高嶺の華と路傍の花   作:山本イツキ

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久しぶりの投稿になります。

今回はバレンタインデー回となります。


やはりこんな日でも彼の日常は落ち着きはしない。




第26輪 BitterSweet/RED Rose

 2月14日。

 それは思春期を迎えた男女にとって特別な日。そう、バレンタインデーである。

 男子は彼女や仲のいい女子からチョコをもらい、女子は彼氏や好きな男子にチョコを贈る大切な行事ーーーなんてのはリア充に限る話だ。

 

 オレはというと────

 

 「おうおう、"不死身の暴君(アンデッド)" さんよお。ちょいと俺たちの話を聞けや」

 

 

 ニヤニヤと笑うリーゼント頭のヤンキーたちに"甘い菓子" ではなく "馬鹿の狩り" にあっていた。

 …………全く上手くねェな。

 自分のセンスにドン引きだ。

 

 

 「初対面の人間に対してその態度はねェだろ。ってか、オマエら誰だよ」

 

 「俺たちは人呼んで古風の暴走族(オールドチーム)"亜愛主陽(アメスピ)" !!」

 

 

 胸を張り堂々と名乗るヤンキーたち。

 名前はきっとタバコの銘柄から来てるんだろうがオレが思った一言は────

 

 

 「だ………………だっせぇ………………」

 

 

 思っていることがつい言葉になって出てしまった。

 その暴走族名にもだが、リーゼントにサングラス、更には丈の合わない革ジャンって……………格好がもう名前のダサさを倍加させている。

 オレの失言を耳にしてか、メンバーが各々口にし怒りをあらわにする。

 

 

 「あぁ!?なんだコラ!!」

 「ナメてっと潰すぞ!!」

 「テメェは絶対ボコす!!」

 

 

 ヒートアップするヤンキーたちを花咲川の生徒たちが横目で通り過ぎる。

 そう、オレたちが立っているのは校門の目の前。

 つまりコイツらは、登校途中のオレを待ち伏せし迫ってきたのだ。

 

 

 「あのなぁ………勝手に盛り上がるのは結構だが、場所をもう少し考えたらどうだ?それに、生徒たちの登校の邪魔になってる。用がねェならとっとと家に帰りな」

 

 「用件か。なら、端的に話そう。月島 奏、オレたちの仲間に────」

 

 「断る」

 

 「はやっ!?えっ、早くね!?」

 

 「当然だろ。そんな時代遅れのリーゼントになるぐらいなら、鼻ピアス開ける方がマシだ」

 

 「これの古臭い感じがいいんだろうがあぁぁ!」

 

 

 オレとのやりとりに激昂するヤンキー。

 

 

 「全く、朝っぱらから盛りやがって……………チョコの食い過ぎで欲情でもしたか?いや、そのダサさでチョコがもらえるならみんなマネしてるだろうな。それがないってことは、つまりそういうことだろ?」

 

 

 嘲笑うかのようなオレの一言にヤンキーたちは沸騰するかのように顔を真っ赤にし、とうとうブチ切れた。

 

 

 「よぉ〜〜しっ決めた!!今からお前をボコしてこの格好がいかにカッコよくて強いかを証明してやる!!」

 

 「おいおい、そんな興奮してっと血管切れちまうぞ?ほらっ、これでも食って落ち着けよ」

 

 

 オレはズボンのポケットから最近マイブームとなりつつある、激甘のチューイングキャンディを取り出しそれぞれに投げ渡す。

 

 

 「イライラする時は甘いものを食うといいらしいからな。オレの好物だ。ありがたく受け取りな」

 

 「だ…………だまれええええええ!!」

 

 

 ヤンキーたちは全員鬼の形相でオレに向かい拳を振り上げる。

 

 

 「人の善意を踏み躙りやがって、ったく………どうなっても知らねェぞ─────」

 

 

