白銀の討ち手   作:主(ぬし)

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もしかしたら気がついて下さっている方もいるかもしれませんが、こちらに転載するにあたって、地の文や心理描写や台詞といったものを加筆修正しています。当時は読んでいて恥ずかしいと思われるような描写を削ったり、足りない描写を付け加えたり、おかしな口調を統一したりしながら投稿しています。少しでも良い作品になっていれば幸いです。


1-7 過信

 知り合いに会うことは避けねばならなかったし、何よりこの格好で人ごみを歩く趣味はなかったので、比較的人気の少ない裏通りを記憶から呼び出して移動することにした。パチンコ屋だったり、夜間に営業を行うそういうお店(・・・・・・)が立ち並ぶ裏通りは、夜になると看板から迸るネオンの光で昼間のように輝いているが、今はそびえるビルの影で薄暗く、通行人も少なく閑散としている。僕のような学生はお呼びじゃないエリアだけど、人知れず移動するには絶好の通路だ。

 だけど、こういうところには僕とは違った理由で堂々と表通りを歩けないような人たちも集まるわけで。

 

「なあ、その格好、もしかして誘ってんの?だったら俺たちと一緒に―――」

「誘ってませんお断りしますさようなら」

 

 もう何度目かもわからない怪しげなお誘いを速攻で拒否してさらに歩を速める。ただでさえ暑いのに、わけのわからない男たちと一緒に歩けるわけがない。見た目はこんな露出狂一歩手前の女の子だけど、中身は立派な男なんだ。

 纏わりつくような暑苦しい視線から一刻も早く逃げ出そうと顔をうつむけて歩幅を広げる。と、先ほど話しかけてきた若い男たち───といっても高校生か大学生くらい───の顔から日蝕のようにさっと笑顔が消え、代わりに下卑た別の笑顔に変わった。仲間同士で目配せして何かを確認するとハイエナのように素早く僕の周囲を取り囲む。その目は僕の顔ではなく身体を舐め回すように縦横に蠢いている。その視線に慣れてきた自分の順応力の高さに心の中で拍手しつつ、視覚以外の感覚で周囲を探る。幅3メートル、長さは30メートルほどの室外機に挟まれた裏路地は、僕と男たち以外に人影はない。

 

「……なんのつもり?」

 

 一応聞いておく。こういう輩が裏通りで女の子を囲んでやることと言えばたいてい決まっているのだけれど。

 

「別にヤラしいことしようってわけじゃない。ただ、こんな危ないところを女の子一人が出歩くのはよくないからお兄さんたちが保護してあげようと思ってさ。なあ?」

 

 リーダーらしき正面の男が仲間に同意を求める。示し合わせたように、全員がヘラヘラと笑いながら相槌を打つ。チラと横目で周囲を観察すれば、20歳を過ぎでいるであろうリーダーを除いて、ほとんど全員がまだ幼い顔立ちだ。その内の一人はかなり若く、この世界の坂井悠二とほぼ同学年のように見えた。少し目を凝らせば、孔を開けたばかりらしい耳のピアスホール周辺が充血しているのが痛々しい。どうやら初めて集団で少女を襲う行為に参加するらしく、強がって笑顔を作りながらも全身に緊張が見て取れる。

 

(僕は、こんな奴らを護るために故郷を捨てたのか?)

 

 頭の芯が急激に熱くなるのを感じる。“戦う”という選択肢を浮かべた瞬間、戦闘回路のスイッチが叩き込まれ、心臓がポンプとなって筋肉に血液を送り込む。元の身体より一回り以上小さいサイズの肢体のせいで一挙一投足に違和感が絶えなかったが、こうして地上を移動している間にほぼ馴染むことができた。今なら、フレイズヘイズの膂力でこいつらを懲らしめてやることだって容易いはずだ。それに、自分の意識と肉体のサイズ感を完璧に適合させないと、これから先、自分の身を護ることだってきっと覚束ない。むしろこれをチャンスと捉えるべきかもしれない。

 以前の、シャナに出会う前のひ弱な僕なら、こんな状況に陥れば言われるがままにジャンプして有り金を一銭残らず差し出していただろう。だが、今は違う。僕はシャナ(・・)になった(・・・・)んだ。

 

「他はともかく、アンタはもうお兄さんって歳じゃない。昼間っから子どもをくだらないことに引き込む前に、ちゃんと仕事したら?」

「……あ?」

 

 気にしていたのだろうか、男の表情から気取った笑みが消えた。その顔にもはや理性はない。まさに獲物を威嚇するハイエナそのもののようにこちらを睨み据えながら、僕を挟んで男の正面、つまり僕の後ろにいる男たちにじろりと目配せをする。そんな微かな動作すら見逃さず、僕は思わず口元に余裕の笑みを浮かべる。

