白銀の討ち手   作:主(ぬし)

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本作を投稿して、とても多くの人から「懐かしい」と言って頂けて、嬉しさでいっぱいです。なかには「これを見てTSにハマった」「これを見て自分も小説を書こうと思った」と言ってくださる人がいて、率直に、光栄だなと思います。知っている語彙も少ないし、表現力も乏しく、発想も古いですが、それでも面白いと思ってもらえる、自分自身が面白いと思えるものを書いていくつもりです。


2-3 入浴

「しゃわー……ですか?」

「そう、シャワー。ほら、こっち来なさい」

 

 唐突にバスタオルを押し付けてきたマージョリーさんが、猫にするようにボクの襟首を掴んでソファから引っ張りあげる。男だった頃よりずっと軽くなった矮躯は簡単に宙に浮き、片方だけブーツを履いた足がぷらぷらとブランコのように揺れる。そのままされるがままの形でどこかへ運搬されながら、先ほど告げられた「シャワーヲアビナサイ」という台詞を理解しようと頭の中で反芻する。

 

(しゃわー……しゃわー……ああ、シャワーのことか。たしかにボロボロだし、さっぱりした方が精神的にもいいかも――――ってちょっと待った!!今のボクの身体はシャナじゃないか!!)

「いいです!遠慮します!」

 

 気づいてじたばたと抵抗するが、蓄積した疲労で満足に動かない身体では長身のマージョリーさんに逆えるはずもなかった。力の入らない手足をパタパタとばたつかせながら、ずるずると浴室へ引っ張られていく。傍目から見れば風呂に入るのを嫌がる猫そのものに見えただろう。

 

「まあ、アンタの気持ちもわからなくもないけどね。中身は男のままなわけだし。でも汚いカッコで私の部屋にいられると迷惑なの」

「その通りだ、我がフレイムヘイズ。俺の贋作した肉体が汚れたままなのは、俺の精神衛生的にもよくない」

「テイレシアスは黙ってて―――うひゃっ!」

 

 胸元のペンダントを睨みつけようと視線を下ろした途端、チャイナスカートのスリットから覗く太ももが目に飛び込んできた。しなやかな筋肉の張りと適度な肉のふくよかさが理想のバランスで共存し、細身ながらむちむちとした絶妙の質感を見せ付けている。未成熟でありながら同時に完成された艶めかしさを放つ脚がボクの緊張を感じ取ってピクリと震える。激しい戦いの余波でさらに深くえぐれたスリットは太ももの付け根まで露わにしてしまっていて、もはや服の意味を為していない。興奮の熱が腰のあたりからむらと立ち昇り、頬がかっと火照るのを感じる。

 

(うわわっ。ま、まずい。ひじょーにまずい!)

 

 理性の危機を感じて慌てて視線を左右に振れば、今度はところどころ破れた衣服の隙間から清純な生命力に満ちた純白の肌が垣間見えてしまった。その中に小振りな膨らみが混じるのを見て、思わずゴクリと喉が鳴る。

 

(見えた!ってバカ!自分の身体に興奮してどうするんだ!)

 

 なんとか己を律しようと叱りつけるが、脳裏に焼き付いた映像は勝手に脳内の永久保存フォルダに保存された。シャナと旅をした数年間、互いに好き合っていることを認めるところまではいったが、肉体的な進展は結局なかった(ヘタレなどと言わないで欲しい。彼女の胸元に常に父親が居座っている状態でどうしろというんだ)。転生した直後に鏡でシャナの身体を見てしまった時でさえ興奮のあまり気絶してしまったのだから、身体に直接触れて洗うなんてしたらどうなるのか……。もしかしたら暴走してしまいかねない。だって、洗うためにはいろいろ触らないといけないし。その、いろいろなトコロを!

 

「男なら覚悟決めなさい。大丈夫、アンタがその身体でナニしても私は気にしないから。男の子なら当然よね。ほら、着いたわよ」

「なななななな、ナニもしませんヨ!?」

「声が上擦ってるわよ」

 

 ああ、ついに到着してしまった。佐藤の家は御崎市でもかなり裕福な層に入るので、脱衣所からしてスケールがでかい。悔しいけど、ここだけでボクの部屋がすっぽり入ってしまいそうだ。無駄に広いだけでなく、部屋の各所や、壁に据え付けられた姿見や大きな洗面台にも下品にならない程度の鍍金(メッキ)装飾が施されている。その脱衣所の奥にはあからさまに豪華そうな風呂場へと続く大きな檜製の引き戸がどっしりと構え、こちらを手招きしている。視線がそこに釘付けになり、再び喉が鳴る。

 

(あそこに入ったら、ボクはいったいどうなってしまうんだ……!?)

