「その声は、我が友、虞美人ではないか?」   作:銃病鉄

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申し訳ありませんでした(前回の後書きを見つつ)。

いただいた感想や誤字報告を励みにして、なんとか書き上げることができました。いつもありがとうございます。




「マスター失格」・下

 ある日、心中事件を起こしたあげく医務室に押し込まれた自分は、暇を持て余していました。

 

 たいていはマシュが話し相手になってくれていたのですが、その日は予定があるとのことで一人きりだったのです。

 おそらく、ロンドンを攻略した後に召喚されたキャスターと会っていたのでしょう。

 

 とっくに就寝時間だったのですが、妙に目がさえて、耳の下にできたおできをいじっていました。

 すると、医務室のドアを叩いて自分を呼ぶ男がいました。

 

「おい、相棒!」

 

 訪ねてきたのは、触覚のように細長い髭を生やした初老の船乗りでした。

 真名不明のサーヴァントで、みんなから単に「ライダー」と呼ばれていました。

 どんなに絶望的な状況でも前向きで、周囲を鼓舞するカリスマ*1の持ち主。きっと、本当はよほど高名な英霊だったのでしょう。

 

「寝てばかりいても退屈だろう。少し話でもしようや」

 

 ライダーがそう言うので、自分はわざとしおしおした態度で彼を招き入れました。

 

「やっぱり、消滅した女が恋しいだろう?」

「はい」

 

 自分はことさらに、消え入るような細い声で返事しました。とは言っても、マタ・ハリはとっくに再召喚されていたのですが。

 

「そうかい、そうかい。それが人情ってもんだよな」

 

 どうやら彼は事件の真相に興味を覚え、自分に探りを入れに来たようです。

 自分はすぐにそれを察して、彼をやや満足させる程度の「陳述」をしてやりました。

 

 その途中で咳が出そうになったので、自分はハンケチで口を覆いました。

 

「身体を大事にしろよ。血痰(けったん)が出てるじゃねえか」

 

 自分が咳をした後、ハンケチに血がにじんでいるのを見て、ライダーが心配そうに言いました。

 

 実を言うと、それはおできをいじっていた時についた血なのです。が、訂正するのも面倒だったので、自分は殊勝げにうなずいておきました。

 

「それじゃあな、相棒」

 

 一時間ほど会話をして、ライダーは医務室を出ていきました。

 

「お前さんは代わりのいない身なんだ。ゆっくり休めよ。しんどいんなら俺に指揮権をあずけてくれてもいいんだぜ」

 

 去り際にそんなことを言う彼に、自分は言葉に詰まりました。

 彼は、真摯に自分を気遣ってくれている。それが心で理解できたからです。自分は人を見る目に自信があります。

 

「チッ。まさか病気持ちだったとはな。とんだ駄奴隷だぜ」

 

 ドア越しに人間失格なつぶやきが聞こえたようでしたが、きっと気のせいだったのでしょう。

 

 これは余談なのですが、このライダーはバビロニアの特異点を攻略した時、一部の悪属性サーヴァントと一緒に姿を消してしまいました。

 一体、どこに行ってしまったのでしょう。彼のような高潔な男がいれば、きっと終局特異点においても頼りになったはずなのですが。

 

 

 その後もなんやかんやがありまして、とうとう自分たちはソロモンへと到達しました。

 

 そこにあったのは絶望的な光景でした。

 

 倒しても無限に再生する魔人柱の一群が、自分たちの前に立ちはだかったのです。

 

「いくら倒しても、常に七十二柱がそろうとは。これでは、我々全員を射出しても足りませんぞ」

 

 眼鏡の軍師に言われなくても、最悪の状況であることは自分にも分かりました。

 

 ですが、そこで自分は、同時に奇跡を目撃することにもなったのです。

 

「聞け、この領域に集いし一騎当千、万夫不当の英霊たちよ!」

 

 その言葉を皮切りに、ただ一度縁を結んだという細い糸をたぐって、次々と駆けつけてくれるサーヴァントたち。

 

 案外、世間とは信じてよいものなのかもしれない

 

 自分は久々に――本当に久々に、そんなことを考えました。

 

「なんと、こんなに多くの英霊が集ってくれるとは……。これで弾切れの心配はありませんな、マスター」

 

 やはり、世間は冷たく残酷である。

 自分はつくづくそう思わされました。

 

「これで終わりですね。それでは今生の主殿、縁があれば再び会いましょう」

 

 そして一人残らず射出されて(いなくなって)しまった戦場で、最後におのれすらも弾丸としてゲーティアにとどめを刺す軍師を、自分は言葉もなく見ておりました。

 

