白銀の討ち手   作:主(ぬし)

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戦闘シーンの加筆修正は、大変だけど楽しいです。


3-4 苦戦

「久しいな、頑固ジジイ」

 

 サユとシャナの視線が火花を散らせ、着実に張り詰めていく空気のなか、地鳴りのように低い声が響いた。それに応えるのは遠雷のように低い声。

 

「“贋作師”……。貴様、今までどこで何をしていた」

「おかげ様で、1000年ほど前にアンタに大目玉を食らってから、ほとんど紅世に引きこもってたさ。だが先日、俺もようやく、相応しい契約者を見つけた」

「先日、だと?いったい何を言っている、“贋作師”。貴様ら、あの戦い(・・・・)のあと500年間もいったいどこでなにをしていた?」

「500年前?そっちこそ何を言っていやがる、ついに耄碌(もうろく)したか?こっちは早く『零時迷子』の贋作を創りたくて仕方が無いんだ。さっさとそこをどけ」

「なに……!?」

 

 両者の互いへの認識には決定的な齟齬が生じていたが、“『零時迷子』の贋作”という容認できない要求によってアラストールの感情は一気に憤怒へと向けられた。

 

「あのような常軌を逸した宝具が増えれば世界のバランスがどうなるか、わからぬ貴様ではあるまい!何を考えている!?」

 

 たしかに、まだアラストールが紅世の世界に君臨していた1000年前、若かりしテイレシアスによる無秩序な宝具の贋作を危惧し、叱責の雷を落としたことがあった。それは今回のような暴挙に出ることを未然に防止するためであったし、テイレシアスもそれを理解したはずだった。だが、反省の色も見せないテイレシアスの傲岸不遜なさまに、虚仮にされた形となったアラストールは憤然として怒鳴る。轟々と怒りに燃える少女の胸元にあっても、圧倒的な怒気で大地を震わせる迫力は魔神そのものだ。

 だが、それに飄々と応える紅世の王もまた、それで臆する器ではなかった。

 

「俺は贋作を創ることができれば、他のことなどどうなろうが知ったことではない。それに、我がフレイムヘイズも『零時迷子』を欲している。やっと手に入れた、俺の力を十全に引き出すことのできるフレイムヘイズだ。些細なこと(・・・・・)で仲違いをしたくはないのでな」

「些細なこと、だと!?」

 

 テイレシアスは一切の聞く耳を持たない態度をあからさまにし、アラストールの逆鱗を刺激する。語気を荒らげていく二人と同様に、対峙する紅蓮と純白の闘気が二人のフレイムヘイズの間で衝突し、緊張感は否応なく高められてゆく。互いが互いを油断なく見据えながら、同時に大太刀の柄を握り締める。

 

「貴様ら……500年を経て、堕ちるところまで堕ちたか」

 

途端、地を底から揺るがすような豪笑が辺りに鳴り響く。

 

「何がおかしい、“贋作師”」

「いや、なに。同胞殺し(・・・・)を根っからの生業にする者が堕ちる(・・・)などと、平然と口にできるとは思わなくてな。それより堕ちる外道など、元よりありはしないというのに」

 

相対する自分と同じ姿をした敵から放たれる、身体を串刺しにする殺気。

互いが放出する高密度の闘気が周囲の光景を陽炎のように揺らめかせる。

必滅の大太刀の切っ先が対峙する敵を見据える。

 

「―――口で言ってもわからんようだな、偏屈者の小僧」

「おう、ならどうする?頑固ジジイ」

 

 テイレシアスの挑発を、アラストールは挑戦と受け取った。言葉による説得の時間は終わりを告げたのだ。

 会話が途切れた瞬間、両のフレイムヘイズから放たれた闘気が大気を燃やす。その余憤が互いの闘気の衝突点にある地面に小さな亀裂を走らせる。あらかじめそれを合図と取り決めていたかのように、両者は同時に地を踏み砕いた。

 二振りの大太刀が満月を描く。紅蓮の大太刀は炎の軌跡を上弦の月に、白銀の大太刀は氷の軌跡を下弦の月に。切り裂かれる大気の悲鳴が鼓膜を穿ち、地面を這うように煌く刃が地を両断する。極限まで鍛え上げられた鋼と鋼が爆発的な速度で激しく合間見えた。その余波で、互いの胸の神器が激しく衝突する。恫喝の如き衝撃音に負けない怒声で、魔神と王が情念に身を任せて吼える。

 

「身体でわからせてやろう、“贋作師”!!」

「臨むところだ、“天壌の劫火”!!」

 

 

 ‡ ‡ ‡

 

