白銀の討ち手   作:主(ぬし)

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 『白銀の討ち手』には過去の“先代炎髪灼眼の討ち手の戦い”に介入するタイムスリップ編というものがありました。その伏線回としてずっと温めていたアイデアをようやく形に出来ました。最初に書き始めてからもう何年も経ちました。けっこう長い時間が掛かりました。その価値があるといいのですが。
 ちなみに『ホセ・ザバーラ』という名前にピンと来た人がいたら、その人は僕と握手しましょう。クライヴ・カッスラー御大に栄光あれ。


【外伝】アラモ砦の天使

16世紀、ドイツ・ブロッケン山

 

 月のない夜。山中の森林を踏み潰し、頭部を持たない鉄の巨人の威容が炎に照らされて揺らめいた。世界に仇なす『とむらいの鐘(トーテン・グロッケ)』の幹部『九垓天秤』が一柱、“巌凱”ウルリクムミである。巨大な巌山に太い手足が生えたようなその姿はまさに襲い来る大自然の脅威そのものだ。その重厚な巨躯から繰り出される大技は凄まじく、剥き出しの岩肌のような堅牢な装甲は果てなく頑強。ウルリクムミは未だかつてどんなフレイムヘイズの攻撃にも微動だに怯んだことはなかった。

 

───だからこそ、初めての衝撃(けいけん)に彼は揺らめき、蹌踉(よろ)めいた。

 

「これは、いったい……!?」

 

 胴体に描かれた双頭の鳥が驚愕の呻き声を発するも、誰の耳にも───彼自身の耳にも届くことはなかった。ドゴン、ドゴン、ドゴン、ドゴン、ドゴン。根太い広葉樹の森を底揺れさせる爆音が間断なく轟く。痛打のたび、見上げるほど巨大な躯体がガクガクと激震する。まさに今、彼の前面の装甲(ひふ)は怒涛の如き鉄弾の打擲に晒され、月面のクレーターもかくやという惨状と化していた。容赦のない攻撃はさらに続き、彼の躯体は砕け、燃やされ、溶け、穿たれ、貫かれていた。弱小な人間たちの作った火薬を用いる武器───大砲(カノン)程度なら、今まで難なく弾き返してきた。燃える黒い粉の爆発力で削り出しの粗い鉄球を弾き出す小癪な兵器は、並の紅世の“徒”ならまだしもウルリクムミのような強大な“王”にとっては歯牙にもかけないものでしかなかった。雄々しい見た目に寄らず誰よりも思慮深く賢しい彼は、この攻撃も同じ原理(かやく)によるものだろうと推測した。

 

「こ、この威力は、なんだ!?」

 

 だが、その破壊力は、文字通り埒外のものであった。永劫に思える長い年月を超えてきたウルリクムミにとっても体験したことのない大破壊の猛打は息をつく暇すら与えてくれない。一撃一撃が非常に重く、鋭く、凶悪だ。けたたましい発砲音は大砲の比ではない。無垢の鉄球ではなくそれ自体が爆発する仕掛けを施された人の頭ほどの弾丸が、滝のような勢いで次から次にドウドウと襲いかかってくる。人間の兵器の機構をしているが、地獄の牙のように紅世の身を食い破る凶悪な破壊力は紛れもない宝具によるものだった。が、こんな稀有な宝具の存在などウルリクムミは聞いたこともなく、この戦場にこれほどの決戦兵器めいたものが持ち込まれた気配もなかった。まったく未知の宝具だった。

 さらに、大砲なら一発撃つごとに面倒な装薬と装弾の手間がいるはずなのに、この攻撃は一向に中断する気配を見せない。白銀に燃える薬莢を嘔吐するように大地に吐き出しながら、大気を捩じ切らんばかりの勢いで長大な砲身(バレル)を猛回転させ、無数の弾丸を叩きつけてくる。

 

「うぬ、う、うぅおおお!!??」

 

 たまらず腕を防御に繰り出すも、猛威に晒された上腕部の表面がまるでウロコが剥がれ落ちるように粉砕されていくのを見て、さしものウルリクムミも存在しないはずの心臓をゾッと冷たく萎縮させた。このままでは、殺さ(やら)れる。

