「その声は、我が友、虞美人ではないか?」   作:銃病鉄

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*この話には、亜種特異点に登場するサーヴァントの真名が含まれます。ご注意ください。

芥川龍之介先生の作品をパロディするのは、これで二作目になります。そろそろ呪われないか、心配になってきました。


「ハッハァ! あきらめなけりゃ、蜘蛛の糸だって登れるんだぜェ!」

 ある日のことでございます。

 ウルクの冥界につながる穴のふちを、エレシュキガル様は、一人でブラブラと歩いておられました。

 

 周囲には白い花が咲き乱れ、柔らかい陽射(ひざ)しの中に、何とも言えない良い匂いが満ちています。

 地上は、ちょうど朝なのでございます。

 

 普段はずっと冥界で仕事をこなしておられるエレシュキガル様ですが、この日は珍しい休日でした。

 冥界を通じて知り合った水着姿のファラオが、「たまには休みを取りなさい」と、冥界の仕事を一時的に代行してくれたのです。

 

 エレシュキガル様は、冥界を出ることができません。しかし、妹であるイシュタルが、気前よく仮の肉体を提供してくれました。

 決して無断で借りたのではないのです。

 イシュタルが椅子に座ってうたた寝しているスキに確認したところ、コックリコックリと首を縦に振ったので、間違いございません。

 

 こうして、エレシュキガル様は地上でリラックスなさっておられるのでした。

 

 エレシュキガル様は穴のふちに立って、ふと、冥界の様子をご覧になりました。

 ふちの下は、ちょうど冥界の深淵にあたっておられます。なので、ほの暗い水を一面にたたえた冥界の底が、クッキリと見えるのでございます。

 

 深淵では、無数のメジェド様に監視されながら、たくさんの罪人たちが水の中でもがいておりました。

 

不肖(ふしょう)、この私も凍ってしまいそうです。この水、最高にCoooool!」

「俺様ばっかりこんな目にあわせやがって! ジキル、出てきやがれぇぇ!」

「ム、ムム。君たち、前髪伸ばさない?」

 

 生前に悪行を働いたサーヴァントたちも、(一人の例外を除いて)苦しみにもだえております。

 

「あんなに寂しかった冥界が、とっても賑やかなのだわ」

 

 その光景を見下ろし、エレシュキガル様は、パアッと花開くような笑顔を浮かべていらっしゃいました。

 しかし、その時、ある一人のサーヴァントの姿が視界に入ってまいりました。

 

「うおお! 冷てえじゃねえか、くそったれがァ!」

 

 顔をクシャクシャにして見苦しく叫んでいる男は、名前をコロンブスと言いました。

 彼は、島を見つけては好き放題に略奪したり、原住民を奴隷にして売りさばいたり、いろいろと悪事を働いた提督です。

 

 一言でいえば、ド畜生でございます。

 

「俺は、ただ夢に向かってがんばってただけじゃねえか! どうして地獄に落とされなきゃいけねえんだよ!」

 

 どうしてと言われても、「お前がコロンブスだから」としか答えようがありません。周囲のメジェド様たちも、ゴミ屑を見るような視線を送っておりました。

 

 それでもたった一つ、彼が良いことをいたした覚えがございます。

 

 と申しますのは、生前にコロンブスが船長室で二重の航海日誌を書いていた時のことです。彼は、小さなクモが一匹、机を這っているのを見つけました。

 コロンブスはクモを潰そうと手を振り上げたのですが、数秒してから、ゆっくりとこぶしを下ろしました。

 

「いや、これも命には違いねぇ。大事な航海の途中だってのに、無駄な殺生は縁起が悪いぜ」

 

 そう思い返したコロンブスは、とうとう殺さずにクモを助けてやったのでございます。

 

 エレシュキガル様は、冥界の様子をご覧になりながら、コロンブスがクモを助けたことを思い出しになりました。

 そして、それだけの良いことをしたのだから、出来るなら、この男を救い出そうとお考えになりました。

 

 なにより、いつまでもあんな汚い顔のまま泣かれていては、冥界の美観を損ないます。

 

 幸い、足元を見ますと、花の葉に小さなクモが一匹、美しい銀色の糸をかけています。

 エレシュキガル様は、ソッと糸をお取りになって、はるか下にある深淵へとお下ろしなさいました。

 

