白銀の討ち手   作:主(ぬし)

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思いのほか、この『白銀の討ち手』を覚えてくださっている方が多いことに、驚きと嬉しさを噛み締めています。中には「これを読んでTSにハマった」と言ってくださる方がいて、それにはなんとも言えない達成感のようなものを感じます。僕自身、他の作者さんの素晴らしいTS作品を読んでTSにハマっただけに、自分もまた同じ橋渡し役になれたのだと嬉しく思います。皆さんのコメント一つ一つが励みになります。ありがとうございます。


1-6 着替

「あれ?」

「どうした、坂井悠二」

「今『ぎにゃぁー!』っていうカエルが潰されたみたいな悲鳴が耳に入った気が……」

「わけがわからん」

「はは、僕もそう思う」

 

 苦笑しながら、僕は服を探す作業を再開する。ここは、市内で一番大きなホームセンターの屋上倉庫だ。コンテナほどの倉庫の中に整然と積み上げられた段ボールの中には売れ残った在庫処分待ちの商品がぎっちりと詰められている。

 

「よくこんな場所を知っているな。お前、コソ泥でもしていたのか?」

「違う!前に学校の行事で、このホームセンターを調べたことがあったんだ!」

 

 それはすまなかったな、と悪気に思っている様子なんてまるで無いようにカラカラと笑うテイレシアスさんを放って、学生服の袖で額の汗を拭う。上空からの太陽の熱波を容赦なく浴びる倉庫の中はひどく暑くて、サウナのようだった。そういえば、池たちと同じグループでここを調べた時も、たしかこのくらい暑かったっけ。あの時はさすがのクールキャラの池も暑さでメガネを曇らせてフラフラしていた。それを田中や佐藤がからかって、吉田さんは心配して、池が照れてさらに顔を真っ赤にしていた。

 

「……あれ」

 

 楽しかった昔を思い出して、思わず笑いがこみ上げてきて―――そして、涙が溢れてきた。

 ここに僕の居場所はない。この時間にはこの時間の坂井悠二(・・・・・・・・・)がいて、僕が知る大切な人たちは、僕を知らない。彼らが慕うのは坂井悠二であって、僕ではない。僕がどんなにみんなを想っても、その想いは決して届きはしない。それは、シャナにも当てはまる。僕がこの世で一番大切に想う少女に、僕は僕として認識さえ、してもらえない。涙と汗が頬の表面でないまぜになって伝い落ち、ダンボールにマーブル模様を記していく。

 

「……坂井悠二。俺から助言をするならば……お前はこの地を離れた方がいい」

 

 テイレシアスさんの助言も、アラストールと同じくらい適確だった。僕は本来ならここにいてはいけない存在だ。無用な混乱を生じさせるだけだ。何より、一度捨てた故郷に再び腰を据える気には到底なれない。いるべきではないし、いる必要もない。ここには強力なフレイムヘイズが何人もいて、敵から零時迷子を護っている。頬を濡らす涙をさっと拭うと、僕はコクリと頷く。

 

「僕も、そう思う。街を見て回って僕の記憶と合致したなら、準備して、この街を離れる」

 

 淡々と、それだけ告げた。テイレシアスさんの返事は、「そうか」だけだった。それは、今の僕にとっては最高にありがたい気遣いだった。それからしばらく、薄暗い倉庫の中に、黙々と服を探す音だけが響いた。

 

 

 

 

 

「うう……」

 

 泣く。ひたすら泣く。鈍く光を反射する倉庫の扉に映り込む自分の情けない様相を目にして目の幅いっぱいの涙が流れる。

 そこに映っているのは、薄水色のチャイナドレスとその上に学生服を着たシャナだった。身体を包む薄手の生地に余裕はなく、ピッタリとフィットして身体の曲線を際立たせる。側面を見れば、ももの付け根辺りまでスリットが入っていてかなりきわどい。見ただけで張りのある肌だとわかる白い太ももに、思わず歯型を入れてしまいたい衝動が湧いてきて生唾を飲み込んでしまう。どこからどう見ても痴女だ。もちろん、着たくてこんな服を着たわけではない。……もちろん。

 

「な、なんでこんなのしか残ってないんだよ。前に来たときはもっとたくさんあったのに」

 

