高嶺の華と路傍の花   作:山本イツキ

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あけましておめでとうございます!
山本 イツキです。

年内最初の投稿となります。
今年も一年よろしくお願いします!


第16輪 咲き誇るナスタチウム

 

 

 

 彼と話した次の日からも、彼女たちは私に対して暴行することを止めなかった。

 寧ろ、前よりも更に悪質に、強い力を持って…………。

 

 制服にはわからない程度に切り込みを入れられ、素手や足での暴行は勿論、最近ではモノを使った行為があからさまに増えてきた。

 もう、体中は傷だらけ。

 肌を露出させることなんて、とてもできない程にまで悪化している。

 

 どうして私がこんな目に─────。

 

 そんな言葉がずっと頭を過ぎる。

 もういっそのこと、芸能界を引退するなんて手も…………などと、いつも私の思考はマイナスの方向へ傾いている。

 

 誰に相談することも許されない。

 そんな状況はとても心苦しい。

 彼には強気な態度を取ったけれど、これ以上は耐えれそうにないと体中が叫ぶ。

 

 文化祭まで残り2日。

 たとえこの行事が終わったとしても、彼女たちの暴行が終わるとは限らない。

 けれど私はただ、この悪夢のような生活から一刻も早く抜け出して、花音と楽しい学校生活が送りたいと心の底から願う。

 

 

 「ねぇ花音、私を助けて……………」

 

 

 その言葉が彼女に届く事は決してない。

 花音までこの醜いイジメに加えさせるわけにはいかないもの。

 "何としても耐え抜いて、私の力だけでこの状況を打開しなくちゃ────" そう考えはするけど、今の私はそんなポジティブな考えに至らない

 

 教室の床に転がる私は涙を流し声を震わせる。

 

 これ以上は、もうおかしくなりそう。

 

 

 お願い…………早く…………。

 

 

 ハヤク、ワタシヲ、タスケテ──────

 

 

 

◆◆◆

 

 

 文化祭まで残り2日。

 間近に迫ってきたその行事に向けてクラス全員が居残りやらで必死にやってる中、オレたち4人はサボりを決め込んでいる。

 

 あの日からオレは、傍観者として奴らと関わってはいるが白鷺千聖を含めクラス全員このことを知らない。

 白鷺千聖を痛ぶる姿を三人は、録画した映像を見せてくるが、実に不快だ。何が楽しくてこんな行為に及んでいるのかオレには理解できないな。

 

 無抵抗な一人の人間を多勢で蹴り、殴り、罵倒し、心身ともに傷つける。

 それらを不敵な笑みを浮かべ甲高く笑いながら行うコイツらは、まるで悪魔だ。

 正直、まともな神経では見ていられない。

 以前のオレなら、感情に流されこの3人組を殴り飛ばしていただろうな。

 だが、オレにはもう関係ない。

 

 この映像を報いだと思って鑑賞した。

 

 

 「前半は特に、白鷺千聖の憎むような目が見れて面白いが、後半はもう完全に死んだ目になっててつまらねェ」

 

 「最近の白鷺さん抵抗しようとしないと言うか、何も話してくれないんだよね。全てを諦めてるというか………そんな感じがするかな」

 

 

 何度もこんなひどい暴力を受ければ、誰だってそうなるとは思うが、あえて口には出さないようにしよう。

 種村に便乗してか、取り巻きたちも次々とも口を開く。

 

 

 「もう痛みで感覚がなくなったんじゃない?」

 

 「次はもっと別の方法で痛みつけようよ!」

 

 「それいいねっ!そろそろバットとか使っちゃう?」

 

 「あっ、それならうちの家にいい感じの金属バットがあるよ!それなら白鷺千聖もきっと──────」

 

 「二人ともそろそろ黙ろうか。あんまり大きな声で話してたら、周りにバレちゃうでしょ?」

 

 「ご、ごめんなさい…………」

 

 「誰もいないからつい………」

 

 「オマエたちが何をしようが知ったことじゃないが、暴行する箇所は気を付けろよ。万が一、奴の事務所にバレたらオレたちは訴えられて、まとめて退学処分だ」

 

 「もちろん分かってるよ。彼女が派手な衣装を着ようが、肩まで出した大胆な衣装を着ようが、絶対に他人には分からないところを狙ってるから」

 

