白銀の討ち手   作:主(ぬし)

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タイトルまま、伏線を張る回です。本作を一番最初に書いていたときは「サユとシャナを戦わせたら終わり」と決めつけて書いていたので、続きを書くための伏線などは度外視していました。TSF支援図書館閉鎖によってArcadiaさんに転載することになった際、「時を超えるという設定をこのまま放置するのはもったいないな」となんとなく考えていた当時の僕の手元にちょうど『弔いの鐘編』の原作小説があり、「これだ!」と手を叩きました。この『過去編』もぼちぼち書いていきたいです。


3-2 伏線

「このッッ、ヘンタイ悠二ィイイ―――ッッ!!」

「やっぱりこうなると思って―――ひぎい!!」

 

 ブーメランのように回転する鍋の蓋が腹部を直撃し、僕は慣性の法則に従って後方へ踊るように吹っ飛んだ。

 

「デリカシーのないミステスなのであります」

「汚物消毒」

「む、無実だ……」

 

 なぜこんな理不尽な事態に陥っているのか。それは、シャナとヴィルヘルミナさんが購入してきた生活用品を収納してあげようと何気なく押入れを開いたら、無造作に放り込まれていたシャナの下着が頭の上に降ってきて、不幸にもあたかも僕がパンツを被っているような状態に貶められ、それをシャナにバッチリ目撃されたからである。完全に不可抗力だし、元はと言えばシャナが丁寧に仕舞っておかなかったことが原因だと反論したが、シャナ専売特許の「うるさいうるさいうるさい」と鉄拳のアンハッピーセットで黙らされた。

 シャナの家(元は平井ゆかりさんの家だが)に着いて早々、ヴィルヘルミナさんは本来の来訪目的―――『御崎市から紅世の痕跡を消し去る工作活動』の労務に追われることになり、シャナはその補助を担当した。結果、猫の手にもなれない僕は部屋の掃除や荷物の整理、ヴィルヘルミナさんが持ち込んだ資料の大まかな分別などの雑務一切をすることとなった。シャナは掃除が苦手らしく───というか根本的に掃除の必要性を理解していないように思えるが───シャナが使用している箇所以外は全て埃がうず高く積まれているという、およそ女の子の部屋とは思えない惨状だった。さしものヴィルヘルミナさんもこれには頭を抱えていた。シャナの教育を行ったのは彼女らしいが、もしかしたら掃除については教えていなかったのかも知れない。そんなこんなで、全てが粗方完了した時にはいつのまにか日を越えるまであと数時間という時間になってしまっていた。母さんには予め連絡しておいたから心配はされないと思うが、あまり夜遅く帰宅するとさすがに怒られてしまう。夜中まで女の子の家にいるのも思春期の男子としては気恥ずかしいし、ヴィルヘルミナさんの視線も「いつまでいるんだ」と言わんばかりに怖いままのでそろそろ帰ることにした。

 

「それじゃあ、また明日。お休み、シャナ」

「うん。今日は自主鍛錬ってことにしてあげるから、忘れずやっておいて」

「わかってるよ。ちゃんとやっておく」

 

 そろそろ腕立て伏せと腹筋の回数をまた増やしてもいいかな、などとトレーニングの内容を考えながら、靴ひもを結んで立ち上がる。今夜のシャナとの鍛錬は休みだ。昨日の襲撃もあって、「用心するにしくはない」と新たな襲撃を危惧していたアラストールも、半日様子を見た結果、警戒度を下げても問題無しと判断したのだ。それに、シャナとマージョリーさんに加えてヴィルヘルミナさんを加えた三人の豪傑が集結した今、僕を襲いに来ることは、敵にとってハイリスクこの上ない抑止力になるのだそうだ。

 アラストール曰く、

 

