早く目覚めるといいなぁ、彼………。
今回は紗夜視点です。
「────はい、試験は終了です。回答用紙を後ろから回収し提出してください」
先生のその言葉にクラスメイトたちは安堵の声をあげ、学期末試験は無事に終わりを迎えた。
今回も特に悪いところは無し。
日頃の勉強の成果が存分に発揮された試験になった。
しかし、心の中ではどこか落ち着かない。
月島くんと松原さんが何者かに襲われてから1週間。
犯人を逮捕したと言う報告もなければ、彼は一向に目覚める気配がない。
程なくして松原さんは目覚めたけれど、精神的不安から未だ入院したまま。
試験終了、学園長に二人のお見舞いの許可をもらい制服のまま病院へと向かう。
季節はとうとう冬を迎え、あれほど眩しかった陽の光は無く、空からは雪がしんしんと降り注ぐ。
マフラーや手袋が必須になり、コートも出さないといけないから何かと嵩張ってしまう。
カイロだって買い足さなくてはいけない。
冬は四季の中で一番、衣替えが面倒な季節でもある。
手ぶらで行くのも気がひけるから、途中に花屋へ寄った。
外はこんなにも寒いのにこうやって咲き誇る花たちに口元が緩む。
繊細優美、けれど逞しい。
それが花というもの。
その一つ一つの花たちには意味が込められており、"花言葉" として体現されている。
代表的な花で例えるなら、チューリップは『愛の告白』、『誠実な愛』などの意味があり、冬の間に見られる花であるパンジーには『温順』、『慎ましい幸せ』などの意味がある。
見た目は似ているようでまるで違う。
それは私たち人間にも同じことが言える。
人種、性別、体格、思想─────十人いれば十通り存在する。
しかしその中には、優雅に咲き誇る花たちを枯らす害薬のように、人に害をなすものも存在する。
月島くんを襲った犯人も言わばその害薬。
荒くれながらも学園のために尽くしてくれた彼に危害を加えたことに、心底腹が立っている。
彼が全て正しいとは言わない。
けれど、単身丸腰で犯人たちの元へ向かった彼にここまでの仕打ちをするなんて、人間の所業じゃない。
私は犯人を絶対に、許さない。絶対に──────。
……………私としたことが、少し熱くなってしまった。
テストがあったせいか少しピリピリしていた気がする。
オレンジや黄色を中心とした花飾りを購入し、病院へと向かう。
この花たちは、彼を元気付けるための証。
何の手助けもできなかった私にできることなんて、これだけだから。
……………………
……………
病院につき手続きを済ませると、すぐに彼の病室へと向かう。
すれ違う患者さんたちに挨拶をされては、小さい子供たちには『何しに来たの?』と尋ねられる。
『お見舞いです』と答えると子供たちは皆笑顔で『お姉さん、優しいね』と無邪気ながら褒めてくれる。
私なんて、全然─────。
とても子供たちにはそんなことを言えず、『ありがとう』と返して別れる。
子供は純粋無垢で羨ましい。
今の私は、怒りや憎しみ、黒く汚れた感情が入り乱れ心の中を闇色に濁す。
今の私には、とても彼と顔を合わすことはできない。
日を改めようとしたその時──────
「あれっ?紗夜、ちゃん………?」
入院中の松原さんと遭遇した。
「松原さん。お久しぶりです」
唐突の出来事に驚いたけれど、私は毅然と振る舞う。
松原さんは入院着を着ていてそれも相まってから少し疲れたような様子だ。
「えへへ、久しぶりに花咲川の人と会えて嬉しいなあ」
「ずっと、お見舞いが禁止ですからね」
「じゃあ、何で紗夜ちゃんはここにいるの?」
「学園長に頼んで来させていただきました。松原さんは、何をしていたんですか?」
「えっと…………奏くんの、お見舞いに…………」
赤面しながら俯く松原さん。
奏くん、というのは月島くんのことで間違いないけれど、いつの間にそんな間柄になったのか知らなかった。
「私も同じです。よければ一緒にいきましょう」
「うんっ!」
私たちは二人並んで病室へと歩み始める。
歩き方からも、ニュースで見た通り大きな怪我はなさそうだけれど、どこか顔つきは暗く見える。
先ほど見せた彼女の笑顔も、どこか無理をしているように見えたのは気のせいなのか?
