白銀の討ち手   作:主(ぬし)

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男の子は「ガトリングガン」と聞くとなぜか興奮する生き物なんだ。


1-3 機銃

 セーラー服に身を包む黒髪の少女が、自らの気配を完全に消して、バレリーナのようなつま先立ちでそそくさと歩む。彼女が背後に忍び寄るのは、自分と瓜二つの容姿をしたメイド服の少女である。少女の意図を察して、しかし、坂井悠二は口を挟まずに黙してその様子を見守った。メイド服の少女は鼻を埋めるように読書に熱中していて、その柔肩を鷲爪のようにむんずと掴まれるまでまったく気が付かなかった。

 

「サユ、なにをそんなに真剣になって読んでるの?」

「ひゃあっ!?シャナ、急に驚かさないでよ!」

 

 猫のように飛び上がって驚いたサユの顔に、「油断していたのが悪いのよ」とシャナはにんまりと満足げな笑みを見せつけた。決して、サユに襲撃された際に散々追い詰められたことへの意趣返しをしているわけではない。坂井悠二が敢えてシャナの子供じみたイタズラを黙認していたことも、サユによってボコボコにされたことの意趣返しではない。

 シャナとサユ。事情を知らない者が見れば、性格が真反対の双子の美少女が子猫の如くじゃれ合っているようにしか見えないだろう。だが、一方は人外の戦士『フレイムヘイズ』であり、もう一方はそのコピー(・・・・・)で、しかも中身は少年(・・・・・)なのだ。さらに言えば、未来の坂井悠二でもある。複雑な思いで二人のじゃれ合いを見ていると、不意にシャナがサユの手元からひょいと本を取り上げた。

 

「わっ、ちょっと、シャナ!」

「『世界の火器大全』?なにこれ、図鑑を読むのにあんなに夢中になってたの?」

「なんとも安っぽい書物ではないか」

 

 コンビニでワンコインで買えそうなツヤツヤした装丁の本は、やはりコンビニでワンコインで売られている類いのものだった。表紙とタイトルから内容も推して知るべしなその特集本は、拳銃や小銃から機関銃といった火器について、その歴史や構造、種類までを鮮明なカラー写真付きで事細かに解説している。マニアックなそれをパラパラとめくりながら、シャナはふんと興味なさげに鼻を鳴らす。『贄殿遮那』という業物の大太刀を振るう戦闘スタイルを好み、また得意とするシャナにしてみれば、銃器というのは邪道も邪道である。そもそも、紅世の徒や王に対して通常火器はほとんど効果を示さない。アラストールもまた、500年前の『大戦』の際にも大砲が使用され、せいぜい足止め程度にしかならなかったことを身を以って知っている故に、サユがその本を穴が空くほどじっと観察していることを疑問に思った。だから、異常に勘の鋭い坂井悠二だけがサユの真意を理解してギョッと顔面を引きつらせても、二人ともその理由に想像もつかなかった。

 

「サユ、『トリガーハッピー』を……!?」

「おお、さすがボク。やっぱりわかっちゃったか」

「え?え?どういうこと?」

 

 大きな瞳をさらに大きくして不思議がるシャナの胸元で、先に合点のいったアラストールが「そういうことか」と唸る。

 

「なるほど、贋作物を強化(・・)する際にイメージとして参考にするため、か。アレ(・・)そうやって創った(・・・・・・・・)のだな」

「そういうことだ、頑固ジジイ。……ん?“そうやって創った(・・・・・・・・)”とはどういうことだ?」

「独り口だ、気にするな。それとジジイと呼ぶなと何度言ったらわかるのだ、偏屈者の小僧め」

 

 アラストールとテイレシアスがやいのやいのと応酬を始める。唯一、この場で置いてきぼりを食らったシャナが悔しそうに頬を紅色に染めて悠二をキッと鋭い目で見やる。その可愛らしい仕草に、悠二とサユは顔を見合わせて苦笑する。

 

「ごめん、シャナ。でも、サユの“贋作”って能力と、サユの得意とする存在の力の制御の応用を考えれば、わかるんじゃないかな。僕たちはその片鱗をもう見てるんだよ」

「応用……まさか、」

「うん、シャナが考えてるので正解だと思う」

 

 サユが生徒を褒める教師のようににっこりと笑って、シャナから『世界の火器大全』を受け取ると、パラパラと目当てのページを目指して指を滑らせる。

 

「たしかに、普通の銃なんかを贋作したって、紅世の者たちとの戦いには大して役には立たない。でも、宝具でありながら拳銃と同じ構造をした『トリガーハッピー』は効果がある。存在の力を流し込むことで強化をしてやれば、最強クラスのフレイムヘイズでもそれなりに追い詰められる」