『坂井悠二は囮のようなものだ。囮に噛み付こうとしたが最期、我ら“炎髪灼眼”、“万条の仕手”、そして“弔詞の詠み手”の三者から袋叩きに合う。また、この三者を抑えた上で坂井悠二を襲おうとするなら、相当の強者を揃えなければならない。この場合、強者を集結させる動きがあれば、たちまち外界宿(アウトロー)の情報網に察知され、復讐に燃えるフレイムヘイズたちの攻撃が集中するリスクを負う。どちらにしろ、自殺に等しい犠牲を払わなければならない。昨日の“風雲”が良い見本だ』

 

……だとか。ちなみに、外界宿(アウトロー)とはフレイムヘイズの寄り合い所みたいなもので、情報交換場所の提供から移動や金融面などなどのバックアップを行ってくれる支援組織なのだとか(日本にもあるらしい)。

 

(殺されるのがわかっていて襲いに来る奴はよほどのバカで、対策を講じて襲いに来る強い奴らは必ず尻尾を掴ませる、ということかな)

 

 アラストールの分析に感心しつつ、悠二は自分なりに噛み砕いて納得する。『他人から与えられた情報は自分で納得できるまで信用に値しない』。これは数々の戦いをくぐり抜けて自力で学んだことだ。

 

「ん。それじゃあ」

 

 シャナが頷く。淡白な返答だけど、ほんの少しだけ寂しそうに唇を小さく尖らせる顔を見られれば十分だ。感情表現が乏しいように一見されるけど、シャナはこれでいいのだ。その初々しい表情の機微に微笑を返すと、『ブルートザオガー』の皮袋を肩に担ぐ。そしてふと、この大剣を譲ってくれた佐藤と田中の話を思い出した。

 

(なんかサユちゃんに似てるなって思ってさ)

(この街に来た新しいフレイムヘイズの女の子だよ。シャナちゃんそっくりなんだ)

 

「あ」

「どうかした、悠二?」

 

 八極拳で投げられたり、変な幻覚を見たり、ヤカンが頭に命中したりと相次いで衝撃を受けたため、新しいフレイムヘイズのことが頭からすっぽ抜けてしまっていた。フレイムヘイズが増える分には問題はないだろうと心のどこかでタカをくくっていたのも否定できない。

 

(一応、聞いてみるか)

 

 新しいフレイムヘイズの来訪をシャナたちが知らないはずはないと思うが、念のためにそのフレイムヘイズについて尋ねてみる。

 

「そういえば、シャナとアラストールはサユ(・・)ってフレイムヘイズを知ってる?」

 

 こちらの唐突な質問にも戸惑うことなく、シャナは小首を傾げて記憶を探る仕草をする。しかし、その首は僕の予想に反して横に振られた。

 

「私は知らないわ。サユって、器となった人間の名前でしょ?称号や契約している王の名前はわからないの?」

 

アラストールも追従して面識がないと言う。

 

「うむ。我ら討ち手は基本的に称号を使う。人間だった頃の名前に関してまで諳んじてはいない」

 

 まさか、シャナたちが気づいていなかったとは。目をキョトンと見張り、そういえば、“サユ”というフレイムヘイズについての情報をほとんど持っていないことに今さらになって気付く。「シャナたちなら知っているだろう」という思い込みからくる上辺だけの安心感が、情報への探求心を押し潰していたのだ。なんでいつも大事なことを聞きそびれるんだ、と過去の己の不甲斐なさに悔恨を感じて臍を噛む。これが、もしもフレイムヘイズではなく徒や王だったら取り返しの付かないことになっていたかもしれない。

 

「いや……。佐藤たちからは名前以外は聞いてないんだ。ごめん。ただ、シャナによく似てるらしいってことしか」

「えっ?私に?」

 

これにはさすがに戸惑ったのか、目を丸くして驚く。

 

「そんなフレイムヘイズがいるのなら聞いたことがあると思うんだけど……。アラストールは知らない?」

 

 シャナが胸元のペンダントに問う。紅世に関するあらゆることを知悉している魔神なら、その討ち手に関して何か思い当たることがあるかもしれない。シャナはすぐに返ってくるであろう答えを信じて待つ。