 

 紅蓮と白銀が拮抗する。火花を散らし、互いに押し潰さんと全力で鎬を削る。その紅蓮を纏った少女、シャナは心のどこかで落胆に似た感情を覚えていた。“弔詞の詠み手”に最悪の敵(・・・・)と言わしめたほどの相手だ。自分に瓜二つということもあり、どれほどのものかと覚悟をして挑んだが、こうして刀を合わせていれば相手の実力が手に取るようにわかる。この鍔迫り合いは互角に見えて、実はシャナの方が数歩も勝っていた。全力を出してこの拮抗を崩せば、すぐにでも大太刀を弾き飛ばして目の前の敵を斬り伏せられる。そう、剣技だけならシャナの方が一枚も二枚も上手だということは明白だ。シャナの身体と『贄殿遮那』に蓄積された情報を得たとは言え、サユの剣技の実力はシャナに劣る。―――剣技だけなら(・・・・・・)

 刀身が十文字に交差し、一再ならず鍔迫り合う。力押しの状態になれば、やはりシャナに有利だ。理由はわからないが、身体能力の面でもシャナの方が一枚上手(うわて)だった。「勝てる」と確信したシャナの頬がそれとわからぬ程度にほころぶ。ふと、視界の隅でサユの漆黒の外套がはらりと靡くのを何気なく視認した。そこから一枚、銀色のトランプカードが滑り落ちる。理性的な思考ではなく本能的な直感が、強烈な警告を発する。スペードのA。シャナはその宝具(・・)に見覚えがあった。それは、“狩人”フリアグネが持っていた―――

 

「な―――!?」

 

 見開かれたシャナの視線の先で、カードは無数に分裂していく。人知を超えたスピードで幾百幾千と増殖し、魚群のように高速で宙を舞う。それは、フリアグネの有していたトランプ型の攻撃宝具『レギュラーシャープ』に他ならなかった。『レギュラーシャープ』は一枚一枚がまるで意思を持っているかのように華麗に宙を飛び回り、急上昇と急降下を繰り返しながら隊伍を整えると一斉にシャナに向かって襲い掛かる。対応しようにも鍔迫り合いの状態では防御ができない。回避行動に移ろうと『贄殿遮那』を力任せに振るってサユの大太刀をいなすと大きく後ろに跳び退る。

 

「いかん、シャナ!」

 

 悲鳴じみたアラストールの叫びに驚き、そして鈍い感触とともに『贄殿遮那』に巻き付いた白銀の鎖にさらに驚愕した。大蛇のようにとぐろを巻いて喰らいついた鈍重な鎖によって、シャナの両腕に尋常でない負荷がかかる。

 これは、敵の宝具に巻き絡まり使用不可能にする、フリアグネの宝具―――『バブルルート』!

 突然重量を数倍に増した『贄殿遮那』に引きずられ、シャナの動きが一挙に鈍る。グッと奥歯を噛む音に混じり、頭上からガサガサと激しい葉擦れに似た音が急き立てるように迫る。

 

「うっ!?」

 

見上げれば、『レギュラーシャープ』の大群が矢群と化して降り注いできていた。回避しようと炎の翼を広げるも、『贄殿遮那』が錨となってシャナの挙動を封じる。回避できないように縛ったうえで、()ではなく()での広範囲攻撃を仕掛けてきたのだ。逃げる暇はない。

 

「強引に断ち切れ!」

「はぁあああああっ!!」

 

 全身全霊の力を込めて『贄殿遮那』を振るう。人間の域どころか並のフレイムヘイズすら遙かに超えた怪力と熱量がマグマの如くほとばしり、『バブルルート』はバターのように一瞬で融解した。刀身にへばり付いたヘドロ状の残骸を一振りで吹き飛ばし、枷を断ち切ったシャナは返す刀を頭上の『レギュラーシャープ』に斬りつける。炎を付加された斬撃は破壊的な力の本流を生み出し、『レギュラーシャープ』の群れを粉微塵と化した。殺到する衝撃波に遅れて豪雨のような粉塵が辺り一帯を覆い隠し、視程すべてをグレーに染め上げる。皮肉にもそれは煙幕の役目を果たし、シャナの身を隠してくれた。相手の算段を阻止したことに安心し、シャナは身をかがめて息を整える。しかし、奇妙な手応えだった。宝具にしては強度が低すぎるし、そもそも両の宝具ともフリアグネに付き従って燃え尽きたはずだ。

 

