「その声は、我が友、虞美人ではないか?」   作:銃病鉄

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とうとうこのシリーズも十回目です。
ただの一発ネタだったはずが、気づけば総合評価も550を超えました。一応ネタが続く限りは細々と続けていくつもりなので、これからもよろしくお願いします。

というわけで、初心に帰って中島敦先生の「名人伝」のパロディです。キャラ崩壊とネタバレ満載ですが、それでもよろしければお読みください。


「デュフフ、拙者の名人伝の始まりですぞ」

 カルデアに住む黒髭というサーヴァントが、天下第一の萌えの名人になろうという志を立てた。

 

 すでにかなりのオタクとして知られる黒髭であったが、彼がそのような決意を抱いたのには理由がある。

 それは、黒髭が最近知り合った同好の士と互いのコレクションを見せ合っていた時のことだった。

 

「見てくだされ、この写真。デュフフ、やっぱりアストルフォ殿はよいですなぁ」

「分かる。けれど、これに写っているパリスちゃんだって負けていない」

 

 話の相手はアポロン神である。

 彼らは(本人の許可なく)撮影した写真を見せ合って盛り上がっていたのだ。

 楽しく語り合う中で、ふと黒髭が言った。

 

「さすがは神話に名高きアポロン殿。このカルデアにもオタクは多いですが、男の娘でここまで語り合えるのは拙者たち二人だけでしょうな」

 

 その言葉は決してリップサービスではなく、黒髭の本心だった。

 しかし、意外にもアポロン神はこれを否定するのである。

 

「それは違う。男の娘を愛好することにかけては、さらに上のオタクがいる」

 

 アポロン神が言うには、当今(とうこん)男の娘を語らせては、名手ジル・ド・レェに並ぶ者があろうとは思われぬ。

 

 認めた相手にそこまで言われ、ふと黒髭は考えた。

 黒髭のスキル『紳士的な愛』は、女性と一部の性別不明サーヴァントに追加効果がある。だが、見た目美少女なのに効果が及ばない者もいまだに多い。

 このジャンルを極めれば、おのれは天下一のオタクといえるのではないか。

 

 そのように考えた黒髭は、ジル・ド・レェに学び、萌えを極めようと心に決めた。

 

「デュフフ、拙者の名人伝の始まりですぞ」

 

 黒髭はさっそくアポロン神の案内でジル・ド・レェの部屋を訪ね、その門に入った。

 

「ふぅむ。あなたもフェミニンな少年に興味がおありで?」

 

 飛び出した眼球で黒髭をまじまじと見つめ、ジル・ド・レェはうなずいた。

 

「その探求心はすばらしいものです。ですが、まずは()ることを学ぶとよいでしょう」

 

 ただ可愛らしい少年に萌えるだけでは、男の娘の神髄を教えるには足りぬ。視ることに熟し、大を視ること小のごとくなったならば、我に告げるがよい。

 そうジル・ド・レェは言うのである。

 

 その言葉を受けて、黒髭はトレーニングルームに足を運んだ。肉体を鍛えることが趣味のサーヴァントたちが集まる場所である。

 その中にはダンベルを手にして汗を流す聖女や、プロレス技を鍛錬するギリシャ女神のような美女たちがいる。

 だが、黒髭はあえて彼女らから視線を外した。

 

「全ては筋肉です! 鍛え抜かれた肉体こそ、絶対に砕けぬ無敵の盾となるのですゥゥヌオオオオ!」

「励んでおるなスパルタの王よ! これは余もマケドニアの主として負けておれぬわ!」

 

 視線の先には、熱した鋼のように硬く暑苦しいマッスルの塊があった。普段の黒髭ならば思わず目をそらしていたであろう。

 しかし、萌えの高みを目指す情熱を胸に、黒髭は瞬きすらも忘れて漢たちの肉体を見つめ続けた。

 

 永遠にも思える苦痛の時間であった。

 しかし、時計の秒針が回ること百を数え、黒髭がマッスルの圧に胸焼けすらも感じていた時である。不意に彼の視界に異常が起こった。

 

 半裸でバーベルを持ち上げる征服王の姿が、気のせいか、だんだんと美貌の少年のように見えてきたように思えたのだ。

 

 にわかには信じられず黒髭は眼をこすった。しかし、何度見直しても、目に映るのは少女のように愛らしい赤毛の美少年なのだ。

 

 いや、征服王だけではない。滝のごとく汗を流しながら筋トレに励む漢たちは全て、黒髭の眼には可憐な少年としての姿で映っているではないか。

 

 (アダルト)を視ること(ショタ)のごとく。

 

 今や黒髭は視ることを会得し、年齢や容姿の区別なく男の娘として知覚できる域に達したのである。

 

 試しに男性サーヴァントたちに対しスキル『紳士的な愛』を使ってみれば、その効果は劇的だった。 

 征服王イスカンダルや英雄王ギルガメッシュ、果ては狼王ロボに至るまで、ことごとくを追加効果の対象とすることができたのだ。

 

