菜々はスカウトした時点で地下アイドルとして個人で活動していたので、凡人がその方向性を決めたわけじゃない。
「ふーむ……」
893プロの応接スペース。
凡人の企画書を読んだ社長は、しばらく唸って、ばさっとその企画書をローテーブルの上に置いた。
「……これ。ほんまにぼんどが考えたんか?」
パンチパーマに三白眼。人相の悪い大仏みたいな顔で睨まれて、凡人は内心ギクッっとする。
「そ、そりゃ、そうでしょ。他に誰がいるんですか」
「まあ、そうなんやけど――」
実のところ、社長に渡した企画は、杏との共同作業で制作したものだ。しかも杏の比重が八割ぐらい。彼女の出したアイデアが数多く盛り込まれている。
「今までのぼんどのプロデュースは、なんちゅーか、平凡やったけど……」
社長の口から出た〝平凡〟という言葉に、凡人はぐっと息をつまらせる。
聞いただけで心のどこかが無意識に反応してしまう。
彼にとってその一言は、どんな罵声よりも痛烈な響きを持っている。
「例えば、早苗ちゃん。ホットパンツ・ポリスって、思いっきりミニスカ・ポリスの二番煎じやし」
「いやでも、こっちはホットパンツですから。全然違いますよ」
警察の制服をイメージした衣装でありながら、ヘソを出してホットパンツで大胆に太ももを露出する。聖職者を思わせる格好でありながらエロいという背徳感。これは絶対に受けると思っていたのだが、ファンの反応はいまいちだった。
「雫ちゃんとゆっこちゃんのピンク・ドット・スクール。これはもう、完全にピンク・チェック・スクールのパクりやし……」
「ち、違いますよ! 確かにPCSの影響は受けてますけど、こっちはチェック柄じゃなくてドット柄ですから。まったくの別物です」
893プロで行われた一回目のオーディションで採用した雫と裕子。彼女たちにはピンク・ドット・スクールというユニットでデビューしてもらった。
ドット柄の制服――というアイディアを思い付いた時には興奮した。これが〝降りてくる〟という感覚なのかと思った。自分はプロデュースの天才かもしれないと自画自賛していたのだが、ファンの評価はいまいちだった。
「しかしぼんどぉ、この企画はオリジナリティが高いやんか! オレの知る限り、それっぽいプロデュースは聞いたことがない。土壇場で覚醒したな!」
膝を叩いてガハハと笑う社長の声に、凡人は形だけの笑みを向けていた。
自分が過去に提出した企画はさんざんダメ出しされたのに、この企画はあっさり受け入れられている。
――杏ちゃん。プロデュースの才能もあるんだな……。
社長の声がゆっくりと遠ざかっていき、昨夜のことを思い出す。
893プロのアイドルを紹介するなり、杏は次々とアイディアを出してくれた。本当は働きたくないんだけどなー、とか文句を言いながらも、積極的に提案してくれた。それがまた、どれも独創的なプロデュースばかりで、凡人は少しだけ彼女の才能に嫉妬してしまう。
――何をやっても〝普通〟だと、子供の頃から言われて続けて二十五年。
だからこそ、人を魅了する〝個性〟を持ったアイドルに憧れた。少しでも個性的になりたいと思ってアフロ頭になった。その結果、ファンの人たちからアフロPと呼んでもらえるようになったが、それは単にアフロという髪型が個性的なのだ。松平凡人の個性とは関係がない。その事実に気付いてしまった時にはショックで、初めて有給休暇を取った。
「……でもなあ、ぼんど。この企画、ちょっと個性的すぎへんか?」
ふいに社長から妙なことを言われた。
社長は改めて企画書を手にとって、うーんと重々しく唸り、
「今の流行りとか、まったく考えてへんよな? 自分で流行りを作り出そうとしてるやろ?」
それに凡人は、頷いた。
まさにそういうコンセプトの企画だったから。
「リスク、でっかいな。まったくファンに受け入れてもらえへん可能性がある」
きっと社長は渋るだろうと思ってた。
だからこそ凡人は、社長を説得してねじ伏せるだけの理論武装をしている。
「これは、今の893プロにしかできない企画なんです」