 

 

 こちらは冥界の深淵で、他の罪人と一緒になって、浮いたり沈んだりしていたコロンブスでございます。

 何しろ冥界はどちらを向いても真っ暗で、罪人たちの苦悶の声が満ちています。

 そればかりか、そばにいる伊達男がしつこく「ねえ、前髪を伸ばさない?」とからんでくるもので、さすがのコロンブスも疲れ果ててもがいておりました。

 

 ところが、ある時のことでございます。

 

 コロンブスが何気なく冥界の空を見上げますと、遠い遠い地上から、クモの糸がゆっくりと下りてくるではございませんか。

 それも、ちょうど自分の頭上に。

 

 コロンブスは喜びました。

 この糸にすがりついて、どこまでも登っていけば、冥界から抜け出せるに違いありません。

 

 そのように考えましたから、さっそくコロンブスはクモの糸をたぐり、必死に上へ上へと登り始めました。

 元より彼は船乗りであり、偉大な探検家でもありますから、こういうことには昔から慣れきっているのでございます。

 

 コロンブスは一心不乱にクモの糸を登ります。生前に大西洋横断という偉業を成し遂げた彼の『不屈の意志』は、並のものではありません。

 

 具体的に言えば、自身のNPチャージとガッツ付与(1回3ターン)の効果です。

 

 しかしながら地上までの距離は遠く、さすがのコロンブスもくたびれて、とうとう体力の限界を迎えました。そこで、一休みするつもりで糸の中途にぶら下がり、下に目を落としました。

 

 すると、彼がもがいていた水面は、今では遥か下にあります。この調子で登っていけば、冥界から抜け出すのもそんなに遠くないかもしれません。

 コロンブスは、「しめた、しめた」と歯を剥き出して笑っておりました。

 

 しかし、その笑いが突然引っ込みました。

 

 ふと気づくと、クモの糸の垂れる下から、たくさんの人々がアリの行列のように登ってくるのです。

 コロンブスと一緒に溺れていた、冥界の罪人たちでございます。

 

 コロンブスは驚きのあまり、ポカンと口を開けておりました。

 彼らが登っているのは、頼りない一本のクモ糸です。コロンブス一人でさえ、これまで登ることができたのは奇跡でした。

 もし罪人たちの重みに耐えられず、糸が切れてしまえば、コロンブスは冥界の底へと真っ逆さまに落ちてしまうでしょう。

 

 呆然としていたコロンブスでしたが、やがてハッと我に返りました。

 そして、登ってくる罪人たちを鋭くにらみつけ、声を張り上げたのでございます。

 

「おい、てめえら――

 

 

 

 

 

 ――あきらめるんじゃねえぞ! きっと全員でここを抜け出すんだ!」

 

 その言葉に、疲れ果てていた罪人たちは、信じられないというような表情でコロンブスを見つめました。

 そんな彼らに、この偉大な冒険家は不敵な笑みで告げます。

 

「いいか、この糸の先に俺たちの新天地が待っているんだぜ! 不可能なんて言葉は忘れて、俺について来い!」

 

 そして、冥界のよどんだ空気を振り払うように、力強くクモ糸をたぐり始めたのです。

 

「ハッハァ! あきらめなけりゃ、蜘蛛の糸だって登れるんだぜェ!」

 

 

 

「ま、まずいのだわ!」

 

 地上では、エレシュキガル様が青い顔をなさって、アワアワしておられました。

 コロンブスだけにチャンスを与えたつもりが、他の罪人たちまで糸を登ってくるなど予想外であったのです。

 普通なら考えつくだろう、などという言葉は禁句でございます。

 

 罪人たちは、一人も欠けることなく、もう地上のすぐ近くまで来ています。

 何度も脱落者が出そうになったのですが、そのたびにコロンブスに励まされ、止まることなく地上を目指しているのです。

 

 コロンブスだけでなく、彼ら全員が出ていくことになれば、これは冥界の女主人として見過ごせません。

 エレシュキガル様は、冥界に垂らしていたクモの糸を放してしまおうかとお考えになりました。

 

