真冬の博麗神社。雪がもうすぐ降りそうなこの季節。博麗の巫女はガタガタと震えながらコタツの中に入っていた。
私はスキップしながら博麗神社の鳥居をくぐる。紫色のマフラーがふわふわ揺れていた。
「うっわぁ……さぶさぶ……」
「れっいっむさぁーん!」
「んあ? なんだ鈴仙か……」
「そんな露骨にガッカリしなくても!?」
「んなことよりお菓子は持ってきたんでしょうね」
「もちろん!」
右手に持った紙袋を霊夢さんに見せる。霊夢さんは表情は変わっていないが、背景が明るくなったのが分かる。
「ちょっと、何当然かのように私の陣地に入ってきてるのよ」
「私だって寒かったんですよ? 少しくらい暖まらせてくださいーだ」
「ったく……」
文句は言いつつも、私がコタツに入ることを了承してくれた。
「鈴仙、あんた足伸ばしすぎ」
「えー? いいじゃないですか。のんびりさせてください……」
「はぁ……あんたねぇ……用もないのにここに来るバカなんてあんたくらいよ……」
博麗神社は妖怪の間では恐れられている。特に霊夢さんに退治された妖怪達は口を揃えて「あそこには行くな」と言う。
私も、一度霊夢さんにお灸を据えられた身ではあるが、いつの間にか博麗神社に入り浸るようになっていた。
「博麗神社は居心地がいいんですよね。なんででしょう?」
「んな事知らないわよ。お茶いれてくるから待ってなさい」
「はぁーい」
霊夢は私の持ってきたせんべいを見るや否や、こたつを出て台所へ向かっていった。私は、その背中を見る。
「(……やっぱり…………綺麗だなぁ……)」
ほっこりとする。黒くて艶のある長髪、まるで体の一部のようになっている紅白のリボン。
そして何より、肩から二の腕まで露わになっている綺麗な肌。
「(……あーあ、「好きです」なんて言ったら、霊夢さん、困っちゃうかな)」
私が博麗神社に来る理由はそれだ。霊夢さんの事が好きだから。毎回気持ちを伝えようと博麗神社に出向くのに、なかなか勇気が出ないのだ。
私が初めて霊夢さんを意識し出したのは、永夜異変で私を撃破した後だ。
「……な、なんて強さなのよ…………」
私のインビジブルフルムーンを持ってしても、この博麗の巫女と賢者のペアには敵わなかった。
「……首謀者はどこ?」
「この奥よ……」
ここまで完膚なきまでに完敗して抵抗しようなんて思えなかった。ごめんなさいっ、師匠…………!
「ありがとね、行くわよ、紫」
「ええ」
そう言って、博麗の巫女は私の横を通り過ぎた。しかし、博麗の巫女は通り過ぎようとしたところで止まり、私に近寄ってきた。
悔しくて、私は手を思い切り握った。すると、ピリッとした痛みが走り、顔を歪めた。
「っつ……」
「…………あんた、血出てるじゃない」
「はぁ? な、何よ、早く行きなさいよ」
「どうして弾幕ゲームで流血するのかしら……」
博麗の巫女は私の手を掴み、手のひらを上に向けた。すると、手のひらからはドクドクと血が溢れていた。
「こ、これは……ずっと握り拳を作ってたから……」
そう、ここまで弾幕ゲームにのめり込んだことは無かったので、ついつい負けたくなくて力を入れてしまったのだ。
「はぁ……割と傷深いわね……包帯巻いといてあげるから」
「こ、こんなのすぐに治るわよ! 触らないでよ!」
「妖怪だろうがウサギだろうが、傷は傷よ。処置くらいしときなさいよ」
「…………どうして、ここまでするのよ……」
博麗の巫女は包帯を取りだし、私の手にグルグルと巻いてくれた。逆に何か裏があるんじゃないかと思わずにはいられなかった。しかし、博麗の巫女から帰ってくる返答は予想の斜め上だった。
「あんたはもう敵でもなんでもない。私は博麗の巫女、困ってる人がいたら助けるのが務めなのよ」
「…………」
ギュッと心臓が握られるような感覚になった。
「べ、別に困ってるなんて言ってないのに……」
「ごちゃごちゃうっさいわね。はい、これでいいわね。行くわよ、紫」
包帯を巻き終えた博麗の巫女は患部をポンと叩き、賢者と共に奥へ入っていった。私は終始顔が火照ったままだった。
「博麗霊夢……か……」
異変が終わった後も、私は霊夢さんから目が離せなかった。宴会でお酒によっているところも、一緒に異変解決に向かった時も、ずっと霊夢さんを見ていた。
あの時は「好き」なんだって思いもしなかった。そもそも、恋愛なんて経験した事がなくて、どんな気持ちが「好き」なのか分からなかった。
しかし、そんなもやもやを打ち破ったのは霊夢さんの親友、魔理沙さんだった。
「お前、霊夢に恋してんのか?」
「は、はぁ? なんですか急に……」
「だって、ずっと霊夢の事見てるし、霊夢と話してる時だけ顔赤いし笑顔だし……」
「…………」
「好きなんだな、霊夢のこと」
「……これが、好きって気持ち……?」
この時、私は霊夢さんに恋をしてるんだって気づいた。それを自覚すると、どんどん好きな気持ちが溢れ出てきて、胸が痛くなる。この気持ちを伝えたい一心で博麗神社に行くも、伝えられない日々が2年も続いており、今も続いているのだ。
「…………鈴仙?」
「おひゃあ!? な、なんです?」
「い、いや。なんかボーッとしてたから……」
回想を終え、私は現実に戻ってきた。すると、霊夢さんの顔が間近にあるのを確認した。
ボッと頭が爆発しそうだった。
「(近い近い近い近い近い近い! 霊夢さん顔近い!)」
心臓の鼓動がどんどん早くなっていって、いつか血管ごと破裂するんじゃないかと思った。顔も熱くなっていて、火傷しそうだ。
「れ、霊夢さん……近いです」
「あ? あぁ、ごめんなさい」
霊夢さんは自分の距離感に気づいたのか、身を乗り出していた机から降りて、コタツに入った。
「はい、お茶」
「ありがとうございます」
湯呑みに注がれている緑色のお茶。そこからは自分の顔が伺えた。
「(真っ赤になっちゃって……)」
霊夢さんにあそこまで近寄られたらそりゃ赤くもなる。とてもじゃないけど心臓が持たない。
「それにしても、やっぱり永遠亭のせんべいは美味いわね」
「そうですか? これは私が作ったものなんですよ?」
「へぇー、また鈴仙に作ってもらいたいわね」
「あはは、材料さえあればいつでも作りますよ」
…………これって、博麗神社にせんべいを作りに行く通い妻的な!?
