白銀の討ち手   作:主(ぬし)

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TSF支援図書館、というものが昔ありました。まだ世間ではTSF(性転換)という嗜好が今よりずっとマイナーだった時代です。そこでは同じ嗜好の者同士が思い思いのTS妄想を書き連ねて互いを慰め合うという、小規模の寄り合い所のようなところでした。まだモバゲーとかミクシイとか、そういうSNSすら発展途上の時代のお話です。この『白銀の討ち手』はそこで産声を上げたんです。ふふ、懐かしいですね。


1-10 覚醒

 何度地面に叩き伏せられ、何度宙に吹き飛ばされたのか。もう覚えていない。荒波に翻弄される小船のように不様に叩きのめされ、地面に壁にと藁屑のように全身を打ち据えられる。映画で見た戦場のシーンそっくりの灼熱地獄となった故郷の街の惨状を前に、無力な僕はただ身を小さくして攻撃から逃れるしかなかった。贄殿遮那に残されていた刀身には蜘蛛の巣のように激しい亀裂が走り、美しかった刃は刃毀れし、出来の悪いノコギリじみた惨めな姿を晒している。僕のような未熟者に振るわれたせいで。かつては美しかったその刀身が、シャナの身体を使っても満足に回避することすらできずに縮こまっている自分への皮肉に見えてひどく滑稽だった。

 

「伏せなさい、ちびじゃりモドキ!」

 

 目の前に高速で飛来してきた矢の雨と群青の炎の爪が交差し、溶け合い、爆散した。衝撃波が音と共に押し寄せ、砂礫が視界を土色に染める。僕がこうしてまだ生きていられるのは、僕を背後にしてひたすらキュレネーの攻撃に堪えているマージョリーさんのおかげだ。でも、防戦一方のそれがいつまでもつかわからない。現にマージョリーさんが打ち落とし損ねた矢が幾度となく僕に目掛けて飛来してくるようになってきた。いや、こぼれ球なんかじゃない。最初から僕を狙っているんだ。敢えて直撃させず、ジワジワといたぶっているんだ。そこまでは冷静に思考できても、そこから先に至ることが出来ない。心が、諦めてしまっているからだ。

 

「あはは、いつまで護りきれるかしら?」

「───ちぃっ!しまった!」

 

 キュレネーの嗜虐的な台詞にマージョリーさんが歯噛みする。その激情を狙われた。ガッと大きく開かれたトーガの爪の間をすり抜けて、一際強力な光の矢が飛来してくる。蛇のように身をくねらせて獲物に襲いかかる、陰湿な追尾弾。身体がほとんど自動で反応し、防御のために贄殿遮那を正眼に構える。視界を占拠する眩い閃光と衝撃が着弾を報せ、痺れて感覚のない腕がビリビリと打ち震えて、

 

「――あ、」

 

 ついに、贄殿遮那が砕け散った。痛みに霞む視界の中で亀裂が柄にまで達し、ばきりと音を立てて割れる。僕にとってシャナの強さの象徴だった無窮の大太刀が乾いた金属音を響かせて地に散逸する。なんて、呆気無い。心身両方の支えを亡くした身体が膝から崩れ落ちる。反射的に差し出した両手両膝が地面を打ち、辛うじて横たわることを防いだが、それだけだった。幾度も衝撃に晒されて疲労の限界を超えた手足にすでに感覚はなく、全身の神経を引き抜かれたような虚脱感が五体に重く伸し掛る。すぐ正面でマージョリーさんが必死に敵の攻撃を捌いているというのに、それが遠い場所で起こっているかのように感じる。もはや戦う気力などなかった。身体中の傷から発せられる痛みが現実の質感を伝えていたが、それすら他人事のようにぼんやりと遠のいて危機感すら湧いてこない。完全に、状況に屈していた。

 

「───こんな、はずじゃ、」

 

 疲労と絶望に忘我しながら、ふと足元に散らばる贄殿遮那の残骸を視界に入れる。砕けていても優美な曲線を魅せつける美しい造形が、どんな状況下にあっても諦めなかったシャナの横顔と重なる。しかし、カラリと音を立てて転がった刀身の中身は、あろうことか空洞(・・)だった。僕が贄殿遮那そのもののように思い込んでいた宝具は、模造刀にも劣る偽物だったのだ。外見だけそっくりに真似ても、中身が伴っていない、役立たずの出来損ない。

 

「ちびじゃりモドキッ!」

 