 そこからの展開は早かった。

 放たれる全員の拳を防御せず全て身体で受け止めた。

 痛くも痒くもないその攻撃にため息をつき、接近したヤンキーたちの腹部を殴り蹴る。

 本物の痛みを味わったヤンキーたちは皆ノックアウトし声にならない声をあげ蹲る。

 オレはリーダー格のヤンキーに近づきその場にしゃがむ。

 

 「一発はまけてやるよ。まあ、蚊も殺すことのできない軟弱なパンチだったけどな。次会う時にはチェック柄のシャツにでも着直したらどうだ?少しはモテるかもしれないぜ」

 

 

 横たわるヤンキーたちを放置し、オレは何食わぬ顔で校舎へと足を踏み入れる。

 朝礼のチャイムがなる頃にはすでに姿を消していたらしいが、このあとコイツらがどうなったかはわからない。

 

 だが、チェックのシャツに着替えたところでヤンキーたちのギザギザに尖った心を唄うわけじゃ無い。

 歌い踊った "彼ら" は、格好なんて関係なくただひたすらに自分の想いを歌にし世間にその名を轟かせた。

 あのヤンキーたちも彼らを見習い、ケンカなんてやめて別の道に進めばいい。

 

 もしその日が来たとしたら、全員でツーリングに行って、共通の話題で夜を語り明かすのも悪くないな。

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 校舎に入り下駄箱を開ける────まあチョコなんて入ってないわな。

 アニメやゲームだと、大量のチョコが湧いて出てくるなんてシーンがあるが、現実で起こり得るのだろうか。

 そもそも男子の少ないこの学園じゃあまず見ることはないだろうな。

 

 教室に入るとなかなか面白い光景を目にする。

 それが女同士のチョコの渡し合いだ。

 

 

 「奏くん、おはよ〜」

 

 

 隣の席に松原が腰掛ける。

 

 

 「おお。今日はなんだか教室が活気付いてるな」

 

 「バレンタインデーだからね。やっぱり男の子って意識したりするのかな…………?」

 

 

 松原は他人行儀で話す。

 

 

 「さあな。オレには理解できん感情だ。ちなみにだが松原、一つ聞いていいか?」

 

 「ど、どうしたの!?」

 

 「女同士でもチョコを渡すのが普通なのか?」

 

 「うん。"友チョコ" って言うんだけどね、仲の良い人に感謝の気持ちを込めて送るんだよ。今はあまり珍しくないんだけど…………それがどうかしたの?」

 

 「いや、なんだか不思議に思えてな」

 

 「不思議?」

 

 「なあに、くだらないことだ。女同士だと違和感はないのに、男同士って想像すると絵面が汚くていけねェ」

 

 「あ、あはは…………」

 

 

 そう考えると、男って生き物は大変だ。

 女だと華やかに見えそうなことでも、男だとそうはいかない。

 過去に『世の中には "男の娘" と言う人種がいる』と、アニメが大好きな友人から教わったが、所詮は男。他の野郎共と何も変わらん。

 女嫌いなオレにぴったりな結婚相手がいると見せてきたその写真は、見た目こそ女っぽいが結局は股に棒がぶら下がっている同性だ。トキメキも何もない。

 オレを変な世界に誘おうとしたアイツにはきっと天罰が下るだろう。

 心しておくことだな。

 

 

 「あらっ、月島くんも来てたのね」

 

 「千聖ちゃんもおはよう!」

 

 「ええ、おはよう。花音」

 

 

 声をかけられ振り替えると、白鷺千聖が上機嫌に松原に挨拶を返す。

 

 

 「よお。オマエも今日を楽しんでるのか?」

 

 「ええ、そうよ。ほらっ、花音。受け取ってちょうだい」

 

 「わあ!ありがとう、千聖ちゃん!」

 

 

 嬉しそうに笑みを浮かべる松原。

 その様子を見て白鷺も微笑む。

 この時オレは直で、初めて友チョコの受け渡し現場を目撃したが、まあ別に普段と何も変わることのない、ただのお菓子交換だったと言う印象だ。

 

