白銀の討ち手   作:主(ぬし)

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TSF支援図書館での活動はとても楽しいものでした。当時、TS小説を読もうにも、小説投稿サイトは発展途上であり、タグ検索というものも未熟で、さらに需要に対して供給が追いついていないような印象でした。そのため、支援図書館には現状に満足していないTS作家の卵たちが思い思いの小説を投稿していました。お互いに妄想を垂れ流し合い、時に妄想を絡め合い、褒め合いながら、穢れを知らないエルフの村のようにキャッキャウフフと過ごしていました。


2-2 察知

話は数分前に遡る。

 

 稀代の自在師マージョリーの索敵による分析は悉く的中していた。”螺勢”キュレネーは仮装舞踏会(バルマスケ)には所属しておらず、先の戦闘は仮装舞踏会とは何の関係もないものだった。紅世に数多ある宝具の中でも秘宝中の秘宝、持ち主の存在の力を回復し続ける超常の永久機関『零時迷子』を求める者は仮装舞踏会だけに限らない。()もまた、零時迷子を狙う紅世の王の一人だった。

 

「―――なぜ、こうなった?」

 

 一見すれば、線の細い中東風の美青年―――紅世の王が一人、“風雲(ふううん)”ヘリベが呆然と呟いた。彼がその虚ろな眼を向ける遠く先では、次々と火達磨と成り果て落ちてゆく配下の燐子たちの雨が降り注いでいた。作戦はごく単純で、だからこそ完璧なはずだった。強力な助っ人として雇った“螺勢“キュレネーが“炎髪灼眼の討ち手”を誘き寄せ、時間を稼ぐ。その間に一人になった『零時迷子』を宿すミステスを自分の燐子たちが襲撃し、混乱に乗じて殺し、中身を奪う。遠距離からの圧倒的な物量攻撃を得意とするキュレネーならば、自在法を苦手とし近接戦を得意とする“炎髪灼眼の討ち手”相手に十分な時間稼ぎができる。それを見越してからか、監視を続けたこの数日間、“炎髪灼眼の討ち手”はほとんどミステスの傍から離れなかった。だからこそ、キュレネーからの「作戦通り、“炎髪灼眼の討ち手”を封絶内に誘い込んだ」という報せが入った時は激しく心が躍った。そのすぐ後にあの“弔詞の詠み手”までもおびき寄せられたと聴いた時など、あの唾棄すべき少女虐待趣味の変態女を抱擁してキスしてやりたいとさえ思った。その時、天はまさにこのヘリベを味方したのだ。『零時迷子』を手に入れるべきはこの自分であり、断じて仮装舞踏会のような得体の知れない薄汚い連中ではあってはならない。『零時迷子』はこのヘリベのためだけに存在する。永遠の命と力を持って、紅世も、人の世も、余さず手中に収めてみせる。この世に生を受けた瞬間から征服欲の塊であったヘリベは、ただそれだけを胸にいざ零時迷子を宿すミステスへと自慢の軍勢を侍らせて襲い掛かったのだ。

 

 だが……結果はどうだ?ここより遥かに離れた場所でキュレネーが足止めをしているはずの“炎髪灼眼の討ち手”は、キュレネーとの戦闘による疲労も負傷もまったく見えず、まるで無傷の状態で自分の前に立ちはだかった。無論、そこまで頭が回っていなかったヘリベではない。万が一、キュレネーが下手を打って瞬殺されたり、他のフレイムヘイズが加勢に来ても目的が達成できるように、今までに集めたありったけの存在の力を注ぎこみ、優に二百を超える燐子の大群を作っておいたのだ。燐子一体一体にも、“狩人”フリアグネには及ばずともかなりの強化が施されている。並のフレイムヘイズなら一溜まりもないだろう。さらに、彼はその真名が示すとおり風のように俊敏に動き雲のように瞬時に姿を消す能力に長けていた。戦いを有利に進めるのは力ではなくスピードであると確信する彼にとって、この力はまさに天からの授かり物だった。燐子たちにフレイムヘイズの相手をさせ、巧みにミステスから離し、その隙に自慢の俊足でミステスを掻っ攫うなりその場で殺して宝具を奪ってしまえばいい。誰よりも戦術に長けているとも自負していた彼は、つい先程まで自信に充溢していた。

 

「シャナ、左翼が怪しい!先頭集団じゃなくてその後続に全力攻撃を!」

「わかった!」

 