「……どういうことや?」
大手のプロダクションが新しいタイプのアイドルを売り出せるのは、その母体に経済力があるからだ。
成功するか分からない前人未到のプロデュースには、失敗した時のリスクが付きまとう。大きな赤字を出してしまう可能性がある。しかしそうなったとしても、会社が傾くことはない。それだけの経済力があるから〝挑戦〟をすることができる。
しかし弱小事務所では――。
大爆死といわれるような結果になってしまうと、会社そのものが倒産しかねない。売れなかったとしても、ある程度の利益は確保しなくてはならない。
結果的に弱気なプロデュースになってしまう。ある程度は流行に媚びる必要があり、成功したところで大きな利益は生み出せない。ローリスクであり、ローリターン。そんなプロデュースを続けた結果が、じり貧で追い込まれている893プロの現状だ。
「こんなふうに挑戦できるのは、今だからこそなんです」
凡人はそう口にして、企画書へ向けていた視線を社長へと移す。
「……最後の最後に捨て身の大博打をしたい。そういうことか?」
社長と目を合わせたまま、頷く凡人。
社長はひたいにシワを刻んで、目をつぶる。
――簡単に許してもらえるとは、凡人も考えていない。
会社の命運を預けてくれと頼んでいるのだ。いくら余命三カ月の会社であっても、社長としては悩むのが当然だ。そんな博打はさせられないと一蹴されるかもしれない。
でも――。
「実は、この企画……俺が考えたんじゃないんです。その……、知り合いというか、友達のような人のアイデアなんです」
社長がじろっと凡人のことを見て、呆れたように肩をすくめた。
「やっぱりな。平凡がトレードマークのぼんどじゃ、逆さにして振ってもこんなアイデア出てこんよな」
ため息交じりにそう言った社長に、凡人は自分の心の大切な部分を傷付けながら、
「平凡でなんの個性もない。そんな俺だから、この企画が持っている〝個性〟の強さが分かるんです。そのすごさが分かるんです。これ、きっと売れますよ。〝普通の人〟の心にすっごく刺さりますもん。平凡がトレードマークの俺だからこそ、それが分かるんです!」
凡人が見つめる先で、社長はその表情を変えようとしない。
自分の放った声が事務所に反響し、しんと静まり返る。
そして「ふぅ……」と、吐息をついた社長が、
「自分で自分のことを平凡だなんて、言うもんやないで」
そっけなく告げられた一言に、凡人は思わずテーブルに手をついて、
「だって、社長がいつも――」
「オレが言うのはええんや。それをどうにかせいっていう指摘やねんから」
強い言葉をかぶせられて、凡人は乗り出していた体を引いてソファーに座り直す。
「でもな、それを自分で認めて自虐するのはアカン。それをやり出したら成長がなくなってまう。平凡な自分が嫌いなんやろ、ぼんど?」
凡人は口を閉じたまま、膝の上で両手のこぶしを握りしめる。
それを見た社長は、ニッと口元に笑みを浮かべて、
「そんなら、平凡を卒業せいや。この企画をやり遂げて」
トントンと人差し指で企画書を叩く音がして、凡人は社長のことをじっと見る。ヤクザの親分みたいな強面であるのに、それが慈愛に満ちたものに見えた。
「……俺、その、絶対――」
やり遂げてみせますと、言葉にしようとするのだが、目のふちから熱いものがこぼれ落ちてしまう。
「あのなぁ、ぼんど。泣くのは成功させてからにしろや。ほんまお前は、男のくせに涙もろいんやから」
苦笑した社長がハンカチを差し出してくる。
凡人はそれを受け取って涙をぬぐって、強気な笑みをつくってみせた。
* * *
しばらくすると、菜々が出社してきた。
「リニューアルプロデュース……ですか?」
菜々は渡された企画書をまじまじと見つめて、それから凡人へ視線を向ける。
「昨日の話ですけど――このままだと893プロは倒産しちゃうんです。でも、俺はまだ諦めたくない。最後までもがきたい。だから、一発逆転の企画を考えてきたんです」
