決まりきっていた結末を覆し、満身創痍だったはずの少女が白銀の尾を引いて力強く飛翔する。その姿は、その場にいる全員に等しく驚愕を与えた。わけても、対峙するキュレネーの驚きこそ最たるものだった。“炎髪灼眼の討ち手”がその身を純白に燃やし、近代兵器を握っているからだけではない。少女の持つ拳銃こそ、キュレネーがもっとも忌み嫌う武器だったからだ。
キュレネーは自他共に認める弓の名手である。古くは人類発祥の時代、キュレネーが紅世に生まれ出でる遥か昔に発明され、遠く地平線の彼方にある敵すら
「お、の、れぇえええええええええ!!」
もう“炎髪灼眼の討ち手”だとか“弔詞の詠み手”だとか、そんなことはどうでもよかった。あの憎き機械仕掛けの獣を一刻も早く自分の視界から消し去りたい。この弓で、この矢で、鉄屑にしてやりたい。ついに臨界点に達した怒りに、キュレネーの分身たちが眼を見開き牙を剥いて腹の底から湧き上がる激情に咆哮する。攻撃の狙いを“弔詞の詠み手”から外し、キュレネーたちは一斉に矢を放った。憎悪と狂気を孕んだ魔の矢群が目覚めたばかりのフレイムヘイズ“白銀の討ち手”に四方から襲いかかる。キュレネーは知っていた。銃には弾丸の制限があることを。装弾には時間がかかることを。少女が握る『リボルバータイプ』と呼ばれる回転式拳銃は、そんな制約の多い拳銃の中でも特に撃てる弾丸が少ないことを。
―――だからこそ、目の前の光景が信じられなかった。
‡ ‡ ‡
二丁の拳銃を左右に構え、前方に突き出し、交差させ、縦横無尽に猛然と
「無限拳銃―――そうか、フリアグネの『トリガーハッピー』の贋作か!」
契約者の意外な発想に喜び驚くテイレシアスの呵呵大笑に肯定の笑みを返して高速で引き金を引く。その通り。この拳銃は、ボクが初めて遭遇した紅世の王、“狩人”フリアグネの有していた対フレイムヘイズ用宝具『トリガーハッピー』の贋作だ。徒と討ち手への復讐に燃える人間によって作られたこの拳銃型宝具は、撃つ意思さえあれば無限に弾丸を放ち続けられるという破格の能力を有している。
テイレシアスの固有能力は、アラストールのような強力無比な断罪の炎でもなければ、マルコシアスのような高度な自在式支援でもない。『
拳銃など握ったことのないはずの身体は、舞い踊るように空中で身体を捻らせ、肉体の一部であるかのように自由自在の角度から弾丸を射出し続ける。シャナの強靭な肉体は反動を難なく打ち消し、精密射撃を可能としてくれる。撃ち続ける間も『トリガーハッピー』から絶え間なく流れ込んでくるのは、頭がショートしそうなほどの
「まだまだァ!!」
気合に満ちた声で吼えると、存在の力を『トリガーハッピー』に流し込み、思い描くイメージを
再び引き金を引く。鉄槌の如き
音の壁を軽々と突き破った弾丸は、ついに一人のキュレネーの脳天に突き刺さり、抉り、粉砕した。灰色の絡まった肉片が派手に飛び散ったかと思うと、
「はははははッ!ははははははッ!!お前を見つけて幸運だった!!お前を選んで正解だった!!生まれてこのかた、ここまで俺の力を使いこなせた者と出会ったことはなかったぞ!!我がフレイムヘイズよ!!」
テイレシアスの頼りがいのある豪笑に、ボクも口端を不敵に釣り上げて応えてみせる。渇望を満たす歓喜と感動に打ち震える声はまるでボクを急かしているようだった。もっと踊れ、もっと戦え、もっと俺を魅せてみろ、と。上等だ。もっと激しく踊り、もっと激しく戦い、もっと激しくお前を魅せてやる!
純白の翼を一際強く羽ばたかせる。超常の翼はフレアを迸らせて猛烈な推進力を生み出し、ボクに神速のスピードを賦与してキュレネーの軍勢へと肉薄させる。常人には視認すら出来ない戦慄の矢が群れを成して迫るが、
「くそくそくそくそっ!なんで、当たらない!?」
キュレネーの焦燥が耳朶を掠る。その声すら置き去りにして、ボクは神業的な体捌きで矢を回避してゆく。土砂降りより激しい即死の矢群が鼻先を掠め、肩口を擦過するが、そこまでだ。キュレネーたちが一様に目を剥き、ありえないという困惑の表情を浮かべる。戦闘機の
(だけど、シャナの身体なら堪えられる!シャナがボクを支えてくれる!)
