白銀の討ち手   作:主(ぬし)

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今から13年前、2007年頃に書いていた小説です。僕は大学生なりたてで、小説を書き始めたばかりでした。この小説をネットに投稿して、みんなから「おもしろい」と言ってもらえて、小説を書くことの楽しさを実感しました。おかえり、白銀の討ち手。おかえり、サユ。

※本作はArcadiaさんに投稿したものの改訂版になります。


0-1 変貌

「―――!―――!!」

 

 

 

遠くでシャナが叫ぶ声。何を言っているのかは聴き取れなかったけど、それが悲痛の叫びだということは理解出来た。

 

 背中につめたい地面の感触を感じながら、ぼんやりと上を見上げる。僕の胸に突き立つ柱のような剛槍『神鉄如意』と、それを握る、何百もの紅世の大群を背後に侍らせる猛将―――紅世の王、『千変』シュドナイ。先までの死闘によってあらゆる部位に裂傷を刻まれ片腕は肩ごとゴッソリと失われているが、その彫りの深い顔面に張り付いた余裕の形相が崩れることはない。

 ニィと残忍で誇らしげな笑みを浮かべると、シュドナイは『神鉄如意』を僕の胸からずるりと引き抜く。痛みはない。血も出ない。ただ、煌めく砂のようなものが飛散するだけ。ふと視線を自分の四肢に向ければ、指先や足先からも砂が散り始めていた。淡く儚い粒子が宙に広がり、感覚を道連れにして虚空へと消えてゆく。それが己のカケラなのだと気づくのにそれほど時間はかからなかった。

 胸にポッカリと空いた穴にシュドナイが強引に手を突っ込む。バキリ、とくっついたものを無理やり引き剥がすような、悲鳴のような嫌な響きが全身を震わせる。途端に怖気と絶望感が体内を走り狂い、今まで味わったことのない吐き気を感じさせる。

 一秒と経たずに、シュドナイによって何かが掴み出される。複雑な機構と奇妙な紋様の刻み込まれた金色の懐中時計━━━━“零時迷子”。

 

「■■■■―――!!」

 

 僕の上で、シュドナイが零時迷子を高く掲げて歓喜に満ちた声で吼える。それに応えんと、幾百もの紅世の王や徒が腹の底から雄叫びを上げる。零時迷子を護り覆う自在法『戒禁』によってその手は痛々しく焼け爛れているが、勝利の興奮に酔いしれるシュドナイにそれを気にする気配はない。

 零時迷子という支えを失った僕の体は、より一層崩壊のスピードを速める。もう下半身の感覚が返ってこない。視界も暗転し、全てが夜闇に溶けていく。存在の力も一滴も残されてはいない。死の淵に引きずり込まれるような恐怖はなく、息苦しさも感じない。それとは真逆、むしろ開放感や浮遊感すら覚えた。これは『死』ではない。これは――――

 

僕は、消えるのか。

 

 消える。僕という存在が消滅する。坂井悠二は“最初からなかったモノ”とされ、世界から切り離され、人々の記憶から完全に忘れ去られる。それが代替物(トーチ)の宿命。だから、わかってはいたし、覚悟もしていたつもりだった。だけど、その時がこんなに早く訪れるとは思ってもいなかった。自分の力と周りのみんなの力を過信しすぎていたのだろう。今さら後悔しても遅いけど、やはり悔いてしまう。

 

どうしてもっと強くなろうとしなかったのか

どうしてもっと知ろうとしなかったのか

どうして……

 

 

 唐突に、視界が真っ赤な炎に埋め尽くされる。地上に現出した太陽を思わせる灼熱の輝き。何度も見てきた、贄殿遮那(にえとののしゃな)の炎の一閃。歓喜のあまり油断をしていたシュドナイが一挙動遅れて飛びのくが、遅い。回避する寸前で零時迷子を掴んでいた腕ごと爆炎が燃え包む。炎に投げ込まれた胡桃が弾けるようなか細い音を立てて、零時迷子が小さく爆ぜた。琥珀色の炎と共にこの世で唯一無二の宝具を成していた破片が飛散し、その内の幾つかが僕の体にも突き刺さる。

 

「―――ッ■■■―――!!」

 

 先までの高揚一転、一瞬の忘我を経た後、シュドナイが背からコウモリのそれに似た巨大な翼を拡げて憎悪に満ちた怒声を張り上げる。しかし、間髪いれずにシャナが放った炎のカマイタチが禍々しい怒声を空間ごと薙ぎ散らす。限界まで消耗しているはずの炎髪灼眼の討ち手から放たれる一撃必殺の業火に、両腕と零時迷子という目的を失ったシュドナイがたまらず空高く飛び去っていく。幾百といた部下たちもそれに続き、彼らは呆気無く夜の彼方へと消えていった。

 

