→けど、主役が虞美人から変わってしまうな、これ
→まあいいか
というノリで出来上がったのがこちらです。
前回までとのつながりは薄いので、この話から読んでもらっても大丈夫だと思います。
*この話には、亜種特異点に登場するサーヴァントの真名が含まれます。ご注意ください。
これは、まだ私が小さい時に、村の茂平というおじいさんから聞いたお話です。
地球のどこかにはカルデアという機関があって、百人を超えるサーヴァントたちが暮らしていたそうです。
その中に、モリアーティというキツネ――――のようにずる賢いサーヴァントがいました。
モリアーティは五十代独身で、暇を見つけては、他のサーヴァントを巻き込んでイタズラばかりしました。裏ギャンブルの胴元をしたり、一緒に戦う仲間にかたっぱしから悪属性を付与したり、いろんなことをしました。
ある秋のことでした。
モリアーティは腰の具合が悪くなり、ベッドから起き上がれない日が続いていました。
ようやく動けるようになると、モリアーティはホッとして部屋から出ました。そして、数日ぶりにカルデアの廊下を歩き始めたのです。
不思議なことに、あんなに賑やかだったカルデアが、その日はとても静かでした。廊下には、他に誰の姿もありません。
モリアーティは不審に思いながらも、事情を聴ける人にも会えず、腰をかばいながらソロソロと廊下を進み続けました。
そして、格納庫の前まで来た時です。
ふと見ると、格納庫の中に人がいて、何かやっています。モリアーティは、見つからないようにソウッとドアの陰に隠れ、そこからじっと覗いてみました。
「ホームズだな」
モリアーティはそう思いました。
ホームズは、サーヴァントになる以前からのモリアーティの宿敵です。
モリアーティは生前にも、部下に命じてホームズのことを狙撃させようとしたり、彼の部屋に火をつけさせたり、何度もイタズラをしていました。
ホームズは小さな木箱を抱え、キョロキョロと周囲を見回しています。誰かに見られていないか、気にしている様子でした。
しばらくすると、ホームズは格納庫の機材の間に木箱を隠して、コッソリと立ち去りました。
モリアーティは、格納庫に入って、ホームズのいた場所へと近寄りました。ちょいと、イタズラがしてみたくなったのです。
隠してあった木箱を取り出し、中身を確認します。
木箱に入っていたのは、コカインの7パーセント溶液でした。
注射器も一緒に入っています。これは、ホームズがいつもキメているオクスリに違いない。そうモリアーティは確信しました。
「おっと、手が滑った」
モリアーティはつぶやいてから、木箱を放り投げました。
全力のオーバースローで投げられた木箱は、一直線に壁にぶち当たり、中身ごと粉々に砕け散ってしまいました。
「完全犯罪は、成立した」
勝ち誇った声で、モリアーティは宣言します。
犯罪どころか、客観的に見れば、危ないオクスリを処分しただけです。ですが、そんなことはモリアーティには関係ありません。
ホームズへの嫌がらせになる。ただ、それだけが重要でした。
その時、いつの間に戻って来たのか、背後からホームズの叫びが響きました。
「そこで何をしている!」
モリアーティは、びっくりして飛び上がりました。
はずみで、腰に抱えた爆弾の導火線に火がつきそうになりましたが、痛みを懸命にこらえ、格納庫から逃げ出します。
そんな散々な状態でしたが、モリアーティがしばらく走ってから振り返ると、ホームズは追って来ませんでした。うまく逃げ切れたようです。
モリアーティは、ホッとして、湿布を取り出すと腰へと貼りつけました。
その翌日、モリアーティは項羽というサーヴァントの部屋の前を通りかかりました。
「フォウ! フォウ!」
すると、わずかに開いたドアの隙間から、不思議な鳴き声が聞こえてきます。
「あの声は、虞美人君だネ」
そう思ったモリアーティが部屋を覗くと、そこには小さな獣が一匹、床に座っていました。
項羽の家内の虞美人です。ワシワシと自分の身体を前脚でこすり、毛づくろいをしているようでした。
それは特に変わった光景ではありませんでした。
ですが、今日の虞美人は、どこか切迫した様子で身体を洗っています。まるで、ばい菌を全て消し去ろうとしているかのようです。
「これは、ひょっとすると、アレが始まっているのかな?」
そんなことを考えながら歩いていますと、廊下の先から騒々しい物音がしました。
どうやら、ホームズの部屋から響いてくるようです。
物陰に隠れて様子をうかがうと、部屋の扉は開かれており、中で一人のサーヴァントが暴れているのが見えます。
それは、カルデアの婦長こと、ナイチンゲールでした。
彼女はためらいなくホームズの部屋の家具を破壊しては、残骸を調べています。何かを探しているようです。
その光景を目にしたモリアーティは、事情を把握しました。
ナイチンゲールが抜き打ちで行う、サーヴァント健康診断が始まっていたのです。
治療行為に妥協しないナイチンゲールは、不定期にサーヴァントの健康診断を行います。
そして、結果の悪かったサーヴァントは、強制的にアスクレピオスの待つ医務室へと連行されるのです。
モリアーティはこれまで上手に隠れていたので、どのような治療が行われているのかは知りませんでした。
ですが、相当に厳しいものであることは間違いありません。