胸中に叫び、その勢いを引き受けた銃口が立て続けに炎を爆ぜる。骨身を激震させる反動と同時に、一発ごとに感じる確かな手応え。激しい爆炎と閃光がキュレネーたちを飲み込み、一瞬世界を白く染め上げた。鼓膜を破りかねない轟音が封絶内に木霊する。だがボクは攻撃の手を休めない。炎と煙と閃光が入り混じる周囲に次々と弾丸を撃ち込んでいく。手応えの連続にも容赦はしない。今までキュレネーに苦しめられてきたフレイムヘイズたちの無念をも晴らすように、徹底的に撃ちまくる。シャナの肉体ですら筋肉が悲鳴をあげるほどの連撃で、度重なる閃光に視野はかすみ、鼓膜も麻痺する。観測が意味を失う領域の瀬戸際に位置する極限の戦闘。気がつけば、あれほど苛烈だった反撃は返ってこなくなっていた。
「―――まだ、だな」
テイレシアスの低い声に頷き、油断なく銃を構え直す。酷使された銃身は白熱して大気を焼き、砂漠の蜃気楼のような陽炎を揺らめかせている。自分の存在の力で作り上げた贋作だからか、『トリガーハッピー』の限界が近いことは感覚で理解できた。如何に強化を施した宝具とは言え、贋作は贋作だ。強度はオリジナルには遠く及ばない。それは贄殿遮那の崩壊で学習済みだった。キュレネーの軍勢は倒したが、こちらに向けられる刺すような殺意はいまだ衰えず感じられる。まだ最後の一人が残っている。間違いなく、それが“螺旋の軍勢”キュレネーの本体だ。
はたと、自分に向けられていた殺意が逸れるのを感じた。「なぜ」と頭で理由を考えるより先に第六感が警告を発した。脊髄反射的な思考でキュレネーの狙いを察知すると、翼を大きく捻り高速で飛翔する。まるで瞬間移動したかのように、ボクは呆然と戦闘を見上げていたマージョリーさんの前にアスファルトを砕いて降り立つ。
「ちびじゃりモドキ、なにを……!?」
驚愕するマージョリーさんの疑問に応えぬまま身を翻し、腰を落として身構え、『トリガーハッピー』を交差させて即席の盾とする。遥か彼方で輝く雷光。腕に走る衝撃。猛威に軋みを上げる魔銃。そして、
「ぐっ……!」
ほんの一瞬の間に、トリガーハッピーは跡形もなく砕け散った。バレルは折れ、シリンダーも跡形もなく弾け飛ぶ。
「あは、あはははは!やった、やったわ!ぶっ壊してやった、くず鉄にしてやった!あはははははは!!」
キュレネーの哄笑が響き渡る。どうやら、マージョリーさんを囮にしてこちらの武器を壊すことが目的だったようだ。そして、その目論見は成功した。あの台詞から察するに、銃に何かの恨みでもあるらしい。悔しいが、キュレネーの罠にまんまと引っ掛かってしまった。でも、こうしなければマージョリーさんを護れなかったのだから、後悔はない。握っていたグリップの欠片を放り捨て、空になった両手にちらと視線を落とす。今日一日で消耗しすぎた存在の力は、もう限界だ。宝具を贋作できるのも、おそらくあと一回。
「なかなかに性根の腐った奴だな。で、どうする?」
楽しげに問うてくるテイレシアス。胸のペンダントに心配するなという視線を向け、精いっぱい格好良く笑ってみせる。実は、
「マージョリーさん、すみません、少し離れてもらえますか?」
「は?え、ええ……」
呆気にとられながらも数歩後ずさってくれる。マージョリーさんが危険な圏内から出たことを確認した後、一度痺れた手を振ると、ボクは目を閉じて体内に残った存在の力を
「ちょっと、それってまさか――!?」
「おいおい、マジかよ嬢ちゃん!?」
この槍を見たマージョリーさんとマルコシアスが驚愕の声を上げる。二人が驚くのも無理はない。これは、大命の遂行時にしか使われないとされる、仮装舞踏会が所有する最強の宝具の一角なのだから。銃を破壊できたのがそんなに嬉しいのか、いまだ笑い続けるキュレネー。こちらの手に武器はなく、マージョリーさんも疲労困憊なのだから、もはや追撃はないとキュレネーが決め込むのも当然だろう。距離がかなり離れているからか、遠くからでもはっきり聞こえるヒステリックな哄笑は見事に油断しきっていた。遥か遠方にいるのだろうその背中は、シャナの視力を持ってしても視界には映らない。だが、そんなことはこの槍には関係ない。姿が見えないなんてハンデはこの槍にはないにも等しい。槍の柄を両の手で握りしめれば、使い手の無双の技術が流れ込んでくる。
「さあ、締めを飾ろう。我がフレイムヘイズ!」
凱歌の如きその声に弾かれるかのように、この身を弓にして槍という名の巨大な矢を極限まで引き絞る。
「ああ、我が紅世の王!これで―――
裂帛の気合と共に踏み出された極限の一歩が硬質のアスファルトを穿ち、ボクという弓から槍が放たれる。槍がこの手を離れる瞬間、命じる。「
それで、勝負はついた。
‡ ‡ ‡
しかと見た。この目で。あの銃が不様に砕け散り、鉄屑と化すさまを、この目で!!