 彼の動揺を示すように、天に届くほどの巨体がグラグラと震え、足元には先ほどまで彼を構成していた岩石の残骸がバラバラと散らばっていく。この状況が続けばいずれ躯体を躯体の形として保てなくなるのは誰の目にも明らかだった。

 

「嘘だろ、先手大将が」

「そんな馬鹿な」

 

 無敵に思えた切り込み隊長が呻き声をあげて後ずさる光景を、『とむらいの鐘』に属する紅世の“徒”たちは絶望の顔で見上げる他なかった。自軍の士気が見る見る落ちていく気配を背中で察するも、ウルリクムミは胸板を抉り取る攻撃に耐えることしか出来ない。反撃の糸口を見つける余裕など与えてくれない連続砲撃は、彼以外では受け止めることも出来ないだろう。彼が自分の命可愛さに避けてしまえば、苛烈極まる火線はそのまま目標を変えて容赦なく自軍を襲うことになる。一撃一撃が、一体一体の紅世の“徒”を倒せるだけの威力を間違いなく有しているのだ。そうなれば一方的な虐殺が待っている。彼我の戦力差は取り返しがつかなくなるほど覆されてしまい、勝敗は決してしまうに違いない。味方(なかま)の損害を防ぐためには、形勢を維持するためには、彼がその身を未知の兵器の前に晒し続け、わずかな余命を消耗し続けるしかないのだ。にっちもさっちもいかない狭間に蹴落とされたことを理解したウルリクムミは愕然とした。

 

「なんなのだ、これは!!!」

 

 彼は知らなかった。知りようもなかった。白銀に燃える(・・・・・・)その大砲が、これから400年後の未来において誕生する史上最強・世界最強の対戦車連装機関砲(・・・・・・・・)───GAU−8(アヴェンジャー)ガトリングキャノンであるということを。

 

「貴様はいったい、何者だ───!?」

 

 優勢から一転して防戦一方に追い込まれたウルリクムミが、生きながら身を磨り潰される苦痛に悶えながら叫ぶ。彼の咆哮が向く先で、白銀の炎を巻き上げて駆動する機関砲の引き金を引くフレイムヘイズが不敵に笑った。白銀の翼を羽ばたかせ、純白の長髪を大きく翻して、()()()()()()()を口にする。

 

さようならだ(アスタ・ラ・ビスタ)、ベイビー!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

21世紀、アメリカ・テキサス。

 

 警備員のホセ・ジュニア・ザバーラは、アメリカにも神殿は存在すると考えていた。それがこの『アラモ砦』だ。

 18世紀にメキシコ共和国からテキサスが独立する戦争があった。その主戦場の一つとなった元教会は、その堅牢さから軍事用の砦へと改造され、壮絶な戦闘による数多の男たちの最期の輝きを見てきた。この『アラモ砦』は、テキサス人にとって象徴的な聖域だ。ここに立て籠もっていたテキサス独立軍182名はその全員が死闘の末に戦死し、メキシコ共和国は一時的な勝利に酔いしれた。そして、テキサスを失った。メキシコ系アメリカ人であり生粋のテキサスっ子であるホセは、この神殿の夜間警備員となってからずっと複雑な思いを抱いて冷えた夜気の中を巡回していた。

 月が不在の夜、最低限の照明のみに照らされた砦跡に乾いた風の唸り声が厳かに吹き通る。まるで大自然がここで命果てていった男たちに敬意を示しているかのようだ。毎晩、この場所は単なる記念施設ではないと思い知らされる。休暇に訪れたギリシアのパルテノン遺跡や、日本の伊勢神宮(イセテンプル)のような心身を引き締める厳格な雰囲気が腰を据えている。

 

「───ありゃあ、なんだ(ディオス・ミオ)?」

 

 だから───天使(・・)が城壁塔にちょこんと腰掛けていたとしても、不思議はないのかもしれない。

 

なんてこった(マドレ・ミーア)!)