 

 「仲のいいことで」

 

 「あらっ、嫉妬かしら?月島くんは…………まだ一つも貰えてないのかしら?」

 

 「大きなお世話だ」

 

 「あ、あのっ……………」

 

 

 松原が何か言いたげに言葉を詰まらせる。

 何も言わず待っていると、カバンの中から小包を取り出しオレに差し出す。

 

 

 「よかったらこれ…………受け取ってください」

 

 

 初めての経験に固まっていると、白鷺がオレの肩をポンと叩く。

 

 

 「よかったじゃない。人生初めてのバレンタインチョコレート♪」

 

 

 白鷺のその言葉に、ようやく思考がまとまる。

 

 

 「お、おお。松原、ありがとな」

 

 「うんっ!喜んでくれると嬉しいなぁ」

 

 

 なるほど──────うんっ、なるほど。

 バレンタインチョコをもらうってこんな感じなんだな。

 

 

 「間違っても、本命チョコだと思わないことね。どう考えても、ただの "義理チョコ" よ」

 

 「うっせえ!当然のことをデッカい声で言うなっ!」

 

 

 チビの毒舌にようやくまともになると、始業のチャイムが鳴り、担任のせんせーが教室に入ると今日の予定を淡々と説明する。

 

 だがまあ、松原に感謝してるのは変わりない。

 初めてもらったチョコを机の中にしまおうとすると、何かが既に入れられていた。

 オレは普段机の中は空の状態だ。

 教科書やらは全部後ろにあるロッカーにぶち込んであるし、入れるものなにも…………。

 恐る恐る中身を見ると、そこには長方形の型をした菓子が置かれていた。

 それも、一輪の小さい赤い薔薇と手紙を添えられて。

 

 

 (なんだこれ?新手の嫌がらせか?)

 

 

 手紙を開き、内容を読む。

 

 

 『月島くんへ

  どう?驚いたかしら?普段あなたとはいがみ合いばかりだから、今日は仲直りの意を込めてこのチョコレートを贈らせてもらうわ。文化祭の時は助けてくれて本当にありがとう。

  ps.これが初めてのバレンタインチョコだったら一生忘れられない思い出になるわね♪

               白鷺千聖』

 

 

 ──────いや、オマエかい!!!

 

 心の中で盛大にツッコミを入れる。

 パッと白鷺の方を向くと、中身に気づいたことに気がつき、嬉しそうに笑みを浮かべる。

 『してやったり』とどこか満足そうに見えるその態度にどうしようもなく腹が立つ。

 全てアイツの策略だとするならば、完全にオレをおちょくってるとしか思えない。

 

 相変わらず、酷っでえ女!!

 

 腹黒くなりすぎて頭の中までオールブラックになってるだろ、アイツ。

 

 

 (…………だが、残念だったな!)

 

 

 オレは無言で笑い返すと、白鷺は不思議そうに顔を傾けた。

 このチョコがいくらオレの知らないところで仕掛けられたとはいえ、先に受け取ったのは松原のチョコレート。決して白鷺が初めてってわけじゃない。

 してやられはしたが、全て奴の思惑通りともなっていない。

 

 つまりは、引き分け(ドロー)

 

 綿密に綿密にまで考えた作戦だったろうに、オレが気づかないばかりに松原に先を越されてしまってよぉ。実に可哀想に。

 "策士策に溺れる" とはこのことだろう。

 先程の白鷺の嬉しそうな笑みに対抗し、まるで挑発するように笑みを浮かべる。

 奴は意にも介さずそっぽを向く。

 

 

 「よしっ、勝った」

 

 

 そう確信するとつい言葉に出てしまった。

 せんせーは話を止めオレの方を向く。

 

 

 「月島くん?どうかしたの?」

 

 「いや、なんでもねェ。続けてくれ」

 

 

 適当に返事をしてこの場を乗り切る。

 

 白鷺から贈られた手紙に再度目を通す。

 明らかにオレをおちょくるような内容に少し腹が立ったが、奴なりの気持ちの伝え方だろう。

 何でもかんでも器用にこなす癖に、オレに対してはこんな子供じみたことしかできないのは何故だろうか?

