双葉杏をメルカルで落札した結果   作:栗ノ原草介@杏P

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 第3話 『グレイトプレゼント』

 

 

 

 原宿の竹下通りに面しているファーストフード店。

 初詣の帰りなのか、着物を着ている女子たちが楽しそうにしている。

 そこで凡人(ぼんど)は、スーツ姿でテーブル席に座っていた。向かいの席には誰もいない。

 待ち合わせの時間よりも早く来て、彼女へかける言葉を考えていた。

 

 ――こういうのって、初めてなんだよなぁ……。

 

 一度オーディション合格を告げたアイドルに、やっぱり不採用ですごめんなさいと言って、頭を下げる。

 そんな気まずい報告、したことがない。っていうかそもそも、オーディションに立ち会った経験が少ない。

 346プロのような大手ならまだしも、凡人の所属する893プロはオーディションをやること自体があまりない。

 

 ――どうやって切り出せばいいんだろ……。

 

 凡人はホットココアを飲んで、おもむろにガラスの外へ目をやった。

 窓際の席に座っているので、通りを歩く人の様子がよく見える。

 そのほとんどは普通の人だが、奇抜なファッションで個性を主張している人もいる。そんな人が通りかかるたびに、凡人はじっと見てしまう。自分が攻めたオシャレをすることもなければ、その度胸もないので、気になってしまうのだ。

 

 ――あれはどういうファッションなんだ? あの髪型は見たことがないな。

 

 そんなことを思いながら道行く人を眺めていると、そのうちの一人が大きく手を振った。

 

 ――きらりちゃん。

 

 個性的な人たちが自慢のファッションを闘わせている原宿にあって、それでも彼女の個性は際立っていた。

 オレンジ色の髪の毛をツインテールに結って、そこに色とりどりの髪留めが散りばめられている。まるでクリスマスツリーのように楽しくデコレーションされた髪の下には、少女のように無邪気な笑顔。パステルカラーの洋服で、楽しげな雰囲気を振り撒いている。

 

「Pちゃん! おっつおっつ」

 

 店に入ってきたきらりから言われて、凡人は戸惑った。

 

「P――ちゃん?」

「そう! きらりのプロデューサーちゃんだから、Pちゃんだよぉ! だからPちゃんも、きらりのこと、きらりって、呼んでね?」

「お、おう。わかった」

 

 テーブルを挟んで向かいの席に座ったきらりへ、凡人は曖昧な笑みを向けていた。

 アイドルのほうから距離を詰めようとしてくれている。しかしそれに応えてはいけないという状況が辛い。

 

「それで、その……。諸星さんの、オーディションのことなんだけど――」

「Pちゃん!」

 

 急に言葉を遮られて、凡人はビクッとしてしまう。

 

「諸星さん――じゃなくて、きらりって。ね?」

「あぁ、そうだったな……。じゃあ、き、きらり?」

「うんっ!」

 

 嬉しそうに歯を見せて笑う彼女を、凡人は直視することができない。

 

「あのな、きらり。オーディションの件なんだけど」

「……うにゅ?」

「えっと、その。あー……」

 

 上手く言葉が出てこない。

 女の子に別れ話を切り出す感じでいけばいいと自分に言い聞かせ、そもそも女の子と付き合ったことがないという悲しい事実を思い出して、途方に暮れてしまう。

 

「……あのね、Pちゃん」

 

 凡人が言葉を迷っていると、きらりは恥ずかしそうにもじもじしながら、上目遣いを向けてきた。

 

「きらりね、他の人よりちょーっとおっきいから、アイドルとか無理かなーって、思ってたんだぁ。はぴはぴできらきらなアイドルになりたかったんだけど、オーディションとか、受からなくて……」

「きらり。他のプロダクションのオーディション、受けたことあるのか?」

「えっと、そのぉ……」

 

 きらりは少しだけ言いよどみ、申し訳なさそうに苦笑する。

 

「実は、たくさん受けてたの。Pちゃんが嫌な気持ちになっちゃうかなーって思って、内緒にしてたんだけど……346プロとか765プロとか、283プロや961プロ。オーディション、たくさん受けてたんだぁ」

「そう、なのか……」

 

