白銀の討ち手   作:主(ぬし)

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『白銀の討ち手』、第二部スタートです。本作で意識したのは『灼眼のシャナ』の一巻、悠二とシャナの出会いです。宝具を狙う強大な紅世の王に襲われる少年、彼を救うは可憐な少女のフレイムヘイズ。原作では前者が坂井悠二、後者がシャナでしたが、本作では前者はフリッツという少年で、後者はかつての坂井悠二である“白銀の討ち手”サユです。かつての自分に似た少年。かつてのシャナの立場となった自分。その境遇に、サユがどんな行動を取るのか。このボーイ・ミーツ・ガールの物語を楽しんで書いていきたいです。


義足の騎士編 プロローグ

「俺がフレイムヘイズになったのは、一人の女の子と出会ったからなんだ」

 

――第三次フレイムヘイズ兵団突撃機動軍司令官『義足の騎士』の回顧録より

 

 

 

 ‡ ‡ ‡

 

 

 暗く朧げな、どこか奇妙な部屋。石壁で構成されたその部屋には窓はなく、照明は壁に備えられた蝋燭しかない。明らかに中世風の趣のある部屋だ。壁にそっけなく貼られた日本語のカレンダーがなければ、西洋にある廃教会の一室と間違えてしまいそうだ。

 そこに、一人の男がいた。彫りの深い顔つきをした三十後半の白人の男だが、分厚いメガネの奥に隠されたその灰色の瞳はどこか疲れた哲学者のような雰囲気を漂わせ、彼をさらに十歳は年老いて見せた。椅子に深く腰掛け、男は一人きりで何かの作業をしている。―――否、たった今、二人になった(・・・・・・)

 

「Schreitet die Arbeit glatt fort? Denis.

(調子はどうだね、デニス)」

 

 背後の壁から染み出してきた(・・・・・・・)人間が、撫でるような声―――流暢だが、どこか発声に違和感を感じるドイツ語―――で問う。暗くて判然としないが、上等な燕尾服に身を包むその姿は一昔前の西洋の紳士のようだ。その異常な訪問者に振り返りもせずに、黙々と手を動かす男はフラスコの中で青白く光る炎を顎で指して平然と応える。どうやら、彼の名はデニスというようだ。

 

「Die Arbeit schreitet sehr glatt fort. “Macht des Existenz” ist ein wenig notwendiger. Es wird sofort vervollständigt, wenn ich mache, damit es.

(至って順調だとも。あともう少し、君がこの“存在の力”を持って来てくれれば、すぐに完成する)」

「Ich sehe! Es ist sehr gute Nachrichten!

(おお、そうか!それはよかった!)」

 

 デニスの返事に、紳士は声を弾ませた。ステッキを鳴らしながらゆったりとした歩みでデニスの元へ近寄り、その手元を蛇のように首をうねらせる動きで覗く。

 デニスはポットほどの大きさに削られた木塊をひたすらノミで削っていた。象形文字のような得体の知れない言語や奇怪な紋様を器用な手つきで表面に余すところなく刻み込んでいく。

 ふと、デニスの手が止まった。紳士を振り返り、その満足そうな笑顔を凝視する。ゴムのような質感をした肌の奇妙さが蝋燭の乏しい明かりで際立つ。相変わらず気味の悪い笑顔だ、と彼は思った。

 

「……Salmaci, Wir machten Zusammenarbeit die ganze Zeit. Würdest du heute meine Frage beantworten? Was ist das “Macht des Existenz”?

(なあ、サルマキス。私たちはずっと共同作業をしてきた。今日こそは答えてくれてもいいんじゃないか?この『存在の力』とは一体何なのかを)」

 

 

 デニスは、突然自分の元に現われたこの得体の知れない紳士から、“存在の力”という不思議な炎のことをほとんど知らされていなかった。少し前までは、彼自身も知ろうとも思わなかった。紳士から与えられる今まで見たこともないような未知のエネルギーと異世界の技術は非常に魅力的で、根っからの職人気質な技術屋である彼を盲目にさせるのには十分だった。しかし、デニスは存在の力にだけは畏怖を覚えていた。時々、炎の中から大勢の人間の断末魔の悲鳴が聴こえる気がして、最近ではろくに眠ることすらできなくなっていたのだ。

 紳士―――サルマキスが、ふむと顎に手を当てた。言うか言うまいか悩んでから、答えを待ってじっとこちらを見ているデニスに小さなため息をついた。優雅な動きで体を翻してデニスに背を向けると、そのまま去ろうとする。

 

「Salmaci.