 いつか自分は地獄に堕ちるだろう。

 そう思いました。

 

 

 

 そうして人理を救った自分たちでしたが、それで話は終わりませんでした。

 時計塔から派遣された査問団によってカルデアは解体されることとなり、自分たちは拘束されました。かと思えば、今度は謎の集団によって襲撃を受けたのです。

 

「突然のガサ入れ……さては、特高!?*2

「意味は分かりませんが、おそらく違います先輩!」

 

 なんとか自分たちは逃走することができましたが、あまりに目まぐるしく動く状況に混乱していました。

 そんな時、外部から突然の通信が入ったのです。

 

「人類の文明は正しくはなかった。我々の成長は正解ではなかった。よって私は決断した。汎人類史に反逆すると」

 

 それは、眠っていたはずのAチーム、クリプターと名乗る集団からの通達でした。

 あまりに荒唐無稽な内容に、カルデアの面々はその意味を測りかねるばかり。

 

 ですが、その中で唯一自分だけは、彼らの目的を察することができたのです。

 

 

 要するに、それは左翼活動の宣言でした。

 

 

 クリプターたちの否定する人類の文明と成長。つまり、それは資本主義のことに違いありません。

 彼らは世界規模での革命を実行し、地球を赤く塗り替えるつもりなのです。

 これにはレフ・トロツキー*3もニッコリでしょう。

 

「そんなに資本主義が憎いのか」

 

 思わずそんな言葉をこぼしそうになりました。ですが、自分のそばには以前のAチームを知るマシュやダ・ヴィンチちゃんもいたのです。

 昔の同僚が左翼思想に染まっていることを、どうして彼らに伝えられるでしょうか。

 このことを、自分は一生胸の内に秘めておくことにしました。

 

 そして異聞帯を巡る旅が始まりました。

 

 まずはロシア。次に北欧。

 とても言葉にはできない、過酷な戦いでした。

 

 なにせ、クリプターたちは当たり前のように高レアサーヴァントを召喚しているのです。

 

 ガチャから星4以上のサーヴァントは出てくる。そんな事実を、残酷にも自分に見せつけようとしているかのようでした。

 自分の心を折るための精神攻撃だったに違いありません。

 

 秦の異聞帯につくころには、自分は心身ともにズタボロになっておりました。

 それでも、自分の心は潰れる寸前で踏みとどまっていたのです。

 

 少なくとも、自分は以前のような鬼畜の所業を行わない。

 仲間を生贄にして射出するような外道はしないのだ。そう自分に言い聞かせることで、ポッキリと折れてしまいそうな精神を保つことができたのです。

 

「これはこれは……。主殿、お久しぶりですな。再び私の策が必要ですか?」

 

 そして、まさかまさかの眼鏡軍師との再会に、自分の心はあっけなくへし折られました。

 

「死のう」

 

 スパルタクスと荊軻の犠牲によって秦の異聞帯を攻略した後、カルデアで自分は呼符を手にしてつぶやきました。

 

 我ながら、なんと未練がましいことでしょう。

 自分は死ぬ前に、一枚だけ残っていた呼符を使おうとしていたのです。見栄坊のモダニティ*4と嗤ってください。

 

 召喚陣が起動したのをボンヤリ見つめながら、自分はこれまでの旅を思い起こしていました。

 ぬぐいきれないほどの血と、砕け散った聖晶石の破片。そして香辛料たっぷりのマーボーが轍を描く旅路でした。

 

「ねえ、あんた」

 

 しかし、それもここまでです。来世では、自分はガチャの呪縛から解き放たれることでしょう。

 

「ちょっと、聞いてるの」

 

 いや、最期にマタ・ハリには甘やかしてもらいたい。今日は彼女の膝枕で寝て、明日死んでも遅くは……。

 

「無視するんじゃないわよ!」

 

 自分は突然の大声によって我に返りました。

 

「アサシン、虞美人よ! よりにもよってお前が私を召喚するなんて、いったいどういう神経してるの!?」

 

 彼女の声は、全く自分の耳に届いていませんでした。あまりの衝撃に呆然としていたからです。

 

 星4。

 

 自分には永遠に縁がないと思われていた高レアリティのサーヴァントが、カルデアに召喚されたのです。

 

 

 

 虞美人はサーヴァントであるだけでなく、自分にとってカルデアの先輩でもあります。

 心強いことに、彼女は助言を与えてくれました。

 

「後輩、現状では戦力が全く足りないわ。必要なのは、項羽さ……星5のサーヴァントね。特にバーサーカーよ」

 

 その言葉を受けて、自分は前にもましてガチャを回すようになりました。低レアしか出ないという呪いから解き放たれ、自分は有頂天になっていたのです。

 

