「その声は、我が友、虞美人ではないか?」   作:銃病鉄

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あーでもない、こーでもないといじってたら、まさか一万字超えそうになるとは思いませんでした。

そんな計画性の無い作者ですが、それでもよろしければお読みください。


「マスター失格」・上

 今、僕の手には一枚の写真がある。

 

 そこに映っているのは、一人の青年だ。

 二十歳手前ぐらいだろうか。短く整えられた黒髪に、端正な顔立ち。少し照れているのか、ややぎこちない笑みをカメラに向けている。 

 その初々しい雰囲気が白いカルデア制服とよく似あっている。充分に美青年と言うことができた。

 

 けど、僕は思った。

 

 これまで、こんなに醜い笑顔を見たことがない、と。

 

 不快感を覚えた。そう表現してもいい。

 

 たしかに顔立ちは整っている。

 それでも、眼が笑っていない。表面上は爽やかに細められたように見える眼には、一切の感情が浮かんでいやしないんだ。

 この空虚な二つの黒い点と比べたら、まだ人形の顔に埋め込まれたガラス玉の方が生き生きしているだろうさ。

 

 こんなもの、全然ロックじゃない。

 

「どうかしましたか? カドック・ゼムルプス」

 

 不意に声をかけられて、僕は我に返った。

 

 オリュンポスで殺されたはずの僕が、なぜかカルデアの拠点で目を覚ましてから三日がたった。

 何度もしつこく身体を検査されたかと思えば、この部屋に連れてこられて、こんな胸のムカムカするような写真を見せられたんだ。

 僕がいない間に、ずいぶんとカルデアの趣味も悪くなったじゃないか。

 

「……なぜこんなものを僕に見せる? これはカルデアご自慢のマスターだろう」

 

 この写真の男を僕は見たことがある。

 忘れもしない、ロシアの異聞帯で。

 あの時も何か妙な雰囲気をこの男から感じていて、理由も分からないままイライラする気分になったもんだ。

 

 この写真を見た今なら、僕が感じていたものの正体が分かる。

 

 同族嫌悪だ。

 

 僕の神経を逆なでしていたのは、あいつの身体に染みついていた劣等感。どうしようもないコンプレックスの匂いだったんだ。

 

「現在のカルデアの状況を説明するにあたって、必要なことなのです」

 

 机をはさんで向き合った相手は、そう言って一冊のノートを差し出した。

 

「これを読めっていうのか」

 

 沈黙は肯定ということだろう。

 僕はノートを受け取り、その表紙をめくった。

 

 

 

――――――

――――

――

 

 

 

 爆死の多い生涯を送ってきました。

 

 自分には、普通のマスターの行うガチャというものが見当つかないのです。

 

 自分は魔術とは無縁の家庭に生まれましたので、初めてサーヴァントを召喚したのはカルデアに来てからでした。

 召喚術式が起動した後、杖を持ったドルイドが一人、マーボー豆腐の山に埋もれながら名乗ったのを覚えています。

 

「おっと、今回はキャスターでの召喚とき――おい、全身がマーボーまみれなんだが!?」

 

 その後も多くのサーヴァントを大量のマーボー豆腐と共に召喚しました。彼らのおかげで自分は最初の特異点を修復することができたのです。

 

 しかし、自分は人理を修復する途中で知ったのですが、この世には星4以上のレアリティ*1のサーヴァントがいるらしいのです。

 

 最初は信じられませんでした。

 自分がガチャを回しても、出てくるのはマーボー豆腐ばかり。たまに、その中で星3以下のサーヴァントが溺れているだけなのでしたから。

 

 あまりにマーボー豆腐ばかり出るせいで、カルデアの食事は一日三食マーボーという、四川(しせん)人もびっくりの偏食です。

 あれにはカルデア全体から苦情の嵐が巻き起こりました。

 

「ふむ。君は美味というものを理解している。この辛さの中に調和した旨味があるのだよ」

 

 唯一、ときたまフラリと食堂に現れる神父服の男にだけは好評だったのですが。

 

 閑話休題(それはさておき)

 

 ガチャから星4以上のサーヴァントが出てくるという迷信は――今でも自分には、なんだか迷信のように思われてならないのですが――しかし、いつも自分に不安と恐怖を与えました。

 

 つまり、分からないのです。

 

 高レアリティ召喚後に味わう素材の枯渇、編成におけるコストの制限といった、プラクテカル*2な苦しみが。

  