 大事な贄殿遮那すら放り捨てて、シャナが必死の形相でこちらに駆け寄ってくる。服は原型を留めないほどに破損し、体中にひどい傷を負い、咳き込む度に唇から血が伝い落ちる。それなのに、足をもつれさせながらももがくように駆ける。僕のために、駆けてくれる。

 ありがとうと伝えたかったけど、口をパクパクさせるだけで声は出てくれなかった。もどかしくて手を使って何か伝えようと考えたが、肩から先がすでになくなっていることに気づいて諦めた。見る見るうちに体が光る粒子と化して霧散し、ついには僕の首から下は塵となってしまった。見るもの全ての色彩が急激に薄れていく。もう、時間がない。お別れの言葉くらい交わしたかったけど、それは許されないらしい。もっとも、消えゆくトーチとなっても今まで仲間たちと過ごせたことを考えれば、それだけで僥倖なのかもしれないけど。紅蓮の髪がシャンデリアのように視界を覆う。輪郭すらぼやけてほとんど見えなかったが、それがシャナだということはすぐにわかった。

 

「――!!―――!!―――!!」

 

 絹を裂くような悲痛な叫びが耳朶を打つが、もはや脳まで伝わってこない。

 ごめん、シャナ。何も聴こえないんだよ。何も。

 顔に次々と熱い雫が落ちてきて、撫でるように頬を伝い落ちる。僕のために泣いてくれているんだ。あのシャナが、僕のために。それだけで嬉しい。

 精一杯の力を振り絞り、安心させてあげようとしてなんとか微笑を形作る努力をする。肉体から返ってくる感覚がないから自信はないけど、たぶんできているはずだ。変な顔になってなければいいのだけど。

 

「……!!」

 

 僕を見るシャナの表情がより苦しげに歪む。微笑むのに失敗したんだろうか。いや、きっと成功したから、シャナはより悲しんでいるんだ。最期くらい、君を笑顔にしてあげたかったのに。僕は力不足だった。何もかも、足りなかった。後悔してもしたりない。でも、もう取り返しは、つかない。目に映るもの全てが真っ白に染まっていく。さようなら、シャナ。それと……ごめん。一緒にいられなくて、ごめん。

 

僕という存在が消えていく。

もう何も聴こえない。

見えない。

感じ、ない――─

 

「ダメ、イヤだ、行かないで悠二!悠二に伝えたいことがいっぱいあるの!してほしいことも、してあげたいことも、一緒にしたいことも、まだまだたくさんある!行かないで、悠二、悠二ぃ―――!!」

 

バカな僕は、最後の最後まで、彼女の思いに応えることができなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――ああ、本当に、僕はバカだ。大馬鹿者だ。結局僕は、シャナに出会って、彼女に護られ始めてから、何も成長していなかった。シャナという強大な城壁に護られながら、己の非力さを垣間見ることを忘れて安寧を貪っていた。修練を重ね、共に死地を乗り越えて闘いながらも、どこか彼女の庇護に甘えていた。こんな結末になって当然だ。だからこうして死んでしまうことに……って、あれ?僕今、考えてる(・・・・)思考(・・)してる?つまり…生きてる!?いったいどうして!?

 

生きている(・・・・・)んじゃない。かろうじて存在している(・・・・・・)んだ』

 

っ!?だ、誰だ!?

 

『紅世の王、“贋作師”テイレシアス』

 

 紅世の王?なんでここに……いや、そもそもここはどこなんだ?僕が生きているわけじゃないというのは、どういうこと?僕はたしかに消えたはずなのに。それに、なんなんだろう、この感覚は。肉体の感覚がない。手足の感覚もないし、視覚や聴覚もない。意識だけがふわふわと宙に浮いているようで、まるで幽霊になったみたいだ。

 

『ほお、人間のガキのくせに意外に冷静だし、感のいいやつだ。その通り、お前はたしかに死んだらしいが、どうやらお前の存在の力はたいそうしぶといらしい。消えかけながらも紅世と現世の狭間に引っかかって(・・・・・・)いるとは。よほど現世に未練があるのか、特殊中の特殊なのか、はたまた何かの宝具にでも導かれた(・・・・)のか……。とにもかくにも、なかなかに珍しい奴だ』

 

 な、なんだか小馬鹿にされてるみたいだな……。ともかく、僕がこんな風になっているのはたぶん僕が宝具の器(ミステス)だったからなんだと思う。

 

『ミステスのことを知っているということは、お前、紅世や(ともがら)のことも知っているのか?これはさらに珍しい。ふらついていた甲斐があったというものだ』

 

 まあ、ね。僕が持っていた宝具が原因で、いろいろワケの分からない目に遭ってきたし。紅世と関わり続けた人生の最後の最後に遭遇するのが紅世の王なんて、僕の運命も皮肉の連続だよ。それももう終わってしまったけど。ところで、あなたはここへ何をしに?

