「その声は、我が友、虞美人ではないか?」   作:銃病鉄

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 また公式でセイレム編のようなクトゥルフものを見たい。
 というわけでラヴクラフト御大の作品から、クトゥルフ神話の原点というべき作品をパロディしたのがこちらです。

 どんどんタグがカオスになっていくこのシリーズですが、それでもよろしければお読みください。


「いや、そんな! あの手は何だね!? 窓に! 窓に!」

ある所長の残した手記より――

 

 

 神経を張りつめてこれを書いている。

 私は今、危機的状況にある。特異点で私だけがはぐれてしまい、誰にも連絡がとれない状況だ。

 

 だが、それだけが私の心労の原因ではないのだよ。

 

 偶然にも目撃してしまった冒涜的な光景が、いまだに私の記憶に爪を立て、狂気に堕とそうとしているのだ。

 うっぷ。思い出したら、また吐き気が。

 

 もはや私に平穏をくれるのは、おいしい食事だけだ。

 今は宿の厨房を借りてクロワッサンを焼いている。もう少しでカリカリに焼き上がるだろう。うまいぞう。買ってきた酒のボトルも開けよう。

 

 おそらく、この手記を読んでいる君は思うだろう。「そんなことしている暇があるなら、仲間と合流する努力をしろ」と。

 たしかにその通りだ。

 

 それでも私を意志の弱い男だと思わないでほしい。私はどんな過酷なレースだってゴールまで走り抜いた男なのだよ、キミィ。

 これから書くことを読めば、私に忘却を与えてくれるグルメ、あるいは酒を、必要とする理由を理解してくれるだろう。

 

 あと一回だけおいしいものを食べたら、きっとがんばるから。これは自分へのご褒美なのだよ。

 

 私はカルデアという機関の所長をしているのだがね。

 その任務のために、この特異点にレイシフトした時だった。なぜか分からないが、私は海のど真ん中に一人で放り出されていたのだよ。

 

 たまたま近くに浮いていた流木を魔術でボート代わりに使い、海を漂うはめになった。それが何日続いたのか、あまり覚えていない。

 レイシフト迷子は初めてではないが、さすがに死ぬかと思った。

 

 だが私は我慢強く、そして我慢強い男だ。

 

 数々の異聞帯を攻略した経験。それらを総動員して耐え抜いたのだよ。

 何重にも層を作った魔獣(カリ)と聖獣の群れを華麗なドリフトで突破したり、天から降ってくる魔力砲撃を避けたりしたことに比べれば、どうということはない。

 

 あれ?

 

 自分で書いていて思ったが、私のやっていることおかしくないかね?

 組織のトップのすることじゃないよね、コレ?

 

 と、とにかく私は海を漂流していたのだが、いっこうに陸地が見えない状況に絶望を感じ始めていた。

 

 状況が変化したのは、眠っている間だった。

 

 詳しいことは分からないのだがね。

 目を覚ましてみれば、私は一面に広がる泥の中に転がっていたのだよ。

 

 それに気づいた時、私は驚くよりも先に、身の毛のよだつ思いがした。

 これまで様々な修羅場をくぐってきた私は、辺りに満ちている空気に何か不穏なものを感じざるを得なかったのだ。

 優れた魔術師は、危機察知能力も一流というわけだよ。覚えておくといい。

 

 実際、どこまでも黒い泥の続く光景は、あまり見ていて愉快なものではなかった。

 頭上で輝く太陽も、地平線の果てまで満たす泥の色を反射してか、ほとんど黒く見えたほどだった。

 

 遠くに見える丘だけが私の注意を引いたが、そこまで行こうという気分にはなれなかった。

 

 こ、怖かったわけではないぞ! 客観的な考察の結果なのだよ。泥があまりにねばついていて、歩こうにも歩けないほどだったからな!