 

 勘弁して下さいという懇願を載せた涙目の視線をマージョリーさんにぶつけるが、返ってきた返事はタオル、シャンプー、石鹸その他女性が必要とするお風呂道具一式が揃ったプラスチックの籠だった。

 

「はーい、可愛い顔したってダメなものはダメ。ちびじゃりの身体を汚いまま放っておいてもいいっての?」

「そ、それは……。あ、そうだ!テイレシアス、清めの炎を使えばいいんじゃないか!?」

 

 『清めの炎』とは、フレイムヘイズのための解毒・洗浄用の自在法のことだ(主導権は王が持っている)。以前、シャナはアラストールにこの自在法を使ってもらって衣服と身体の不浄を消していると言っていた。マージョリーさんもひどい二日酔いはマルコシアスに回復してもらっていたはずだ。だったら、同じ紅世の王のテイレシアスにもできるはずだ。最大級の期待の視線をペンダントに向ける。頼む、テイレシアス。ボクはお前を信じてるぞ!

 

「はっはっは。俺は贋作の趣味に特化した紅世の王だからして、そういうどうでもいい自在法は一切使えんのだ」

「自慢げに言うな───!!」

 

 胸を張るように堂々とのたまったペンダントを両の手でぎりぎりと握り締める。この偏屈な人外を信じたボクがバカだった。目の前で行われるコントに見切りをつけたマージョリーさんがやれやれと鼻を鳴らしてぱんぱんと手を叩く。

 

「はい、そこまで。無駄な抵抗しないの。さっさと入んのよ。着替えはあとで()()()()()から」

「ちょ、ちょっと待っ―――

 

ぴしゃん

 

って―――」

 

 行ってしまった……。ふと壁にはめ込まれた姿見を見る。埃と煤にまみれた布切れ寸前のチャイナドレスと原型をとどめていない学生服を着たシャナが、いかにも心情複雑そうな顔をこちらに向けていた。たしかに傷は全部癒えたけど、さんざん地面に転がったせいで身体中が土に汚れ、黒ずんだ血の痕も肌にこびり付いている。顔にはさっきの涙が隈みたいに残っていてパンダみたいでマヌケだ。このままにしておくのはシャナに悪いし、何より不潔なのはボクも好きじゃない。テイレシアスが清めの炎を使えない以上、これから元の身体に戻るまでの間をこの身体で生活していくのなら入浴は必ず通らなければならない道だ。

 

(そ、それに、自分の身体を洗うことに負い目に感じる必要なんて、ないじゃないか!)

 

 気合を込めて内心に決意を叫ぶ(ひらきなおる)と、心の平穏を保つべく大きく数回深呼吸をして、そのまま着ていた服を破らんばかりに一気に脱ぎ捨てる。そして姿見が視界に入らないように歌舞伎役者のように頭を傾けながら浴室へと足を踏み入れる。見なければ大丈夫、理性は保てる。下を見ないようにして身体を洗えば、なんとかなるさ。――――そんな風に考えていた時期がボクにもありました。

 

「……ちくしょー」

 

 頭上からは惜しみなくお湯を吐き出すシャワーヘッドがぶら下がっている。その湯の滝の向こう側には、湯気で四隅が曇っている正方形の大きな鏡。佐藤の家にはこんなところにまで鏡があるのか。しかも、よりによって身体が良く見える目の前に!嫌がらせのように隅までピカピカに磨きぬかれている水シミ一つ無い鏡を前に、自分の思慮の浅はかさに涙していると、

 

「どうした、洗わんのか?」

 

 地鳴りのように低い声が胸元から聴こえてきた。思わず俯こうとして、つるりとしたビードロのように白く輝く小ぶりの双丘が視界に飛び込んで慌てて顔を上げる。テイレシアスを首にかけたまま入ってきてしまった。もともとこの身体を創ったのはテイレシアスだから見せるのは恥ずかしくないはずなのだが、誰かに見られながら身体を洗うなんて気まずいことこの上ない。脱衣所に置いてくればよかった。