 

『さっきも言ったが、俺は“贋作師”だ。現世にあるという、ミステスに宿ったとびっきり珍しい宝具を検分してその贋作を作ってみたいと思ってやってきたんだが、すんでのところで破壊されたらしい。あの胡散臭い連中のおかげで全てが台無しだ。あれほどの宝具はもう二度と拝めないだろうに。価値のわからんクソッタレどもめ』

 

ご、ご愁傷さまです。でも、どこかで聞いた話のような……。

 

『ふん、済んでしまったものは仕方がない。で、お前が宿していた宝具というのはいったい何なんだ?まだその辺にあるのか?せっかく現世まで足を運んだんだ。土産くらい持って帰らんと腹の虫が収まらん』

 

ああ、僕の中に入っていたのは零時迷子って宝具だよ。零時になったら持ち主の存在の力を完全に回復させるっていう宝具で―――

 

『なにぃ───!!??』

 

わっ!?い、いきなりなんだよ?

 

『零時迷子だと!?おまえ、零時迷子を宿していたミステスなのか!?』

 

そ、そうだけど、それがどうかしたの?

 

『どうしたもこうしたも───……ふむ』

 

テイレシアス、さん?

 

『お前、記憶力はいい方か?』

 

ひ、人並み、かな?シャナと一緒に行動しているうちに鍛えられてはいたし。

 

『シャナ?』

 

ああ、“炎髪灼眼の討ち手”のことだよ。“天壌の劫火”アラストールと契約したフレイムヘイズさ。

 

『なんと“炎髪灼眼の討ち手”と行動を共にしていたというのか。ということは、かの有名な“炎髪灼眼の討ち手”と数々の紅世の王たちとの戦闘を目撃したか?目撃したな?ばっちりと?』

 

は?まあ、ばっちりと。

 

『宝具も見たな?多くの宝具を。よく覚えているか?』

 

瞬間記憶みたいな漫画みたいな能力は持っていないけど、危機的状況だったから宝具の形状や特徴はよく覚えてるつもりだ。……でも、それがいったいどうしたっていうんだ?この紅世の王はなにをそんなに興奮しているんだろう?目には見えないけど、腕組みをして何事かを悩んでいる姿が目に浮かぶようだ。

 

『……契約ができれば、多くの宝具の記憶を手にしたフレイムヘイズに……いや、トーチのカケラなんぞでは契約は不可能……しかし、力の質は類を見ないほどに強力。知識も戦闘経験もある。いちいち最初から鍛えなくともいいし便利だ。身体さえ施せば、あるいは……』

 

もしもーし?あのー、テイレシアスさん?

 

『……お前、名をなんと言う?』

 

と、唐突だなぁ。名前は坂井悠二だよ。さかいゆうじ。

 

『サカイユウジ、言われなくともわかっているだろうが、お前はもうすぐ消える。俺が今ここでふっと息を吹きかけただけで、埃にまみれた蜘蛛の巣のように、その意識すらあっという間に虚無に溶けて自分にも誰にも認識できなくなる。跡形もなく、だ』

 

……わかってるさ。よくわかってる。

 

『現世に遣り残したことは?未練はないか?』

 

……あるに決まっている。あるに決まっているじゃないか。伝えたいことが、したいことが、してほしいことが、一緒にしたかったことが、たくさんある。

 

『もう一度やり直せるとしたら?』

 

――――なんだって?

 

『俺と契約を結ぶことでもう一度現世に戻ることができるとしたら?ユウジ、お前はどうする?』

 

そんなの、決まってる!戻る!戻って今度こそシャナを護ってみせる!!

 

『よくぞ言った、ユウジ。しかし、お前はトーチ、しかも消えかけのカケラだ。つまり、』

 

普通の契約はできない。つまり、フレイムヘイズにはなれない。

 

『その通りだ、お前は頭がよく回る。ますます便利だ。だが、俺の真名を理解してはいなかったようだ』

 

贋作師(・・・)”───まさか、僕の体を贋作(・・)できる?

 

『お前は本当に頭が回るな。ますます気に入ってきたぞ。お前を見つけたことを僥倖に思えてきた』

 

教えてくれ、僕は何をすればいい?

 

『焦るな。まず、もっとも鮮明に記憶に残っている人間を思い浮かべろ。フレイムヘイズでもいい。とにかく、出来る限り細部にまで徹底的に思い浮かべろ。その対象が強力であればあるほど、お前の新しい体も強力になろう』

 

決まっている。―――シャナ(・・)。炎髪灼眼の討ち手、紅世に関わる全ての者が畏怖の念を抱く、最強のフレイムヘイズ。そして―――僕のもっとも近くにいてくれた、一番記憶に残っている少女。

 

『よし、いいぞ。イメージが固まってきた。次は、』

 

次は?

 

 

『覚悟しろ』

 

 

は?あ、あれ?なんか周りが白く燃えているんだけど……あちちち!熱い、熱いって!!




ヒャッハ───!!!昔の自分の小説を読むのは苦痛だぜ───!!!!おげえええええええええ!!!!!

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