 「感心するな。オマエたちは一体どんな場所でそんな技術を身につけやがった?」

 

 

 オレがそう問いかけると種村は信じ難い返答をしてきた。

 

 

 「月島くんはさ、"羽丘女子学園の女帝" って知ってる?」

 

 「…………!?テメェ、どこでアイツと接触した!!」

 

 

 オレは唐突に出てきたその名に焦りを隠せず、勢いよく種村の胸ぐらを掴んだ。

 取り巻きたちはオレの様子に驚き止めようともしなかったが、種村はこの状況をクスクスと笑ってみせた。

 怒るでも泣くでもなく、種村はどこか嬉しそうに話した。

 

 

 「詰まるところ月島くんは、過去に彼女と何かあったのかな?それとも、喧嘩して負けたりなんてことも─────」

 

 「んなことはどうでもいい。問題は、アイツが今どこで何をしているのかということだけだ」

 

 

 種村の胸ぐらを掴む右腕を更に力を込め問い詰めても、奴の表情は変わらない。

 

 

 「やだなぁ、そんなこと私にも分からないよ。彼女とは本当に偶然出会ったの。"羽丘女子学園の女帝" という異名(?)も、その時彼女の口から聞いたの。私は本名すら知らないよ?」

 

 「…………ちっ」

 

 

 不敵に笑う種村を離し、オレは誰も使わない木椅子に腰をかけた。

 

 

 「今度は私が聞く番だね。月島くんは何で彼女のことを知ってるの?」

 

 「日陰者の人間からしたらその名は有名すぎるぐらいだ。アイツは危険すぎる」

 

 「よく知ってるんだね。彼女と一悶着あったのかな?」

 

 「夏休みに一度だけ手合わせしたが、平気でナイフを使うような女だった。だが、オマエの想像してたのとは違って、オレが負けた訳でも勝った訳でもねェ」

 

 「確かに彼女からは今まで経験したことのないナニカを感じたね。まさに、月島くんのような雰囲気かな?」

 

 「そんな女に、暴力の教えを乞うたのか?」

 

 「うん、彼女から教われば私たちはもっと強くなれると思ったからね。まだ1ヶ月ちょっとだけど、彼女のおかげで私たちは白鷺千聖を退学に追い込めるまで心身共に鍛え上げた。まあ、代償も払ったけどね…………」

 

 

 種村は語尾を小さく発した後、制服のボタンを外しシャツのボタンも下側だけはずし腹部を見せてきた。

 取り巻きたちも種村と同様の行動をとる。

 

 奴らを見ると、腹部があざだらけになっていた。

 何度も何度もそこを強打されたように傷ついたその部分は、もう手の施しようのない状態になっている。

 

 

 「…………これは?」

 

 

 オレがそう問いただすと種村は少しばかりの笑みを浮かべながら答えた。

 

 

 「彼女の指導によるものよ。『人に痛みを与えたいのなら、自分の身体で理解するべき』だとか言って思い切り殴ってきたの。でもそのおかげで、的確に白鷺さんにも傷を与えることができた。むしろ彼女には感謝しているぐらいだよ?」

 

 「もうそこまでいったらオレに止めることはできなそうだな。やるなら最後までやりきれ。じゃないと、その受けた腹の傷が浮かばれねェからな」

 

 「もちろん。そのためにも………邪魔だけはしないでね?」

 

 「ああ、わかってる。ところで、そのボッコボコにした奴はどこにやった?」

 

 「いつものところ、誰もいない教室に置いてきたわ。きっと、道端に置かれてるゴミみたいに動けずにいるはずよ」

 

 「それじゃあオレは、そのゴミ処理にでも赴くとするか。お前たちもバレないように教室に帰れよ」

 

 「月島くんも、気をつけて」

 

 

 そう投げかけられた言葉に返事を返すこともなくオレは教室を後にした。

 種村と話していると、なんかこう…………全身を冷気でガチガチに凍らされたような感覚に陥る。

 

 どこまでも冷たい目。

 人を人とも思わない冷徹さ。

 

 

 とても真っ当な人生を歩んだとは言い難い人格の持ち主であることは間違いない。

 こんなことを言うのは人として最低だとは思うがな。

 