嗤い声が聞こえる。それが自分のものだと気づいて、キュレネーはさらに大きく嗤った。自分の分身である螺旋の軍勢は失われてしまったが、二度と作れないわけではない。しょせんは分身だ。人間どもから存在の力を集めれば、またすぐに軍勢は復活する。一体ずつ、一体ずつ、今まで通り根気強く増やしていけばいい。より多くの存在の力があれば、軍勢の数はさらに増やせる。今回は時間稼ぎが目的だったから、油断していただけだ。次は、今日より一桁は多い軍勢で攻めて、あのフレイムヘイズどもを絶望とともに蜂の巣にしてやる。特にあの“白銀の討ち手”は、屈辱を何万倍にもして返してくれる。
復讐を誓ったキュレネーは凄絶な笑みを浮かべて一際大きく高笑いすると、踵を返して退却の一歩を踏み出す。が、
「―――え゛?」
どす、と唐突に足元に突き刺さったのは、見たこともないほどの大槍。思わず次に来る攻撃から身を遠ざけようとして、身体が動かないことに気づく。手で空中を掻くようにジタバタともがくが、一向に前に進めない。理由はわかっている。しかし、認めたくはなかった。
「あ゛、あ゛ぁ゛、が、ぁぎ……ッ!?」
槍を掴む。何の脈絡もなく自らの腹を貫通し、この場に縫いとめている槍を。
槍の竿を伝って地面に滴り落ちる紅蓮の花を呆然と言葉もなく凝視する。いくら信じたくなくても、それはキュレネー自身の血だった。どうやって?どこから?どうして?多くの疑問が浮かんでは薄れていく意識とともに消えてゆく。暗転し、二度と這い上がってこられない消失の海へ沈んでいく意識の中、キュレネーはこの無骨で剛健なフォルムをした剛槍に見覚えがあることを思い出した。持ち手の意思に従って変幻自在にその大きさを変え、持ち主が望まない限り折れも曲がりもせず、攻撃力・破壊力においては贄殿遮那をも超える類稀なる能力を持つ宝具―――
これは、仮装舞踏会の将軍にして最強の紅世の王、“千変”シュドナイの宝具『神鉄如意』ではなかったか、と。
そこに思い当たった次の瞬間、キュレネーの意識は舞い散る火の粉となって消滅した。
‡ ‡ ‡
はぁ、と深く大きな息を吐く。それと同時に、後光のように輝いていた純白に燃える髪が元の黒髪に戻る。存在の力を使い尽くしてしまったからだ。炎のように全身を駆け巡っていた力の源が断ち切れたことで、一気に負荷を受けた関節が悲鳴の金切り声をあげる。指先を動かそうとするだけで思わず呻き声を漏らすほどの痛みが頭蓋を貫通して脳天を突き抜ける。
「初戦はまずまず、だな。なぁに、これから成長すればいい」
テイレシアスが偉そうに言う。自分だって楽しんでいたくせに、と苦笑して指先でペチリとペンダントを弾く。だけど、その通りだ。初戦はまずまず。改善点はたくさんあるけど、成長の余地も大いにある。
「ち、ちびじゃりモドキ、あんたいったい何者なわけ?」
痛む身体に鞭を撃って首だけで振り返る。見ると、マージョリーさんが警戒と困惑の眼差しでこちらを睨んでいた。ふと、マージョリーさんにならボクが坂井悠二であると伝えてもいいのではないかと思った。クールに見えて実は情の深い彼女なら、誰にも他言せず、ボクの身に起こった荒唐無稽な話も信じてくれるのではないかと。
「マージョリーさん、ボクは――――ぁぇ?」
突然、視界がぐにゃりと奇妙な形に歪み、切り替わった。頬に冷たい土の感触を感じる。倒れた、と知覚するのにそれほど時間は必要なかった。どうやら、とっくに身体は限界に達していたようだ。精神力だけで今までもっていたのだろう。
「はは……シャナみたいにかっこよくは、終われないもんだね……」
瞼が鉛のように重くて、とてもじゃないが支えきれない。もう一歩も動けない。疲労による眠気の波が押し寄せてくる。
「ここまで頑張ったんだから、もう眠っても、いいよ、ね……」
「ああ、ゆっくり眠るがいい。我がフレイムヘイズ、“白銀の討ち手”よ」
力強く優しい声を遠くに聴きながら、ボクはまどろみの中へ落ちていった。
‡ ‡ ‡
「結局、なんだったのよ、こいつは?」