(サルマキス)」

「Ich verstehe es. Ich verstehe es gut! Höre es sich ergießen, Mein Freund. “Macht des Existenz” ist―――

(わかっている、わかっているとも。いいかね友よ、存在の力というものは―――)」

 

 サルマキスはそこで一旦止めると、首だけでぐるり(・・・)とデニスを振り返る。その顔には、同じ人間とは思えない口元を引き攣らせた凄絶な笑みが貼りついていた。いや、事実、彼は人間ではない(・・・・・・)のだ。

 

「Menschliche Energie. In Kürze ist es eine Seele.

(人間の生命力、つまり魂そのものなのだよ)」

「Warum ….. atme es ein?

(―――なん、だと?)」

 

 デニスの手から木塊が滑り落ちた。サルマキスが嘘を言っているとは思えなかった。戦慄に全身から汗が噴き出る。では、あの悲鳴は―――?

 

「Nicht, du verstehst? Aber es gibt keinen Weg. Das “Macht des Existenz” ist Macht für einen Menschen, dem Ruf zufolge in der Welt zu existieren. Es ist die beste Macht, die nicht erhalten wird, wenn ich es nicht aus Ein Mensch herausziehe!

(理解できないかね?まあ、無理はない。存在の力とはその名の通り、人間がこの世界に存在するために持っている根源の力だよ。人間から“抽出”することでしか得られない、至高の力さ)」

 

 物覚えの悪い教え子に諭すように説明すると、サルマキスは来た時と同じように壁の中にその体を染み込ませて行く。去っていく人外の存在に、デニスは椅子を蹴り飛ばしてすがるように掴みかかる。

 

「Wartezeit Salmaci!Wie über dem Menschen, der “Macht des Existenz” verlor!?Ist es tatsächlich anders!?

(待ってくれ、サルマキス!存在の力を抽出された人間はどうなる!?まさか……!?)」

 

 半狂乱のデニスの手からするりと逃れたサルマキスは、首だけでぐるりとデニスに振り返ると、邪悪な嗜虐の笑みを浮かべた。

 

「Natürlich stirbt der Mensch. Ich verschwinde vollständig. Aber es kann nicht die Sache geben, die du darüber zusetzt. Du benutztest schon unzähliges Ein Mensch….. Bis morgen. Auf Wiedersehen.

(もちろん、死ぬ。この世から何の痕跡も残さず消えるのだ。だがそれで君が気負うことはない。君はもう数えきれないほどの人間を消費(・・)してきたのだから。では、御機嫌よう。友よ)」

 

 嘲笑うかのようにそう言い残すと、サルマキスの姿も気配も完全に壁の中へと消え失せた。デニスが呆然として地に膝を突く。

なんということだ。自分が今まで作ってきた作品───サルマキスは宝具(・・)と呼んでいた───には、数え切れないほどの人間の命が使われていたのだ。サルマキスの甘言にまんまと騙された。……いや、知ろうとしなかった自分も共犯だろう。自分の罪は許されるものではない。

 デニスはおもむろに立ち上がると、足元に転がっていた製作途中の宝具を拾い上げた。サルマキスが是非にと持ち掛けた、彼念願の代物。これを創るにあたって、デニスは大量の存在の力を使った。つまり、大勢の魂を使ってしまったのだ。しかも、これの効果(・・)を発揮させるためには、より多くの存在の力を必要とする。他ならぬ自分がそのように創ってしまった。これをサルマキスに渡せば、今までよりもっと多くの人間が犠牲になることは火を見るより明らかだ。これ以上、あの非情な男に人間を殺させるわけにはいかない。

 

「…Nine…!

(……駄目だ……!)」

 

 破壊してしまおうと手斧を振りかざす。が、そうしたところでまた創らされるだけだという考えが頭をもたげ、振り下ろす気力を削ぎ落した。それに、この宝具に大勢の人間の命が詰まっていると知ってしまった今では、彼らの犠牲の塊を破壊することなどできない。行き場のなくなった怒りと無念とともに手斧を床に突き刺す。ドカッと鈍い音が石造りの空間に響き、すぐに消えた。

 自分はどうすればいいのか。サルマキスは恐ろしい力を持った悪魔だ。自分が抵抗したところで、あの男には傷一つつけることすらできまい。それに、自分には妻子がいる。一人息子は先日、事故に遭って右足を失い、満足に動くことすらできない。今ではその事故すらもサルマキスの仕業ではないのかと疑ってしまう。“下手なことをすれば家族がどうなっても知らないぞ”という警告だったのではないか、と。

 

「Was will Gott, ich mache? Unterrichte es bitte, Gott…...