言葉をかけようにも、何を話して良いかもわからない。
私が口を閉ざす中、松原さんは自ら声をかける。
「私ね、あの場に居たけど…………何もしてあげられなかったの」
しんと静まったこの空気にはあまりに重く、暗い内容だった。
松原さんはさらに言葉を続ける。
「奏くんが暴力を振われる姿を遠くで見てただけ。苦しむ奏くんの姿を、ただ見ることしかできなかったの」
「それは…………決して松原さんのせいでは─────」
「ううん、違うの!私が何を言ったところで奏くんにとっては言い訳にしかならない。私がどれだけ傷つけられても、奏くんを助けるべきだった。でも、それができなかったの…………」
ポロポロと涙を流す松原さん。
その震えた声も、後悔に溢れたものを感じさせる。
「松原さんは何も悪くありません。何もできなかったのは、私も同じです」
「紗夜…………ちゃん?」
「いつもそうです。肝心な時にそばにいない、間が悪いとはよく言ったものです。結局最後は月島くんが全ての負担を背負うことばかり…………本当、自分自身に呆れてしまいます」
私なんて所詮無力。学園長からは月島くんをサポートするように頼まれているのに私は何もできていない。
寧ろこの前だって、彼が駆けつけていなかったら今頃私はどうなっていたのか。
サポートする、と言いつつもいつもその足を引っ張っているのは私自身。
こんな沈んだ気持ちのまま彼に顔を合わせるなんて恥ずかしい。
「じゃあ…………
「松原さん?」
「私も紗夜ちゃんも、奏くんにお世話になっているのに、何もしてあげられていない人同士…………」
「はい、その通りです」
「だからね、もし奏くんが目覚めたら誠心誠意謝ろう。そして、私たちも強くなろう」
松原さんから強い意志を感じた。
挫けている場合ではない、そう言わんばかりの決意に私も感化される。
「そうですね。私たちにできることをやりましょう」
「うんっ!早く目が覚めるといいね」
話している間に月島くんの病室の前までたどり着く。
数回ノックして部屋に入る。
窓は開けられ外から冷気が流れ込む。
「誰が来ていたのかしら?」
「ふえぇ…………やっぱり寒いね」
「月島くん、お見舞いに─────」
眠っているはずの彼に声をかけようと彼の元へ寄った時、驚愕の光景を目にする。
側にあった機械が壊され、ベットも少量の血痕が残っていた。
何より─────月島くんの姿が
◆◆◆
私たちはすぐさまナースコールを鳴らし、この異常事態を説明する。
看護師さんもすぐに月島くんを探すよう手配してくれ、学校、月島くんのお母様にも知らせてくれた。
「なんでこんなことに…………!?」
「ど、どこにいっちゃったの…………?」
困惑する私たち。
彼と関わるとこんなことばかりだ。
「とにかく、私は思い当たるところを探してみます。松原さんはここにいてください」
「ううん、私も探しに行く!」
「まだあなたは入院中の患者です。無理をしてはいけません!」
強く引き留めたけれど、松原さんが決して折れることはない。
「さっき話したよね。今行かないと、絶対後悔すると思う。だから、私も行くよ」
揺るがないその言葉を無碍にすることはできない。
でも、ここで無理をして松原さんに何かあったら一大事だ。
「わかりました。ですが、単独行動は禁止です。看護師さん、もしくは学校の先生方と一緒に探してください。いいですね?」
「うんっ、わかった!着替えて、待ってるね」
松原さんにそう告げ、見舞い用の花を置いた後私は病院を出る。
彼はきっと目覚めたばかりな上に、あれほどの怪我を負っている。
そう遠くに行くことはないはずだ。
あまり期待できないけれど、彼の携帯に電話をかけた。
─────やはり繋がらない。
このあと私は、思いつく限りの場所を徹底的に探し回った。
学校、彼の自宅、駅、商店街…………どれだけ探しても彼の足取りひとつ掴むことはできない。
まさか、彼を襲った犯人たちが攫ったのか?
そんな嫌な考えが頭をよぎる。
もしそのようなことが起きたのならば、今度こそ彼の命の保証はない。
私は必死に走り回った。
時間はあっという間に過ぎ、夕方を迎える。
それは既に夕日が落ち、夜になろうとしていた。
冷えていた気温がさらに落ちる。
息切れた口からは白い息が出て、その寒さを物語っていた。
(月島くん、あなたは今どこにいるの?)
どれだけ心配しても彼にこの声は届くことはない。
気がつけば私は病院へと戻っていた。
まさかとは思ったけれど、すでに戻っているのでは?っと淡い期待を寄せる。
彼のいた病室へと足を運んだけれど、やはり彼の姿はどこにも見当たらない。
この広い部屋に残されたのは荒らされたベットと壊れた機械、そして私の持ってきた見舞い用の花飾りだけ。
長時間の捜索で疲れた私はベットのそばにあった丸椅子に腰掛ける。
「はぁ………」
誰もいない部屋で一人ため息をつき俯いていると、数回のノックとともに松原さんが入ってきた。
「あっ!紗夜ちゃん」
「松原さん…………すみません、月島くんを見つけることはできませんでした」
病院着から私服に着替えた松原さんも彼を見つけることはできなかったと言う。
松原さんは私の隣に腰掛けた。
「本当に、どこに行ったんだろうね。奏くん」
「思い当たるところは全て見てきましたが………私自身、彼のことを全て知っているわけではありません。ひょっとしたら彼しか知らない、そんな場所があるかもしれませんね」
もしそうだとしたらお手上げだ。
こうなったらもう、警察の方々に頼るしかない。
「あのね、紗夜ちゃん。学校の屋上って見た?」
「屋上?いえ、見てませんけど…………」
「奏くんとはね、よく屋上で話をしてたの。だから、そこにいるはずだと思って行ってみたけど…………そう簡単には見つからなかったの」
「なら、この病院の屋上にいても不思議ではないですね」
何も考えず発したその言葉だったけれど、『もしかしたら!』と言う考えに至る。
「紗夜ちゃん!」
「ええ、行ってみましょう!」
私たちは足早に屋上へと向かう。
…………………….