 

 …………考えたところでオレには到底わからないか。

 だなまあ、せっかく貰ったんだ。ありがたく頂戴しよう。

 

 

 溶けないうちにな。

 

 

 

…………………

 

 

…………

 

 

 

 放課後、オレはいつも通り氷川と見回りを行う。

 ここ最近は校内で事件が起こることもめっきりなくなった。

 平和な日常を送れるようになったのはいいことなんだろうが、どうにも刺激が足りない。

 

 

 「そういえば、()()()()。聞きましたよ」

 

 

 隣を歩く氷川が声をかける。

 

 

 「今朝の件って()()か?」

 

 「恐らくそうです。また騒ぎを起こしたみたいですね」

 

 

 淡々と話す氷川を見ると、どこか怒っている印象を受ける。

 あまり表情に出さないこの女だが、一年近くもともに風紀活動をしているとわかることも増えてきた。

 

 今のオレには理解できる。

 

 下手に誤魔化すと痛い目に遭うと。

 

 

 「言っておくが、オレからケンカを吹っかけたわけじゃねェからな」

 

 「わかっています。あなたがそこまで粗暴ではないということもよく知っています」

 

 「ほう。じゃあオマエは何が聞きたいんだ?」

 

 「いくらあなたに非がないとはいえ、やはり暴力は良くありません。その乱暴な心を少し…………いえ、大幅に改めるべきでは?」

 

 

 氷川の言いたいことはわかる。

 つまりは、『お互い手を出し合うのはやめて、話し合いで解決したらどうか』と言いたいんだろう。

 

 理想的ではあるが、所詮は理想論にすぎん。

 オレがいくら心を開いたところで相手側が牙を剥くならこちらも正当な防衛をする他ないからな。

 

 

 「ちっ、わーったよ」

 

 「………………」

 

 

 返事を返すと、氷川は何か言いたげに驚いた表情を見せる。

 

 

 「んだよ」

 

 「い、いえ…………いつもの月島くんなら『善処する』と言ってはぐらかすとばかり」

 

 「ああ?そう言って欲しかったのか?」

 

 「違います。なんだかこう、大人になったんだなぁと」

 

 「オマエはオレのおふくろかっ!」

 

 「もしそうだとしても、断じてお断りさせていただきますが」

 

 「そう言う意味じゃねェんだよ…………」

 

 

 氷川がオレのボケに合わせるなんて珍しい。

 やはり行事事があると人はどこか、違った一面を見せるもんなんだな。

 

 

 「話は戻るが、今朝登校途中にヤンキーたちに絡まれてな。どうやらオレを仲間に引き入れるつもりだったらしい」

 

 「もちろん、お断りしたんでしょう?」

 

 「当然だ。あんな趣味の合わん奴らと連む気はさらさらねぇよ」

 

 「……………ずっと気になっていたんですが、一つ聞いてもいいですか?」

 

 

 氷川は神妙な面持ちで尋ねる。

 

 

 「別に構わないぜ。何せ今日は気分がいいからな。何でも言ってみろ」

 

 

 オレが上機嫌にそう返すと、一呼吸置き思い口を開く。

 

 

 「あなたの尋常ではないその運動神経はどうやって身についたのですか?何か運動をしているわけでもなく、どこかで鍛えている様子もないのに…………。正直、月島くんは謎が多すぎです」

 

 「人をまるで珍獣みたいに言うなよ」

 

 「ですが?本当に同じ人間か疑ってしまいます………」

 

 「クククッ。まあ、オマエの見解は間違っちゃいねェよ」

 

 「それってどう言う─────」

 

 「だが、今はまだ答えられん。正直に話したところで納得させられる説明をできる自信も、そんな言葉も持ち合わせてねぇからな」

 