(おお、神よ…。私はいったいどうすればいいのです?お教え下さい、神よ……)」

 

虚しく響いたその声に、返事はなかった。

 

 

 ‡ ‡ ‡

 

 

 全身で風を切り裂く。ライバルたちを遥か後方に追い抜き、追随を許さない走りでトラックを駆ける。周囲の光景も何千人という観客たちのざわめきさえも流星にして背後へと吹き飛ばしていく。その勢いを殺さぬまま、胴体でフィニッシュテープを破る。一瞬の沈黙が会場を包み――――雷鳴のような大歓声が空間を轟かせた。観客席から、街中から、世界中から、フリッツと俺の名を何度も叫ぶ声が聴こえる。巨大な電光掲示板には『世界新記録』の文字が表示されている。それを仰ぎ見て、俺は高く腕を振り上げて歓喜に叫ぶ。

 

ああ、これは夢じゃないのか?こんなことが本当にあるのだろうか!?

 

ふと、自分をこの栄光の瞬間に導いてくれた足に目を落として、

 

 

――――足がなかった。

 

 

「……やめてくれッ!」

 

 突っ伏していた机から顔を起こす。慌てて辺りを見回して、今まで見ていたものが夢なんだと理解した。どうやら居眠りをしてしまっていたらしい。あまりの悪夢に、以前住んでいた国の言葉まで出てしまう始末だ。長く住んでいたから身に染み付いてるらしい。

 

『Dies ist die Zeit für neuen neuen Weltrekord! Ich wurde überrascht.Er kann!sehr früh laufen!

(これが、今回の新記録です!速いですね!)』

 

 点けっぱなしにしてしまっていた型の古いテレビのなかで、世界大会を中継するアナウンサーが興奮して声を荒げている。そのうるさい声に顔を顰めて液晶画面を睨みつけると、『100メートル短距離走:世界新記録:9秒70』というテロップがでかでかと強調されていた。なるほど、たしかに速い。

 

 ――だが、はっきり言って俺ほどじゃない(・・・・・・)。俺なら9秒68は出せる自信がある。事実、出したこともある。だけど、俺は決してオリンピックという舞台で華々しく活躍することはできない。たとえどれほど驚異的なタイムを叩きだしたとしてもだ。

 

(“足”さえあれば、俺だって)

 

 右のジーンズの裾をあげて脛にあたる部分を撫でる。ザラザラとしていて冷たい肌触りは、人間の肌のものではない。当然だ、木製(・・)なんだから。

 

「Scheiße!

(くそっ!)」

 

 持っていたシャープペンシルを壁に投げつける。俺の右足は、膝から下の部分が存在しない。事故で激しく傷つき、切断してしまった。この義足は、4年前に死んだ義足職人だった父さんが造ってくれたものだ。父さんが死ぬ間際に精魂を込めて完成させたこの義足のおかげで、俺は自前の足を持っている奴らよりも早く走れるようになった。

 突然、日本国籍からドイツ国籍へと変更させられて、何かから逃げるように俺たち家族を父さんの母国であるドイツに連れて来たことは今でも少し恨んでいる。急激な変化への適応を迫られて、俺と母さんは大きな負担を負うことになった。引っ越してすぐに父さんが死んだせいで生活は苦しくなり、俺のために必死に働いてくれた母さんは身体を壊して入院している。こんな結果になってしまうことは、聡明だった父さんなら想像ができたはずだろうに、なぜ突然ドイツへと渡ったのか……。当人がこの世を去った今では知る由もないことだ。

 この義足のおかげで生き甲斐を見つけられた。誰にも負けない特技を手に入れることができた。苦学生としてただ生きるために勉強するだけの退屈な日々に色を添えてくれている。それは、心から感謝している。

 でも……偽の足じゃ、オリンピックには出られない。障害者のためのオリンピック―――パラリンピックに出たって、世間からの注目はほとんど浴びない。賞金も名誉も栄光も、本物のオリンピックに比べれば微々たる物だ。

 

(本物の足があれば、今頃、世界新記録を掴んでいたのは俺だったんだ)

 

 テレビ画面の中で観客の拍手に大きく手を振って応えている、世界新記録を打ち立てたスカンディナヴィア系人種の選手を冷えた眼差しでしばし見つめる。もしかしたら、そこに映っていたのは俺かもしれなかったのに、と。義足を履いてすら9秒68の記録なら、自身の肉の脚があればもっと速い記録が出せるに違いないからだ。

 テレビに映る選手の喜びに満ちた満面の笑みとは対照的な暗く深い諦観の思いに苛まれ、会場に満ちる感動と反比例してズブズブと気が沈んでいく。

 

「……Halten wir an, daß ich denke.