「アラストール、今のは!?」

「“白銀の討ち手”の能力は『贋作』だ。一度目にした宝具をコピーし、使用者の経験も抽出できる。その能力で倒した紅世の王や徒は数知れぬ。そして何より、奇妙に頭の回転が速い。強敵だ、油断するな」

「……わかった」

 

 アラストールと“贋作師”テイレシアス、そして自分に瓜二つの容姿をしているサユという契約者の間には、何かただ事ではない因縁があるようだった。アラストールが彼らの能力のみならず性格まで諳んじているのが証左だ。自分の知らない因縁とは何なのか。しかし、今はそれについて追求をしている場合ではない。思考を逸したまま勝てる相手でないことはすでに悟っていた。

 

「自分の能力を使いこなしてる。あいつ、強い」

 

 どんなに精巧な贋物を造り、使い手の経験を抽出しても、必ずや技に劣化が生じ、齟齬が生じるのが道理だ。いかに経験を手にしようと、使い手がその身に刻んだ研鑽までは手に入れられない。だというのに、“白銀の討ち手”は繰り出す宝具をまるで四肢の延長のように何不自由なく操っていた。個々の宝具の特徴を把握し、別の宝具の短所を別の宝具の長所で埋め合わせて隙のない戦術を構築している。身体能力、戦闘技術ではシャナが数歩分も先に進んでいるが、戦いの上手さ(・・・・・・)ではサユがより柔軟かつ巧妙だ。マージョリーの『最悪の強敵』という忠告は的を射ていたのだ。

 悔しいという感情を意識の外に追いやり、シャナは冷静に相手との力量の違いを分析した。

 

「奴の贋作は総じてオリジナルよりも強度が弱い。しょせん偽物だ。その弱点を攻めるのだ」

 

 アラストールの助言に無言で頷き、周囲の気配を探りながらもパズルピースを組み合わせるようにサユの一連の攻撃を冷静に見極め、対抗策を導き出す。相手の強みは、種類に富む贋作宝具によって多種多様かつ臨機応変な連続攻撃ができること。弱みは、贋作一つ一つの強度が低いために強力な一撃に踏み出せないこと。こちらが力技で押し切れば、先の『バブルルート』のように簡単に破壊できる。先攻の出鼻を挫いて攻撃を連続させなければ、敵の得意とする連撃に楔を打てる。そうすれば、自ずと勝機は見えてくる。要は力押しだ。出力勝負なら、決して負けない。

 戦術は決まった。煙幕となってくれていた粉塵から抜け出そうと身体を前のめりにして駆け出し―――痛みに先んじた直感が、シャナを死地から救った。

 

「ッ!?」

 

 直感に従い、全身の筋肉を総動員して半身を仰け反らせる。その鼻先を、粉塵を穿ち、唸りを上げて白銀の剛槍が貫いた。肩口を浅く抉られ、風圧に前髪が幾房か千切れる。槍を切断せんと『贄殿遮那』を振りかぶるが、持ち手の姿を見せない槍は瞬く間に刃圏から粉塵の闇へと姿を消す。持ち前の高度な体捌きで瞬時に体勢を立て直し、夜笠を身体を包むように展開させて防御力を上げる。気休め程度だが、ないよりはマシだ。シャナの額にじわりと汗が滲む。さっきのは一級の槍騎兵に匹敵する槍撃だった。正直、危機一髪だった。

 

(気配は感じなかったはずなのに、どうして!?)

 

 シャナというフレイムヘイズは限りなく接近戦に特化している。相対する相手の動きを読み、気配を掴むことは彼女の得意とするものだ。どんな敵にでも動作の直前に気配が生じる。姿が見えなくとも、聞こえなくとも、臭わなくとも、鍛え抜いた第六感が気配を察知する。それさえ読めれば、シャナは相手の考えている次の行動すらいとも容易く読み解いてみせるだろう。しかし、今の攻撃にはその気配がなかった。そもそも、他のフレイムヘイズに察知されることなく悠二を襲撃できたことからして、何らかの隠蔽をしているのかもしれなかった。粉塵で全周囲の視覚を遮られたうえに気配も察知できないのでは、対処のしようがない。臍を噛むシャナの背後から再び槍の穂先が姿を現す。常軌を逸した刺突の連撃は数え切れないほどの槍の残像を作り出す。それはまさに槍の弾幕だった。この世界の物理法則にあるまじき狼藉に、大気がヒステリーを起こして絶叫する。

 

「だぁあああああッ!!」

 