 

「あ、洗うともさ。言われなくとも!えいっ!」

 

 バルブを思い切り捻ってシャワーの湯量を増やし、頭のてっぺんから熱い湯を浴びる。少し肌にひりつく程度の温かさが心地いい。男だった頃はもっと高い温度を好んでいたのに、この身体だともう少し低い温度を好むようだった。腰まで伸びる長髪が水分を吸ってじわじわと重さを増してゆく負荷に戸惑いを覚える。これも、男だった頃は味わったことのない感覚だった。髪の長い女の子は苦労しているんだな、と他人事のように感心し、「これからは自分も同じ悩みを抱えるんだ」と気がついてしゅんと気分が萎んだ。額に貼り付く長い前髪を人差し指でずらし、マージョリーさんから貸し与えられた籠のなかをゴソゴソと漁る。聞いたこともない名前が記された高そうなボトルを一通り観察したあと、シャンプーらしきものを手に取ると大量に手の平にぶちまけて、髪の毛にべちゃりとつける。そしてそのまま一気にガシガシと洗い始めた。自分で身体を洗い始めてこの方ずっと続けてきたやり方なのだが、テイレシアスは気に入らなかったようで「こらこら」と呆れたような声を上げた。

 

「乱暴にしたら髪の毛が痛むぞ。髪は女の命と言うだろう。もっと丁寧に洗え。せっかく創ってやったんだ。戦いで拵える傷は致し方ないが手入れくらいは気を使ったらどうだ」

(何が女の命だ!早く済ましてしまいたいのに、こっちの気もしらずにこの偏屈な紅世の王は……!)

 

 だけど、その言には一理あることは認めざるを得ない。例え贋作であってもシャナの身体を粗末に扱って見窄らしい姿を晒す真似はボクもしたくない。苦虫を潰したような顔で唇を尖らせつつ、ボクは渋々ながらテイレシアスの指示に従うことにした。テイレシアスはこと贋作の手入れにかけては非常に凝り性で、それはこの時も十全に発揮された。

 

「この身体は元がいいから手入れのし甲斐がある。お前も女の端くれになったのなら、それを喜ぶべきだ」

「元がいいのは認めるけど、女の端くれは余計だ。で、どうすればいいの?」

「まずは頭頂部から始めるんだ。爪ではなく指の腹で頭皮をマッサージするように丁寧にな」

 

 何が面白いのか愉快そうにほくそ笑む(ように見える)テイレシアスに指示されるまま、指先で揉むように地肌から毛先へと洗髪を始める。根気と時間をかけてじっくりと丹念に撫で洗い、一度お湯で綺麗に洗い落とす。そしてもう一度これを繰り返す。一度目で大体の汚れを洗い落とし、二度目で細かい汚れを落とすためらしい。二度目になると慣れたもので、御崎市にいた頃に流行っていたバンドの曲をリズミカルにハミングする余裕があった。これが終わると次はトリートメントなのだが、長髪を肩に流してから指先で梳くようにすり込むのはさすがに抵抗があった。テレビのコマーシャルで女性が髪を洗う際のポーズそのままだったからだ。しかも、時々鏡に映り込むシャナの裸身が視界に入るのでさらにやりにくい。シャナがいそいそと髪の毛を手入れしているようだし、それがやけに色っぽく見えてしまうからだ。目のやり場に困りながらも行程を一段落させ、最後にトリートメントをざっと洗い流す。綺麗サッパリ流してしまうと効果が薄れるらしい。

 

「ふう、やっと髪が終わったぁ」

「仕上げに蒸しタオルで包むのを忘れるなよ」

「う゛」

 

 言われた通り、一度お湯に浸した後よく絞ったタオルを用意して、まだトリートメントが染みたままの長髪を頭の上でお団子を作るように包み込む。蒸しタオルで包むことで毛髪の内部まで栄養が行き届き、表面のキューティクルの輝きを良くし、さらに頭皮の血行も増して髪艶がさらに増すらしい。いったいどこでこんな知識を拾ってくるのか。こういう知識を覚えるくらいなら自在法の一つや二つを覚える努力をしたらどうなんだ。

 

「よし。頭はまだそのままでいい。次は身体だな。どうもお前に任せるのは頼りないから俺が教えてやろう。よく覚えておけよ」

「う、うん。頼んだ」

 

 ついにこの時が来た。度を超えた緊張に三度目の唾を呑み込みつつ、タオルに石鹸をこすりつける。

 

(この身体はボクの身体なわけだからどうしようがボクの自由のはず……変に負い目を感じる必要はない。洗うためにいろいろ触るのだって不可抗力なんだし、じろじろと見なければ罪悪感だって感じる必要もない。シャナに負い目に感じることもない。大丈夫だ、問題ない。さあ、気合いを入れろ坂井悠二!お前の精神力が試されているぞ!)