 

「――――――――――」

「……アラストール?」

 

 果たして、魔神は応えなかった。()()()()()()()()。言いあぐねているのでも、面倒臭がっているわけでも断じてない。常に明瞭に、冷静に、絶対の確信を持って言葉を紡ぐまさに神の如き彼が、出会って初めて見せた人間じみた逡巡。その息が詰まったような、感情で切羽詰まった無言に、僕は背筋が冷えるものを感じた。紅世最強の破壊神が、まるで人間がするように()()()()()()()()()()()。なにを、という主語を欠いたまま、冷たい不安だけがじわじわと心を侵食していく。かつて、これほどまでにアラストールが動揺したことがあっただろうか。僕の記憶にある限り、この魔神が言葉も出せないほど驚愕したことなど一度足りともない。だが、それはシャナにとっても同じだった。シャナですら、この超常の存在がここまで動揺する様子を目撃するのは初めてのことだった。絶大な信頼をよせる、師であり父親であるアラストールが見せる()()()()()にギョッと目を見開く。

 

「アラストール、いったい  「天壌の劫火と、話があるのであります」  ッ!?」

 

不意に割って入ってきた声に、二人の心臓が同時に跳ね上がった。

 

(い、いつの間に!?)

 

 正面にいる僕すら気づけなかった。驚愕に肩を跳ね上げてさっと振り返るシャナの背後に、まるで最初からそこにいたかのようにヴィルヘルミナさんが静かに佇立していたのだ。音も気配も伴わずにシャナほどの手練の背後に移動するという、幾多の戦いをくぐり抜けた者だけが到達する至高の域に達した所作に改めて畏怖を覚える。しかし、余人では到底真似できない動作を平然と見せつけた猛者の表情は、自信に満ちるどころか目に見えて曇っている。親を見失った幼子のような顔で彼女を見上げる、シャナのせいだ。

 

「ヴィルヘルミナ、今、なんて、」

 

 そう、ヴィルヘルミナさんは()()()()()()()()()()()と言ったのだ。それはシャナに対して暗に「席を外せ」と告げている。恩師からのその言葉は、シャナには戦力外通告に聞こえただろう。衝撃を受け、いつになく不安気な声を発したシャナを前に、表情のないヴィルヘルミナさんの双眸が微かに揺れ、苦渋の色をうっすらと宿す。

 

「あなたに不備はないのであります。これはひとえに、我らと天壌の劫火が抱えるべき()()()()()から生ずる問題。しかし、いつか必ず、全てを打ち明けるのであります」

「理解、懇願」

 

 一息に言って、一人と一体はじっとシャナと正体する。これ以上は言えない、と態度で示している。

 

「でも……!」

 

 会話すら拒否し、取り付く島を一切見せない自らの養育者に、なおも納得が行かず子どものように食い下がるシャナを押し留まらせたのは、思わぬ謝罪(・・)だった。

 

「すまぬ、シャナ」

「アラストール!?」

「今はまだ、話せぬだけなのだ。これは我らの覚悟の問題だ。時が来れば、必ず話そう。我が真名に誓う」

「―――っ―――」

 

 ぐっと握りしめられた拳を僕は見逃さなかった。天壌の劫火の真名を担保にするとまで言われれば、さしものシャナもそれ以上踏み込むことはできない。傍から見ても卑怯な物言いだと思った。つまり、そういう物言いをしなければならないような案件が発生したということだ。眼前で繰り広げられる急展開についていくのがやっとの僕の前で、シャナが再びヴィルヘルミナさんに疑念の視線を戻す。何か言いたげなシャナと、頑として不回答を貫くヴィルヘルミナさん。互いに目の底を覗き合う時間が数秒すぎ、

 

「……10分で戻る」

 