 ミステスが指示を出し、それに背中で応えた炎髪灼眼の討ち手が空中で大太刀をぶんと振り回して巨大な炎刃を一閃する。伏兵だった虎の子の燐子たちが、行動を起こす前に潜んでいた街の一角ごと焼き払われる。断罪の爆炎は断末魔の叫びすらこの世に残すことを許さず、彼らを原子の塵までも殺しきった。30体の燐子を焼殺して余りある熱波と衝撃波の爪が、そのまま伏兵の後方のビルで今か今かと出番を待っていた()()()()()に容赦なく襲いかかる。一瞬の出来事に、自分たちは奇襲を仕掛ける側だと盲信していた燐子たちが対処出来るはずもなかった。突然己を包んだ炎と、何が起こったのかわからないとぽかんと口を開ける仲間の表情を文字通り目に焼き付け、そして完全に消滅した。この瞬間、ヘリべが有する精鋭の燐子は全て失われた。

 

(そんな、馬鹿な)

 

 フレイムヘイズがミステスの指示に従っていることがすでにヘリベの理解の範疇を超えていたが、それより彼を驚愕させたのはミステスの恐るべき戦術能力であった。ヘリベが気の遠くなるような時間をかけ頭を捻って導き出した必勝の陣形を悉く看破し、逆にこちらの手駒を次々と奪っていく。伏兵を用意すればすぐさま暴かれ、囮を使えば容易に見抜かれた。気がつけば、燐子の数は当初の10分の1になり、彼にはもはや打つ手は残されていなかった。まるで、チェスの試合で赤子からまんまと手玉にとられたような当惑と焦燥、何よりも屈辱に心を苛まれ、親指の爪をヒステリックにがりがりと噛み千切る。

 

(あのミステスはいったいなんなんだ……!?)

「ヘリべ様!」

 

 思考の接ぎ穂をなぎ倒し、キュレネーの動向を監視させていた想像上の獣を模した燐子が血相を変えて傍らに降り立った。その青ざめた顔にぞっとする予感が背筋を走り、肌を泡立たせる。

 

「キュ、キュレネーが敗れました!」

「なんだとぉッ!?」

 

 聞きたくなかった報告の中でも最悪のものを突きつけられ、ついに平静の箍が外れたヘリべが血走った眼を剥いて叫ぶ。役立たずのキュレネーは“炎髪灼眼”を無傷のまま逃がし、あまつさえ“弔詞の詠み手”にあっけなく敗北したのだ(白銀の討ち手の出現を知らないヘリべにはそう思えた)。

 

(キュレネーめ、どこまで私の期待を裏切れば気が済むのだ!やはり奴など頼ったのが間違いだった。もっと優秀な紅世の王を加勢にすればよかったのだ!)

 

 今となっては悔やむことしかできない。全力の“炎髪灼眼”を相手にするには今の手駒では分が悪すぎる。正面きっての戦いには自分は不向きだ。その相手がかの“天壌の劫火”のフレイムヘイズなら尚さらだ。もはや『零時迷子』を奪うどころか、己の身の安全すら危うくなった。戦いでは攻め際以上に引き際が肝心だと心得ているヘリべは、どんなに怒り狂っても理性でそれがわかっていた。

 

「ヘリベ様、我々はどうすれば!?」

「うるさい役立たずどもめッ!!いいから貴様らは特攻よろしく炎髪灼眼と戦って死ねばいいんだよ!!」

 

 端正な顔を直視できないほど醜く歪め、怒鳴りつけた燐子の腹を激情に任せて蹴り飛ばす。曲がりなりにも紅世の王の一撃をまともに受けた燐子は獣の悲鳴をあげて絶命した。

 

(こうなったら燐子どもに時間稼ぎをさせて逃げるしかない。まだ私の居場所までは見抜かれていない。堪えられない屈辱だが、撤退は致し方ない)

 

 燐子たちだけに聞こえる念声で足止めを命じ、未だ炎を荒れ狂わせる炎髪灼眼から目を離して踵を返す。その背中に、苦杯を喫したことによる憤りは見えなかった。燐子を蹴り殺したことで鬱憤を晴らしたヘリベの頭の中では、すでに次の作戦の案が幾つも構築され始めていた。

 

「次こそは必ず『零時迷子』を奪ってみせる」

 

幾つかの案を優先案に絞り込み、彫りの深い顔に不敵な笑みを浮かべたヘリベは逸走せんと背の翼を大きく展開する。

 

―――翼の感覚が、返ってこなかった。

 

 大気を掴む感覚の代わりに神経を伝わって返ってきたのは、極太の火箸を背中に突き刺されたかのような凄まじい激痛だった。白目を向いて歪んだ視界の両隅に自分の翼だったものが音を立てて落ちる。肉の焼けた臭いが鼻を突く。生物の焼けたソレではなく、紅世に属する者の肉が焼ける臭い。

 

