炭鉱出身ツルハシブンブン丸   作:語部創太

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 こんな駄文にお付き合いくださりありがとうございます。
 あと評価投票してくれた20人の方、ありがとうございました。

 今回で、原作第1巻終了の辺りまで進みます。


11. 勇気と無謀

 足元に何かがいる。そう気が付いた時には全身を激しい痛みが襲っていた。

 何かに吹き飛ばされて空中を舞った身体は、重力に引っ張られて地面に激突する。

 

「――――っ!」

 

 あまりの激痛、声にならない悲鳴が口から漏れる。立ち上がろうと地面に両手をつくも、身体を起こすだけの力が湧いてこない。

 なんとか首だけ上げて周囲の状況確認を試みるも、巻き上げられた土煙や瓦礫によってただでさえ霞んでいる視界から得られる情報はないに等しい。

 土煙が収まると、目の前にうねうねと蠢くモンスターの姿が浮かび上がった。

 石畳の下、土中から生えている黄緑色のその姿は巨大な蛇。頭とみられる先端の膨らんだ部分には目らしき器官はついていない。

 

 ゾッと嫌な寒気が襲ってくる。それは黒鐘龍馬がこのオラリオへ来た時以来の感覚。

 金色に輝く髪と瞳の女性。主神ヘスティアと出会うきっかけとなった人との会話最中にも感じた感覚。

 恐怖。圧倒的な強者を目前にしたリュウマのただでさえ痛みで動けない身体は強張り、地面に倒れた状態から動けなくなってしまう。近くにいる矮小な存在に気付いていないのか、幸いにもモンスターはリュウマに見向きもしない。

 

 その場でうねうねと体をくねらせるだけだったモンスターは突如、何かに反応したかのように全身を鞭のように大きくしならせた。

 地面に叩きつけられる幹のようなモンスターの体躯。破壊された石畳が巻き上がり、周囲の露店や建物に激突して無数の風穴を開けていく。

 そんな石の雨の中を、2つの影がモンスターに向かって突っ込んでいった。

 

「!?」

「かったぁー!?」

 

 モンスターに攻撃を加えた影は、その場に着地する。

 そこにいたのは、憧れの女性――ティオナ・ヒリュテと、ティオナによく似た女性だった。

 

 皮が破けて血が垂れている右手。痛みを払うように右手を大きく振るティオナは、無様に倒れ伏しているリュウマを視界に入れる。

 

「来るわよ!」

 

「!」

 

ティオネの声が聞こえ、目前のモンスターに意識を戻す。突然攻撃を加えてきた不埒者へ怒りを示すようにモンスターの攻撃が激しくなる。

 

「打撃じゃあ埒が明かない!」

「あ~。武器用意しておけば良かったー!?」

 

 何度も攻撃を当てているが敵への致命傷には至っていないアマゾネス姉妹と敵に攻撃が当てられないモンスター。戦況が膠着する中で、遅れて到着したレフィーヤがリュウマを発見する。

 

「大丈夫ですか!?」

「は、はい……」

 

 全身を強打していて動かせなかった身体は少し時間を空けたことでかろうじて動かせる。フラフラと地面から身体を起こすリュウマを見て、レフィーヤはこの少年が自力でこの場から逃げることができるだろうと判断した。

 

「ここは危険です! 避難してください!」

 

 そう言うと、ティオナたちが時間を稼いでくれている間に魔法を放つため詠唱を始めるレフィーヤ。リュウマも、自分はこの場では足手まといだと考えて邪魔にならないように立ち上がる。とはいえ膝に手を当てて身体を支えるのが精一杯で、なかなか歩けるまで回復しない。

 地面に強打された際、頭を強くぶつけていたリュウマは軽い脳震盪状態にあった。目に映る景色はグラグラ揺れているし、頭はガンガンと割れるように痛い。全身の痛みはまだ引いていないし、極度の疲労感によって足を動かすことができない。

 未知のモンスターと遭遇したことで焦っていたレフィーヤの判断は間違っていた。リュウマはとても自力でその場から逃げ出すことができるような状態ではない。

 リュウマ自身も自分の身体状況を冷静に判断できているわけではない。身体はかつてないほど痛いが、それでもこの場から避難するくらいのことはできるだろうと立ち上がったリュウマは、ふらつく身体で1歩を踏み出して――

 

 

 ずっこけた。

 

 

 足元の石畳はモンスターの攻撃の影響で凸凹が多く、そのへこみに爪先が引っかかってしまう。つんのめるリュウマは何とか堪えようとするが、力の入らない足では踏ん張りが利かず、そのまま前方に体が傾く。

 しかも倒れた方向が悪かった。前方にはリュウマを庇うように立ちはだかり呪文の詠唱に集中しているレフィーヤがいる。

 

「――ぇ」

 