 

熱に浮かされたようにぐるぐると駒のように回る思考を無理やり収束させ、とっくに泡だらけになっていたタオルをグシャリと握り締める。

 

「お願いします!テイレシアス先生!」

「うむ。まずは――――」

 

 

・・・・・・・・・

・・・・・・

・・・

 

 

「そこはデリケートなところだからタオルではなく指で洗え」

「わかった――――ふぁあっ!?」

「言い忘れていたが敏感なところだから気を付けろよ」

「遅いよ!」

 

 

「……ッ!……んっ…ぅくっ!……」

「声を押し殺している方が艶っぽいぞ」

「やかましい!」

 

 

・・・・・・・・・

・・・・・・

・・・

 

 

 泡が目に染みないようにぎゅっと瞼を瞑ったまま手探りでシャワーのバルブを探す。指先に感触を見つけてえいやと捻れば、熱いお湯が頭上から滝のように流れ落ちて頭や肩を打ち据え、タオルを外した髪と全身を勢い良く伝い落ちてゆく。

 

「ああ、ようやく終わった……」

 

 まるで長く激しい戦いに勝利した戦士のように腹腔の奥底から息を吐いて脱力する。いや、たしかにボクは戦いに勝利したのだ。自分という最大の敵に。戦いを制した己の強靭な精神力を讃えながら何気なく横目で鏡を見やると、頬と耳たぶを桜色に染めた少女の顔が映った。自分との戦いのさなかに偶発した不可抗力のアクシデントによって白い肌はほんのりと朱色に染まり、憂いを帯びたように見える瞳はとろんと恍惚に溶けている。そぼ濡れた髪が火照った頬に張り付いていて、やけに扇情的だ。

 

(これは本当にボクなのか……?)

 

 気の強いシャナなら絶対にしない、あたかも異性を誘うような表情に、自分の顔だというのも忘れて思わず目が釘付けになる。

 

(な、なんて顔をしてるんだボクは!これじゃ本物の女の子じゃないか!)

 

 ハッと理性を取り戻すと、バシバシと頬を叩いて緩んだ表情を引き締める。これ以上この空間にいてはいけない!ボクのアイデンティティがピンチだ!危険が危ない!急いで全身を拭くと早足で脱衣所へと飛び出す。慌てていたボクに、脱衣所に誰かがいるなんて気づけるはずもなかった。

 

 

 ‡ ‡ ‡

 

 

「……なあ、なんで俺たちがこんなの買わされなくちゃいけないんだ?」

「さあなぁ。でも、姐さんが買って来いって言ったんだから、きっと必要なものなんだろ」

 

 佐藤家の幅広な廊下を、この家の実質的な主である佐藤啓作とその親友である田中栄太が何ともいえない表情をしながらとぼとぼと脱衣所まで歩いていた。啓作の手には大きな無地の紙袋が、栄太の手には小さなピンクの紙袋が握られている。栄太の袋には近所の女性用下着専門店のロゴがでかでかと記されている。夕刻頃、マージョリーの一の子分を自負する彼らは、例によってマージョリーの手助けをするために、テニスコート二つ分は優に超える庭園で大剣型の宝具『吸血鬼(ブルートザオガー)』を振り回す特訓中であった。そこへ、いつのまに帰ってきていたのかマージョリーが現れ、労いの言葉でもかけてくれるのかと思いきやとんでもないことをのたまったのだ。

 

「あんたら、ちょっと女の子用の下着を買ってきてくれない?」

 