 再びトーガの脇をすり抜けて、獲物をいたぶる矢が着弾する。それは俯く僕の眼前の地面を抉り、当然のように爆散した。自己憐憫の砂粒(さりゅう)に沈みかけていた僕には回避の選択肢すら浮かばなかった。炸裂した大音響に肌を泡立たせる暇すらなく、膨張した空気に跳ね飛ばされて後方に吹き飛んだ。今までに倍する激痛が身体中をズタズタに切り裂き、肺腑が叩き潰されて呼吸が不可能になる。僕に向かって叫ぶマージョリーさんの声がゆっくりと遠ざかっていく。時間が弛緩し、流れる視界がスローモーションのようにゆっくりと過ぎ去る。

 ふと、それらの色彩が急激に精彩を失っていくのを知覚した。ボロ布のようになった肉体から意識が剥がれていく感覚。直後、ショートしたかのように瞳から光が失われる。忍び寄る死神の冷たい屍衣(しい)が肩に触れた気がした。自分の死すら疑うほどの冷たい世界に足を踏み入れる。耳が詰まったような完全な静寂がまたたく間に五感を塗りつぶして、

 

 

 

(―――この空っぽの贄殿遮那は、お前自身だ)

 

 

 

 這い登るような、零れ落ちるような、()がした。広い空洞を伝わってきたような反響を伴って、()()()()()()が響く。

 

 

(こんなものが、贄殿遮那であるはずがない。名を語ることすらおこがましい駄作だ)

 

 

 暗黒の意識の中で、()()()()()()()()の輪郭がゆらりと揺れ、叱りつけるように声を荒げる。吹きすさぶ風鳴りのような、掠れて虚ろな声音だった。大気が重油と化したような世界の中で、朧げな輪郭の脚がこちらに向かって踏み出される。明らかに異常とも思える事態だったが、不思議と驚きはなかった。僕は一再ならずそうしているように、その声の主に平然と問いかける。

 

(なら、もっと精度の高い贋作を創ればいいのか?)

 

真っ黒な自分が「否!」と世界を揺らす。暗闇を踏みしめ、一歩近づく。

 

(どんなに優れた贄殿遮那の贋作をもってしても、眼前の敵は淘汰できない。そも、坂井悠二にはこれを振るうスキルが足りない。経験値が足りない。才能が足りない)

(なら、どうすればいい?僕がシャナのように敵を駆逐するには、どうすればいい?)

 

漆黒に燃える坂井悠二が嘲笑する。

 

(シャナのように?()()()()()()()()だ)

 

周囲より一際濃い闇が、影を掻き分けて眼前まで近づいてくる。必然、シャナの身体となった僕は接近してくる彼を見上げることとなる。

 

(それは驕り(・・)だ。お前の紅世の王が問うたはずだ。「()()()()()()()()か?」と)

 

僕の知らない()()()()()()が目の前に仁王立ちし、威厳さえ伴った気迫で圧倒してくる。

 

()()()()()()()()か?否、()()()()()だ。シャナの戦い方を模倣する必要はない。こんなところで躓いている暇はないぞ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()!!)

 

 張り上げられた胴間声に意識が弾かれる。暗黒の世界がモノクロへと変わり、色彩が復活する。その狭間に、この世の闇を凝縮したかのような黒い炎を見た気がして―――

 

「……ッ!?」

 

 頬に冷たいアスファルトを感じた瞬間、地面から身体を引き剥がす。その反動で五体余す所なく激痛が走り狂い、先ほどの黒い炎も幻覚も意識の外へと蒸発し、思い出せなくなった。しかし、何者かが告げたその言葉(せりふ)だけは頭蓋の内にしっかりと焼き付いていた。

 

 

───シャナの肉体を持って、坂井悠二の戦いをせよ───

 

 

 その言葉を脳内で繰り返すたび、濁っていた思考が急激に冴えていく。より鋭く、より明晰に。精神が凍えた湖水のように冷え切り、鏡となって周囲一帯の全景を鋭敏に映す。体勢を立て直し、キュレネーの姿を視界に捉える。敵は複数、索敵能力は高い。すべて遠距離攻撃(ロングレンジ)タイプで射程は広範囲かつ狙撃能力も極めて秀逸。近接戦(インファイト)を挑むのは不利。ならば!と一つの活路を導き出す。坂井悠二にしか思いつかない戦い方を。しかし……。

 

(武器がほしい!僕が望むアレ(・・)があれば……!)