 このことを報告されたジル・ド・レェは大いに喜び、さっそく黒髭に奥義秘伝をあますところなく授け始めた。

 

 黒髭の上達は驚くほどに早かった。

 修行を始めて十日後のことである。

 黒髭がエネミーのゴーストたちに対し秘蔵の男の娘フィギュアを掲げると、たちまちまばゆい光弾がほとばしり、ことごとくゴーストたちを消滅せしめた。

 

 洗練された黒髭の紳士的な愛が、初期サーヴァントによく見られる謎の光弾となり、悪しき魂を浄化したのである。

 

 その光景を見ていたジル・ド・レェも思わず「Cool!」と叫んだ。もはや黒髭がおのれと肩を並べるほどに成長したと悟ったからである。

 

 もはや師から何も学ぶものが無くなった黒髭は、大いにオタクとして名声を高めることとなった。

 だが、悪属性としての宿命だろうか。

 ある日、黒髭はふと良からぬ考えを起こした。

 

 今や男の娘をもっておのれに敵すべきものは、師のジル・ド・レェをおいて他にない。天下第一の名人となるためには、どうあっても彼を除かなければならない、と。

 

「邪魔な奴は37564(ミナゴロシ)というわけですなぁ。海賊的に」

 

 黒髭がひそかにその機会を狙っていると、たまたま廊下の先でアポロン神と談笑しながら歩くジル・ド・レェを見つけた。

 

 とっさに黒髭はポケットのコレクションに手を伸ばした。

 ゴーストと同様にジル・ド・レェの魂も浄化し、抹殺せんとしたのである。

 一方、師であるジル・ド・レェもまた、不穏な気配を察知してふところのコレクションへと手をやった。

 

 二人がコレクションを取り出すのは同時だった。

 互いに放った光弾は空中で衝突し、消え去った。そのエネルギーにも関わらず一切の余波を生まなかったのは、両者の卓越した技量ゆえだろう。

 

 同じことが何度も何度も繰り返された。

 

 とうとうジル・ド・レェのコレクションが底を尽きた時、黒髭はいまだに一枚の写真を残していた。

 黒髭は勝利を確信した。ジル・ド・レェの魂も紳士的な愛に呑まれ、後は消え去るのを待つばかりと思われた。

 

 ところがジル・ド・レェは、とっさにかたわらにたたずむアポロン神をつかんだ。

 そして、そのままアポロン神を光弾へとぶつけることで身を守ったのである。

 

 それを目にした黒髭の心に、襲撃に成功していたなら決して生じなかったに違いない道義的慚愧(どうぎてきざんき)の念が、この時忽焉(こつえん)として湧き起こった。

 ジル・ド・レェも危機を脱した安堵とおのれの技量についての満足とが、黒髭への憎しみを忘れさせた。

 

 二人は歩み寄ると、カルデアの廊下のど真ん中で固く抱き合い、しばし美しい師弟愛の涙にかきくれた。 

 

 こうしたことを今日(こんにち)の道義観をもって見るのは不適切である。

 

 かつて尾張の織田信長は、義弟のドクロに金箔を貼り、酒を満たしてこれを飲んだ。

 十六歳の少年、秦の始皇帝は父親が死んだその晩に父の愛人を襲い、三度もチョメチョメした。

 

 (すべ)てそのような時代の話である。

 

 しかし、いくらか冷静になったジル・ド・レェは、黒髭に新たな目標を与えて気を転じようと考えた。

 

「もしあなたが最高のCoolを求めるなら、この廊下をまっすぐ進みなさい。その先には私を遥かにしのぐ男の娘オタクがいます。彼にかかれば、我々の抱く萌えは児戯に等しいのです」

 

 黒髭はすぐにジル・ド・レェに別れを告げた。

 言われたとおりに廊下を進んだ黒髭は、一つの部屋の前で足を止め、その扉を開いた。

 

 部屋に住む人物を目にして、黒髭は驚いた。

 

 そこにいたのは、短い金髪を生やし、眼鏡をかけた小太りの男だった。その風貌は達人のイメージには程遠い。

 だが何よりも、彼はサーヴァントですらなかった。部屋の主は、ただのカルデアスタッフだったのである。

 

 それでも黒髭は気を取り直し、要件を告げるやいなや自慢のコレクションを男に見せた。

 それをチラリと一瞥した男は、「一通りはできるようだな」と微笑んだが、すぐにこうつぶやいた。

 

 しかし、それはしょせん『萌之萌(ほうのほう)』というもの。

 好漢、いまだ『不萌之萌(ふほうのほう)』を知らぬと見える。

 

 ムッとした黒髭に、男は「今度は俺が見せる番だな」と告げた。

 だが不思議なことに、いっこうに写真もフィギュアも取り出す気配がないのである。

 

 さてはこの男、狂人であろうか。そう黒髭が考えた時、その場にどこからか一人のサーヴァントが現れた。

 

 頭にターバンを巻いた、金髪の美少年だった。

 黒髭は彼を知っていた。彼はキャプテンと呼ばれるサーヴァントで、黒髭と同じく有名な船乗りである。

 