 「そうですか…………わかりました。その時が来れば真っ先に教えてください」

 

 「わかった。約束しよう」

 

 「─────随分と脱線してしまいましたね。さあ、本来の仕事に戻りますよ」

 

 「そうだな。とっとと終わらせて、暗くなるまでには帰るぞ」

 

 

 オレたちは再び見回りを開始する。

 

 

 

◆◆◆

 

 

 18時を迎えたところで下校時刻となった。

 見回りを終えてからは風紀委員の資料作成やら学園長のつまらん話に巻き込まれ、結局最後まで居残ることとなった。

 外は完全なる夜。

 真っ暗な夜空には星がポツポツと光るだけで大した光源にはなっていない。

 街灯も少ないこの近辺では夜遅くになると変な輩が異常なほど多く出没し、警察の姿もよく見られるがいなくなった途端揉め始めるなんて日常茶飯事だ。

 

 だからこそ、女子高生一人でこんなところを彷徨くなんてただの自殺行為だと言える。

 

 

 「氷川。今日はもう遅いし駅まで送るぞ」

 

 「そんな、申し訳ないです」

 

 「この前みたいに氷川妹に連絡すると言いながら一人で帰ったバカな女が心配なだけだ。いいからオレに構うな」

 

 「……………わかりました。お願いします」

 

 

 氷川は渋々承諾する。

 校内以外で二人並んで歩くのは正直初めてのことかもしれない。

 普段と何も変わることはないが、しんと静まり返ってる分どう言う会話を起こすべきか頭を悩ませる。

 

 そんな雰囲気の中、先に口を開いたのは氷川だった。

 

 

 「今日は何だか寒いですね」

 

 「ああ。そうだな」

 

 

 極一般的な気候の話。

 こう言う時って、本当に話が続かない。

 

 二人の間に再び沈黙の時間が流れる。

 

 

 何とも重苦しい二人の間に、大柄な野郎が暗闇から姿を現す。

 

 

 「クッフフ、いい女連れてるじゃねぇか(あん)ちゃん!」

 

 

 不敵に笑う野郎は舌を出し、いかにも下品な雰囲気をかもちだす。

 二メートルほどある身長に、横幅の広い体格。

 それも、ただデブいだけでなくしっかりとした筋肉を携えてるのが見て取れる。

 オレたちを覆うかのような圧倒的な威圧感。

 

 また面倒な奴に絡まれた、と長くため息をつくとそれが気に入らなかったのか野郎はオレの首根っこを掴みあげる。

 

 

 「おいっ、何なんだその態度は!?」

 

 「ちょっと、何するんですか!」

 

 「女は黙ってろ!!!」

 

 「………………っ!」

 

 

 野郎の威勢に氷川は怯えた様子を見せる。

 まあ、女なら誰でもビビるわな。 

 

 

 「気にするな。コイツはオレに用があるだけだ」

 

 「しかし────」

 

 「()()()()()()()()()()()()()を、否定してやるよ」

 

 

 オレが余裕の笑みを浮かべると、氷川は心配そうな表情を浮かべながら一歩距離を置く。

 そうだ、それでいい。

 万が一この男が暴れて巻き添えにでもなれば大変だからな。

 

 

 「なあ、できればおろしてくれよ。そろそろ息苦しくなってきたんだが」

 

 「そうか…………なら、このまま窒息させるのも悪くないなぁ!!」

 

 

 男の手に更に力が加わる。

 どうやら人の話を聞かない典型的な悪人タイプらしい。

 話に応じないとわかると、ぶら下がった足を思い切り振りかぶり金的目掛けて振り上げた。

 それを察知してか、男は急に手を離し数メートルをひとっ飛びで後退する。

 オレは猫のようにしなやかに着地し男に顔を向けると、一瞬の出来事に驚きはしていたが、ブゥーっと一息吐き、呼吸を整えた。

 

 

 「人間の急所を狙うなんて、クズ野郎だなあ」

 