 

 驚愕にあやうく手から滑り落ちそうになった頑丈なLEDライトを掴み直すと、ホセは即座にスイッチを切る。そして流れる水のように滑らかに身を乗り出すと、50代半ばに似合わない踊るような身のこなしで物陰に肩を押し付けた。

 ホセの血筋を過去に辿ると、スペイン軍人とマヤの女傑戦士の間に生まれた男に行き着く。先祖は、何を思ったか傭兵となってマスケット銃片手に遥々欧州くんだりまで馳せて華々しく戦った物好きだったという話だ。その血を誇るように、ホセの猪首はがっちりとして、目はラテン系を示すように顔の奥に引っ込んで鼻筋と顎は厳ついが、己がマヤ人の子孫であることを忘れない肌はクルミ材のように濃いブラウンをしている。

 彼の家系は代々、何かしらの戦士を稼業としていたし、ホセ自身も5年前に上官に惜しまれながら退官するまでアメリカ海兵隊一等軍曹(ガーニー)として地に足のついた立派な軍歴を歩んでいた。その際に培った経験を必死に肉体の底から掻き出しながら、この5年間の不摂生でこびりついた腹回りを引きずって天使の背中に近づいていく。

 祖父の(オールド)ホセはよく幼い自分に教えたものだ。「偉大な先祖(グレート)・ホセはこう言っていた。コツは自分が猫になったと自分自身に言い聞かせることだ」。

 

(そう、俺は猫だ。俺は猫。ニャアーゴ)

 

 相変わらずこちらに背を向ける天使は、月の代わりでも肩代わりするように煌々と白銀に輝いていた。もしホセがあと30歳も若ければ、壁をよじ登って手を触れられそうなところまで距離を詰めていく。チラチラと銀色の火の粉が降り落ちてくるが、試しに触れてみても熱さはなく、実態のない雪の結晶のように掴むことが出来ない。

 天使は、最新のコンピュータグラフィクスですらけっして再現できない、浮世離れした神々しさを夜の空に燦々と放射している。腰まで伸びる優美な長髪はミルクのような純白、背中から左右に広がる翼は澄み切った銀色。炎のように揺らめく大きな翼に比べ、その肢体は小さく、華奢だ。

 

子ども(ムチャーチョ)だ。女の子だ)

 

 ホセは目を見張った。巨漢のホセからしてみれば虚弱にすら思える体つきだが、肉付きはほのかにふくよかだ。腰回りを見てみれば、骨盤がわずかに左右に張り出している。性別は女であるようだ。天使の少女。人間界に興味本位で降りたものの、迷子になってしまったのだろうか。

 ホセの脳裏に急に娘のことが思い出された。一人目の(ワイフ)との間に生まれた三女、ニーナ。ニーナが迷子になった時、夕暮れ時の公園のベンチで一人ぼっちで泣いていたのをホセが必死になって見つけ出したのだ。ホセの胸はたちまちの内に切なさに締め付けられた。

 勇気というより義務感に急かされ、ホセは天使に声をかけてみることにした。だが、ふとして湧いた疑問が彼の首を斜めに傾けた。天使は人間の言葉が理解できるだろうか。スペイン語、英語。どちらも母国語として流暢に話せる。日本語も、まあ挨拶程度なら行ける。アリガトー。サヨナラー。ヤキトリー。スミマセンー。さて、どれが気が利いているだろう?しばし顎に手を当てて悩んだあと、ホセは持ち前の性格を発揮することにした。当たって砕けろ、だ。ウーラー。

 口が動くままに任せ、ホセは物陰からふてぶてしい猫のようにノシノシと歩み出ると、警戒させないよう努めて気さくな調子で頭上の天使に話しかける。

 

やあ(オッラ)天使様(アンヘル)。失礼ですが、もしかして迷子ですか?」

 

 英語は万国共通だ。神世が“万国”に含まれるかは定かではないが。

 ホセは天使の意表をついたと思っていた。だが、長髪を靡かせながらさりげない仕草で振り返った天使の眼差しを見て、イタズラを見透かされたジュニアハイスクールの未熟な男子生徒のような気持ちを味わった。

 

「こんばんは。ずいぶん大きな猫さんですね」

 

 ふっと口元を柔らかく綻ばせ、天使は流暢な英語で優しく返した。見てもいないはずなのに、ホセの猫を意識した動きをしっかりと知覚していたらしい。見抜かれていたことを理解して、ホセは「まいったな」と後ろ頭を掻いた。これは一杯食わされた。人間如きが天使を欺こうとすることが間違っていたのだ。