 あそこまで堕ちた人間を更生させるのはそう容易いことじゃないがオレは、オレのできることをするだけだ。

 

 

 

…………………………

 

……………

 

 

 

 「よお。探したぜ、ジュリエット」

 

 「……………そう」

 

 

 屋上のフェンスに倒れ込むように座る白鷺千聖に対しオレは平然と話しかける。

 そんな白鷺千聖はオレには目もくれず下を向いたまま返事を返す。

 

 

 「今日もまた随分とやられたな。文化祭まであと2日、耐えられそうか?」

 

 「……………」

 

 

 オレの問いかけに、今度は答えない。

 キュッと手に力が入り、より一層小さく縮こまる。

 そんな奴の隣にオレは腰掛け、途中の自販機で買った缶コーヒーを開け一口含んだ。

 

 

 「アイツ等から聞いたぜ。もう立つのも結構キツイ状態だろ?なんかその黒いのを履いて誤魔化してるだろうが、歩き方で丸わかりだ。腕だってもう痛みで──────」

 

 「あなたに何がわかるのよ!!」

 

 

 突如として白鷺千聖は立ち上がり、オレの胸ぐらを掴む。

 その手はブルブルと震えていて、奴の目からは一滴、また一滴と涙がこぼれ落ちる。

 

 

 「私が…………何をしたっていうのよ…………」

 

 「分かったから手を離せ。もう何も言わねェよ」

 

 

 オレは宥めたように腕をタップすると、白鷺千聖は我に返ったように手を離し、深々と頭を下げる。

 

 

 「取り乱してしまって、ごめんなさい」

 

 「気にすんな。オレのコーヒーは………やっぱ、ほとんど残っちゃねェな」

 

 

 そう言って笑ってみせると、白鷺千聖は再び小さく縮こまる。

 奴に胸ぐらを掴まれた衝撃で手に持っていたコーヒーのほとんどは溢れてもう飲めなくなった。

 

 まあ、せいぜい100円やそこらだからよしとするか。

 

 

 「本当に…………ごめんなさい」

 

 「気にすんなっつっただろ?お前がそんなしょげてると、こっちも気が狂いそうなんだが?」

 

 「もう私は、ダメなのかもしれない」

 

 

 白鷺千聖が言い放った唐突な一言はとても弱々しく聞こえた。

 

 

 「文化祭まで後2日。この数週間、お前はよく耐えた。その苦しみも後2日以内に終わる。だからそれまで─────」

 

 「それまで、待てっていうの!?」

 

 

 奴はオレの言葉を遮る。

 

 

 「あなたはずっとそう言ってきた!もうすぐだ、もうすぐ終わると…………でも、あなたは何をするでもなくただ私を慰めるだけ。あなたは本当に私の問題を解決しようとしているの!?内心私がイジメられて喜んでいるんじゃないの!?あなたは私が嫌いだから……………こんなことなら、あなたを頼るんじゃなかった!!!」

 

 

 白鷺千聖は涙ながらに全てを言い切る。

 奴のこんなに余裕のない姿は初めてみた。

 

 人間誰だってあそこまで痛ぶられたら精神的にも肉体的にも崩壊する。

 ましてや日々、アイドルと学生の二足の草鞋を履くこいつなら尚更だ。

 重圧「プレッシャー」だって計り知れない。

 

 そんな人間にこの方法は間違いだったかと、今更ながら後悔する。

 

 だが、オレはすぐに切り替えた。

 

 今更後悔したってもう遅い。

 コイツが納得する形で、完璧に、あの3人組への復讐を終えたい。そう心から思う。

 

 

 「なら今のうちに教えてやる。その答えは明日になればわかる事だ」

 

 「だから私は─────」

 

 「だから今日はもう家に帰れ。その状態で練習なんてできやしない。オレから適当な理由つけといてやるから安心しろ」

 

 

 何せこの後、コイツにいては困るからな。

 

 

 「ホント、あなたって人は………!」

 

 「だが、勘違いするなよ。オレは約束は必ず守る。さっきは2日以内に肩をつけると言ったが訂正しよう。明日中にけりをつける」

 

 「…………信用できないわ」

 

 「なんなら録音するか?この約束を守らなかったら退学したっていいだぜ」

 

 