疲れ果て、腕の中でスヤスヤと眠る少女を眺めながら、マージョリーが呆れたように呟いた。たしかにフレイムヘイズは人間の常識など足蹴にし、ありえない事象を簡単に作り出す、人の世から逸脱した存在だ。しかし、この少女はフレイムヘイズの常識すら足蹴にしてみせた。何もないところから自身の力だけで宝具クラスの武器を創造し、ついにはシュドナイの宝具『神鉄如意』までも作り出し、その威力を存分に発揮してキュレネーにトドメを刺した。いくらなんでも無茶苦茶すぎる。
「ん……」
艶やかな黒髪を靡かせながら幼子のように寝返りを打つ少女に、マージョリーは自分の腿に肘をついて嘆息する。顔かたちは“炎髪灼眼の討ち手”にそっくりだが、根本的な部分が違う。外見は同じだがエンジンが異なるスポーツカーのようなものだ。力の性質も、戦い方も、そして性格も、何もかもが異なっている。
「んで、やっぱりあんたは何も話さないわけ?」
「俺の口から話すことは何もない。語るべきは我がフレイムヘイズだ」
少女の胸元にある王――――こいつの神器もアラストールのそれに酷似していてややこしい――――に声をかけるが、返ってくるのは最初と同じ返答で、マージョリーは再度嘆息する。アラストールほどではないが、妙に堅物な性格をしているようだ。おまけにこの少女をかなり気に入っているらしく、台詞の「我がフレイムヘイズ」が強調されている。
(このちびじゃりモドキは何を好んでこんな変な紅世の王と契約したのやら。って、私も人のことは言えないか)
肩からぶら下げた相棒にちらと視線を落とし、胸のうちに少女への暖かい親近感が浮かぶのを感じた。これからの行動は、この胸の暖かさに委ねればいい。
「私はちびじゃりモドキを助けて、ちびじゃりモドキも私を助けた。だから貸し借りなし。私はさっさとお暇させてもらうわ。……って言いたいんだけど、」
「こっちにもいろいろと聞きてえことがあるんだよなぁ」
マージョリーの言葉を引き継ぐ形でマルコシアスが声を荒げる。戦えれば他のことはどうでもいいというのがモットーの彼だが、今回のことはさすがに見過ごせなかった。紅世の王からしてみても、先の戦闘は常識から逸脱したものだったからだ。返答も待たず、少女を抱き上げてひょいとマルコシアスに飛び乗ると、そのまま空中へ舞い上がる。
「ちょっとこの娘借りるわよ。悪いようにはしないわ」
「構わんさ、“弔詞の詠み手”、“蹂躙の爪牙”。お前たちが信用できるフレイムヘイズだということはよくわかっている。我がフレイムヘイズとは
ますます変な奴だった。普通、紅世の世界の住人は同胞を軽々しく信じたりしない。同じ目的の元に協力することはあっても、それは自己の欲望や目的を果たすために最短の道のりであると判断した結果である。数百年もずっと紅世の王や徒を狩っていた自分は、彼らと人間では思考や情念に決定的な差があることを誰よりも理解していた――と思っていたのだが。
(
しばし眠りこける少女の顔を覗き込んで記憶を探ってみるが、思い浮かんだのは生意気な本物の
そして、何事もなかったかのように世界が活動を再開する。
直上から降り注ぐ熱い日差しがアスファルトに反射して人々を上下から照りつける。ある青年は友人と共に笑い転げ、ある女児はあまりの暑さに泣き叫ぶ。先ほどまでの凄惨極まる激戦の時間などなかったかのように、街は元の喧騒を取り戻した。その裏通りで、つい先ほど叱り付けられた16歳の不良少年が呆然と地面に仰向けになっていた。その鼻穴からは、だらりと血が流れている。
「……なんで?」
小柄な少女に化け物じみた膂力を見せ付けられ、混乱しながら当てもなく遁走していた彼の目の前に、唐突に地面に突き刺さる巨大な槍が現れたのだ。結果、彼は柱のような槍に顔面をぶつけて派手に転び、アスファルトに背を預けて空を見上げることとなったのだった。じんじんと痛む鼻っ柱を押さえながら半身を起こすと、槍は彼の眼前で背景に溶けるように消えていった。学のない彼には、この理不尽な現象の理屈にまったく思い当たることができなかった。たしかに現実の痛みに痺れる鼻を押さえ、少年は雲一つない真っ青な空を見上げて一言だけ呟いた。
「学校、行こうかな……」
オゲエエエエエエエエエエ!!!なんっっっじゃこの痛々しいアイデアの数々はああああああああああああああ!!!!!!
……今も使えそうなのがチラホラあるやんけ(退化)