「……じゃあ、この企画がうまくいけば、893プロは存続できるってことですか?」
菜々の表情がぱぁっと明るくなって、凡人は嬉しくなってしまう。
「この企画が成功すれば、なんとかなると思います。だから、ナナさんにも協力してもらいたい」
「もちろんですよ、ぼんどさん。ナナ、頑張っちゃいますよっ! キャハっ!」
「ありがとう、菜々さん!」
横ピースを決めて喜ぶ菜々に、凡人もサムズアップで応える。
「――じゃあ、さっそくだけど、企画の概要を説明するね。菜々さんに関しては、ウサミンっていうキャラはそのまま活かして、その個性をもっと強調する方向にプロデュースしたいんだ」
「ふんふん。なるほど……」
菜々は〝メイドアイドル・ウサミン〟というキャラクターでステージに立っている。パステルカラーのメイド服を着て、ウサ耳を付けて永遠の十七歳。この時点でかなりキャラが濃いのだが、それをさらに強化する。
そのために――。
「まずは、地球人を辞めてもらいたいんです」
「ほうほう、地球人を辞める――って! いきなりハードル高すぎませんかっ!?」
驚いて目を見開いた菜々に、凡人はローテーブルに置いた企画書を指さして、
「菜々さんには〝ウサミン星人〟になってほしいんです。ウサミン星の親善大使として地球にやって来た宇宙人――っていう設定で、地球人と交流を深めるためにアイドル活動をしている。ウサミン星人は年をとらないから、永遠の十七歳」
「あー、そういうことですか……。ウサミン星人。うーん、なるほど……。アイドルの形としては、アリですね。コ*ン星の人とかいましたし」
「そうそう。コリ*星のイメージ」
菜々が乗り気になってくれたことに安堵しながら、凡人はテーブルの上にライブカメラを置いた。
「それで、早速やってもらいたいことがあるんです」
菜々はカメラをまじまじと見つめ、「カメラ?」と呟いた。
「ええ。これで、ウサミン星の様子を中継もらいたいんです」
凡人の言葉に、菜々は眉を下げて口を歪ませながら、
「ウサミン星って、まさか……」
「そう。菜々さんの家を――」
――バン!
テーブルに両手をついた菜々が、ブンブンと頭を振ってウサミミを揺らした。
「だ、だめですよ! そんな、ナナの家を中継なんて……。色々やばいというか、とてもお見せできないというか、見せちゃいけないというか!」
「もちろん常にってわけじゃなくて、菜々さんのやれるタイミングで動画配信をしてほしいんです。できれば生中継で、コメントを通じてファンとコミュニケーションを取ってもらいたい」
しばらく凡人のことを疑わしげな目つきで見ていた菜々であったが、やがてその表情をゆっくりと和らげる。
「……つまり、ユーチューバーになるって、ことですか?」
893プロのような貧乏プロダクションがアイドルを売り出すにあたって、一番のネックとなるのが宣伝だ。どんなすごいアイドルであっても、ファンに認知してもらえなければ意味がない。
そこで、ネットを活用する。
うまくバズれば、お金をかけなくても充分な宣伝効果を得ることができる。
「……でも、難しいですよ、ユーチューブで有名になるのって。ナナ、個人で活動をしていた時に手を出したことがあるんですけど、思うように伸びなくて……」
「そこらへんのことも考えてあります。どうすれば人気ユーチューバーになれるのか」
難しい顔をしている菜々に、凡人は企画書の〝ウサミン星 生中継〟について書かれた部分を指さして、箇条書きになっている部分を見てもらう。
「コンセプトは、アイドルと同居している感覚をファンにもってもらうこと。そのために、こういう感じの配信をしてほしいんです」
・「おかえりなさい」的な挨拶。アットホームな演出。
・ご飯を食べたり、あーんとかしたり。恋人気分。
・お風呂。湯上がり配信。バスタオルでポロリ。←要検討。
・膝枕配信。カメラをふとももに乗せる。なでなで。
・寝る前に布団から配信。添い寝的な感じ。非エロ。
・寝起きで配信。セルフ寝起きどっきり。タイマーでカメラ起動させる?