 自分のサポート編成と、世の全てのマスターのサポート編成が、まるで食い違っているような不安。

 そんなことを考え悩むあまり、自分は夜ごと苦悶し、発狂しかけたことさえあります。

 

 そうして、自分は世間に対してどう振るまえばよいのか、分からなくなりました。

 

 これを読む人は、「なんとくだらないオント*3に苦しんでいるのだ」と嘲笑するでことしょう。

 

 しかし、自分にとっては命を削る問題だったのです。

 弱虫は、なんでもないことを恐れるのです。心は硝子(がらす)なのです。綿で怪我をするのです。

 

 

 悩み抜いた末に、考え出したのは、道化でした。

 

 

 人理修復の中にあって、自分はつとめてお茶目にふるまいました。

 

「チーッス! シクヨロ!」

 

 オルレアンで自分が王妃におどけて挨拶すると、みんな大笑いをしました。

 他にも、海賊たちと酒を飲んで騒いだり、南米の女神相手に捨て身のプロレス技を繰り出したり。

 

「女からもらった呼符で、風呂を沸かしてはいった男があるそうだよ」

 

 自分はいつもそのようなヘタなジョークを口にして、周囲に笑いのタネを提供しました。

 ある時など、自分は丸メガネをかけてロイド*4の物真似を行い、フォウ*5やスタッフたちを楽しませたこともあります。

 

 ガチャに対していつも恐怖に震いおののき、また自分の行う人理修復に自信を持てない。

 そんなナアヴァスネス*6をひたかくしに隠して、必死のサーヴィスを行いました。そうして、自分は「いつもシリアスなのに、たまに奇抜なことをしでかす変人」として思われることに成功しました。

 

 ああ、しかし、人理修復!

 

 道化の仮面が厚みを増していく一方で、肝心の人理修復は思うように進みませんでした。

 

 なにせ自分の召喚するサーヴァントは低レアリティばかり。特異点の難易度が増すにつれて、さすがに戦力不足はごまかせなくなっておりました。

 かといって打開策も見いだせず、自分は途方にくれるばかり。

 

 そんな時です。自分が、あるサーヴァントと知り合ったのは。

 

「こうして召喚されたのも一つの縁。末永くお付き合いいたしましょう」

 

 そう自分に声をかけたのは、フレポ*7で召喚した眼鏡の軍師でした。

 

 彼とはそれまでの旅で出会ったことなどなかったのですが、召喚されるやいなや、やけに親し気に話しかけてきたのです。

 それでも私はへどもどしながら彼を歓迎しました。

 

 彼は、自分に悪い遊びを教えてくれました。

 

「そこで自爆です」

 

 それは俗に『他人の命でやるステラ』と呼ばれるものでした。

 共に戦う仲間たちを、あろうことか弾丸として敵陣に射出するという鬼畜の所業です。彼は自爆のマイスター*8だったのです。

 

「必要な犠牲でした。苦渋の決断です。分かりますね?」

 

 分かりません。

 

 ですが、高レアリティを召喚できない自分にとって、フレポで来てくれる彼の活躍が不可欠だったのも事実です。

 

 人理を守るために、自分は彼の献策を受け入れるしかありませんでした。

 

「自爆こそ最良の戦法です。勝利のカギは、自爆の中にあり! 自爆に対するパアトス*9!」

 

 手段を選ばず人理修復を進めているうちに、自分はマスターとして身を持ち崩していきました。

 召喚をするたびにマーボー豆腐の山を築き、サーヴァントたちは自爆させる。そんな人理修復の日々を送るようになったのです。

 

 自分は冒頭で爆死の多い生涯を送ったと書きましたが、まさか、他人まで爆死させることになるとは思いもしませんでした。

 

 自分はガチャと向き合おうとせず、逃げました。

 逃げて、逃げて、さすがにいい気持ちはせず、死ぬことにしました。

 

 そのころ、自分に特に優しくしてくれるサーヴァントがいました。

 

「私のことを本当の姉と思ってくれていいわ」

 

 フレポで来てくれたマタ・ハリです。

 その時も彼女は、食堂でマーボーを食べる自分をなぐさめてくれました。

 

「はい。アーンして。よく噛んで食べましょうね」

 