 

 カルデアの誰かが助けに来てくれれば。そう考えもしたのがね。

 だが、私自身、自分がどこに流れ着いたのか見当もつかんのだ。救助が期待できないことは明らかだったよ。

 

 そんなことを考えていた時だった。

 

 不意に漂ってきた甘ったるい匂いが、私の鼻孔をこじ開け、腹の中へと這いずり込んできた。

 

 とっさに鼻を抑えて周囲を確認した私は、単調にうねりながら広がる泥の中に、何か丸っこい植物のようなものが埋まっていることに気づいた。

 

 もちろん私はその正体を見極めようとしたのだが、次の瞬間、心臓が凍りつく錯覚に襲われた。

 

 

 私はかつてないほどの恐怖に打たれながら、その人の頭ほどの大きさがある歪んだ球体を凝視した。外宇宙の深淵において腐りきった膿を思わせる濁った黄色い外皮は、幾筋もの名状しがたい曲線によって構成され、万人を甘い堕落へと誘う蠱惑的な芳香を内部に包み込んでいたが、無知という名の慈悲深いヴェールが覆い隠す暗黒を見通す目を持った者には、成長と熟成の過程を完遂した種に特有の、おぞましく冒涜的な頽廃の兆候がそこに現れていることが明白だった。

 

 

 

 まあ早い話が、それは熟しきったオレンジ色のカボチャだったのだがね。

 

 カボチャごときにびびるな? 

 こんなところにカボチャが転がってるなんておかしいだろうが!

 

 しかも一つだけではない。私の視界に収まる範囲だけでも、数えきれないほどのカボチャが泥に塗れていたのだよ。

 あまりに怪しすぎて、食べようという気にもなれなかった。

 

 空腹と疲労で限界だった私は、とりあえず体力を回復させることにした。

 そばに転がっていた流木の影で、私は仮眠を取った。

 

 私はずっとうなされていたようだ。夢の中で、何者かの叫びが断続的に響いてきたのを覚えている。

 たしか、「■■■・リ! ■■■・リ!」だったろうか。聞き慣れないフレーズだった。

 もちろん、それは極限状態における心理が作り出した幻聴に過ぎなかった。

 

 目覚めたのは、どれだけ時間が経過した後だったのだろうか。

 気づけばとっくに太陽は沈み、月が頭上で輝いていた。

 

 なんとか事態を好転させたかった私は、月光の中に黒い輪郭を浮かび上がらせる丘に向けて出発した。

 昼間の太陽のおかげで、泥も歩けるぐらいには固まっていたのだよ。

 

 ふらつく身体を必死でなだめながら、私は丘の頂上を目指した。

 疲労から気を紛らわすために私はずっとカルデアのことを考えていた。

 

 百戦錬磨のスタッフに、経営顧問を筆頭とした英霊たち。彼らは、私がいなくなってどんなに心細い思いをしていることだろう。

 なんとしても帰らなければいけない。カルデアこそ私のいるべき場所なのだよ。少々おかしな点があるにしても。

 

 

 いや、少々どころではないぞ。なんか、最近のカルデアは相当おかしくないかね?

 私のベーコンをたかってくる小動物は二匹に増えているし。人類最後のマスターは姿を見せず、代わりに金色に輝くヒツジが徘徊しているし。

 

 と、話が逸れてしまったな。

 

 どうにか私は丘を登り切ったのだが、そこから見た光景に言い知れない不安を感じた。

 

 丘の向こうは深い峡谷となっていて、その窪みの底は、空高く上る月さえ照らせずにいた。

 永遠の夜が続く深淵を見下ろした私は、自分でも理解できない衝動に駆られて斜面を下って行った。

 

 しばらく斜面を下りてからのことだった。

 

 突然、私は反対側の斜面にある大きくて風変わりなものに注意を引きつけられたのだよ。

 最初は巨大な岩だと思った。しかし、その形と位置から、明らかに何者かの手が加えられたものであるということが分かった。

 

 改めて岩を注意深く眺めた私は、その表面に掘られた奇怪な彫刻を認めることができたのだがね。

 そこに描かれていたのは、狂気の産物と言うほかになかった。

 

 まず見えたのは、何十人といるカボチャ頭の騎士たちだった。彼らは一様に同じ方向を向いており、その視線の先には地面からそびえたつヨーロッパ風の城があった。どこかで見たことがあるような気がする。

 原始的でありながらも巧妙な浅浮彫りで、細部まで巧みに掘り抜かれていた。

 

 しかし、視線を上にずらしていくにつれ、私は慄然たる恐怖におののいた。

 その城の上には、上下逆さまの四角柱が載っていた。見間違うはずもない。あれはエジプトのピラミッドに他ならなかった。

 それだけではない。ピラミッドのさらに上には、日本の城が屹立しているではないか。

 

 短くない時間、私は呆然としていたはずだ。

 だが、疲労で頭が働かなかったことが幸いしたのだろうか。やがて私は冷静に彫刻を観察するだけの余裕を取り戻した。

 