 そのぐらいの覚悟がある、と自信げに伝える。

 白鷺千聖も、ほとんど期待をしていないかのような顔を見せる。

 

 

 「もうなんだっていいわ。あなたの退学も、あの3人がどうなろうとも。私はもうあなたの言うことは何も信じない」

 

 

 白鷺千聖はそう言うと、静かに立ち上がりオレの元を去る。

 

 

 「それはそれで構わないぜ。まあ明日は、楽しみにしてな」

 

 

 オレとの訣別を意味するかのように、奴は一切振り返らず、返事も返さない。

 もう奴への信頼感はゼロになったといってもいい。

 

 だからこそ、オレが今伝えるべき言葉はたった一つ

 

 

 「明日も学校こいよ!」

 

 

 最後の一言まで奴は返事を返さず、一人で屋上を後にする。

 

 

 「さてと、ヒロインも帰ったことだし始めるとするか」

 

 

 オレはそう独り言を呟き、教室へ向かって歩き始めた。

 

 

◆◆◆

 

 

 「白鷺さん、今日も付き合ってもらっていいかしら?」

 

 (私に拒否権なんてないクセに…………)

 

 

 文化祭を明日に備えた今日でさえ、あの3人組は私を呼び止める。

 変に笑みを浮かべたその顔は、これから私にするであろう行為への期待だと受け取っていいはずだ。

 

 実に醜く、下劣な顔。

 返事をするのも煩わしけれど、仕方がない。

 あくまで表面上の友達として振る舞う。

 

 

 「ええ、もちろん。今日もあそこでいいのよね?」

 

 「一緒にいきましょう」

 

 

 種村さんが笑顔にそう言うと、取り巻きの二人は私の背後に回り込み逃げられなくした。

 まあ、その気は毛頭ないけれど。 

 私は3人に連れられいつもの教室へと入っていく。

 

 

 「文化祭まで残り1日。いよいよって感じだね」

 

 

 種村さんは相変わらず、微笑むように語りかける。

 

 

 「うんっ!もちろんそれも楽しみだけど、今からやることだって─────」

 

 「あなたには一言もそんなこと聞いてないのだけれど?」

 

 「ご、ごめんなさい、種村さん…………」

 

 

 彼女は丁寧な口調から一変、凍てつくような冷たい目になって相手を黙らせることもある。

 何年も芸能界にいた私だからわかることだけれど、この手の人間はそうそう長続きすることはない。

 

 何せ喜怒哀楽がはっきりしている。

 たとえ薄っぺらい笑みで取り繕っても所詮は化けの皮。すぐに剥がれ落ちてしまう。

 

 そんな彼女は咳払いをして、場の空気を元に戻す。

 

 

 「私はね、明日の文化祭が楽しみで仕方がないの」

 

 「………それで?」

 

 「勿論嘘じゃないわ、本当よ?クラスみんなと一致団結して、より良い "ロミオとジュリエット" にしたいと思っているの」

 

 「話の筋が全くわからないわね。そんな話をするために私はここにきたわけじゃない。やるのならさっさと終わらせて欲しいのだけれど?」

 

 

 もう私はかれこれ数週間、彼女たちひどい暴行を受けている。

 今日を乗り切れば明日からはこんな目に遭わなくて済む─────とは決してならない。

 

 彼女たちはまた陰湿に、かつ加減のない力で私を痛めつけるに決まっている。

 

 確かに少し前までは月島くんを頼ろうとも思った。

 だけど彼は一切何もしてこない。

 むしろ彼女たちのアシストをしている疑いまである。

 

 現状頼れる人がいない今、私一人の力で対処するしか道はない。

 

 

 「あなた、種村さんに向かってなんてことを!!」

 

 「そうよ!謝りなさい!!」

 

 「だって本当のことでしょう?こんな無駄な時間を過ごすなら、今すぐ教室に戻って明日に備えて演技の練習をしたいと誰だって考えるはずよ。ただお喋りしたいだけなら、あなたたち3人ですればいい。そうでしょ?」

 

 

 私は今思っていることを彼女たちにぶつける。

 今までは彼女たちの暴力が怖くて萎縮していたところはあるけれど、もう誰にも頼れない以上自分自身でなんとかやるしかない。

 