 折れたのはやはりシャナの方だった。小さく呟かれた言葉と共に、その背で燃えていた不条理への怒りや疑問が見る間に萎えていき、諦念へと移ろいでいく。強張った背中が、常よりさらに縮んで見えて痛々しかった。

 

「……話してくれるまで、待ってるから」

 

 そう言うと、アラストールの意思を表出させる首飾り――――コキュートスを首から外してヴィルヘルミナさんにそっと預ける。除け者にされた、などとは思っていないだろう。こういう時、理性的なシャナは何よりもまず己の力不足を責める。だが、もっとも認めて欲しい相手に拒絶される痛みは、理屈を飛び越えて心に堪えるものだ。下唇をきゅっと噛むシャナの表情を前にして、ヴィルヘルミナさんの鉄面皮に一瞬ヒビが入りかけるも、僕の訝しむ視線に気づくと同時に音もなく修復された。この()()()()()()()()が、すでに眼前の展開に理解が追いつき、さらに事態を見極めて推理しようと頭脳を高速回転させていることを察したからだ。

 

「道中、お気をつけて」

「注意喚起」

「……うん」

 

 お互いに平静を装った声を重ねると、シャナがさっと踵を返して悠二の脇を通り抜け外に出てゆく。俯く顔は影に塗り込められて見えないが、間違いなく困惑と悲哀で染まってしまっているだろう。支えてあげなくては、という義務感が衝動となって背中を叩き、悠二は慌てて後を追いかける。

 

「さようなら、ヴィルヘルミナさん、ティアマトーさん、アラストール。……あの、僕が言えたことではないかもしれないんですけど、」

 

小さく振り返り、ヴィルヘルミナを見つめる。

 

「必ず、話してあげてください。シャナ、あれでけっこう寂しがり屋なので」

「……言われるまでもないのであります」

「愚問愚答」

 

 即答してこちらを見つめ返すヴィルヘルミナさんの赤い瞳は、内奥に煩悶を湛えながらもそれを圧倒する強い決心の光を放っていた。そう、長い間シャナを見てきたのだから、そんなことくらい僕から言われなくたって知っているはずだ。出会って一年も経っていない僕からの忠告なんてまさに愚問だろう。そんなことは口に出す前からわかっていた。それでも、言わなければいけないと思ったのだ。

 

「ありがとうございます。それじゃあ、おやすみなさい」

 

 ヴィルヘルミナさんの眼差しを1秒ほど見つめ、その生硬くも真摯な光にひとまずの安堵を得ると、僕はペコリと非礼を詫びるお辞儀をしてからシャナを追いかけて駆け出した。

 

 

 ‡ ‡ ‡

 

 

「二人がああなることは、たまにあった」

 

 合流して少し経ち、並歩していたシャナがぽつりと呟く。シャナらしかぬか細い声だったが、人通りのないおかげで聞き取りにくくはなかった。

 

「私がフレイムヘイズになる前に、アラストールとヴィルヘルミナとティアマトーが三人だけの内緒話をすることは、時々あった。それは私が完璧な“炎髪灼眼の討ち手”になるための会議だったし、私も未熟なままその話し合いに立ち入るべきじゃないと思ってた。でも、フレイムヘイズになってから隠し事をされたのは、これが初めて」

 

 その声にも、表情にも、いつものような可憐な張りはない。シャナは、彼女を育てたアラストールやヴィルヘルミナさんから、一人前の戦士―――『完璧なフレイムヘイズ』と認められたと自負していた。時には頼り、また頼られる対等な存在になれたと確信していた。それが他でもない育ての親たちによって覆されたことに、心の水面がひどく揺れているのだ。寂しそうなシャナの独白を聞きながら、慰める言葉のない僕は黙って隣を寄り添い歩く。こうして隣り合ってみると、シャナの背は僕より頭一つ分は低いことがよくわかる。その、触れたら壊れてしまいそうな細い肩に、いったいどれほど大きなものを載せているのか。この儚い少女をどう慰めればいいのか。こんな時に限って回転が鈍る自分の頭脳を恨む。「落ち込むなよ」などという上辺だけの慰めをシャナが好かないことはよくわかっていた。それに、何より僕自身も困惑していた。フレイムヘイズは紅世の王と人間が文字通り一心同体になったものだ。隠し事は互いの関係を大きく悪化させるし、特に公明正大な性格のアラストールはそういうことはしないと思っていた。

