「おお、そんな、やめろ、やめてくれ!」
今までの冷静な態度をかなぐり捨てた伊達男が、手足をばたつかせて死に体の化け物に走り寄る。そのまま汚物のような内臓にまみれるのも構わずにガバリと抱擁した。ビクビクと激しくのたうち回っていたハリハラは、主人の腕に抱かれた途端に緑青の火の粉を散らして音もなく消え失せた。
「ハリハラァアアアアア!!」
伊達男が惜しみなく涙と鼻水を流して慟哭する。見るに忍びないほど哀れを誘うその悲嘆ぶりは、事情を知らない人間なら同情して思わず抱き締めてやりたくなるほどのものだった。
「……許さんぞ、下賎なフレイムヘイズめ」
ぽつりと、項垂れ、両肩を悄然と下げていた男が静かに呟いた。その背中から邪悪な怨念と瘴気がゆらりと立ち昇る。たったそれだけで、俺の身体はガクガクと震えだす。情けないと悔しがる余裕すらない。動物としての本能が発する警鐘は、意志の力ではどうにもならないのだから。
男が胸元のポケットからハンカチを取り出して、自身の体液で汚れた顔を丁寧に拭う。だが、ハンカチが拭ったのは涙だけではなかった。
―――ズルリ、と白い肌が剥がれた。
拭うたびにブチブチと薄布をちぎるような音を立てて剥がれ落ちていく。ホラー映画の特殊メイクじみたグロテスクな様子を見せ付けられて、俺は目を逸らせない。拭い終わると、そこには到底人間とは思えない異形の顔面があった。湿り気を帯びた肌は濁った濃緑色で染まり、濃紺がマーブル模様のように見える。よく見るとそこにはウロコのようなものまであった。目鼻立ちというものが欠如したのっぺりとした顔は、ある生き物を連想させた。
「ト、トカゲ……!?」
「お前は……
「えっ?」
思わず呆けた声を漏らして声の発せられた方に目を転じるが、そこには白銀の美少女しかいない。少女の声は、イメージしていた可憐な声とは正反対の地鳴りのような低い声だった。心のどこかで抱いていた幻想が崩れる音がする。だが、驚愕の追撃は留まらない。少女が突然発した
「私を知っているのか……ああ、その炎!さては貴様、“贋作師”だな!?この薄汚い
伊達男―――サルマキスという名らしい───が総身を震わせて顔をグニャグニャと歪ませながら、憎々しげに声を荒げた。その地獄の呪詛のような声は怒りに満ち満ちている。そして、その言語は
(な、なんだ?どうしていきなり日本語の会話に切り替わったんだ?)
相変わらず違和感を内包したサルマキスの台詞が、急に日本語として
「ふん、やかましいわ、トカゲめ。お前、人間に宝具を持ち逃げされたらしいじゃないか。そんな間抜けの阿呆がこんなところで何をしている?」
「私を侮辱するか、贋作狂い風情が!“祭礼”に連なる眷属であるこの私を!」
「なーにが眷属だ。連なるというても末席も末席だろうが。“祭礼の蛇”だってお前のことなんざ覚えてもおらんさ」
「お、おのれ……!」
少女が低い声でサルマキスの怒りを一蹴する。しかし、きつく結ばれた小さな口は先ほどからぴくりとも動いていなかった。よくよく聴くと、その声は少女の口より下から発せられているようだった。無線機か何かかと思ったが、そのクリアな声質は紛れもない肉声だ。
俺がわけがわからないという表情でわずかに膨らんだ胸元のペンダントを凝視していると、鍛えた第六感で視線を察知したらしい少女と目が合った。俺の視線が胸に向けられていると気づいた少女がさっとそこを隠すように押さえ、柳眉を逆立ててじとっと睨んでくる。その咎める視線が何を意味するのかわかって、俺は慌てて手と首を振る。
「ち、違う!お、俺は別に君をそういう目で見ていたわけじゃない!俺の好みは貧乳じゃないし───」