 ですが、しばらく悩んでいらっしゃったエレシュキガル様は、結局クモの糸を手放すことはなさいませんでした。

 

 ただ、互いに励ましあいながら地上を目指す罪人たちの姿を、じっと地上から見守っておられました。

 

 

 

「ぜえ、ぜえ……。たどり、ついたぜ」

 

 とうとう、コロンブスたちは、あと数メートルで地上というところまで到達しました。

 長く辛い道のりでしたが、一人としてあきらめた者はいなかったのです。

 

「見事だわ、あなたたち!」

 

 エレシュキガル様は、女神としての威厳に満ちた態度で、罪人たちに声をおかけになりました。

 その顔が感動で赤らんでいるように見えるのは、きっと幻覚でございましょう。

 

「あなたたちは、全員で助け合い、ここまでたどりついたのよ。今後も、その心を忘れないでほしいのだわ」

「おうよ。俺はこれからも、夢だけを見つめて努力していくつもりだぜ」

 

 コロンブスがそう宣言すると、下にぶら下がっている罪人たちもうなずきます。

 

「よろしい。この出来事から得たインスピレーションによって、きっと私はCooooolな作品を作り上げてみせましょう」

「よっしゃあ! 待ってろよジキル、いつかぶっ殺してやるからな!」

「なんと凛々しいお姿だ。前髪、伸ばしませんか?」

 

 どれもこれも、清々しいほどに我欲に満ちあふれた発言でしたが、エレシュキガル様のお耳には届いていませんでした。

 あまりにも純情(ピュア)な冥界の女主人は、「罪人たちが改心するなんて、素晴らしいわ」と、感極まっておられたのです。

 

「あー、ところで女神様。登りきったら、俺たちに帰り道を教えてほしいんだが」

「私はもう冥界に帰る時間なの。だから、ちょうど近くにいる知り合いに道案内を頼んでおくのだわ」

「そうかい、そうかい」

 

 その返答に、コロンブスは微笑みました。

 

 そして、心の中でほくそ笑みました。

 

「それじゃあ、案内人はファラオの嬢ちゃんか。あいつなら、簡単にだまくらかせるぜ」

 

 そんなことを、コロンブスは考えていたのでございます。

 そう、彼はちっとも反省などしておりません。

 罪人たちを助けたのも、自分の利益のためでした。

 

「これほどの人数の罪人(どれい)たちだ。一人あたり、これだけの金額で売り払ったとして……。ハッハァ! ワクワクが止まらねぇ! どうせ後ろ暗い連中なんだ。どう扱ったところで、たいして問題にもならねえしな!」

 

 コロンブスが脳内で人身売買の計画を練っていると、誰かが近づいてくる足音がしました。

 

「お、案内人がやって来たか」

 

 そう思ったコロンブスは、思わずにやけそうになるのをこらえて、その人物へと視線をやりました。

 

 

(くび)を出せ」

 

 

 そこには、ドクロの仮面の人物が、大剣を手にして立っていました。

 

 ファラオと一緒に冥界の仕事を代行していた、とあるグランドアサシンです。

 

「晩鐘は汝らの名を指し示した」

 

 その途端でございます。

 クモの糸が、コロンブスが握っているところから音もなく断ち切られました。

 

 コロンブスと罪人たちはたまりません。声を上げる暇もなく風を切って、コマのようにクルクル回りながら、真っ逆さまに落ちてしまいました。

 

 

 

 深淵の水に落下した罪人たちは、そのまま沈んでいきました。

 コロンブスはしばらくもがいておりましたが、やがてガッツも尽きたのか、同じようにブクブクと沈んでいったのです。

 

 後にはただ、銀色に光るクモの糸が、短く垂れているばかりでございます。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――いや、何これ?」

「お姉ちゃんが、次のサバフェスで出す児童向けの本です。リースと一緒に考えたんですよ」

「こんなのから、どんな教訓が得られるっていうのよ」

「人身売買はダメ、ってことですね」

 

(……わざわざ教訓にしないといけないことなの、それ)




今回は虞美人が登場していない? その疑問には次のように答えられます。

虞美人は、FGOにおけるネタキャラの代名詞。
→コロンブスは、紛れもなくネタキャラ。
→つまり?

虞美人は実質レジライ。
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