 タイト過ぎて小さいお尻の丸みにまでくっついてくるドレスを後ろ手に引っ張って少しでも生地を伸ばそうとするも、すると今度は胸に食い込んできてささやかな双丘と先端の突起が目立ってしまう。

 いったいどんな巨悪の意志が働いたのか、何十という着衣がありながら、この矮躯で着れるちょうどいい服がこれしか無かったのだ。残っているものは男性用4Lといったシャナの小さい身体には大きすぎる服ばかり。おそらく、最小サイズの女性用コスプレ衣装かなにかだったんだろう。もしくはデザイナーが変態だったのか。これならダンボール6箱分も売れ残っていたのも頷ける。チャイナドレスだけではあまりに恥ずかしいのでとりあえず上に学生服を着てはいるが、後々悠二に返さなければならなくなる。そうなると、チャイナドレスだけで行動しなければならなくなるわけで。

 

「ぶはははは!よく似合っているぞ!」

「黙っててくれ!」

 

 テイレシアスさんの喜悦極まる爆笑に一喝して、人差し指でペンダントをぺちりと弾く。こんな服を着る羽目になったら誰でも泣きたくなる。母さんには息子のこんな恥ずかしい姿は絶対に見せられない。靴はミリタリーチックなカーキ色のブーツしかサイズが合致するものがなかった。ブーツを履いたチャイナドレス少女って、まさに漫画のようじゃないか。

 しかも、しかもだ。どんなに探しても、段ボール全てをひっくり返しても……男性用の下着は発見できなかった代わりに、女の子用の下着なら段ボール二つ分もあって選び放題だった。何者かのどす黒い意志が働いているとしか思えない。どの道、丈があまりに短いチャイナドレスでは履きなれたトランクスなんか穿けるはずもなく、僕は今まで感じたことのない背徳感と罪悪感を感じながら、一番生地が多くて肌が隠れる白いショーツを選ぶと、片足立ちになりながら慣れない手つきでそろそろとそれを穿いたのであった。

 

「唯一の救いは、ブラジャーが必要なかったことかな」

「それを本人の前で言ってみろ。おもしろいことになるぞ」

「ははは。そうなったら僕らはナマス斬りのうえに丸焦げにされちゃうだろうけどね」

 

 はっはっは、と笑っていたテイレシアスさんは、僕が冗談を言っているのではないと気づいて黙った。シャナなら本気でやりかねない。さっき見つけておいた白いリボンを手に取ると、長い髪をまとめておさげにする。髪を結った経験はなかったので多少手間取ったものの、なんとか後ろでまとめることができた。腰まで伸びる長髪というのは、見ていると本当に綺麗だけど、いざ自分の身になるととても重い。いっそのこと切ってしまいたいと思ったものの、それはシャナに申し訳ない気がしたのでやめておいた。準備を終えて最後に扉を覗き込むと、おさげ髪のチャイナドレスを着た美少女がこちらを覗き込んで来る。

 

「紅世の王の俺がこんなことを言うのもなんだが、けっこういい感じだぞ。完璧な美少女だ」

「嬉しくない」

「お前は本当におもしろいな。いい反応をする。俄然、お前に興味が湧いてきたぞ」

 

 まったく褒められている気がしないお褒めの言葉にうな垂れながら倉庫の扉を閉めると、僕は硬いブーツ底でトンと地面を蹴った。途端に背に炎の翼が顕現する。超常の力の塊である炎の翼は重力を簡単にねじ伏せ、僕の身体を一瞬のうちに天高く舞い上がらせた。茹だるような生暖かかった空気が疾風と化して身体中の汗を吹き飛ばす。学生服一枚で出歩くのもチャイナドレスで出歩くのも、感じる恥の大きさに違いは無いと思う。ずっと空を飛んで探索したいところだけれど、存在の力をリセットして元の量に復活できる『零時迷子(永久機関)』を失った僕の存在の力には限界がある。むしろ贋作の身体である分、シャナのそれに比べて限界値が下がっている可能性もある。御崎市に、なるべく人に出会わないような道なんかあっただろうかと、僕は人ごみだらけでわいわいと活気付く眼下の街の賑やかさを呪った。




ぼくTSムシャムシャ君!!TS読むの大好きさ!!最近のオススメは「異世界美少女受肉おじさんと」!!これもう最高!!単行本早く出せよ!!!出してください!!!

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