 

 臍を噛み、ぎりと両の拳を握り締める。この手には得物がない。敵を倒すための手段が足りない。手に入れなくてはならない。どうやって。目当ての武器になりそうなものはないかと必死で周りを見回す。その時、遠心力に振られたペンダントが肋骨にあたって軽い金属音を立てた。

 そこでようやく、僕は今この段階に来てなお、自分と契約した紅世の王の力を行使していないことに気づいた。

 今までの僕はシャナの力を再現(コピー)していたに過ぎない。出来もしないことをしようと無駄に足掻いていたに過ぎない。今、この身を紅蓮に染めている赤の炎は、この紅世の王本来の色(・・・・)ではない。まだ一度たりとも、この紅世の王はその力を解き放ってはいない。この紅世の王が持つあの能力(・・・・)を使いこなしていない。閃きとともに腹の底に()が灯るのを感じながら、口元の血を乱暴に拭い、勢いよく胸のペンダントを掴んで顔の前に掲げる。

 

「テイレシアス」

「なんだ、坂井悠二」

 

 久方ぶりに聴く紅世の王の声は、自らへの呼び捨てに対する憤怒や当惑など一切感じさせず、むしろそれを待ち望んでいたかのような力強さに満ちていた。それに応えるように、僕は双肩に力をこめて吼える。

 

「力を貸せ、テイレシアス!我が紅世の王!!」

「―――ははっ!遅い、遅いぞ、いつまで待たせるつもりだ!!我がフレイムヘイズ!!」

 

 歓喜にわななく怒号とともに、(ゴウ)と白い爆炎の竜巻が僕の身体を包み込んだ。長い夜の果ての暁光のように煌々と輝く白い炎が総身をくまなく包み、あらゆる負傷を癒していく。全身が爆発しそうなほどに熱くなり、この小さな肉体を構成する一分子に至るまで苛烈にして清浄な力が漲ってゆく。張り裂けんばかりのエネルギーが身の内でぐんぐんと高まり、瞳の裏が熱くなる。頭の芯まで熱に痺れ、不可能などないと錯覚するほどに自信が満ち溢れてくる。この、自分まで炎と化したような胸ときめかせる灼熱の感覚を、シャナも味わったことがあるのだろうか。

 繭のようにボク(・・)を包み込んでいた白炎が消える。視界に映るのは、トーガを失い生身となったマージョリーさんの姿と空を覆いつくすほどの矢の大群。自分が成すべきことを瞬時に把握したボクは両の手に一丁(・・)ずつ握ったそれを矢の雲に突き出し、引き金(トリガー)を引いた。

 

 

 ‡ ‡ ‡

 

 

「こ、の―――!!」

 

 群青の炎弾を横薙ぎに連射する。直撃すれば、そのへんの紅世の徒なら簡単に消滅させうる破壊力を持った炎弾は、しかし光の矢の群れと真正面から激突して盛大に引き分けた。爆音と衝撃が地を揺らし、飛び荒ぶ瓦礫が人工物も天然物も残らず粉砕する。だが眼を逸らすわけにはいかない。壁のように視界を覆っていた粉塵を突き破り、さらに数を増した光の矢が弾幕となって襲いかかかってくるのだから。

 

「こりゃあ、ちょっくらやばいんじゃねえのか、我が戦場の花、マージョリー・ドー!」

 

 マルコシアスがわかりきったことを叫ぶ。こんな状況、どうみたって不利だ。前に進めず退却もできず、そのうえ満足な反撃ができないなんて、最悪だ。ジリ貧とも呼べない。

 

「わぁってるわよ!≪キツネの嫁入り天気雨!≫っは!」

「んなら俺が言いたいことも察してくれてるんだろうが―――≪この三秒でお陀仏よ≫っと!」

 

 『屠殺の即興詩』を紡ぎ、目にも止まらぬ高速で自在式を組み上げる。当代でも五本の指に入ると称される自在師の達人によって10体のトーガの分身が宙空に生まれ、旋風となって舞い上がる。

 

「これでも―――食らっとけ!!」

 

 突如、トーガが高空で破裂したかと思うと、それらは無数の炎の豪雨となって矢群と敵群に降り注がれた。その比類なき破壊力はまさに高射砲による絨毯爆撃、もしくはクラスター爆弾そのものだ。先の爆音と衝撃を遥かに凌駕する圧倒的な大爆炎が地上に現出し、自然の摂理をねじ曲げんばかりに燃え上がる。さながらそれは核爆発のように、ビルほどもあるキノコ雲を空へ屹立させた。

 

「ッチクショウ!!」

 

