オレは今日、高校生活2度目の春を迎えた。
もう見慣れた校舎に、今年入学する新入生が次々と校門をくぐる。
唐突に1年とんだから、オレが今どんな学校生活をわからないだろう。
はじめに、オレの去年の学校生活を振り返ってみる─────。
授業は遅刻、サボる、テストは赤点ギリギリ回避でそれはもう、先生からは問題児扱いを受けている。
学校内の揉め事は特に起こさないが、学校外は別だ。
吹っかけられた喧嘩は全て受け、全てを返り討ちにした。
高校生だろうが、中坊だろうが、大人だろうが…………拳一つで圧倒し続けた。
その噂は瞬く間に広がり、近辺でオレを知らない人間なんていなくなった。
オレは、悪い意味の有名人と成り果てたということだ。
そのせいか、この学校では全く友達ができなかった。
女は眼中にないとして、男友達ができなかったのは少し誤算だ。
高校と中学とでは、何か感性というものが違うのだろうか…………?いや、この学校にいる生徒がたまたま知的なのが多かっただけだろう。気にすることはない。実際、一匹狼というのも悪くない。
誰かに気を使う必要もないし、気を使われなくて済む。これほど楽なことはない。
ただ、ナメられないようにすればそれでいい。
そして、今日も時間ギリギリに家を出る。
新クラスの発表があるらしいが、オレにとっては些細なことだ。
予鈴のチャイムが鳴ると同時に校門をくぐると、生活指導の先生に捕まり、お叱りを受けるが適当に聞き流す。
先生からオレの配属されたクラスを聞き、駆け足もどきで校舎に入る。
廊下ですれ違う生徒たちは皆、静かに着席していて、冷たい視線が送られる。
それでも、オレに手をあげようとする奴は1人もいない。所詮は根性無し「チキン」の集まり、他愛もない。
空気を読まず教室のドアを開けると、クラスメイト全員の視線がオレに集まる。
それはを全て無視し、自分の机に腰掛ける。
担任もオレの行動に驚きを隠せない様子だ。
「月島君!新学期早々遅刻するのはいけないことですよ!」
「あー………学校に行くかどうか迷ってたら遅れました」
「行くかどうかって………」
「そんなことより、ほらっ。さっきの話の続きをしようぜ?始業式がどうとか」
「そ、そうですね………それでは気を取り直して、始業式の説明に戻ります」
担任は、やや不満そうな表情を見せつつも、淡々と話を続けた。
オレに向けられた視線も全て担任へと集中するが、影でこそこそとオレのことを話す声が少なからずある。
こんなつまらない学校生活が続くんだったら、退学することも考えるべきか。
この時間は、そのことで頭がいっぱいだった。
始業式が終わり、教室に戻ると明日の注意事項を述べるとすぐに下校することになった。
誰よりも早く立ち上がり、教室を出ようとしたその時、担任に呼び止められた。
なんでも、この学校の学園長がお呼びだとか………。
仕方なくそれに応じ、気だるげにそこへ向かう。
とうとう退学宣告がなされるのかと、半ば胸に期待を膨らませながら、ノックもなしに堂々と学園長室に入る。
部屋に入りまず見えたのは、最奥にある窓から、生徒たちが帰宅する姿を眺める禿頭のおっさんが佇む姿だった。
やや肥満体の佇まいからは、なんの覇気も感じない。
50回も歳を取れば、オレもそうなるのだろうか。思わず、自分の将来を想像して気分が悪くなる。
オレが部屋に入ってきたことに気づき、顔をこちらに向け笑みを浮かべた。
「まぁ、そこに座りなさい」と一言告げられ、向かい合うソファに座り足を組むと、オレの正面に学園長も腰を掛ける。
そして、笑顔のまま口を開く。
「急に呼び出してすまないね。少し、話をしたいと思って、君の担任の先生にお願いしたんだ」
「どうせ帰っても暇だからな。アンタの戯事にも少しは付き合ってやるよ」
「それは感謝しないといけないね。最近の若い子たちは威勢が良くて感心するよ」
「それはどういう意味だ?」
「いや、気にしないでくれ。ただ、君を褒めているだけだ」
「…………そんなことを言うために、オレをここに呼び寄せたのか?戯事に付き合うとは言ったが、あまり長引かせるんじゃねぇ。用件を早く言え」
「はははっ、すまないね。それじゃあ、早速話すとしよう。ここからが本題だ─────」
◆◆◆
オレが、どんな威圧的な態度を取ろうが、学園長の表情は一切変わらない。
物腰柔らかく話すその姿は、オレに対する敵意を一切感じない、穏やかなものだ。
寧ろ、オレのことを理解しようとしてくれているようにも感じる。
すると、学園長は立ち上がり、本棚にある一冊のアルバムを取り出し、机にそっと置いた。