 「ハッ、いきなり人の首を掴み上げるテメェに言われたくねェよ」

 

 「どうやら俺たちは、気が合うらしいなあ!」

 

 「一緒にすんな。汚らわしい」

 

 「女目当てで近づいたが、とんだ野郎がいたものだ。お前には用はないからとっとと消えろお!今なら見逃してやる」

 

 「ったく、自分が強いとでも言いたいのか?残念だが、オレはここから立ち去る気も、テメェとやりあう気もねェよ。願わくば、何も言わずただその道を通してくれるだけでいい」

 

 「アホか!?この俺がそんなことをさせるとでも!?」

 

 「そうか。バカにも伝わりやすいように言ったつもりだったが、伝わらなかったらしい。人語も理解できんやつは今すぐ動物園にでも帰って芸の一つでも覚えてろ」

 

 「お・れ・は!!人間だ!!」

 

 「そうか。あまりのデカさだったもんだから、ゴリラと勘違い──────」

 

 

 オレが奴にとっての地雷を踏んだせいか、目を真っ赤にし眉間に大量の皺を寄せた野郎は、一瞬でオレとの間合いを詰め、顔面目掛けて拳を振り下ろす。

 それを間一髪、左足を下げ半身になり躱したが次に来た足払いに対応できず数十センチ宙に浮くと、奴はオレの顔面を掴みコンクリートの地面に叩けつけた。

 

 

 「クッ……………!」

 

 

 その衝撃に耐えきれず声を上げる。

 

 

 「月島くん!」

 

 「フッフフフッ、俺の怒りのままに、握力90キロの右手が握り潰したっていいんだぜぇ?」

 

 

 野郎はニタァっと笑みを浮かべるとギリギリッとオレの顔面を強く握る。

 その痛みに耐えかね、奴の腕を掴み剥がそうとするもびくともしない。

 まるで、深く根を張る大樹のように微動だにしないその腕は、海の家で世話になったおっさんクラスにある。

 

 道理でオレが力負けするわけだ。

 

 このまま握り潰されるのを覚悟したその時、オレのそばから離れたはずの氷川が自らのカバンを武器に野郎の顔面へと思い切り投げつけた。

 

 

 「か、彼を離しなさい!!」

 

 

 必死に訴える氷川だが、野郎は意にも介さず力を緩めることはない。

 だが、目線はオレから氷川へと移り変わった。

 

 

 「女!お前、そのカバンの中にチョコレートが入っているだろう?」

 

 「な、なぜそれを…………」

 

 「おいおい。テメェ、どんな嗅覚してんだよ。ト○コか?」

 

 「俺は鼻がいいからな。特に甘いものが好物なんだぁ………♪ どうせそのチョコレートも、この男に渡すものだったんだろう?」

 

 「……………………」

 

 「んなわけあるかボケッ。第一オレたちはお前が妄想する関係じゃねぇよ」

 

 「嘘、だな。俺の鼻はそう言った類のものも嗅ぎ分ける。どうせだ、もし俺がこの男との喧嘩に勝ったなら、そのチョコを譲ってもらおう!どうだ?俺の喧嘩、買う気になったか?」

 

 「馬鹿か。条件ってのは互いに利害が一致して成り立つもんだ。テメェだけの都合を押し付けてんじゃねェよ」

 

 「ほお?ならお前は何を望む?」

 

 「そうだな…………"このケンカのことを内密にする。今後一切語ることなく、墓場まで持っていく" これでどうだ?」

 

 「クックク……………ハッハハハハッ!!いいだろう!」

 

 「交渉成立だな。なら、この手を退けーーー」

 

 

 そう口を開いた途端、野郎はオレの腹部目掛けて拳を思い切り振るう。

 二度、三度、同じことを繰り返されオレはとうとう吐血する。

 

 

 「カハッ………………!テ、テメェ……………!」

 

 

 溜まりに溜まった怒りがさらに込み上げる。

 それでも野郎は笑みを絶やさずオレ目掛けて拳を振るう。

 