 

(やめたほうがいいのに)

 

 ふっと鼻で小さく嘆息をする。この不利な状況に追い込んでなお余裕を崩さない獲物は初めてなのだろう。リーダーの表情に困惑の色が過ぎるが、もう後戻りはできないと踏んだのか、わかりやすいほど大きく頷いて仲間に合図を送る。それに重なるように背後から二人が一歩踏み出す足音が聴こえる。その一歩がこちらに飛び掛るための踏み込みであると理解した瞬間、僕は己を竜巻に変え、タイトスカートを翻しながら死神の鎌のような廻蹴を放った。まるで背後の目で見ていたかのように、ブーツの頑健なつま先は狙い通りに男たちの鼻をかすった。一瞬後、眼前を切り裂いた突風に目を白黒させる二人の鼻に一筋の赤い線が走る。一方の鼻にぶら下がっていたはずのピアスが遥か遠くのマンホールに跳ね、場違いに澄んだ音を響かせる。数秒の沈黙。

 

「な……なんだ?コイツなにした?」

「え?鼻が……え?」

 

 慌てふためく男たち。僕の動きが速すぎて何が起きたか理解できていないようだ。再び、今度は大きく溜息をつく。

 

「――はッ!」

 

 視線がこちらに集中した瞬間、ブーツの踵で地面を思い切り踏み叩く。アスファルトの舗装がクッキーのように粉砕され、バラバラになって粉末を飛び散らせる。食い込んだ足を引き抜くと、そこにはチャイニーズシアターに飾られたハリウッドスターの足型そっくりの窪みが深々と穿たれていた。底が堅いブーツを選んで正解だった。「ひぃ」という息を呑む微かな音すらこの身体の聴覚は逃さない。脅しは成功したようだ。

 

「ど、ドッキリかなにかかよ?」

「さ、撮影とかされてんじゃねえの?ユーチューブに投稿するとか……」

 

 今どきの若者は自分の目で見たことすら真実と捉えることができないのか。とは言え、僕が初めてフリアグネの手下である燐子(りんね)に襲われた時だって目の前の出来事が信じられずに足を動かすことも出来なかったのだから、他人のことをとやかく言えた義理じゃない。普通の人間なら、理解を超えた事態には足がすくむものだ。懐かしい記憶を脳裏にチラ見しつつ、唖然と立ち尽くす男たちにトドメの言葉を投げつけてやろうと口を開きかけて、

 

「次は貴様らの頭蓋だ。踏み潰してやるから跪いて頭を差し出せ」

 

 胸元からドスの効いた凶悪な声が発せられた。その声を僕のだと勘違いしたのか、男たちは一気に顔面蒼白となって後退る。そして、

 

「「「ば、化け物―――!!」」」

 

 逃げ去っていった。失礼な奴らだ。シャナがアラストールの声で喋っていたって僕のシャナへの思いは何も変わらないというのに。

 

「うるさいうるさいうるさぁーい!(アラストール)」

「悠二ぃ!(アラストール)」

「強く、なってよぉ……!(アラストール)」

 

おぇえええ!前言撤回!これは絶対にダメだ!混ぜるな危険!!ごめんアラストール、でもこれは受け付けられない!!

 

「ひ、ひっ……」

「ん?」

 

 妄想を振り払って微かな声の方に視線を転じると、そこには腰を抜かした最年少の少年がいた。凹んだ道路と僕の顔を交互に見比べては、冬の海で凍えているように上下の歯をガチガチとぶつける。シャナたちフレイムヘイズと長く一緒にいたため、爆炎が吹き荒れ、建造物が紙くずのように吹き飛ぶ壮絶な戦いを見慣れた僕と違い、年下の少女がアスファルトを易々と踏み砕く光景はかなりショッキングだったようだ。つかつかと少年の前まで歩み寄り、シャナのように冷然と見下ろす。

 

「お前、今いくつだ?」

「じ、16歳、です」

 

 やはり。16の夏休みに悪い大人たちとつるんでうろちょろするとは、こいつのためにも周りのためにもよくない。僕はシャナが説教する様子を思い出すと、射抜くような鋭い視線で少年を睨みつけ、靴底でもう一度路面をズダンと踏み鳴らす。

 

「こんなとこでウロチョロしてる暇があったら、学校行け!」

「はいいっ!!」

 