 どうしてここにキャプテンがいるのだろうかといぶかしんだ黒髭は、次の瞬間、驚きに目を見張った。

 

 目の前で、しだいにキャプテンの姿が薄れていったかと思うと、そのままどこへともなく消えてしまったのだ。

 言葉を失う黒髭を、男は愉快そうに見つめて言ったのである。

 

 

「―――イマジナリーキャプテンだ」

 

 

 雷を浴びたかのような衝撃が、黒髭を襲った。

 この男は、おのれの妄想力だけで、キャプテンをこの場に顕現させるに至ったのだ。

 その事実に気づいた黒髭は慄然とした。今にして初めて芸道の深淵を覗き得た心地であった。

 

 

 

 それから彼がどのような修行を積んだものやら、それは誰にも分からぬ。

 しかし、初めて黒髭が部屋を出た時、カルデアの人々は驚いた。

 

 あれほど欲と邪念に満ちていた顔つきが、なんの表情もない、木偶のごとき容貌に変わっている。

 その顔を見たかつての師ジル・ド・レェは、感嘆して叫んだ。

 

「素晴らしい! これでこそ天下の名人です。不肖、この私など足元に及ぶものではありません!」

 

 オタク仲間たちは、天下一の名人となって戻ってきた黒髭を迎え、やがて見せびらかされるであろうコレクションへの期待に沸き返った。

 

 だが黒髭はいっこうに期待に応えようとしない。

 それどころか、オタク活動すらも行わず、ただ自室でボンヤリとしているばかりだった。

 

 さすがに気味が悪くなり、仲間たちがその訳を尋ねると、黒髭は物憂げに言った。

 

 

 至為(しい)()すなく

 

 至言(しげん)(げん)を去り

 

 至萌(しほう)()ゆることなし

 

 

 その言葉の意味を仲間たちは理解できなかった。

 が、やがて一人の物分かりの良いサーヴァントが「そうか!」と叫んだ。

 

「宝石のごとくきらめく瞳は、誰にも見えない髪の奥に秘められた状態でこそ神秘を極める! それと同じで、オタクを極めた黒髭は、萌えの概念を完全に捨て去ったというわけだ!」

 

 その説明を聞き、彼らは思った。「やっぱりよく分からん」と。

 

 その日以来、様々な噂がカルデアで囁かれた。

 

 (いわ)く、フェルグスが黒髭の部屋の前を通りかかった時、たちまちその霊基に異常が起こり、リリィの姿に変容してしまった。

 

 曰く、黒髭が自らの意思で英雄の座に昇り、その翌日に織田信勝がフレポ召喚に実装された。

 

 これらの真偽は誰にも分からない。

 ただ、次のようなエピソードが伝わっている。

 

 ある日、黒髭はサバフェスに向けて執筆作業中の刑部姫の部屋を訪れた。

 彼女の部屋に飾られた様々なオタクグッズを眺めていた黒髭は、その中の一つに目を止めた。

 それは変哲もない同人誌であったのだが、その表紙に描かれたキャラのことが、妙に彼の胸に引っかかったのである。

 

 黒髭は刑部姫に尋ねた。このキャラはどのようなジャンルに属し、何に用いるものなのか、と。

 

 最初、刑部姫は彼が冗談を言っているのだと思って、ニヤニヤと笑うばかりだった。

 黒髭は真剣になって再び尋ねる。

 やがて、彼が本気で質問していることを悟った刑部姫の顔に驚愕の色が現れた。

 

 ほとんど恐怖に近い狼狽を示して、彼女は叫んだのである。

 

「ああ、夫子(ふうし)が、――天下一の萌えの名人たる夫子が、男の娘を忘れ果てられたとや!? ああ、男の娘というジャンルも、その使い道も!」

 

 それから当分の間、カルデアでは、画家は絵筆を隠し、作家はペンを置き、楽人は楽器を手にするのを恥じたということである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――とまあ、あたしちゃん、久々に筆を執ってみたんだけどさぁ。どうよ、くろひー?」

「どうと言われても、拙者を主役にしてメチャクチャ書かれたものを読まされて、どんな反応しろと。ぶっちゃけ悪ノリの産物でござろう、これ」

「いやあ、やっぱブランクってキツイわ。マジやばたにえんってヤツ?」

 

「やっぱ最初のドレイク道を極める案の方で書こうかな」

「解釈違いですぞ」 




以下、一度やってみたかった次回予告。



青年はなぜ畜生道へ堕ちてしまったのか。

「悩み抜いた末に、考え出したのは、道化でした」


――逃避

「あなたは悪くないわ。世間が悪いのよ、マスター」


――堕落

「そこで自爆です」


――左翼活動

「そんなに資本主義が憎いのか」



謎に満ちていた人理修復の過程が、今明かされる。

次回、「マスター失格」
ご期待ください。



……本当はこれを十回目にもってくる予定だったのが、泥沼にはまりました。
来月中には完成させます。たぶん。きっと。 
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