 私の言葉で種村さんは怒りをあらわにするかと思ったけれど、それとは正反対に微笑むように返事を返す。

 

 

 「それもそうね。なら、始めましょうか。あなたも段々癖になってるのかしら?これから受ける暴行を」

 

 

 そう言い終わると彼女はポケットから今まで見せたことのないものを取り出す。

 

 

 「種村さん…………まさか……………」

 

 「本当にやる気なの……………!?」

 

 

 取り巻きの二人も完全に萎縮してしまった。

 それもそのはず。

 彼女が取り出したのは、刃渡り10センチほどのポケットナイフ。

 高校生はもとい、大人でも所持していたら危険な代物だ。

 

 

 「あなた、何をする気なの!?」

 

 

 私も動揺を隠せない。

 そんな中でも彼女は一人、この空気感とは異なり微笑む顔を歪めず答える。

 

 

 「何って、わからないかなぁ。刃物を持った人間が刃先を相手に向けたら、やることは一つ…………」

 

 

 彼女はポケットナイフの刃先を私に向け、走り出す。

 

 

 「傷つけるためだよ」

 

 

 私との距離が1メートルほどになると、彼女は右手に持ったナイフをそのまま右下から左上へ振り上げる。

 私は床にへたり込むようにして間一髪かわすが、彼女は私への攻撃を止めようとしない。

 振り上げたナイフを今度は逆、左上から斜めに斬りかかり、私の右腕を傷つける。

 

 長袖の制服が切り裂け、腕からは多量の血が流れる。

 

 

 「ッ…………!?」

 

 

 あまりの激痛に目が眩む。

 今まで受けたことのない痛みに体中が悲鳴をあげているのがわかる。

 

 

 「演技ってやっぱり役作りから、だよね?確か、ジュリエットって母親から暴行を受けるシーンがあったから、こんなことがあっても不思議じゃないよね」

 

 

 種村さんはまたしても、冷たい目になり言葉を続ける。

 

 

 「白鷺さん、私はね、怒っているの。私がジュリエットの母親役に選ばれたのは仕方がないけれど、あなたがジュリエットに選ばれるのはどうしても納得がいかない。だってロミオ、()() ()()()()()()()()()だもの。彼には私が相応しい。あの凛々しい佇まい。鍛え抜かれた身体。たとえ彼がクラス中から嫌われていたとしても、不良だっだとしても、私は彼を愛してやまなかったわ。それをあなたは彼を侮辱し愚弄した。あなたは私の逆鱗に触れたのよ。罰を受けて当然だわ」

 

 

 腕の痛みのせいで彼女が何を言いたいのかよくわからなかったけど、たった一つ理解できた部分があった。

 

 彼のことが好き。

 

 つまり月島くんのことが好きで好きでたまらないと言うことを。

 

 

 「要するにあなたは、巷に聞く"迷惑彼女(ヤンデレ)"と言うやつかしら?」

 

 「……………!?」

 

 「そんなに彼のことが好きなら、彼に告白でもしたらどうなの?あなたほどの行動力のある人なら、簡単なことでしょう?」

 

 「……………だまれ……………

 

 

 

 「─────だまれ!!!!

 

 

 今まで冷静を保っていた彼女がとうとうブチ切れた。

 顔は怒りで紅潮し、手に握られたナイフはプルプルと震えている。

 

 

 「オマエはもう喋るな!!私の愛する月島くんをよくも…………!死んで詫びろ……………この女ァァァァ!!!!

 

 

 種村は怒りのままにナイフを振り上げた。

 ああ、私はここで死ぬんだ。

 

 何もかもを諦め目、そっと閉じる─────。

 

 

 「はい、カーーット!」

 

 

 緊張で満たされたこの空間に場違いな声が響き渡った。

 その声の主は私たち四人のものではない。

 

 この部屋にいるはずのない声の主は続けて言葉を続ける。

 

 

 「本物のナイフを用いた臨場感の演劇だったが、それ以上は危険と判断して止めさせてもらったぜ。いくら演技だとしてもな種村、白鷺千聖を実際に殺しちゃあ元も子もねェぞ」

 

 「この声は…………」

 

 「月島くん…………!?」

 

 

 唐突な出来事に私たちは驚きを隠せない。

 その様子を知ってか、声の主である月島くんはケラケラと笑いながら話す。

 