火に油を注ぐ形となった釈明に、少女のこめかみにぴきりと青筋が走り、頬をぴくぴくと引き攣らせる変な笑みが浮かんだ。今のは完璧なまでに失言だった。さらに弁解を重ねようとして、サルマキスのケタケタとした笑い声があたりに響いた。振り返ると、さっきまでの悲嘆ぶりはどこへ行ったのか、サルマキスはステッキをガツガツと地面に打ち付け、腹を抱えてオーバーに爆笑していた。
「ひはははっ!契約した王も王なら、フレイムヘイズもフレイムヘイズだな!どちらも貧相だ!ひははははっ!!」
それがトドメになった。『フレイムヘイズ』と呼ばれた少女の総身を包み込むように純白の炎が轟と燃え立ち、背後の教会の壁を焼き尽くした。すぐそこで鉄溶鉱炉の窯が開いたかと錯覚するほどの熱波がこちらまで押し寄せて、慌ててその場から後ずさる。
「誰が―――貧相だって?」
「あーあ、言ってしまったな。知らんぞ俺は」
初めて聴いた少女の声。本来は凛として澄んでいるだろう少女らしい声音は、今は唸るようなドスの利いたものになっている。操る言葉が日本語であることからして、彼女も日本人のようだ。ゆらりと流れる動きで背に手を回す。鈴のように軽い金属音がしたかと思うと、どこに収まっていたのかというほど長大な日本刀が抜き放たれた。刀身も柄も全てが銀色に光るその刀は、凡人の俺にも芸術品の域に入る代物だということがわかる見事なものだった。
俺でもなんとか振り回すのが精一杯であろうその日本刀を、矮躯の少女が軽やかに舞わせて正眼に構える。
「なに、その骨張った貧相な身体でも私のペットたちにはいい栄養になるだろう。下賎な王ともども、大人しく食べられたまえ!」
サルマキスは静かな怒りに燃える少女の台詞など意にも介さず、ステッキの先端を少女に突きつける。それを合図にして、サルマキスが侍らせていた化け物どもが仲間の仇をとらんと一斉に襲い掛かってくる。
化け物という言葉を体現する恐ろしい醜悪な生物が群れを成して襲い掛かってくる、どんな悪夢にも劣らない光景。だが不思議と、さっきまで感じていた“殺される”という恐怖感は訪れなかった。化け物の群れの突撃に一歩も引かずに対峙する白銀の少女から放たれる巨大な城壁のような存在感は、それほどまでに圧倒的だった。
果たして、俺の直感は見事に的中した。
一瞬の出来事だった。
俺には、微動だにしない少女の前で銀光が宙に弧を描いたようにしか見えなかった。それから半瞬遅れて、押し寄せる化け物の波が少女の眼前でぴたりと止まる。1秒間の奇妙な静止が空間に満ちる。毛虫のような化け物どもの巨体に一筋の線が走ったかと思うと、ずるりと上半分が水平にスライドして地に落ちた。サルマキスの笑みが石のように強張り、ザッと血の気が引く。
そこでやっと、少女が人間には認識できない速度で化け物全てを切り裂いたことに――――この少女もまた
俺がへたり込んで呆然とするなか、少女がごく自然な動きで足を踏み出す。その足が地面を砕いたと脳が認識した瞬間には、すでに少女の姿はそこになかった。激しい旋風が巻き起こり、化け物の死骸とむせ返るほどの臓物臭を跡形もなく吹き飛ばす。人知を超えた速度で一陣の疾風と化した少女がソニックブームを引き連れてサルマキスに肉薄したのだ。次の瞬間、動物の金切り声のようなおぞましい悲鳴が木霊し、神聖な神の家を震わせる。何が起こったのか理解が追いつかない俺の目の前に、飛んできた何かがぼとりと落下した。それがもぞもぞと蠢いたと思った瞬間、俺の足首を
「うわっ!?」
それは
「おのれっ、おのれっ、おのれぇえエエエエエエエ!!」
ぞっとする猿叫に振り向くと、そこには肩の断面を押さえて地に膝を突き、目の前の少女を睨みあげているサルマキスの姿があった。断面から噴き出すと思われた血しぶきはなく、代わりに緑青色の火が漏水のごとく漏れ出す。その喉元には刀の切っ先が突きつけられている。少女は、1秒にも満たない時間で5メートルはあったはずのサルマキスとの距離を0にし、抵抗できないように腕を切り落とし、その首に刀を突きつけて動きを封じたのだ。文字通り、目にも留まらぬ早業だった。