古びたそのアルバムには、今から20年前のものだと記されていて、今と全く変わらない校舎が映し出されていた。
しかも、このアルバム、どこかで見た記憶が…………。
「おい学園長、一体なんのつもりだ?20年も前のアルバムを見せて、オレと思い出話をしようってか?」
「大まかに言うと、その通りだ。ページを一つ、めくってみてくれ」
学園長の言う通りにすると、そこには、1人の女子生徒の写真が映し出されていた。
金髪のショートヘアに、煌びやかに光るピアスをいくつも身につけ、何世代も前の
次のページを開くと、まだ毛の生えている若かりし学園長と肩を組み、満面の笑みを浮かべるこの女………どこかで見覚えが……………。
「もしかして…………うちのおふくろか?」
「その通りだ。20年前、この学校を卒業した時の写真だよ」
「へぇ〜、正直、今とあんま変わんないな」
「彼女は今も元気にしているのかね?」
「あぁ、毎日オレの頭にゲンコツするぐらい元気にしてるよ」
「そうかそうか、それなら安心だ………」
学園長はどこか思わせぶりな態度をとる。
「あんた、おふくろの担任だったのか?」
「あぁ、その通りだ。当時の彼女は、みんなから慕われていてね…………荒っぽい性格はあったが、隣にあった男子校に絡まれる、うちの生徒を何度も守り続けていたんだよ。
極め付けは、手を上げられた生徒がいたと聞いた時は、主犯の男子生徒全員を病院送りにして、ニュースにもなったんだよ」
ははは、と笑いながら話す学園長と、おふくろの過去に思わず身震いする。
昔はなんでもありだったんだな………。それまでの騒動を起こして退学にならなかったのが不思議でならない。
「そこまでするってことは、オレと同じぐらいの問題児だったんだろ?」
「確かに、問題ではあったね…………でも、彼女の功績を見れば、我々教師陣も彼女を嫌いになれなかったし、寧ろ感謝するほどだったよ。この学校の顔………もとい、今で言うとこの街の風紀を取り締まる存在だったね」
「変わってるんだな、この高校…………」
「でも、彼女の唯一の欠点が一つ─────男運が全くなかったんだよ」
その話をすると、突如、学園長は腹を抱えて笑い出した。
そうし出す理由も分かる。現に離婚してるしな。
「何度か、『アタシに男ができた!』って報告をしに来ては、すぐに『別れを告げた』と愚痴を言いに来るんだよ。本当に変わっていたなぁ、あの子は」
「あぁ、ちなみにだが離婚したぞ。オレが5歳の時に」
「本当かい!?それは知らなかったなぁ、はははっ」
「あのな、学園長…………そろそろこの話し、飽きたんだが?帰ってもいいか?」
「おっと、すまない。彼女の話になるとついつい話し込んでしまうんだよ」
学園長は一度咳き込み、場の空気を戻すと先程とは違い少し悲しそうな表情を浮かべる。
「君の素行は、度々耳にしているよ。中学時代に何があったかも、少しだけ調べさせてもらった」
その言葉に思わず怒りがこみ上げる。
学園長は変わらず淡々と話を続ける。
「それから、多数の暴力事件、他校への殴り込み………去年だけで、かなりの騒ぎを起こしたそうだね」
どうやら、本題はこっちだったようだ。
それなら、さっきみたいに思い出話に浸っておけば良かったか………。
「…………それで?オレに退学しろってか?」
「そんなことを言うために、ここへ呼んだんじゃない。君に、頼みたいことがあったんだよ」
「頼み事?」
学園長は息をスゥッと吸い、一呼吸置いてから話を戻した。
「彼女と同じように、この学校の風紀を取り締まってほしいんだ」
「風紀?それはどう言う意味だ?」
「近年、いじめや少年犯罪が多発する世の中になりつつある。特に、この街はその傾向が強くてね………。学校だけではどうしても、動くことができない状況にある」
「おいおい、オレは正義の味方じゃないんだぜ?事件を多発させる疫病神………この学校にとっては不必要な存在だ─────」
「だが、私は知っている。これらの事件は全て、
「……………………」
学園長の言葉に、声を詰まらす。
揉めていた連中の仲裁に入ったり、吹っかけられた喧嘩………もとい、不良たちに絡まれたガキの身代わりになり、それを沈めたのは事実だ。
だが、助けた奴はオレを置き去りにしてすぐに逃げ出す。
オレが相手を圧倒することによって感じる恐怖によって、一目散に逃げ出す。
そこに残るのは、相手を屈服させたオレの姿だけだ。
それまでに何があったかを話しても、通じることはない。
人は、表面上のことしか見ようとしない。
だからこそ、オレは諦めていたのかもしれない。誰かに理解されることを。
理解者を…………友達を欲することを。
「アンタ、オレに何が言いたい?」