「ぃいぎっ!?うが、ああぁあああ!?」

 

 何の前触れもなく襲ってきた堪えようのない激痛にもんどり打って地面に倒れる。上下左右とぐるぐると回る視界に、圧倒的な迫力と熱気を放つ大太刀が見えた。刀身を滑るように視線を上げれば、紅蓮に燃える髪と瞳を持つ少女と目が合う。

 

「炎髪、灼眼」

 

 呆然と呟いたヘリベは、知らぬ間に炎髪灼眼の討ち手が背後に現れたことをようやく悟った。なぜ自分が隠れていた場所がわかったのか、痛みにもだえるヘリベには想像もつかなかったが、炎髪灼眼の背後からミステスの少年が姿を現したことで理解に至った。

 

「そ、そうか!ミステス、貴様が……ッ」

「陣形が次々に変化していたからね。その度に誰かが命令を与えてるって気づいたんだ。パターンを見切れば、燐子たちに命令を出す親玉には()()()()()()()()()()()()()のかがわかってくる。そして、指揮官が戦いを()()()()俯瞰しているかが絞り込めてくる。最後に燐子たちが何かを逃がそうとするように一斉に襲いかかってきたから、必然的に、燐子たちがもっとも厚い壁を形成したその後ろ、逃がすべき親玉であるアンタの位置がわかったんだ」

 

 自信に裏打ちされた口調でそう告げたミステスの洞察力にヘリベは唖然とした。極短時間でここまで的確に戦況を読み当てるなど、人間業とは思えない。このミステスは、百幾年の時を生きた紅世の王である自分を一枚も二枚も上回る稀代の戦術家だったのだ。一縷の望みをかけて念声で燐子を呼ぶが反応は一つもない。二百を超える燐子の軍団はたった数分の間に全滅させられたのだ。

 

「シャナ、長居は無用だ」

 

 遠雷のように低い声―――“天壌の劫火”アラストールの無慈悲な断罪宣言に、そのフレイムヘイズ“炎髪灼眼の討ち手”が無言で大太刀を上段に振りかざす。痛みというものに慣れていなかったヘリベに、冷静な思考も即座の行動もできるはずがなかった。頼みの綱の燐子は全て灰と化し、切り札だったキュレネーは死んだ。絶望と諦観に囚われ痛みに明滅する視野を炎の太刀が一閃する。そして、ヘリベの夢は潰えた。

 

 

 ‡ ‡ ‡

 

 

「なんだったのよ、こいつ」

「ヘリベめ。最期まで身の程を知らん奴だ」

 

 まったくね、とアラストールに相槌を打ったシャナが、たった今敵を袈裟斬りにした大太刀――――贄殿遮那を外套状の夜笠に突き入れる。質量的に絶対に収まりそうにない大太刀を、アラストールの皮膜であり底無しの許容量を持つ夜笠はマジックのように吸込み、すっぽりと収納した。それと同時に燃え盛る業火のような長髪は平常時の黒髪に、輝く紅蓮の瞳も黒真珠のように冴える瞳に戻る。最後に夜笠から買ってきたばかりのメロンパンをひょいと取り出して夜笠を消すと、パチンと指を鳴らして封絶を解く。途端、行き交う人々の活気と夏の熱気がわっと押し寄せる。自分がよく知る日常に戻ってきた安心感に、悠二はふうと安堵の息を漏らした。

 

「いきなりの襲撃だったね。シャナが駆けつけてくれなかったら今頃危なかったよ。ありがとう、シャナ」

 

 諸用(と言ってもただのメロンパンの調達だが)があったシャナと少しだけ別行動を行っていた僕は、突然紅世の王と彼に付き従う燐子の大群に襲われたのだった。そこへ元々すぐに合流する予定だったシャナが駆けつけ、ものの数分でこれを撃退したのだ。一応自分も手伝いはしたが、シャナであれば自分がとやかく口出しをせずともあっという間に討滅していたに違いない。結局はシャナのおかげで助かったのだ。

 本心からそう思っている悠二がにこやかに礼を言う。シャナに絶大の信頼を寄せているが故の無防備で柔らかな笑顔だ。本人は気づいていないが、その爽やかな笑顔はシャナにとって拳の一撃に匹敵する威力を有している。ボディーブローに匹敵する微笑みをいきなり向けられ、シャナの白い頬がほんのりと朱色に染まる。直後、クラスメイトである吉田一美がこの少年に恋をしているという事実を思い出し、我知らず小さな拳がぎりと音を立てて握られる。

 

「あ、え、えと、さっきの勝利は、悠二がいてくれたから、その、こ、こんなに簡単に勝てたわけで、だから、だから…」

 