 

 「なんでその場にいないオレが、種村が白鷺を殺そうとしたのかを知ってるか教えてほしいって面をしてるなァ」

 

 

 どこか上から目線な言葉遣いに少々苛立ちを覚えるけど、彼はそんなことを気にせず続けて話す。

 

 

 「仕方ない、特別に教えてやるよ。箒が入ってるロッカーの上を隈なく探してみな。そこに答えはある」

 

 

 月島くんの指示通り、取り巻きの一人がロッカーの上を捜索する。

 手には小さな何かを持っているのが見えた。

 

 

 「これは…………極小の隠しカメラとスピーカー?」

 

 「その通り。全て()()()()()()()()()()

 

 

 

 種村さんは先程の怒りとは一転、あり得ないといった表情に切り替わる。

 取り巻きたちも種村さんと同様に驚きを隠せない、といった様子だ。

 

 

 「お前ら、最初の頃は警戒しまくってた癖に、日が経つに連れて散漫になったからな。おかげで容易に、そして大量に仕込むことができた」

 

 「アンタねぇ!」

 

 「わたしたちを騙すなんて最低!!」

 

 「おいおい、ひどい言い草だなァ。誰これ構わず信用するなんて愚かなマネをするお前たちが間抜けだっただけだぜ?」

 

 

 月島くんは取り巻きたちを嘲笑うかのように話す。

 当然二人は怒りをあらわにするが月島くんはもろともしない。

 

 そして彼は種村さんにまで牙を剥く。

 

 

 「種村もよ、そろそろ自覚したらどうだ?お前がやってるのは立派な犯罪行為だ。未成年だろうと刃物持った時点で立派な犯罪者なんだよ。わかったら、とっととその粗末なものを捨てて投降しろ」

 

 

 彼の言葉で種村さんは冷静さを取り戻したのか、振り上げていたナイフを下ろし、取り繕ったような笑顔で答える。

 

 

 「どこであなたが見ているのか知らないけれど、私は本気よ?この女さえいなければ私は楽しみな学校生活が送れるの。それに、あなただけしか目撃していないのなら、この女を殺した後にあなたの元へも駆けつけるわ。このことは5人だけの秘密に─────」

 

 「おいおい、誰がオレしかこの現場を見ていないって言ったよ?」

 

 「……………はっ?」

 

 

 彼の突拍子もない言葉に種村さんは呆気に取られたような顔を見せる。

 

 

 「教壇の上、天井からぶら下がってるものを見てみな」

 

 

 彼がそう言うと、取り巻きたちは一目散にそこへ駆け寄る。

 

 

 「「な、何よこれ!?」」

 

 

 2人が驚きの声を上げると共に、種村さんもそこへ近寄る。

 種村さんも同様、無言ではあったけどまさかといった反応を見せた。

 

 

 「これがあなたの狙いだったのね…………」

 

 

 諦めるように嘆き、そのスマートフォンを私に向かって山なりに投げてきた。

 それをなんとか掴み取り画面を覗く。

 

 

 「はぁ〜〜い!クラス全員がこの現場の目撃者で〜〜す!」

 

 

 そのスマートフォンには月島くんを中心に、クラスメイト全員が映し出されていた。

 そこには心配そうにこちらを見つめる花音の姿も見える。

 

 

 「長い間苦しませて悪かったな。だがもう安心しろ、オレたちがお前の味方だ」

 

 「月島くん……………みんな………………」

 

 

 彼のその言葉に、思わず涙がこぼれ落ちる。

 今までずっと独りで耐えてきた。

 あまりの恐怖に心身ともに深く傷を負わされた。

 

 だけど、私はもう独りじゃない。

 

 そのことを自覚できたからか、ただ単に気が抜けたのか、両の目から涙が溢れて止まらない。

 

 

 「今すぐロミオが助けに行ってやるから少しだけ待ってろ。種村ぁ、白鷺千聖に少しでも手ェだしたらその顔面の原型無くなるぐらい腫れ上がらせるから覚悟しろよ」

 

 「ええ…………お願い……………」

 

 

 彼の声が途切れると同時に、種村さんにある異変が起こった。

 

 

 「ふふっ……………うふふふふふふふふふふふ………………」

 