 対するシャナもそれら全てを『贄殿遮那』で迎撃する。目で見た情報が脳に届くより先に肉体が動いた。あらゆる方向に瞬時に対応し、襲い来る必殺の猛攻を一つ残らず切り払う。ひるがえる手さえ見えぬ剣舞は数秒と続かなかった。あまりに苛烈な衝撃の連続に、贋作に過ぎない槍の強度が限界を迎えたのだ。砕け散っていくその槍にもシャナには見覚えがあった。“千変“シュドナイの持つ宝具、『神鉄如意』だ。

 

「次から次に……!」

 

 あらためて最大限に集中して気配を探ってみるが、やはり察知できない。代わりに、鋭敏な聴覚が側方で轟と風を斬る音を捉える。如何な達人であっても対処不可能な視界外からの攻撃に、神業と称すべき体捌きで『贄殿遮那』が防御に繰り出される。金属音の大音響。受け止めた銀色の大剣を見て、シャナの背筋が凍る。

 

(――――『ブルートザオガー』!?)

 

 咄嗟に夜笠に意識を回し、身体を包み込むようにして前面に即席の盾を作る。一瞬遅れて全身を叩きつけてくる衝撃。夜笠を貫通した波動によって衣服が裂け、白い肌に幾筋も裂傷が刻まれる。無我夢中で夜笠を振り払い、反撃を叩き込もうと刺突の構えを取るが、敵の姿はすでにない。今度はすぐ背後で地を蹴る音。人の規格を超越した動作で転身し、再び襲いかかる斬撃をかろうじて迎撃するも、刀身同士が触れたがために横腹と太腿に激痛が走る。その余波を受けたアスファルトに無残な破壊の傷跡が刻まれ、石礫が爆竹のように弾け舞う。

 

(なんて、イヤな奴!)

 

 シャナは戦慄に歯噛みする。『レギュラーシャープ』を破壊して煙幕状にさせたのは、意図しての作戦だったとようやく理解したからだ。姿を隠して利を得たのは自分ではなく、敵だった。自分はまだ、相手の手のひらから抜け出せていない。反撃に転じようにも、相手の姿も気配もわからない状態ではそれすら不可能だ。せめて粉塵が消えて姿が見えれば―――。

 

「だったら、吹き飛ばせばいいまで!」

 

 ふたたび襲いかかってきた『ブルートザオガー』を少々のダメージを覚悟して渾身の力で弾き飛ばす。肉体が訴える痛覚を冷然と軽視し、シャナは硬化させた夜笠を刃のように左右に突きたてて大きく身体を捻ると、猛然と回転を始めた。それはまるでブレードのついたコマだった。荒れ狂うハリケーンが中心に出現したかのように、立ち込めていた粉塵がまたたく間に散らされていく。肉を切り裂く殺傷能力を有した竜巻は、“攻撃は最大の防御”を体現してシャナの身を護りながら煙幕を彼方に吹き飛ばした。唐突に回転が停止し、シャナが女豹のように四肢をついて地に着地する。その様子に大回転による三半規管の乱れは微塵も見られない。

 敵の姿がはっきりとする。サユはシャナから大きく間合いを開けて前方に佇んでいた。総身を包むように外套を被るという奇妙な格好をした彼女からは、姿は見えるのに気配がまったく感じられない。まるでプロジェクターで投影される空虚な立体映像でも見ているかのようだ。眉をひそめるシャナの眼前で、サユはブレードの竜巻に無残に切り苛まれた外套を何のこだわりもなくチラと一瞥するとザッと背に払う。途端に、シャナは相手の殺気や闘気を鋭敏に察知できるようになった。あの外套こそ、サユの気配を遮断していた宝具のようだった。

 

(……あいつ、私の戦い方を知ってる)

 

 そっくりだから、という理由では説明できないほど、サユはシャナの苦手とする攻撃を熟知していた。その持ち前の俊敏さを活かした接近戦闘を得意とするシャナの俊足を封じ、視界と気配を隠して、かつてシャナを大いに苦戦させた『ブルートザオガー』による攻撃を行なってきた。そして奇妙なことに、その太刀筋はどこかシャナに似ていた。

 

(……どこかで会ったことがある?)