 「これからも一緒に戦ってほしい」という肝心の台詞は言葉にならず言外に虚しく霧散した。勇気を振り絞って悠二の功績を褒めてみたが、やっぱり恥ずかしくて声がだんだんと小さくなっていく。言葉尻を濁らせて言いよどむシャナの少女らしい恥ずかしげな仕草は、しかし人類史上稀に見るほど恋愛情事に疎い悠二の目にはただの異常にしか映らなかった。頬を赤らめて俯くシャナの小さな顔を不思議そうに覗き込み、

 

「シャナ?聴こえないよ、なんて言ったの?もしかしてメロンパンの食べ過ぎでお腹の調子が悪くなった?えーっと、一番近いトイレは……」

 

 それはシャナに対する最大の屈辱と言っても過言ではなかった。大事なことを伝えられない臆病な自分への恥ずかしさ、こちらの気持ちに気づいてくれない鈍すぎる悠二への怒り。爆発するそれらが小さな体躯をブルブルと奮わせる。

 

「うるさいうるさいうるさい!!悠二のバカァッ!!」

 

 激情に身を任せて悠二の懐に飛び込み胸元を掴むと、足を払うと同時に背負い投げの要領で思いっきりぶん投げる。シャナの身体能力の足元にも及ばない悠二の体は簡単に宙を舞う。

 

「えええええ!?なんでぇえええええ!?」

 

 周りの好奇の視線も気にせずにぎゃあぎゃあといつも通りのケンカを繰り広げる二人を眺め、アラストールもいつもの如くため息をつく。そのため息にはすっかり保護者然とした貫禄が垣間見えている。

 

(やれやれ。この娘はもっと素直になれないものか。とは言え坂井悠二が鈍すぎるのも考えもの……いや待て!我はなぜ二人の仲が良くいくことを望んでいるのだ!?)

 

うぬぬ、とアラストールが自問しかけた時、

 

「……?」

 

 微かに、()()()()()()で感じたことがあるような紅世の王の気配を察知した。先のヘリベとの戦闘のせいで気づくのに時間がかかり、その間にかなり微弱になってしまっていたが、なぜかアラストールの胸に強く引っ掛かって離れなかった。普段なら気付くことすら出来ないほどの希薄な気配に、この時はひどく心を刺激された。

 

(この気配は、フレイムヘイズと契約した王か?この街はフレイムヘイズが多い。馴れ合いを好まず多くの敵を討滅することを生き甲斐とするフレイムヘイズなら、この街に用はないだろう。早々に立ち去るやもしれぬ。しかし、この気配は、どこかで……?)

 

 まるで忘れかけていた記憶が掘り返されていくような言い知れぬ感覚に、アラストールの思考は過去への潮流に押し流され始める。400年も昔の、今となっては懐かしい欧州のあの大戦(・・・・)で嗅いだ炭化した木々の匂いが蘇ってくる。この気配は、何百年もずっと昔―――そう、まだこの少女(シャナ)ではなく彼女(・・)がアラストールのフレイムヘイズだった頃に会ったことがあるような―――。

 

 

「どうしたの、アラストール?」

 

 

 ハッと意識を過去の水底から急浮上させれば、シャナと悠二が怪訝そうな表情で自分を見つめていた。察知したことを二人に教えるべきかどうか逡巡してもう一度気配を探るも、すでにそれは母なる空気に漫然と溶けきってしまった後だった。強力な紅世の王や彼らと契約したフレイムヘイズは、それぞれの炎や性質の違いから、激しい動作を行う際には決まって特有の気配を放つ。経験豊富で力の強い王は、それだけ生じさせる圧迫感(オーラ)も比例する。紅世において神の位置にあるアラストールは敵性のある紅世の者の気配を全て諳んじていたが、今感じたものはどれにも当てはまるものではなかった。少なくとも、()()()()()()紅世の者たちのそれとは合致しなかった。

 

「……いや、なんでもない」

 

 わずか1秒のあいだに思考を完結させ、アラストールは不必要に焦って二人に報せることではないと判断した。それにフレイムヘイズ側であれば、“弔詞の詠み手”マージョリー・ドーの際のように利害不一致で争うことにでもならない限り問題はない。

 

「そう。それならいいんだけど」

「急に黙っちゃうから、何かと思ったよ」

「貴様の情けなさに絶句したのだ」

「ひ、ひどい!」

 

 杞憂に過ぎない、とアラストールは新たなフレイムヘイズのことを頭から切り捨てた。そのフレイムヘイズが、他でもない前大戦での()()()()()()“白銀の討ち手”だとも気づかずに――――。




まあどちらかと言ったらオークの村みたいなものだったんだけどね。

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