 

 そう言ってウインクするサユに、シャナは苦虫を噛み潰したような表情で抗議する。『トリガーハッピー』を贋作した2丁拳銃には散々苦しめられた。自らのネックを身を以て悟る機会にはなったが、いい思い出とは口が裂けても言えない。自分と瓜二つの姿をした強敵相手にとにかく必死だったのだ。まだあの時の腕のしびれが残っている気がして、シャナは無意識に利き腕の二の腕を労るように擦った。

 

「人間が使う拳銃を贋作するより、拳銃型宝具を贋作して手を加えたほうが紅世に関わる者には効果がある。それはわかる。それで、その『世界の火器大全』はどんな役割を果たすっていうの?」

「うん。ある時、ボクは考えたんだ。“強化って、どこまで出来るんだろう?”って。手応えとしては、限界はまだ感じてない。どんどん存在の力を注ぎ込んで、構造が共通していて、拳銃よりもずっと強い銃器や火器のイメージを押し付けてやれば、『トリガーハッピー』はまだまだ強化できるんじゃないかって」

「そのために、本を読んで“具体的なイメージ”を頭に叩き込んでおこうってことだね」

 

 悠二の助け舟にサユが「そうそう」と同意して嬉しげに微笑む。シャナとしては、理屈は理解できるが、自分とそっくりの少女が坂井悠二と笑顔で見つめ合っていることがひたすら気に食わないので、「で、その具体的なイメージって、なに?」と身を乗り出すようにして両者の間に割って入る。

 

「“贋作師”である俺には無い発想だ。さすがは俺の選んだ契約者だ。俺の慧眼はいつでも冴えている」

「誰も褒めてくれないから自画自賛とは見苦しいぞ偏屈小僧」

「なんだと石頭ジジイ」

「だからジジイと呼ぶなと何度言えば」

 

 またもや音高くゴングの鳴った悪ガキとカミナリ親父の掛け合いを尻目に、サユが目的のページでピタリと指を留める。一つコクリと頷くとニヤリと不敵に唇の片端を釣り上げ、ページを両開きにしてサユと悠二に掲げて見せる。

 

「『トリガーハッピー』をね、これ(・・)にしてみたいんだ!」

 

 ニカッと白い歯を見せて自慢するように見開きページを見せつけてくるサユに、今度はシャナと悠二が見つめ合う。お互いに共通する表情は、苦笑である。どんな末路を辿ろうと、どれだけ姿形が変わろうと、少年であることに変わりないのだと。

 

「やっぱり、中身は悠二なのね」

「やっぱり、中身は僕なんだね」

 

 呆れるような二人の反応に、サユは赤くした頬を膨らませて抗議する。

 

「な、なんだよ、その反応は! いいだろ、カッコイイんだから! カッコイイんだからいいだろ! 男の子はみんな好きなんだよ、一度は持ってみたいんだよ! この───」

 

 

 

 ‡ ‡ ‡

 

 

 

「が、ガトリング機関銃……!?」

 

 少女が自分の身長ほどもある白銀の巨銃をぐんと構える。「ヒッ!?」というのはサルマキスの引き攣った悲鳴だったのか、俺の喉から漏れた呻きだったのか。憤怒の双眸を燃やす少女はやおら引き金に指をかけると、躊躇なく発砲した。明らかに通常のそれではない炎の給弾ベルトが射出ユニットに次々に吸い込まれ、銃身が風を捻じ切らんばかりに回転して轟音と共に超常の弾丸の雨をそこらじゅうに叩き込む。電動チェーンソーが巨木を切断するような耳障りな音が耳朶をビリビリと刺激する。音速を遥かに超過した魔の弾丸が、硬く舗装されているはずのアスファルトの路面を見るも無残に耕していく。

 

「ブッッッ殺ォオ――――ッッッす!!!」

 

 少女は怒りで完全に忘我しているらしい。俺の頭上を弾丸の雨が通り過ぎ、その余波で危うく吹き飛びそうになる。狙いをつけているのではなく、サルマキスがいると思われるところに手当たり次第に攻撃しているようだ。背後で何かが盛大に吹き飛ぶ音がしたが、振り返る余裕なんてない。戦場を逃げ惑う兵士のように頭を押さえて姿勢を低くしながらその場を回避するが、弾丸の嵐はまるで追いかけてくるかのように辺りを灰燼と化していく。視界の隅で、かろうじて形を留めていたレンガ造りのカフェが積み木のように崩れ去る。と思いきや、落下してきた教会の鐘が最期の音色を披露する間もなく一瞬で木っ端微塵に粉砕されて鉄片の雨を頭上に降らせる。天を衝くような轟音に鼓膜を叩かれ、三半規管に穴が開きそうだ。

 

(もうメチャクチャだ!化け物を倒す前に、この街が跡形もなくなくなっちまう!)