 これだけの威力を持った攻撃を用いても、手応えは感じられなかった。正確には、()()()()()()()という手応えが。接戦するマージョリーには、キュレネーの正体とその仕掛けが否応なく理解できた。敵は分裂という特殊能力を有しているのだ。何千体といるキュレネーのなかでどれが本体なのか察知しようとするたびに、そんな余裕など与えはしないとばかりに波状攻撃の連打を受けている。数分前から延々と繰り返される猛烈な攻め技の応酬は、マージョリーの体力を確実に削り取っていた。消耗戦では、数が多いキュレネーが圧倒的に有利だ。いや、頭の冷静な部分では理解できているのだ。このジリ貧の状況を打破する道がたった一つあることくらい。

 

「ったく、いったい何匹いやがるのよ……!」

「……なあ、我が情深き守護者、マージョリー・ドー」

 

 いつにないマルコシアスの低められた声に、マージョリーはピクリと眉を震わせる。この紅世の王が何を言うかはすでにわかっていた。

 

「わかってんだろ、()()()()()を守りながら戦ってたらやべぇってことは。今さら命の優劣がつけられねぇ歳でもなし、さっさと決めた方がいいんじゃねぇのか」

 

 マルコシアスに説教をくらうのは久しぶりだった。そのことに無意識に苦笑しながら、一度背後を振り返る。そこにいるのは満身創痍でもはや立ち上がることすらままならない、“炎髪灼眼の討ち手”に酷似した謎の少女。きめ細やかな肌は傷だらけで血に染まり、その瞳にはもう戦意は感じられない。おそらくは新人(ルーキー)のフレイムヘイズ。どんな所以(ゆえん)があってちびじゃりにそっくりな少女がフレイムヘイズになったのかは知る由もないが、今回の戦闘が初戦だということは拙い戦い方を見れば分かる。たまにいるのだ。まだ自身のフレイムヘイズとしての力に慣れぬまま戦いに望み、相手が悪く脱落(・・)してしまうフレイムヘイズが。あの少女もまた同じだ。武器は折れ、心も折れ、もはや死を待つばかり。あのザマでは、この戦いを運良く生き延びても次はない。自分が助けてやる意味なんてないかもしれない。そう、このジリ貧の状況を打破する道はたった一つある。このちびじゃりモドキを見捨てて撤退すればいい。そうすれば自分だけは助かる。

 

「だけどね、」

「あん?」

 

 頭上から攻撃の気配。未来予測に匹敵する歴戦の第六感を駆使してそれを察知すると、瞬時に特大の炎弾を作り出して撃ちだす。轟く爆音の向こうに、一瞬だけ、過去の自分を垣間見る。マージョリーは、人間だった時から、誰かを見捨てることが苦手だった。とてもとても、苦手だった。

 

「ちびじゃりにそっくりな奴を見捨てたら、さすがに後味悪すぎんのよ!!今夜の酒が最悪にマズくなんのよ!!」

 

 もう何度目かもわからない爆音に負けないくらいの怒鳴り声を張り上げる。間髪いれずに牙を剥かんと襲い来る矢の進行方向に灼熱の火球群を撒き散らして迎撃する。まさに百花繚乱の狂い咲きとも言うべき群青と灰の瀑布が、電柱を次々と基礎ごと地面からもぎ取って捻り切る。あのちびじゃりモドキは、なぜか他人のように思えなかった。よく見知っている誰かのような気がしたのだ。フレイムヘイズ屈指の殺し屋と謳われる自分にしては甘すぎる決断だったが、後でうじうじと後悔するよりマシだ。

 

「ヒー、ハー!そう言うと思ってたぜ、我が勇敢なる猛者、マージョリー・ドー!!」

 

 マルコシアスの軽薄で爽快な―――けれども、契約者を心から誇りに思っている笑い声に叱咤され、気合十分とばかりにトーガの両の爪をガシャンとかち鳴らせる。死にかけたことなんて今まで数え切れないくらいあった。今よりもっとひどい状況に陥ったことも数知れない。でも、今もこうして生きている。今回だって、生き残る。苦しい今を変えたいのなら、今、全身全霊を尽くすのだ。

 

「あのちびじゃりモドキも今夜の酒に付き合ってもらうわよ!未成年だろうがなんだろうが知ったこっちゃないわ!私が酔いつぶれるまで勝利の美酒のお酌をさせるんだから!!」

 

 裂帛の気合を込めて再び屠殺の即興詩を紡ごうとして―――突如視野を染めた凶悪な雷光に瞠目した。間近で手榴弾が炸裂したような、全身を叩きつける激痛。その一撃で、身に纏っていたトーガは呆気なく散逸した。視程の端で、謎の少女が真正面で発生した爆風に拐われるのを視認する。咄嗟に手を伸ばそうとするも、自身にその余裕がないことを思い起こして中断した。

 