 

 シャナは、対峙する敵がまるで自分の戦いをずっと間近で見ていたかのような奇妙な感覚を覚えた。そして、その太刀筋にも同じような既視感を覚えた。執拗かつ的確に自分の弱点を突いてくる謎の強敵に冷や汗をかき、

 

「なッ!?」

 

 信じられないことが起きた。突然、サユが『ブルートザオガー』を乱暴な動作でシャナに向かって振り投げたのだ。あたかも幼児が興味を失った玩具を放り捨てるような雑な動作は、投擲とすら呼べるものではない。『ブルートザオガー』の殺傷能力は、剣を振るう者が直接握っていなければ効力を発揮しない。敵に投げつけたところで無意味だ。武器を自ら捨てるという不可解な行動に戸惑うも、なにか対処しなければ自分にぶつかる。相手の意図がわからないことにわずかに躊躇いながらも、迫るそれを『贄殿遮那』で横薙ぎに斬り裂く。たったそれだけで、存在の力の供給を断たれていた『ブルートザオガー』は呆気なく両断された。真っ二つにされた剣が空中で分割され、その影が左右の視界を覆う。手応えが、意外なほどに柔らかい(・・・・)。まるで斬ってくれ(・・・・・)と言わんばかり───

 

「シャナ!!」

 

 アラストールの絶叫と世界を包み込むような轟音が重なる。シャナの動体視力でさえ視認できない小さな何かの大群が、両断され宙を舞っていた『ブルートザオガー』を蜂の巣状に穿ち、またたく間に粉砕し、音速を超えてシャナに迫る。意識するより疾く、肉体が感電したかのように敏速に跳ね動いた。フレイムヘイズの動体視力を以ってしても視認できない物体群が毎時1500キロの音速で迫り、シャナはほとんど勘だけでそれらを迎撃する。刀身を叩きつける重い衝撃がシャナの華奢な骨身を容赦なく打ち振るわせる。

 

(なに、これ……!?)

 

 苦痛に顔を歪ませながら必死に敵の持つ武器を見据える。二つの明滅する閃光(マズルフラッシュ)。その後ろで回転弾倉(シリンダー)が激しく回転している。それがフリアグネの『トリガーハッピー』だとシャナは瞬時に把握する。形は似ているが、二丁もあり、さらに威力はオリジナルを優に超えている。強化が施されているようだった。

 

「シャナ、このままでは不味い!距離を詰めろ!」

「わ、かってる、けど……!ううッ!!」

 

 銃撃を迎撃するたびに激震に腕が痺れる。剥き出しにされた腕の骨をハンマーで直に打擲されているようだ。絶対に折れることはないという並外れた特性を持つ『贄殿遮那』でも、持ち手が折れれば意味がない。柄を握りしめる手の甲が乳白色を通り過ぎて青紫色に達するも、銃撃は容赦しない。毛細血管が張り詰め、紅褐色の斑紋が痛々しく浮かび上がる。ついに迎撃できなくなった銃弾が夜笠を次々と穿ち、蜂の巣にしていく。自在式を苦手とするシャナは、遠距離から攻撃をしかけてくる敵に対する攻撃手段をほとんど持っていない。唯一の手段は『炎弾』だが、これは存在の力を込めるのに時間がかかる。今の状況はシャナにとって最悪のものだった。いつもは洗練された優美な輝きを放つ『贄殿遮那』も、今はその繊細さが心細い。

 

(せめてこの銃撃が一瞬だけでも止めば、状況を覆せるのに……!)

「やあああああッ!!!」

 

 思わぬところから閃いた斬撃がサユを襲った。風を切り裂いて振り下ろされた大剣がトリガーハッピーを両断する。復活した悠二が総力を振り絞り、オリジナルの『ブルートザオガー』で果敢に立ち向かっていったのだ。即座に放たれた反撃の拳に悠二の身体が吹き飛ぶ。

 突然の事態に、しかしシャナは動じずに悠二の与えてくれたチャンスを生かすために地を這う稲妻となって肉薄する。10歩以上はある間隙を何の脚捌きも見せないままに滑走し、極限まで高めた力を両腕に集中させる。

人の域を超越する走法から繰り出される、持ち得る剣術の粋を結集させた斬撃。これなら――――!!

 

 

 金属音と衝撃音の多重奏に悠二は意識を取り戻す。

だが、その光景が目に入ってきた瞬間、坂井悠二はこれが夢ではないかと思った。それくらい馬鹿げていたのだ。

『贄殿遮那』を受け止めた、その武器の形状が。

 

「な―――」

 

 炎の飛沫を飛び散らせ、金属を擦り合わせる甲高い異音の多重奏を軋りたてながら『贄殿遮那』を受け止めているその異形の大剣(・・・・・)に、さしものアラストールも唖然とするほかなかった。

 たしかにそれには柄があり、鍔もある。だが肝心の刀身にあたる部分が、あまりに常軌を逸していた。円錐状の刀身は螺旋状に捻くれて深い溝が刻まれ、先端は鋭く尖っている。そして、その刀身全体が轟々と唸りをあげて回転しているのだ。

 

それは即ち―――ドリル(・・・)だった。




ドリルは漢のロマンだぜ

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