…………
エレベーターで屋上へと駆け上がり、あたりを見渡す。
大きな柵に仕切られたこのスペースには人一人おらず、大きなベンチが数個あるだけ。
やはりそう簡単にいかないようだ。
「いませんね…………」
ため息まじりにそう呟く。
しかし松原さんは別の方向へと目を向けている。
屋上の端にある鉄梯子。
このスペースのほかに、まだ上に道があるらしい。
「奏くん…………!」
松原さんはその鉄梯子に手をかけると、一つ、また一つとテンポ良く登っていく。
彼女には何か確信があるのだろう。
一目散に登っていく。
私も彼女の後を追い、ゆっくりと登る。
登り切ると、屋上には満たないものの僅かなスペースがあり、寝転がる人影が目に映る。
それが誰か、私たちはすぐにわかった。
「奏くん!!」
松原さんが大きな声で呼びかける。
その人影はゆったりと起き上がり、私たちに目を向ける。
「…………あぁ。松原か」
気怠そうに答える月島くん。
私たちがずっと探していた彼は、一番間近の病院にいたのだ。
灯台下暗し、とはよく言ったものだと実感させられる。
松原さんは一目散に彼の元へと駆け寄り、抱きつく。
「おぉっ!?な、なんだ!」
「奏くん…………よかった…………」
涙ながらに喜ぶ松原さん。
彼に何事もなくて、私も一安心した。
「月島くん、私もいますよ」
「げっ!氷川」
「げっ!てなんですか!!」
松原さんと明らかに反応が違くて怒る。
薄暗くて良くは見えないけれど、体には夥しいほどの包帯が巻かれ、右目には縦に切り傷を残していた。
「ずっと…………探したんだよ…………」
「おいおい、泣くなって。あと、これでも怪我人だからあんま力入れるな?なっ?」
「だって……………」
松原さんは月島くんから離れようとしない。
よほど心配したんだろう。
彼は、そんな彼女を無理やり引き剥がし隣に座らせる。
私も彼の横に座り、事情を聞く。
「月島くん、あなたが何故ここにいるのか聞かせてもらってもいいですか?」
「何故って、なんとなくなんだが?」
「なんとなくって…………一体どれほどの人があなたを探し回ったと思ってるんですか!」
「あぁ、悪かったよ。ホントッ、はんせーしてるから」
「い、いえ…………私も、少し言い過ぎました…………すみません」
彼は決して頭は下げなかったけれど言葉では反省してる風を装う。
「しっかし、オレが夢の中にいる間にすっかり冷え込んじまったな」
「寒い?よかったら私の上着貸そうか?」
「気にすんな。こう見えて暑いのも寒いのにも耐性があるからよ」
「ねぇ、月島くん」
「なんだ?」
「色々と聞きたいことが山積みですが…………一つだけ答えてください」
「おう。手短にな」
「その…………傷でどうやってここまで来れたのですか?それからここでいったい何をしていたんですか?」
「ひとつじゃねぇのかよ。ったく」
彼のツッコミの後、ハッと気がつく。
謝ろうとしたけれど、彼は考える間もなく答える。
「病室、窓が空いてたろ?そっからよじ登ってきた。正面からだと看護師連中に見つかる可能性があったからよ」
「なるほど、だから窓が──────って、よじ登った!?」
「おお、前に白鷺の見舞いに行った時もできたからいけると思ってな。しっかし、まだ目覚めたばっかだから途中疲れてやばかったぜ」
「も、もうそんな危ないことしないでね………?」
「ああ、善処する」
彼が看護師さんたちに見つからず屋上に来れて理由はわかった。
けれど私が知りたいのはもう一つの方だ。
「ここにきた理由か…………ホントッ、大した理由はねぇけどいいのか」
「はい、教えてください」
「病院のベットはどうも落ち着かなかった。ただ、それだけだ」
「本当に大した理由じゃありませんね…………」
「だから言ったろ?オマエは真面目に考えすぎなんだよ」
「あなたが適当すぎるだけです!!」
「クククッ、ハハハハハハ!」
なんだかこのやり取りも懐かしい。
彼の笑いにつられ松原さんも笑い、私も笑みが溢れる。
この慌ただしかった一日も幕を閉じる。
いかがだったでしょうか?
次回は千聖さん視点になる予定です。
どうぞご期待ください。