 穢れのない真珠のような瞳を前に、ホセはセキュリティ会社のロゴが刺繍された帽子を脱ぎ、経験な信者のようにそっと胸に当てる。ホセの家系は少なくとも300年前からカトリックだった。

 

これは失礼を(ディスクルペ)。驚かせてはまずいと思いまして」

 

 天使の顔貌をそれとなく観察する。実に美しい少女だった。アジア系に属するような造形だが、高い鼻筋はしゅっとして形が良く、目鼻立ちもハッキリとしている。どこの文化圏でも十分に美少女で通じるに違いない。ブッダのような柔和な表情が似合うものの、目つきや口元のパーツはキッとしてやけに鋭い。気は強くないが、怒らせると怖そうな印象を覚える。服装は中世欧州の給仕(メイド)そのものだ。胸元にぶら下がる大人っぽいペンダントが、少女がオシャレのために精いっぱい背伸びしているようで微笑ましい。

 

(人形みたいだな)

 

 印象深いのは、染み一つない完璧な肌。完璧すぎてやけに造り物めいてもいる、と直感は言っている。天使は神の創造物だ、当然なのだろう。人間の域を超えた美を体現していて、ホセは思わず見惚れそうになった。年頃は、12、13歳頃と判別できた。もっと下かもしれないが、自信はない。二人目のワイフの間に生まれた次女のガメーが同じくらいの年頃なので、きっとそのくらいだろうと検討をつけた。

 

「それにこのご時世、手の込んだドッキリかもしれないと疑ったんです。ほら、ユーチューブとか。ユーチューブ……ご存知かな。ところで、私はホセ・ジュニア・ザバーラ。このアラモ砦の夜間警備員です。天使様にお会いできて光栄ですよ」

 

 言って、深々と頭を下げる。人間から敬われるのは久しぶりなのだろうか。“天使”と呼ばれた少女はくすぐったそうに腰をもじもじと動かし、人差し指を顎に当てて何事か悩んだあと、ふふっと穏やかな微笑みを零した。

 

「無理もないですね。ユーチューブ、知ってますよ。たまに見ます。こちらこそ、変なところに座ってしまってすみません、ザバーラさん。ボクはサユと言います。天使の仲間みたいなものです。ちょっと迷子になってしまって、ここで休憩させてもらっていました。ご迷惑でしたか?」

「滅相もない。砦に箔が付くってものですよ」

 

 天使もユーチューブを見るのか。創業者も喜ぶことだろう。

 さて、天使の名前は“サユ”というらしい。なんとなく、ロシアっぽくもあり、中国っぽくもある。英語の発音は見事だが、語尾に子供っぽい可愛げのある訛り(アクセント)があった。ホセは在豪基地、在独基地、在日基地に赴任したことがある。訛りの特徴から、天使の少女が操る英語は日本に近いと思った。日本担当の天使なのかもしれない。日本刀(サムライソード)でも持たせれば案外似合いそうではある。

 と、サユという天使が眉をハの字にして、茶目っ気のある笑顔で手元のペーパーブックを掲げて見せてきた。テキサス州観光協会発行の旅行ガイドマップだった。

 

「あの、この『ラックランド空軍基地』にはどうやっていけばいいんでしょうか?」

 

 その基地には海外派兵からの帰国の際に何度か世話になったことがあったので、ホセはすぐに場所の検討がついた。中規模だが、居丈高な空軍にしては気のいい連中の集まる基地だ。

 「ダウンタウンの向こうです」と基地の方角を指し示そうとした指が、曇った表情とともにピタリと動きを止める。天使が空軍基地に何の用があるのだろう?

