白銀の討ち手   作:主(ぬし)

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昨日、けっこう書き進んでた小説が、すべて消えてしまったんです。とても悲しかったです。気持ちを切り替えようにもなかなか切り替わらなくて、だから、原点に立ち返ってみることにしたんです。誰が得をするかわからないけど、初期の自分を見つめ直すきっかけになればな、と。


1-1 無毛

「だから熱いって―――ひぎいッ!?」

 

 あまりの熱さに思わず女の子のような高い悲鳴を上げて飛び起きてしまい、さらにちょうど頭の上にあった送風用らしきパイプに思いっきり頭突きをしてしまった。衝撃が頭蓋の中をクワンクワンと響かせる。思わぬ激痛に、悶絶して額を押さえながらしばらくゴロゴロと床を這い回るしかなかった。

 

「ぃいいつつ―――……ん……?」

 

 なぜか身体がやけに軽く小さく感じる。髪の毛もえらく長いらしく、背中に擦れる長髪は腰の辺りまで伸びているようだ。絹のような見事な肌触りに、それが自分の髪であることを忘れそうになる。

 

「何をやっている。せっかく作ってやった肉体をいきなりぶっ壊す気か?」

 

 唐突に、胸の辺りから地鳴りのような低い声が聴こえる。その声は、さっきまで会話していた紅世の王、“贋作師”テイレシアスの声だった。

 

「テイレシアス……さん?なんでそんなところに?……あれ?」

 

 声が、変だ。数年前にとっくに声変わりを遂げたはずの自分の声の面影はまったく見られず、鈴音のようなソプラノの声となっている。僕の声というより、シャナの声に近かった。新しい身体だからなのだろうか。だとしたら、男の容姿と似合わなくてとてもかっこ悪いのだが……治るのだろうか。

 

「お前がイメージしたフレイムヘイズの紅世の王の神器がペンダントの形態だったから、俺もこうなったんだ。あの頑固ジジイと一緒なのは腑に落ちんが……」

 

 ブツブツと何やら呟くテイレシアスさんは、確かにアラストールとそっくりの形をしていた。僕がシャナの姿をイメージしたから、テイレシアスさんもアラストールのようにペンダント状(シャナはコキュートスと呼んでいた)になったらしい。するとこの声質の変化もその影響を受けているのかもしれない。喉仏を確かめようと首に触れる。が、そこにあるはずの固い肉の突起はなく、細い首だけがあった。肌触りは絹のようにきめ細かい。うなじの辺りにまで指を滑らせると、明らかに今までの自分のそれとは違う、靭やかでそれでいて線のしっかりした柔肉の感触が返ってくる。指の腹で首筋をなぞれば、極限まで無駄を廃した雌獅子のような強靭な筋肉までもハッキリと感じ取れる。自身の変貌ぶりに、自分が紅世の王と契約したことを改めて実感させられる。これが、『フレイムヘイズになる』ということなのか。

 しばし手の平を握ったり閉じたりして指先の感覚を確かめてから、胸の内から生まれた疑問を僕と契約した紅世の王にぶつける。

 

「それでここはどこなんだ?現世だということはわかるんだけど……」

 

 言いながら周りを見渡す。薄暗く、よどんで湿った空気が漂う空間。感覚だからたしかではないが、どこかのビルの中のようだ。周囲を見渡して観察すると、窓らしきところが木板で封印されていた。そこら中には共通点のない多種多様な物品が埃を被って放置されている。もう使われなくなって久しいようだ。しかし、この部屋はどこかで見たことがある。忘れたくても忘れられない、僕が初めて戦った紅世の王が根城にしていたデパートの造りに似ているような……?

 

「さあな、知らん」

「そんな無責任な……」

「喜ぶべきだろう。それはそうと、そんな姿で一般人に見られると今後の行動にも影響が───っと、誰か来たようだぞ」

「そんな姿って―――へ?」

 

 反射的に意識を聴覚に集中する。鼓膜が僅かな空気の振動―――足音を捉える。今までの僕では絶対に聞き取れないような微かな音だ。それだけではなく、その足音がどこから来ているのか、こちらからどのくらいの距離にいるのか、どこへ向かっているのか、どんな体型の人間なのかまで感覚で理解できる。

 

「す、凄い……!」

 

 思わず感動してしまう。それくらい、新しい身体の性能は最高だった。これでシャナを護れる。それどころか一緒に並んで戦えるかもしれない。もしかしたら、いつもダウンさせられてばかりだったヴィルヘルミナさんも見返すことだって、できるかもしれない。

 

「出来栄えに感動してくれているところを悪いが、誰かさんがすぐそこまで来ているぞ。いいのか?」

 

 テイレシアスさんの声にハッとして立ち上がる。驚くほど軽い身体は重さなど感じさせずにわずか一挙動で立ち上がることができた。床の冷たさが直に足裏に伝わり、背筋がひやっとする。裸足のようだ。僕は消える時に靴を履いていなかっただろうか?