 

(アラストールがシャナに隠すほどのこと、か)

 

 それはいったい何なのかと考え、直前にアラストールが絶句したことが頭を過ぎる。

 

「もしかして、佐藤たちから聞いた()()()()()()()()()()()()()()()()と何か関係があるのかな?()()()()()とも言ってたけど」

「私も同じことを考えた。でも、わからない。さっきも言ったけど、情報が少なすぎる」

「そうだよね……。でも、きっと話してくれるよ」

「……うん。そう信じてる」

 

 どのみち、ヒントが皆無に過ぎる。先ほど何か掴めないかとヴィルヘルミナさんの表情を探ってみたが、歴戦の猛者相手には通じなかったし、逆に警戒を呼んだような気がした。これ以上僕のようなド素人の若輩が考えても詮のないことだ。それに、僕が関与してはいけないことかもしれない。踏み込んで欲しくはない領域というものは誰にでもある。それからは、お互い口を開くことはなく、静かに共に歩き続けた。誇り高い獅子は、他人から傷を舐められることを決して望まないのだから。

 

「じゃあ、私はここで戻る」

 

 5分ほど歩いたところで、シャナが立ち止まる。ここが折り返し地点だ。心配になって顔を覗き込もうとすると、唐突にさっと黒髪をなびかせてシャナがこちらを仰ぎ見た。僕をまっすぐに見つめる清廉な瞳が、もう大丈夫だと告げていた。いつもの、()()()()()()()シャナに戻っていた。そうだ、この美しい戦士は、同情も情けも慰めも必要としていない。他者に寄って立つことを良しとしない高い矜持を秘めるからこそ、シャナはシャナなのだ。『()()()()()()()()()』と評されるに値する、強い女の子なのだ。いつもの堂々としたシャナを見て安心したこともあって、僕は満面の笑みを浮かべてシャナに別れの挨拶をする。

 

「うん、わかった。シャナ、また明日!」

「う、うん。また明日……っ」

 

 そうして、坂井悠二は『ブルートザオガー』を「よっ」と担ぎ直して姿勢を整えると、てくてくと帰路についた。途中、ちらりとシャナの方を振り返ろうかとも思ったが、なんだかそうすると女々しいようで、やめておいた。今回は、その選択は功を奏した。というのも、そこには唐突に満面の笑みを向けられて顔を赤熱させるシャナが突っ立っていたからだ。シャナが自分の内に秘める矜持だけで立ち直った、というのは悠二の思い込みに過ぎなかった。本当は、隣に大切な人がいてくれたから、シャナは気持ちを切り替えることが出来たのだ。何時の時代も、傷心の女心を癒し、前に進む力を与えてくれるのは、想い人の屈託の無い笑顔なのだ。

 

 

 

その様子を、漆黒の少女が食い入るように見つめている。

 

 

 ‡ ‡ ‡

 

 

「言われるまでもないのであります」

 

 反射的に飛び出した言葉に自分でも驚いている内に、ミステス―――いや、()()()()()()()()は満足そうな表情を垣間見せると、日本人特有の首を落とすお辞儀をして、あの方を追いかけていった。

 

(必ず話す。話すのであります。……しかし、どのように話せば?)