 

「……ひょっとして、サタンの奴原(やつばら)めがついに兵を起こしたんですか?」

 

 聖書に名高い終末戦争(アルマゲドン)が始まるというのか。息を呑むホセの問いに、天使はしばし返答に悩み、頬を緩めて「今はまだ」とだけ濁した。ホセは見るからに訝しげな顔を浮かべ、不安を隠さなかった。彼の愛する合衆国は神との軍事同盟は締結していなかったはずだ。少なくとも、今は。

 ホセは居住まいを正して懇願する。彼は全ての優秀な軍人がそう思うように、自らの不用意な政治的発言によって天界と魔界の戦争に祖国が巻き込まれることを恐れた。

 

「天使様、せっかく我が合衆国軍を頼りにして舞い降りて頂いたところを恐縮なのですが、天界での戦争に我が軍の力を必要とするのであれば、その際はまず合衆国大統領に話を通してもらう必要があります。大統領の命令無くてはご協力出来かねます」

 

 ふと、ホセは天使の眼差しに大人びた気配が差すのを見た。幼い見た目よりずっと賢しげな、複雑な光を湛えている。こちらの事情も察してくれていそうだと見て、彼はジョークも混ぜてみる賭けに出てみた。

 

「……その時は『敵はロシアだから』と言えば、今の大統領は首を縦以外には振らないでしょう」

 

 天使は一瞬だけキョトンと目を丸くし、やがてクスクスと笑った。ジョークが天使にも通用したことにホセは密かにガッツポーズをして、自らのウィットのセンスに自信を強めた。同時に、この天使が冗談の通じる話しやすい相手であることを確信した。ジョークがわかる相手との会話は好きだ。彼は天使に対して饒舌になることを自分に許した。

 

「ご心配なく。こちら側の戦いにお国の兵隊さんの力を借りようとは考えていません。ボクたちはむしろ貴方たちのような人間を護るために戦っているのですから」

「では……我が軍の基地に何用でしょう?もしや、見学ですか?」

「ええ、そうなんです。人を食べる“悪魔”との戦いに役立つ知識を求めていまして。出来ればこっそりと見て回りたいのです」

 

 天使が米軍基地を見学とは、なんとも誇らしいことだ。空軍の連中はさぞ鼻高々になることだろう。キリスト教会と縁故の深い今の大統領が知ったならホワイトハウスを訪れる他国の首脳たちを放ったらかしてエアフォース・ワンで飛んでくるに違いない。しかし、そんなゴタゴタをこの天使が望んでいないことは、彼女の控えめな表情を見れば火を見るより明らかだ。だからこそこんなド田舎の基地に来たのだろう。祖国への忠誠心と信仰心を天秤にかけ、ホセは大統領にも知らせないことを決めた。

 

「武器をただ見るだけでいいのです。勝手に持っていったりしませんし、ましてや触ったりもしません。“今後の参考”としてこの目で見ておきたいだけです。本や映像ではどうしても細部までイメージがしづらくて」

なるほど(ブエノ)

 

 見学だけというのなら別に害は無いだろう。この天使からは不思議と害意は微塵も感じない。それどころか無害な小型犬にも似た無防備な雰囲気すらあった。悪魔との戦いにアメリカ製の武器が参考にされるというのなら素晴らしいことだ。

 ホセは基地の方角とおおよその距離を身振り手振りで教えたあと、興味本位で話を掘り下げてみることにした。

 

「見たいのは分隊支援火器(SAW)とか汎用機関銃(GPMG)ですか?」

 

 ホセは銃身を支える二脚をジェスチャーで示し、海兵隊時代に自身が愛用していたM60機関銃を空中に図示する。最強のイタリア移民(シルベスター・スタローン)が映画で乱射していたアレだ。

 

「いいえ、もっともっと強くて大きなものを見たいのです」

 

 小さく首を振った天使が細腕をいっぱいに広げてみせる。その可愛らしい仕草に癒やされて微笑みを浮かべた直後、ホセは悩んだ。強力な個人用火器というとM60くらいだろう。ホセが退役したあとの海兵隊にはもっと強力で最新の武器が配備されたかもしれないが、そもそも空軍基地には重武装の海兵隊は常駐していない。歩兵が持てる火器の備蓄はたかが知れているだろう。天使が求めるものがあるとは思えなかった。顎に手を当てて困り果てる様子のホセに、天使が助け舟を出す。

 

「こう見えてもボクは力持ちです。人間にはとても扱えないような兵器でも構いません」

 

