→でも、こんな出オチ前提の一発ネタで、続きなんて書けるわけが……
→だが、書けたと言ったらどうする? 驚いているかい? 私も驚いているよ
という過程で出来上がったのがこちらです。
今さらですが、中島敦先生、芥川龍之介先生、どうかお許しください。
中国のとある都市、その西の門の下に、ぼんやりと空を仰いでいる一匹の獣がいました。
獣の名は虞美人といって、元はカルデアのサーヴァントでしたが、今は第四の
「フォウ……。ベーコ、キュー……(特別意訳:お腹が減ったわ。その上、こんな姿じゃもう項羽様に会えないじゃない。いっそ霊基ごと爆散して、死んでしまった方が楽かもしれないわ)」
虞美人は、一匹さっきから、こんなとりとめもないことをつぶやいていたのです。
すると、どこからやって来たのか、彼女の前で足を止めた一人のサーヴァントがいました。
中性的な顔立ちをしたそのサーヴァントは、じっと虞美人の顔を見ながら声をかけます。
「その声は、我が家臣、虞美人ではないか?」
それは、虞美人と同じくカルデアに召喚されていた始皇帝でした。
彼(?)は異聞帯において虞美人と認識があり、一方的に家臣認定していたのです。
「そなたは何を考えておるのだ?」
虞美人は、マスターたちと別れ、何日も食事をせずにさまよっていることを説明しました。
「では、朕が良いことを一つ教えてやろう。今、この夕日の中に立って、そなたの影が地に映ったら、その頭にあたるところを掘ってみるとよい。きっと、車いっぱいのベーコンがつまっておる」
「フォウ!?」
虞美人は驚いて、伏せていた顔を上げました。
ところが、さらに不思議なことには、いつのまにか始皇帝の姿がこつぜんと消えていたのです。
虞美人は一日のうちに、山ほどのベーコンを手に入れました。
しかし、彼女が幸せだったのも数日だけのことでした。
あまりに空腹だった彼女は、欲望のままにベーコンを食べ続け、あっという間に食べ尽くしてしまったのです。
虞美人には、計画性というものが致命的に欠けていました。
そこで虞美人は、ある日の夕方、再び西の門へ行って、途方に暮れていました。
すると、やはり前のように始皇帝がどこからか姿を現します。
「そなたは何を考えておるのだ?」
その声には、どことなく呆れが混じっているようにも聞こえましたが、きっと気のせいでしょう。
「まあ、知らぬ仲でもない。よいか、もう一度夕日の中に立って、影が地面に映ったら、その胸に当たるところを掘ってみよ。きっと、車いっぱいのベーコンがつまっておる」
こうして、虞美人は再び大量のベーコンを手に入れることができました。
しかし、ベーコンは一週間足らずで全て彼女のお腹に消えてしまいました。
そう、虞美人の辞書に「反省」という文字はありませんでした。
「そなたは何を考えておるのだ?」
始皇帝は、三度虞美人の前へ来て、同じことを問いました。
もちろんその時も、虞美人は西の門の下で、三日月の光を眺めながらぼんやりとたたずんでいたのです。
始皇帝は、「そなたさぁ、朕のほどこしをまた無駄にするとは。それ、かなり不敬であるぞ」と言いたげな顔でしばらく黙っていましたが、やがて小さくため息を吐いて言いました。
「しかたない。汎人類史では動物愛護が大切と聞く。よいか、今度は影の腹にあたるところを――」
「フォウ(ベーコンはもういいわよ)」
「もうよい? ははあ、さては飽食にも飽きてしまったと見えるな」
始皇帝はいぶかしそうな眼つきで、じっと虞美人の顔を見つめました。
「では、これからは質素に生きてゆくのだぞ」
そう言って去ろうとする始皇帝を、虞美人は噛みつかんばかりの勢いで引き止めました。
「フォウ!(ちょっと、あなたの仙術で私を元の姿に戻しなさいよ! 隠すんじゃないわよ。あなたが仙術を使えることは知っているんだから。その身体になれたのも、私のおかげでしょう!)」
始皇帝は眉をひそめた後、しばらく考え込んでいましたが、やがて小さくうなずきました。
「うむ。反省はしないくせに、自分に都合の良いことはけっして忘れぬそなたに免じて、一度だけ機会をやろう」
虞美人は喜んだの、喜ばないのではありません。始皇帝の言葉がまだ終わらないうちに、その服の裾をくわえて、道へとグイグイ引っぱりだしました。
「これ、慌てるでない。ひとまずは朕と一緒に
始皇帝がわざとらしく驚いて指さした先には、いつの間にか、トラの頭が正面についた珍妙な車がありました。