 

 顔を下に向け、不敵な小さな笑い声を発し出した。

 

 

 「た、種村……………さん…………?」

 

 「大丈夫……………?」

 

 

 取り巻きの2人が彼女に近づいたその時─────

 

 

 ドスッ。

 

 

 

 「………………えっ?」

 

 

 ナイフが体に刺さる鈍い音と共に発せられた取り巻きの1人の声が小さく聞こえ、もう1人は声を出すまでもなく脇腹にナイフを突き刺した。

 

 

 「………………………!?」

 

 

 私の目の前で今、間違いなく人が刺された。

 ナイフを抜き取ると同時に2人は床にドサっと倒れ込み、多量の血が流れているのが見える。

 2人はピクリとも動かない。

 

 

 「嘘ッ……………でしょ…………!?」

 

 

 あまりの出来事に腰が抜けて逃げるどころか、立ち上がることもできない。

 

 

 「あなたが悪いの…………全て……………あなたが悪いのよ……………」

 

 

 焦る私の前に彼女は小さくそう呟き、一歩、また一歩とゆっくり近づいてくる。

 その距離わずか5メートル。

 腕の痛みと合わさって、私はもう何もすることができない。

 

 

 (何とか、何とかこの状況を打破する方法は……………!?)

 

 

 冷静とは程遠い頭で考えても何も浮かばない。

 そうしている間にも、種村さんは更に近づいてくる。

 私が動けないと知ってか、先ほどみたいにいきなり襲いかかってくる様子はない。

 

 演技とはまた違う、100%を標的(ターゲット)に向けられた殺意。

 

 

 「コロス……………コロシテヤル………………」

 

 

 そうブツブツと呟きながら近づく彼女の外見は、常人とは程遠いものだった。

 血眼になった瞳。

 ボサボサになった黒い髪。

 それはもう、昔話に登場し幾多の女性を貪り尽くした山姥そのものだ。

 

 

 「オマエナンカ……………オマエナンカ……………!!!」

 

 

 彼女がナイフを振りかぶり、思わず身を縮こませたその時─────

 

 

 ガシャンッ!!

 

 

 廊下とは反対側の窓ガラスが盛大に割れる音が響き渡り、それと同時に月島くんが教室へ飛び込み彼女の腕を静止する。

 

 

 「これ以上無駄な罪を重ねるな種村。テメェ、正気の沙汰じゃねェぞ」

 

 「月島くん!」

 

 

 種村さんは彼の腕を強引に振り解き、矛先を彼に変えた。

 

 

 「もうどうなったって構わないわ。月島くん、あなたと恋愛関係なれれば、それで………………!」

 

 

 彼女の眼差しが、この言葉を確かなものにする。

 病むほどに好きな彼を前に、種村さんはいつもの微笑むような顔つきから、目を大きく見開き、異常者の顔つきで彼と話す。

 

 そんな状況でも月島くんは、毅然とした態度を崩さない。

 

 

 「確かに、お前はいい女なのかもしれねェな。()()()()()、な」

 

 「なら、私と─────」

 

 「だが、オレの惚れるような女とは程遠い。好意を抱く相手に向けてナイフを突き出すような奴なんて、危なっかしくていけねェ」

 

 「これは、あなたを傷つけるためのものじゃない、束縛するためのものよ。あなたが私以外の女と馴れ馴れしくされると無性に腹が立つの。あの横たわってる2人だってそう。きっと協力すると見せかけて私からあなたを奪うつもりだったのよ。私は何も信用しない。信用できない」

 

 「ここまで堕ちたらもうどうしようもねェな。なら…………」

 

 

 彼はそう小さく呟くと、右足を下から回転しながら蹴り上げ種村さんの持つナイフの刃先をへし折った。

 カランカラン、と刃先が落ちる音が響く。

 あまりの出来事に、彼女は驚きを隠せない。

 

 

 「うそっ……………!?」

 

 「こんなこと、女にだってできる技だ。オレができたって不思議じゃないだろ?」

 

 「それはアニメの話でしょう!?人間離れにも程があるわよ!」

 

 「これでもうお前には何もできない。諦めろ」

 

 

 そういうと月島くんは彼女との距離を更に詰める。

 彼女を見下ろすその姿に私は、異様な程の威圧感を受ける。

 