(……やめやめ、なにやってんだ俺は)」

 

 (かぶり)を振って気を取り直す。ない物ねだりをしたって仕方がない。テレビを消して傍にある簡素なベッドへ倒れこむ。頭上にある時計を見れば0時をとっくに過ぎていた。明日も朝からスポーツクラブでの練習がある。ドイツは日本と違って学校に部活動があるところはほとんどないが、その役割は地区ごとのスポーツクラブが担っている。本気でやりたい者が集まっているクラブは日本の部活動に比べてより実践的だし、俺が顔を出すクラブはその典型だった。寝不足で参加できるほどヤワなところではない。もう寝よう。

 簡単な点検を済ませてから慣れた手つきで義足を外し、枕元にある照明のスイッチを切る。途端、心地よい眠気に襲われる。勉強で疲れていたのだろう。まるで日が暮れるようにゆっくりと瞼が閉じていく。

 意識せず狭まっていく視界に、街の夜景を透かす窓が映る。毎日嫌でも視界に入る、埃だらけの小さな窓。

 

 

そこに、目を疑うような光景があった。

 

 

「…Ein Engel…?

(……“天使”……?)」

 

 向かいの教会の屋根に、天使(・・)が佇んでいた。純白に輝く長髪と大きな翼を背ではためかせて華麗な白銀のドレスを着ていれば、それは天使としか言いようがないだろう。

 俺の視線を察知したのか、天使がこちらをついと振り向く。さらりと風を孕んで流れた銀髪が自ら光を放っているかのように輝いた。

 

「―――――」

 

 あまりの可憐さに、絶句した。

 東洋系の顔立ちをしているが、その繊細で端麗な容貌はどこの国の人間も思わずため息を漏らさずにはいられないだろう。透き通るような白い肌、洗練されているのにどこか少年のようなあどけなさが宿る細面、そして黄金比を体現するような引き締まった細身の肉体―――。

 究極と言うべき造形をしたその少女は、まさに“美少女”を絵に描いたような、どこか創造物じみた完璧な美しさを煌々と放っていた。見た目はひどく幼いのに、すでに現在で完成していると確信できる美に満ちて、肉欲というより所有欲を煽り立てられる。そういう趣味(・・・・・・)を持っていない俺にも、天使の少女は女として十分すぎるほど魅力的に見えた。年齢は、まだ10代前半だろう。だというのに、薄い紅唇が月の光を反射して艶々と濡れ光る様は、年齢という枠を超えた妖艶さを以て俺の目を釘付けにした。その姿を目にしているだけで胸が無性に切なくなり、ぎゅうっと締め付けられる。ゴクリ、と喉が鳴る音がひどく遠くに聞こえる。

 見飽きて、もはや嫌気すら感じていた窓の光景が、この瞬間はどんなに神々しい宗教画にも勝る至宝の名画と化していた。

 

(これは現実か?夢か?)

 

自分の正気を疑いながら目を擦ってもう一度教会の屋根を見ると、

 

「……was?

(……あ、れ?)」

 

 果たして、そこには天使の姿なんてどこにもなかった。窓の外には、いつも通りの見飽きた世界がただ茫漠と広がっているだけだ。寝ぼけて変な幻覚を見たことは何度かあるが、天使なんてのを見るのは初めてだ。肺の空気を絞り出すほどのため息を吐き出して、くだらない妄想を見た自分自身に呆れ返る。さっき見た夢のせいで、よほど精神がまいっているのだろう。こういう時はさっさと寝て疲れを取るべきだ。

 あれは幻覚だったと強引に結論づけ、寝返りを打って頭から毛布を被る。一週間後には大事な試験がある。ドイツの高等学校(ギムナジウム)では良い成績がとれなければ奨学金のランクが下がってしまう。ドイツの奨学金制度は、貧しい家庭はもちろん、両親の収入に関わらず学生の成績が優秀であればさらに奨学金を与えてくれる。スポーツには金が掛かるし、なにより病気の母さんの件もある。こんなところで失敗するわけにはいかない。