(いったい、どんな走法をすればこんな人間離れした芸当ができるんだ)
俺も走法の研究は欠かしていなかった。だからこそ、眼前の神速技が人間の身体能力では明らかに不可能なものだと身に染みて理解できた。濡れ光る戦慄の美を流す刀が澄んだ金属音を立てて翻り、サルマキスの喉に刃先をわずかに食い込ませる。それだけで、激昂して喚き散らしていたサルマキスは表情を硬直させて押し黙る。その顔を真正面から見据えて、不自然なまでに落ち着き払った少女が諭すような口調で語りかける。
「貧相なのは、まあ、事実だ。潔く認めよう。
「そうとも。俺たちは紳士的だ。“炎髪灼眼”よりよっぽど理性的だ。あの頑固ジジイよりよっぽど優しい」
それを聴いたサルマキスの顔にほっとした安堵の表情が浮かぶ。ふと、純白の視線がちらりとこちらに流された。切れ長の双眸が全身に裂傷を負った俺を見る。再びサルマキスへと戻ってきたその決然とした瞳は、絶大な怒りにメラメラと燃え盛っていた。
「だけど、人喰いをする
「俺のフレイムヘイズを侮辱する奴は許さん」
直後、何の抵抗も感じさせない滑らかな動きで少女の刀を持つ腕が上がった。燦然と煌めく刀身には油のようにベトベトとした緑青色の液体がへばり付いている。それをブンと一振りで払い落とすのと同時に、サルマキスの頭部が首から音もなく外れてゴトリとアスファルトを転がった。凍りついたままの安堵の表情は、自分に何があったのかすら理解できずに絶命したことを示している。悪魔じみた伊達男の最期は、あまりに呆気なかった。
「た、助かった、のか……?」
地獄を生き抜いたことで緊張が抜けて、無意識に膝が折れてその場に尻餅をつく。たった数分間の間に今までの人生で培ってきた全ての知識や常識が跡形もなく破壊された。明日も今日と変わらない日になるという確信が、本当は何の根拠もない都合のいい思い込みに過ぎないのだと思い知らされ、まるで地面がなくなったような空虚な不安に襲われる。この世は、想像していたよりずっと俺の知らないことばかりだったのだ。
異常極まる戦いに巻き込まれたことに悲しむべきなのか、命拾いしたことに喜ぶべきなのかの判断がつかずに呆然としていると、いつのまにか目の前に白銀の少女が佇んでいた。天使だと思ったが、実は戦士で、フレイムヘイズと呼ばれる少女。人間を圧倒する力を持った化け物を、さらに圧倒的な力でもって簡単に斬り伏せた少女。彼女もまた、俺の日常を破壊する人外の一人なのだろうか。
「
不意に、白くしなやかな繊手が目の前に差し伸べられた。驚いて見上げれば、にっこりと微笑んだ少女の愛らしい容貌が視界に飛びこんでくる。先ほどの戦闘時とは打って変わって温厚な雰囲気を漂わせる少女は、やはり昨夜見た天使に違いなかった。
間近で見れば、そのルックスがどれほど際立っているのかをさらに強く思い知らされる。透明かと見紛うほどに白い肌は、まるで精巧な造り物であるかのようにシミ一つない。端麗で可憐な顔立ちは、歳相応の幼い造形だというのにこれが完成形だと言われれば迷わず納得してしまいそうな美貌を讃えている。この年代でこれなら、成長したらいったいどれほどの絶世の美女になってしまうのか想像もつかない。さらに、少女が纏う柔らかな空気には他人を包み込む余裕と気品も感じられる。まるで童女の中に成熟した女が共存しているようなアンバランスな印象に、クラクラとした目眩を覚える。生命の危機に瀕して動揺していなければ、今頃本能のままに抱きしめてしまっていただろう。
(まさか、俺はこの子に見惚れているのか?こんな、小さな女の子に?)