 超常の存在である天使が見た目よりずっと馬力があったとしても不思議はない。ホセはすぐさま答えをはじき出した。そうとわかれば、空軍らしい兵器があるではないか。

 

「では、機関砲(オートキャノン)一択でしょう。ラックランドには米軍において最大かつ最重量、そして最強の対戦車機関砲『アヴェンジャー』を積んだ攻撃機がありますよ」

 

 『アヴェンジャー(GAU-8)』は、対地攻撃航空機A-10サンダーボルトⅡの下部にマウントされたゼネラル・モーターズ製の連装機関砲(ガトリングキャノン)だ。この機関砲のためにA-10が造られたといっても過言ではない。事実、A-10の重量の3分の1はアヴェンジャーが占める。戦車キラーとして生誕した回転する7砲身からは毎分3900発もの劣化ウラン製徹甲焼夷弾が初速1067毎秒メートルという超高速で吐き出される。撃たれる側は一秒が永遠に感じられるほどの地獄の大連射であり、これに耐えられる戦車など地球上にはこれまでもこれからも存在しない。着弾点が3メートル以上離れていたのに模擬敵兵(マネキン)が粉微塵になってカケラも残らず消滅したという話もある。大威力故の反動の大きさから、飛行中にアヴェンジャーを連射すると機体が後退するという噂まであるほどだ(実際は後退しないが減速するし、衝撃(リコイル)で10トンの機体が跳ね上がるらしい)。

 ホセが自軍の装備を自分の知る限りの知識を総動員して自慢げに説明してやると、天使は「それはいいですね」と少年のように瞳を輝かせて話に聞き入った。

 

「素晴らしいですね。さすがにボク一人では運用できそうにないですが、使いようによってはとてもとても役に立ちそうです」

 

 この少女のような天使たちが力を合わせて巨大なアヴェンジャーを担いでド派手に乱射する浮世離れした光景を想像する。天使が悪魔との戦いに自社の製品を役立てることを知ったゼネラル・エレクトリックのCEOはどんな反応をするだろうか。きっと狂喜乱舞するに違いない。知らせてやりたいものだ。

 ホセがクスクスとほくそ笑んでいると、不意に、地鳴りのような低い声が砦に響き渡った。

 

「サユ、さっそく行ってみようじゃないか。人間がここまで自慢するのだ。さぞかし強力に違いない。天壌の劫火(がんこジジイ)に自慢してやる」

「て、テイレシアス!このタイミングでお前が声を出したら……!」

 

 天使が己の胸元のペンダントをギョッとして見下ろした。ホセは天使よりもさらにギョッとした。驚愕が迫撃砲の至近弾を食らったみたいに背筋を突き抜けて肉体がビリビリと震える。どこからともなく聴こえたその声は、まるで心の水面に岩を投げ込まれて波紋が広がるような、非人間的な威厳を具えた壮年の男のものだった。姿かたちは見えないのに、まるでそこにいるように間近から聴こえた。魂に染み付いた信仰心が、熱湯をぶっかけられた形状記憶合金のように肉体をピンと直立不動の姿勢に硬直させる。

 

「ま、まさか、今の御声(みこえ)は、」

 

 天使(アンヘル)と出会えただけでも奇跡的なことなのに、まさか全能なる父───神様(ディオス)の御声まで耳に出来るとは!なんて神秘的な体験なのだろう。神の御声を聴いたなど、時代が時代なら聖人と称されて銅像が建てられてもおかしくない栄誉だ。

 ホセは限界を超えた歓喜に打ち震えて絶句する。精神という器が幸福で瞬時に満たされた。そんな信心深い彼を見て、天使は何故か焦り顔で胸元のペンダントをいたずらっ子の額にするように指でペチリと弾いた。白い翼が気まずそうにゆさゆさと揺らめく。

 

「おうおう、迷える子羊よ!贋作はいいぞ!汝、贋作を愛せ何をするモガモガガ」

「あ、あはは。すみません、ザバーラさん、お騒がせしました」

 