 試合前に行う精神統一の要領で必死に頭を真っ白にすれば、途端に睡魔の波が訪れる。その心地良い波に身を任せながら、ゆっくりと眠りに落ちてゆく。

 

(でも、あの娘、)

 

 意識の緞帳が落ちる直前、瞼の裏に焼き付いた天使の純白の瞳が目の前をよぎる。

 

(可愛かった、な……―――)

 

これは重症だな、という自嘲じみた感想を最後に、俺は深い眠りについた。

 

 

 ‡ ‡ ‡

 

 

「……あれ?反応が消えた?」

 

天使――『白銀の討ち手』サユが眉を顰める。

 

「どうやら、宝具への存在の力の供給がカットされたようだな」

 

 その胸元から地鳴りのような低い声をあげて、サユが契約する紅世の王、『贋作師』テイレシアスがうぬと唸る。サユが目を閉じて意識を広範囲に拡散させ、もう一度周辺の探査を行う。しかし、先ほどまで感じていた宝具の反応はやはりまったく感じられなかった。

 

「?」

 

 はたと、食い入るような視線を感じて背後を振り返る。少し離れた家の二階の窓から誰かがこちらを見ていた。ベッドに仰向けに寝転んでほとんど眠りかけている少年。黄金色に輝くブロンドの短髪に翡翠色の瞳をしているが、年齢不相応な野性味のある顔つきをしている。背丈からしてボクより年下のようだ。もっとも、西洋人らしいがっしりとした体格は、ボクがまだ坂井悠二だった時の体格より二回りは大きいのだが。

 少年がごしごしと目を擦る。きっとボクの姿が信じられないのだろう。背中から羽を生やした人間がいたら誰だって目を疑う。このゴスラーという街では魔女伝説が有名だそうだから、魔女なんかに間違われたかもしれない。騒ぎになることは避けたいので今のうちに地面に降りることにした。

 音を鳴らさないように柔らかに足を踏み出し、とんと軽やかに地面に降り立つ。最初は元の身体とまるで違う体格や性能に戸惑いもあったが、もうすっかり順応できた。今ではこの身体をなんの齟齬もなく完璧に動かすことができる。

 そこまで考えたところで、いつのまにか手が勝手にスカートの乱れを直していることに気づいた。慣れてしまうのも考えものだ。

 

「少女が身だしなみに気をつけることはいいことだぞ?」

 

 笑いを含んだテイレシアスのからかい声にふんと鼻を鳴らし、指先でペンダントをぺちりと弾く。テイレシアスに抗議する時はいつもこのようにする癖がついてしまった。

 

「放っといてくれ。それより、本当にここにあの宝具があると思う?」

 

 サユとテイレシアスがドイツのゴスラーという田舎まで来た理由は、他でもない、“時の事象に干渉できる宝具”を手に入れるためであった。フレイムヘイズの支援組織『外界宿(アウトロー)』を経由してその宝具の存在を知った二人は、伝えられた微かな情報を頼りに日本から遠く離れたこの街まで辿り着いたのだ。

 

「それらしい反応があったのだから間違いないだろう。少なくともこの周辺にあるということまではわかったんだ。しばらく休息を取っていなかったんだから、今日はもう休め。あの宝具を狙う徒もいる。突然、戦闘になる可能性もある」

 

 そういえば、最近宝具の反応を追ってずっと動き回っていたから疲労が蓄積している。いかに超人のフレイムヘイズと言えど、疲れるものは疲れる。この状態で戦闘を行うのはたしかに不安だ。テイレシアスの言う通り、今は休むことにした。

 運良く教会の二階の窓が開けっ放しになっていたのでひょいとそこから侵入する。どうやらそこは倉庫のようだった。

 

(不法侵入だけど、ちょっと風を凌ぐ場所として借りるだけだし、いいよね?)

 

 中に誰もいないことを確認して、無造作に置かれていたマットに横になると背に展開した外套、『タルンカッペ』を幾重にも身体に巻きつけて眠りにつく。

 

「うう、寒い。やっぱりフレイムヘイズでもヨーロッパの冬は堪えるね。温かいお風呂に入りたいよ」

「風呂と言えば、お前がその身体で最初に風呂に入った時は―――」

「アーアー聞こえなーい!お休み!」

 

 

 少年も、サユも、気づかなかった。暗闇の中で、少年の義足が淡い水色の光を放っていることに。

その光が、やがて二人の運命を大きく変えるということに―――――




灼眼のシャナ一巻を慌てて買いに行くの巻

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