しばらく無言でそれを見ていた菜々であったが、徐々にその顔つきが険しいものになる。
「……ぼんどさん。ちょーっとナナには厳しいかなーって要求が見受けられるのですが」
「あー。セルフ寝起きどっきりとか、やっぱり難しいですか?」
困ったようにアフロ頭をかきはじめた凡人に、菜々は呆れたようなジト目を向けて、
「それもそうですけど、それより――、なんですかバスタオルでポロリって! 昭和のバラエティーじゃないんですから、ダメですよこんなのは。そもそも、ナナはアイドルなんですからっ!」
まあ、当然の反論だと凡人は思う。
そもそもポロリに関しては、深夜テンションで書いてしまった冗談のようなものである。ノリノリで「ポロリしちゃいますミン!」とか言い出したら、凡人のほうから止めるつもりだった。
「じゃあ、添い寝はどうかな? 菜々さんと添い寝できるっていったら、それだけでチャンネル登録者を増やせると思うんですよ。少なくとも俺がファンだったら登録します!」
「いや、でも……」
「お願いします。この通りです、菜々さんっ!」
両手を合わせて拝み倒す凡人に、菜々は心が揺れているかのように視線を泳がせて。
そしてほのかに頬を赤らめながら、
「凡人さんは、……そ、そんなに、ナナと添い寝したいん、ですか?」
「そりゃあもちろん、したいですよ! 菜々さんと添い寝できたら、死んでもいいぐらいですっ!」
これを凡人は本気で言っている。
この瞬間に関していえば、プロデューサーではなくてファンのテンションになっていた。凡人は菜々のプロデューサーであると同時にファンなのだ。杏の存在がなければ本気で推している。
「そ、それはいくらなんでも、いいすぎですよぉ……。きゃはぁ……」
もじもじしながらへへっと笑った菜々が、チラチラと凡人のことを見て、
「そ、そんなに、ナナとしたいなら。まあ……、してあげても、いいですけど」
ちょっと誤解を生みそうな発言に、凡人はドキッとしてしまう。
――いやこれ、ベッドで言われたらそれだけで鼻血を噴いて失血死する自信があるぞ。この感じを配信で出せたら、絶対に勝てる。菜々さん可愛い! 可愛いミン!
凡人はファンとして、そしてプロデューサーとして菜々の可能性に興奮しながら、ライブカメラを手渡した。
「じゃあ、さっそく今日から配信していきましょう!」
すると菜々は、恥ずかしそうにはにかみながらカメラを受け取って、
「あの、が、頑張りますけど――、ちゃんとナナのこと、観ててください……ね?」
上目遣いで、赤い瞳を向けられた。緊張からか、ちょっとだけ潤んでいるその眼差しに、凡人のファンとしての部分が耐えられなくなって、
「ぐはぁっ!」
まるで眉間を撃たれたかのように、凡人は激しくのけぞって、ソファーの背もたれに背中を預けた。
「ど、どうしたんですか、ぼんどさん! 急にエクソシストみたいになって」
慌てている菜々の声を聞きながら、凡人はかつてない手ごたえを感じている。
――杏ちゃん以外で俺を尊死させたのは、菜々さんが初めてだぜぇ……。
重度のドルオタだからこそ、感じ取ることができる。彼女が〝推せる〟アイドルなのかどうかを判別できる。
――でも、俺には杏ちゃんが。
凡人は心の中で呟いて、ファンからプロデューサーの気持ちにシフトチェンジする。
「菜々さん」
「は、はい……?」
そしてプロデューサーとして、忠告しなくてはならない。
「エクソシストみたい――って、十七歳は言わないと思う」
「……ミンッ!?」
菜々は恥ずかしそうに頬を赤くして、ふところから取り出した〝十七歳メモ〟に新しい禁句を書き加えていた。