 一切の感情を見せないその顔つきに、私は恐怖すら覚えた。

 

 そんな彼に対して彼女は恐れることなく、叫び声を上げながら刃先の折れたナイフで彼に立ち向かう。

 その行為も無駄に終わり、ナイフが彼に触れる前に彼女は床に倒れ込む。

 一瞬の動作でよくは見えなかったけど、喉元に拳を突き立てたように思う。

 

 倒れた彼女はピクリとも動かなくなった。

 

 

 「これで全て終いか。おい、白鷺千聖。今すぐ病院に…………?白鷺?」

 

 

 ようやく、全てが終わった。

 緊張感から解き放たれ、目の前が真っ白になった─────。

 

 

 

…………………………

 

 

…………

 

 

 あれから何時間あったのだろう。

 

 気がつくと私はベッドの上にいた。

 窓からは、夕日が差し込み雲ひとつない夕焼けの空が目に入る。

 

 

 (ここは一体……………?)

 

 

 意識が朦朧とする中、私はゆっくりと周りを見渡す。

 一面が真っ白の静かな空間。

 先程の教室とは違った雰囲気に包まれたこの部屋は、間違いなく病院だと確信する。

 

 私はゆっくりと体を起こす。

 目覚めた私の側にはパイプ椅子に腰掛ける花音がいた。

 私の目が覚めたことを知ると彼女は目に涙を浮かべ、私が起き上がると同時に思い切り抱きしめてきた。

 

 

 「千聖ちゃん!!」

 

 「か、花音?どうしたの?」

 

 

 私の心配をよそに花音はわんわんと泣き喚く。

 

 

 「千聖ちゃん!私っ…………私っ…………!」

 

 「落ち着いて花音、もう大丈夫よ」

 

 

 私は花音の背中にそっと手を添える。

 彼女の心を落ち着かせるために。

 

 しばらくすると病室の扉が開き、月島君が入室する。

 

 

 「よお、意識が戻ったか」

 

 「月島くん…………」

 

 

 彼はにこやかに話しながらこちらに歩み寄る。

 

 

 「一時はどうなるかと思ったが、とりあえずは一件落着だな。ホント今回はヒヤヒヤさせられた」

 

 

 はははっ、とゲラゲラ笑いながら話す月島くん。

 教室での彼を見ているからか、今の彼の言動に私は多少の違和感を覚える。

 

 

 「本当だよっ!何でこんな大事なことを教えてくれなかったの!?」

 

 

 私の考えをよそに、花音は立ち上がり月島くんに詰め寄った。

 

 

 「悪かったって。だが今回は、直前まで誰にも話したくなかったんだ。何せ奴らはクラスのカースト上位に居座っていたから、情報が漏れたら今回のようには─────」

 

 「それでも伝えてほしかった…………。だって、友達がこんな目にあっている時に私は何もできなかったから……………」

 

 「花音…………」

 

 

 花音のこんな必死な物言いは初めて目にして驚く。

 私自身、彼女をこんな気持ちにさせてしまって申し訳ない気持ちでいっぱい。

 

 彼にも助けてもらったし、私って本当に無力だと痛感させられる。

 

 

 「正直な話、松原にだけは伝えようか迷った。だが、お前は必ず無茶をする。オレの静止を振り切って奴らに飛び込んでいっただろうな。そうなれば、被害は今以上になる。そう考えてのことだ。理解して欲しい」

 

 

 彼の言葉に納得したのか、花音は無言で再びパイプ椅子に腰掛ける。

 

 

 「ごめんなさい、2人とも。このようなことが起こったのは全て私のせいだわ。本当に、ごめんなさい……………」

 

 

 私は2人に向かって誠心誠意謝罪する。

 謝っても足りないけれど、今の私にはこれぐらいのことしかできない。

 

 

 「顔を上げろ。お前はよく頑張った」

 

 

 彼の優しい声に、私は三度涙する。

 

 

 「ごめんなさい……………本当に……………」

 

 

 彼には今、感謝しかない。

 私の命を救ってくれた大恩人。

 

 彼には今後、私ができる最大の恩返しをしたいと心に誓った。




後日談はまた後日投稿予定の話で明らかにしたいと思います。

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