「その調子よ、力の限り回し続けなさい! 必ず項羽様を召喚するのよ!」

 

 頼れる先輩の激励を受けて、自分はガチャを回しました。

 

 爆死しました。

 

 虞美人が召喚されたものの、相変わらず自分の召喚陣からは低レアとマーボーしか出なかったのです。呪いは健在でした。

 力なくうなだれてると、自分の肩に優しく手を置く人物がいました。

 

「もういいのよ後輩。ガチャを回すのはやめなさい。これからは石を貯めるだけでいいわ」

 

 自分は驚きました。

 さっきまで、あんなにガチャを回せと言っていたのに。あまりに無残なガチャ結果に、自分は失望されてしまったのでしょうか。

 

「いくら回しても出ないものはしょうがないじゃない。戦力の多い少ないなんて重要じゃないわ」

 

 その言葉に、自分は救われたような気持ちになりました。

 なんだか、以前と言っていることが真逆になっていましたが、些細な問題でしょう。 

 

「やめる。明日からガチャは回さない」

「ほんとう?」

「モチさ」

 

 モチとは「もちろん」の略語です。カルデアに来る前、世間ではモボだのモガ*5だの、いろんな略語が流行(はや)っていました。

 

「もう自分はガチャをやめるよ」

 

 その翌日、自分は、やはりガチャを回しました。

 

 なんだか、もう一度だけ回せば当たるような気がしたのです。

 自分は虞美人に謝罪に行きました。

 

「ぐっちゃん、ごめんね。ガチャを回しちゃった」 

「ぐっちゃんはやめなさい。ガチャを回した? まったく、ヘタな嘘つくんじゃないわよ」

 

 自分はハッとしました。

 

「嘘じゃないよ。ほら、保管庫からマーボーがあふれているだろう?」

「マーボーなんていつもあふれているじゃない。アンタが回さないって言ったんだから、回すわけないでしょう」

 

 自分は、あまりのことに呆然としました。

 彼女はてんで自分を疑おうとしないのです。元左翼活動家で未亡人とは思えない、汚れを知らぬヴァジニティ*6

 

 自分はその日以来、ガチャをやめました。

 ガチャに怯えることなく、頼れる先輩や仲間たちと人理のために戦う日々。それは、自分にささやかな喜びを与えてくれました。

 

 しかし、当時の自分には分からなかったのです。

 

 その後に来た悲しみが、凄惨と言っても足りないくらい、実に想像を絶しているものであるということを。

 

 

 

 破局の始まりは、唐突に訪れました。

 

「おはようございます。マスター。これからお食事ですか?」

 

 虞美人と出会ってしばらくたったある日、廊下ですれ違った相手に声をかけられたのです。

 相手は仮面をつけたサーヴァントで、顔を隠していても、その下にある美貌がうかがえるほどでした。

 

 その場を通り過ぎてから、自分は違和感を覚えて足を止めました。

 彼は中国異聞帯で戦った星4のセイバーです。もちろん、召喚した覚えなどありません。

 

 そうしてたたずんでいると、また別のサーヴァントに話しかけられました。

 

「おお、どうしてそのように突っ立っておるのだ? いくら朕の姿が恐れ多いからといって、そこまでかしこまっては逆に不敬というものだぞ」

 

 その声の主、間違いなく中国異聞体の王の姿を目にした瞬間、自分はハッキリと異常を悟りました。

 

 おかしい。自分が召喚した記憶のない、召喚できるはずのない高レアサーヴァントたちがカルデアを闊歩している。

 一体、どうして?

 

「おや? 何かお悩みですか、マスター」

 

 まるでタイミングを見計らったように、眼鏡の軍師が現れました。その顔には、どこかサディスティック*7な笑みが浮かんでいます。

 

「こちらへ」

 

 彼に言われるままついて行くと、自分は召喚陣の描かれている部屋まで来ました。ガチャを止めて以来、訪れていない場所なのですが。

 

「ご覧あれ」

 

 そして、部屋を覗き込んだ自分は、見てしまったのです。

 

「ようやく石が貯まったわね。待っていてください、項羽様。あの後輩の代わりに、今度こそ私がお呼びして――」

 

 そこには、召喚陣のかたわらに立つ虞美人の姿がありました。自分と目が合って硬直する彼女の腕には、たくさんの聖晶石が抱えられています。

 

 その時になって、自分は彼女がガチャを止めるように言った真意を悟りました。

 高レアを召喚できない自分の代わりに、彼女は自力で項羽を引き当てようとしていたのです。

 

 その一件以来、自分は虞美人と接することが気まずく、距離を置くようになってしまいました。

 しかし、勝手にガチャを引いたことなど、自分は少しも恨んではいなかったのです。

 