 不思議に思って足元を確認しようとしたところで、バタンと目の前の暗闇が四角に切り取られた。眩しい光が目を刺す。

 片手で光を遮り、眼を細めてそこにいる人間を見る。光で眼が眩んでハッキリと見えないが、その人間はなぜかじっとその場に立ち尽くしているようだ。かかしのように硬直し、動きの気配がない。殺気も感じない。どうやら、敵ではないようだ。

 

「あ、あ、あ……!」

 

 勝手に声が出てしまった。今度こそ正真正銘、僕の声だ。でも、何かがおかしい。僕は声を出した覚えなどいないし、その声は目の前の人間が発しているように聴こえる。

 

「……?」

 

 虹彩が瞳孔を瞬く間に調節し、超人的なスピードで視界を光に馴染ませる。相手の顔がハッキリとしてくる。さっそく眼前の人間が何者なのかを確かめようとして―――

 

「は……?」

 

 そこには、僕がいた(・・・・)

 顔を真っ赤にして目を真ん丸くした坂井悠二が、空気を貪る金魚みたく口をパックンパックンさせながらこちらを凝視していたのだ。

 

「こ、これはどういうこと?」

 

 小首を傾げて胸元の紅世の王に尋ねる。目の前に現れたのは僕の偽物なのか。それにしては人間的すぎるし、自分で言うのもなんだけど、まんま僕と同じ間抜け面をしてる。が、テイレシアスが答えるより先に目の前の坂井悠二が上擦った声で叫んだ。

 

「それはこっちの台詞だよ!な、な、なんで裸なんだよ、シャナ(・・)!?」

 

 開口一番、ワケの分からないことを言い出す僕ではない坂井悠二。

 裸?シャナ?さっぱり意味が分からない。こいつは本当に僕なのだろうか?いや、そもそも僕がここにいるのだから、やっぱりこいつは僕の偽者だ。そうに違いない。だとしたら何の目的で───。

 

「あー、とりあえず自分の姿を見てみろ」

「へ?」

 

 首元から掛けられた呆れ声に、首を曲げて自身を見下ろす。鉄球がそのまま地面に落ちるように、何の障害もなく目線がストンと足先に落ちる。

 

「別に何もないじゃ……何もない?」

 

 言いかけて、もう一度自分を見る。胸の辺りが申し訳程度に膨らんで柔らかな曲線を描いていたが、凹凸と言えばそこだけだ。少しはついていたはずの筋肉は姿を消し、肌は驚くほど真っ白に、お腹の辺りは滑らかな陶器のようになっている。首を傾げながらもその下にある男の象徴に目を向けて――目を、向けて……目を…………

 

「な、な、ない!?ってか、そもそも僕服着てない!?」

「今さら気づいたの!?いいから早く何かで隠してよ、シャナ!」

 

 僕そっくりの目の前の人間が体を翻して後ろを向く。さっきからシャナシャナって、いったいなんのつもりなんだ?でも今はそんなことを気にしている場合ではない。応急処置として手で股間を押さえて陰部を隠しておく。やはりナニもない。あったものがないということがこれほど不安だとは思わなかった。まるで大事な恋人をなくしてしまったような喪失感に泣きそうになる。

 

「ちょ、ちょっと!これっていったいどういうことなんだ!?」

「覚悟しろ、と言ったろう。なぜ目の前に坂井悠二がいるのかは俺にもよくわからんが。お前、双子だったのか?」

 

 僕の質問にテイレシアスさんがさも平然とズレた答えを返す。

 

「違う!だいたい覚悟って言ったって、だ、大事なところがなくなっちゃうなんて誰が想像できるか!」

 

僕のほとんど慟哭のような問いかけにテイレシアスさんはあっさりと、

 

「その程度の変化なものか。ほれ、そこの鏡を見てみろ」

 

なんてのたまった。言われるままに、壁に立て掛けてある罅の入った姿見を覗き込む。そこには、

 

「……シャナ?」

 

 艶やかに濡れ光るストレートの黒髪。派手な主張はせず、しかし流麗なラインを描くしなやかで小柄な肢体。見る者全てに強く清冽な印象を与える、稚気と美貌が共存する容姿。紛れもない、炎髪灼眼の討ち手の姿だった。

 最後の別れの記憶が鮮烈に沸き上がる。もう会えないと諦めていた少女に再会できたことに涙腺が途端に疼く。懐かしさと恋慕が一緒くたになって胸をいっぱいにし、僕は弾かれるように彼女の元に駆ける。

 

「シャナ!いたのなら早く言ってくれればいいのに!会いたかった―――えっ?」

 

 彼女の肩に手を伸ばそうとして、その指先がこつんと姿見(・・)に当たった。目の前のシャナも同じように手を突き出して呆然とこちらを見つめている。お互いの指の腹があべこべの世界を隔てて重なっている。シャナの微笑みかけた顔が秒を追うごとに凍りつき、片方の頬がピクピクと痙攣する。

 

「―――はは、は。まさか、」

 

 乾いた笑いを漏らしながら自分の頬や腕を触る。目の前のシャナも、引き攣った笑いを浮かべて僕と同じ場所を触る。僕が左を向くとシャナが右を見る。シャナの顔から下を見るとシャナもこちらの顔から下に目をやり、

 

「……ッ!!」

 

つるつる(・・・・)だった。誰がなんと言おうと、つるつる(・・・・)という表現しか例えようがない。これ以上は言えない。言えば現実を認めてしまう。

 一気に体中の血液という血液が脳天に昇る。あまりのショックに髪の毛がぶわっと逆立ち、身体もビシリと硬直してしまうが、視線はそこ(・・)に釘付けになってしまって離せない。一糸纏わぬ少女の穢れのない無垢なそれ(・・)に張り付いた視線はまるでアロンアルファで接着されてしまったかのようだ。しゅごー、しゅごー、と濁流のように血管を行き来する血液の流音が聴こえる。

 

「おい、大丈夫か?」

 

 胸元から響いてくるテイレシアスさんの心配そうな声に、僕はハハハと笑いながら、

 

「もう無理DEATH」

 

バッタリとその場に倒れこんでしまったのであった。うろたえて必死にわめき散らすもうひとりの僕の声が聴こえる。薄れゆく視程の隅で、急ぐあまりなにかに蹴躓いて自分で自分を背負投する坂井悠二の姿が踊った。僕って、こんなに情けなかっただろうか……。




うぎいいいいいいいい!!!引いいいいいいい!!!昔の自分の作風が痛い!!痛いいいいいいいいいい!!!!!

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