 

 「"不公平だ!" とでも言いたいのか?残念だなぁ。誰も、()()()()()()()()とは言ってないもんなぁ?ハッハハハハ!!」

 

 「………………クズ野郎が────────やってやるよ」

 

 

 高らかに笑い声を上げる野郎にオレはとうとうブチ切れた。

 振り下ろされた拳を掌で受け止め、逆の手で奴の頬に向けストレートを放つと野郎は鈍い声を発し、オレの顔面を掴む手が緩む。

 その隙を見逃さず、手を払い、起き上がりざまにガラ空きの顎を両足の裏で蹴り上げた。

 そのままオレは後方へ回転しながら退く。

 数メートル距離を置き、野郎の方を向くと、口を大きく開け血を流し、両膝を地につけ白目をむきながら天を仰いでいた。

 どうやら、意識が飛ぶ寸前らしい。

 どんな大男だろうと、急所へ的確に攻撃することができれば簡単に崩れ落ちる。

 それを再確認できたケンカになった。

 

 意識が朦朧としている野郎に近づき、その顔面に足を乗せる。

 

 

 「一つ教えてやるよクズ野郎。いくら腕っ節に自信があっても、薄汚ねぇことバッカ考えてる奴ほどこうやって無様に敗北するんだ。わかるか、ゴリラ?」

 

 「な゛………………ん゛でっ……………」

 

 「わからねぇよな。なら、脳まで筋肉でできているテメェに分かりやすく教えてやるよ。オマエは─────不良の風上にもおけねぇゴミだからだ。ケンカだ何だとほざいてはテメェの都合よく解釈し相手を陥れる…………そんな奴が不良を語るのも烏滸がましい。とっととこの街から……………消え失せろ!!!

 

 

 オレは顔面から足を離し、その場で一回転して奴の頭を思い切り蹴り飛ばし、壁にめり込ませた。

 野郎はピクリとも動かなくなり、この喧嘩に終止符が打たれた。

 

 

 「クソが………………ペッ」

 

 

 血まじりの唾を吐き、距離を置く氷川に声をかける。

 

 

 「おいっ、大丈夫か?」

 

 「それはこっちのセリフです!全く、またこんなに血を流して……………これを使ってください」

 

 

 氷川はそう言うと、鞄の中からハンカチを取り出しオレに差し出す。

 オレはそれを拒否するように、口についた血を制服の袖で拭った。

 

 

 「要らねぇよ。こんな傷、入院してた時よりよっぽどマシだ」

 

 「しかし……………」

 

 「それに、氷川が言ってたことを否定してやっただろ?」

 

 「そういえば、そんなことを言ってましたね。否定って、一体あなたは何をしたんですか?」

 

 「オマエはオレに言ったな。『暴力は良くない』と。まあ、確かにその通りだ」

 

 「…………えっ?何も否定してないじゃないですか」

 

 「慌てるな。本題はここからだ。オレがいくら話し合いを持ちかけたとしても、相手側がそれを応じず手を出してきたらオマエはどうする?」

 

 「それでも私は、交渉し続けます」

 

 「ほお?なら今日みたいに、()()()()()()()()()()()()()()()?」

 

 「そ、それは………………」

 

 

 氷川は対抗すると、口を閉ざした。

 オレの言いたいことを理解したらしい。

 

 

 「あれだけ頭に血の上った野郎だ。オレがどれだけ話し合いを持ちかけても拒否し続けていただろう。氷川の言う通りにしていたら、オレはあのまま顔面を握りつぶされてジ・エンドだったろうぜ?」

 

 「…………………」

 

 「話し合いに持ちかける。言うのは簡単だが、これが難しいんだ。まず第一に、自分が相手より強くなくてはならない。自分より弱い奴の提案なんて受けるわけないからな。

  二つ目は自分の強さを証明することだ。手段は限られてるが、相手を殴り圧倒するのが手っ取り早い。自分が相手より強いことがわかれば、渋々従わざるを得ないだろ?」

 