 ただ、カルデアに来たばかりで高レアを二人も当てていてうらやましいな、とか。せっかくだから召喚陣が虹色に光ったりバチバチしたりする演出を一緒に見たかったな、とか。そんなことを考えてしまったのです。

 

 しかし、自分のそんな態度が彼女を追い詰めていることに、自分は考えが及びませんでした。

 

 ある時、虞美人は発狂しました。

 

 中国で発生した特異点にレイシフトした時、自分たちが野宿をしている途中で急にわけの分からぬことを叫びだし、闇の中へと駆けだしたのです。

 最初は、「まあ、彼女の奇行はいつものことだし」と思って、特異点の調査を優先しました。

 

 しかし、彼女はなかなか戻らず、特異点を修復する目前まで到達したのです。

 自分は焦りました。そのまま特異点を消してしまえば、もう二度と彼女と会えなくなるかもしれなかったのですから。

 

 どうして自分は、マスターとして彼女と正直に話し合うことができなかったのでしょうか。

 もはや自分は人間失格……いえ。

 

 マスター失格。

 

 自分がそんなことを考えて、呆然としていた時です。不意に声をかけてくる者がいました。

 

「おや、マスター。心中お察しいたします。実においたわしい」

 

 例の眼鏡軍師です。

 おいたわしいも何も、自分の心労の五割ほどは彼が原因のように思えたのですが。

 

「虞美人殿のことですな。思い返せば、あなたとも長い付き合いです。たまには軍師としてまっとうな助言をいたしますか」

 

 普段の自爆連発が、まっとうな軍師の行動ではないと自覚していたのに驚きました。

 

「彼女は深く項羽殿のことを想っています。かの英霊を召喚すれば、縁によって出会うこともできるのでは」

「だけど、自分には無理だよ」

 

 自分のガチャ運を知っている身としては、とうてい不可能だと思いました。

 

「ですが、この特異点ももうすぐ攻略できましょう。ならば手に入るのではありませんか。紛い物とはいえ、万能の願望機が。というより、ついさっき見つけたのですが」

 

 そして、軍師は自分に聖杯を手渡しました。

 

 しばらく思考が停止していた自分は、我に返ると、聖杯を強く握りしめました。

 自分の身はどうなっても構わない。どうか、項羽を召喚できるように。ガチャの呪縛から解き放たれ、もう一度彼女と出会えるようにと願いました。

 

 そして、自分は――。

 

 

 

――――――

――――

――

 

 

 

「――畜生道に堕ちましたが、牧神の姿を得ることによってProbability(確率)の呪いをはねのけ、無事にフワフワの彼女と再会できた私です」

「待て。どんな理屈だ」

 

 ノートを読み終わった僕は、目まいがするような気分と戦いながら、机の向こうにいる黄金羊に言った。

 

 最初見た時から謎の生物だと思っていたが、これがカルデアのマスター?

 正気か。

 

「フォウフォウ」

 

 言葉を失う僕をよそに、自称カルデアのマスターは、いつの間にか部屋に入り込んでいた小動物にベーコンを与えてたわむれている。

 すると、僕の視線に気づいたのか、声を落としてささやいた。

 

「心配はしないでください。あなたたちが左翼思想に染まっていることは、断じて誰にも明かしていない私です」

 

 染まってない。

 

 脱力して頭を抱えていると、机の上に置かれた写真が視界に入った。芥の映っている写真だ。

 

 ……そうか。死んだと聞かされていたが、今ではカルデアのサーヴァントか。

 

「あいつはこっちじゃ元気にやっているらしいな。正直、色々言いたいことはあるが……」

 

 いつも本ばかり読んでいた姿が、脳裏をよぎる。

 胸の中に沸いた感情を整理するのに、少し時間をおいてから、できるだけ無感情に言葉を吐いた。

 

「まあ、どうでもいいさ。別に、今さら会いたいとも思わないしな」

「何を言っているのです、カドック」

 

 

 

 

 

「彼女なら、さっきからあなたの目の前にいるではありませんか」

「フォウヨ(そうよ)」

 

 …………。

 

 ………………え?    

*1
charisma【英】信服力、権威

*2
特別高等警察の略称 明治から昭和にかけての闇

*3
Lev Trotsky(1879~1940) ソビエト連邦の革命家。爆弾テロはしたかもしれないが、節穴だったかは分からない

*4
modernity【英】現代性

*5
モダンボーイ、モダンガールの略称

*6
virginity【英】処女性

*7
sadistic【英】嗜虐的な




最近、原作がFate/Grand Orderという部分を見るたびに罪悪感を覚えます。


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