「こんの……舐めんじゃないわよ!」

 

 吹き飛ばされる直前、地面にハイヒールを突き刺してその場に踏みとどまる。間髪入れずに炎を操作して気圧差の断裂壁を作り、時間差で襲ってきた衝撃波を防ぐ。気化したアスファルトの悪臭とそれ以上に不快な気配に顔を歪め、飛来してきた矢の延長線上に佇む気配の主を射殺さんばかりに睨みつける。

 

「ねえ、“弔詞の詠み手”。あなたは十分に戦ったわ。もう諦めたら?大丈夫、あなたの頑張りに免じて、その娘はなるべく痛くない方法で殺してあげるから。ね?」

 

視線の先で余裕綽々と微笑むキュレネーの台詞に、思い切り唾棄してガツンと天に向かって中指を立てる。

 

「ふざけるんじゃないわよ、変態女!あんたの裁縫針(・・・)なんて、いくら当たったってこっちは痛くも痒くもないのよ!」

「……ああ、そう。じゃあ、貴女の首は剥製にして飾ってあげるわ。胸と脚は肉付きよくて美味しそうだから、あとで舌鼓を打つことにしようかしら」

 

 マージョリーの堂々とした返答に、対するキュレネーはまったく意外そうな反応をしなかった。それどころか、ニチィ(・・・)と酷薄に嗤ってみせた。キュレネーはマージョリーのその反骨こそを欲していたのだ。彼女もまた弓矢を使う狩人を自負する者として、より手強い獲物を狩る喜びを甘受しようとしていた。一体の笑みは伝播し、空を埋め尽くすキュレネーの分身全員の口が音を立てるように耳まで一気に裂けていく。ザン、と一斉に構えられる光の矢。歯軋りして防御の方法を考えるが、鍛えられた直感はそんなものはないと冷酷に告げていた。

 

「それじゃあ、御機嫌よう。次は私の胃袋で会いましょう、“弔詞の詠み手”」

 

 全てのキュレネーの指が矢羽から放される。全周囲どの方向に身をかわそうとも逃げ切ることはできない死の雨が降り注ぐ。言うまでもなく、絶体絶命だった。これまでかと臍を噛み、それでも最期まで眼は逸らすまいとキュレネーを睨みつけて―――

 

 突如背後で巻き起こった竜巻に、愕然と眼を見開いた。轟々と周囲のあらゆるものを巻き上げて天を突く、白い炎の竜巻。この唸りを上げて逆巻く爆炎があの少女から発せられたものだと理解するのに数秒の時間がかかった。今までの少女のそれとは比べ物にならない存在の力に、怯えるかのように大地がビリビリと震動する。

 ふっと、唐突に竜巻が音もなく消え失せる。轟風を巻き上げて、傷が全て癒えた少女が姿を現す。刹那、その小さな両手から灼熱の轟砲が(とどろ)き、火線の雨が飛来する矢の全てを一本残らず迎撃した。

 その姿は、マージョリーの知る“炎髪灼眼の討ち手”とまるでかけ離れたものだった。

 

 

――――力強く羽ばたく、雲海のように白い炎の翼。

 

――――艶やかに風に流れる、燦然と純白に燃えたつ長髪。

 

――――凛冽にして透明、しかし断固とした闘志を宿した雪色の双眸。

 

 

 だが、それらよりもマージョリーを驚かせたのは、少女の両の手に握られているその武器だった。少女の手に余る巨大な銃把(グリップ)の上部で回転弾倉(シリンダー)は煙を上げ、過熱する銀色の銃身(バレル)は大気を陽炎のように揺らめかせている。鞘に収められた短剣のような形状をした二匹の鉄の魔獣を、マージョリーは()っていた。かつてマージョリーがまだ普通の人間だった頃に兵器として普及し始め、数百年を経て戦争の主兵器へと進化した、同じ人間を殺すためのヒトの知識の結晶の一つ。紛れもない、『拳銃』だった。

 

「はははははっ!拳銃を使うフレイムヘイズときたか!お前は本当におもしろい奴だ!!」

 

 少女の胸元から響く、大地を底から揺すり上げるような喜悦極まる笑い声。マージョリーが初めて聴いた、少女の紅世の王の声だった。その大声に返答するかのように、少女の口元に不敵な微笑が浮かび、

 

「“贋作師”テイレシアスがフレイムヘイズ、“白銀の討ち手”―――推して参るッ!!」

 

覇気に満ちた宣言と共に、光の尾を引いて空へと天翔(あまか)けていった。




は?モバゲーもミクシイも知らない?ウッソだろお前

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