 倒れる自分の気配を感じ取ったのだろうか。モンスターに視線を向けたまま小さく声を漏らしたレフィーヤを突き飛ばすようにリュウマは盛大にずっこけた。

 

 直後。

 

 地面から伸びてきた黄緑色の突起物――触手が、倒れかけているリュウマの腹部を貫いた。

 

 ――あんまりにも散々だ。

 

 今日一番の激痛に襲われたリュウマは、それまで気合で何とか保っていた意識を手放した。

 

 

 

 

 

 気が付けば、見覚えのある天井があった。

 

「起きたか」

 

 首を動かすと、逞しい肉体をした老人――ゴブニュが椅子に腰かけているのが見える。慌てて上半身を起こそうとして、

 

「――いづっ!?」

 

 脇腹から感じる激痛に顔をしかめる。

 

「ポーションは飲ませた。完全には治っていないが、安静にしていれば傷口も塞がるだろう」

 

 淡々と説明するゴブニュの手には、根本でへし折れた細剣(レイピア)の柄がある。

 

「ロキ・ファミリアの連中が眠っているお前を担いで運んできた」

 

 悲しそうな目で剣の柄を見つめていたゴブニュは、リュウマの方を見ずに言葉を続ける。

 

「何があったのかは聞いた」

「……ご迷惑をおかけしました」

「俺に言うな」

 

 顔を上げたゴブニュの顔は、ひどく不機嫌そうだった。

 

「謝る相手が違うだろう」

「……はい」

 

 繋いでいた手を振り払ったエルフ少女の姿を思い出す。彼女からしてみれば、必死で引き留めた同僚がモンスターに向かって突っ込んでいき重傷を負う様子を見せられたのだ。たまったもんじゃないだろう。

 申し訳なさそうに項垂れるリュウマを見てゴブニュはため息をつく。

 

「『英雄になる』と言ったな」

「……はい」

「それは誰のためだ」

 

 憧れの女性を振り向かせるため。そんな不純極まりない目的のため。リュウマは英雄になると決めた。

 そう、自分のためだ。

 

「『英雄』は自分のために戦わない」

 

 ゴブニュの言葉に、頭をガンと殴られるような感覚が襲う。

 パッと顔を上げたリュウマとゴブニュの眼が合う。

 

大甥(ルー)の息子に、セタンタという子がいた」

 

 神々が人の地に降りて間もない頃。今は神話として語り継がれている、神と人の間に産まれた古い英雄の話を始める。

 

「知らなかったとはいえ、自分の息子を殺すという禁忌を犯した愚かな奴だ」

 

 だが、誰よりも武人としての名誉・礼節を重んじて人々や友人を救うためにその力を振るった。神からの恩恵を受けるため、いくつもの禁忌を己の身に課した。最期にはその禁忌が枷となったわけだが。

 

「最後には狂気と幻影に憑りつかれたが、それでも力の使い道は間違わなかった」

「…………」

「『英雄』を目指すのはいい。女の為に戦うのもいい。ただな」

 

 英雄譚にヒロインの存在は必要不可欠だ。恋人の為に命を捧げる者も多い。セタンタも、愛する人との結婚を果たすため修行で英雄たる力を手に入れた。

 

「『勇気』と『無謀』を履き違えるな」

 

 とあるギルド職員はこう言う。「冒険者は冒険しちゃいけない」と。

 ただ身の安全を守るための言葉ではない。確実に《経験値》を積み重ね、成長するため。生きて次に繋げるための教訓。

 

「……はい」

 

 Lv.5――第一級冒険者たちが鎮圧に向かっていたのに、新米で戦闘も素人である自分が行く必要はなかった。ヘスティアとベルが心配だったとはいえ、あの場で駆け出して自分にできることはあったのか。結局モンスターに襲われて大怪我をして助けてもらって。最後には守ってくれた人を突き飛ばしてしまった。

 

 あの場面で自分は何もできなかった。それはゴブニュの言う通り、間違いなく『無謀』だったのだろう。

 『英雄』になるとほざいておいて憧れの人の前で無様な姿を晒したことへの羞恥心が、手を振りほどいた少女への罪悪感が、自分の不甲斐なさからくる無力感が、いまさらに胸の中で渦巻き始める。

 

「分かったならいい」

 

 ゴブニュは床に置いていた布包みを拾い上げると、肩を落とすリュウマの膝上に置き直した。リュウマが不思議に思いながら布をめくると、中にはツルハシがあった。自分が普段使っている両端とも鋭く尖ったものではなく、片方が斧のような形状になっている。

 

「使え」

「あ、ありがとうございます」

「売れ残りだ。気を遣うな」

 

 立ち上がって部屋を出ていくゴブニュの背に礼を言うも、ゴブニュが振り返るはなかった。

 ツルハシの刃はリュウマの顔が映るほど透明度が高く光沢があり、純度の高い金属で精錬されたことが分かる。素人目から見てとても「売れ残り」とは思えない逸品にリュウマが目を落としていると、ドアのノック音が聞こえた。

