですむかもしれない可能性を喜んだ。
実際、炎王竜を認識したゴブリン集団は本能的にパニックを起こし、一斉に逃げ出そうとする。
つまり、男衆と距離が離れた。
――BOOOM!!
炎王竜が光の粉を飛ばしたかと思えば、一目散に逃げだしたゴブリン共目掛けて地面を爆発が走って行き、見事粉微塵。
と思えば一瞬でふりかえり、死角から逃げようとした狡いゴブリン共を猛烈に吐き出した炎で灰にして。
まるで重さなどないかのように高く、速く、遠くへ跳んだ炎王竜は、もっとも早く逃げ出していたゴブリンを踏み潰し。
背に生える一対の翼を羽ばたかせれば、散々となって逃げるゴブリン共を幾つもの爆発が襲う。
「散開!」
そこへ、馬を走らせる一党が追い付いた。
国の兵士と比べれば明らかに軽装で見劣りはするし、たったの数名ではあるものの、よく馴染んだ武具でもって次々とゴブリンを殺してゆく。
炎王竜によって大半が消し炭となった上の、冒険者らしき女性たちの参戦によって、いよいよ希望が見えた男衆は、しかし女子供を忘れることなく攻勢ではなく守勢を選択。
誰に言われるでもなく、炎王竜と一党の邪魔にならぬよう貯蔵庫へ集まり、中に侵入されていないかの確認と、外周を槍衾ならぬ農具衾で固めた。
決して油断してはならないことを、男衆は身をもって知っているからだ。
そんな用心深い男衆など目もくれず、1体のゴブリンが森に辿り着きそうになり。
「我らが祖よ、我らが神よ、我が矢に加護を…」
村の手前まで荷馬車を急がせた森人女性が放った正確無比な矢で胴と地面を縫い付けられ、念入りにと仕込んである炎王竜に提供された素材を使って調合された火薬が、臓物をブチ撒けさせた。
だが森人女性の弓では届かない距離にも、逃げるゴブリンはいる。
そんなゴブリンの行動を予想し、村と巣との間に回り込んだ残りの一党が弓を射、同じ火薬を仕込んだ矢で次々殺す。
あらかた燃やした炎王竜は、村のあちこちにある瓦礫や物陰に隠れてやり過ごそうとしていたゴブリンを見つけ出しては炙り出し、惨たらしく噛み砕き、消し炭にしてまわる。
一党も炎王竜が入れなそうな所を丹念に調べる。
その様子を、風車の窓から最後の力を振り絞って眺めていた男は一筋の涙を流したあとで息を引き取った。
ゴブリンだけを燃やし、草木や村の家屋や男衆の死体に燃え移る前に火を消し去ってみせる炎王竜の優しさに、心の底からの感謝を捧げて。
※
遥か昔から鬱蒼としげる森に、ゴブリンなりに隠蔽された比較的広い巣穴の最奥部。
配下の帰りが遅いことに苛立った群れの長は、村から連れてきた女たちのひとりを犯して苛立ちを抑える。
縛り付けられ、並べられ、散々犯し尽くされた幾人の女たちは、最早濁りきった瞳でまともな言葉を発することもままならない。
長は考える、村へいった同胞たちはどうせお楽しみの真っ最中なのだろう。
巣に残した見所のある同胞は、今のところ並べてある女で満足しているようだし、村へいった同胞たちが帰ってくれば申し分無い数の女が手に入る。
群れをどんどん大きくするつもりの長は、群れの欲求不満を解消して反乱を抑えやすくするのに十分であろう数の女や、村人が蓄えていた食料を持って凱旋する同胞たちを思い浮かべ、ほくそえむ。
ピクリと、長の耳が動く。
夢中で腰をふっているのは別にして、長とその周りのゴブリンは、微かに聞こえてくる物音に歓喜した。
巣に残してある同胞が、大慌てで外へ向かう音。
恐らくは連れてきた女たちを待ちきれないのだろう、このままでは無用な争いが生まれてしまい、それに巻き込まれて使い物にならなくなる女が出るかもしれない。
長は群れを率いる苦労に、やれやれと溜め息を吐きながら凱旋する同胞たちを迎えようと、外へ向かう。
長は、これが襲撃である可能性も考えはしたが、巣にはゴブリンシャーマンを含む優秀な同胞を残しているし、なにより段々と漂ってくるのは人間の女特有の体臭と小水の臭い、男の臭いは一切しない。
それも一人二人分どころではない数が、まとまって。
少なくとも長の経験からすれば、襲撃に来た女ばかりの集団が巣の前で一斉に用を足す、など考えられない。
だから長は出入り口に集まった同胞たちが、ほとんど臭いの無い炎王竜の塵粉を集めた爆弾で吹き飛ばされたり、別の出入り口から突入した炎王竜に引き裂かれたり、外に逃げようとしたところを待ち伏せされたりするなど想像もしなかった。
ましてや、ボロボロにされたうえ炎王竜に押さえ付けられ、散々犯した女たちに同胞たちの武器で止めを刺されるなど。
※
「あの村は多くを失った。口減らしが必要だ、だから一部の者は神殿へ、さらに一部の者が雑用として一党に入れてもらうそうだ」
2日後の朝、職員の女性がやはり無機質な表情で、森人女性と仲間たちに頭を下げる女性たちを眺める。
年齢がバラバラな彼女たちは戦闘に使える技術を持っている筈もなく、移動の多い一党は相応のリスクを抱えることになる。
「神殿のように救済をうたうわけでもないのに、よくやるものだよ」
魔術師少女は、苦笑いをうかべながら職員の女性へ言う。
「それを私の前で言いますか」
微笑みを返しながら、職員の女性が言う。
「老婆心でもある。情け深い者は大概、情けをかけすぎて身を滅ぼす。人間の腕で抱えられるものはあまりに少なく、見誤って転べば……暗がりで汚ならしく死ぬことになる」
魔術師少女は思わず身を強張らせた。
「深入りし過ぎることなく、頑張りなさい」
「はい、ありがとうございます」
一礼し、森人女性たちへと駆け寄る魔術師少女を見送った職員の女性は、彼女たち炎王竜を追う一党の名簿に、新しい名前を書き加えるのであった。