 何の冗談かと思ったが、あいにくとそうではなかった。尊敬するマージョリーの頼みを無碍にできるはずもなく、陽が傾いて世界を赤く染める街を二人は泣く泣く閉店間近の下着専門店へと走ったのである。大柄な身体つきの栄太だけだったならば、「女の子用の下着をください」と口にした途端に追い出されていたかもしれない。口達者で、とりあえず美をつけてもいいほどには顔のいい啓作が共にいたため、変質者を見る視線を向けられながらもなんとか買うことができた。啓作はしきりに「この下着は妹のものであって決して悪用はしない」という旨を女性店員に弁解していたが、店員の貼り付いたような苦笑いは最後まで消えることはなく、彼らの多感な思春期の記憶には重大なトラウマが刻み込まれることとなった。

 

「俺、しばらくあの店の近くを出歩けないぜ。気に入ってるCDショップがあんのによぉ」

「ああ、俺もだ。俺の馴染みのスポーツショップ、あの下着屋のすぐ隣なんだぜ。これからどんな顔で行けばいいんだよ」

 

 言って、二人して身体が萎みそうなほど深く息を吐く。夕日が差し込む木目の廊下をぐったりとした表情で歩く彼らの背中は、本当に萎んだかのようにとても小さく哀れに見えた。

 

「あれ、誰か風呂に入ってないか」

「そういえば、家に入った時に下手くそな鼻歌が聴こえてたな」

 

 脱衣所に足を踏み入れると、浴室の中から水音が聴こえてきた。マージョリーかとも思ったが、彼女はさきほど風呂場に紙袋と下着を持って行けと指示したら離れでそのまま何か考え事を始めた。ああなった彼女はしばらく動かない。ということは、今、シャワーを浴びているのは間違いなく別の人間だ。床を見ると、派手に損傷した学生服やチャイナドレス、そして女用の下着が乱暴に脱ぎ捨てられて散乱している。ボロボロになっているが、よく見ると学生服は御崎高校の男子生徒用のものだ。しかし、他の衣類は女用のものだ。放り捨てられた使用済みらしい下着から気まずそうに視線を逸らし、二人は顔を見合わせる。学生服を持ち上げて名字が刺繍されているはずのネームの部分を探したが、ちょうど破れていて見当たらなかった。思えば、この下着のサイズの指定もおかしなものだった。マージョリーは「中学生用でいいわよ。チビだから」と言っていた。そのサイズの下着を身につけ、かつ彼らと面識のある人物といったら一人しか思いつかない。

 

「……シャナちゃん?」

「まっさかぁ。なんでシャナちゃんがうちでシャワー浴びるんだよ」

 

 啓作の即座の否定に、思い付きを言ってみた栄太も「そうだよなぁ」と考えをあらためて首を傾げる。シャナとマージョリーの関係が、犬猿の仲とまではいかないにしろ決して良い方ではないことは二人もよく知っていた。

 

「まあ、後で姐さんに聞けばわかるし、今は戻ろうぜ」

「そうだな。今日は心身ともに疲れたし」

 

 疑問は募るばかりだったが、とりあえずトラウマを負った心を癒したかった二人は渡された紙袋と下着をその場に置いていそいそと退散することにした。

 

がちゃ。

 

 背後で浴室の扉が開かれる音。一日中、戦うための特訓を繰り返していた二人はつい条件反射的に振り返って身構えてしまい、

 

「――――あ」

 

こちらを見て呆然とするシャナの、一糸まとわぬ裸身を前に、死を覚悟した。

 

 

 ‡ ‡ ‡

 

 

「――――あ」

 

 飛び出した脱衣所には、佐藤と田中がいた。こうやって顔を見るのは何年ぶりだろうか。ボクが御崎市を旅立つ際、二人が盛大に悲しみ、涙ながらにエールを送ってくれたことを思い出す。その応援に、旅で疲れたボクの心は何度も救われたのだ。懐かしさがこみ上げてきて目尻が熱くなる。久しぶりに会う友人たちに思わず声をかけようとして、はたと二人が顔面蒼白になって戦慄の表情に固まっていることに気づいた。なぜと思考を巡らせ、それがシャナの姿をしたボクの裸を見てしまったからだという答えに行き着く。たしかに、シャナの着替えを見てしまったボクは半殺しにされたことが何度もある(誓って言うが故意に覗いたわけではない)。怒りに燃えたシャナに贄殿遮那を鼻先に突きつけられたことなど数知れない。二人が恐怖に怯えるのは当然だ。もちろんボクはそんなことはしないが。無言のシャナ(ボク)がよほど恐ろしいのか、二人は彫像のように凍りついて動かない。このまま寿命を削り続けるのは気の毒なので、なるべく恐怖を与えないようにゆっくりと後ずさりして浴室へと戻る。扉を半分ほど閉めて、その隙間から顔を出し、