自分を軽蔑したい気持ちに駆られるが、心臓の高鳴りにすぐに掻き消された。思わず見惚れてしまうのも仕方ないと思えるぐらい、少女の形貌は見目麗しかったのだ。釘付けになった視界の中、清楚なつぼみのような唇が苦笑の形をとって開かれる。
「……テイレシアス、もしかして、ボクのドイツ語が通じてないかな?」
「紅世の王である俺には人間の言葉なんぞどれも同じに聴こえるがな」
「ち、違う!そうじゃない!ちゃんと伝わってる!」
「そっか。ああ、よかった。きちんと学校で習ったわけじゃないから、こっちの言葉には自信がないんだ」
少女の表情が曇りそうになったのを見て、慌てて否定する。たしかに、御世辞にも上手いとは言えないカタコトのドイツ語だったが、その涼風のような声音に込められた優しさはよく理解できた。想像していた通りの、いやそれよりずっと可憐な鈴のような声は耳に心地いい。ホッと胸をなで下ろす少女の微笑ましい仕草にも再び心を打たれる。
(味方、って考えていいんだよな?)
控えめな物言いに、この少女が自分に害を及ぼすものではないと確信する。同時に、天上から遣わされた天使のような超常の存在ではなく、言葉の習得に悩む程度には人間に近しいのだとわかって親近感が湧いた。危機一髪の状況に昂ぶっていた警戒感が溶け、深く息を吐いて脱力する。
少女は、ドイツ語が苦手のようだ。日本語が主言語のようだし、このままだと会話がやりにくいから日本語で会話した方がいいだろう。母さんと話す時以外に使わなくなって久しいが、普通の会話をする分にはまだ支障はないはずだ。差し出された小さな手を握って立ち上がる。予想以上に滑らかな感触に思わず息を呑む。
「
「えっ、日本語!?日本語ができるの!?ああ、よかった!」
日本語は母さんと話すとき以外には使わないから、いざ他の人間と話すときにちゃんと喋れるか不安だった。それでも長いこと使っていたから身体に染み付いていてくれたようで、違和感なく口から出てきてくれた日本語に自身でも驚く。と、いきなり少女が満面の笑みを咲かせた。夏に咲く向日葵のような、朗らかで暖かい笑み。
(う、)
戦いの最中に見せていた鬼神の形相とは正反対の無防備な表情を向けられて、油断していた心臓がドックンと派手に跳ね上がる。こちらの内心の葛藤など露とて知らず、少女は手を合わせて表情を綻ばせる。少女は、嬉しさのあまり忘れてしまっているのか、俺より一回りは小さなその手には俺の手が握られたままだ。手の平同士を重ねたら完全に俺の手に隠れてしまうほどに小さい。そっと握っただけで砕けてしまいそうな飴細工のように繊細な指なのに、感触はふにゅふにゅとしてヌイグルミのように柔らかい。これが女の子の感触なのか、とどうでもいい感慨が頭に浮かんだ。こんなに細くて柔らかいのに、どうやってあんなに長い刀を振り回せるのか、不思議で仕方がない。
「ドイツ語って難しいから、ボクはまだあんまり喋れないんだ。『達意の言』も使えないし、正直通じなかったらどうしようかと不安だったんだ」
(ぼ、ボク?)
“ボクッ娘”とは初めて遭遇した。一人称を“ボク”とする女の子は漫画のキャラクターだけだと思っていた。そこら辺の女が同じように喋っても、きっとわざとらしいし不自然すぎて薄気味悪いに違いない。だが、少年のように無邪気に喜ぶ目の前の少女の笑顔には、不思議とよく似合っていた。まるで元は少年だったかのような自然さがあって、親しみを感じさせてくれた。
「まあ、その、いい線は行ってたと思う」
「ホントに?ありがとう。それにしても、君は日本語が上手だね。久しぶりに日本語を聞けて嬉しいよ」
「ええと、俺は、少し前まで日本人だったから。だから、本来は日本語が主言語だけど、父親がドイツ人だったからドイツ語も話せるんだ。5年前に渡独して、今は地元の高校に通ってる。だから……いや、それだけ。以上」
なにを一丁前に格好つけて自分語りをしようとしているのだろう。気を抜くと自分を大きく見せようとしてしまうガキの自分が出てきてしまいそうで、逆に格好が悪いじゃないか。緊張してしどろもどろな俺の説明に、少女は感心したように「なるほど、帰国子女みたいなものか」と小さく頷いた。たしかにドイツ語は難しい。単語や数字は用途ごとに異なった使い方があるし、その使い分けを習得するのにはかなりの労力を要した。だがそれを言うなら日本語の方が遥かに難しいと思うのだが―――って、こんな話をしている場合じゃない!俺には聞きたいことがたくさんあるんだ!