 自分はどういうわけか、昔から女性にかまわれることが多いのです。

 本当は「ほれられる」と表現したいところなのですが、彼女たちの態度は恋人へのそれでなく、手のかかる息子や弟に向けるものでした。なので、やはり「かまわれる」と言ったほうが適切でしょう。

 

「あなたは本当に優しいマスターね。私のことも第一線で使ってくれるなんて」

 

 そんなことを言うマタ・ハリに、私はあいまいな笑みで応えることしかできませんでした。

 彼女に戦ってもらっているのは、ただ戦力が少なすぎるという理由に過ぎなかったのですから。

 

 頭の良い彼女のことです。本当の理由はとっくに分かっていたのでしょう。

 ですが、自分を喜ばせるためにそんな言葉をかけてくれていたのです。

 

「キャメロットはひどかったよ。もう少しで全滅するところだった」

「あなたは悪くないわ。こんなにがんばっているじゃない」

 

 彼女に頭を撫でられて、自分は少し心が軽くなりました。

 この歴史に残る女スパイ兼プロステチュウト*10と一緒にいると、自分はいくらか安心することができたのです。

 

 彼女と話し合う中、どのようなきっかけで「死」という言葉が出てきたのか、今では思い出せません。

 しかし、それも自然なことだったのでしょう。

 考えてみれば、ほとんどのサーヴァントは一度死を経験した存在です。カルデアとは、この世のどこよりも死が身近な場所でもありました。

 

 そして、元からマスターとしての営みに疲れ切っていた自分は、この上なく死というものに惹かれてしまったのです。

 

 

 その夜、自分とマタ・ハリはカルデアスに飛び込みました。

 

 

 マタ・ハリは消滅しました。そうして、自分だけ助かりました。

 

 当然カルデアは大騒ぎになりました。

 自分は「足がすべった」の一点張りでなんとかごまかしたのですが、心配したドクターから安静にするように言われ、しばらく医務室で過ごすことになりました。

 

 自分は一人になり、ベッドの上で涙を流しました。消滅してしまったマタ・ハリのことを考え、泣いたのです。

 自分のようなマスターに召喚されてしまったばかりに、彼女は二百QPになってしまいました。そのことを思うたびに、自分が一人の女の生命を奪った事実を突きつけられるのです。

 

「かわいそうなマスター。私が消滅してしまって、そんなに悲しいのね」

 

 リンゴの皮を剥きながら自分をなぐさめてくれたのは、やはりマタ・ハリでした。

 一度は消滅した彼女でしたが、次の日に回したフレポ召喚でまた来てくれたのです。

 

「あなたは悪くないわ。世間が悪いのよ、マスター」

「そうかい。悪いのは世間かい」

 

 マタ・ハリにリンゴを食べさせてもらいながら、自分は考えました。

 もう決して心中などはしない。自分はきっと真人間となり、ガチャと向き合おう。そう誓ったのです。

 

 

――――――

――――

――

 

 

 

 …………。

 

 僕はいったい何を読まされているんだ?

 

 意味が分からない。あまりにひどい内容に頭痛を覚え、ページをめくる手を止めてしまった。

 

 頭がおかしくなってしまいそうだ。

 ガチャで爆死したぐらいで心中事件を起こすな! 何が「世間が悪い」だ。お前たちはその世間を取り戻すために戦っていたんだろうが!

 あと、なんであのアルターエゴはカルデアの食堂に出没してるんだ!

 

「どうかしましたか?」

「どうかしているのはお前らだろう。……ん?」

 

 その時、ページの間から何かがハラリと机の上に落ちた。

 なんだ。栞にしては大きいぞ。これは、写真?

 

「ッ、バカな!」

 

 それを目にして、僕は思わず椅子から腰を浮かした。

 信じられない。

 

 どうして、お前が写真に写っているんだ。

 

 

「――芥」

 

 

 写真の中でカルデアのマスターと一緒に写っていたのは、僕たちクリプターの一員、異聞帯で死んだと聞いていた芥ヒナコだった。

*1
rarity【英】希少性

*2
practical【英】実用的な

*3
honte【仏】恥

*4
Harold Lloyd(1893~1971) アメリカの喜劇映画俳優

*5
虞美人ではない

*6
nervousness〈英〉神経質

*7
friendpoint【英】友達点数 その略称

*8
meister【独】巨匠

*9
pathos【ギリシャ】情熱

*10
prostitute【英】娼婦




後編は、なんとか今月中には投稿できると思います。

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