 手足をバタバタさせながらすたこらさっさと退散する少年。シャナの眼光は普通にしてても鋭いから、睨みつけられた人間は蛇に睨まれた蛙状態となる。僕もそうだった。シャナに凄まれて一喝されたら、教師でさえ思わず後ずさりしてしまう。まだ彼女と初めて出会った頃、体育の授業で横暴な教師を懲らしめたことがあった。「邪魔よ」、その一言であの教師は背筋を震わせていたものだ。それほどの迫力なのだから、相手が年端も行かない少年ならなおさらの効力だ。これであの少年が道を外れずに生きていけばいいのだが。

 良いことをしたという満足感と圧倒的な力を得た優越感に、僕はうんうんと何度も頷く。

 

(今の僕には力がある。常人とは比べ物にならない、“炎髪灼眼の討ち手”という極上の力が。この力があれば、元の時間に―――シャナの隣に帰る方法だって、きっと探し出せる)

 

 希望が見えてきた。そう思えるくらい、フレイムヘイズへと進化した僕は力に満ち溢れていた。

 

「テイレシアスさん、さっきはありがとう。おかげで、あいつらを懲らしめることができた」

「俺もああいう人生の間違った楽しみ方をしている奴らは好かん。俺のように高尚で有意義な趣味を持つべきだ」

 

 贋作作りが高尚な趣味かどうかは引っかかるものを感じるけど、言わないでおいた。しかし、本当に自由人な紅世の王だ。苦笑しながら、ようやく見いだせた希望に向かうように歩みを再開する。この御崎市は、僕が過去に過ごした御崎市となんら変わりなかった。ミサゴ祭りの最中に襲来した紅世の王ダンタリオンとその配下の“燐子”ドミノのせいで崩壊しかけた街は、人々の手によって順調に復興を遂げている。その破壊の痕跡と復興の様子は僕の記憶となんら変わりなく、この世界の坂井悠二が証言した時系列を完璧に裏付けている。やはり嘘は言っていないようだ。

 このまま特に異常を発見できなければ、ここを離れよう。慣れ親しんだ街を再び後にするのは寂しくないと言えば嘘になるが、ここに僕がいるときっとおかしなことになってしまう。

 

(シャナ……)

 

 一目でいいからシャナに会っておきたかった。僕の大事なシャナ。僕を選び、僕が選んだ少女。会って話をしたい。言葉をかわし、その美しい双眸を見つめたい。でも、そんなことをしたら間違いなくおかしな事態が起きてしまう。時間の流れが狂って取り返しの付かないことになりかねない。未来が変わって僕が消えてしまう、なんてことになったらシャレにもならない。御崎市には知り合いが多いし、マージョリーさんのようなフレイムヘイズだってこの先次々に訪れる。自分で言うのもなんだけど、僕は嘘が上手い方ではないから、付け焼き刃の舌先で誤魔化し続けることなんて不可能だ。

 

(───それに、)

 

 消滅寸前に心に焼き付いたシャナの泣き顔が瞳の裏に浮かび、無意識に胸元をぎゅっと抑える。僕が愛したシャナとこの時間のシャナは同じではない。同じシャナで、だけどまったく異なるシャナ。

 

(どんな顔で会えば、いいんだよ)

 

 感情の整理がつかない。シャナを目の前にしたとき、自分がどんな行動を起こすのか、自分自身でも想像がつかなかった。何より、この姿で顔を合わせればさらに複雑なことになってしまうことは目に見えている。諦めるしかなかった。気付いたら、御崎市駅の裏側を通り越し、御崎市の東端に向かおうとしていた。後ろ髪を引かれる思いで街の中心部を振り返る。気づけば時刻はもう夕刻に差し掛かっていた。夏の夕暮れ。太陽がしぶとく空に居座ろうと世界に爪を立て、爪痕が蜃気楼となってゆらゆらと揺れている。諦めの悪い太陽に、僕は心のなかで「もう諦めなよ」と語りかける。異常は発見できなかった。もう、僕がこの街にいるメリットはない。

 湿り気を帯びそうになった目尻を誤魔化すようにゴシゴシと拭い、力強く顔を上げる。大丈夫だ。必ずシャナの元に戻れる。余裕が出来れば、この時間のシャナたちをこっそり支援することも出来るかもしれない。だって僕には、誰よりも信頼していたフレイムヘイズの、シャナの身体があるんだから―――

 

「それはそうと、坂井悠二」

「ん、なに?」

 

唐突にテイレシアスさんが話しかけてきた。僕は何事かと上機嫌に返事をして、

 

 

「お前、まさか自分が紅世の徒や燐子どもと戦える、なんて勘違いはしていないよな?」

 

 

その一言に、絶句した。




あああああああ~~~過去の自分~~~なぜそんな痛々しい表現をしているんだ~~~!!??
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