 凡人はきらりから視線を外して、ココアを飲んだ。

 紙コップを持つ手が震えてしまう。大好きなココアの味が分からない。

 

「あっ、あのね、違うの。893プロを最後に受けたのは、たまたまオーディションの日が最後だったから。他と比べてとか、そういうわけじゃ……」

 

 必死に弁解してきたきらりに、「たくさんオーディションを受けるのは普通のことだから、気にしなくていいよ」と言って、凡人は微笑んだ。

 

 彼が動揺している理由は、それじゃない。

 

 893プロのオーディションを後回しにされたことに関しては何も思わない。大手事務所から順番に受けていくのは当然だ。自分がアイドル候補生であっても、そうすると思う。

 問題は、それでも彼女がいま、こうして自分の前にいることだ。

 

 ――つまりきらりは、他のプロダクションのオーディションに挑戦したのに、どこにも受からなかったということになる。

 

 その告白に、彼は指を震わせていた。

 彼女が落選した理由が、本気で分からない。

 考えられるとすれば、体格――だろうか?

 確かにきらりは身長が高い。アイドルと聞いてイメージする女の子のそれを遥かに越えている。

 

 ――でも、それがいい。それが彼女の〝個性(ぶき)〟なのに!

 

 わかりやすいダイヤの原石だと思う。

 ちゃんと磨いてあげればきっと、この子はどこまでも輝く。

 それこそ、アイドルマスターを狙えるぐらいの、すごいアイドルになるかもしれない。

 凡人はそう確信しているが、他のプロデューサーの意見は違っているらしい……。

 

「あのな、きらり」

 

 じゃあもし、ここできらりを突き放したら。

 彼女は、アイドルになれないのか?

 こんなにも魅力的で、唯一無二の個性があって、アイドルになりたがっているのに。

 

「893プロは、君のことを――」

「う、うん……」

 

 凡人の声音から不吉なものを察したのか、きらりが不安げな顔になる。

 そんな彼女に――。

 

 凡人は力強く笑って、手を差し出した。

 

「君のことを、歓迎する。これから一緒に、頑張ろう!」

 

 すごくまずいことをしていると、自分の中の冷静な部分が告げている。

 潰れることがほとんど確定している事務所に、新人アイドルを入れてどうする? 社長になんて言うつもりだ?

 マイナスな言葉が次から次へと、アフロ頭の中に沸いてくるのだが。

 

「うんっ! きらり、みんなをはぴはぴにできるアイドル目指して、がんばるにぃ!」

 

 強く手を握ってきたきらりに、凡人は笑みを重ねてしまう。

 これ以上はダメだと思いながらも、未来の話をしてしまう。

 

「しばらくは待機してもらうことになる。こちらの準備が整い次第、連絡する。最初は劇場でお披露目ライブをすることになるな」

「劇場?」

「ウチ、劇場を借りてライブをやってるんだ。まあ、劇場っていってもあんまり広くはないんだけど。ライブハウスみたいなものをイメージしてもらえればいい」

 

 きらりは「ふみゅー」と呟いて、眉間にシワをつくった。

 

「……そこできらり、ライブすゆの? お客さんの前で?」

「あぁ。そこでアイドルとして、デビューする」

「アイドル……。デビュー……」

 

 凡人を見つめる瞳の中に、無数の星が煌めいた。

 

「それ、すっごいね! 想像したら、テンションが、ぶわぁーって!」

「そ、そうだろ? すごい、よな……」

 

 凡人はハンカチを取り出して、ひたいの汗をぬぐった。

 話を進めれば進めるほどに、本当のことを伝えた時の、ショックが大きくなってしまう。

 それは分かって、いるのだが……。

 

「あっ、そうだ! Pちゃん、ちょっと時間あるぅ?」

「え、あぁ。大丈夫だけど」

「じゃあじゃあ、ちょーっときらりに付き合ってもらおうかなぁ。Pちゃんを連れていきたいお店が、あるんだぁ」

「……分かった。じゃあ、一緒に行こう」

「うんっ♪」

 

 立ち上がったきらりに続いて、凡人も立ち上がる。

 とりあえず彼女と一緒に行動し、タイミングを見計らって本当のことを話そうと思っていた。

 

 

 

 * * *

 

 

 

 きらりが凡人(ぼんど)を連れていったのは、原宿の路地裏にある雑貨屋だった。

 