「偶然にも、これは朕の
「フ、フォウ……」
ドン引きしている虞美人は、ルンルン気分の始皇帝に多多益善号へと連れ込まれ、驪山へと出発しました。
一人と一匹は、間もなく驪山へと到着しました。
「
多多益善号から虞美人を降ろすと、始皇帝は車内から語りかけました。
「朕は、朕をカルデアに招いた家臣から頼まれていた用事を思い出した。どうしても朕の力が必要らしいので、行かねばならん。すぐに帰るゆえ、そなたはここで待っているとよい」
「フォウ!?」
突然そんなことを言われ、虞美人は驚きました。
ですが、始皇帝はマイペースに話し続けます。
「朕がいなくなると、色々な魔性が現れてそなたをたぶらかすだろうが、けっして声を出すのではないぞ。よいか、もし元の姿に戻りたいのなら、天地が裂けても黙っているのだぞ」
始皇帝は虞美人に別れを告げると、やたら騒々しいエンジン音を轟かせながら去っていきました。
虞美人がいるのは、深い谷の間にある一枚岩の上です。
あたりはシンと静まり返り、人影もなく、ただ頭上にたくさんの星が光っているのでした。
虞美人はたった一匹、岩の上に座ったまま、静かに星を眺めていました。
そうしてしばらく時間がたった時です。突然、野太い声が響き、彼女に呼びかけるではありませんか。
「おい、そこにいるのは誰だ?」
虞美人は始皇帝の言いつけ通り、何も返事をせずにいました。
ところが、しばらくすると、やはり同じ声がします。
「返事をしねえと、命はないものと覚悟しやがれ」
虞美人はもちろん黙っていました。
すると、どこから登ってきたのか、半裸の男が突然に姿を現しました。
筋骨たくましい大男です。ゴワゴワした黒いひげと、残忍な光を放つ眼。これは、よほどの大悪党に違いありません。
思わず息を飲む虞美人をにらみ、男はさらに怒鳴りかけました。
「さっさと名前を教えやがれ。さもねえと――
――今日は拙者、眠る時にキミの夢を見ちゃうゾ♪」
虞美人は漏らしかけた悲鳴を必死にかみ殺しました。
全身にゾワゾワと鳥肌が立ち、不快感が駆け巡ります。こんな気持ちの悪い生物に出会ったのは、二千年近く生きてきた彼女にも初めてのことでした。
声を上げるのを我慢していると、やがて男は霧のように消え失せていきました。
消える直前、「デュフフ、今度は人間成分マシマシの時に会いたいですなぁ。カエサル殿も喜びますぞ!」と、つぶやき声が聞こえた気がして、虞美人は思わず身震いしました。
が、その身震いがまだ消えないうちに、彼女のもとへ重々しい足音が近づいてきたのです。
やがて現れたのは、身の丈二メートルはあろうかという身体を鎧に包んだ、赤毛のサムライでした。
大きな槍を肩にかついだサムライは、ギロリと虞美人を見下ろして口を開きます。
「アァ? たかが獣がなに俺を見てんだよ。殺すわ」
声を上げる暇もなく、虞美人の体は槍で串刺しにされました。
サムライは、たった今、尊い命を奪ったばかりとは思えないほどに快活な笑い声を上げながら、どこへともなく消えていくのでした。
夜空は変わらず澄み渡り、静かに星が輝いています。
が、その場に残された虞美人はとうに息が絶えて、モザイク処理のかかった悲惨な姿で仰向けに倒れているのでした。
虞美人の魂は倒れた体を静かに抜け出し、地獄の底へと降りていきました。
地獄の底にたどり着いた虞美人は、しばらく風に吹かれながら木の葉のように漂って行きましたが、やがて日本風の立派な建物の前へ出ました。
そこは閻魔亭といって、旅館であると同時に、とある地獄の獄卒が女将をしている場所なのです。
閻魔亭の前にいた無数のスズメたちが、虞美人を見つけるやいなや彼女を囲んで、閻魔亭の中へ引きたてました。
虞美人が連れていかれた部屋には、一人の小柄な少女がおり、虞美人へといかめしく問いかけます。
「こら、お前さまはなんのために驪山の上に座っていたのでち?」
その少女は、この旅館の女将である紅閻魔でした。
彼女は虞美人の古い友人でもあるのですが、目の前の獣の正体に気づく様子はありません。
虞美人は、「えんまちゃん、私よ! ぐっちゃんよ!」と言いたいのを我慢し、口をつぐんでいました。
その後も紅閻魔からの質問は続きましたが、虞美人はずっと返事をしませんでした。
すると、とうとう紅閻魔が痺れを切らした様子で叫びました。
「なんと強情なのでち!」
そして、部屋にいたスズメたちに命令します。