前回の健康診断で捕まった沖田総司は、解放された時には、何を尋ねても、「オキタサンハ、トテモ、健康、デスヨ」としか返事できないようになっていました。
一緒に連れていかれたアヴィケブロンは、その日以来、まだ医務室から出てきません。
カルデアが静かなのは、サーヴァントたちがナイチンゲールの注意を引かないよう、おとなしく過ごしているからだったのです。
その場を離れたモリアーティは、部屋に戻り、ベッドの上で考えました。
「ナイチンゲールは、ホームズの持っているオクスリを没収しようとしたに違いない。それでホームズは、格納庫にオクスリを隠そうとしたのだ。ところが、私がイタズラをしてオクスリを処分してしまった。今ごろホームズは、オクスリが欲しい、オクスリが欲しい、と苦しんでいるに違いない。ザマアミロ」
あの時にモリアーティが逃げ切れたのも、オクスリを失ったホームズが全力を出せなかったせいでしょう。
しかし、モリアーティは素直に喜べないでいました。
オクスリをキメられずに弱っているホームズを出し抜くことを想像しても、ちっとも楽しくないのです。
ホームズは宿敵ではありますが、ただ憎いだけの相手ではありません。
互いに全力を出してケンカし、その勝敗をつけることに意味がある。そんなことをモリアーティは考えたのでした。
「ああ、あんなイタズラ、しなければ良かったかもしれないネ」
モリアーティは少し後悔しました。
その翌日、モリアーティは、ホームズの部屋にオクスリを届けました。ホームズのいない時間にコッソリとオクスリを置いて、立ち去ったのです。
犯罪界のナポレオンと呼ばれたモリアーティは、好きなだけのオクスリを調達できるコネクションを持っていました。
次の日も、その次の日も、モリアーティは、オクスリを手に入れてはホームズの部屋へ持ってきてやりました。
その次の日には、オクスリだけでなく、モクモクできるハッパも二、三枚持っていきました。
ある夜のことでした。
モリアーティが廊下を歩いていると、向こうから誰かが来るようです。話し声が聞こえます。
モリアーティは、とっさに物陰に隠れました。
話し声はだんだん近くなりました
それは、ホームズとカルデアのマスターでした。
「ところで、マスター。最近、とても不可解なことがあるのだよ」
ホームズが言いました。
「不可解。一体、どうしたのですか?」
「健康診断が始まってから、誰かが私に贈り物をしてくれるのさ」
「健康診断。おお、
モリアーティは、一人と一匹の後をつけていきました。
「送り主は、今のところ不明でね。どうしても気になるよ」
「良いことではありませんか、贈り物。人からの善意に心が暖まります。新品のままで売り払えば、ふところも暖まります」
「だが、君も知っているだろう。どうにも謎というものに我慢ができない性質なのだよ、私は」
「たしかに、送り主の正体と目的が気になります。もし女性ならば、既婚歴も気になる私です」
それから、ホームズたちは黙って歩き続けていましたが、やがてマスターが言い出しました。
「それは、きっと、神様のしわざでしょう」
「神様かい?」
「そうです。きっと、いつも頑張っているあなたに、神様が送ってくれているのです。神というものは、善き行いを見ているものなのです。かくいう私も、牧神として人の営みをいつも見守っています。今、決めました」
「ふむ。そういうこともあるのかな」
モリアーティは、「へえ、これはつまらないネ」と思いました。
自分がコネクションを使ってオクスリを届けているのに、それを神様のしわざとされるのは、引き合わない気分だったのです。
そのあくる日も、モリアーティは、オクスリを持ってホームズの部屋へ行きました。
その時、巻いたハッパでモクモクしながら、ホームズが部屋に戻って来ました。
ホームズは、脳に甘く語りかけてくる世界の真実に酔っていましたが、見ると、アラフィフ紳士が部屋に忍び込んだではありませんか。
「この間オクスリを台無しにしたモリアーティが、またイタズラをしに来たな」
そのようにホームズは思いました。
「ふむ」
ホームズは、ハッパを指でつまむと、忍び足で部屋のドアに近づきました。
少しして、モリアーティが出てきます。
「バリツ!」
ホームズのミドルキックが、モリアーティの腰に炸裂しました。
腰から破滅の音が鳴り響き、モリアーティはバタリと倒れます。
その時、ホームズは、部屋に置いてあるオクスリに気づきました。
「まさか!」
ホームズはびっくりして、モリアーティに目を落とします。
「モリアーティ、お前だったのか」
いつもオクスリをくれたのは。
その問いに、モリアーティがグッタリと目をつぶったままうなずき、ホームズはつまんでいたハッパを取り落としました。
青い煙が、まだハッパの先から細く出ていました。
「――という経緯で、腰を壊したプロフェッサーは医務室へと連行され、ようやく解放されたとのことである。ヴィクターの娘よ」
「ウー。パパ、大丈夫だった?」
「……マイガール」
「パパハ、トテモ、健康、ダヨ」
今後は、ほぼ独立したパロディ短編集として更新しようと思います。
今回、いっそモリアーティも本物のキツネにしようかとも考えましたが、さすがにやめました。
登場人物が特に理由もなく獣になるなんて、おかしいですよね。