 

「あの、できれば少しの間、部屋の外に出てもらえるとありがたいんだけど……」

 

 ボクの頼みに二人は首が外れるのではと思うほど頭を上下に揺らし、ドタドタとどこかへ走り去っていった。友人からシャナがどう思われているのかがよくわかってボクは少し苦笑する。脱衣所に出てみると、二人が置いていった大小二つの紙袋が目に入った。これがマージョリーさんの言っていた着替えだろう。ありがたい。チャイナドレスはもう修繕のしようがないし、もしできたとしても着たくなかった。代わりの服が手に入るのは大助かりだ。小さい方の紙袋を拾ってみると、それには買ったばかりの女の子用のショーツやキャミソールが入っていた。佐藤の家に女の子用の下着が常備されているわけはなく、基本的にめんどくさがり屋のマージョリーさんが買ってくるはずもない。とすると、

 

「二人には悪いことをしちゃったな」

 

 きっとマージョリーさんに買って来いと言われたのだろう。男二人で女の子用の下着を買わされる羽目になった二人の心境は想像もつかないが、おそらくは多大な精神的被害を受けたに違いない。

 

(後でお礼を言っておこう)

 

 ビニール袋を破ってショーツを取り出す。「12~15歳用」と書かれたパッケージには苦笑いをするしかなかった。片足を入れ、ふくら脛まで持ち上げたところでもう一方の足も入れて引き上げる。服一式を失敬した時に一度経験したはずなのだが、やはり馴れない。穿いてみても、どうも面積が少なくて心細い感じがする。ゴムがきゅっと恥骨を締め付けてくるのに違和感を感じて、姿見の前で何度も位置を整える。

 

「こうしていると立派な少女にしか見えんな」

「うぐっ!?」

 

 テイレシアスの容赦のない突っ込みが心に突き刺さり、身体をくの字に曲げて苦しむ。自尊心とか男の矜持とかそういったものをざっくりと抉られた気がした。ショーツを整えるのをやめ、さっさとキャミソールを頭からかぶる。シルクなのだろうか肌触りはとても気持ちいいが、生地がかなり薄い。一ミリもないんじゃないだろうか。夏とは言え、これでは風邪を引いてしまいそうだ。

 

「前後ろ逆だぞ」

「……わ、わかってるよ!女の子用はわかりにくいんだ!」

「リボンの飾りがついている方が前だ」

「だからなんでそんなに詳しいんだよ……!」

 

 ほ、ほんの少し手間取ったが、無事に下着類は攻略した。これから延々とこれを繰り返すことになるのかと思うと頭が痛くなったが、精神衛生を考えてこれ以上は考えないことにした。後回し後回し!

 

「さて、次は服か。でも、ずいぶん大きいなぁ」

 

 無地の紙袋を持ち上げる。服にしてはかなり重みがある。生地が多いのだろうか。ガサガサと中を漁り、袖の部分を見つけるとよいしょと引っ張り上げる。ざっと音を立てて封入されていた服が姿を見せる。

 

「───」

 

 しばしの思考停止後、どこかで見たような服を静かに袋の中に戻して目頭をぐいぐいと揉む。きっと疲れているんだろう。うん、きっとそうだ。そうに違いない。もう一度、今度はえいやっと一気に引っ張り上げて目の前に掲げる。

 

「………」

 

 どこかで見たような紺色の給仕服の上に、やっぱりどこかで見たような白いフリフリのエプロン。袋の底には、白いフリフリのヘッドドレスまである。紛れもなく、“万条の仕手”ヴィルヘルミナさんの普段着のメイド服だった。なんでこの服が、このサイズで、ここにあるんだ。って、マージョリーさん、ボクにこれを着ろというんですか!?

 

「て、テイレシアスさん、服の贋作を作るなんてことは……?」

「存在の力はまだ回復途中だ。諦めてメイド少女になることだな」

 

 無情な返事に、ボクはがっくりとうな垂れるしかなかった。




TS小説はね、書いてる人間が「グフフフ」って気持ち悪い笑みを浮かべるためにあるんだよ。誰のためでもなく、液晶に気持ちの悪い自分のニチャァって笑顔を映し出すために書くんだよ。ニチャアアアア。

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