 ペンダントを力いっぱい握りしめた天使が、なぜだか申し訳なさそうにそそくさと立ち上がると翼を左右に広げる。光の粒子が舞って、夜闇を背景に銀河の輝きを生み出す。一流の宗教画の如き神々しい光景を見せつけながら、天使はホセの前から唐突に去ろうとしていた。ふわりと天使のつま先が砦から離れて、ホセは焦った。もっと話をしてみたかったし、神の御声をもっと耳にしたかった。しかし、人間(われわれ)を悪魔から護るために戦ってくれている神の使徒を自分の都合で引き止めるわけにもいかない。ならば、せめて激励の言葉の一つでも掛けるべきだ。

 彼の喉をついて出てきたのは、ザバーラの家系に先祖代々伝わる鼓舞の文句だった。

 

「“貴方たちに(・・・・・)天下無敵の幸運を(・・・・・・・・)”!」

 

 口にしたホセの胸が我知らず熱を持つ。先祖の誰が、どこの誰から仕入れたのか、いつの代から伝わっているのかは定かではない。だが、不思議と魂を熱くして心にジンと感じ入るものがあるのは、連綿と続く彼の血筋を辿った先の祖先の誰かが重要な局面で耳にした、重みのある台詞だからに違いなかった。

 言われた天使は、はたと一瞬だけ目を丸くすると「ありがとう、いい言葉ですね」と微笑んで自分の胸に丁寧に染み込ませる。

 

「それでは、ホセさん。因果の交差路でまた会いましょう」

「ええ。さようなら(アディオス)白銀の天使様(アンヘル・デ・プラータ)

 

 そして、サユという名の可憐な天使は夜空へと飛び立った。空中でさっと外套(マント)のようなものを翻したのを視認した次の瞬間には、ホセの視界から消え失せてしまっていた。彼は今夜に起きた神と天使との逢瀬を決して他人に語るまいと堅く誓った。言っても、きっと誰も信じないだろう。それに……この特別な体験を自分だけのものとして独占しても、きっと罰は当たらないだろう。ホセは高らかに口笛を吹きながら、上機嫌で警備を再開した。

 ホセにとって、天使(サユ)と出会う因果の交差路は2度目(・・・)であることなど、彼は知る由もなかった。

 

 

 

 

 

 

 

16世紀、ドイツ・ブロッケン山

 

 

 存在の力を練り上げ、フレイムヘイズ兵団の“対ウルリクムミ用決戦兵器”───白銀色の贋作『アヴェンジャー』が完成へと近づいていく。大木を横倒しにしたような巨大な兵器を見上げて、クルミ材のようなブラウン色の肌をした一人のフレイムヘイズが四角い顎を撫でながら感心深気に話しかけてきた。

 

「飛び入りのお嬢ちゃん、アンタの宝具は凄いな。連装機関砲(ガトリングキャノン)、だったか。これは本物じゃなくて贋作だというが、俺のマスケット銃よりもずっと洗練されているな。なんていうか……そう、未来的(・・・)だ。ぜひ本物を拝んでみたいもんだぜ、“白銀の天使殿(アンヘル・デ・プラータ)”」

 

 そのスペイン語混じりの台詞と太い声音に聞き覚えがあることに気が付き、白銀のフレイムヘイズは控えめに問う。

 

「……あの、失礼ですが、貴方の名は?」

 

 待ってましたと言わんばかりに猪首の上に乗っかる厳しい顔をニカッとした笑みでいっぱいにし、いかにも男男しい容姿のフレイムヘイズが自慢気に己の厚い胸板を親指で突付く。

 

「俺か?俺はホセ・グレート・ザバーラ。輝けるスペインと偉大なるマヤの混血さ。この大激戦だ。お互い長生きは出来んかもしれんが、まあ、武運長久を願おうや」

 

 白銀のフレイムヘイズは、しばしの間ポカンと口を開けて、大きな目をさらに大きく丸くする。そして、クスッとわずかに微笑みを零した。

 

「……因果の交差路で、また会いましたね」

「あん?」

「いいえ、なんでもありません。武運長久を祈ります。でも、きっと貴方は長生きすると思いますよ」

 

 訝しげに片眉を跳ね上げたフレイムヘイズに、白銀のフレイムヘイズは久しぶりに満ち足りた笑顔を咲かせた。




『理想の聖女? 残念、偽聖女でした!』の書籍化、おめでとうございます!!
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