 

 愛する少女を傷つけてしまったことを自覚するヴィルヘルミナは、心中で激しく自問自答する。具体案もないのに坂井悠二に言明してしまったのは、彼女の悪いクセ―――()()が首をもたげたせいだ。感情を無理やり抑える術しか心を統制する方法を知らないヴィルヘルミナは、一度感情が制御の手から離れたら持て余してしまうことがしばしばある。今回の場合は、()()()から思わず核心を突かれたことが癇に障り、お前に言われるまでもないとこみ上げた感情を口にしてしまったのだ。ヴィルヘルミナは、坂井悠二を少女についた悪い虫に過ぎないと軽視していた。しかし、当初抱いていた()()()()()()()()()()()()()()という認識はすでになく、今は坂井悠二という人格を持ったヒトであると不本意ではあるが容受していた。それは、つい昨日に坂井悠二のサポートによって極めて迅速に紅世の王を討滅したという事実と、“フレイムヘイズによる背後からの攻撃を鋭敏に察知し、吹き飛ばされながらも瞬時に受身をとった”という戦闘練度の高さを目にしたことに起因する。シャナが手心を加えたことを差し引いても、流れるような摔法は修練を施したヴィルヘルミナも唸るほどの達人級の冴えを見せていた。“虹の翼”メリヒムとともにシャナに体術を叩き込んだ師でもあるヴィルヘルミナが心中で満足気に頷いたのも束の間、悠二はなんとそれに見事に対応してみせたのだ。吹き飛ばされた後に腰を擦りながら立ち上がるしかなかったことにシャナと悠二は不満そうであったが、常人が同じ技を掛けられたならとっくに病院送りになっている。悠二当人は、ヴィルヘルミナに無様な姿を見せてしまったと恥辱と後悔を感じていたが、彼女にとっては驚愕に値する成長結果であったのだ。

 

(……無能なミステスであったなら、すぐさま一刀の元に切り伏せられたのであります)

 

 『零時迷子』に封印された恋人を探す、ヴィルヘルミナの友人―――“彩飄”フィレスの件もある。何の価値もない存在ならさっさと破壊して中身の『零時迷子』を無差別転移させるつもりだった。ミステスという入れ物を破壊すれば、『零時迷子』はその自己防衛機構によって次のミステスへ完全なランダムで瞬時かつ密かに移動する。そうなってしまえば、世界に無数に存在するミステスのどれに混入したかなど誰にもわからなくなる。だが、人材(・・)となれば無闇に破壊することはできない。昨晩のフレイムヘイズのみによって行われた会議の場でも、不愉快にも悪い虫に恋々とした想いを抱いているらしい少女だけならともかく、ヴィルヘルミナが大きな信頼を置く数少ない戦友の一人、アラストールすらも「破壊するには惜しい」と擁護した。決して凡愚市井などではなく、敵の謀りを見抜き、反撃の手管を描いてみせる才能は天賦のものであると。

 

(あの方が変容していく様子をもっとも長く近くで見ているくせに、どうして)

 

 事実、こうして心中で八つ当たりをしているヴィルヘルミナ自身も、無意識に、葛藤による怒りの矛先を逸らす対象にするほどに坂井悠二のことを認めていた。この世界では、“風雲”ヘリベといったイレギュラーの襲撃者の存在や、坂井悠二の成長速度が若干速いという誤差によって、ヴィルヘルミナが坂井悠二の存在を是認する時期が非常に早くなっていた。それでも、()()()()()()()()()としての感情が彼女を素直にはしなかった。

 

(何も知らないくせに、必ず話せだなんて一端の口を聞くなんて―――)

「ヴィルヘルミナ・カルメル」

「主題集中」

「……む」

 

 玄関で黙りこくった戦友の思考があらぬ方向に逸れ始めたことを察した二人の王が短く戒める。ヴィルヘルミナ自身も、無自覚ながら坂井悠二をダシにして心の紛擾から目を逸らそうとしていた自分に気付いて己の精神の未熟を恥じた。『まだまだね、ヴィルヘルミナ』。親友(・・)の誂いを隠さない美しい声音を耳元に幻聴し、ヴィルヘルミナはふんと鼻を鳴らす。

 

「……あの方が帰ってくるまで、残り8分と20秒であります。早急に意見を交わさなくては」

 