 「しかし、今日のあなたはそれを実行しなかった。それにもちゃんと理由があるのですか?」

 

 「アレは…………つい、カッとなっちまっただけだ。どのみち、あの筋肉ゴリラと話し合いはできなかっただろう」

 

 「つまり、あなたに非があったことは、認めるんですね?」

 

 

 そう述べオレをじっと見つめる氷川。

 この女はどうしても、オレにも悪いところがあったと言いたいらしい。

 

 返す言葉もないな。

 

 

 「ああ、その通りだよ。いくらアイツが乱暴だったとはいえやりすぎた。そこは認める。悪かった」

 

 「…………素直に認めればそれでいいです」

 

 

 心なしか、氷川の表情が穏やかになった。

 この返答が奴にとっての最高回答(ベストアンサー)だったんだな。

 

 

 「ところで、お前のカバンに入ってるチョコは誰に渡すつもりだったんだ?」

 

 「えっ!?えっと……………」

 

 

 氷川は焦り、カバンをぎゅっと抱き寄せる。

 オレから視線を逸らし、何か悩んだ様子を見せると、カバンの中から少しクシャッとなった小包を差し出した。

 

 

 「遅くなった上に少し汚れてしまいましたが……………日頃の感謝の印です。受け取ってください」

 

 

 顔を真っ赤にしながら告げる氷川。

 普段見ることのない照れたその様子があまりに面白く感じ、オレは盛大に吹き出す。

 

 

 「な、何がおかしいんですか!?」

 

 「いやぁ、まさかオマエがそんな顔をするなんてなァ。これは驚いた」

 

 「も、もうあなたには渡しません!!」

 

 

 引っ込めようとする手を強引に掴み、物を受け取ると包装を剥がし中に入っている小さなチョコを口にする。

 ─────うん、少し溶けてるな。だが、それを差し置いても美味い。

 何事も器用にこなす奴だと分かっていたつもりだったが、まさか菓子作りまでできるとは。

 普段はピリピリしてる癖に、こういった女らしいこともできたんだなと素直に感心した。

 

 

 「ど、どうですか?」

 

 「んあ?オマエの隠れた才能に驚いた」

 

 「そうではなく、味は?」

 

 「まるで、天から与えられた──────」

 

 「真剣に答えてください」

 

 「…………美味かった」

 

 「そうですか?なら、よかったです」

 

 

 半ば強引に言わされた気もするが、まあいいだろう。

 

 

 「月島くんのことです。松原さんや白鷺さんをはじめ、多くの女子生徒からチョコをもらったんでしょう」

 

 「いや、オレが貰ったのは松原と白鷺だけだぜ?」

 

 「そうだったんですか?少し意外です」

 

 「まあ、生まれて初めてチョコをもらったんだ。欲張りはしねぇよ」

 

 「ところで…………誰が作ったチョコが一番美味しかったんですか?」

 

 「………………………」

 

 

 氷川の問いにオレは口を固く閉ざし、目も逸らす。

 

 

 「月島くん?」

 

 

 顔を近づける氷川を振り切り、全力疾走でこの場を去る。

 ここでどの答えを出しても面倒になりそうだ。

 

 そう判断してのことだった。

 

 

 「ちょっと!私を置いていかないでください!月島くん!!」

 

 

 氷川の静止も聞かずオレはただひたすら真っ直ぐ突っ走る。

 

 

 「全く、何なんでしょうね。あなたに抱いたこの感情は…………」

 




いかがだったでしょうか?

余談になりますが、今回から評価をしていただく際に一言コメントをしていただくように設定させていただきました。
評価をしていただけて非常に光栄ですが、以前言ったように無言で低評価をされたところでどう改善したらいいか僕自身全くわからなくなります。
高評価で元気のくれるコメントも非常に嬉しいですが、低評価コメントも真摯に受け止めこれからの執筆活動に生かしていきたいと考えています。
何卒よろしくお願いします。
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