「そのままの意味さ。この学校の風紀委員として、この学校を………この街を、取り締まってくれ。キミのお母さんのように」
そう言うと、学園長は深々と頭を下げた。
オレが沈黙する数十秒間も、ずっとずっと、オレが言葉を発するまで頭を上げることは決してなかった。
「……………わかったよ。風紀委員ってやつに入ればいいんだろ?」
「あぁ、その通りだ。本当に感謝する!」
学園長はオレの手を握り、笑みを浮かべる。
おっさんの涙に興味はないが、誰かに頼られる感覚を久々に味わった。
「早速だが、明日の授業ではクラス委員を決める時間があるはずだ。キミの担任にはよく言い聞かせておくから、堂々としてくれて構わない」
「あぁ、わかったよ」
「後日、風紀委員長を連れてくるから、また話をしよう」
「…………はっ?それはどう言う─────」
「私の話はこれで終わりだ。今日はありがとう。キミと話せて楽しかったよ」
半ば強引に話を切られ、学園長室を後にする。
結局は、自分の頼み事を伝えたかっただけなのかよ……………。
あの
◆◆◆
校門を出ると、昼飯を買いにコンビニへ向かった。
信号をいつもとは違う道で渡ると、背の低いオレと同じ学校の女子生徒の姿が見えた。
ふわふわとした薄い青の長髪で、身長はオレの肩ぐらいしかない。あれは、おそらく新入生か。こんな時間まで何をしているのか。
しかし、ただ道を歩いている訳じゃなさそうだ。
厳つい2人組の男に囲まれ、少女は声を発せず、ビクビクと怯えていた。
片方の男が少女の強引に手首を掴み、路地裏へと連れて行き、もう1人もその後を追う。
明らかに、少女を連れ去ろうとする計画的犯行だろう。
様子を伺うためにそこを覗き込むと、片方が手で口を塞ぎ、もう片方が手と足を抑えている。
どう考えても、如何わしいことをする気満々の面だ。
女は嫌いだが、集団で犯罪に手を染める奴はもっと嫌いだ。
足音も立てずに駆け込み、手足を抑える男の顔面に飛び蹴りをかます。
唐突の出来事に驚くもう1人の男の頬に右ストレートをお見舞いし、2人同時に気絶させた。
襲われていた少女も何が起きたかわからず、困惑しているように見える。
「おいっ」
「……………!!は、はい!!」
オレの問いかけにビクつき、頬からは涙がポロポロと滴る。
「怪我はないか?」
「…………えっ?」
オレの言っていることが理解できていないようだ。
まぁ、こんな目にあったんだし、仕方ないか。
「怪我はないかと聞いている」
「えっ、えっと………大丈夫です」
「そうか、なら安心だ。これからは、別の道を通ることだな。最近、物騒な連中が増えたと、さっき学園長から聞かされたものでな。いきなり遭遇するとは、驚きだ」
「あ、あのっ…………!」
「なんだ?早くコンビニで昼飯を買いに行きたいんだが?」
「月島 奏くん………だよね?」
突如、その少女の口から放たれたオレの名前に、今度はオレが困惑する。
「なんでオレの名前を?」
「私、同じクラスなんだけど…………覚えてないかな?」
─────前言撤回、
「実は、去年も私と同じクラスだったんだけどなあ…………」
「…………悪い。全く記憶にない」
「そ、そうだよね。自己紹介の時に、女の子は苦手って言ってたもんね」
「そんなことも覚えているのか。変わってるな、お前」
「…………あっ、言うの遅れちゃったけど、助けてくれてありがとう!」
「礼なんて必要ねぇよ。そんなことより、お前がこれから襲われないように、自己防衛に努めるよう心掛けることだな」
「う、うん………頑張るね」
「じゃあオレはコンビニに─────」
「あっ、よかったらお昼ご馳走させてよ!これは私からのお礼!」
「礼は要らねぇって言っただろ」
「それだと私の気が済まないの!だからお願い!」
必死に頭を下げる彼女に根負けする形で、昼飯を奢ってもらうことになった。
後に、交番にいた警官にさっきの二人組を逮捕してもらい、この事件は幕を閉じた。
「それにしても、すごい食べるんだね…………見てるだけでお腹いっぱいになるよ」
「体動かしたら、腹も減る。人間の3大欲求の一つだからな」
「うふふ、月島君って面白いんだね」
「…………女にそんなこと言われたのは、初めてだな」
「えっ……!?そ、そうなんだ」
「ついでと言ってはなんだが、お前の名前を聞いていいか?」
「うんっ!私は、松原 花音って言います!」
「松原か………覚えておく。昼飯、ご馳走になったな」
「こちらこそ!さっきはありがとう!また明日、学校でね!」
松原はそう言うと、笑顔で手を振り別れを告げる。
退屈なオレの
次回は、風紀委員長と微笑みの鉄仮面が登場します