「こいつの関係者は、きっと畜生道に落ちているはずでち! すぐにここに引き立ててくるのでち!」
「チュン。どっちかというと、本人が畜生になっているような気がするのでチュン」
スズメはたちまち地獄の空へと飛び立っていきましたが、すぐに一匹の獣を連れて戻って来ました。
「
その獣を見た虞美人は、驚いたの驚かないのではありません。
なぜかといえば、その獣は、金色の毛をしたヒツジの姿でしたが、その声は紛れもなく彼女の後輩、つまりはカルデアのマスターのものだったからです。
「さあ、なぜ驪山の上にいたか白状するのでち。さもないと、今度はお前さまのマスターを痛い目に合わせてやるでちよ」
紅閻魔からそのように脅されても、虞美人は返事をせずにいました。
「この不孝者! マスターより自分が大切なのでちか。スズメたち、このヒツジを打って、肉も骨も砕いてしまうのでち!」
「チュン! チュン!」
紅閻魔からの号令に、その場にいたスズメたちは、いっせいにマスターへ飛びかかりました。
翼でペチペチと頬をはたき、クチバシで角を甘噛みし、容赦なく無抵抗の後輩を痛めつけます。
「おお、まさにヒツジとスズメの
たまらず、やたらネイティブよりの英語を発音するようになった後輩は、モサッと倒れ伏しました。
それでも、スズメたちは攻撃をやめないのです。
その光景を目の前にして、虞美人は始皇帝の言葉を思い出しながら、じっと目をつむっていました。
すると、彼女の耳に、ほとんど声とはいえないくらい、かすかな声が伝わってきました。
「心配をしないでください、元は美しかったであろうアナタ。私はどうなっても、フワフワのアナタさえ幸せになってくれれば、それでいいのですからね。えんまちゃんが何とおっしゃっても、言いたくないことは黙っておくとよいでしょう」
それはたしかに、自分を召喚した後輩の声に間違いありません。
その声を聞いて、思わず虞美人は目を見開きました。
この後輩は、パシリに使われていたことも、凄惨な拷問を加えられていることも、恨む気配がないのです。
なんという健気な心でしょう。
その姿に、虞美人は始皇帝の言葉も忘れて、後輩のそばへと転ぶように駆け寄って叫びました。
「フォウ!」
気がつくと、虞美人はやはり夕日を浴びて、西の門の下にぼんやりたたずんでいるのでした。
街の様子も、目の前に立つ始皇帝も。何もかも驪山へ行く前と同じです。
「そなた、元の姿には戻れなんだか」
「フォウ(戻れなかったわよ。でも、それでよかったという気がするわ)」
虞美人は、すねたように始皇帝から目をそらし、それでいてスッキリした表情で答えました。
「うむ、そうであるな。もしも、そなたが最後まで口を閉じておれば……」
始皇帝は言葉を切り、急に冷徹な眼差しで虞美人を見据えました。
「朕は、そなたの霊基を破壊するつもりでおった。修復不可能なほどにドチャクソにな」
始皇帝はそう言い終わると、一転して満面の笑みを浮かべます。
「だが、それもいらぬ考えであったな。そなたは、これからどうする」
「フォウフォウ(カルデアに帰るわよ。私を心配して待っているヤツもいるでしょうしね)」
「そうか。それでは、朕は先に帰っておるから」
始皇帝は背を向けて歩き出しましたが、急に足を止めました。
そして、独り言のようにポツリとつぶやきます。
「そうそう。家臣から嘆願されていた用事なのだがな。なんでも、どうしても召喚したい英霊がおったらしい。それで、生前に縁の深かった朕を呼んだのだ」
「フ、フォウ?」
「そなたがここにおることは教えておいたから、奴もそろそろ到着するのではないかな」
それだけ言うと、始皇帝はその場から風のように立ち去りました。
残された虞美人が呆然と立ち尽くしていると、何か大きなものが背後に立つ音が、耳に届きます。
そして、彼女がよく知っている声が、穏やかに語りかけてくるのでした。
「その声は、我が妻、虞美人ではないか?」
「今宵は、ここまで」
「え、そんな、続きはどうなるのです!? 虞美人と項羽のその後は!?」
「その話は、また明日いたしましょう」
「ファ、ファラオを待たせるとは……。不敬ですよ!」
「……ところで、同盟者が面妖な黄金羊になっていたのですが」
「それについて考え過ぎると、ニューロンへの過負荷で、死にます」
まさかまさかの二話目です。
完全に予定にはなかった話なので、誰かとネタ被りをしていないか心配で、死んでしまいます。