「違う違う違う!そうじゃなくて!」
「へ?」
少女の持つほんわかとした空気に飲み込まれてしまったが、質問は山ほどある。さっき少女が殺したサルマキスのこととか、少女自身のこととか、少女に助言する姿なき声の男のこととか、わからないことだらけだ。どれから聞くべきなのかと悩んで――――
べちゃっ
「へ?」「ぬ?」「は?」
同時に漏れる声。
粘性を帯びた何かが蠢く音が足元から聴こえた。二人して同時に足元を見下ろすと、どこから現われたのか、烏賊の足のような太い触手が少女の足首に巻きついていた。
「まずい、奴は
少女の胸元から男の大声が聴こえた。その意味はわからなかったが、極度に張り詰めた感じから危機が迫っているということはわかった。戦慄して辺りを見回して身構えるが、ただの人間の俺にできることなんてないのも同じだ。だから、
「この――――ぅああッ!?」
少女が苦悶の表情を浮かべながら手足を暴れさせて抵抗するが、万力のような力で腹を締め上げられてそれも無駄に終わる。臓腑をぎりぎりと圧迫され、少女の顔色が一気に青く染まっていく。なんとか助けようと掴んで引き離そうと試みるが、妄想の産物のような触手の表面は粘性の強いゼリー状のぬめりに塗れていて、ぬるぬると滑るばかりで意味を成さなかった。
『よくもやッてくれたな、小娘ぇ……』
ノイズのような不快極まる声。その声は、全方位から聴こえてきた。正確には、
『宝具は後回しだ。まずは貴様を始末してやる』
「くぅッ!ぃ、ぎッ、あぁあああッ!!」
「サユ、しっかりしろ!」
少女を緊縛する触手が目に見えて張り詰め、締め付けを増していく。ミシミシという骨が軋む音が聴こえ、耐え切れず漏らした痛々しい悲鳴が耳を穿つ。見ているだけしかできないちっぽけな自分が耐え切れないほどに悔しかった。爪を立てて必死で触手を剥がそうとするが、粘膜のような皮膚には考えられない硬い表皮にはまるで効果がない。それでも鬱陶しいことに変わりはなかったのか、一本の触手がその身をしならせて飛来し、俺の胴を思い切り殴りつけた。たまらず吹き飛んで頭から街頭に衝突する。胴体が腫れ上がるような激痛に苛まれ、衝撃で脳が頭蓋の中でシェイクされる。朦朧として動けない俺の体を触手が縛りつけ、街灯に固定させる。
『ルヒトハイムの腐れ子め。お前はそこで大人しくしていろ、後でちゃんと食ってやる』
そう告げると、まるで弱った獲物にハイエナが襲い掛かるかのように、声の気配が一斉に触手と化して少女に群がっていく。不定形な動きでうねる触手の群れがべたべたと少女の柔肌を味わうように這い回る。事実、味わっているのだろう。陰から響いてくるくつくつと喉の奥で嗤う狂笑がそれを物語っている。少女がいやいやと子供のように首を振ってそれを拒否するが、捕縛され宙に縫いとめられた彼女はされるがままだった。それを見て勝利を確信したのか、それとも眦に涙を浮かべる少女の姿に興奮を覚えたのか、凄絶な狂笑がさらに大きいものになる。
『ひははは!存分にいたぶっていたぶって、女としてたっぷりねぶって辱めてから、ペットどもの餌にしてくれる!ついでにフレイムヘイズが子を宿せるかどうかも試してやろう!』
「ッッ―――ァアアアアアアアアアッッッ!!」
甲高い悲鳴。めきめき、ごりごり、とあらゆる関節が軋みを上げる。強引におかしな方向に捻じ曲げられた腕や脚が苦痛に小刻みに震え、多量の汗が伝い落ちた。美脚に絡まった触手が細い足首から螺旋を描き、脹脛、膝、太ももまで登り、スカートの中へ潜り込んでいく。別の触手が戦装束のスカートを膝上まで押し上げて内部の様子を顕わにしていく。サルマキスが少女に
「わあっ!?ど、どこ触ってんだコラァッ!ッぅああっ!」