 

「どうぞ」

「……失礼します」

 

 先ほどゴブニュが出ていったドアから入ってきたのは、胸に本を抱えたエルフの少女だった。

 

「さっきは……その、すいませんでした」

「まったくですよ!」

 

 エルフ少女、怒っていた。

 ゴブニュが座っていた椅子に腰かけると、リュウマにグッとしかめっ面した顔を近付ける。

 

「勝手に手を振りほどいてモンスターの方に走って行っちゃうし、結局モンスターにお腹刺されて倒れちゃうし! 死んじゃったかと思ったんですからね!」

「ほ、本当にすいませんでした。ご迷惑おかけしてしまい……」

「女性をほったらかしにして心配かけさせるなんて駄目ですからね!」

「……返す言葉もございません」

 

 ションボリと項垂れて大きな体を縮こませるリュウマの情けない姿をジッと睨みつけていた少女は、いきなりニンマリと笑顔を浮かべた。

 

「――はい! それじゃあこの話はここまでです!」

「…………え?」

「その様子だとゴブニュ様にもいっぱい怒られたみたいですし、しっかり反省してくれてるならそれでいいです!」

 

 急なことにリュウマが混乱していると、少女は胸に抱えていた本を差し出してきた。

 

「これは?」

「日記帳です。それを買いに行ったんですもんね」

 

 あの騒動があったのに、いつの間に購入したのか。ピンク色の背景に白いハートが散りばめられた可愛らしい表紙と少女の顔を、リュウマの目が何度も往復する。

 

「入団のお祝いってことで、先輩からプレゼントです!」

 

 このお返しは高くつきますよ? とおどける少女の姿に、リュウマの強張っていた表情が少し緩む。

 

「何かお礼と、それからお詫びをしないといけませんね」

「じゃあ、また一緒にお出かけしましょう!」

 

 今度は、手を振り払わないこと。勝手にいなくならないこと。心配かけさせないこと。

 3つの約束を提案されたリュウマは、それを快諾する。

 

「ヘスティアさまと、クラネルさん。無事だったみたいです」

「本当ですか!?」

 

 追いかけてきたシルバーバックをみごとに討伐したという話を聞いて胸を撫で下ろすリュウマ。それを見てエルフの少女は、リュウマが駆け出した理由を察する。

 

「それじゃあ、怪我が治るまで絶対安静ですからね!」

「はい。あ、あの……」

 

 あまり長居しては悪いと部屋を出ようとする少女を呼び止める。不思議そうに後ろを振り返る少女に、

 

「ありがとうございました」

 

 自分のために色々と苦労をかけてしまったエルフの少女にお礼を言う。驚いたのか目を大きく見開いていた少女は、すぐにいつものような明るい笑顔に戻る。

 

「デート、楽しみにしてますからね?」

「で、デート!?」

 

 妙齢の女性と2人きりで出かけるというその意味にいまさら気付いたリュウマは顔を赤らめる。少女はその様子を見て内心喜びながら、今度こそ部屋の外に出ようと――

 

「リュウマくん! 生きてるかい!?」

「大丈夫ですかリュウマさん!?」

 

 ――して、白黒の2人に弾き飛ばされた。

 

「あ、ベルさんとヘスティアさまーべるっ!?」

 

 勢いそのままにベッドへ突撃してきた2人に体当たりを食らったリュウマは、閉じかけていた傷口が開く感覚と共に再びやってきた激痛に白目を剥いた。

 

「うぉおおおお! 良かったよリュウマくぅん!!」

「ちょっと! お二人とも何やってるんですか!? 怪我人ですよ!!」

「す、すいません!? 神さま1回離れましょう!?」

「いやだぁ! もうボクはベルくんからもリュウマくんからも離れないからなー!!」

「さっきまであんなにヘロヘロだったのに、どこにこんな力を残してたんですか!?」

「あぁ、川の向こうのお花畑でお母さんが手を振ってるよー……」

「リュウマさん!? しっかりしてくださいリュウマさーん!!」

「早く離れてください2人ともー!!!」

 

 

 

 すっかり日の暮れたオラリオに、てんやわんやの騒ぎ声が響き渡ったのだった。

 




 スキル【正義反逆(エンリベリオン)】が発動しなかったのは、リュウマの行動が「正義(作者にとっての)」ではなかったからです。女の子を悲しませちゃ駄目ですよ。

 今のところ一番ヒロインしてるのが名もなきエルフ少女で戦々恐々としております。何この子その場の勢いで作ったオリキャラなのに大活躍してるじゃないですかやだー。
 恐ろしい子……!!

 禁止事項である「原作の大幅コピー」がどういうものなのかは分からないんですが、セリフの引用くらいなら許される…………よね?

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