「こんな店、よく知ってるな……。原宿はよく来るの?」

 

 凡人が聞くと、きらりは得意気に頷く。

 

「原宿は、きらりのお庭みたいなものなんだぁ。はぴはぴが一杯あって、大好きなんだよぉ」

 

 きらりは店員に「おっつおっつ」と慣れた感じで挨拶をして、雑貨屋へ足を踏み入れた。

 そこはすごくオシャレなリサイクルショップ――といった感じの店で、小狭い店内に陳列されている商品はまさに〝雑貨〟であった。

 古着やアクセサリーに始まり、古ぼけた看板から外国の信号機まで置いてある。〝ジャンル〟という概念を超越した商品が並んでいて、だからこそ次に何が出てくるのか見当がつかなくて、いつのまにか好奇心を刺激されてわくわくしてしまう。

 

「あ、あった! これぇっ!」

 

 店の奥でごそごそやっていたきらりが、何かを持ってきた。

 それは星の形のヘアピンで、見覚えがあるような……。

 

「Pちゃん。ちょっとそのまま、動かないでねぇ」

 

 きらりがそのヘアピンを、凡人のアフロ頭に付けた。

 

「はいっ。かんせーい!」

 

 満足げに笑ったきらりが、商品として置いてある鏡を手にとった。

 それをこちらへ向けてくるのかと思いきや、凡人の隣にやってきて、ツーショットの自撮りをするときみたいな体勢になり。

 

 ――ちょ、これ、近い……っ!

 

 髪がふれ合ってしまうほどの距離に、きらりが立っている。

 なんでもなさそうな態度を保つ凡人だが、心臓は休まずに強い脈を打ち、鏡に映る自分の顔が赤くなっていて恥ずかしい……。

 

「ほら。きらりとお揃いだよぉ」

 

 ニコッと笑ったきらりに言われて、気が付いた。

 きらりが付けてくれた星形のヘアピンは、きらりが付けているのと同じものだった。

 

「これはね、きらりからPチャンへ、プレゼントっ!」

「プレ、ゼント……?」

 

 凡人は呟き、自分の頭に付いているヘアピンを触る。

 きらりは鏡を棚に戻して、凡人のほうへチラチラと視線を送り、もじもじと体をくねらせて、

 

「えっとぉ、その……。Pちゃんは、きらりのこと、アイドルにしてくれるって、ゆってくれて。それできらり、すーっごくはぴはぴになったから、その……」

 

 ――ばしぃっ!

 

 凡人の肩に衝撃が走る。

 

「あらためてゆうと、恥っずかすぃー!」

 

 はしゃぐように照れたきらりが、店員さんのほうへ駆けていく。

 凡人は照れ隠しの一撃を受けた肩をさすって、歩くたびに跳ねる彼女のツインテールを眺めて、口元を緩ませる。

 

 ――きらりちゃん、いい子だな。

 

 明るくて、元気で、優しくて。

 アイドルとして成功する要素を持っていると思う。現に今、自分はきらりを推したいと思っている。プロデューサーとしてはもちろん、それ以上に〝アイドルオタク〟としての感性が、彼女の魅力に反応している。

 

 ――やっぱり、デビューさせてあげたい。

 

 凡人が腰に手を当ててうーんと唸ると、「シュポ」っとラインメッセージの着信音が聞こえた。

 スーツのポケットからスマホを取り出して画面を見ると――

 

社長:ちゃんと不採用って伝えたか?

 

 凡人はしばらく、そのまま画面を見つめる。

 スマホを強く握りしめ、背中にじっとりと嫌な汗をかく。

 

「Pちゃん? どうしたのぉ? お仕事?」

 

 凡人にプレゼントしたヘアピンの会計を済ませたきらりが、不思議そうな顔で首を傾げる。

 

「えっと、その……」

 

 そのとき。

 着信音が鳴り響いた。

 スマホの画面を見れば、〝社長 着信中〟の文字が目に入る。

 凡人はごくっと唾をのみ、スマホの電源を落とした。

 

「だ、大丈夫。何でもない。何も、心配する必要はないからっ」

 

 不安げな顔をしているきらりにそう言って、凡人はスマホをポケットに押し込んだのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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