少女が抗議に声を荒げるが、スカートの中で触手が嬉しそうに暴れた途端に背筋をぴんと伸ばして小さな悲鳴をあげた。もじもじと腰を捻らせて健気に抵抗する様子は触手をさらに興奮させるだけだった。スカートが完全に捲り上げられると、そこには付け根から健康的に伸びた陶器のように白い脚と、少ない布で秘部を隠す白いショーツがあった。ショーツは噴き出した汗でぴったりと肌に張り付いていて肌色が透けている。少女も、自分がこれから何をされるのか理解できたのか、最初とは打って変わって明らかに動揺して叫ぶ。
「やめろ、やめろってばぁ……!」
あまりの恥ずかしさに上気して少女の耳たぶが真っ赤に染まる。しかし、触手はそんなことはお構い無しに、相争うように次々と太ももの付け根に絡みつき、しゃぶりつく。
「や、やめて……!」
ついに触手の先端がショーツを脱がしにかかった。汗と粘液の染みた布がぐいぐいと下に引っ張られ、形のいい臍の下の窪みが顕わになる。目の前で、想像するだに胸が悪くなるような酸鼻な悪事が行われようとしている。自分は命の恩人すら―――あんな小さな女の子すら助けられないのかと、血が滲むのも構わず臍を強く噛む。自分に力があればと激しく後悔する。これほどまでに力がほしいと思ったことはない。
何でもいい。あの娘を助ける力が欲しかった。力が欲しい。力が欲しい。死に物狂いで全身を暴れさせて身体と触手の間に隙間を作ろうともがくが、そんな隙は見せてくれない。ぎりぎりと締め付けられる少女の抵抗が次第に弱くなり、それに反比例するように触手が動きを増して少女の秘部を己の領土にしようと蠢く。力尽きたかのように俯く少女の頬を涙が伝った。
「チクショウ、チクショウ、チクショウッ!ちくしょぅおおお――――ッ!!」
じたばたと不様に脚をばたつかせながら自分の非力さを嘆いて吼える。それに呼応するかのように義足が再び燃えるようにじわりと熱を灯したように感じたが、今さらそんなもの何の役にも立ちはしない。どんなに俊足であっても、女の子一人を危機から助け出してやることすらできない。偉そうに孤独に浸っていて、他人を見下していても、実はこんなにも役立たずだった。今まで自分が誇りに思ってきた全てが悉くちっぽけなものに過ぎなかったのだ。途方も無い無力感と自己嫌悪が脳髄を焼き尽くす。
(父さん!もう一回だけでいいから、力を貸してくれ!!あの娘を、助けさせてくれ!!)
俺は奇跡を願い、水色に燃える義足を地面に叩きつけ、
『ンなッ、なんだとぉおおおおおッッ!!??』
轟く大破砕音。サルマキスの悲鳴。急激に傾いていく景色。崩壊していく教会。足元に突然穿たれた巨大なクレーター。そのクレーターの中心は――――義足の踵だった。何が起こったのかはさっぱりわからなかったが、一つだけ確かなことがあった。それは、
「
声を張り上げて全身から叫ぶ。俺が叫んだ先にいるのは、触手の拘束が緩んで自由になった少女。慌てて触手の群れが少女を再び縛り付けようとするが、時すでに遅しだ。
少女が腹腔に蟠っていた激情を解き放つ。触手がたじろぐかのようにビクリとのたうちなんとか少女を押え込もうと圧力を強めた瞬間――――少女が
純白の炎に焼かれてアスファルトが表面を泡立たせながら融解し、白銀の鎧にこびりついていた粘液の一片までもが残さず燃え尽きて曇り一つない輝きを放つ。その様は、軍神もかくやという恐るべきものだった。異常極まるこの世界すら霞ませてただの背景に変えてしまう威圧感に世界そのものが恐怖して大気がビリビリと震える。
「やってしまえ、サユ。ド派手に」
男に声に弾かれるように、少女が両手を高く振り上げる。銀色の炎が少女の手に収束し、何かを形作っていく。それはリボルバー式の拳銃だった。凶悪な光を放つ大型銃だったが、そこへさらに爆炎が重なり覆いかぶさっていく。より巨大に、より強大に―――。
「んな、アホな……」
剣呑な光を放つ五つの銃口、長大で剛健な回転銃身、無骨で角ばった射出ユニット、純白に燃える給弾ベルト。あまりにも巨大でこちらの感覚が狂ってしまいそうなそれは――――どこからどう見ても、
エッチなのはいいと思います