「……鈴仙、どうしたの?」
「あ、いや、なんでもないです」
いけないいけない。想像が捗りすぎて思わずニヤけてしまっていた。
「鈴仙、だいぶ口調が柔らかくなったわね」
「え、そ、そうですか?」
「ええ、前までは「あんたみたいな奴と一緒にしないでくれる!?」みたいな辛辣玉兎だったのに」
「し、辛辣玉兎……」
いつの間にかあだ名が付けられていたようだ。恐らく、魔理沙さん辺りが付けたのだろう。こういう犯人は決まって魔理沙さんなのだ。
「まぁ、私はどっちでもいいけどね」
「…………戻した方がいいですか?」
「いやいいわ。気持ち悪いし」
「そんなどストレートに言わなくても……」
霊夢さんは誰にでも容赦が無い。弾幕も喋り方も、悪気はないのも分かっているし、根は優しい人だから誰も嫌ってなんかいない。
「…………鈴仙、足当たってる」
「……いいじゃないですか」
「邪魔なの。私のスペースよそこは」
「そしたら私の分が無くなっちゃうじゃないですか!」
「このっ」
ゲシゲシと私の足を蹴る。それに対抗して私も霊夢さんの足に蹴りを入れる。
「博麗の巫女に逆らったら痛い目見るわよっと!」
すると、霊夢さんの足が私の足に絡まってきた。霊夢さんの黒いハイソックスの感触が直に私の肌に触れた。
「ひっ!?」
「ほら、覚悟なさい鈴仙!」
「いだだだだだだっ! ギブギブ!」
霊夢さんは思い切り私の足を押さえつけ、潰そうとしていた。人間とはいえ、霊夢さんの力は妖怪にも匹敵するらしいから油断なんてできない。
霊夢さん、ただ寿命が短いだけの妖怪だ。なんて人里じゃ噂されているらしい。
「うぅ……」
「そもそも私のコタツなんだから所有権は私にあるはずよ」
「それでも横暴過ぎますよぅ……」
結局、隅まで追いやられて私は足が冷たくなってしまった。
「……あ、雪」
「ほんとだ……」
外を見ると、白い玉がゆっくりと地面に向かって落ちていた。確かに一段と寒かった今日は雪が降っても不思議ではないだろう。
「…………」
今告白したら変だろうか。でも、今しかない気がする。この先もきっとチャンスはある。しかし、今伝えないと後悔する。
「れ、霊夢さん!」
「わっ、な、何?」
「えっと……その……」
私はコタツから立ち上がり、霊夢さんを見る。
「わ、私……実は……」
「…………」
言え。もう今しかないだろう。きっと、無理でも、霊夢さんなら友達でいてくれる。
「霊夢さんのこと…………!」
そこまで言うと、霊夢さんは察したのだろう。少し顔を赤くした。もう後戻りは出来ないということだ。なら、もう言い切るだけだ。
「す────」
「おーい、霊夢ー!」
嘘でしょう。そんなベストタイミングでやって来てしまうのですか、魔理沙さん、萃香さん。
「ま、魔理沙、萃香……」
「鈴仙も来てたのか、おいっす」
「ど、どうも……」
悪気はないのは分かってる。だが、悪気がないからこそ尚更タチが悪いというものだろう。
「なぁーなぁー、霊夢も鈴仙も酒飲もーよ」
「そうだぜ、今日は4人でパーティだ」
「す、すいません。私はこれから用事があるので帰ります」
「えぇー、つれないなぁ……」
一刻も早くこの場から抜け出したかった。恥ずかしすぎて死にそうだ。中途半端な告白で。でも、きっと霊夢さんはそれでも私と仲良くしてくれるのだろう。優しい人だから。
「鈴仙!」
「……はい……」
荷物を持って、私は博麗神社を後にしようとする。すると、後ろから霊夢さんが走ってきていた。
「……気が向いたら、また言ってきなさい」
「…………っ!」
やっぱり、私はこの人が好きなんだ。私は幸せ者なんだ、こんな人を好きになれる気持ちを持っている。
「……はい!」
そう言って、私は博麗神社を走って後にした。
告白は失敗に終わった。でも、まだチャンスは残っている。霊夢さんも待っててくれている。
しかし、霊夢さんはきっと、私の事なんて意識していないと思う。霊夢さんほどの人気者が、私個人に恋をするわけが無い。
だが、それでもいい。霊夢さんと両思いになれた日に、私が報われればいい。それまでは霊夢さんに必死にアプローチをしよう。振り向いてくれるまで、私の魅力を見せてやろう。
「待っててくださいね、霊夢さんっ……」
零れて来た涙を拭い、私は永遠亭への帰路を辿った。