 

 俊足を駆使して破壊の嵐から逃れて少女の背後に回りこみ、その腕を羽交い絞めにする。

 

「落ち着け、頼むから落ち着いてくれ!!」

「これが落ち着いていられるか!あの野郎ォ、よくもよくもよくもよくもぉおおおおおお!!」

 

 その矮躯からは考えられない怪力に俺の身体は振り子と化して縦横無尽に振り回される。白熱した回転銃身が大気を燃やして陽炎を揺らめかせ、さらにその速度を増して街を破壊していく。建物は根元から薙ぎ倒され、街灯は残らず吹き飛んでいく。これではどっちが悪役なのかわからない。やっぱり、この少女も日常の破壊者なのだ。

 ふと、どこからか「やれやれ」という低い男の呆れ声が聴こえた。

 

「落ち着け、サユ。残念だが、奴ならとっくに逃げたらしい」

「へ……?」

 

 呆けた声と共に唐突に銃撃がぴたりと止んだ。それ一つで戦車一台分に相当する威力を有した白銀のガトリング機関銃が少女の手の中で音もなく消え失せる。気づけば、サルマキスの気配はどこにもなかった。低い声の男の言う通り、勝てないと踏んだサルマキスはとっとと退散したらしい。

 今度こそ本当に安心して脱力し、その場に座り込む。少女は周囲の惨状を見回して、しばし呆然とした。流れ弾が直撃したのだろう、遠くの家の屋根が破砕音を響かせて落ち込んだ。ひしゃげた水道管から水が吹き出る。もうもうと激しい土煙が湯気のごとく昇り、頭上で立ち込める靄に合流する。あれを最後に、人が住めそうな状態を保った建物はすべて潰えた。爆撃を受けたゲルニカの街の方がまだ原型を保っていたかもしれない。乾いた風が吹いてひゅうと虚しい土埃を舞わせる。

 

「えっと……もしかしてこれ、ボクがやったの?」

「言いたくはないけど、ほとんど君だ」

 

 気まずそうな顔をしてこちらを振り返った少女に俺は頬を引き攣らせて頷くしかなかった。

 

「ド派手にやれとは言ったが、これは少々派手すぎだ。一人フレイムヘイズ兵団でも自称する気か。俺でもさすがに引くぞ」

「ご、ごめん。でも、あ、あんなことされたらさすがのボクでも怒るよ」

 

 空爆でも食らったようなこの凄惨な光景のどこが少々(・・)なのか理解できなかったが、きっとこの少女と姿なき男は、こういうことを何度も繰り返しているのだろう。

いろいろと聞きたいことがあるのだが、それより気になることがある。

 

「なあ、この街はこのままなのか?どうして人間は誰もいないんだ?みんなあの化け物に……?」

 

 まさか、あの恐ろしい化け物は街一つ分の人間を食い殺してしまったのか。俺の不安を察したのか、少女―――サユが微笑んでゆっくりと首を振る。

 

「それは大丈夫だよ。これは『封絶』っていう自在法―――わかりやすく言えば、外界から遮断する結界(バリア)なんだ」

「フウ、ゼツ?」

 

 またもや知らない言葉を聴かされて眉を顰める。俺の知らないことが多すぎる。そんな俺に、サユは「実際に見ればわかるよ」と言って指をぱちんと鳴らした。途端、サユを中心として白炎が舞い上がった。それらは高空まで達すると花が開くように展開し、雪のような白い火の粉を降らせる。世界が乳白色に包まれた。崩れた建物や荒れ果てた路地に火の粉がはらはらと降り注ぐと、逆再生をするかのように元の町並みへと再生させていく。

まるで一つの絵画のようなそれは、奇跡(・・)と呼ぶに相応しい幻想的な光景だった。

 だから、思わず口が滑ってしまった。

 

「―――君は、天使みたいだな」

 

 それを聴いたサユが長いまつげをはためかせ、「ありがとう」と気恥ずかしそうに頬を朱色に染める。今日はたしかに散々な目に遭ったが、この娘に会えたのだからそれもよかったのではないか。そう思ってしまうほどに、その微笑みは可憐で、美しかった。




ガトリングガンを持つ小柄な少女っていいよね。

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