 気を取り直すためにも、話し合いの場をリビングへ移す。綺麗に拭き上げられた机にアラストールを鎮座させ、自らは床にそそくさと正座をする。初見した際には廃墟の如き惨状だったリビングが、今ではなんとか普通の家庭並みの生活環境程度には回復した。机に床に埃がうず高く降り積もり、天井角には蜘蛛の巣が引っ掛かっているような目を覆う状況には、綺麗好きを自負するヴィルヘルミナもさすがに失神しかけたが、ヴィルヘルミナとシャナ、なにより坂井悠二が率先して掃除に協力したことで体裁は整った。

 

(……一応、感謝はするのであります。あくまでも心の中で、でありますが)

 

 ここでも坂井悠二の存在を思い出すことになるとは、と鉄面皮の下で苦々しい表情をしながらも、悠二の助力がなければ居住空間の改善を一日で成し遂げることは難しかったことを認め、不本意ながら感謝の念を浮かべる。初めて平井家を訪れたらしい悠二が、「はは、女の子の部屋って凄いっていうもんね、はは」と引き攣った笑顔を見せなければ、赤面するシャナが掃除の必要性を痛感して本気で取り組むことはしなかっただろう。基本的に不老不死であるフレイムヘイズに生活環境の劣悪さは関係ないとはいえ、掃除くらいは教育しておくべきだった。ヴィルヘルミナが怠ってしまった教育を補ったのが坂井悠二の一言となった事実は、結果論だったとしても非常に不快なことではあったが。

 

“役には立つだろうが、色々と不安も残る。”

 

ヴィルヘルミナは坂井悠二をとりあえずこう評し、位置づけることにした。

 

(―――そういえば、)

 

 不意に、既視感が額を走った。そういえば、かつて()()()()()にも同じような評価を下したことがあった、と。500年も昔。『大戦』の際、劣勢に立たされた兵団の前に突如として現れた、異能極まるフレイムヘイズ。その特異な能力と未来から来たかのような洗練された知識、そして頭脳の冴えを煌めかせた討ち手。フレイムヘイズとしての張り詰めた緊張感を湛えながら、他者への思いやりを忘れない優しい瞳をしたフレイムヘイズらしからぬ少女。可憐な容貌なのに、どこか少年のような初々しさと未熟な蛮勇さを兼ね持ったアンバランスな少女。

 

 唐突に、記憶のなかの少女の瞳が、坂井悠二の瞳に重なった。

 

(何を、埒も無いことを考えているのでありますか、私は)

 

 あまりにも馬鹿馬鹿しい妄想に足を踏み込みかけたことを瞬時に後悔し、(かぶり)を振って今度こそ坂井悠二のことを思考から切り離す。外見があまりにかけ離れすぎているし、血の繋がりがあるとも思えない。そんなことは火を見るよりも明らかだ。仮定の話として突き詰める価値もない戯言だ。あの討ち手と少年が似ても似つかないことは、まさにあの方(シャナ)と隣り合っている光景を見れば一目瞭然ではないか。

 今は、そんなくだらないことよりも話しあうべき重大な案件がある。あの方(シャナ)を傷つけてしまってでも話し合わなければならない、三人にとってとても大事な()()の話が。『大戦』を最後の最後まで共に戦い抜き、そして行方不明になってしまった()()()()()()()()()()の話が。

 自らの契約者の心中に区切りがついたことを確認したティアマト―が端緒を開く。

 

「相談必須」

「うむ」

「では、協議を始めるのであります。()()()()()、“()()()()()()について―――――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

───背中を預けるのに、あなたたちほど安心できた戦友はなかったわ。ヴィルヘルミナ、ティアマトー、()()()()()()()───




白銀の討ち手×先代“炎髪灼眼の討ち手”。おもしろそうじゃろ?
中世の戦争で現代火器兵器をぶっ放すフレイムヘイズ、おもしろそうじゃろ?
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