 私は思った。

 一体、どのような種類の狂気と熱が、日本とヨーロッパとエジプトの建築物を合体させるという地獄のような発想を生み出したのか、と。

 

 答えのない疑問に憑りつかれていた私は、ふと、巨岩には別の彫刻も彫られていることに気づいた。

 それは人間に似た身体と尻尾を持つ存在だった。どこかしら、カルデアにいるアイドル志望の小娘サーヴァントに似ていた気がする。

 しかし、建築物とは対照的にひどく不正確に彫られていた。その姿は全体的に角ばっていて、生物というよりはロボットであるかのような印象を受けたのだ。

 

 何よりも、その大きさが問題だった。

 その全長が、あの狂った建築物とほぼ同じ高さとして表現されていたのだ。

 

 暴力的なほどにいかれている彫刻を目の当たりにして、私は思考能力を完全に奪われた。

 そして、頭に浮かんだ言葉を、自分でも知らぬうちにつぶやいていた。

 

 

 なんだこれ地獄かね?

 

 

 そうしていると、突然、私は見たのだ。

 悪夢の具現化。純然たる狂気の落とし子を。

 

 ジェット噴射の音と共に、そいつは空高くから一気に峡谷へと飛来した。

 シルバーメタリックの巨体を月光に輝かせ、そいつは駆動音を響かせながら首を左右に動かし、何かを探すようなしぐさを見せた。

 

 どこからか、地面を震わせるような叫びが上がった。何層にも重なり響く声が、私が夢で聞いたあのフレーズを繰り返した。「メカエ・リ! メカエ・リ!」と。

 

 そして、崇拝の声が木霊する中で、とうとう無機質的な両眼が声もなく立ち尽くす私を見据えた。

 

 その瞬間、私は正気を失ったようだ。 

 

 血迷いながらも丘を駆け下りて流木へと戻り、追ってくる巨体から逃れて海に飛び込んだことは、ほとんど覚えていない。

 波にもてあそばれながら、私は狂ったように笑い続けたようにも思う。

 

 それからのことは、手短に記そう。

 たまたま漁船に拾われた私は、この港町で手当てを受けた。

 住民に私が見たことを尋ねたが、彼らは泥の島など近くに存在しない言うばかりで、漂流の恐怖が産み出した幻覚だと笑うのみだった。

 

 一度、どこかで見たような気がする黄金羊を見かけたので、同じ質問をぶつけてみた。

 

「フォーガットン。忘れなさい。見て見ぬふりをすることも、人間の強さの一つ。今回はわりと本気でそう思う私です」

 

 その返答は私を満足させてはくれなかった。

 

 狂気に捕らわれそうになった私は、それから美食と酒によって理性を保つしかなくなった。

 今こうしている時にも、あいつはジェットの力で空を飛び回り、カボチャ頭の騎士たちから崇拝を受けているのだろうか。

 

 私は夢に見る。

 あいつが空の彼方よりやって来て、地上の漂白により疲弊した人々を宇宙(ユニバース)の深淵へと引きずり込んでいく日を。

 あの禍々しい混沌の城塞が人類の前に姿を現し、世界に狂気を振りまく日を。

 

 そろそろけりをつけてしまおう。

 ジェット噴射の音が聞こえる。だが、まるで見当違いの方向に遠ざかっていった。

 フハハ、バカめ! そっちは私が魔術で作ったダミーだ!

 

 さあ、今のうちに逃げ

 

 

 

 

 新しい駆動音!? Ⅱ号機がいたとでも言うのかね!?

 

 まだだ! 私を見つけられるはずがない。今すぐに飛び降りてしまえば。

 

 いや、そんな! あの手は何だね!? 窓に! 窓に!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――以上が、保護されたおっさんのそばにあった手記だ」

「見つけたのはメカエリチャンだったね。さすがにゴルドルフ君にはショックが大きかったか」

「けど、ダ・ヴィンチちゃん。この手記、なんかおかしな点がないか?」

「君も気づいたか、ムニエル君。そう、明らかに不自然な点が一つある。それは――」

 

 

「なんで絶体絶命の状況なのに、最期まで律儀に執筆を続けたんだろうね。彼?」




 所長にチェイテピラミッド姫路城を見せたかった。それだけの話です。

 今年のハロウィンではチェイテピラミッド姫路城ルルイエが見たい。
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